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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百六十七話  月と太陽の反撃


 圧倒的な力の前に苦戦を強いられるユーキは苦痛の表情を浮かべながらフェヴァイングを睨む。アイカも痛みに耐えながら起き上がろうとしている。

 ベーゼ化したことでユーキとアイカは体力が増しているため、フェヴァイングの攻撃を受けても死ぬことはなかった。

 ユーキは痛みに耐えながら強化ブーストで治癒力を強化して傷の手当てを始める。薄っすらと煙を上げながら脇腹の傷は見る見る小さくなっていき、僅か数秒で綺麗に塞がった。

 傷口が塞がるとユーキは強化ブーストの力を脚力の強化に回し、素早く起き上がって素早くアイカの隣まで移動する。フェヴァイングは一瞬でアイカの下へ移動したユーキを見ながら彼が何をやろうとしているのか察し、鼻で笑いながら剣を振り上げた。


「アイカ・サンロードの傷を癒すつもりか? 生憎だがそれを黙って見ているほど私はお人好しではない」


 振り上げた剣に炎を纏わせたフェヴァイングはアイカに向けて剣を振り下ろす。アイカは自分を狙うフェヴァイングを見上げながら表情を歪ませた。

 ユーキはフェヴァイングが剣を振り下ろした瞬間にアイカを抱き寄せ、素早く跳んでその場を移動する。二人が移動した直後、フェヴァイングの剣はユーキとアイカがいた場所に勢いよく振り下ろされた。

 攻撃をかわしたユーキは数m離れた所でアイカを下ろして月下を咥え、空いた右手でアイカの頬にそっと触れて強化ブーストの力を付与する。

 強化ブーストによってアイカの治癒力は強化され、フェヴァイングに付けられた切傷は綺麗に塞がった。


「大丈夫か、アイカ?」

「ええ、ありがとう」


 傷が塞がったことで痛みも引き、アイカはゆっくりと体勢を直す。ユーキも咥えていた月下を握ると立ち上がってフェヴァイングを見る。

 フェヴァイングは傷を治したユーキとアイカを見ると不敵な笑みを浮かべながら剣を軽く振った。


「あの状況で距離を取っただけでなく、傷を治して態勢を立て直すとは、やはりお前たちは面白い奴らだ」

「そりゃどうも」


 余裕を見せながら自分たちを評価するフェヴァイングを睨みながらユーキは呟く。

 自分とアイカは必死に戦っているのに余裕を見せながら戦いを楽しんでいるようなフェヴァイングにユーキは内心腹が立っていた。


「だが、もう同じ手は使わせん。今度は強化ブーストでも治せないほどボロボロにしてやろう」


 剣を両手で握りながら右脇構えを取るフェヴァイングを見てユーキとアイカは身構える。フェヴァイングの発言から再び激しい攻撃を仕掛けてくると二人は確信していた。


「……ユーキ、どうするの? このままだと何時まで経ってもフェヴァイングに傷を負わせることができず、私たちの体力だけが削られちゃうわ」


 アイカはフェヴァイングを視界に入れながら小声でユーキに尋ねる。

 ここまでユーキとアイカは全力を出して戦っていたが、フェヴァイングが本来の姿になってからは一度も決定的なダメージを与えられていない。

 何とかしないといずれ自分たちはまともに戦えなくなり負けてしまうと感じているアイカは若干焦っていた。


「奴は力が強く、図体の分かりに動きも速い。しかもこっちの動きをことごとく読んできやがる。君の言うとおり、今までと同じように戦ったら俺たちは勝てないだろう」

「何かいい方法は無いの?」


 ユーキはフェヴァイングを睨みながら考え込む。今までのフェヴァイングの行動パターンや攻撃手段を思い出しながらフェヴァイングに勝つにはどうしたらよいか考えた。


「……アイカ、一つ試してみたい作戦があるんだけど……」

「作戦?」

「ああ、もしかするとこの作戦でフェヴァイングに勝てるかもしれない」


 現状を打開できる可能性があると聞いたアイカは軽く目を見開く。


「それってどんな作戦なの?」


 アイカはどんな作戦を思いついたのか気になってユーキに尋ねる。するとユーキは視線だけを動かしてアイカを見つめた。


「この作戦には君の協力が必要だ。しかもこれは少し前に思いついたものでちょっとやり難い作戦だ。練習無しでやっても上手くいく確率は低い」


 ユーキの話を聞いたアイカはそんなに面倒な作戦なのかと心の中で疑問に思う。ユーキがそこまで言うのだから本当にやり難い方法なのかもしれないと感じた。

 しかしそれ以外にフェヴァイングに勝つ手段が無いのならそれを使うしかないと考え、アイカは迷うような反応などは見せず、真剣な表情でユーキを見た。


「教えて、それはどんな作戦なの?」


 詳しい説明を求めるアイカを見てユーキはアイカにやる気があると知るとフェヴァイングを警戒しながら小声で説明し始め、アイカもユーキの説明に耳を傾ける。

 フェヴァイングは小声で何かを話しているユーキとアイカをジッと見つめている。二人が小声で会話していたり、距離があるからかフェヴァイングにはユーキとアイカの会話が聞こえなかった。


「敵を前にして作戦会議とは、大胆なのか愚かなのか分からない奴らだな。……まぁどちらにせよ、作戦を練っている敵を黙って見守るつもりはない!」


 形勢を立て直させる隙を与えまいと考えるフェヴァイングは床を強く蹴り、ユーキとアイカに向かって大きく跳んだ。

 とてつもない脚力を持つフェヴァイングはあっという間にユーキとアイカの目の前まで距離を詰め、剣を右下から左上に振り上げて攻撃する。

 ユーキとアイカはフェヴァイングが攻撃を仕掛けた瞬間に同時に右へ跳んでフェヴァイングの切り上げを回避する。

 回避に成功した二人はフェヴァイングの方を向くと素早く構え直し、同時にフェヴァイングに向かって走り出す。この時、ユーキは真っすぐフェヴァイングに向かって走り、その右斜め後ろではアイカがプラジュとスピキュを構えながらほぼ同じ速度でついて来ていた。

 フェヴァイングは一緒に向かって来るユーキとアイカを見ると僅かに目を細くする。今までは二手に分かれて別々の方角から攻撃してきたユーキとアイカが今は固まって向かって来ているため、明らかに戦術が違うと気付いた。


「何を考えているかは分からんが、二手に分かれた攻撃が通用しないのに同じ方角からの攻撃が通用するわけがなかろう」


 一方向からの攻撃など簡単に防げると考えるフェヴァイングは不敵な笑みを浮かべながらユーキとアイカの方を向いて剣を構え直す。その間にユーキとアイカは距離を詰め、フェヴァイングに攻撃が届く所までやって来た。

 ユーキはフェヴァイングが間合いに入ると月下で正面からフェヴァイングに袈裟切りを放つ。

 何の変哲もない袈裟切りを見たフェヴァイングは剣で難なく月下を防いだ。

 単純な攻撃を仕掛けて来たユーキにガッカリしたような反応を見せたフェヴァイングは反撃するために剣で月下を払おうとする。だがその時、ユーキの右斜め後ろにいたアイカが月下が防がれた瞬間に素早く前に出てフェヴァイングの左斜め前からプラジュで横切りを放ってきた。


「何!?」


 ユーキの攻撃を防いだ直後に攻撃してきたアイカを見てフェヴァイングは目を見開く。

 プラジュはフェヴァイングの左脇腹に迫り、プラジュを見たフェヴァイングは防御は間に合わないと直感し、後ろに跳んでアイカの攻撃を回避した。

 攻撃をかわしたフェヴァイングは反撃するために剣を構え直す。しかしその直後、今度はアイカが正面からフェヴァイングに近づき、スピキュで逆袈裟切りを放って攻撃してきた。

 回避した直後に追撃して来るアイカを見てフェヴァイングは鬱陶しそうな顔をしながら剣でスピキュを防ぐ。

 防御に成功したフェヴァイングは左手をアイカに向け、五本の指先を光らせて千の苦痛針タウゼント・ナーデルを撃とうとする。だがフェヴァイングが反撃するよりも早くユーキがフェヴァイングの右斜め前に回り込み、混沌紋を光らせながら月下を左から振って横切りを放ってきた。

 再び防御した直後に攻撃され、フェヴァイングは再び目を見開く。急いで剣でスピキュを払い、月下を防ごうとするがユーキの攻撃が速く、防御が間に合わずに右脇腹を斬られた。


「ぬうぅっ!」


 ベーゼ化して初めて傷を負ったフェヴァイングは苦痛と驚きが混ざった声を出す。

 傷は大きいがフェヴァイングは冷静に大きく後ろに跳んでユーキとアイカから距離を取る。同時に左手をユーキとアイカに向け、五つの指先から大量の光の針を放った。


「アイカ!」


 フェヴァイングが千の苦痛針タウゼント・ナーデルを撃ってきたのを見たユーキはアイカに呼びかけ、アイカはユーキの声を聞くと素早くユーキの背後へ移動して姿勢を低くする。それはまるでユーキを壁にして身を隠しているように見えた。

 ユーキはアイカが自分の後ろで姿勢を低くしたのを確認すると強化ブーストで自身の動体視力を強化し、月下と月影で向かって来る光の針を叩き落していく。

 しばらく光の針を防いでいると距離を取ったフェヴァイングが光の針を飛ばすのをやめる。その直後、姿勢を低くしていたアイカが立ち上がり、ユーキの後ろからプラジュを握る右手をフェヴァイングに向けて伸ばした。


光の矢ライトアロー!」


 アイカの右手から白い光の矢がフェヴァイングに向かって放たれた。

 フェヴァイングは迫って来る光の矢を剣で素早く叩き落す。魔法を防いだフェヴァイングはユーキとアイカの方を向き、横に並んで構えるユーキとアイカを目にした。


「奴ら、さっきまでと明らかに戦い方が違う……」


 ユーキとアイカを見つめながらフェヴァイングは二人が何をしたのか考える。

 混沌術カオスペルの使い方、剣と魔法の攻撃力は今までと同じなため、フェヴァイングはユーキとアイカが戦術だけ変わっていると確信していた。だが何が変わったのかは分かっておらず、フェヴァイングは不満そうな様子でユーキとアイカを睨んだ。


「……上手くいったみたいね」

「ああ、正直上手くいくか不安だったんだけどな」


 ユーキとアイカはフェヴァイングの動きを警戒しながら小声で会話し、自分たちの作戦が上手くいったことに胸を撫で下ろした。


「ユーキの考えた“双月の型”ならフェヴァイングに勝てるわ」

「ああ。……でも、最後まで気を抜くなよ?」


 忠告されたアイカは無言で頷き、アイカの反応を見たユーキは視線をフェヴァイングに戻した。

 ユーキがフェヴァイングを倒すために考えた双月の型、それはユーキとアイカが付かず離れずの距離で共に行動し、片方が動いた直後にもう片方が同じ行動を取るという戦術だ。

 双月の型はルナパレス新陰流の構えの一つである双月の構えをヒントにした戦術で片方が攻撃をすればもう片方も攻撃。片方が防御をすればもう片方も防御するというものだ。

 ここまでの戦闘でユーキとアイカは二手に分かれ、別々の方角からフェヴァイングに攻撃を仕掛けた。だがフェヴァイングは二人の動きや攻撃を見切り、一度も攻撃を受けずにユーキとアイカを追い詰めた。

 ユーキは分かれて攻撃してもフェヴァイングに攻撃を当てられないのなら同じ方角から攻撃を仕掛け、初撃の直後にもう一度攻撃すれば当たるかもしれないと考えてアイカに双月の型を教えて実行したのだ。

 結果、フェヴァイングはユーキとアイカの連携に翻弄されて一撃を受けた。


「フェヴァイングは自分が斬られたことで俺たちがどんな作戦で攻撃して来ているのかすぐに分析するはずだ。時間を掛ければこっちの戦術が見破られてまた攻撃が当たらなくなるかもしれない」

「双月の型を見抜かれる前に倒さなくちゃいけないと言うことね?」

「そうだ。ここからは今まで以上に攻めるぞ?」

「ええ!」


 倒すチャンスは今しかないと考える二人は同時にフェヴァイングに向かって走り出す。

 ユーキはアイカの右斜め前を走りながらフェヴァイングを睨み、アイカもフェヴァイングの動きや構えを確認しながらユーキに置いて行かれないように走った。


「……まさか、この姿になって傷を負わされるとはな」


 右脇腹の切傷を見ながらフェヴァイングは低い声で呟く。

 アトニイの姿だった時と違ってベーゼの力を全て使える今の姿なら例えユーキとアイカがベーゼ化していても攻撃を受けることは無いとフェヴァイングは考えていた。そのため、傷を負うという予想外の出来事に軽い衝撃を受けている。


「どうやら私は自分でも気づかない内に奴らを過小評価していたようだ。……これは、本気を出して戦わねばならないようだな」


 攻撃を受けたことでユーキとアイカを強敵だと判断したフェヴァイングは出し惜しみ無しで挑むことを決める。

 走って来るユーキとアイカを見ながらフェヴァイングは剣を前に持ってきて左手を剣身に当てた。すると剣身は赤く光り出し、光った直後に剣を逆手に持ち替える。


襲撃の灼熱アングリフ・グルート!」


 フェヴァイングは逆手に持つ剣を振り下ろし、切っ先が床に触れた瞬間、炎が切っ先から勢いよく噴き出て真っすぐ床を這うようにユーキとアイカに向かって行く。

 前から迫って来る炎を見たユーキは咄嗟に右へ跳び、アイカもユーキに続いて右へ跳んで炎をかわす。

 炎は部屋の端まで走っていき、壁に当たると爆発した。炎を回避した二人は走る速度を落とさずにフェヴァイングに向かって走る。

 フェヴァイングは炎をかわした二人を見ると小さく鼻を鳴らしながら剣を順手に持ち替え、剣身を紫色に光らせる。そしてユーキとアイカを睨みながら剣を左から勢いよく振り、剣身から無数の小さな紫色の真空波を放った。

 死神の刃トート・クリンゲが放たれたのを見たユーキは走りながら月下と月影を構える。ユーキが構えるとアイカは僅かに速度を落としてユーキの後ろに移動した。

 アイカが移動した直後に無数の真空波はユーキとアイカに襲い掛かり、ユーキは向かって来る真空波を月下と月影で次々と叩き落していった。

 ユーキが真空波を叩き落したことで後ろにいるアイカは殆ど真空波に襲われることはなかった。

 だが幾つかの真空波はユーキを通り越してアイカに向かって行き、アイカは自分に向かってきた真空波だけをプラジュとスピキュで弾いていく。

 アイカがユーキの後ろに移動したのは決してユーキに真空波の対処を任せ、自分は護ってもらおうとしてからではない。ユーキの後ろに移動したのは前もってユーキと決めていたことで、アイカが後ろにいた方がユーキが真空波を防ぎやすいからだ。

 隣にアイカがいたら月下と月影を振る時にアイカに当たってしまう可能性があるため、それを気にせずに愛刀を振れるようユーキはフェヴァイングが広範囲攻撃を仕掛けてきた場合、アイカに自分の後ろに移動するよう指示していた。

 そして万が一自分が防ぎ切れなかった真空波が向かってきたらアイカがそれを防ぐよう決めていたのだ。

 放たれた真空波を全て防ぐとユーキは構え直し、アイカも再びユーキの左側へ移動してフェヴァイングに向かって行く。


「分断させるつもりで攻撃したが、まったく離れる様子は見せないか。……やり難い奴らだ」


 フェヴァイングは離れないユーキとアイカを鬱陶しそうに見ながら剣を両手で握り上段構えを取る。

 ユーキはフェヴァイングが強烈な一撃を打ち込んでくると直感して双月の構えを取り、アイカもユーキから離れずにプラジュとスピキュを構えた。

 ユーキとアイカがフェヴァイングの前まで近づくとフェヴァイングは剣を勢いよく振り下ろして攻撃する。

 振り下ろされた剣を見たユーキは強化ブーストで両腕の腕力を強化すると月下と月影を交差させて振り下ろしを防いだ。

 フェヴァイングはユーキが剣を止めた瞬間、二ッと不敵な笑みを浮かべる。


大地の騎(グランド・ラ――」

「させません!」


 魔法が発動されそうになった瞬間、アイカは前に出てプラジュとスピキュを左から横に振り、フェヴァイングに横切りを放つ。

 アイカの攻撃に気付いたフェヴァイングは魔法を中断して後ろに下がり、アイカの横切りを回避した。

 回避に成功したフェヴァイングはアイカに反撃しようとする。するとユーキは後退するフェヴァイングを睨みながら月下を振り上げた。


「湾月!」


 ユーキは月下を振り下ろして刀身から月白色の斬撃をフェヴァイングに向けて放った。

 フェヴァイングは斬撃を見て回避しようとするがアイカの攻撃をかわした直後だったため、回避も防御も間に合わず斬撃をまともに受けた。


「ぐおおぉっ!」


 斬撃は胴体に命中し、体の痛みにフェヴァイングは声を上げる。

 ただ斬撃はフェヴァイングに命中してすぐに消滅したため、フェヴァイングの体に大きな切傷を付けただけだった。しかもフェヴァイング自身の防御力が高かったからか、傷はそれほど深くはない。

 フェヴァイングは体を斬られたことに不満を感じているのか鋭い目でユーキを見つめ、ユーキも決定的なダメージを与えられなかったことを悔しく思いながらフェヴァイングを見ている。


「チィ、まさか私が真正面からの攻撃をまともに受けてしまうとは……」

「自分の力を過信して俺とアイカを見くびっているからそうなるんだよ」

「人間如きが私に説教か……あまり調子に乗るなよ?」


 低い声を出すフェヴァイングは剣身を薄っすらと紫色の光らせると両手で握りながら八相の構えを取る。


消滅の魔弾ラディーレン・クーゲン!」


 フェヴァイングは光る剣を斜めに振って剣身から紫の光弾をユーキとアイカに向けて放つ。

 ユーキとアイカは咄嗟に左へ大きく跳んで光弾の正面から移動する。その直後、光弾は二人が立っていた場所に命中して爆発した。

 光弾の爆風を受けて吹き飛ばされそうになるユーキとアイカだったが体勢を崩すことなく床に足を付ける。だがその直後、ユーキとアイカの周りに無数の氷柱が現れて二人を取り囲んだ。


「これは……」

氷柱の檻アイシクル・ケージよ!」


 フェヴァイングが魔法を使ったことを知ったユーキは奥歯を噛みしめながら月下と月影を構え、アイカもユーキと背中を合わせながらプラジュとスピキュを構える。その直後、取り囲んでいる氷柱は一斉にユーキとアイカに襲い掛かった。

 ユーキは迫って来る氷柱をアイカと共に素早く叩き落していく。今回は後ろなど自分の視界に入らない方向から飛んでくる氷柱はアイカが防いでくれているため、一つの氷柱も当たらずに防ぐことができた。

 先端を光らせながら飛んでくる氷柱はユーキとアイカは叩き落していき、やがて全ての氷柱を叩き落した。防御に成功した二人はフェヴァイングの方を向いて身構える。

 だがフェヴァイングの方を向いた瞬間に無数の小さな紫色の真空波がユーキとアイカの視界に入った。その奥では剣を振り下ろしているフェヴァイングの姿があり、二人はフェヴァイングがまた死神の刃トート・クリンゲを使ったのだと知る。

 ユーキはアイカを護るために急いで彼女の前に移動しようとする。だが既に真空波は二人の2mほど前まで近づいて来ており、防御が間に合わない状況だった。

 真空波を防げないと悟ったユーキは表情を歪め、アイカも大きく目を見開く。その直後、迫ってきた無数の真空波はユーキとアイカに襲い掛かり二人の体を切り裂いた。


『うわああああぁっ!!』


 真空波に体中を切り裂かれるユーキとアイカは声を上げる。ダメージを少しでも少なくしようと真空波を受けながらも愛刀、愛剣で真空波を叩き落そうとするが殆ど意味は無く、二人は体中を切られることになった。

 攻撃が治まると体中に無数の切傷を付けたユーキとアイカは体勢を崩す。ユーキは片膝をつきながら月下を杖代わりにし、アイカは両膝を床に付けながら体中の痛みに耐える。

 苦痛に顔を歪ませる二人を見たフェヴァイングは不敵な笑みを浮かべた。


「固まって動き、攻撃と防御を効率よく行おうとしていたようだが、お前たちの動きを止めた後に広範囲攻撃を仕掛ければ攻撃を当てるのは簡単だ」

「クゥゥ……」


 全身の痛みに耐えながらユーキは体勢を直し、アイカもプラジュとスピキュを杖にして立ち上がる。ベーゼ化しても強い痛みを感じたのかアイカは少し涙目になっていた。


「これでお前たちの攻撃は見切った。対処法が分かった以上、お前たちに勝ち目は無い」

「……フン、俺たちに攻撃を当てただけで見切ったつもりでいるなんて、ベーゼの大帝も案外単純なんだな」

「その状態で挑発する余裕があるとは、どうやらもう少し痛めつける必要がありそうだな」


 フェヴァイングは剣を持たない左手をユーキとアイカに向けて指先を紫色に光らせる。

 ユーキとアイカはフェヴァイングが千の苦痛針タウゼント・ナーデルを撃ってくると知って目を見開く。その直後、フェヴァイングの指先から無数の光の針が放たれてユーキとアイカに向かって行く。

 ユーキは痛みに耐えながらアイカを護るために彼女の前に移動し、強化ブーストで動体視力を強化する。そして素早く月下と月影を振り、向かって来る光の針を弾き落としていく。

 しかし体中の傷のせいでユーキの動きは鈍く、全ての光の針を弾き落とすことはできずに何本かを体に受けてしまう。


「ううっ、ぐうううっ!」

「ユーキ!」


 自分を護るために体中に光の針が刺さるユーキを見てアイカは名を叫ぶ。

 アイカは何とかユーキを援護しようとするが傷の痛みで上手く体を動かせない。いざと言う時に護ってもらうだけの自分にアイカは腹を立てていた。

 やがて光の針による攻撃が治まり、ユーキは呼吸を乱しながら月下と月影を下ろす。ユーキの腕や胴体、足には何本も光の針が刺さっており、しばらくすると粒子となって消滅する。光の針は消えたが針によってできた小さな傷は残ったままだった。


「ユーキ、大丈夫!?」

「あ、ああ、何とかな……」


 苦痛の表情を浮かべながら返事をするユーキは強化ブーストで自身の治癒力を強化して傷を治し始める。治癒の最中ユーキは月影を床に置き、空いた左手で後ろにいるアイカの手を握り、アイカの治癒力も強化して彼女の傷を治した。

 二人の傷は治癒力が強化されたことで少しずつ塞がっていく。ただ、傷は塞がっても疲労は回復しないため、ユーキとアイカの顔色は少し悪くなっていた。

 これ以上戦いが続けば自分たちは動けなくなる。そう感じていたユーキとアイカは何とかフェヴァイングに渾身の一撃を叩きこまなくてはいけないと感じながら態勢を整えた。


「ほぉ、まだ混沌術カオスペルが使えたか。……だが、その様子だとそろそろ動けなくなるんじゃないのか?」


 ユーキとアイカの顔を見たフェヴァイングは二人には殆ど体力が残っていないと感じて小さく鼻で笑った。


「長時間ベーゼ化し続けながら戦っているのだ。肉体的にも精神的にも限界だろう」

「うるさい……俺たちはまだ戦える!」


 鋭い目でフェヴァイングを睨みながらユーキは構え、アイカも呼吸を乱しながら構える。二人の顔には明らかに疲れが見えており、強がっているのが一目で分かる状態だった。


「もう諦めろ、お前たち人間は我々(ベーゼ)には勝てん。全てが我々よりも劣るお前たちは支配されて生きていくしか道は無いのだ」

「……決めつけるんじゃねぇよ」


 ユーキは月下の切っ先をフェヴァイングに向けると今まで以上に鋭く、怒りが籠った目でフェヴァイングを見つめる。

 フェヴァイングはユーキの顔を見ると「ほぉ」と意外そうな反応を見せた。


「例え力が劣っていても、この世界の人間がベーゼに従わなければいけないなんて決まりはない。この世界の人たちがどんな人生を歩むかはその人たちが決める。お前たちに勝手に決める資格なんてねぇ!」

「フッ、この状況で減らず口とはな。諦めようとしない意志だけは褒めてやる。……だが、意志だけでは戦況は変えられん。そして、お前たちは此処で私に倒される運命だ。」


 剣を前に出すフェヴァイングは左手を剣身に当てて赤く光らせた。それを見たユーキとアイカはフェヴァイングが襲撃の灼熱アングリフ・グルートを放つと知って警戒する。


「覚悟しろ? 前のように同時に回避しても再び氷柱の檻アイシクル・ケージで動きを封じ、その直後に死神の刃トート・クリンゲで切り刻んでやる。例え別々の方角へ回避したとしても、回避した直後にどちらかを捻り潰すだけだ」


 次の攻撃で決着をつけると言っているフェヴァイングを見ながらユーキは身構え、アイカはどうやって対処するか考えながらフェヴァインを警戒する。


「……アイカ、このまま戦い続ければ俺たちの体力が先に尽きちまう。そうなる前にフェヴァイングに渾身の一撃を叩き込んで決着をつける」

「え? 決着をつけるって、どうやって?」


 ユーキは小声でアイカに作戦を伝え、作戦内容を聞いたアイカは意外そうな表情を浮かべる。そしてその直後、僅かに頬を赤くしながら俯いた。


「アイカ、俺が湾月で炎を掻き消した直後に動くぞ?」

「え、ええ……」


 頬を染めながら返事をするアイカはプラジュとスピキュを構えてフェヴァイングの方を向き、ユーキもフェヴァイングを見つめる。


(……何か思いついたようだな。だが、どんな手を打とうが私には通用しない)


 今の状況でユーキとアイカが逆転するなどあり得ない、そう心の中で思うフェヴァイングは赤く光る剣を逆手に持ち替えた。


「どれだけ足掻こうとお前たちが勝つなどあり得ん。自分たちの弱さ、我々に挑んだ愚かさを呪いながら地獄へ旅立て! 襲撃の灼熱アングリフ・グルート!」


 フェヴァイングが剣を勢いよく振り下ろして切っ先を床にぶつける。ぶつかった直後、切っ先から炎が床を這いながら一直線にユーキとアイカへ向かって行った。

 ユーキは走って来る炎を見ると強化ブーストで右肩の力を強化し、月下を左から横に振って月白色の斬撃を放つ。斬撃と炎はユーキとフェヴァイングの中間辺りでぶつかり、炎はぶつかった直後に爆発した。

 爆発によって爆煙が広がり、双方の視界から相手を隠す。フェヴァイングはユーキとアイカがいた方を見つめながら剣を構え直した。


「煙で姿を隠し、その間に私の側面か背後に回り込むつもりか。無駄なことを……」


 中段構えを取りながらフェヴァイングは視線を動かしてユーキとアイカが何処から攻めてくるか予想する。側面か背後から攻めてくると予想するフェヴァイングは側面と背後に意識を集中させてユーキとアイカの気配を探った。

 フェヴァイングが構えながら警戒していると正面の爆煙からアイカを抱きかかえたユーキが飛び出し、フェヴァイングに向かって全速力で走る。

 ユーキとアイカに気付いたフェヴァイングは二人を見ながら軽く目を見開いた。


「正面だと? またしても舐めたことをするか!」


 最も対処しやすい前から攻めてきたことにフェヴァイングは若干腹を立てながら剣に炎を纏わせ魔蛇の炎剣シュランゲ・フランシュヴェーを使う。そしてユーキとアイカが間合いに入った瞬間に右から勢いよく横に振って攻撃した。

 ユーキは迫ってきた剣を見ると抱きかかえていたアイカを上に放り投げ、自分は素早く姿勢を低くしてフェヴァイングの剣を回避した。


「何っ!?」


 予想外の動きをしたユーキとアイカにフェヴァイングは驚きの反応を見せる。

 距離を取ったり、止まって防御したりすることなく攻撃をかわし、正面と真上の両方から自分を睨むユーキとアイカを見てフェヴァイングは迎撃しようとする。

 だがフェヴァイングが動くよりも先にユーキとアイカが攻撃を仕掛けた。

 アイカは降下しながらプラジュとスピキュを振り上げ、ユーキも月下と月影を左に倒して横切りを放つ体勢を取る。


「これが、俺たちの最後で最強の一撃だぁ!」


 ユーキは強化ブーストで自身の腕力と二本の愛刀の切れ味を強化しながら二本を左から横に振り、アイカもフェヴァイングに攻撃が届く高さまで落下すると勢いよくプラジュとスピキュを振り下ろした。

 腕力と刀の切れ味が強化されたユーキの横切りはフェヴァイングの胴体を深く切り、アイカも自身の腕力と落下の勢いで力が増したプラジュとスピキュを振り下ろしてフェヴァイングの体を左肩から左足まで切った。


皆既交差斬かいきこうさざん!』

「ぐおああああああぁっ!!」


 強烈な攻撃をまともに受けたフェヴァイングは断末魔のような声を上げる。

 ユーキとアイカの攻撃で縦横に切られたフェヴァイングの体には大きな十字の傷が付け、斬られたフェヴァイングは二人の前で仰向けに倒れた。


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