エピローグ
雲一つない青空。その下にあるメルディエズ学園では大勢の生徒や教師、そして大工と思われる男たちの姿があった。
生徒たちは学園内で依頼や授業の話などをしており、教師たちは学園の壊れている場所を修繕する大工たちと話をしている。
ゾルノヴェラでの決戦から既に一ヶ月が経過しており、メルディエズ学園の関係者は少しずつ以前の暮らしに戻りつつある。だが、校舎や一部の建物はベーゼの奇襲で今も壊れたままなので直している最中だ。
学園の中庭の片隅ではユーキが木陰で木にもたれ掛かりながら寛いでいる。今日は授業も無くユーキは休日を楽しんでおり、その表情はとても穏やかで休日を満喫しているのが一目で分かるほどだった。
「……今まで何度も休日を過ごしてきたけど、ここまでリラックスできる休日はこっちの世界に来て初めてかもな」
ユーキが目を閉じながら呟くとそよ風が吹いてユーキの髪を揺らす。ユーキが心の底から休日を楽しめるのもベーゼとの戦いが終わったからだ。
一ヶ月前の決戦でベーゼ大帝であるフェヴァイングが倒され、ベーゼの主力と言える存在も殆ど討伐したため、ベーゼ側の戦力はほぼ無いと言える状況になった。
しかしまだ大陸の何処かにベーゼの残党や蝕ベーゼが潜んでいる可能性があるため、メルディエズ学園は決戦後もベーゼの討伐依頼を受け続けた。
そして大陸からベーゼがいなくなったと判断された時、メルディエズ学園は各国の軍に所属する兵士や騎士、冒険者になる者を養成するためだけの機関してと活動するよう方針を変えることを決定した。
実際、ベーゼが潜んでいるという読みは当たり、一ヶ月経った今でも時々ベーゼの討伐依頼が入って来る。
学園長のガロデスや教師たちはこの世界が本当の意味でベーゼから解放されるよう生徒たちにベーゼの討伐依頼を優先的に受けるよう指示し、生徒たちも平和を手にするためにベーゼ討伐の依頼を進んで受けていた。
「早く全てのベーゼを倒して大陸に住む全ての人たちが安心して暮らせる日常を手に入れないといけないな」
「本当にそうよね」
ユーキが空を眺めていると声が聞こえ、ユーキは声が聞こえた方を向く。そこには微笑みながらユーキの方へ歩いて来るアイカの姿があった。
「ユーキ、私たちは来週、東国へ行くことになったわ。東国にベーゼが身を隠していると思われる森林があるからそこを調査するみたい」
「今度は東国かぁ……三日前に帝国から戻ったばかりなのなぁ」
「仕方ないわよ、今は少しでも人手が必要なんだから。それにさっきも言ったでしょう? 早くベーゼを全て倒して安心して暮らせる日常を手に入れないといけないって?」
「うっ……た、確かに」
自分から平和を求めるような発言をしたため、ベーゼ討伐の仕事に対して文句は言えないと感じたユーキは複雑そうな顔をする。
ユーキの反応を見たアイカはクスクスと笑いながらユーキの隣に座った。
「パーシュ先輩たちも各国を行き来してベーゼを倒してるんだから、私たちも頑張らないと」
「……そうだな。先輩たちが頑張ってるのに楽したいなんて言ってたら怒られちまうもんな」
アイカの方を見ながらユーキは苦笑いを浮かべる。
ユーキやアイカだけでなく、神刀剣の使い手であるパーシュ、フレード、カムネス、フィランもベーゼが潜伏していると思われる場所が発見されるとその調査をするために派遣されている。
時には一つの国の依頼を終えた直後に別の国へそのまま向かうよう指示を受けることもあり、パーシュやフレードは飛び込みで依頼が入る度に嫌な顔をしていたそうだ。
カムネスとフィランは人々が安心できる生活を少しでも早く手に入れるためには仕方が無いと考えており、パーシュやフレードのように嫌な顔はせず、進んで依頼に受けているようだ。
因みに五聖英雄も決戦後に自分たちの祖国へ戻り、ベーゼの残党狩りをするために各国の軍に力を貸しているそうだ。
「ペーヌさんたちもベーゼを倒すために毎日奮闘しているそうよ? この前、依頼から戻ったミスチアさんから聞いたわ」
「ミスチアか……彼女ってこの一ヶ月間に何度も東国に派遣されてるんだったよな?」
「ええ、師匠であるペーヌさんから指名されて同行してるみたいよ? 鍛えられながら依頼を受けてるって」
ユーキは短気で厳しいペーヌと一緒に依頼を受けるミスチアに少し同情して苦笑いを浮かべる。
皆平和な世界を取り戻すためにそれぞれ行動している。ユーキは力を尽くすパーシュたちのことを考えながら空を見上げた。
「……ねぇ、ユーキ。貴方はどう思う?」
「どうって、何が?」
「フェヴァイングが最後に言った言葉よ」
アイカを見ながらユーキはフッと反応し、一ヶ月前にフェヴァイングが口にした言葉を思い出した。
「フェヴァイングはベーゼのような存在はいつかこっちの世界にやって来たベーゼと同じことをするって言っていたわ。……貴方は本当にそんなことがあると思う?」
「……正直に言うと分からないな」
ユーキは難しい顔をしながら小さく俯いて答えた。
「だけどベーゼのような別の世界にする生物がいるから、他にも同じような生物がいても不思議じゃない。フェヴァイングの言うとおり俺たちに敵対し、この世界を手に入れようとするかもしれない」
フェヴァイングの言ったとおりになる可能性があるというユーキの答えを聞いてアイカは少し暗い表情を浮かべる。
「可能性はゼロじゃない。……だからこそ、俺たちは強くならないといけない」
「強く?」
アイカが訊き返すとユーキはアイカの方を向いて小さく頷いた。
「もしまたベーゼのような奴らがこっちの世界に現れ、ベーゼと同じようなことをしたら俺たちがこの世界を護らなくちゃいけない。そして、この世界を護るためにも俺たちは力をつけ、いつか訪れる戦いに備えないといけない」
「……そうね。この世界の人間である以上、私たちがこの世界を護らないといけないわね」
この世界の住人として自分の役目を再確認したアイカは微笑み、ユーキも笑いながらアイカを見る。
ベーゼと戦ったことで世界を護るために強くならなくてはならないこと、自分たちの世界は自分たちで護らなければならないことを学んだ。
ユーキとアイカはベーゼと似た存在が現れても問題無く対処できるよう、ベーゼとの戦いを忘れてはいけないと自分に言い聞かせた。
「先生ーっ! アイカさーん!」
ユーキとアイカが笑い合っていると校舎の方からウェンフが走ってきた。二人はウェンフの方を向き、彼女の様子から何か起きたのではと感じる。
「王国の北東でベーゼの残党が目撃されたそうです。今から討伐部隊を派遣するので一緒に来てほしいって受付の人が言ってました」
「北東と言うことかバウダリーのすぐ近くか。……分かった、すぐ行こう」
討伐依頼を引き受けたユーキは立ち上がり、アイカもユーキに続いて立ち上がる。
休日中だがベーゼが現れた以上のんびりしてはいられない。世界を平和にするためにもベーゼたちと倒しに行かなくてはいけないとユーキは思っていた。
「それじゃあ、私は出発の準備をしてきます。先生とアイカさんは受付に行っててください」
そう言うとウェンフは走って荷馬車などの準備に向かう。ウェンフを見届けたユーキとアイカは真剣な表情を浮かべながら向かい合った。
「とりあえず受付へ行って詳しい話を聞きに行こう」
「ええ」
二人は受付に向かうために校舎の方へ走っていく。
ユーキたちは世界の平和のため、今日も戦場へ向かうのだった。
――――――
バウダリーの町から遠く離れた所にある草原ではフェスティが微笑みながら両手を後ろに回した状態でバウダリーの町を見つめていた。
「……全てのベーゼを倒し、この世界が平和となった時に本当の意味でユーキ君の新しい人生が始まる」
フェスティは呟きながらゆっくりと目を閉じ、笑顔を崩さずに軽く俯いた。
「前世で孤独の人生を歩んできた彼にはこっちの世界で幸せになる権利がある。辛い人生を歩んできた分、彼には幸せになってもらわないとね。……とは言っても幸せになるかどうかは彼次第、私にできるのは彼を見守ることだけ」
笑いながら他人事のように語るフェスティは顔を上げると再びバウダリーの町を見つめる。
ユーキをこの世界に転生させた女神としてフェスティはユーキを手助けする義務があるのだが、直接手助けすることは神の掟として禁じられているので何もできない。彼女にできるのはユーキを見守り、彼の前に現れた際にはアドバイスをすることぐらいだった。
「まぁ、ユーキ君なら自分の力で幸せを掴むことができるでしょうね。彼を支えてくれる人もいるわけだし♪」
フェスティはユーキと共に人生を歩むであろうアイカの顔を想像しながら楽しそうにクスクスと笑う。
「さて、私も神様としてやることがいっぱいあるから、そろそろ行かないと」
バウダリーの町に背を向けたフェスティは自分が本来いる世界に戻るためにゆっくりと歩き出した。
「……頑張ってね、月宮勇樹君」
ユーキの本当の名を口にしたフェスティは霧が掻き消されるかのように静かに姿を消した。
フェスティが消えて無人となった草原には風が吹き、草花を静かに揺らした。
今回で児童剣士のカオティッカーは完結します。
最後の物語なので少し短めになってしまいました。次回作はしばらくしたら投稿するつもりですので、気が向いたら読んでみてください。
改めまして、長い間児童剣士のカオティッカーを読んでくださってありがとうございました。今後も面白い作品を作ろうと思っておりますのでよろしくお願いいたします。




