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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百六十二話  天色の戦鬼


 どのようにして速い攻撃を放つか、ユーキはベギアーデを警戒しながら考える。するとベギアーデは不敵な笑みを浮かべながらロッドの先端をユーキに突きつけた。


「半端な力で戦っていても私には勝てんぞ? 私に一撃を喰らわせたいのなら混沌術カオスペルを最大まで利用するのだな」

「こっちはこれでも本気で戦ってるんだぞ?」

「ハハハハハッ! それがお前の本気なら大帝陛下の足元にも及ばんな」


 ユーキの底が見えたと感じたベギアーデは上機嫌になりながら杖を掲げ、ロッド全体に紫色のオーラを纏わせる。


「やはりお前は大帝陛下と剣を交えることなく私に改造される運命のようだ」

「何度も言わせるな、俺はアンタの研究材料になる気は無い。勿論、アイカもな!」


 拘束されているアイカは必ず自分を助けると強く語るユーキを見て小さく笑みを浮かべる。ユーキなら絶対に自分を助け、ベーゼ大帝を倒してくれるとアイカは確信していた。


「わめいたところで状況は変わらん。お前は私に無様に敗れ、そこの小娘と共に素材となるのだ!」


 ベギアーデはオーラを纏ったロッドの石突部分をユーキに向ける。

 ユーキは杖を自分に向けて来たベギアーデを見ると攻撃してくると確信して素早く身構えた。


破砕の魔杖ブレッヒェン・シュタープ!」


 笑うベギアーデはユーキに向けてロッドを投げつけた。

 ロッドは勢いよくユーキに向かって飛んで行き、ユーキは真正面から迫って来るロッドを左へ跳んで回避した。

 かわされたロッドはユーキの後ろにある壁に当たり、轟音を立てながら壁を粉砕して周囲に破片を飛び散らせる。

 ユーキはぶつかっただけで壁を破壊するロッドを見て僅かに表情を歪ませ、絶対にロッドに当たってはいけないと警戒を強くした。

 壁を粉砕したロッドは霧を掻き消したように消え、ベギアーデの右手に戻った。

 ユーキはロッドがベギアーデの下に戻ったのを見て追撃されることを警戒し、攻撃される前に反撃しようと素早く双月の構えを取り、ベギアーデに向かって走る。

 強化ブーストで脚力を強化し、走る速度を上げたユーキは素早くベギアーデの目の前まで近づき、ベギアーデが間合いに入った瞬間に月影で袈裟切りを放つ。

 ベギアーデは慌てることなくロッドで月影を防いだ。

 ユーキは攻撃を防がれても驚いたりせず、月影を止められた直後に月下でもう一度袈裟切りを放つ。

 しかし、ベギアーデは月下の攻撃もロッドを器用に扱って防いでしまった。


「言ったはずだ、半端な攻撃をしている内は私に勝てんとな」


 ベギアーデは月下を止めたまま転移してユーキの目の前から消え、ユーキの数m後ろに現れる。

 ユーキは背後の気配と殺気を感じ取ると素早く振り返り、強化ブーストで右腕の腕力と肩の力を強化して月下を振り上げた。


「ルナパレス新陰流、湾月わんげつ!」


 月下が振り下ろされ、刀身から月白色の斬撃がベギアーデに向けて放たれる。

 戦いを見守っていたアイカは切り札を出したユーキを見て今度こそ傷を負わせられると感じていた。だがベギアーデは斬撃を見ても驚いたりせず、寧ろ興味のありそうな表情を浮かべていた。


「魔導士でもない虫けらが斬撃を放つとは、本当に面白い小僧だ。益々素材として欲しくなったぞ」


 笑うベギアーデはロッドの先端の赤い水晶に紫色の電気を纏わせると先端を向かって来る斬撃に向けて地獄の雷鳴ヘレ・ブリッツシュラーク)を放つ。

 電撃は斬撃とぶつかると雷が落ちたような大きな音を立てながら強い光を放って斬撃を相殺した。


「何っ!?」

「湾月が、防がれた?」


 目の前の出来事に斬撃を放ったユーキだけでなく、見守っていたアイカも驚きの反応を見せる。

 中位ベーゼを一撃で倒すほどの威力を持つ湾月ならベギアーデを倒すことはできなくても傷を負わせることぐらいはできるかもしれないとユーキは思っていたため、簡単に防がれたことに衝撃を受けていた。

 光が治まって部屋の明るさが戻るとベギアーデは転移してユーキの左側面に移動した。

 驚いてベギアーデを意識から外していたユーキは突然真横に転移したベギアーデに気付くと大きく目を見開く。


「隙だらけだぞ、小僧?」


 ベギアーデはロッドを振り上げて先端に斧状の光の刃を作るとユーキに向けて振り下ろす。

 ユーキは咄嗟にベギアーデがいる方角と逆の方へ跳んで攻撃をかわそうとするが反応が遅れてしまい、刃で僅かに体を斬られてしまった。


「ううぅっ!」


 傷口から出血して表情を歪ませるユーキはベギアーデから距離を取り、痛みに耐えながら月影を握る左手をベギアーデに向けて伸ばした。


闇の射撃ダークショット!」


 ユーキは左手から紫色の闇の弾丸を放ってベギアーデに反撃する。

 闇の射撃ダークショットは湾月よりも威力は劣るが攻撃速度は上なので、ユーキは態勢を直される前に反撃しようと魔法で攻撃したのだ。

 闇の弾丸は真っすぐベギアーデの頭部に向かって飛んで行き、ベギアーデは小さく鼻で笑いながらロッドで飛んできた闇の弾丸を叩き落した。

 魔法が防がれたのを見たユーキはやはり下級魔法ではベギアーデに傷を負わせることすらできないと感じ、警戒しながら後ろに下がる。そして一定の距離を取ると強化ブーストで自身の治癒力を強化して切傷を塞いだ。

 傷が塞がり、痛みが引くとユーキはベギアーデを見つめながら月下と月影を構え直す。ベギアーデは劣勢のユーキを見ながら楽しそうに笑みを浮かべた。


「無様だな。これでは私に傷一つ負わせることもできずに犬死することになりそうだな?」

「フン、勝手に決めるな。俺はまだ諦めてねぇし、勝負は始まったばかりだ」

「フッ、口だけは一人前だな。その余裕がどこまで続くか見せてもらおう。……と、言いたいところだが、大帝陛下からはあまり時間を掛けるなと言われているのでな。そろそろ終わりにさせてもらおう」


 ベギアーデはロッドは右から横に振り、目の前に三つの紫色の火球を作り出す。

 ユーキは火球が作られたのを見てベギアーデが死の業火トート・ヘレンフォイアーを撃ってくると知って警戒する。


「お前を殺した後はそこの小娘も始末し、大帝陛下の下へ行かせてもらう。お前たちをベーゼに改造するために必要なのは体だけだ。生きていようが死んでいようがどちらでも問題無い」

「だから言ってるだろう、俺もアイカもお前の研究材料になる気はねぇって!」

「お前たちの都合など私には関係ない。私の、いや、大帝陛下のために蝕ベーゼの素材となる。それがお前たちの運命だ」


 力の入った声を出しながらベギアーデはロッドを前に突き出し、作り出した三つの火球をユーキに向けて放つ。

 ユーキは素早く右へ跳んで火球の正面から移動する。三つの火球はユーキが立っていた場所に当たると爆発し、爆風は近くにいたユーキまで届いて髪や制服を揺らした。

 火球を避けた直後、ユーキは反撃するためにベギアーデに向かって走り出した。

 だがベギアーデはユーキが距離を詰めるよりも早く体を浮かせながら移動し、走るユーキの右側、4mほど離れた所まで移動してロッドに紫色のオーラを纏わせ、石突部分をユーキに向けながら投擲の体勢を取る。


「くたばれぇっ!」


 破砕の魔杖ブレッヒェン・シュタープを使ったベギアーデはロッドをユーキに向かって投げつける。

 ロッドを見たユーキは強化ブーストで両腕の腕力を強化し、月下と月影を交差させて飛んできたロッドを防ぐ。だが飛んできたロッドの力を強く、腕力を強化したにもかかわらず強い衝撃がユーキを襲った。

 ユーキは両腕両足に力を入れて踏ん張るが予想以上の力に耐え切れず、大きく後ろに飛ばされながら背中を床に擦り付ける。

 しばらくするとユーキは仰向けの状態のまま止まった。背中の痛みと両腕の痺れに耐えながらユーキは起き上がろうとする。

 だが倒れているユーキにベギアーデが近づき、正面から倒れているユーキに悪魔の戦斧トイフェル・アクストを発動したロッド振り下ろしてきた。

 ユーキは咄嗟に左へ転がって斧状の光の刃をかわし、素早く立ち上がってベギアーデの右側から月影を横に振って反撃する。

 しかし、ベギアーデは再び転移してユーキの反撃を回避し、ユーキの左側数m離れた場所に現れるとロッドの水晶に紫色の電気を纏わせた。


地獄の雷鳴ヘレ・ブリッツシュラーク)!」


 ベギアーデがロッドをユーキに向けて電撃を放った。

 強い光を放ちながら迫って来る電撃を見たユーキは回避しようとするが間に合わず、電撃の直撃を受けてしまった。


「うああああああぁっ!」

「ユーキィ!」


 全身に走る痛みと痺れにユーキは声を上げ、ユーキの姿を見たアイカは思わず声を上げる。

 電撃が治まるとユーキは体から薄い煙を上げながらその場で両膝を付く。だが意識は失っておらず、倒れそうになった瞬間に月下を杖代わりにした。

 ユーキは気絶しないよう意識を保ち、遠くにいるベギアーデを睨みながら傷を癒すために強化ブーストで自分の治癒力を強化する。この時、ユーキは治癒力だけでなく、全身の痛みに耐えられるよう精神力も強化ブーストで強化していた。

 治癒力を強化したことで電撃による傷は急速に回復していた。だがそれでもまだ痛みや痺れは完全に消えておらず、ユーキは苦痛に耐えながら立ち上がる。

 ユーキの痛々しい姿を見たアイカは心を痛め、僅かに瞳を潤わせていた。


「フッ、地獄の雷鳴ヘレ・ブリッツシュラーク)の直撃を受けて立ち上がることができるとはな。半分ベーゼ化しているだけのことはあると言うわけか」

「……」


 笑いながら感心するベギアーデをユーキは無言で見つめる。黙っているのは決してダメージが大きくて喋れなくなっているわけではなく、ベギアーデのある言葉を聞いてユーキの心が僅かに動いたからだ。


「まぁ、我々と同じ力を持っていても所詮は虫けら。本物のベーゼである私と戦って勝つことなどできないというわけだ」

「……そうだな。今の俺じゃあ勝つのは無理みたいだな」


 ユーキはゆっくりと立ち上がると月下と月影を下ろしながらベギアーデを見つめる。強化ブーストで強化された治癒力のおかげでダメージは回復し、既に傷みと痺れも感じなくなっていた。

 ベギアーデはユーキの言葉を聞いて観念したかと思いながらユーキを見つめる。

 捕まっているアイカもユーキの発言を聞いて驚いたような顔をしながらユーキを見ていた。


「今の俺の力量じゃあ無理だってことがようやく分かったよ。……ここまで追い詰めらてようやく理解できたなんて、やっぱ俺はまだ未熟者ってわけだ」


 自分の弱さと愚かさに呆れるユーキは小さく俯きながら溜め息をついた。


「本来ならアイカを助けるために最初から全ての力を使って戦うべきなのに、お前を“人間”として倒したいって言うこだわりを優先させちまった。ホントに情けない男だよ」

「フン、さっきから何を訳の分からないことを……」


 独り言を口にするユーキをベギアーデは興味の無さそうな顔で見ている。

 ベギアーデが見ている中、ユーキは顔を上げて何かが吹っ切れたような表情でベギアーデを見つめる。


「プライドやこだわりを優先するのはもうやめだ。ここから俺はこの世界、そして大切な人のためにプライドとこだわりを捨てて戦う!」


 ユーキは力の入った声で何かを決心すると月下と月影を握りながら両手を横に伸ばして目を閉じる。

 その直後、ユーキの両手は指先からあま色に変色し始め、ゆっくりと手全体を天色に変えていく。手だけでなく、制服で隠れている腕や足、胴体も変色していき、やがて顔も天色となった。

 皮膚が変色すると同時にユーキの髪も肩の辺りまで伸びて銀髪は青藤あおふじ色に変わり、額からは上に向かって反る二本の紺碧こんぺき色の角が生える。最後に頬や手の甲など体の制服で隠れていない部分に紺碧色の模様が浮かび上がった。

 体の変化が終わるとユーキはゆっくりと目を開けてベギアーデを見つめる。ベギアーデは姿を変えたユーキを見て軽く目を見開いており、アイカもユーキを見ながら驚いたような顔をしていた。


(ユーキがベーゼ化した……)


 アイカはリスティーヒと戦った時の自分と同じようにベーゼの力を完全に開放したユーキを見て彼が本当の意味で全力で戦おうとしていることを知った。

 ユーキがベーゼの力を解放したことから、アイカはベギアーデはユーキが全ての力を使わないと勝てないほどの存在だと改めて理解し、微量の汗を流しながら戦いを見守る。

 ベギアーデはユーキを見て完全なベーゼになり、今まで以上の力を出すことができるようになったと知る。だが不思議なことにベギアーデは驚きや動揺などは見せず、ユーキを見ながら不敵な笑みを浮かべてた。


「ハハハハハッ! それがベーゼの力を解放したお前の姿というわけか。……素晴らしい! 虫けら如きが我らと同じ力を得て理性と自我を保っているとは。やはりお前は最高の実験材料になるぞ!」

「……この状況で戦況よりも自分の研究のことを考えるなんて、アンタ筋金入りのマッドサイエンティストだな」


 ユーキは研究に対する異常な執着心を抱くベギアーデを見て呆れ顔で呟く。だがすぐに真剣な表情を浮かべ、月下と月影を構え直して興奮するベギアーデを見つめた。


「お前が完全にベーゼ化することが可能と言うのなら、そこの小娘も同じようにベーゼ化できると言うことになるな」


 アイカは自分を見ながら気分良く語るベギアーデを鋭くした目で睨みつける。

 ベギアーデはアイカの睨みつけなど何とも思っていないのか、アイカを無視してユーキの方を向いた。


「お前たちの体を使えば私がこれまで作り出したどの蝕ベーゼよりも強く、素晴らしい蝕ベーゼを作り出すことができる。お前たちの体、何がなんでも手に入れてやるぞ」

「悪いけどそれは叶わない願いだ。お前は俺が此処で倒すんだからな!」


 勝利を宣言するように叫ぶユーキは両足を曲げ、強く床を蹴ってベギアーデに向かって跳ぶ。

 完全にベーゼ化したことで身体能力が大幅に向上したユーキは一瞬で間合いを詰め、ベギアーデの目の前まで近づいた。


「何っ!」


 予想以上に跳躍力が増したユーキにベギアーデは初めて驚くの反応を見せる。そんなベギアーデにユーキは月下で袈裟切りを放って攻撃した。

 ベギアーデは咄嗟に転移してその場から消え、ユーキの攻撃をギリギリで回避する。

 攻撃をかわされたユーキは身構え、視線だけを動かしてベギアーデを探す。その間ユーキは強化ブーストで聴覚を強化し、転移したベギアーデが何処に現れても音を聞いて居場所が分かるようにした。

 ユーキがベギアーデを探しているとユーキの後方4mほど離れた場所にベギアーデが現れる。

 物音を聞いたユーキは後ろを向いてベギアーデの姿を確認する。だがその直後にベギアーデは電気を纏ったロッドの先端をユーキの背中に向けて電撃を放った。

 電撃を見たユーキは右へ跳んで背後からの電撃を難なくかわす。ユーキは電撃を回避すると同時に体を右に回して向きを変え、ベギアーデの方を向くと強化ブーストで右腕の腕力を強化しながら月下を振り上げた。


「湾月!」


 月下を振り下ろすと刀身から斬撃がベギアーデに向かって放たれる。完全にベーゼ化したことでユーキの身体能力は向上し、強化ブーストで腕力や肩の力を強化しなくても湾月を放てるようになった。

 ただ、放った斬撃の速度を上げるにはより腕力が強くないといけないため、斬撃の速度を上げるためにユーキは右腕の腕力を僅かに強化していたのだ。

 ベギアーデは先程よりも速い斬撃を見て鬱陶しそうな反応をし、ロッドに紫色のオーラを纏わせると斬撃に向かってロッドを投げた。

 ロッドと斬撃はユーキとベギアーデの中央付近でぶつかって金属音のような音を響かせる。ぶつかったことで斬撃とロッドは軌道を変え、斬撃は天井に、ロッドは床に命中した。

 斬撃を防いだベギアーデは投げたロッドを消し、自分の手元に戻すと右手で握ってユーキに反撃しようとする。

 しかしベギアーデがユーキの方を向いた時、遠くにいたユーキはベギアーデの右斜め前まで距離を詰めていた。


「反撃の隙は与えないぞ!」


 ユーキはベギアーデを睨みながら月下で袈裟切りを放ち、ベギアーデはロッドで月下を防いだ。だがユーキの一撃は今までと違って重く、ベギアーデの重い攻撃に思わず目を見開く。

 完全にベーゼ化したことでユーキの腕力は姿を変える前とは比べ物にならないほど向上している。その状態で強化ブーストを発動させて腕力を強化しているため、ユーキの一撃は上位ベーゼでも防ぐのが難しいくらい重かった。

 ベギアーデは予想外の攻撃を繰り出すユーキが気に入らないのか鋭い目で睨みつけながら右腕に力を入れて月下を何とか押し返す。そしてすぐにロッドの先端に紫色の斧状の刃を作り出し、右斜め上からユーキに向かってロッドを振る。

 迫って来るロッドの刃を見たユーキは咄嗟に月下と月影で刃を止めた。


「力が増したからと言って調子に乗るなよ? お前のような小童では例えベーゼの力を使っても私には勝てん」

「その小童に押されてる今のお前は何なんだ! ガキだからって舐めるなよ!」


 ユーキは月下と月影でロッドを押し上げてベギアーデの体勢を崩すと素早く月下で逆袈裟切りを放ってベギアーデの胴体を斬った。


「ぐおおぉっ!? ……おのれぇ、虫けら如きが私に傷をつけるとは!」


 ベギアーデはユーキを睨みながら後ろに下がって距離を取る。怯んだりせずに後退したことからユーキに付けられた傷は浅いようだ。

 ユーキは決定的なダメージを与えられなかったことを悔しく思いながらもベギアーデを追撃しようとする。

 距離を取ったベギアーデはユーキが追撃するよりも先にロッドを横に振って三つの火球を作り出した。


「消し飛べ! 死の業火トート・ヘレンフォイアー!」


 三つの火球は勢いよくユーキに向かって放たれ、迫って来る火球を見たユーキは火球に向かって走り出した。

 ユーキは速度を落とすことなく火球に向かって走り、火球との距離が1mほどになった瞬間に前に向かって跳んだ。この時、ユーキは体を横に捻じりながら跳んでおり、火球に背を向けながらその上を通過した。

 火球はユーキに当たることなく彼の真下を通過してそのまま飛んで行った先にある壁に命中して爆発した。

 回避に成功したユーキは足が地面に付いた瞬間に全速力で走ってベギアーデとの距離を詰め、間合いに入ると月下を振り下ろす。

 しかしベギアーデは転移してユーキの攻撃をかわし、ユーキの数m左に現れた。

 ベギアーデはロッドに紫色のオーラを纏わせるとユーキに向けてロッドを投げつけた。

 迫って来るロッドを見たユーキは強化ブーストで左腕の腕力を強化し、月影で飛んできたロッドを払い上げた。

 ロッドは空中で回転しながら床に落ち、ベギアーデは破砕の魔杖ブレッヒェン・シュタープを片手で防いだユーキに意外そうな反応を見せる。


破砕の魔杖ブレッヒェン・シュタープを刀一本で防ぐとは……どうやら私が思っている以上にお前の力は増しているようだな」


 不敵な笑みを浮かべながら喋るベギアーデは払い飛ばされてロッドを自分の下に戻すと右手で握った。


「敵が予想以上に強くなったのに随分余裕じゃないか。まだ何か切り札でも隠してるのか?」

「いいや。そんなものなど無くてもお前に勝つことができるから余裕を見せているのだ」

「……アンタはマッドサイエンティストであると同時に戦闘狂だったようだな」


 ユーキはベギアーデの異常な性格に気分を悪くしながら月下と月影を構え直してベギアーデに向かって走った。

 ベギアーデは笑いながらロッドをユーキに向けて電撃を放ち応戦する。ユーキは素早く右へ跳んで電撃を回避し、再びベギアーデに向かって走ると月下を横に構えた。


「ルナパレス新陰流、繊月せんげつ!」


 床を強く蹴ったユーキは一気にベギアーデとの間合いを詰め、ベギアーデの右側を通過する瞬間に月下で斬りかかる。

 ユーキの動きを見切れなかったベギアーデは月下で右脇腹を斬られ、斬られたベギアーデは僅かに怯んだ。


「やってくれるな小僧、私をここまで追い詰めた虫けらはお前が初めてだ」

「そりゃあ、光栄だね」

「……だが、それもここまでだ。次の一撃でケリをつけてやろう!」


 ベギアーデは転移してユーキから距離を取り、ロッドの先端に電気を纏わせて地獄の雷鳴ヘレ・ブリッツシュラーク)を放つ準備に入る。

 ユーキはベギアーデが電撃を放ってくることを知ると放たれる前に決着をつけようと考え、ベギアーデを睨みながら双月の構えを取り、ベギアーデに向かって走り出した。

 向かって来るユーキを見ながら笑うベギアーデはロッドをユーキに向けて電撃を放った。今までの地獄の雷鳴ヘレ・ブリッツシュラーク)と違って電撃は速く、速度が違うことに気付いたユーキは目を見開く。

 しかしユーキは慌てずに強化ブーストで脚力と動体視力を強化し、電撃を受ける瞬間に跳び上がって電撃を回避した。

 電撃をかわしたユーキは双月の構えを取ったままベギアーデを目の前に着地し、脚力と動体視力を強化していた強化ブーストの能力を両腕の強化に回した。


「これで終わりだ! ……朏魄ひはく!」


 ユーキは月下と月影で同時に袈裟切りを放ち、続けて二本を左から横切りを放ってベギアーデの胴体を二度斬った。


「ぬおおおおぉっ!!」


 斬られたベギアーデは声を上げながら後ろによろめき、そのまま仰向けに倒れた。

 戦いを見守っていたアイカはユーキがベギアーデに渾身の一撃を入れた光景を見て「やった」と笑みを浮かべた。

 倒れたベギアーデを見下ろすユーキは不意打ちを警戒をする。だがベギアーデはユーキの攻撃で致命傷を負ったため、不意打ちを仕掛けることはできなかった。


「い、痛いじゃないか……こんなに切り刻んで……」

「ベーゼ化した状態の朏魄を受けてまだ生きてるのかよ。流石は最上位ベーゼだな」


 ユーキはベギアーデの生命力を目にして呆れた顔をしながら呟く。ベギアーデの状態からもう襲ってくることは無いと直感したユーキは月下と月影を下ろした。

 ベギアーデは上半身を起こすとユーキを見ながら不敵に笑う。もうすぐ死ぬと言うのに笑っているベギアーデを見たユーキは不気味に感じて一瞬寒気を走らせる。


「私を倒したことは褒めてやろう……だが、お前たち虫けらに勝利は無いぞ……」

「何だと?」

「我々ベーゼの世界とこの世界を繋ぐ転移門は……次に魔力を送り込めば開き続ける……そして、転移門を開くだけの魔力は、大帝陛下もお持ちだ!」


 ベギアーデだけでなくベーゼ大帝であるフェヴァイングも転移門を開くことが可能だと聞かされたユーキは目を見開き、アイカもベギアーデを倒しても転移門が開かれる可能性があると知って驚いた。


「例え此処で私が死んでも……大帝陛下が転移門をお開けになれば……この世界はベーゼの物になる!」

「なら、フェヴァイングを倒して転移門が開けられないようにすればいいだけのことだ」

「フフフフ、お前では大帝陛下は倒せん……いや、あのお方に勝てる者など、この世にはいない……」


 自分の主の勝利を確信するベギアーデは笑いながらユーキを挑発する。


「私はあの世で見物させてもらうぞ……お前たち虫けらが、ベーゼの世界で無様に生き地獄を味わう姿をなぁ……!」


 ベギアーデはユーキを指差し、人々はベーゼに支配される運命であると口にする。その直後、ベギアーデは満足げな笑みを浮かべながら倒れ、そのまま息絶えた。

 ユーキは動かなくなったベギアーデを無言で見つめる。ユーキが見つめる中、ベギアーデの体は黒い靄となり、ベギアーデが使っていたロッドも紫色の炎となって消滅した。

 ベギアーデの体が完全に消滅するとベギアーデが倒れていた場所にはアイカの固定している台を操作するリモコン型の装置が落ちており、ユーキは月下と月影を鞘に納めて装置を拾う。それと同時にユーキのベーゼ化も解け、ユーキは元の姿に戻った。

 ユーキはアイカの方を向いてからリモコン型の装置に目をやり、赤と紫のスイッチを見る。

 操作方法は分からないがベギアーデが使っていた時のことを思い出すユーキは赤いスイッチを押す。すると壁に固定されていた台が動き出し、戦いが始まる前と同じように横になって止まった。

 突然動き出した台にアイカは少し驚いたような顔をする。

 台が横になったのを確認したユーキは次に紫色のスイッチを押す。押した直後、アイカの腹部、手足を固定していた拘束具が外れてアイカは台から解放された。


「アイカ!」


 ユーキはアイカが解放されると彼女に駆け寄った。

 アイカは安心と喜びの笑みを浮かべながら起き上がってユーキを見つめる。


「大丈夫か?」

「ええ、平気よ」


 固定されていた手首を擦りながらアイカは台から下りた。ユーキはアイカの姿を見てベギアーデに何もされていないことを確かめると安心する。


「ごめんなさい。私が捕まったせいでこんなにボロボロに……」


 ユーキの姿を見ながらアイカは申し訳なさそうな顔をする。そんなアイカを見たユーキは小さく笑いながら首を横に振った。


「君のせいじゃない。悪いのは卑怯な手を使ったフェヴァイングとベギアーデだ。謝る必要なんて無いよ」

「だけど……」


 納得できないアイカは詫びの言葉を口にしようとする。するとユーキはアイカの顔の前に手を出して彼女の発言を止めた。


「アイカ、俺は君が捕まったことを迷惑だなんて思ってない。戦場では予想外の事が起きたり、自分や仲間が窮地に立たされることも珍しいことじゃないんだ」

「ユーキ……」

「俺にとって一番重要なのはここまでの経緯じゃない。君が無事だったという結果だ」

「……ありがとう」


 自分を責めたりせずに優しく語り掛けるユーキを見ながらアイカは礼を言う。

 目の前にいる少年は本当に心の底から自分を大切に思ってくれている。アイカはこれまで以上にユーキに対する想いを強くするのだった。

 ユーキは腰に差していたプラジュとスピキュを抜いてアイカに差し出し、アイカは二本の愛剣を受け取るともう絶対に手放さないと心の中で思いながら強く握った。


「よし、急いでパーシュ先輩たちの所へ戻ろう。先輩たちはきっと駐留所の広場でフェヴァイングと戦ってるはずだ」

「そうね、早く戻って加勢しないと!」


 ユーキとアイカはパーシュたちの下へ向かうために部屋を飛び出した。

 第二の目的地である魔導研究施設に来ているのだから情報を集めてから戻った方がいいと思われるが、パーシュたちが相手をしているのはベーゼ大帝であるため、苦戦を強いられている可能性がある。

 二人は情報収集よりもパーシュたちの安否の方が重要だと考えており、一秒でも早く合流して共に戦いたいと思っていた。

 パーシュたちの無事を祈りながらユーキとアイカは廊下を走り、魔導研究施設の出入口を目指した。


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