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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百六十五話  五凶将の真実


 パーシュたちと別れたユーキとアイカは薄暗い大きな廊下の真ん中を走りながら砦の奥へ向かう。幸い砦に入ってからベーゼと遭遇することは無く、二人は順調に先へ進むことができた。


「ねぇユーキ、転移門が開かれた部屋ってこっちの道で合ってるの?」


 ユーキの隣を走りながらアイカは道が間違っていないか尋ねる。

 アイカは砦に入ってからユーキについて行く形で移動していたため、初めて訪れた砦で迷うことなく先へ進んでいることに小さな不安を感じていた。


「心配ない。砦の構造はゾルノヴェラに突入する前に帝国軍の人から地図を見せてもらって覚えた。転移門が開かれた部屋の位置や部屋までの道は全部頭の中に入ってる」


 走りながら問題無く辿り着けることをアイカに伝えるユーキは小さく笑う。

 ユーキは帝国軍にゾルノヴェラの砦の地図を見せてもらう時、強化ブーストで自身の記憶力を強化しながら地図を見ていたため、砦の部屋の数や位置、そこまでの道を全て把握していた。そのため、砦に突入してから一度も道を間違えることなく今いる場所までやって来れたのだ。

 アイカやパーシュたちもユーキと同じように砦の地図を見せてもらっていたが、構造を全て覚えることはできなかったため、帝国軍から地図を借りてゾルノヴェラに突入した。

 砦に突入する際は地図を見ながら進行するつもりでだったのだが、砦の地図はペーヌが持っている。そのため、地図無しで突入したアイカはユーキが道を間違えていないかと思っていたのだ。

 しかしユーキが砦の構造や部屋の位置を完全に把握していると知って安心した。


「それにしても、砦に入ってから一度もベーゼに遭遇してないわ。この砦はベーゼたちにとって重要な場所なのにどうして一体もいないのかしら?」


 アイカは廊下を見回しながら砦の護りが薄いことに疑問を抱く。

 確かに転移門を開くことが可能な砦はベーゼたちにとって敵に突入されたくない重要な場所だ。にもかかわらず、砦の中に防衛するベーゼが見当たらないのはおかしいと言える。


「多分、この砦の防衛はさっき遭遇したアルティービたちが任されていたんだろう。フェヴァイングは俺たちをこの砦に入れさせないため、防衛に就かさていたアルティービを全てを迎撃に回したんだと思う」

「でも、万が一砦に侵入された時のことを計算して何体かは砦の中に残しておくべきなんじゃないの?」

「確かに用心深い性格の奴なら普通はそうするだろう。……だけど、フェヴァイングは俺たちを砦に入れさせること自体避けたいと思っているんじゃないかって俺は思ってるんだ」


 ユーキの言葉の意味が理解できないアイカは走ったまま難しそうな顔でユーキを見る。見られていることに気付いていないのか、ユーキはアイカの方を見ずに説明を続けた。


「フェヴァイングやベーゼたちにとってこの砦は転移門を開くための重要な場所だ。もし砦に敵が侵入して破壊活動なんてされたら二度と転移門を開くことができなくなるかもしれない。そうなればベーゼたちが自分の世界から仲間を呼び出すことができなくなる」

「言われてみれば確かに……」


 アイカはユーキの推測に一理あると感じて納得するような反応をする。


「転移門を護るためにも絶対に敵を砦に入れさせてはいけない。だからフェヴァイングは砦にいる全ての戦力を使って俺たちの突入を阻止しようとしたんじゃないかって俺は思ってる」

「じゃあ、今砦の中にはフェヴァイング以外のベーゼはいないってこと?」

「その可能性は高いんじゃないかな」


 自分たちの妨害をするベーゼが砦にはいないと知ったアイカは意外に思う。だが同時にフェヴァイングと戦う前に無駄に体力を消耗することが無いと知って少し安心した。


「だけど、今のはあくまでも可能性だ。絶対にベーゼはいないと断言はできないから油断はするなよ?」

「ええ、分かってるわ」


 フェヴァイングを倒すまでは気を抜いてはいけない、ユーキとアイカはそう自分に言い聞かせながら砦の奥へ進んだ。

 それからユーキとアイカは廊下を移動して目的地の転移門がある部屋を目指す。廊下は壁に付けられた松明やランプなどの小さな灯りだけで照らされており、奥へ進むにつれて不気味さが増していく。しかしユーキとアイカはそんな不気味さに怯えたりせず、勇ましい表情を浮かべながら走り続けた。

 やがてユーキたちは大きな二枚扉の前までやって来て足を止める。二人の前にある扉こそが目的地である転移門がある部屋の入口だった。

 驚いたことにユーキとアイカはここまで本当に一度もベーゼに遭遇することなく辿り着いた。

 ユーキの予想どおり砦の防衛に就いていたベーゼは全てパーシュたちと戦っているアルティービだと知った二人は心の中で意外に思う。だがすぐに気持ちを切り替え、扉の向こうにいるはずのフェヴァイングとの戦いに集中する。


「いよいよだ。アイカ、大丈夫か?」

「ええ、平気よ。……貴方は?」

「俺も大丈夫だ」


 お互いに緊張していないことを確認し合い、問題無いと知ったユーキはゆっくりとドアノブを回して扉を開けた。

 扉が全開するとユーキとアイカは警戒心を最大にしながらゆっくりと部屋に入る。部屋は広くて天井が高く、百人は軽く入れるくらいの広さだった。

 部屋の中も廊下と同じように壁についているランタンの小さな灯りだけで照らされているため薄暗い。ユーキとアイカは慎重に部屋の真ん中辺りまで移動する。

 その時、突然部屋が明るくなり、ユーキとアイカは立ち止まって何が起きたのか確認した。

 部屋の隅には盃のような形をした巨大な陶器が幾つも置かれており、その中では炎が燃えている。まるでユーキとアイカの入室に反応するかのよう炎は燃え上がり、薄暗かった部屋を明るくした。

 炎によって部屋全体が見えるほど明るくなり、ユーキとアイカは視界が良くなって少しだけ安心した。

 だが自分たちが部屋に入った直後に炎が燃えたため、部屋の中で誰がタイミングを見計らって炎を燃やしたと知り、より警戒心を強くする。


「やはりお前たちが来たか」

『!』


 部屋の中にアトニイの声が響き、ユーキとアイカは部屋の奥を見る。二人から十数m離れた所ではアトニイが腕を組みながら立っており、ユーキとアイカを見ながら不敵な笑みを浮かべていた。

 アトニイを見たユーキとアイカは予想どおり待ち構えていたことを知って目を鋭くし、同時に部屋を明るくしたのもアトニイだと知る。

 二人は愛刀と愛剣を握りながら笑っているベーゼ大帝を睨んだ。


「フェヴァイング……」

「お前たち二人だけが来たと言うことは、残りの奴らは外でアルティービたちの相手をしてると言うことか」

「ああ、俺たちがお前と全力で戦えるようペーヌさんたちが行かせてくれたんだ」

「フッ、成る程。覇者スプレマシーの影響を受けないお前たちに全てを託したと言うことか」


 ユーキはアトニイが言葉を聞いて知って小さく反応する。


「やっぱり、俺とアイカには覇者スプレマシーが効かないことを知っていたのか」

「当然だな。覇者スプレマシーを開花させた私自身が弱点に気付かないはずがないだろう。お前たちは私にとって少々都合の悪い存在だ。だからお前たちの始末をベギアーデに任せたのだ」

「けど、俺たちはこうして生き残った。お前にとって一番目障りだって俺とアイカをベギアーデは倒すことはできなかった」


 ユーキは月下の切っ先をアトニイに向け、アトニイは敵意を露わにするユーキを鋭い目で見つめる。


「ベーゼ化することが可能な俺とアイカは覇者スプレマシーを突破することができる。つまり、お前を唯一傷つけることができる存在と言うことだ」

「私とユーキにしか貴方と戦えないと言うのなら、私たちは全力で貴方を倒します。共に戦ってくれている連合軍の皆さんのため、そして私たちを行かせてくれたパーシュ先輩たちのために!」


 世界の命運を託された者として必ず勝つ。そう語るアイカはプラジュとスピキュを構え、ユーキも月下と月影を構える。

 何時でも戦える体勢を取ったユーキとアイカをアトニイは無言で見つめる。しばらくするとアトニイは目を閉じながら小さく俯いて笑い出した。


「フフフフッ、あまり調子に乗るなよ? お前たちは確かに私の覇者スプレマシーの影響を受けない。だが、それでもお前たちは私には勝てん。五凶将が倒れたことで本来の力を取り戻した私にはな」


 突然出てきた五凶将と言う言葉にユーキとアイカは再び反応する。どうして既に倒された最上位ベーゼたちのことを語り出すのか、二人には全く理解できなかった。


「それは、どういう意味ですか?」

「言葉のとおりだ。お前たちが五凶将を倒したことで私は三十年前以上の力を手に入れることができたのだ」


 まったく話の意味が分からないアイカは難しい表情を浮かべながらアトニイを見つめた。

 アイカの隣ではユーキも同じようにアトニイを睨みながら言葉の意味を考えている。ただ、この時のユーキは過去の出来事を思い出していた。

 五凶将がメルディエズ学園に奇襲を仕掛けた時、ユーキは自分がベーゼ大帝であることを明かしたアトニイと戦った。この時のユーキはアトニイに惨敗してアトニイを逃がしている。

 ユーキにとってはあまり思い出したくない出来事だったが、その時にアトニイに言われた言葉が今のアトニイの言葉と繋がりがあると感じて思い出したのだ。


「……フェヴァイング、それは前に俺に言った言葉と関係があるのか?」

「前に言った言葉?」

「『ヴァーズィンを倒してくれて感謝する』って言葉だよ」

「……ああぁ、確かにそんなことを言ったな」


 アトニイはユーキの言葉でメルディエズ学園でのやりとりを思い出す。

 わざとらしい素振りをするアトニイにユーキは若干苛つきながらも顔に出さないようにしながらアトニイを見つめる。


「あの時言った言葉はいったいどういう意味なんだ?」

「……いいだろう。どの道、お前たちは此処で私に倒されるのだ。全て教えてやろう」


 死を宣告すると同時にアトニイは誰も知らない情報を話そうとする。

 自分たちの知らないアトニイと五凶将の繋がりとは何なのか、ユーキとアイカはアトニイを見つめながら考えた。


「私は三十年前の戦いで五聖英雄に敗北し、深い傷を負った。ベギアーデに救われた私は身を隠し、傷を癒しながら再びこの世界を手に入れるチャンスを窺っていたのだ」


 三十年前の出来事を思い出しながらアトニイは当時の自分が何を計画していたのかを語る。

 ユーキとアイカは三十年前からベーゼ大帝が何をしていたのか気になり黙って話を聞いていた。


「傷を癒し始めてから二十年が経過し、ようやく私はまともに動けるようになった。だが、今のままでは例え復活しても再び五聖英雄に倒されてしまうと私は確信し、当時以上の力を得る必要があった。そこで私は力を得るためにある計画を実行した」

「計画?」


 ユーキが訊き返すとアトニイは自身の右手を見つめながらゆっくりと握りしめた。


「私自身の体を六つに分け、それぞれを魂に作り変えてこの世界にいる人間や亜人に憑依させることだ」

「憑依させる!?」


 とんでもない内容にアイカは驚き、ユーキも目を大きく見開く。自身の体を分けて魂に変えるだけでも驚くのにそれを他人に憑依させるなどと発言したのだから二人は大きな衝撃を受けていた。


「私は体を頭部、胴体、両腕、両足の計六つに分け、頭部は私自身、胴体はカルヘルツィ、右腕はリスティーヒ、左腕はエアガイツ、右足はヴァーズィン、左足はユバプリートの魂に作り変えた。そして私以外の五つの魂を世に放ち、優れた戦士や魔導士、それも混沌士カオティッカーになる素質を持った者に憑依させた」

「その憑依された人たちが五凶将というわけですか」

「そのとおりだ。私の読みは当たり、五凶将が憑依した者たちは全員が混沌術カオスペルを開花させ、僅か十年で優れた戦士、魔導士に成長した。その後、私は人間たちの情報を集めるため、五凶将を軍や冒険者ギルドなどの組織に潜入させた」

「だから五凶将はベーゼでありながら混沌術カオスペルが使えたのか……」


 五凶将がベーゼ大帝の肉体から作られた存在、混沌術カオスペルを使える理由を知ったユーキとアイカは表情を僅かに鋭くする。二人は表情を鋭くしてはいるが驚くべき情報を連続で聞かされたことで微量の汗を流していた。

 話を聞いて五凶将がベーゼ大帝の分身のような存在だと言うのは分かった。しかし五凶将が作られた訳がベーゼ大帝の強さとどう繋がっているのはまだ分からない。

 ユーキとアイカはアトニイの話を聞きながら二つの情報の繋がりを考える。


「五凶将と言う優れた戦力を手に入れ、我らベーゼは活動しやすくなった。……だが、戦力を手に入れても私の力は変化しない。私が力を得るには五凶将が倒されなければならなかったのだ」

「そりゃ、どういうことだ?」


 意味が分からないユーキは詳しい説明を求める。

 アトニイはユーキを見ると再び不敵な笑みを浮かべながら右腕を前に伸ばして自分の手をユーキとアイカに見せた。


「さっきも言ったような五凶将は私の体の一部が魂となり、それが別の上位ベーゼとなった存在だ。五凶将が倒されれば当然肉体は消滅し、魂も本来あるべき場所へ戻る」

「あるべき場所へ戻る? ……ッ! もしかして!?」


 何かに気付いたユーキはフッと顔を上げ、アイカはユーキの反応を見て不思議そうな反応をした。

 ユーキを見ていたアトニイは自分の言いたいことを理解したと考えてニッと笑みを浮かべた。


「そうだ。倒された五凶将の魂は私の下に戻り、再び私の一部となる。そして、五凶将が倒されるまでに得た力や知識、技術などはそのまま私自身の力となるのだ」

「な、何ですって!?」


 アイカはアトニイの言葉に驚愕し、ユーキは奥歯を噛みしめながら「やっぱりな」と言いたそうにアトニイを睨んでいる。


「五凶将が倒されれば魂は私と一つになり、私の力は増す。私たちがメルディエズ学園を襲撃する直前にはお前とパーシュ・クリディックに倒されたヴァーズィンの魂が私の下に戻り、お前を叩きのめせるほどの力を得たのだ」

「成る程、だからあの時に礼を言ったのか……」


 ユーキは「ヴァーズィンを倒してくれた感謝する」という言葉の意味をようやく理解し、改めてアトニイに敗北したことを悔しく思った。

 アイカも五凶将が倒すとベーゼ大帝の力が増すと知って緊迫したような表情を浮かべている。ただ、この時のアイカはベーゼ大帝の力が増すということ以外にもう一つ別のことを心配していた。


「五凶将を一体倒してユーキに勝つほど強くなったと言うことは、全ての五凶将が倒された今は……」


 嫌なことを想像しながらアイカは顔色を悪くしながら呟き、アイカの言葉を聞いたユーキもアイカが何を心配しているのか気付いて目を見開きながらアイカを見る。

 アトニイはアイカの顔を見ると楽しそうに笑いながら口を開いた。


「そうだ。お前たちによって五凶将は全て倒され、私は五凶将全員の力を手に入れた。そして最後の一体が倒された瞬間、私は混沌術カオスペルを開花させて覇者スプレマシーを手に入れたのだ。つまり、お前たちのおかげで私は強くなったということだ」

「何てことだ……」


 気付かない内にベーゼ大帝に利用されていたと知らされたユーキは悔しさのあまり俯きながら奥歯を噛みしめる。

 アイカも自分たちがベーゼ大帝に力を与えていたことにショックを受けて愕然としていた。

 自分たちが原因で敵の大将が強くなったと知れば常人はショックで戦意を失うだろう。だが、ユーキとアイカは自分たちが原因でベーゼ大帝が強くなってしまったのなら、ベーゼ大帝を倒すことこそが自分たちの責任だと考えていた。

 悔しがっていたユーキは顔を上げると闘志の籠った目でアトニイを睨み、アイカも首を軽く横に振って気持ちを切り替えてからユーキと同じようにアトニイを見つめる。


「因みに五凶将は自分たちが私から作られた存在だと言うことに最後まで気付かなかった。奴らは自分たちが一体のベーゼだと思い込みながら私のために働いていた。……本当に便利で都合の良い道具だったと言えるな」

「この野郎……」


 自分から作られた存在とは言え、忠誠を誓って戦った五凶将を駒のように見ているアトニイにユーキとアイカは小さな怒りを感じる。二人は目の前にいるベーゼ大帝は必ず倒さなくてはいけないと思いながら得物を握る手に力を入れた。


「さて、お喋りはここまでにしよう。早いところお前たちを始末して転移門を開き、向こうの世界から兵を呼び出さなくてはいけないのでな」

「転移門……そう言えば、この部屋が転移門を開いた部屋なのですよね? 魔法陣は何処に描かれているのですか?」

「何処に? フフフフッ、あるではないか。……お前たちの足下にな」


 ユーキとアイカは目を軽く見開きながら自分たちの足元を見る。二人の足の下には大きなルーン文字が幾つも彫られており、それを見たユーキとアイカは部屋の床を確認した。

 部屋の真ん中には大きな魔法陣が描かれており、それを見たユーキとアイカは床に彫られているのが転移門を開くための魔法陣だと知る。


「こ、これが転移門を開く魔法陣……」

「こんな大きな魔法陣、今まで見たことないわ」


 初めて見る大きさにユーキとアイカは驚き、二人の反応を見たアトニイは小さく鼻で笑った。


「この魔法陣に膨大な魔力を送り込むことで私たちベーゼの世界とこの世界を繋ぐ転移門が開かれる。そして、次に魔力を送り込んだ時、転移門は開き続けることになるのだ」


 ユーキはアトニイを見ながら絶対に転移門を開かせてはいけないと考えながらもう一度足下の魔法陣を見る。この時のユーキは魔力を送り込まれる前に魔法陣の一部を消してしまえばいいのではと思っていた。

 魔法陣はルーン文字が一文字でも足りなかったり消えていたりすれば使い物にならなくなる。アトニイが魔力を送り込む前に床に彫られている魔法陣を破壊してしまえばベーゼの大群が来るのを阻止できるかもしれないとユーキは考えていたのだ。

 ユーキは魔法陣を見下ろしながら月下を握る手に力を入れる。するとアトニイがユーキを見ながら不敵な笑みを浮かべた。


「先に言っておくが、魔法陣を消そうとしても無駄だぞ? この魔法陣には敵に破壊されないようベギアーデが細工を施している。お前がベーゼの力を完全に開放した状態で攻撃しても破壊はできん」

「何?」


 破壊不可能と言われたユーキは顔を上げて訊き返す。

 アトニイは不満そうな顔をするユーキを見て本当に破壊するつもりでいたと知ると小馬鹿にするように笑った。


「くだらないことを考えていないで戦うことだけ考えろ。お前たちがこの状況を打開するには私を倒すしか方法が無い」


 腰に納めてある剣を抜いたアトニイはユーキとアイカを見ながら構える。アトニイもユーキとアイカがいる状態で魔法陣に魔力を送り込もうとは思っていないらしく戦闘態勢に入っていた。

 ユーキとアイカも身構えるアトニイを見て愛刀と愛剣を構える。どの道二人はアトニイを倒すつもりでいるため、魔法陣をどうすることもできないのならアトニイと戦うことに集中しようと思っていた。


「さぁ、見せてもらおうか。五聖英雄に鍛えられ、我らベーゼの力を手に入れたお前たちの力を!」

「言われなくてもみせてやるよ!」


 ユーキは力の入った声を出しながら自身の体を天色に変え、銀髪も肩の辺りまで伸ばして青藤色に変色させる。同時に額から鬼のような紺碧色の角を二本生やし、体に同じ色の装飾のような模様を浮かび上がらせて完全にベーゼ化した。

 アイカもユーキに続いてベーゼ化は開始する。体を紅色、金髪を牡丹色に変色させてこめかみ部分から羊のような緋色の角を生やし、体中に同じ色の模様を浮かび上がらせた。そして髪を結んでいたリボンも解け、ツインテールはロングヘアとなりベーゼ化が完了する。

 目の前でベーゼ化したユーキとアイカを見たアトニイは最初こそ意外そうな顔で見ていたがすぐに笑みを浮かべ、ユーキとアイカがどれほどの力を持っているのか興味を抱き始める。

 戦いの準備が整ったユーキとアイカは構え直し、アトニイも剣を構えたまま不敵に笑う。

 得物を構える双方は遠くにいる相手を見つめながら自分の動きやすい体勢を取った。

 転移門が開かれる部屋の中でユーキとアイカの最後の戦いが始まろうとしている。


「最初からベーゼ化して戦おうとしたのは褒めてやろう。……だが、ベーゼ化しても私を超えるほどの力を得られなければ何の意味もないぞ!」


 アトニイは床を蹴ってユーキとアイカに向かって勢いよく跳ぶ。同時に混沌紋を光らせて覇者スプレマシーを発動させた。

 ユーキとアイカはアトニイの混沌紋が光っているのを見て意外そうな反応を見せる。ベーゼ化した自分たちには覇者スプレマシーの能力は効かないはずなのに覇者スプレマシーを発動させたため、二人は内心驚いていた。


(何でわざわざ覇者スプレマシーを発動させて攻撃してくるんだ? フェヴァイングもベーゼ化した俺たちに覇者スプレマシーが通用しないことを知ってるはず……)


 アトニイの考えが分からないユーキは向かって来るアトニイを見つめながら難しい顔で考える。だが今はアトニイが攻撃を仕掛けて来ている最中であるため、戦いながら考えることにした。

 ユーキは双月の構えを取りながら距離を詰めて来るアトニイを睨み、アイカはユーキの隣でプラジュとスピキュを構える。

 二人が迎撃できる態勢に入ると距離を詰めてきたアトニイが剣でユーキに袈裟切りを放った。

 迫って来る剣を見たユーキは咄嗟に月影で剣を防いだ。剣と月影がぶつかったことで部屋に剣戟の音が響く。

 月影が剣を防いだのを見てユーキは軽く目を見開く。

 覇者スプレマシーの影響を受けていれば剣は月影を通り抜けてユーキに迫るはずなのに月影は普通にアトニイの剣を防いだ。それはベーゼ化したユーキは覇者スプレマシーの影響を受けないという証明になった。

 ユーキがアトニイの攻撃を防いだのを見たアイカは驚くと同時にユーキと同じようにベーゼ化している自分も覇者スプレマシーの影響を受けずにアトニイと戦えると知って士気を高める。

 一方で攻撃を防がれたアトニイは剣を止めた月影を見ながら意外そうな表情を浮かべていた。


「やはりお前たちには覇者スプレマシーは通用しないか」


 覇者スプレマシーが通用しないのを目の当たりにしたにもかかわらず、アトニイは焦らずに余裕を見せている。それはまるで覇者スプレマシーが本当にユーキとアイカに通用しないかを確かめただけのように見えた。

 攻撃を防がれたアトニイは剣を引くと軽く後ろに跳んでユーキから距離を取った。

 ユーキとアイカは後退したアトニイを見ながら構え直してアトニイの様子を窺う。


「残念だったな。お前の切り札である覇者スプレマシーが通用しない以上、先輩たちと戦ってた時のように一方的に攻撃することはできないぜ?」

「……フッ、こちらの攻撃を防げるからと言って勝った気になるな? ただ単にお前たちと私が同じ条件で戦えるようになったというだけのことだ」


 覇者スプレマシーが使えない状態でも自分が勝つと思っているのかアトニイは笑いながら余裕を見せ続ける。

 ユーキとアイカはアトニイの態度に少し腹が立ったのかムッとしながらアトニイを見る。しかしアトニイは覇者スプレマシーを開花させる前もユーキに圧勝するだけの実力を持っていたため、余裕を見せてもおかしくないとも感じていた。


「さて、ここからは私も少し力を入れて戦うとしよう」


 アトニイは左脇構えを取りながら両膝を軽く曲げ、床を強く蹴って再びユーキに向かって跳ぶ。ユーキの目の前まで距離を詰めるとアトニイは逆袈裟切りを放ってユーキに攻撃した。

 ユーキは素早く月下で剣を防ぐと月影を左から横に振ってアトニイに反撃した。

 しかしアトニイは後ろに跳んでユーキの横切りを難なく回避し、離れると余裕の笑みを浮かべながらユーキを見つめる。

 笑うアトニイは剣を構え直してユーキに再び攻撃を仕掛けようとする。だがその時、アトニイの右側にアイカが回り込み、スピキュで左横切りを放ってアトニイを攻撃した。

 突然の攻撃にアトニイは驚いたりせず、冷静に剣でアイカの横切りを防ぐ。スピキュと剣がぶつかったことで高い金属音が部屋に響き、それと同時に強い衝撃が剣を伝ってアトニイの右腕に届いた。


「ほぉ、そんな細腕でこれほどの力を出せるとは。ベーゼの力を使いこなすだけのことはあるな?」

「ベーゼの力だだけではありません。ペーヌさんとの特訓で私とユーキは自分自身の身体能力を高めることもできました。ベーゼの力だけで戦ってるわけではありません!」


 スピキュで剣を払い上げたアイカはプラジュで袈裟切りを放つ。だがアトニイは素早く姿勢を低くして袈裟切りをかわし、姿勢を低くしたまま左足でアイカの足を払おうとする。

 アイカはアトニイの反撃に気付くと軽く後ろに跳んでその場を移動し、アトニイの足払いを回避した。離れたアイカは構え直してアトニイの反撃しようとする。

 しかしアトニイは既にアイカの目の前まで近づいて来ており、一瞬で距離を詰められたアイカは目を見開いて驚く。


「私を五凶将や他のベーゼと一緒にするな? 覇者スプレマシーに頼らなくてもお前たちと互角以上に戦える力を私は持っているのだ!」


 アトニイは剣を頭上から振り下ろして驚いているアイカに攻撃した。

 アイカは急いで防御しようとするが間に合うか分からない状況だったため、心の中で斬られることを覚悟する。

 だがその時、アイカの左側にユーキが回り込み、月下を横にして振り下ろしを防いでアイカを護った。


「ユーキ!」


 アイカは助けてくれたユーキを見て思わず名前を口にする。

 ユーキはアイカの無事を確認するとアトニイの方を向き、鋭い目でアトニイを睨みながら強化ブーストを発動させて両腕の腕力を強化し、右腕に力を入れて月下で剣を払い上げた。

 腕力を強化したユーキの力は強く、剣は払い上げられた時の勢いにアトニイは一瞬驚きの反応を見せる。

 アトニイが驚いているのを見たユーキはアトニイに隙ができたと直感し、月影で体勢を崩しているアトニイに逆袈裟切りを放つ。

 月影はアトニイの右脇腹を斬り、斬られたアトニイは痛みで表情を歪ませる。斬られた箇所からは血が流れているが、それほど深くなかったのかアトニイは態勢を崩さずに後ろに跳んでユーキとアイカから離れた。

 ユーキはアトニイが距離を取ると追撃はせずに態勢を整える。相手はベーゼの大帝であるため、まだ何か戦術を隠しているかもしれない。情報が少ない状態で追撃するのは危険だと感じて様子を窺うことにした。

 アイカも態勢を整えるとプラジュとスピキュを構え直す。先程のような失敗をしないよう注意しなくてはいけないと自分に言い聞かせながらユーキの隣でアトニイを警戒する。


「……成る程、予想以上に力が増しているようだな」


 脇腹の傷を見ながらアトニイは低い声で呟く。

 覇者スプレマシーを突破しただけでなく、自分の傷を負わせるほどの身体能力と感覚を得たユーキを見ながらアトニイは内心面白いと感じていた。そしてユーキと同じようにベーゼ化しているアイカもユーキと同じくらいの戦闘能力を秘めていると予想する。


「いいぞ、こうでなくては面白くない。今のお前たちは五聖英雄と同等、いやそれ以上の力を持っているはずだ。そんなお前たちと本気で戦うことができる……これほど興奮することはない」

「……どうしてベーゼって言うのはこう好戦的な性格をしてる奴が多いんだ」


 アトニイの発言を聞いたユーキはベギアーデとの戦いを思い出し、ベーゼの大帝であるアトニイも好戦的だと感じて呆れ果てる。

 アイカも大帝だとしてもやっぱりベーゼだと感じ、ユーキと同じように呆れていた。

 ユーキとアイカが呆れる中、剣を下ろすアトニイは笑いながら二人を見つめる。


「お前たちはこの世界を護るために私と全力で戦おうとしている。……なら、私も全力を出さなくては失礼というものだな!」


 アトニイの言葉を聞いたユーキとアイカはフッと反応し、アトニイが本気を出そうとしていると知る。

 ユーキとアイカが見つめる中、アトニイは剣を握ったまま両腕を横に伸ばした。


「お前たちに見せてやろう。私の全力を、そしてベーゼを支配する者の真の姿を!」


 アトニイが力の入った声で喋った直後、彼の体は黒い炎に包まれる。

 全身を炎で包まれたアトニイを見たユーキとアイカは警戒心を強くしながら身構えた。


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