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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百六十三話  絶望的と言える状況


 魔導研究施設を出たユーキとアイカは軍の駐屯所に戻るため、街道の中を走っている。街道には当然のようにインファやタオフェンなどの下位ベーゼたちが待ち伏せしており、ユーキとアイカを見つけた途端一斉に襲い掛かった。

 ユーキとアイカは走りながら襲ってくる下位ベーゼを走りながら次々と切り捨てていく。上位ベーゼを倒すほどの力を持つ二人にとって下位ベーゼなど何の脅威でもなく、走る速度も落とさずに先へ進んだ。

 先を急いでいるユーキとアイカは襲い掛かる全てのベーゼを倒すつもりは無く、進行の障害になりそうなベーゼだけを相手にしていた。そんな時、二人の進む先に剣を持つ二体のインファが回り込み、正面からユーキとアイカに斬りかかる。

 二人は素早く剣を払うと素早くインファたちの体を斬って返り討ちにした。斬られたインファたちは鳴き声を上げながら崩れるように倒れ、そのまま黒い靄となって消滅する。

 ユーキとアイカはインファが消滅するのを確認したりせずに先を急いだ。

 それからしばらく先へ進み、ユーキとアイカはベーゼたちを振り切って小さな広場に出る。そこではベーゼたちは待ち伏せしておらず、ユーキとアイカの二人しかいなかった。


「この広場を出れば駐屯所はもうすぐだ。このまま一気に行くぞ」

「ええ!」


 もうすぐパーシュたちと合流できると知ったアイカは速度を上げて広場の中を走り、ユーキもアイカに置いて行かれないように走る速度を上げた。


「ユーキ、体の方は大丈夫? 研究施設ではかなり激しく戦っていたけど……」


 ユーキの身を案ずるアイカは走りながら尋ねた。ユーキはチラッとアイカの方を向くと小さく笑みを浮かべる。


「ああ、傷は強化ブーストで治癒力を強化して治したから大丈夫だ」

「そう……でも、混沌術カオスペルを使いすぎて疲労が溜まっているはずだから無茶はしないでね?」

「分かってる」


 無理をしないと約束するユーキは前を向いて走ることに集中する。

 この時、ユーキは笑みを浮かべて余裕を見せているが、アイカの言うとおり混沌術カオスペルの使いすぎで疲労が溜まり、僅かに倦怠感を感じていた。

 だが戦いに支障が出るほどのものではないため、この後にベーゼ大帝と戦うことになっても問題無いと考え、アイカたちの足を引っ張るようなことは無いと思っていた。

 広場の中を突っ切ったユーキとアイカは街道に入るとベーゼの襲撃を警戒しながら先へ進む。今いる街道を通れば駐屯所がある広場に着くため、二人は走りながらパーシュたちが無事なことを祈った。


「よし、もうすぐ広場だ。きっと今でもペーヌさんたちはフェヴァイングと戦ってるはずだ。広場に入ったら俺たちもすぐに加勢することになると思うから、気を抜くなよ?」

「ええ、最初から全力で戦うつもりよ」


 アイカはプラジュとスピキュを強く握りながら真剣な表情を浮かべ、ユーキもアイカの顔を見ると目を鋭くして前を向く。


「ペーヌさんたちと合流したら、まずはフェヴァイングがどんな戦術を使うか情報確認をして――」

「ユーキ君! 聞こえますか!?」


 突如伝言の腕輪メッセージリングからロギュンの声が聞こえ、ユーキは驚きの表情を浮かべながら急停止する。

 アイカもいきなりロギュンから連絡が入ったことに驚き、ユーキにつられて足を止めた。


「副会長ですか? 今何処に?」


 ユーキは自分の左腕に嵌めたれている伝言の腕輪メッセージリングに顔を近づけると返事をし、腕輪の向こう側にいるロギュンに現状を尋ねた。


「今、ゾルノヴェラの正門前の広場です。外にいた蝕ベーゼを全て倒し、連合軍全部隊で突入しました」


 ロギュンの返事を聞いたユーキとアイカは軽く目を見開く。連合軍がゾルノヴェラを護っていた大量の蝕ベーゼたちに勝利し、正門前の広場に拠点を築いていると知って二人は安心した。

 だが、自分たちが情報を伝えるために本隊がゾルノヴェラに入ったことで進軍に支障が出るかもしれないと言う小さな不安もあった。


「蝕ベーゼたちとの戦闘で連合軍にも僅かに死傷者が出てしまいましたが、ゾルノヴェラを制圧するのに問題はありません。指揮官である陛下たちも無傷です」

「そうですか……ウェンフやオルビィン様は無事ですか?」

「ええ、少し怪我をしたそうですが二人とも無事です。勿論、グラトンも」

「そうですか……」


 大切な仲間たちが大丈夫だと聞いてユーキは無意識に微笑みを浮かべ、話を聞いていたアイカも小さく笑いながらユーキの伝言の腕輪メッセージリングを見つめる。


「……ッ! いえ、今はそれどころではありません」


 状況報告をしていたロギュンの口調が僅かに変わり、ユーキとアイカは反応する。今のロギュンの口調は重要なことを思い出して少し焦っているような口調だった。

 ユーキとアイカはロギュンの口調から連合軍の本隊に何か良くないことが起きたのではと予想して僅かに目を鋭くする。


「ユーキ君、君は今何処にいるんですか!?」


 悪い報告を受けると思っていた状況で現在地を訊かれたユーキとアイカは意外そうな顔をする。


「今、ですか? ……正確な位置は分かりませんが、ゾルノヴェラの北西の街道にいます。アイカも一緒です」

「会長たちは一緒ではないのですか!?」

「え、ええ、訳があって今は別行動中です……」


 落ち着かない口調で尋ねるロギュンにユーキは驚きながら返事をする。ロギュンはいったいどうしたのか、この時のユーキとアイカは何も分からなかった。

 ユーキが返事をした後、ロギュンはしばらく返事をせずに黙り込む。ユーキとアイカは伝言の腕輪メッセージリングを見つめ、「どうしたんだ?」と疑問に思いながらロギュンが返事をするのを待つ。


「……私たちは貴方に連絡を入れる少し前に会長やペーヌ殿にゾルノヴェラに突入したことを報告しようと伝言の腕輪メッセージリングで連絡を入れたんです。……ですが、いくら連絡を入れてもお二人に繋がらないんです」

「繋がらない?」

「ハイ、何度やっても返事がありません」


 伝言の腕輪メッセージリングを使っているのに応答が無いと聞いたユーキは自分の伝言の腕輪メッセージリングを見つめながら難しい顔をする。

 繋がらないことから伝言の腕輪メッセージリングが壊れているのではと予想したが、今自分たちが使っている伝言の腕輪メッセージリングは決戦前にスローネが念入りに点検や調整をした物だ。しかも戦闘中に破損しないよう丈夫な素材で作られているため、壊れたというのは考え難かった。現にユーキは今も問題無く伝言の腕輪メッセージリングでロギュンと会話している。


「……会長とペーヌさんはパーシュ先輩たちと一緒にいるはずです。先輩たちにも繋がらないんですか?」

「ええ……」


 カムネスとペーヌだけでなく、パーシュたちにも連絡が付かないと知ったユーキとアイカは嫌な予感がして微量の汗を流す。

 最悪の状況を想像する二人は急いでパーシュたちに下へ向かわなくてはと思っていた。


「……分かりました。俺たちは急いで会長たちの所へ向かいます。副会長たちはこっちから連絡するまで広場で待機していたください」

「分かりました、陛下たちにも伝えておきます」


 ロギュンが返事をすると伝言の腕輪メッセージリングの水晶の光が消えた。

 通話が終了したことを確認したユーキは左腕を下ろしながら緊迫の表情を浮かべる。


「ユーキ……」

「とにかく急いで駐屯所へ戻るんだ!」

「え、ええ!」


 アイカが頷くとユーキは走り、アイカもそれに続いて広場の出口へ向かって走り出した。

 先程までユーキは五聖英雄のペーヌと五聖英雄の特訓を受けて強くなったパーシュたちならベーゼ大帝であるフェヴァイングが相手でも有利に戦えると思っていた。

 だがパーシュたちからの連絡が途絶えたことで状況が変わり、パーシュたちが負けてしまったのではという最悪の状況がユーキとアイカの頭を過る。

 パーシュたちが無事であってほしい、ユーキとアイカはそう思いながら全速力で走った。


――――――


 街道に入り、ユーキとアイカは速度を落とすことなく走り続ける。途中で下位ベーゼと遭遇したが戦っている時間は無いため、二人は遭遇するベーゼを全て無視して先を急いだ。

 それからしばらく移動し、ようやく二人は目的地である駐屯所がある広場に辿り着いた。

 ユーキとアイカは広場に飛び込むとすぐに周囲を確認するが、広場の現状を見た瞬間に驚愕した。

 広場の床はあちこちが破壊されて凹んでおり、小さな瓦礫が無数に転がっている。そして、数百m先には傷だらけのパーシュたちの姿があった。

 パーシュとミスチアは俯せで倒れながら前を見ており、少し離れた所ではフレードとフィランはリヴァイクスとコクヨを杖にして何とか立っている。

 カムネスは立ったまま右手でフウガを握りながら左手で右腕を押さえ、パーシュはウォーハンマーを両手で握りながら構えていた。

 六人全員が傷だらけで同じ方角を見ており、彼らの視線の先には剣を下ろしながら不敵な笑みを浮かべるアトニイの姿があった。

 アトニイはパーシュたちと違って傷一つ負っておらず、身につけている鎧やマント、衣服に汚れすらついていない。文字どおり無傷の状態でパーシュたちを見ていた。


「あ、あれは……」


 ボロボロになっているパーシュたちと無傷のアトニイを見たアイカは驚きながら震えた声を出す。

 状況からパーシュたちが一方的にアトニイにやられたと言うのはすぐに分かった。だが、自分やユーキよりも強いはずのパーシュたちが窮地に立たされていることが信じられずに自分の目を疑っているのだ。

 驚いているのはユーキも同じでいくら三十年前よりも強くなっているベーゼ大帝が相手でも傷一つ負わせられていないことが信じられずにいた。

 しかし、パーシュたちは全員生きているため、最悪の状況になっていなかったと知ったユーキは安堵する。


「アイカ、とにかく先輩たちの所へ行こう!」

「え? え、ええぇ!」


 声を掛けられて我に返ったアイカはユーキを見て頷く。ユーキは月下と月影を握りながらパーシュたちの下へ走り出し、アイカもその後に続く。


「……フフフフフッ」


 アトニイは目の前にいるパーシュたちを見て楽しそうに笑う。自分が無傷で敵が傷だらけになりながら悔しそうな顔で睨んでくるのだから楽しく思うのは当然だった。


「どうした、もうお終いか? 私はまだ余裕で戦えるぞ?」

「ア、アンタ……自分に攻撃が当たらないからって、調子に乗るんじゃないよ……?」


 俯せになっているパーシュは上半身を起こしながらアトニイを睨む。体を動かす度に痛みが走り、パーシュはその痛みで表情を歪ませた。

 フレードとミスチアもパーシュと同じように痛みに耐えながらアトニイを睨みつけている。

 パーシュたちは既に手持ちの回復用のポーションは使い切り、傷を癒すこともできない状態だった。ミスチアはポーションだけでなく修復リペアも使って傷を修復していたのだが、何度も使ったせいで疲労が溜まり、もう修復リペアを使用することができなくなっている。


「お前たちと戦ったことで私の覇者スプレマシーの能力は十分確認できた。感謝するぞ」

「感謝ぁ? ……ハッ、思ってもいないことを軽々しく口にすんじゃねぇよ」


 ペーヌは僅かに呼吸を乱しながらウォーハンマーを強く握る。ペーヌも全身傷だらけで立っているのが精一杯だった。だが、目の前にいるベーゼの大帝を倒さなければこの世界に未来は無いため、諦めようとは微塵も考えていない。

 カムネスは鋭い目でアトニイを見つめながらフウガを鞘に納めて抜刀の体勢を取る。フィランも体の痛みに耐えながらコクヨを構え直した。

 二人にはまだ戦う力が残っているらしく構えを取りながらアトニイに攻撃するタイミングを窺っている。


「強がりは止せ、お前たちには勝ち目は無い」


 アトニイはパーシュたちを見ながら冷たい言葉を放ち、ゆっくりと右手の剣を振り上げた。

 パーシュたちは動くアトニイを見て止めを刺す気だと直感する。


「ここまで苦しめた詫びだ。最後は楽に死なせてやろう」

「クッ……」


 ペーヌはアトニイを睨んだまま奥歯を噛みしめ、パーシュたちもこれまでかと感じて死を覚悟する。


「待てぇっ!」

『!?』


 突然聞こえてきた声に一同は反応して声がした方角を向く。そこには鋭い目でアトニイを睨むユーキとその隣で同じようにアトニイを見つめるアイカの姿があった。


「ユーキ! それにアイカも!」


 ユーキとアイカの姿を見たパーシュは思わず名を口にした。二人の姿を見たパーシュたちは無事にユーキがアイカを救出したと知り、驚くと同時に安心する。

 一方でアトニイは意外そうな表情を浮かべ、信じられないものを見たような反応をしながら振り上げていた剣を下ろす。


「ユーキ・ルナパレス……アイカ・サンロードを連れて戻って来たと言うことは、ベギアーデを倒したと言うことか」


 右腕であるベギアーデが敗れたことを知ったアトニイは僅かに目を鋭くしてユーキとアイカを見つめる。

 表情に大きな変化は見られないがベギアーデが負けるとは思っていなかったため、アトニイはユーキとアイカが戻って来たことに内心衝撃を受けていた。


「随分と好き勝手にやってくれたようだな、フェヴァイング? だけどそれもここまでだ。これ以上、先輩たちを傷つけさせたりはしない!」


 ユーキは月下と月影を構えながらアトニイに言い放ち、アイカもプラジュとスピキュを構える。

 戻ってきてカッコつけるユーキを見てパーシュ、フレード、カムネスは小さく笑う。自分たちを護ろうとする後輩の姿に三人は小さな嬉しさと頼もしさを感じていた。

 ミスチアもユーキを見ながら嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。フィランは無表情でユーキとアイカを見ているが口元をよく見るとほんの僅かだが緩んでいた。そしてペーヌも弟子たちの勇姿を見て笑っている。


「……正直、ベギアーデがやられるとは思っていなかったぞ。お前たちを始末し、死体を持って此処に戻って来ると思っていた」


 アトニイはユーキとアイカの方を向いて本心を語り、そんなアトニイをユーキとアイカは構えを崩さずに見つめた。

 いつアトニイが攻撃して来てもすぐに対応できるよう二人は万全の状態で警戒する。


「皆さん、少し前に副会長から伝言の腕輪メッセージリングで連絡がありました。連合軍はゾルノヴェラの外にいたベーゼを全て倒してゾルノヴェラに突入し、正門前の広場で待機しています」

「何だと?」


 自分たちの知らない所でユーキがロギュンから連絡を受けていたことを知ったカムネスは反応し、パーシュたちも連合軍がゾルノヴェラに突入していたと聞いて少し驚いた。

 ユーキの言葉を聞いたアトニイはベギアーデが倒されただけでなく、連合軍がゾルノヴェラに侵入したことを知って鬱陶しそうな顔をしながらユーキを見ていた。


「この状況で戦いを続けるのは得策ではないな。連合軍の突入を許してしまった以上、こちらも戦力を立て直す必要がある」


 ベーゼ側が不利な状況に立たされていると悟ったアトニイは足下に紫色の魔法陣を展開させて転移の準備を始める。


「……ッ! 待て、フェヴァイング!」


 アトニイが転移しようとしていることに気付いたユーキはアトニイに向かって走り、攻撃して転移を止めようとする。パーシュたちは一人でアトニイに突っ込むユーキを見ると目を見開いて驚きの反応を見せた。

 自分に向かって走って来るユーキを見たアトニイは小さく舌打ちをしながら左手をユーキに向け、手から紫色の光弾を放って攻撃する。

 光弾は走るユーキの足下に当たって爆発し、正面で起きた爆発にユーキは急停止した。


「ユーキ・ルナパレス、私は戦力を整えるために砦に行かせてもらう。私と戦う意志があるのならゾルノヴェラの中央にある砦まで来るのだな」


 アトニイはそう言い残すと転移してユーキたちの視界から消える。ユーキはアトニイを逃がしてしまったことを悔しく思いながらアトニイが立っていた場所を睨んだ。

 ユーキはアトニイがいなくなって周囲に危険が無いのを確認すると月下と月影を鞘に納めてパーシュたちの下へ走る。アイカも傷だらけのパーシュたちを心配して駆け寄った。


「パーシュ先輩、大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっとヤバかったけどね……」


 心配するアイカを見ながらパーシュは苦笑いを浮かべ、ヴォルカニックを杖にしながらゆっくりと立ち上がる。パーシュが立つ姿を見て大丈夫だと知ったアイカは静かに息を吐いて安心する。

 ユーキはフレードやミスチアに手を貸してその場に座らせ、彼らがポーションを持っていないのを確認すると自分のポーチからポーションの小瓶を取り出すとフレード、ミスチア、フィランに手渡す。

 アイカも余っている自分のポーションを取り出すとパーシュ、カムネス、ペーヌの三人に差し出した。

 ポーションを受け取ったパーシュたちは一気に小瓶の中を飲み干して傷を癒す。傷が癒えたことで痛みは引いたが疲労は消えていないため、パーシュたちは若干辛そうな顔をしながら立ち上がった。


「これで何とか動けるな」

「あまり無茶しない方がいいですわよ? 傷は治っても疲れが取れるわけじゃないんですから」

「んなこと分かってんだよ」


 ミスチアを見ながらフレードは面倒くさそうな声で返事をし、そんなフレードをミスチアは肩を竦めながら静かに息を吐く。


「それにしてロギュンがあたしらに連絡を入れていたなんて全然気づかなかったよ」

「恐らく、フェヴァイングとの戦いに集中しすぎてロギュンの声に誰も気付かなかったんだろう」

「……可能性はある」


 伝言の腕輪メッセージリングからロギュンの声が聞こえていたことに気付かなかったパーシュたちは難しい顔をする。

 実際アトニイとの戦いは激しく、パーシュたちは戦い以外のことを考える余裕は無かった。


「……ユーキ、アイカ、無事に戻ってくれて良かったわ」


 ペーヌはウォーハンマーを肩に掛けながらユーキとアイカに近づいて声を掛ける。二人が自分と同じ思いをせずに済んだことをペーヌは心の中で素直に喜んでいた。

 ユーキとアイカも自分たちを心配してくれていたペーヌを見ながら小さく笑う。だが、すぐに真剣な表情を浮かべてペーヌや自分たちに注目するパーシュたちを見た。


「皆さん、実はベギアーデとの戦いでとんでもない情報を手に入れました」

「とんでもない情報?」


 カムネスが尋ねるとユーキはベギアーデから聞かされた転移門のことをパーシュたちに伝える。次に転移門が開けば転移門は二度と閉じずに開き続け、ベーゼの世界から大量のベーゼがやって来ることなど、ユーキとアイカはベギアーデから聞かされた情報を全て話した。

 説明が終わるとユーキは無言でパーシュたちを見つめ、隣にいるアイカは若干不安そうな顔をしていた。

 パーシュ、フレード、ミスチアは僅かに表情を歪め、フィランは無表情で二人を見ている。カムネスとペーヌは危機的状況に立たされていると悟っているのか、厄介そうな顔をしていた。


「もしもそれがホントだったら、ちょっとヤベェんじゃねぇですの?」

「ちょっとじゃない。相当マズいよ。何しろとてつもない数のベーゼがこっちになだれ込んで来るわけだからね」

「で、でも、ベギアーデがこっちを精神的に追い込むためについた嘘かもしれないですわよ?」


 ベギアーデがユーキとアイカに伝えた情報がどうしても信じられないミスチアは複雑そうな顔をしながらパーシュを見る。するとユーキがミスチアの方を見ながら静かに口を開いた。


「いや、あの状況でアイツが嘘を言うとは思えない。……間違い無く、転移門が開けば二度と閉じなくなるだろう」


 ユーキがベギアーデの言葉を信じると語り、ミスチアはユーキを見ながら不安そうな表情を浮かべた。

 ミスチア自身もベギアーデが嘘をつくはずがないと薄々感じてはいた。だが、自分たちにとって非常に厄介な状況になってしまう可能性からハッタリであってほしいと思っていたため、口では嘘だろうと語っていたのだ。


「いずれにせよ、ベギアーデが死んだ今、転移門を開けるのはフェヴァイングだけ。フェヴァイング自身も言ってたけど、奴は都市の中央にある砦に向かったはずよ」

「理由は当然転移門を開くため、ですよね?」


 アイカの問いにペーヌは無言で頷く。アトニイも戦力を整えると言っていたため、それ以外は考えられなかった。


「……この状況で私たちがはやるべきことは一つだけ。フェヴァイングの後を追ってアイツが転移門を開くのを阻止することよ」


 やはりそれしかない、ユーキとアイカはそう思いながらペーヌを見つめる。

 ベギアーデを倒した今、ベーゼたちの指揮を執るのはベーゼ大帝であるフェヴァイングのみ。フェヴァイングが転移門を開くのを阻止し、その時に倒すことができればこの戦いに勝利できる。ユーキとアイカは必ずフェヴァイングを倒そうと心に誓う。

 ユーキとアイカは闘志を燃やす中、パーシュ、フレード、ミスチアは深刻そうな顔をしており、それに気付いたユーキとアイカは不思議そうな顔をしている。

 三人が暗くなっている理由を知っているペーヌは面倒くさそうな表情を浮かべた。


「ちょっと、これから決戦だって言うのになんて顔してんのよ?」

「そんなの当り前じゃねぇですの! アイツに勝つなんて無理ですわぁ……」

「ああ、今回ばかりは俺もチアーフルと同感だ」


 フレードが俯きながら語り、ペーヌは深く溜め息をつく。

 カムネスは無言でパーシュたちの会話を聞いており、フィランも無表情ではあるが僅かに不安そうな目をしている。カムネスとフィランも流石に今回は相手が悪いと感じているようだ。

 ユーキとアイカはパーシュたちが何の話をしているのか分からず、不思議そうにしながらパーシュたちを見ていた。


「あ、あの、どうされたのですか?」


 アイカが尋ねるとパーシュとミスチアはアイカの顔を見た後、何も言わずにそっと顔を背ける。

 パーシュとミスチアを見たペーヌはもう一度溜め息をついてからユーキとアイカの方を見た。


「私が話すわ。実はね……」


 ペーヌはパーシュたちが暗くなっている理由、すなわちアトニイとの戦いやアトニイの混沌術カオスペルの能力について説明する。ペーヌが説明している間、パーシュたちは何も喋らずにペーヌの話を聞いていた。


「……嘘、ですよね?」

「この状況で嘘言ってどうするのよ」


 驚愕するアイカを見ながらペーヌは若干不機嫌そうな声で答える。

 ペーヌの返事を聞いたアイカは真実だと知って固まり、ユーキも目を大きく見開きながらペーヌを見ていた。


「……攻撃や敵対行動を全て無力化する混沌術カオスペルなんて、どうやって攻略すればいいのですか?」

「それが分かってりゃ負けてねぇよ」


 フレードは少し不機嫌そうな口調でアイカの問いに答え、アイカはフレードや周りにいるパーシュたちを見ながら攻略する方法が無いと知って衝撃を受ける。


「奴の覇者スプレマシーは同族以外の攻撃や防御を無力化してしまう。しかも奴の混沌術カオスペルは長時間発動し続けることができる。つまりフェヴァイングは防御不能の攻撃力と絶対的な防御力を得たことになる」

「同族以外、つまり同じベーゼなら奴の覇者スプレマシーを突破することもできるだろうけど、全てのベーゼはアイツに忠誠を誓っている。あたしらの中に奴の覇者スプレマシーを突破できる存在はいないってわけさ」

「そんな……」


 カムネスとパーシュの説明を聞いたアイカは自分たちには何もできないと感じ、俯きながら弱々しい声を出す。

 普段強気なパーシュやフレードも今回ばかりはお手上げだと感じて暗くなっている。カムネスも勝てる可能性は低いと感じているのか何も言わなかった。


「しっかりしなさい、アンタたち!」


 暗くなっているアイカたちにペーヌが喝を入れるとアイカたちは顔を上げてペーヌの方を向いた。


「まだ何かアイツの混沌術カオスペルを突破する方法があるはずよ。最後の最後まで諦めるんじゃないの!」

「いや、流石に今回はどうすることもできねぇだろう。五聖英雄のアンタでも傷一つ負わせられなかったんだぞ?」


 フレードはアトニイの戦闘を思い出しながら傷を負わせることは不可能だとペーヌに話す。

 確かにペーヌも全力で攻撃したが一撃もアトニイに命中させることができず、一方的に攻撃を受けるだけだった。だがそれでもペーヌは決して諦めず、三十年前と同じように最後まで足掻こうと思っている。


「確かに私は一撃もアイツに入れられなかったわ。だけど、どんな混沌術カオスペルにも必ず弱点はあるわ。次にフェヴァイングと戦う時にそれを見つけることができれば……」

「弱点を探す必要は無いと思いますよ?」


 フレードたちを勇気づけようとするペーヌにユーキが突然声を掛け、全員が一斉にユーキに方を向いた。


「ユーキ、それってどういう意味なの?」


 アイカはユーキの言葉の意味が分からず、不思議に思いながら尋ねる。するとユーキは真剣な表情を浮かべながらアイカの方を見た。


「……見つけたんだよ。覇者スプレマシーの攻略法をな」

「えっ!?」


 ユーキの口から出た言葉にアイカは思わず声を出し、パーシュたちも大きく目を見開きながら驚きの反応を見せる。


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