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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第二章~強豪の剣士~
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第二十九話  広場の激闘


 ユーキが広場に侵入したインファと広場の上空を飛んでいるルフリフを睨んでいると、右側の城壁でモイルダーたちと戦っていたアイカたちがやって来た。相手にしていたモイルダーは無事に倒せたようだ。

 アイカたちに気付いたユーキは目を鋭くしたままアイカたちの方を向き、合流したアイカたちも真剣な表情を浮かべながらユーキを見る。


「ユーキ、大丈夫?」

「ああ、俺は大丈夫だ。……それよりも、やられたな」

「ええ、まさかベーゼたちがこんなことをするなんて……」


 広場に侵入し、警備兵や冒険者たちに迫るベーゼたちを見ながらユーキとアイカは悔しそうな顔をする。パーシュとフレードも目を鋭くしてベーゼたちを睨んでいた。


「最初に攻め込んで来たベーゼたちは俺たちの意識を後方にいるベーゼたちから外させるための陽動だったんだ。こっちの戦力をある程度削り、隙ができた瞬間に後方のベーゼたちが動いて上空から町に侵入するって作戦だったんだろうな」

「ケッ、知性の乏しいベーゼが人間らしい行動なんて取りやがって、気に入らねぇ」


 ユーキの後ろに立っていたフレードはベーゼが人間のように考えて行動したのが気に入らず不満を口にした。

 ベーゼの中で下位ベーゼや蝕ベーゼは知性が低く、単純な行動しか取れない。そのため、敵の注意を引いて隙を作ると言った行動を自分たちで考え、実行するのはあり得ない。ユーキたちもそれを知っているため、ベーゼたちの行動に驚いていた。


「下位ベーゼたちが陽動みたいな行動を取るなんて普通では考えられない。奴らに指示を出している指揮官がいるはずだよ」

「指揮官、後方で待機していたフェグッターたちですか?」


 中位ベーゼであるフェグッターが指揮官だと予想したアイカはパーシュの方を向いて尋ねる。パーシュは僅かに目を鋭くしてアイカの方を見た。


「可能性は高いと思うよ。ユーキが調べた時に他のベーゼはいなかったからね」


 敵の中に下位ベーゼたちに指示を出す存在がいるとパージュが語ると、話を聞いていたフレードは面倒そうな顔をしながら小さく舌打ちをした。

 中位ベーゼは下位ベーゼと比べて力が強く、知性も高いため、下位ベーゼや位の低い蝕ベーゼたちを従えて行動することが多い。ユーキが強化ブーストの能力でベーゼの数を確認した時に他にベーゼがいなかったため、パーシュは後方にいた四体のフェグッターが下位ベーゼたちの指揮を執っていると予想していた。


「でも、どうしてフェグッターやルフリフたちは正門から遠く離れた所で待機していたのでしょう? 私たちの戦力を削ったり、隙を作るためならもう少し近くに待機していても良かったと思うのですが……」


 アイカはフェグッターたちが正門の見張り台や城壁の上から確認できない位置に待機していた理由が分からず難しい顔をする。すると、ユーキは真剣な表情を浮かべながら口を開いた。


「大方、戦力が確認できる位置にいる三十体だけだと思わせて俺たちを油断させようとしたんじゃないか? 三十体だけだと思っていたところに更にニ十体の敵が現れれば驚いて隙ができ、士気も低下するかもしれないから」

「相手に精神的なダメージを与えるためにわざと遠くに潜んでいたってこと?」

「多分な」


 ベーゼが何を狙っていたのかはユーキたちには分からない。仮にアイカの言うとおりこちらに精神的ダメージを与えるつもりだったとしても、ユーキが混沌術カオスペルを使って戦闘前に数を確認したので意味が無かった。


「お前ら、ベーゼが何を企んでたかは今はどうでもいいだろう。広場に侵入したベーゼどもを何とかする方が先だ」


 フレードの言葉を聞いてユーキたちは現状を思い出して広場を見る。広場に侵入したインファとルフリフたちは広場で待機していた者たちを襲っており、警備兵や冒険者たちも必死に抵抗していた。

 数では圧倒的に広場にいた警備兵と冒険者たちの方が上だが、突然広場に侵入されたことと空中から攻撃してくるルフリフたちの存在に動揺しており、殆どの者がまともに戦えない状態だ。しかも広場にいる冒険者は実戦経験が殆ど無い新人のE級、とても戦力にはならなかった。

 冒険者たちが役に立たない以上、ベーゼたちと戦えるのは町を護る警備兵のみ。警備兵たちは新人冒険者たちを護りながら侵入してきたベーゼと戦うしかなかった。


「今広場にいる連中だけじゃすぐに全滅させられちまう。さっさと下に下りて片づけるぞ」

「確かにそうですね、行きましょう」


 ユーキたちは急いで階段を駆け下り、広場へ移動する。城壁の上にいた警備兵と冒険者たちも見張りの者を少しだけ残して広場にいる仲間の救援に向かった。

 広場に侵入したインファたちは持っている剣を振り回して近くにいる警備兵たちを攻撃する。警備兵たちもインファたちの攻撃を防ぎながら隙を見て反撃した。

 しかし、下位ベーゼであるはずのインファは攻撃を難なくかわし、呻き声を上げながら反撃してくる。呻き声を上げる姿と予想以上に手強いインファに警備兵たちは小さな恐怖を感じていた。


「コイツら、一番弱いベーゼのはずなのに、我々の攻撃を簡単にかわすとは……」

「おい、こんな奴らに勝てるのかよ?」

「うろたえるな! 焦らずに動きを見極めて戦えば必ず倒せる。それに数ではこっちの方が上なんだ、数人で取り囲めば必ず倒せ……」


 警備兵の一人が不安を口にする仲間の警備兵に渇を入れていると、突然警備兵の首が何かに切り裂かれ、斬られた箇所から血が噴き出る。

 首を斬られた警備兵は表情を固めたまま崩れるように倒れ、それを目にした仲間の警備兵は驚愕する。何が起きたのか、周囲を見回して確認すると、上空に一体にルフリフが飛んでいる姿があった。

 ルフリフの足の爪には血が付着しており、ポタポタと垂れている。警備兵は目の前にいるルフリフが仲間の首を爪で切り裂いたのだと知って悪寒を走らせた。そんな警備兵に先程まで仲間が戦っていたインファが迫り、持っていた剣で警備兵の体を斬る。

 斬られた警備兵は苦痛の表情を浮かべながらその場に倒れ、警備兵を殺したインファは周りにそれを知らせるかのように声を上げる。周りにいる別の警備兵や冒険者たちは仲間が倒されたのを見て驚愕し、後ろに下がって距離を取った。


「クソォ、たかが下位のベーゼに押されるなんて……」

「一対一ではダメだ! 確実に勝つために固まって戦え!」


 警備兵の中には緊迫した表情を浮かべながらベーゼの恐ろしさを感じる者もいれば、屈することなく仲間たちにアドバイスをする者もいる。ベーゼとの戦闘経験が浅いとは言え、警備兵たちは戦いそのものには慣れているため、敵を前にしても取り乱したりせずに応戦した。

 一方でE級の冒険者たちは初めての実戦に緊張と動揺の表情を浮かべていた。中には近くで警備兵たちが殺される光景を見ている者もおり、そう言った者たちは戦場の恐怖に呑まれて戦意を失いかけている。


「な、何なんだよ、これ? これが実戦なのか?」

「俺たちは此処で負傷者の手当てをすればいいって言われたのに、何で戦わなきゃいけねぇんだよ……」

「目の前にいるベーゼって一番弱いんでしょう? なのにどうして警備兵に人たちが殺されてるのよ」


 新人冒険者たちは実戦の恐ろしさや依頼を受けた時に任された仕事の内容が違うことに混乱しており、警備兵たちの後ろで怯えている。ただ、そんな冒険者の中にはベーゼを倒して名を上げようとする者もおり、そう言った者たちは驚いてはいるが戦意を失ってはいなかった。


「何やってるんだ、お前ら! 相手はベーゼの中でも雑魚中の雑魚だぞ? ビビってねぇで叩き潰しちまえばいいんだよ!」


 剣を持った二十半代ばくらいの戦士風の冒険者が周りにいる仲間たちに向けて力の入った声を出す。彼の隣には仲間の冒険者と思われる十代後半ぐらいの杖を持った女魔導士と二十代前半くらいの弓矢を持ったレンジャーがいる。二人も戦士と同じようにベーゼに勝てると思っているのか、自信に満ちた様子で周りにいる冒険者たちを見ていた。

 怯えていた冒険者たちは不安そうな顔で強気な三人を見ている。何を根拠にそこまで自身が持てるのか、冒険者たちには理解できなかった。


「連中は所詮知性の低いゴブリンみたいなもんだ。ゴブリンと同じだと思って戦えばいいんだよ。……見てろよ、俺が手本を見せてやらぁ!」


 そう言って戦士は剣を構えながら一番近くにいるベーゼに向かって走っていく。女魔導士とレンジャーもそれに続いて走り出した。

 残された冒険者たちは不安そうな顔をしており、近くにいた警備兵たちは戦士たちが完全に油断していると感じ、目を鋭くして走っていく戦士たちの後ろ姿を見ている。

 戦士はベーゼと戦っている警備兵たちの間を通って前に出て敵がいないが探す。すると左側に一体のインファがいるのを見つけ、戦士は笑いながらインファに向かって走り出した。そして、インファに近づくと持っている剣を振り下ろして攻撃する。

 剣はインファの左腕を僅かに切り裂き、攻撃を受けたインファは僅かに体勢を崩す。それを見た戦士は「やった!」と満面の笑みを浮かべた。

 ところが、インファはすぐに体勢を直し、攻撃してきた戦士の方を向く。その様子はまるで痛みや恐怖を感じていないように見えた。

 戦士は自分の攻撃を受けても倒れないインファを見て目を見開く。ベーゼなど一撃攻撃を当てれば殺せると思っていたようだ。


「ど、どうなってるんだよ? 何で腕を斬られたのに倒れねぇんだ、何で痛がりながら後退しねぇんだ?」


 自分の予想外の状況に驚きを隠せず、戦士は目を見開きながら固まった。そんな時、一体のベーゼゴブリンが戦士の右側から飛び掛かり、戦士を仰向けに押し倒す。

 倒された時の衝撃と痛みで戦士は我に返り、何が起きたのか確認すると自分の上にまたがってヨダレを垂らすベーゼゴブリンが視界に入る。

 戦士はベーゼゴブリンに押し倒されたこと、先程の攻撃でインファを倒せなかったことから自分の考え方が甘かったと悟り、同時にベーゼに対する恐怖が湧き上がってきた。

 何とか今の状況を打開しようと戦士はまたがっているベーゼゴブリンを退かそうとするが、、戦士が動くよりも先にベーゼゴブリンは持っている短剣で戦士の胸を串刺しにする。戦士は革製の鎧を身に付けていたが、いとも簡単に貫かれてしまった。

 胸を刺された戦士は痛みに襲われて断末魔を上げる。ベーゼゴブリンは苦しむ戦士の胸から短剣を引き抜くと再び短剣で胸を刺す。それから何度も短剣を抜いて戦士をメッタ刺しにし、やがて戦士は血まみれになりながら絶命した。

 戦士を殺したベーゼゴブリンは戦士の上から退き、血の付いた短剣を握りながら鳴き声を上げる。その様子を見ていた仲間の女魔導士やレンジャーは青ざめながら震えていた。此処にいれば自分たちも殺される、そう感じた二人は急いで後方に下がろうとするが、ベーゼたちはそれを許さない。

 逃げようとする女魔導士の後ろから二体のインファが迫り、持っている剣で背後から女魔導士を串刺しにする。背中からの激痛に女魔導士は声を上げ、後ろを向いて自分が剣で刺されていることを知った。それと同時に意識が遠くなり、持っていた杖を落としてそのまま意識を失う。

 レンジャーはもう一人仲間が殺されたのを目にして絶望の表情を浮かべ、弓矢を持つ手を震わせる。レンジャーが恐怖で動けなくなっていると真上から一体のルフリフが急降下し、両足の鋭い爪でレンジャーの顔と首を切り裂く。切り裂かれたレンジャーは即死しており、声を上げる間もなくその場に倒れた。

 強気な態度で前に出た三人が一瞬で倒された光景を目にし、他の冒険者たちは驚愕する。自信を持って戦いを挑んだ者たちが倒されてしまったのであれば、ベーゼに恐怖を抱いている自分たちは簡単に殺されてしまうと感じ、冒険者たちは更に士気を低下させた。


「クソッ、何と言うことだ……」


 離れた場所で冒険者たちがベーゼに殺された光景を見ていた隊長である中年の警備兵は悔しそうな顔をする。現場の指揮を任されている身でありながら共に戦ってくれ冒険者、それも新人を死なせてしまったことに強い罪悪感を感じていた。

 これ以上、部下である警備兵たちにも冒険者たちにも犠牲を出させるわけにはいかないと中年の警備兵は意志を強くし、持っている剣の切っ先を遠くにいるベーゼたちに向けた。


「仲間と協力してベーゼと戦うんだ! 負傷した者はすぐに後方へ下げろ。戦いに自信のない者は無茶をするな。とにかく、生き残ることを優先して戦うんだ!」


 中年の警備兵は周囲に聞こえるよう大きな声で呼びかけ、それを聞いた警備兵たちは自分の武器を強く握りながらベーゼたちと戦う。少しではあるが中年の警備兵の言葉で周囲にいる者たちの士気が高まったようだ。

 警備兵たちは近くにいるベーゼと一定の距離を保ちながら戦い、冒険者たちも武器を構え、自分の身を護ることに専念する。近づきすぎると逆に自分たちがベーゼに囲まれたり、不意を突かれてしまう可能性があったため、有利な状態で戦い続けた。中年の警備兵も周りにいる仲間たちを気にしながら戦っている。

 中年の警備兵は目の前にいるインファに剣で攻撃するが、インファは中年の警備兵の剣を自分の剣で難なく防ぐ。攻撃を防がれた中年の警備兵は反撃を警戒して素早く後ろに下がった。


「……クソォ、このままではいつかこちらの体力が尽きて全滅させられてしまう。そうなる前に何とか打開策を……」


 何か勝つ手段がないか中年の警備兵が戦いながら必死に考えていると、正門の近くにいた一体のインファが正門の左側の城壁に近づき、城壁に付いているレバーを下ろした。

 レバーが下ろされた直後、閉じていた正門がゆっくりと開き出し、正門前で戦っていた警備兵や冒険者たちは開く正門を見て驚く。インファが下ろしたのは町の内側から正門の開閉を行うレバーだったのだ。

 正門は少しずつ大きく開いていき、町の外が見えるようになる。それと同時に戦いが始まってから外で正門を叩いていたベーゼたちの姿も見え、ベーゼたちは町の中を見ながら鳴き声を上げた。そして、人一人が通れるくらいに正門が開くと外にいたベーゼたちが一斉に町の中になだれ込む。


「しまった! 外にいたベーゼたちも町の中に!」


 中年の警備兵は町に侵入したベーゼたちを見て緊迫した表情を浮かべる。侵入したベーゼたちは次々と近くにいた警備兵や冒険者たちに襲い掛かり、それを見た中年の警備兵は空から侵入してきたベーゼたちは正門を内側から開けて外にいる仲間を町の中に入れることが真の目的だったのだと気付いた。

 ベーゼの狙いに気付かず、更に敵の侵入まで許してしまったことに中年の警備兵は奥歯を噛みしめる。敵の数が増えたことでますます戦況は悪くなり、中年の警備兵も流石に焦りを感じ始めた。


「マズイ、一度後退して態勢を立て直すか? いや、それでは街への侵入を許すことになる。そうなれば町の住民たちも危険だ、この広場で死守せねば……」


 後退の許されない状態で中年の警備兵がどうすればいいのか考えると、二体のインファが正面から、一体のルフリフが空中から中年の警備兵に襲い掛かる。打開策を考えていた中年の警備兵はベーゼたちに気付くのに遅れてしまい、防御も回避も間に合わない状態だった。

 中年の警備兵はベーゼにやられてしまうと感じて目を閉じる。だが次の瞬間、二体のインファは背後から何者かの攻撃を受けて黒い靄となって消滅した。そして、空中のルフリフも背後から何からに体を貫かれ、鳴き声を上げる間もなく消滅する。

 何も起こらないことを不思議に思い、中年の警備兵がゆっくりと目を開けると自分に襲い掛かって来たベーゼたちは消滅しており、代わりに月下と月影を構えるユーキと剣身の伸びたリヴァイクスを持つフレードの姿があった。


「大丈夫ですか?」

「き、君たちベーゼを倒したのか?」

「当たり前だろう。他に誰がやったって言うんだよ」

「そ、そうだな……助けてくれて感謝する」


 安否を気にするユーキと呆れたような口調をするフレードを見て中年の警備兵はキョトンとしていたが、すぐに我に返り、自分を助けてくれたユーキとフレードに礼を言う。ユーキは中年の警備兵が無事なのを確認すると小さく笑った。


「……助けてもらっておいて、更に頼みごとをするのは図々しいと思うが、言わせてほしい。我々だけではベーゼを倒すのは難しい状況だ。加勢してもらえるか?」

「言われなくてもそのつもりだ。ベーゼどもと戦うのが俺らの仕事だからな」


 伸縮エラスティックの能力でリヴァイクスの剣身を戻しながらフレードは語り、ユーキは口の悪いフレードを見ながら苦笑いを浮かべる。もう少しマシな言い方は無いのだろうかとユーキはフレードを見ながら思った。

 中年の警備兵は力を貸してくれるユーキとフレードを見ながら感謝の笑みを浮かべる。メルディエズ学園の生徒が加勢してくれれば勝機はあるため、フレードの口が悪いことなど今は気にならなかった。

 ユーキとフレードは中年の警備兵に背を向けると近くにベーゼがいないか確かめる。すると、正門の方から爆音が聞こえ、二人は正門の方に視線を向けた。

 正門の近くではプラジュとスピキュを振ってインファやベーゼゴブリンと戦うアイカと飛んでいるルフリフを火球ファイヤーボールで撃ち落とすパーシュの姿があり、ユーキとフレードは先程の爆音はパーシュの火球ファイヤーボールによるものだと知った。


「二人とも張り切ってますね」

「ああ、俺らも負けてられねぇな。ちゃっちゃとベーゼどもを片付けるぞ」


 リヴァイクスを構え直したフレードは一番近くにいるベーゼに向かって走り出す。ユーキもフレードが向かった方角とは逆に方に走り出し、ベーゼの討伐に向かう。

 残された中年の警備兵は走るユーキとフレード、離れた所で戦うアイカとパーシュの姿を見てメルディエズ学園の生徒は頼りになる存在だと感じていた。

 フレードが向かう先には三体のベーゼゴブリンと戦う警備兵がおり、ベーゼゴブリンたちに三方向から攻撃されて押されている。警備兵は必死にベーゼゴブリンの攻撃を防いでいるが、全ての攻撃を防ぐことはできず、腕や足を短剣で斬られていた。


「押されてるな。あの様子だとゴブリンどもに勝つのは無理そうだ。……なら、俺がいただくぜ!」


 警備兵ではベーゼゴブリンに勝てないと感じたフレードは小さく笑いながら走る速度を上げて一気に距離を縮める。同時にリヴァイクスの能力を発動させ、剣身から水を出して全ての刃を包み込む。すると、水は刃に沿ってチェーンソーのように高速で動き始めた。

 普通ではあり得ない動きをする水を見たフレードは視線をベーゼゴブリンたちに戻し、ベーゼゴブリンが間合いに入った瞬間に袈裟切りを放ち、ベーゼゴブリンの一体を斬る。

 リヴァイクスはベーゼゴブリンの体は楽々と切り裂き、斬られたベーゼゴブリンは苦痛の鳴き声を上げながら倒れ、そのまま靄となって消えた。

 仲間がやられたのを見て、残りの二体のベーゼゴブリンはフレードの方を向いて彼を睨む。フレードは自分に意識を向けたベーゼゴブリンを見ながらニッと笑う。それと同時にベーゼゴブリンと戦っていた警備兵は若干怯えた表情を浮かべながら後ろに一歩下がった。


「……おい、コイツらは俺が片付ける。お前はさっさと後方に下がって傷の手当てをしろ」

「え? し、しかし、君一人でコイツラの相手は……」

「勘違いするな。傷だらけのお前がいても邪魔だって言ってるんだよ。それにコイツらは俺の獲物だ。他人に横取りされたくねぇんだ。分かったらさっさと下がれ」


 フレードはキツい口調で言いながらリヴァイクスを両手で握り中段構えを取る。警備兵は突然やって来て後退するよう言い出すフレードを見て若干不満な気分になるが、自分は傷だらけでまともに戦える状態ではない。しかも先程フレードに助けてもらったため、言い返すことができなかった。


「……分かった、此処は任せる」


 警備兵は現状からフレードに任せた方がいいと感じてその場を後にする。若者であるフレードの命じられて後退するのは不満だったが、内心ではベーゼと戦わずに済むので安心していた。

 フレードは警備兵が去ったのを確認すると視線をベーゼゴブリンたちに向ける。ベーゼゴブリンたちは口からヨダレを垂らしながら険しい顔でフレードを睨んでいた。


「へっ、いつ見てもベーゼ化したゴブリンは気持ちワリィな。さっさと片づけて次のベーゼのところに行かせてもらうぜ」


 ニヤリと笑いながらフレードが言うと、ベーゼゴブリンの一体がフレードに向かって突撃し、持っている短剣で攻撃してきた。フレードはリヴァイクスを素早く左斜め上に振り上げ、短剣を持っているベーゼゴブリンの腕を切り落とす。

 腕を斬られたベーゼゴブリンは鳴き声を上げながら苦しみ、フレードは苦しむベーゼゴブリンに追い打ちをかけるように逆袈裟切りを放つ。体を斬られたベーゼゴブリンは糸が切れた人形のように倒れ、黒い靄と化した。

 フレードが持つ神刀剣、海刃剣リヴァイクスは剣身から水を発生させて刃に纏わせたり、敵に向けて水を放って攻撃することができる。刃を包み込むように纏わせれば水を刃に沿って高速回転させ、その勢いで鋭利な水の刃を作り、敵を切り裂くことも可能だ。更に敵の数の応じて水の量を決めることができ、使い方次第で大勢の敵や体の大きな敵を攻撃することもできる。

 二体目のベーゼゴブリンを倒すと、残りの一体がフレードに飛び掛かってきた。フレードは咄嗟にしゃがみ込んでベーゼゴブリンの飛び掛かりをかわし、ベーゼゴブリンが背後に移動すると立ち上がって振り返る。ベーゼゴブリンもフレードの方を向いて短剣を構えた。

 ベーゼゴブリンを睨みながらフレードはリヴァイクスを左脇構えに持つ。その直後、ベーゼゴブリンは短剣を振り上げながら再びフレードに向かって飛び掛かってきた。馬鹿の一つ覚えのように同じ行動を取るベーゼゴブリンを見ながらフレードは小さく舌打ちをし、リヴァイクスを握る手に力を入れる。


激流の礫トレント・グラベル!」


 フレードはリヴァイクスを勢いよく右斜め上に振り上げる。すると、刃に沿って回転していた水が無数の小さな水球となって勢いよくベーゼゴブリンに放たれる。

 水球はベーゼゴブリンの体や頭部を貫通してベーゼゴブリンを穴だらけにし、水球を全身に受けたベーゼゴブリンは声を上げる間もなく空中で黒い靄となって消えた。

 全てのベーゼゴブリンを倒したフレードはリヴァイクスを下ろして周囲を見回し、他にベーゼがいないか確認した。


「この辺りにはもういねぇな。少し離れた所に何体かいるみてぇだし、次はそっちに行くか」


 近くにベーゼがいないことを確認したフレードは走ってその場を移動し、別のベーゼを倒しに向かった。

 フレードの近くで彼の戦いを見ていた警備兵や冒険者たちは苦戦することなくベーゼゴブリンを倒したフレードを見ながら呆然としており、同時にメルディエズ学園の生徒はベーゼとの戦いではとても役に立つ存在なのだと感じた。


――――――


 フレードが戦っていた場所から離れた所ではユーキが三体のインファと交戦していた。ユーキは双月の構えを取りながら目の前に並んでいるインファたちを睨んでおり、インファは呻き声を上げながらユーキを見ている。その周りでは警備兵と冒険者たちがユーキとインファたちの戦いを見守っていた。


「おい、あの子、大丈夫なのか? 俺たちが押されている時に助けに来てくれたけど……」

「ヤバいんじゃないか? まだ十歳くらいの子供なんだ、俺らでも勝てないのに子供に勝てるはずがねぇよ」

「でも、あの子ってメルディエズ学園の制服を着てるわよ。もしかしたら……」


 警備兵や冒険者たちは児童であるユーキではベーゼには勝てないだの、メルディエズ学園の生徒だから勝てるかもしれないなどと小声で様々な会話をしながらユーキを見ている。ユーキは周囲の会話を気にすることなくインファたちの動きを警戒していた。

 ユーキがインファたちの出方を窺っていると、ユーキから見て左側のインファが剣を振り上げながらユーキに向かって走ってきた。ユーキは迫ってくるインファを睨みながら足を軽く曲げで素早く移動できる体勢を取る。その直後、近づいてきたインファがユーキに向かって袈裟切りを放った。

 迫ってくる剣に意識を集中させるユーキは月下と月影を弧を描くように動かして剣を受け流し、インファの右側に回り込んだ。そして、インファが態勢を立て直す前に月下と月影で逆袈裟切りを放ってインファの胴体を斬る。斬られたインファは黒い靄となって消滅した。

 一体目のインファを倒したユーキは前に出て二体目のインファに近づき、月下を振り下ろしてインファを斬る。攻撃が浅かったのか、インファは怯みながら後ろに下がっただけでまだ生きており、ユーキは反撃される前に月影で横切りを放ちインファを倒した。

 ユーキは残りの一体を倒すために三体目のインファの方を向く。すると、インファはユーキの目の前まで近づき、剣を振り下ろして攻撃してくる。ユーキは月下と月影を交差させてインファの振り下ろしを防いだ。インファの振り下ろしは意外に重く、強い衝撃がユーキの腕に伝わってきた。


「コイツ、ミイラみたいに細い腕してるのに結構力が強いな」


 インファの力の強さに驚くユーキだったが焦りなどは一切見せず、落ち着いてインファの剣を止める。視線だけを動かしてインファの腹部がガラ空きなのを確認したユーキは混沌術カオスペルを発動させ、インファの腹部に右足で蹴りを入れた。

 蹴りを受けたインファは大きく後ろに飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。混沌術カオスペルで脚力を強化したユーキの蹴りはインファを数m先まで蹴り飛ばせるほど強力になっていた。

 倒れているインファは起き上がって再びユーキに攻撃しようとするが、それよりも早くユーキがインファに近づき、倒れているインファを月下で斬って止めを刺した。


「よし、この辺にいるベーゼは倒したな。それでもまだ遠くに結構な数がいるからそっちも何とかしないと……」


 インファが黒い靄と化したのを確認したユーキは遠くで警備兵や冒険者たちを襲っているベーゼたちを見て救援に向かおうとする。その時、ユーキの背後から別のインファが迫って来てユーキに襲い掛かろうとしていた。

 ユーキはインファの存在に気付くと迎撃するために振り返ろうとする。だが次の瞬間、右側から何が勢いよく飛んで来てインファに命中し、そのままインファを吹き飛ばした。

 驚いたユーキがインファが飛んで行った方を見ると、インファはベーゼゴブリンと共に仰向けに倒れており、どちらも倒れたまま小さく痙攣している。その光景を見たユーキはインファが飛んできたベーゼゴブリンとぶつかって吹き飛んだのだと知った。

 なぜベーゼゴブリンが飛んできたのか分からず、ユーキはベーゼゴブリンが飛んで来た方を確認する。すると、20mほど離れた所にヒポラングがいるのを見つけ、ユーキは目を軽く見開いた。

 ヒポラングはユーキが自分の方を見ていることに気付くと大きく口を開け、声を掛けるかのように鳴いた。そこへ二体のベーゼゴブリンが近づいて来てヒポラングを威嚇する。

 ベーゼゴブリンに気付いたヒポラングは口を閉じてベーゼゴブリンの方を向く。その直後、ベーゼゴブリンの一体がヒポラングに向かって飛び掛かり、ヒポラングの左脇腹に短剣を突き刺した。

 刺されたヒポラングを見てユーキは驚きの表情を浮かべる。ところが、刺されたにもかかわらずヒポラングは何事もなかったかのように自分を刺したベーゼゴブリンを見ていた。

 ベーゼゴブリンは苦しまないヒポラングを見て不思議そうな反応を見せており、そんなベーゼゴブリンをヒポラングは左腕を外側に振って殴り飛ばす。

 殴り飛ばされたベーゼゴブリンは首が180度回転しており、勢いよく地面に叩きつけられ、そのまま黒い靄となって消滅した。

 ベーゼゴブリンが消滅するとヒポラングは短剣で刺された箇所を左手で掻く。不思議なことに刺された箇所からは出血はしていなかった。


「どうなってるんだ? 短剣で刺されたのに……」


 ユーキはヒポラングが無傷なことを知るとまばたきをしながらヒポラングを見つめる。そんな時、ユーキはライトリ大森林からモルキンの町に戻る最中にフレードから聞かされた話を思い出す。

 盗賊の討伐を終えてモルキンの町に戻る時、ユーキはヒポラングが自分に懐いていたことから興味を持ち、ヒポラングのことをフレードに聞いていたのだ。質問されたフレードも詳しいことは知らなかったが、自分の知っている情報を教えてくれた。

 ヒポラングは下級モンスターの中ではあまり強くはないが、それなりに賢く群れで狩りをすることが多い。そして、ヒポラングの毛はそれなりに硬く、防具や一部の衣服を作るための材料として使われているそうだ。

 更にヒポラングは皮膚と脂肪が同じ下級モンスターのであるゴブリンなどと比べると厚く、子供のような弱い力では決定的なダメージを与えることはできない。とは言え普通の大人や軍の兵士、冒険者であれば問題なくダメージを与えることができる。ただし、それはあくまで“通常”のヒポラングの話だ。


(アイツは普通のヒポラングよりも体が遥かに大きいから、その分、皮膚や脂肪も普通のヒポラングと比べて厚く、並の冒険者やベーゼの攻撃でもアイツには致命傷を与えるのは難しいだろうってフレード先輩は言ってたけど、まさか本当に攻撃が効かないなんてなぁ……)


 ベーゼゴブリンの攻撃がヒポラングに効かなかった理由を知ったユーキは心の中で驚きながらヒポラングを見つめる。ヒポラングは未だに刺された箇所を掻き続けていた。

 左脇腹を掻き終えたヒポラングはゆっくりと周囲を見回す。周りにいる警備兵や冒険者たちはヒポラングの姿を見て驚愕していた。彼らの中にはモルキンの町に大きなヒポラングがいることをまだ知らない者がいるらしくかなり驚いている。知らされている者もいるようだが、実際に目にするとやはり驚いてしまうようだ。

 ヒポラングは周囲の視線を気にすることなく周りを見回し続け、遠くに大勢のベーゼが集まっているのを見つけると大きく鳴き声を上げる。そして、集まっているベーゼに向かって勢いよく走り出した。


「な、何だ何だ?」


 突然走り出したヒポラングを見てユーキは目を丸くする。ヒポラングはユーキの横を通過し、ユーキは走っていくヒポラングの後ろ姿を見て何をしようとしているのか疑問に思った。

 ヒポラングは勢いを弱めることなく走り続け、集まっているベーゼの群れに突っ込む。ヒポラングの体当たりを受けたベーゼたちは大きく飛ばされて地面や民家の壁に叩きつけられた。

 その後もヒポラングは次々とベーゼたちを体当たりで突き飛ばしていく。体当たりを受けたベーゼの中には黒い靄となり消滅する個体もおり、その光景を見たユーキや警備兵、冒険者たちは驚いていた。


「す、凄いな、あれじゃあまるで歩行者を次々とはねていく暴走車みたいだ……」


 走るヒポラングを見ながらユーキは目を丸くする。体が大きい分、体重もあるヒポラングの体当たりは間違い無く強烈であるため、もし自分が体当たりを受けたらひとたまりもないとだろうとユーキは感じた。

 しばらくするとベーゼに体当たりをしていたヒポラングは急停止して後ろを向く。ヒポラングの体当たりを受けたベーゼの殆どが消滅しており、数体は立ち上がってヒポラングの方を見ていた。

 ヒポラングは立ち上がるベーゼを見て再び体当たりをしようと走る体勢を取る。すると、右側から一体のルフリフが飛んできてヒポラングの周りを飛び回りながら足の爪で攻撃してきた。しかし、ヒポラングの皮膚と脂肪がルフリフの攻撃を防いでいるため、ヒポラングは大きなダメージを受けていない。

 攻撃が効かないと分かっていないのか、ルフリフはヒポラングの周りを飛び回って攻撃を続ける。ヒポラングは次第にルフリフが鬱陶しくなってきたのか、両腕を振り回してルフリフを叩き落そうとする。しかし、飛んでいるルフリフにはなかなか攻撃が当たらなかった。

 ヒポラングは攻撃が当たらないことに徐々に苛立ちを感じ始め、腕の振り方も荒っぽくなってきた。ルフリフはそんなヒポラングを嘲笑うかのように飛び回り、ヒポラングの顔を攻撃しようと急接近する。

 真正面から飛んでくるルフリフを見たヒポラングは鳴き声を上げ、ルフリフが近づいてきた瞬間に叩き落そうと身構えた。

 ルフリフはヒポラングに近づき、足の爪でヒポラングの顔を切り裂こうとする。だがその時、ルフリフの左側からユーキが現れ、月下でルフリフの左翼を切り落とす。

 翼を斬られたルフリフは鳴き声を上げながら空中で体勢を崩し、ヒポラングの目の前に落下する。ユーキはヒポラングを一方的に攻撃するルフリフが気に入らず、ヒポラングを援護するために片方の翼を切り落としたのだ。

 ヒポラングは落下したルフリフを見下ろしながら右腕を振り上げ、勢いよくルフリフの背中を叩く。ルフリフは鳴き声を上げながら黒い靄となり、ルフリフが消滅するとヒポラングはユーキの方を向いた。ユーキは軽く息を吐きながら月下を振り、視線だけを動かしてヒポラングの方を見る。


「……例え普通のヒポラングより強くても、飛び回る敵に捕まえられない点は獣と同じだな」


 特別なモンスターでも何処か獣に似ていると感じたユーキはヒポラングを見ながら呟き、ヒポラングはユーキを見ながら小首を傾げる。今のヒポラングからはルフリフと戦っていた時の苛立ちは感じられなかった。

 ユーキはヒポラングを見た後にヒポラングが走り回っていた場所を見る。そこにはヒポラングの体当たりを受けて瀕死状態のベーゼが何体か倒れており、警備兵や冒険者たちはベーゼたちに止めを刺すために集まっていた。


「これで町に侵入したベーゼの半分は片付けることができた。お前のおかげだよ」

「ブオォ~」


 小さく笑うユーキを見て褒められたことを理解したのか、ヒポラングは大きく口を開けて嬉しそうな鳴き声を出す。その後、ユーキは生き残っているヒポラングを倒すために移動し、ヒポラングもその後に続いた。


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