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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第一章~異世界の転生児童~
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第二話  盗賊との戦い


 武器を握りながら自分たちを取り囲む盗賊たちに御者と馬車の中の男は緊迫した表情を浮かべる。倒れた木で進路を塞がれ、後ろにも盗賊が回り込んでおり、完全に逃げ道を防がれてしまった。

 盗賊の行動からとても計画的な連中だと男は感じる。そんな時、男は盗賊たちを見ている勇樹に視線を向けた。


(盗賊たちは私たちがこの少年を見つけて馬車を停めた直後に現れた。まさか、この少年は盗賊たちの仲間!?)


 ここまでの流れから、男は勇樹も盗賊の一員だと考える。自分たちが勇樹を発見し、馬車を停めた後にタイミングを計ったように盗賊たちが現れたのだから、男が勇樹を疑ってもおかしくなかった。

 男は勇樹が盗賊の仲間なら、先程話した旅の話や家族が死んだ話も嘘だったのかと、再び勇樹を疑い始める。御者も勇樹が自分たちを騙したのかと鋭い目で勇樹を見ていた。すると、馬車の前に立つ盗賊の一人が持っている手斧の柄頭の部分で自分の手を軽く叩きながら笑みを浮かべる。


「妙な恰好をしたガキがいたんで身ぐるみ剥いでやろうと思ってたら、貴族様が乗る馬車が通りがかるとはな。今日はついてるぜ」


 リーダーと思われる盗賊が愉快そうに語ると他の盗賊たちも同じように笑い出す。盗賊の発言を聞いた男は盗賊たちは最初、勇樹を狙っていたのだが、その後に自分が乗る馬車が通りがかったので一緒に襲うことにしたのだと知った。


(どうやらこの少年は彼らの仲間ではなく、本当に一人で旅をする子供のようですね)


 男は目の前で自分の背を向けながら盗賊たちを見ている勇樹に視線を向け、盗賊の仲間ではなかったと知る。だが、危機的状況にあることに変わりはないため、すぐに気持ちを切り替えて周囲を警戒した。

 盗賊の数は六人と少ないが、護衛を務める者が一人もいないため、極めて危険な状態だった。唯一、目の前に不思議な形の剣を持った勇樹がいるが、児童が盗賊と戦っても勝てるはずがないと感じ、どうすればこの状況を打開できるか考える。


「貴族なら金目の物を持ってるはずだ。殺して全部奪っちまえ。勿論、御者とガキもな!」


 盗賊のリーダーは右手に持つ手斧を馬車に向けながら仲間たちに指示を出し、他の盗賊たちは剣や手斧を持って馬車との距離を詰めようと動きだす。盗賊たちを見て男は早く打開策を考えねばと焦る。

 護衛がいないのであれば逃げるのが一番の方法だが、進行方向には木が倒れているため前には進めない。後ろには盗賊が二人しかいないので、馬車で強行突破すれば逃げるのは可能かもしれないが、馬車の向きを変えている間に馬車に取りつかれたり、馬を殺されてしまったらお終いだった。

 現状から逃げるのは難しいと感じた男は表情を曇らせる。どうすればいいのか悩んでいる間も盗賊たちは笑いながらゆっくりと近づいて来ており、御者は盗賊たちをみながら御者席で怯えたよう表情を浮かべていた。

 

(仕方ない。逃げられないのなら、せめて命だけは助けてもらえるよう交渉を……)


 男は覚悟を決めると馬車の扉を開けて外に出ようとする。すると、外にいた勇樹が面倒そうな顔で自分の頭を手で掻きながら口を開く。


「折角こっちに来て初めて人と会えたって言うのに、とんだ邪魔が入ったな」

「ああ?」


 勇樹の言葉を聞いて盗賊のリーダーが鋭い視線を勇樹に向ける。他の盗賊たちも自分たちを前にして怖がるどころが大きな態度を取る勇樹が気に入らないのか、同じように勇樹を睨んだ。

 異世界で初めて人と出会い、情報を提供してもらうという時に盗賊たちが邪魔をし、しかも自分たちを殺そうとしている。勇樹は自分と情報を提供してくれる男を護るためにも盗賊たちと戦うしかないと思っていた。

 男と御者は盗賊に囲まれているのに冷静な態度を取る勇樹を見て呆然としている。普通、盗賊に囲まれれば十歳ぐらいの児童は怖がったり泣き出したりするものだが、目の前の児童は怖がるどころが盗賊たちを鬱陶しそうにしているため、二人は驚きを隠せなかった。


「おいガキ、随分とデカい態度を取っているようだが、テメェは自分の立場が分かってんのか?」


 盗賊のリーダーは手斧の柄頭で手を叩きながら勇樹に近づく。勇樹はありきたりな脅し方をしてくる盗賊を見て軽い溜め息をつく。その様子を見た盗賊は馬鹿にされていると感じて額に青筋を立てた。


「テメェは今、俺らに囲まれて逃げ場がねぇ状態なんだぞ? テメェを生かすか殺すかは俺の気持ち次第なんだよ」

「うっさいなぁ、アンタの気持ちなんて俺には関係無い。と言うよりも、他人に平気で殺すだの言うような連中の気持ちなんて知りたくないしね」


 勇樹は盗賊のリーダーから目を逸らしながら肩をすくめて挑発する。勇樹の態度を見て盗賊のリーダーは奥歯を噛みしめた。


「クソガキが、楽に殺してやろうと思っていたがやめだ。手足を一本ずつ切り落とし、苦しませてから殺してやらぁ!」


 盗賊のリーダーは勇樹を睨みながら持っている手斧を振り上げた。勇樹はリーダーを見て月下と月影を抜き、ゆっくりと双月の構えを取る。先程狼のような獣と戦って勝利したからか、勇樹は自分を襲おうとしている盗賊と向かい合っても恐怖を感じなかった。


「悪いけどこっちは死ぬ気は無いぜ。何しろさっき生まれ変わったばかりなんだから」

「何わけの分かんねぇこと言ってんだぁ!」


 勇樹の言っている意味が分からず、盗賊のリーダーは手斧を勢いよく斜めに振って勇樹を攻撃する。馬車に乗っている男や御者は勇樹が盗賊に殺されると思い、大きく目を見開きながら勇樹を見た。

 迫ってくる手斧を見た勇樹は手斧が当たる瞬間に軽く左へ移動しながら月下と月影を右に倒して手斧を受け流す。そして、素早く構え直して月下と月影で同時に逆袈裟切りを放ち、盗賊を斬り捨てた。盗賊のリーダーは何が起きたのか分からず、崩れるようにその場に倒れる。

 盗賊が倒れたのを見て男と御者は驚き、仲間の盗賊たちも言葉を失う。勇樹は盗賊のリーダーを倒すと、月下と月影を払ってから驚いている盗賊たちに視線を向ける。


「次は誰が相手だ?」


 勇樹は鋭い目で盗賊たちを睨み、盗賊たちは勇樹の目を見て一瞬寒気を走らせる。目の前にいるのは本当に児童なのか、盗賊たちは勇樹を見つめながらそう思った。

 だが、すぐに我に返って勇樹を睨みながら剣や手斧を構える。そして、馬車の前に立っている盗賊の内、二人が勇樹に向かって走り出す。勇樹も盗賊たちを迎え撃つため、走ってくる盗賊たちに向かって行く。

 盗賊たちは勇樹が向かって来るとは思わなかったのか一瞬驚くが、小さいくせに大人である自分たちに真正面から突っ込んで来るなんて所詮は子供だと考える。先程の戦闘も運が良かったから勝てただけだと完全に勇樹の力を軽く見ていた。この時の盗賊たちはまだ目の前にいる児童が自分たちよりも遥かに強いことに気付いていない。

 勇樹はその体には似合わないくらいの速さで走り、あっという間に盗賊たちの前まで近づく。体は児童でも、フェスティから与えられた特典のおかげで転生前よりも高い身体能力を得ているため、一瞬で距離を詰めることができた。しかも体が小さいため、楽々と盗賊たちの懐に入り込むことができたのだ。


「コ、コイツ!」

「いつの間に!」


 盗賊たちは距離を詰めた勇樹に驚いて一瞬動きが止まる。その一瞬を見逃さなかった勇樹は月下と月影を外側に振って目の前に立つ二人の盗賊の腹部を斬る。更に内側に向かってもう一度振り、盗賊たちの胴体をそれぞれ二回ずつ斬った。


「月宮新陰流、眉月まゆづき


 勇樹が僅かに力の入った声を出した直後、斬られた盗賊たちは斬られた箇所から出血しながら同時に倒れる。続けて二人の盗賊を倒した勇樹に馬車の中の男は驚きを隠せずにいた。

 リーダーに続いて二人の仲間を倒され、残っている盗賊たちはようやく勇樹がただの児童でないことを知る。普通に戦っても勝つことはできない、盗賊たちはそう感じて表情を僅かに曇らせた。

 勇樹は馬車の前に立っている最後の盗賊を睨みながら双月の構えを取る。勇樹と目が合った盗賊は今度は自分が狙われるのだと感じて焦りを見せ始める。すると、馬車の後方で退路を塞いでいた二人の盗賊が勇樹に向かって勢いよく走り出す。勇樹が仲間の方を向き、自分たちに背を向けている間に距離を詰め、背後から攻撃しようと思っているのだ。

 しかし、勢いよく走れば当然足音がしてしまうため、足音を聞いた勇樹は走ってくる盗賊たちに気付く。勇樹は後ろを向いて走ってくる二人の盗賊を確認すると振り返って走ってくる盗賊たちの方を向き、双月の構えを取り直した。

 だが、走ってくる盗賊たちの方を向いたことで、逆に馬車の前にいた盗賊に背を向けてしまい、背を向けた勇樹を見た盗賊はチャンスだと持っている剣を振りかぶりながら背中がガラ空きの勇樹に向かって走り出す。

 戦いを見守っていた男と御者は背後から勇樹を攻撃しようとしている盗賊を見て、そのことを勇樹に知らせようとする。だが、男と御者が知らせるより先に勇樹は動いた。

 勇樹は盗賊がすぐ後ろまで近づいて来ると素早く姿勢を低くし、低くした状態で左回転をしながら月下と月影を横に振り、背後にいた盗賊を斬る。盗賊を斬ると再び走ってくる盗賊たちの方を向き、何も無かったかのように双月の構えを取った。


「そ、そんな……ありか……よ……」


 背後から攻撃を仕掛けたのに斬られたことが信じられない盗賊は驚きながらその場に倒れる。走っていた盗賊たちは隙をついた仲間が簡単に倒された光景を見て驚き、急停止した。

 立ち止まった二人の盗賊は勇樹の圧倒的な強さを目にして顔を青くし、武器を持つ手を小さく震わせる。盗賊たちの目には勇樹はただの児童ではなく、児童の姿をした鬼神のように見えていた。

 勇樹は走るのをやめた盗賊たちを鋭い目で睨み付ける。すると、盗賊たちは恐怖のあまり声を上げながら勇樹に背を向け、走って逃げ出す。隙をついた攻撃も通用しないと分かった以上、二人だけではどうすることもできないと悟ったようだ。


「……とりあえず勝てたな」


 盗賊たちが逃げていく姿を見て勇樹は月下と月影を下ろしながら軽く息を吐き、刀身に付いている血を払い落として鞘に納める。勇樹は盗賊たちが襲ってきたから斬っただけで戦意を失った者を追って斬るつもりは無かった。

 勇樹は周囲を見回して自分が倒した盗賊たちの死体を見た。盗賊たちは大量の出血をしながら動かなくなっており、それを見た勇樹は僅かに表情を歪ませる。同時に手が小さく震え出し、勇樹は震える自分の手を見つめた。


「……さっきまでは戦闘中でアドレナリンが出てたから、盗賊たちを斬っても何も感じなかったが、落ち着いた途端に手が震えてきた。それにとても気分が悪い……」


 自分の身を護るためとは言え、勇樹は初めて人を殺めてしまった。そのことが恐怖や罪悪感となって勇樹の体に震えや不快感として現れ始めたのだ。そのことを理解した勇樹は震える手を強く握って気持ちを落ち着かせようとする。

 目を覚ました森でも獣たちを殺めたが、あの時と違って今回は自分と同じ人間を殺した。動物を殺すのと人間を殺すのとでは自身にのしかかる罪悪感や不快感の大きさが全く違う。勇樹もそのことは分かっていたが、今回盗賊を斬ったことでその罪悪感の違いは実感した。

 普通なら人を殺めた人間は簡単に立ち直ったり、気持ちを切り替えることはできない。場合によっては罪悪感に呑まれて錯乱する可能性だってある。しかし、勇樹はフェスティから授かった特典で身体能力だけでなく、精神力も強くなっているのか罪悪感は感じても錯乱することはなかった。


「この世界に転生した以上、今回のようなことはこれからも起きるはずだ。生き残るためにも、自分が自分であり続けるためにも、人を殺した時の罪悪感に耐えられるようにしなくちゃいけないな……」


 異世界で生きていくには他人の命を奪うことも、その罪を背負って生きていくことも受け入れなくてはならない。勇樹は自分に言い聞かせるかのように呟いた。

 だが、勇樹自身も他人の命を奪うことを楽しんだり、進んで殺しをしようとは思っていない。今回はやむを得ない状況だったが、殺さなくて済む命であれば、殺さないようにしようと思っていた。

 勇樹は深呼吸をしてとりあえず気持ちを落ち着かせようとする。すると、馬車の扉が開いて男が降りてきた。男は周囲を見回して安全を確認すると勇樹の方へ歩き出し、御者も御者席から降りて勇樹の方へ歩き出す。

 男たちに気付いた勇樹は振り返り、男の恰好や盗賊が言っていたことから、目の前にいる男が異世界の貴族だと考えていた。

 

「君、怪我はありませんか?」

「あ、ハイ、大丈夫です」


 まだ気持ちは落ち着いてはいないが、怪我はしていないのでとりあえず勇樹は自分が無事であることを男に伝える。勇樹が大丈夫なことを知った男は安心したのか小さく息を吐く。

 男は勇樹を見ながら真剣な表情を浮かべて軽く頭を下げる。いきなり頭を下げる男を見て勇樹は少し驚いたような反応を見せた。


「助けてくれてありがとうございます。君がいなかったら今頃私たちは盗賊に殺されていたでしょう」

「あ、いえ、気にしないでください」


 小さく笑いながら勇樹は首を横に振り、男と御者は勇樹の反応を見て目を軽く見開く。一人旅をしているだけでなく、盗賊を倒せるほどの実力と謙虚な心を持っている。男は勇樹のことを見た目以上にしっかりしている存在だと思った。

 驚いていた男を見て不思議に思ったのか、勇樹は軽く首を傾げる。男は勇樹が不思議そうにしているのを見ると軽く咳をして気持ちを切り替えた。


「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね? 私はラステクト王国の伯爵でガロデス・フリドマーと申します。君の名前は?」

「俺ですか? 俺は月……」


 名乗ろうとした勇樹は突然口を閉じる。地球とは違う異世界で転生前の名前を名乗ると後で色々と面倒なことになるかもしれないと感じて名乗ることを躊躇したのだ。


「……俺はユーキ、ユーキ・ルナパレスです」


 ガロデスの顔を見ながら改めて勇樹は自己紹介をした。異世界で生活する以上、その世界でも変に思われないような名前を名乗った方が都合がいいと感じ、勇樹は今までとは違う名前を名乗ったのだ。

 だが、いくら異世界でもおかしくない名前を名乗るべきであっても、元の世界と死んだ家族を繋ぐ名前を捨てることはできないため、名前はそのままにして、苗字の月をルナ、宮をパレスにしたルナパレスにしたのだ。そして、これから先はそのユーキ・ルナパレスを名乗って生きていくことを決めた。


「ユーキ君ですか。いやぁ、それにしても驚きました。まだ幼いのに盗賊たちを簡単に倒してしまったのですから」

「ア、アハハハ…」


 褒めるガロデスにユーキは自分の頬を指で掻きながら苦笑いを浮かべる。思った以上にガロデスが驚いたため、少し照れくさくなっているのだ。だが、そのおかげで盗賊を殺したことで感じていた不快感が少しだけ消えて気持ちが楽になっていた。


「あ~、ところでさっきの連中はこの辺りで有名な連中なんですか?」


 ユーキは自分たちを襲撃してきた盗賊たちのことをガロデスに尋ねると、ガロデスは近くの死体を見ながら軽く首を振る。


「いいえ、この辺りに盗賊が現れることは殆どありません。恐らく国中を転々と移動しながら旅人を襲う名も無い盗賊団でしょう」


 ガロデスが盗賊たちのことを何も知らないと知ってユーキは腕を組みながら難しい顔をする。ガロデスの言葉から、この世界には名も無い小さな盗賊団や名の知られた大きな盗賊団も存在するのだと知り、ユーキはこれから先、また盗賊と戦う時が来るかもしれないと感じ、その時はまた全力で戦おうと思った。


「彼らのように拠点を持たずにあちこちに現れる盗賊は非常に危険です。町に戻ったら盗賊に対する警戒を強くした方がいいと伝えましょう」

「そうですね……ん? 町?」


 難しい顔をしていたユーキはガロデスの言葉を聞いてふと顔を上げる。そして、自分は近くにある町や村のことを訊くためにガロデスの馬車を停めたことを思い出した。


「そうだ! 俺、近くに町か村がないか探してたんだった」

「え? ……ああぁ、そう言えばそうでしたね」


 ガロデスもユーキの目的を思い出して納得したような顔をする。馬車を停めた時にユーキに情報を提供しようとしていたのだが、その直前に盗賊たちの襲撃を受けてしまったため、スッカリ忘れていたのだ。

 目的を忘れていたユーキは後頭部を掻き、そんなユーキを見ながらガロデスと御者は小さく笑う。そこにはもう盗賊に襲撃されたことで漂っていた緊迫していた空気は完全に無くなっていた。


「ガロデスさん、改めてお訊きしますが、この近くに町か村はありますか?」

「……そのことなのですが、よろしければ私たちと共に町へ行きませんか? 私たちも町に向かっている最中だったので」


 ガロデスも町を目指していたと聞かされてユーキは大きく目を見開く。情報を得ることができればラッキーだと思っていたのに、町が近くにあることを教えてくれた上に一緒に町に向かわないかとガロデスは誘ってくれている。ユーキにとってとても都合のいいことだった。


「いいんですか?」

「勿論です。貴方は私たちを盗賊から護ってくれた恩人、町を目指しているのなら町までお連れするのが当然のことです」


 助けてくれた礼も兼ねて町まで案内するというガロデスを見てユーキは思わず笑みを浮かべる。転生してから森の中を迷い、森から出られたと思ったら盗賊に襲撃されるといった面倒ごとの連続だったため、今のユーキにはガロデスの誘いはとてもありがたかった。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「そうですか。ただ、盗賊たちによって道を塞がれてしまったので、一度来た道を戻って別の道を通る必要があります」


 そう言ってガロデスはチラッと盗賊たちによって切り倒された木に視線を向ける。木は道を完全に塞いでしまう長さだったため、馬車で道の端を通ることもできなかった。

 目的地までの道が通れなくなり、ガロデスと御者が困ったような顔で倒れている木を見ていると、木を見ていたユーキはまばたきをしながらガロデスの方を向く。


「……この道が目的地である町までの最短ルートなんですか?」

「ええ、ですがこの状態では通るのは無理でしょう。あの木を退かせば通れますが、我々だけではあの木を退かすのは無理です」

「いえ、そんなことは無いと思いますよ」


 ユーキの口から出た意外な言葉を聞いてガロデスと御者は同時にユーキの方を向く。ユーキは二人が驚いている中、倒れている木を指差した。


「あの木を全て移動させるのは無理ですが、一部だけを退かして馬車が通れるだけのスペースを作ることはできると思います」

「馬車が通れるだけのスペースを?」

「ハイ。枝がある方は無理ですから、根元の方を切れば……」


 そう言ってユーキは自分から見て倒れている木の左側、根元がある方に視線を向けた。根元部分の幹には無数の傷が付いており、盗賊たちが何度も手斧や剣を使って木を倒そうとしたのがよく分かる。

 倒れている木の幹はそれほど太くなく、小さくすれば簡単に運ぶことができるくらいの太さだった。ユーキは幹が細いこと、盗賊たちでも切り倒せたことを考えて木の一部を退かすことができると考えたのだ。


「根元の方から幹を薄く輪切りにし、転がしたりして移動させれば時間は掛かりますが道を作ることができます。このやり方なら俺とそっちの彼の二人だけでも十分可能でしょう」


 ユーキは御者の方を見ながら自分と御者の二人で作業すれば問題無いとガロデスに説明する。ガロデスは御者の方を向き、御者も自分が木を移動させるのか、と目を丸くしながら驚いていた。

 細い木を輪切りにして運ぶとは言え、動かすにはそれなりの体力が必要だ。当然、五十代前半で力仕事に慣れていない貴族のガロデスにできるはずがなく、若いユーキと御者の二人でやるしかなかった。

 ガロデスもこの場にいる者の体力を考えると自分は何もできず、若者に任せるしかないと考えている。しかし、御者はともかくユーキはまだ十歳くらいの児童、木を運ぶのは体力的に無理なのではと思っていた。


「ユーキ君、いくら君が盗賊たちを倒せるほどの実力を持っているとしても、流石に倒れている木を動かすのは難しいのではないでしょうか?」

「いいえ、大丈夫です。俺、こう見えても体力はありますから」


 ユーキはニコッと笑いながら問題無いことをガロデスに伝え、盗賊の死体の近くに落ちている手斧を拾って木の方に歩き出す。ガロデスと御者は心配そうな顔をしながらユーキの後ろ姿を見つめた。

 倒れている木の左側にやって来たユーキは木の幹を輪切りにするために持っている手斧を勢いよく何度も振り下ろす。特典で身体能力が強化されたユーキは楽々と木を削っていき、その光景を見たガロデスと御者は驚きのあまり言葉を失う。

 呆然と見ていたガロデスは我に返ると、御者の方を向いてユーキに手を貸すよう指示を出す。指示を受けた御者は近くに落ちている別の手斧を拾い、ユーキの手伝いをするために木の方へ走っていった。


――――――


 木を切り始めたから数十分後、ユーキと御者の手によって木の根元部分は切り取られ、ようやく馬車一台が通れるだけの道を作ることができた。輪切りにされた無数の幹は自分たち以外の誰かが道を通る時に邪魔にならないように森の中に捨て、残りは片付けることができないのでそのままにしてある。

 ユーキは手斧を持ちながら汗をぬぐい、手を貸した御者は疲れたのか床に座り込んでいる。作業を見守っていたガロデスはユーキと御者が切った木を見て、おおぉと言いたそうな顔をしていた。


「凄いですね、一時間も経たないうちに道を作るとは……」

「ハハハ、流石にちょっと疲れました」


 驚くガロデスの方を向いてユーキは苦笑いを浮かべ、笑っているユーキを見たガロデスと手伝いをした御者は思わずまばたきをした。

 ユーキは児童とは思えないくらいの力で手斧を振り、輪切りにした木の幹も一人で運んだ。盗賊を倒した時と言い、見た目からは想像もできない力と行動力を持つユーキにガロデスと御者は何度も驚かされた。


「ユーキ君、貴方はいったい何者なのです?」

「何者って……ただの十歳児ですよ」


 不思議に思うガロデスを見ながらユーキは答えた。女神様から力を授かって転生した高校生、とは流石に言えないため、ユーキは一番納得してくれそうな答えを出す。十歳かどうかは分からないが、見た目から考え、とりあえず年齢は十歳にすることにした。

 自分をただの児童と語るユーキを見ながらガロデスは黙り込む。普通ならユーキの行動を見て、ただの児童ですと言われても納得できるないだろう。だが、両親を亡くして一人で生きるために体力と知恵をつけ、剣の腕を磨いたのだと考えれば見た目に似合わない力と行動力を持っていても不思議ではないとガロデスは感じた。

 木を切り終えたユーキは手斧を道の端へ捨て、道の真ん中に倒れている盗賊たちの死体を一つずつ森の中に引きずりながら運んで行く。道の真ん中に置いておくと通る者の邪魔になったり、死体を見て怖がってしまうかもしれないと考え、目立たない森に移動させようと思ったのだ。

 流石に現状では埋葬することはできないので、せめて仰向けにして並べるなど最低限のことはしてやろうとユーキは死体を運んで行く。ガロデスと御者はユーキの行動を見て、改めてユーキはしっかりしていると感じる。

 死体を運び終えると、ユーキはガロデスと御者の二人と合流して今後のことを確認する。道が開けたことで予定通り最短ルートを通って目的地の町まで向かうとガロデスから聞かされ、ユーキはいよいよ異世界の町に向かうのだと楽しみにしていた。


「此処から目的地であるバウダリーの町までは順調に行けば三十分ほどで到着するはずです。それまでは馬車の中でゆっくりと寛いでください」

「ありがとうございます。もし、また盗賊やモンスターが現れたら、俺が対処します」

「ハハハハ、その心配はありませんよ。この辺りには盗賊やモンスターは滅多に現れませんから」

「……それじゃあ、さっきはその滅多に現れない盗賊に出くわしてしまったってことですか?」


 ユーキが目を細くしながら尋ねると、痛いところを突かれてしまったガロデスは言葉に詰まって目を逸らす。御者も先程までの出来事から安全だと言っても説得力に欠けると思っていた。


「ま、まぁ、極まれに遭遇することはあります。ただ、遭遇しても少数の盗賊や足が遅く弱いモンスターばかりなので、馬車や馬なら問題無く逃げることができます」

「今回は木を倒されて進路を塞がれたのに?」

「……」


 もはや大丈夫と言っても説得力が無いと感じたガロデスは誤魔化すように苦笑いを浮かべる。ユーキは町に辿り着くまでの間、のんびりすることはできないかもしれないと考えた。


「学園長、これからはモンスターや盗賊が出現する可能性が低くても、町の外に出る際は最低限の護衛を付けた方がよろしいかと思います」

「そ、そうですね……」


 御者の言葉にガロデスは苦笑いを浮かべながら同意し、ユーキはガロデスは少し抜けたところのある貴族なのだとジト目でガロデスを見た。


「と、とりあえず出発しましょう。ユーキ君、馬車に乗ってください」

「分かりました……あ、そう言えば」


 何かを思い出したユーキはズボンのポケットに手を入れて何かを取り出す。ユーキが取り出したのは手の平サイズの小さな小汚い革袋で、中を開けると数枚の銅貨と銀貨が出てきた。銅貨と銀貨を見たガロデスは意外そうな表情を浮かべる。

 

「銅貨と銀貨ですか……これは君の物ですか?」

「いえ、盗賊たちが持っていた物です」

「盗賊が……銅貨が三枚で銀貨が一枚。まぁ、盗賊ですからこのくらいしか持っていないのでしょう」

「……これって貰っても問題ありませんか?」


 ユーキは倒した盗賊の持ち物を貰っても大丈夫かガロデスに尋ねる。転生したユーキは月下と月影以外は何も持っておらず、当然異世界の通貨も持っていない。生きていくにはどうしても金が必要であるため、盗賊が通貨を持っているの知り、通貨を得られるチャンスだと思った。

 しかし、自分を襲った盗賊とは言え、死んだ者の所有物を勝手に持っていっても大丈夫なのか分からず、念のためにガロデスに確認することにしたのだ。

 ガロデスは銅貨と銀貨を確認するとユーキの方を向いて小さく頷いた。


「問題ありません。生きている人から奪うのは犯罪ですが、既に死んでいる人の持ち物でしたら罪に問われることはありません」


 持ち出しても大丈夫と聞かされたユーキは安心し、同時に異世界の通貨を手に入れられたことを良しと思う。

 転生前の世界では死んだ人の所有物でも勝手に持ち出すことは禁止されている。しかし、今いる世界ならそれが許されると知り、ユーキは異世界と転生前の世界では法律が全く違うのだと感じた。

 ユーキは銅貨と銀貨を革袋に入れるとズボンのポケットにしまう。他にも盗賊たちは色んな物を持っていたが、その殆どがボロボロで使い物にならなそうな物ばかりだったのでユーキは役に立たないと判断し、通貨だけを持って行くことにした。

 やるべきことを全てやり終えたユーキは馬車に乗り、ガロデスもその後に続いて馬車に乗る。二人が乗ると御者は手綱を引いて馬を動かし、切られた木の間を通って先に進んだ。

 馬車に揺られながらユーキは窓の外を見て、これから向かうバウダリーの町はどんな場所なのだろうと想像するのだった。


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