第二百六十八話 邪悪との決着
ユーキとアイカは倒れるフェヴァイングを見ながら愛刀、愛剣を下ろす。二人の渾身の一撃を受けたフェヴァイングは致命傷を負ったのか立ち上がろうとはしなかった。
「ま、まさか……こんな技を隠していたとはな……」
掠れるような声を出すフェヴァイングは顔を上げて自分を見下ろすユーキとアイカを見つめる。
決定的なダメージを受けながらまだ動けるフェヴァイングを見たユーキとアイカは改めてベーゼ大帝の生命力に驚いた。
「この技は俺とアイカが修業中に考えた技でペーヌさんからもとてつもない威力だと言われた。流石のお前もこの攻撃を受ければもう戦えないだろう」
「……フッ、確かに効いた」
致命傷を負ったにもかかわらず鼻を鳴らしながら笑うフェヴァイングを見てユーキは小さな違和感を感じる。この状況でどうして余裕を見せるような態度を取るのかユーキはまったく変わらなかった。
フェヴァイングはゆっくりと上半身を起こし、ユーキとアイカを見ながら不敵な笑みを浮かべる。
動くフェヴァイングを見たユーキとアイカは咄嗟に身構え、万が一フェヴァイングが襲ってきたらすぐに対処できるようにした。しかしフェヴァイングは起き上がっても攻撃してくる様子は見せず、笑みを浮かべたまま二人を見ている。
「以前よりも力を付けた私が五聖英雄でもない人間に倒されるとは、まさに滑稽な話だ。……ベギアーデがいない今、三十年前のように逃走することはできん。ここまでのようだな……」
自分の死を受け入れるような発言をするフェヴァイングをユーキとアイカは無言で見つめる。そのため、ますます余裕を見せることに違和感を感じるようになった。
「ユーキ・ルナパレス、アイカ・サンロード……この戦い、お前たちの勝ちだ。……だが、私もベーゼを支配する存在、ただでは死なんぞ」
「何?」
フェヴァイングの発言にユーキは思わず聞き返す。
現状からフェヴァイングはただ負け惜しみを言っていると普通なら考えるだろう。だが、ベーゼ大帝である存在が意味の無い負け惜しみをするとは思えないユーキは何か企んでいるのではと考えていた。
ユーキとアイカが見つめる中、フェヴァイングは不敵な笑みを浮かべたまま右手で床を指差す。
「忘れたのか? この部屋はこの世界と我々(ベーゼ)の世界を繋ぐ転移門が開かれた場所。そしてこの部屋の床には転移門を開くための魔法陣が彫られているのだ」
「……ッ!?」
何かに気付いたユーキは大きく目を見開いた。
「気付いたようだな。……私は死ぬ前に全ての魔力を魔法陣に送り、向こうの世界に続く手に門を開く。そうなれば大勢のベーゼがこちらにやって来てお前たちを始末するだろう」
「何ですって!?」
今までフェヴァイングの企みに気付いていなかったアイカは驚愕する。
「なぜそんなことを!? 貴方はもうすぐ死ぬのですよ。ベーゼたちを統率する貴方がいなくなるのにそんなことをして何の意味があるのですか!?」
「意味ならある。私が死んでもこの世界にやって来たベーゼたちが人間たちを支配し、ベーゼの世界を作り出す。そしてそんな世界の中で私の代わりにベーゼを支配する存在が生まれ、その者が新しい大帝となる。……私は新たな大帝とベーゼの世界を作るための礎となるのだ」
自分が死んだ後もベーゼの世界を作ること考えるフェヴァイングの意志にユーキとアイカは衝撃を受ける。それと同時に今自分たちが危機的状況に立たされていることを悟った。
「転移門が開き、大量のベーゼたちがこちらへやってくれば連合軍など簡単に全滅する。……この戦い、お前たちの負けだ」
フェヴァイングは笑いながら右手を紫色に光らせる。光る右手を見たユーキとアイカは右手に魔力が集められ、フェヴァイングが転移門を開こうとしていると知った。
「やめろぉっ!!」
ユーキは転移門が開くのを阻止するためにフェヴァイングに駆け寄ろうとする。アイカもこのままでは世界が終わってしまうと確信し、ユーキと共にフェヴァイングを止めようとした。
ところが、二人がフェヴァイングを止めようとした時、突然全身から力が抜けてユーキとアイカはその場に倒れてしまう。同時にベーゼ化も解除され、ユーキとアイカは人間の姿に戻ってしまった。
「フッ、体力が尽きたか……長時間ベーゼ化し続けた上に私との戦闘で何度もダメージを受けたのだ。既に体は限界に来ている。……もうお前たちには私を止める力は残っていない」
「クッ、こんな時に……」
危機的状況なのに体が動かないことをユーキは表情を歪ませる。
ユーキとアイカはなんとかフェヴァイングを止めようと体を動かすが腕や足は重く、自分の力では立ち上がることができない状態だった。
「転移門が開き、ベーゼたちがこちらへやって来たら真っ先にお前たちが狙われるだろう。私を倒す力を持っていながら、抵抗もできずになぶり殺される。これほど屈辱的な死に方は無いだろうな」
「こ、この野郎……」
「無力な自分を恨み……私を止めることができなかったことに絶望しながら死ぬがいい」
何もできない現状に悔しさを露わにするユーキとアイカを見たフェヴァイングは鼻で笑いながら魔力の籠った右手をゆっくりと床に近づけていく。
ユーキとアイカは倒れたまま床に近づくフェヴァイングの右手を見て大きく目を見開いた。
「敗者が勝手なことすんじゃないわよ!」
部屋の中に女性の声が響き、同時にユーキとアイカの後方から何かが勢いよくフェヴァイングに向かって飛んで行く。
飛んで来た物はそのままフェヴァイングの胸部に命中した。
「ぐおおっ!?」
ダメージを受けたフェヴァイングは思わず声を上げ、右手に集まっていた魔力も拡散したのか光が消えた。
何が起きたのか理解できないユーキとアイカは倒れたまま飛んで来た物を確認する。それは見覚えのあるポールアックスで刃の部分がフェヴァイングの胸に刺さっていた。
ポールアックスを見たユーキとアイカは誰かがフェヴァイングを止めるためにポールアックスを投げたのだと知り、同時に誰が投げたのか察して後ろを向く。
ユーキとアイカの後ろには鋭い表情を浮かべるペーヌが立っており、その後ろにはパーシュ、フレード、カムネス、フィラン、ミスチアの五人の姿もあった。
ペーヌたちを見たユーキとアイカは外にいたアルティービを全て倒して駆けつけてきたのだと知って笑みを浮かべる。しかしペーヌたちは全身傷だらけで痛々しい姿をしており、六人を見たユーキとアイカはかなり苦戦したのだろうと感じていた。
「上手く命中して良かったわ。もしもアンタが混沌術を解除してくれていなかったらどうしようってヒヤヒヤしてたのよ」
「だからって私のポールアックスを投げつけないでほしいですわぁ」
ミスチアは呆れたような顔をしながらフェヴァイングを睨むペーヌに文句を言う。そう、ペーヌはフェヴァイングを止めるためにミスチアのポールアックスを投げたのだ。
ペーヌの言葉を聞いたユーキとアイカはふとフェヴァイングの方を向き、フェヴァイングの胸部に刺さっているポールアックスを見た。
フェヴァイングは覇者を常に発動しているため、ベーゼでないペーヌの攻撃は弾かれてしまうはずだが、ペーヌが投げたポールアックスはフェヴァイングに命中している。
ユーキとアイカはフェヴァイングを見ながらどうなっているのか確認していると光が消えたフェヴァイングの混沌紋が目に入り、ユーキとアイカはフェヴァイングが覇者を発動していないことに気付いた。
状況から考え、フェヴァイングはユーキとアイカの最後の攻撃で決定的なダメージを受け、それが原因で覇者を発動し続けることができなくなったのだと思われる。
「ユーキ、アイカ、大丈夫かい!?」
倒れているユーキとアイカを見たパーシュは駆け寄って二人に声を掛ける。
ユーキとアイカはパーシュの顔を見ると小さく笑って大丈夫なことを目で伝え、パーシュは二人の顔を見て大丈夫だと知ると安心の笑みを浮かべた。
パーシュだけでなくフレードたちもユーキとアイカに駆け寄り安否を確認した。
「まったく大したもんだぜ。本当に二人だけでフェヴァイングを倒しちまうんだからなぁ」
「信じられないような口調だが、本当は二人なら勝つと信じていたのだろう?」
「ああ、勿論だ」
ユーキとアイカの力ならベーゼ大帝に必ず勝つとフレードは信じていたフレードはカムネスを見ながらニッと笑って答える。
カムネスもフレードの笑う顔を見ながら小さく笑みを浮かべた。
「お前たちが此処にいると言うことは……外にアルティービを全て倒したと言うことか……」
フェヴァイングはパーシュたちを見ながら掠れた声で確認し、声を掛けられたパーシュたちはフェヴァイングの方を向く。
「そのとおりよ。アンタと戦った後で体力を消耗していたから苦戦したけど、全て片付けることができたわ」
「……運が良かった」
鋭い表情で答えるペーヌの隣で無表情のフィランが呟く。ペーヌとフィランの返事を聞いたフェヴァイングは仰向けのまま天井を見上げて小さく鼻を鳴らした。
「致命傷を負い、アルティービも全滅……そして転移門を開くことも不可能。……最早我々に勝つ術はないか」
現状から勝つこともベーゼたちを呼び出すこともできないと判断したフェヴァイングは力の無い声で呟く。
三十年前に五聖英雄に敗北し、同じ失敗をしないよう念入りに計画を練ってきたはずなのに再びこの世界の住人たちに敗北した。フェヴァイングは自分の無様さがおかしいのか小さく笑う。
ペーヌたちは笑うフェヴァイングを見ており、ユーキとアイカもフレードとパーシュの肩を借りながら立ち上がってフェヴァイングを見ている。
「二度も敗北した私たちベーゼはこの世界を手に入れることはできない……だが、これだけは覚えておけ? ……私たちベーゼが存在するように、他にも別の世界に住み、この世界を手に入れようとする輩は必ずいる……」
倒れたままフェヴァイングの話を聞いているのか、ユーキたちは黙って見つめ続けている。
今のフェヴァイングには自分たちを襲う力はもう無いと確信しているユーキたちは警戒することはあっても構えることはなかった。
「この世界の人間は……自分たちの欲を満たすため、三十年前に転移門を開き、私たちの世界とこの世界を繋いだ。……この世界には転移門を開いた欲深い人間と同じような存在がまだ大勢いる……その者たち三十年前のように転移門を開けば、我々(ベーゼ)のような存在が……何度もこの世界に現れるだろう。……いつか現れるであろう侵略者たちから、お前たちは今回のように世界を護れるかな?」
まるで警告するかのように笑いながら語るフェヴァイングを見ながらユーキたちは真剣な表情を浮かべる。
確かに三十年前、ガルゼム帝国の魔導士たちが転移門を開いたことでベーゼとの戦争が始まった。
ベーゼの世界が存在するのだから、まったく別の生物が住む世界があっても不思議ではないし、その世界に繋がる転移門を開く者が現れる可能性も十分ある。
つまり、いつかベーゼのような存在と戦う時が来てもおかしくないということだ。
「護ってみせるさ……」
ユーキはフェヴァイングを見ながら答え、アイカやペーヌたちは一斉にユーキに視線を向ける。
「いつベーゼのような奴らがこの世界に現れるか、ソイツらが現れた時に俺たちやこの世界がどんな風になっているのかは分からない。……だけど、俺たちは戦う。そして、この世界を必ず護って見せる!」
「……フッ、人間らしい答えだな」
フェヴァイングはユーキを見つめながらまたしても鼻で笑った。
「なら、その時に全力でこの世界を護れるよう、強くなっておくことだ……我々ベーゼにこの世界を支配されそうになった時と同じ過ちを犯さないようにな。……ハハハハハッ」
仰向けになりながら笑うフェヴァイングの体は薄っすらと紫色に光ながら黒い靄となって消滅した。
ベーゼの頂点に立つフェヴァイングが消滅し、ユーキたちは長かったベーゼとの戦争にようやく勝ったのだと実感する。
「やったね……」
「ああ、俺らは勝ったんだ。ベーゼどもにな」
長かったベーゼとの戦いに終止符が打たれたことに喜びと安心を感じるパーシュとフレードは視線を動かしてお互いの顔を見合いながら笑う。
普段は口喧嘩ばかりしている二パーシュとフレードもこの時は挑発しあったりせずに喜びを分かち合った。
「今回の戦争、私たちの活躍が無かったら連合軍は勝利できなかったでしょう。間違い無く陛下たちは褒めてくださると思いますわぁ~♪」
「確かに……だが、最も活躍したのはルナパレスとサンロードと言えるな」
「そ、そんなこと、言われなくても分かってますわぁ~」
カムネスに指摘されたミスチアは若干慌てたような素振りを見せながら落ちている自分のポールアックスを拾う。
会話を聞いていたパーシュとフレードはミスチアを見ながら「本当か?」と疑うような顔をしていた。
ユーキとアイカは周りのやり取りを見ながら微笑みを浮かべる。二人は自分たちの活躍などどうでもよく思っており、ベーゼとの戦いが終わることに喜びを感じていた。
「……よく頑張ったわね」
ペーヌは笑っているユーキとアイカに近づいて優しく声を掛ける。
ユーキとアイカは今まで見たことの無いペーヌの微笑みを見て少し驚いたような反応を見せた。
「貴方たちのおかげで三十年前から始まった悪夢が終わった。……これであの人も報われるはずよ」
目を閉じるペーヌは優しい口調ではあるが何処か寂しさが感じられるような声を出す。
ユーキとアイカはペーヌの反応を見て三十年前に命を落とした五聖英雄のリーダーのことを考えているのだろうと感じていた。
フェヴァイングを倒したことで部屋から重苦しい空気が消え、ユーキたちは落ち着いた表情を浮かべる。するとペーヌは目を開け、ニッと笑いながらユーキたちを見た。
「さぁ、外に行くわよ。最後の仕上げに取り掛からないとね」
「えっ、仕上げ?」
ユーキはペーヌの言葉の意味が分からず、まばたきをしながら訊き返す。
「そうよ。フェヴァイングは倒したけど、ゾルノヴェラにはまだ沢山のベーゼがいるわ。奴ら全て倒さないと本当の意味でこの戦いに勝ったことにはならないわ」
ベーゼの残党を討伐すると言われたユーキやアイカたちは目を軽く見開く。
確かにベーゼ大帝であるフェヴァイングは倒したが砦の外にはまだベーゼが沢山おり、連合軍の主力部隊と交戦しているはず。
ペーヌの言うとおり、全てのベーゼを倒さなくては本当の意味で勝利したとは言えない。
「急いで砦から出て本隊にフェヴァイングを倒したことを報告し、戦況がどうなってるか確認するわよ? そして、ベーゼが残っている場所に私たちは急行して全てのベーゼを倒す。……分かった?」
「うへぇ~、最強の中位ベーゼどもを倒して疲れてるっつうのにまだ戦わねぇといけねぇのかよぉ?」
「流石は馬鹿師匠、容赦ねぇですわねぇ」
フレードとミスチアは休む間も与えずに次の戦場に向かわせるペーヌを見ながら表情を歪ませる。パーシュも連戦で疲れが溜まっているのかこの時は若干納得できないような顔をしていた。
カムネスとフィランは戦場では休憩できないと覚悟していたのかペーヌの話を聞いても嫌そうな反応は見せていなかった。
「文句言ってないでさっさと行く! ユーキとアイカもフェヴァイングとの戦いで疲れているだろうけど、もう少しだけ付き合ってもらわよ?」
「ハ、ハイ」
「わ、分かりました……」
既に自力で動くことも難しくなっている自分たちも残党狩りに参加させようとするペーヌを見てユーキとアイカは少し驚いたような顔をしながら返事をする。
それからペーヌたちは砦から出るために部屋を後にして出入口へ向かう。疲労困憊であるユーキとアイカはフレードとパーシュに背負ってもらいながら移動した。
その後、ユーキたちは連合軍の本隊に伝言の腕輪で連絡を入れ、戦況を尋ねると同時にベーゼ大帝であるフェヴァイングを倒したことを伝えた。
フェヴァイングが倒されたと聞かされた連合軍の戦士たち、メルディエズ学園の生徒たちは歓喜の声を上げた。
連絡を受けた直後、全ての生徒と戦士たちは大喜びしていたが、ペーヌからまだベーゼの残党が残っているため、全てのベーゼを倒すまで戦いは終わらないと言われ、本隊に所属している者たちは一斉に気持ちを切り替える。
最強のベーゼであるフェヴァイングが倒されたと聞かされ、生徒と戦士の士気は一気に高まり、問題無くベーゼの残党を倒せると感じていた。
指揮官であるジェームズたちも生徒と兵士、騎士たちに指示を出してゾルノヴェラにいるベーゼの残党を倒すよう指示を出す。その結果、連合軍は大きな被害を出すことなくゾルノヴェラにいた全てのベーゼを全滅させることができた。
今回の決戦で連合軍も多くの犠牲を出してしまったが、ベーゼ大帝を始めゾルノヴェラにいる全てのベーゼを倒すことができた。
第二次ベーゼ大戦は連合軍の勝利に終わった。




