第二百六十一話 ユーキvsベギアーデ
パーシュたちと別れたユーキは魔導研究施設へ向かうために街道を全速力で走っている。
広場を出てから今いる街道に来るまでに何度もベーゼたちと遭遇したが、ユーキは全てのベーゼを倒してここまでやって来た。
作戦前に強化で記憶力を強化しながらゾルノヴェラの地図を見ていたユーキは魔導研究施設の位置と施設に行くための道を覚えていた。そのため、道を間違えたり、迷ったりすることなく最短距離を選んで移動することができたのだ。
「アイカ、頼むから無事でいてくれ……」
ユーキは走りながら自分の腰に目をやり、腰の右側には差してあるプラジュとスピキュを見た。
ベギアーデに連れ去られる時にアイカはプラジュとスピキュを落としてしまったため、もし自分が行く前にベギアーデに襲われてしまうとアイカは丸腰の状態で戦うことになる。ユーキは自分が行くまでアイカが何もされないことを祈りながら走り続けた。
街道で出口付近までやって来たユーキは目を僅かに鋭くする。今いる街道を抜ければ魔導研究施設がある広場に出られるため、更に走る速度を上げた。
ユーキが出口の10mほど前まで近づいた時、出口の前に三体のフェグッターが現れた。
フェグッターたちは横に並び、ユーキを見つめながら八相の構えを取って大剣の剣身を紫色に光らせる。そして一斉に大剣を振り下ろして剣身から紫の斬撃をユーキに向かって放った。
正面から飛んでくる三つの斬撃を見たユーキは鬱陶しそうな顔で舌打ちをする。アイカを助けるために急がないといけないのに邪魔をしてくるベーゼたちを見てユーキはストレスを感じていた。
「邪魔だーーっ!」
ユーキは声を上げながら跳び上がって斬撃をかわす。強化で脚力を強化していたユーキは数mの高さまで上がり、そのままフェグッターたちの背後に着地する。
着地した直後、ユーキは後ろにいるフェグッターたちを無視して街道を飛び出し、魔導研究施設のある広場に入った。
広場は軍の駐屯所があった場所と同じくらいの広さで見通しは良いがあちこちボロボロのなっている。
ユーキがいる場所から北に数十m離れた所には柵に囲まれた大きめの建物があった。それこそが目的地であるゾルノヴェラの魔導研究施設だ。
魔導研究施設を見たユーキは月下と月影を強く握る。魔導研究施設の入口前には十体のインファがおり、ユーキの方を見ながら鳴き声を上げて威嚇してきた。その姿はユーキを魔導研究施設に入れさせないようにしているようだ。
「何だよ、急いで来いって言っておきながらベーゼたちに邪魔させるなんて……ベギアーデの奴、何を考えてるんだ」
自分の妨害をしようとしているベギアーデの考えが分からないユーキは小さな苛立ちを感じる。だが、苛つけば戦闘に支障が出てしまうと考えたユーキは深く深呼吸をして平常心を取り戻す。
気持ちが落ち着くとユーキは遠くにいるインファたちを見ながら月下と月影を構え、魔導研究施設に向かって走り出した。
ユーキが走り出すとインファたちも一斉にユーキに向かって行く。
予想どおりインファの役目が自分の邪魔をすることが目的だと知ったユーキは問題無く施設に入るため、その後に問題無くアイカを探すためにもインファたちは全て倒しておいた方がいいと考える。
インファたちとの距離は徐々に縮まっていき、ユーキは走りながらインファたちを睨む。そして一番前にいるインファが間合いに入ると月下で袈裟切りを放ってインファを斬り、続けて月影を左から横に振って別のインファを斬った。
斬られたインファたちは鳴き声を上げながら倒れて消滅し、仲間が倒されたのを見た他のインファたちは一斉に持っている剣でユーキに襲い掛かろうとする。
ユーキは六体のインファに囲まれており、回避行動を取るのが難しい状態だった。しかしユーキは慌てることなく、月下と月影を右に傾けて横に構える。
「ルナパレス新陰流、満月!」
月下と月影を横に傾けたままユーキは勢いよく左に一回転する。回転したことで月下と月影は取り囲んでいるインファたちの胴体を斬り、斬られたインファたちは全て崩れるように倒れて黒い靄と化した。
八体のインファを倒したユーキは残っている二体のインファの方を向く。二体のインファは槍を持っており、自分たちを睨むユーキに向けて槍を同時に突き出して攻撃した。
ユーキはインファたちを見ながら素早く月下と月影で二本の槍を払い上げる。インファたちが態勢を崩すとユーキは月下と月影を構え直して前に踏み込み、インファたちの懐に入り込んだ。
「ルナパレス新陰流、眉月!」
月下と月影を同時に外側に向かって振り、インファたちの胴体を斬った後、続けて二本を内側に向かって振る。
素早く二度斬られたインファたちはその場に倒れ、他のインファたちと同じように消滅した。
全てのインファを倒したユーキは周囲を見回して他にベーゼがいないのを確認すると魔導研究施設に向かい、入口の二枚扉を勢いよく蹴破った。
中に入ると至る所がボロボロになっているエントランスのような広間が目に入り、ユーキは双月の構えを取って周囲を警戒する。幸いベーゼの気配は無く、ユーキは警戒を続けながら構えを解いた。
「此処が研究施設……此処の何処かにアイカとベギアーデがいるんだな」
アイカが実験材料にされる前に見つけなければならない、そう考えるユーキは広間の中央に移動すると強化で自身の聴覚を強化する。
魔導研究施設にいるはずのアイカを見つけるために聴覚を強化し、声や物音を聞き取って居場所を特定しようとユーキは考えた。
聴覚が強化された今のユーキなら遠くでする小さな音も聞き取ることが可能になっていた。ユーキは月下と月影を下ろしたまま目を閉じて音を聞き取ることに意識を集中させる。すると目を閉じてから五秒ほど経過した頃、遠くから少女の小さな声が聞こえてきた。
「……ッ! アイカ!?」
声を聞いたユーキは目を開けながら名前を口にする。聞き取った声は間違い無くアイカの声だと考えるユーキは声が聞こえた方を向いた。
ユーキの視線の先、広間の十時の方角には細長い通路の入口があり、それは魔導研究施設の奥へ続いている。
「アイカはあの先か……」
アイカが近くにいると分かったユーキは迷うことなく視線の先に通路に向かって走り出す。
敵が潜んでおり、魔導研究施設がどのような構造になっているのか分からない状態で迷わずに先へ進むのは危険な行動だと思われるが、時間が無い現状ではユーキに考える余裕は無い。何よりもユーキは声が聞こえた方にアイカがいると信じていた。
静かな通路を走りながらユーキは魔導研究施設の奥へ進んでいく。走っている間も強化で聴覚を強化し続けており、走りながらアイカの声を聞き取ろうとしていた。
しばらく通路を走って施設の奥へやって来たユーキは先程とは違う広間に辿り着く。そこは無数の本棚が置かれてあり、その内に幾つかは倒れて本が散らばっている。広間にある本の殆どは魔法関係の書物で殆どが破れたり、埃を被ったりしていた。
広場の様子を見たユーキは魔導研究施設なのだから魔導書などがあっても不思議は無いと考え、同時に本の状態を見て長い間、誰も手に取ったりしなかったのだと直感する。
「ベーゼ大戦の後は帝国軍も都市の見回りとかをしてたみたいだけど、施設の中に入って掃除とかをしようとは思わなかったんだろうなぁ……」
重要な施設として使われなくなっただけでなく、ベーゼの棲み処と化してしまった魔導研究施設に対してユーキは寂しさのようなものを感じて僅かに表情を曇らせる。
今回の決戦でベーゼたちを倒し、ゾルノヴェラがもう一度ガルゼム帝国の都市として利用されることになったら今いる施設も昔のように魔法を研究するために使われればいいとユーキは心の中で思った。
決戦が終わった時のことを考えているとユーキの耳に再び少女の小さな声が聞こえ、ユーキは顔を上げて左を向く。
ユーキの視線の先には丈夫そうな木製の二枚扉があり、その扉からは禍々しい気配が感じられる。
「何だかスゲェ嫌な感じがする。さっきの声もあの扉の向こうから聞こえたし……」
少女の声と気分を悪くする気配、これらのことからユーキは一つの確信を抱き、表情を鋭くして扉へ走っていく。
走りながら月下と月影を構え、扉の前まで来るとユーキは扉を切って破壊し、部屋の中に飛び込んだ。
そこは縦横7mほどの広さの薄汚れた部屋で部屋の端には濁った液体の入った瓶や書物などが置かれた棚が幾つもあり、床には乾いた黒い液体があちこちに付着した不気味な雰囲気を漂わせている。そして部屋の奥には手術台のような台が設置され、その上では両腕を上に伸ばされた状態で仰向けになり、手首足首、腹部に金属製の拘束具を付けられたアイカの姿があった。
「アイカ!」
「ユ、ユーキ!」
身動きが取れないアイカは首を上げて部屋に飛び込んできたユーキを見る。
ベギアーデに連れ去られた後、アイカは手術台の上に固定された状態で目を覚まし、何とか脱出しようとしたのだが拘束が解けず逃げることができずにいた。
逃げ出す方法が思い浮かばずに不安を感じながら悩んでいた時、ユーキが助けにやってきたため、アイカは安心と喜びを感じた。
ユーキはアイカを助けようと手術台に駆け寄ろうとする。だがその時、ユーキとアイカの間にベギアーデが転移してユーキの行く手を阻んだ。
突然現れたベギアーデにユーキとアイカは緊迫した表情を浮かべ、ユーキは急停止して月下と月影を構えた。
「随分と遅かったな? あまりにも遅いものだから解剖を始めようと思っていたところだぞ」
「はっ、よく言うぜ。此処に来るまでの間、何度もベーゼたちの妨害を受けたんだぞ。あれってお前の差し金なんじゃないのか?」
「さてなぁ、私にはさっぱり分からん」
笑いながら首を軽く横に振るベギアーデをユーキは目を鋭くしながら睨みつけた。
ベギアーデの態度を見て魔導研究施設に来るまでの間に遭遇したベーゼは間違い無くベギアーデが差し向けた存在だと確信する。最初から自分の所に来させる気など無く、アイカを解剖するまでの時間を稼ぐつもりだったのだとユーキは考え、ベギアーデの狡猾さに腹を立てた。
ベギアーデは自分を睨むユーキを無視して手術台に固定されているアイカを見ると手の平サイズの四角い物を取り出す。それは黒くて赤と紫のボタンが付いたリモコンのような装置だった。
ユーキはベギアーデが取り出した物を警戒しながら何に使う物なのか考える。そんな中、ベギアーデは黒い装置の赤いボタンを無言で押した。
するとアイカを拘束している手術台が機械のように独りでに動き出し、横から縦になると部屋の奥の壁に固定された。
突然動き出した手術台にユーキは驚き、拘束されているアイカも自分の体や手術台を見た。
「な、何これ!?」
アイカは驚きながら自分の状態を確認する。縦になった手術台が壁に固定されたことでアイカは壁に貼り付けられたような状態になっていた。
体の向きが縦になったことでアイカは少し動きやすくなったと感じ、改めて腕や足に力を入れて拘束を解こうとする。だがやはり拘束具は固く、外れることはなかった。
「無駄だ、その拘束具は私が開発した特別製だ。上位ベーゼの力でも破壊することはできん。つまり、お前がベーゼの力を解放しても逃げ出すことはできんと言うことだ」
「な、何ですって?」
自分が半ベーゼ化して力を高めることも計算して強固な拘束具を使ったと聞かされたアイカは驚くと同時にベギアーデの頭の切れの良さに衝撃を受ける。
ユーキも常に先を読んで行動しているベギアーデを見て改めて油断ならない存在だと感じた。
ベギアーデは驚くアイカを見て鼻で笑うとユーキの方を向いて持っている黒いリモコン型の装置を見せた。
「ユーキ、この小娘を解放するにはコイツを使うしかないぞ? このボタンを押せば小娘は解放される」
「……何で敵の俺にそんなことを教えるんだ?」
「教えても教えなくても変わらんからだ。……なぜならお前は此処で私に倒され、小娘と共に実験材料となるのだからな」
「フン、そう都合の良く事が運ぶと思うなよ? 俺はお前を倒して必ずアイカを助ける」
ユーキはアイカを助け出すことを宣言すると素早く身構える。
ベギアーデは構えるユーキを見ると小馬鹿にするように笑いながら持っている装置をローブの懐に仕舞った。
「さて、学園で大帝陛下に叩きのめされてからどれ程の力を付けたのか見せてもらおうか」
「言われなくても見せてやるよ。……さっさとお前を倒して、フェヴァイングと戦ってるペーヌさんたちと合流させてもらう」
「フハハハハッ、本当に威勢だけはいい小僧だな。……そんな生意気なお前に面白いことを教えてやろう」
「面白いこと?」
戦闘を始めると思いきやまた何かを話そうとするベギアーデをユーキは目を細くしながら見つめ、拘束されているアイカも何の話をするつもりだと思いながらベギアーデを見ていた。
「お前たちも知ってのとおり、このゾルノヴェラはこの世界と我々ベーゼの世界を繋ぐ転移門が開かれた場所だ。転移門を開くための魔法陣は都市の中央にある砦に今も残っている」
ベギアーデはベーゼ大戦の切っ掛けとも言える転移門の話を始め、ユーキとアイカはそれを黙って聞いている。何の意味も無く転移門の話をするとは思っていなかった二人は何か重要性があると感じて最後まで聞くことにした。
「閉じた転移門を開くには膨大な魔力を消費する必要がある。私も大量の魔力を消費し、これまで何度も転移門を開いた」
自分たちの知らない所で転移門が開かれていたと知ったユーキとアイカは驚きの反応を見せる。
三十年前のベーゼ大戦が終結して以降は大陸の至る所では小さな転移門が自然に開かれ、そこから少数のベーゼが出現していた。
その小さな転移門をメルディエズ学園の生徒たちが閉じることでベーゼがこちらの世界に来ることを阻止していた。しかしゾルノヴェラで大きな転移門を開くことが可能になっていたと聞かされたユーキとアイカは衝撃のあまり驚きを隠せずにいる。
「だが、大量の魔力を消費したにも関わらず転移門はしばらく経つと再び閉じてしまう。これでは呼び出せるベーゼの数にも限界がある。私は研究に研究を重ね、遂に問題点の解決に成功した」
「問題点の解決?」
どんな問題を解決したのか気になるユーキは僅かに目を鋭くしながら問い掛ける。
「次に魔力を魔法陣に送り込めば、開いた転移門は常に開き続ける状態になる。……これが何を意味するか分かるか?」
「……ッ!?」
ユーキは驚愕の表情を浮かべ、ユーキの反応を見たベギアーデは不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ。転移門が開き続ければ向こうの世界から大勢のベーゼが途切れることなくこっちへやって来る。そうなれば人間どもの国などあっという間に滅びるだろう」
「そ、そんな!」
自分たちの知らない間にベーゼたちがとんでもない計画を練っていたことを知ってアイカは驚愕し、ユーキも大きく目を見開く。
もしもゾルノヴェラの転移門が開き続ける状態になってしまえば三十年前よりも多くのベーゼがこの世界にやって来て大陸中に国々に侵攻を開始する。
しかもベーゼが途切れることなくやって来ると言うことはベーゼたちの戦力はほぼ無尽蔵ということになるため、いずれは三大国家や周辺国家も抵抗する力を失ってしまう。そうなれば例え五聖英雄やユーキたちのような優秀な混沌士がいるとしても勝つことは不可能だ。
次に転移門が開かれてしまえば自分たちは敗北する。それを知ったユーキとアイカは緊迫の表情を浮かべた。
「転移門が開いた時、この大陸は文字どおりベーゼの物になるのだ!」
「ふざけるな! そんなことさせるかよ!」
ユーキは声を上げるとベギアーデを睨みながら双月の構えを取る。戦闘態勢に入ったユーキを見たベギアーデは鼻で笑いながら右手を前に出す。するとベギアーデの手から紫色の炎が出現し、細長い形に変わっていく。
やがて炎が消え、炎の中から先端に赤い水晶が付いたロッドが現れる。ベギアーデはそのロッドを握ると先端をユーキに向けた。
「来い小僧! 人間どもが滅びる前に、私の手で捻り潰してやろう!」
ベギアーデの言葉で戦闘開始と悟ったユーキは闘志を強くしながら両足を軽く曲げていつでも動ける体勢に入った。
目の前にいる上位ベーゼは五聖英雄の特訓を受ける前とは言え、神刀剣の使い手であるパーシュ、そしてウェンフとグラトンを相手にして勝利したほどの実力を持っている。ユーキはペーヌの特訓で力を付けたとしても気を付けなくてはいけないと自分に言い聞かせた。
戦いが始まってから双方は動かずに睨み合いを続けている。静まり返った部屋の中には緊迫した空気が漂い、戦いを見守っているアイカはあまりの緊張感に息を飲んだ。
部屋が静寂に包まれる中、最初に仕掛けたのはユーキだった。ユーキはベギアーデに向かって勢いよく走り出し、間合いに入った瞬間に月影で袈裟切りを放つ。
先手を打ってきたユーキを見ながらベギアーデは小さく笑い、足下に紫色の魔法陣を展開させるとその場から消えた。
ベギアーデが消えたことでユーキの袈裟切りは空を切り、攻撃に失敗したユーキは再び双月の構えを取って周囲を見回す。
部屋を見回しながらベギアーデを探しているとユーキの背後、5mほど離れた所にベギアーデが現れ、ユーキの背中を見ながら笑う。
「私を恐れずに正面から挑んできた度胸は褒めてやろう。だが、そんな攻撃は私には届かんぞ?」
「言ってくれるな、マッドサイエンティスト!」
力の入った声を出しながらユーキは振り返り、強化を発動させて両足の脚力を強化する。強化が済むとユーキは余裕を見せているベギアーデを睨みながら両足で床を蹴り、もの凄い速さでベギアーデに向かって跳んだ。
ベギアーデは先程よりも速く距離を詰めて来たユーキを見て「ほぉ」と意外そうな反応を見せる。だが決して驚かず、その姿は余裕で対処できると言っているように見えた。
「ルナパレス新陰流、繊月!」
ユーキはベギアーデの横を通過する瞬間に斬ろうと跳びながら月下で横切りを放つ。
ベギアーデは迫って来る月下を見ると小さく笑い、持っているロッドの柄の部分で月下を防いだ。
今度は避けずに防御したベギアーデを見てユーキは軽い衝撃を受ける。急接近して攻撃を仕掛ける繊月は防いだことでベギアーデは予想していたよりも強いのだとユーキは改めて理解した。
攻撃を防いだベギアーデは笑いながらユーキを見つめ、再び転移してユーキの前から消える。
ユーキは姿を消したベギアーデを探すために構え直して部屋を見回す。するとユーキから右へ少し離れた位置にベギアーデが現れ、ベギアーデに気付いたユーキは素早く右を向く。
「なかなか面白い攻撃をする。もう少し見物していたいが、大帝陛下から時間を掛けるなと言われているのでな……そろそろこちらも攻撃させてもらうぞ」
反撃してくると知ったユーキは警戒を強くする。パーシュたちを倒すほどに力を持つベギアーデがどのような攻撃を仕掛けてくるのか、ユーキは予想しながらベギアーデを見つめた。
ベギアーデは持っているロッドを左から勢いよく横に振る。すると先端の赤い水晶から紫色の炎が噴き出てベギアーデの前に三つの紫の火球を作り出す。
火球を見たユーキはベギアーデは魔法のような技を使って攻撃してくると知って表情を鋭くする。ロッドを持っていたため、魔導士のように遠距離攻撃を得意とするのではと予想はしていた。
しかし繊月を防いだのを見て接近戦が得意な可能性もあると考えていたので火球を作り出すのを見るまではどんな戦い方をするのか分からなかった。
「食らうがいい! 死の業火!」
ベギアーデがロッドをユーキに向けると三つの火球が一斉にユーキに向かって放たれた。
ユーキは咄嗟に右へ跳んでその場から離れ、ユーキが回避した直後に全て火球はユーキが立っていた場所に当たって爆発する。
爆発を目にしたユーキは直撃したらひとたまりも無いと感じながら表情を僅かに歪ませる。回避した直後ならベギアーデに反撃するチャンスがあると感じたユーキはベギアーデとの距離を詰めようとした。
だがユーキがベギアーデの方を向いた瞬間、ロッドを自分に向けているベギアーデの姿が飛び込んだ。
ベギアーデはロッドをユーキに向けたなら不敵な笑みを浮かべて、先端の水晶に紫色の電気を纏わせる。電気を見たユーキは嫌な予感がし、咄嗟に左へ跳んでベギアーデの正面から移動した。
「地獄の雷鳴!」
ユーキが動くと同時に杖の先端から紫色の電撃が轟音を立てながら放たれ、ユーキが立っていた場所を通過した。
回避が間に合って直撃を避けたユーキは自分が立っていた所に目をやる。
(おいおい、アイツ火球だけじゃなくて電撃まで放てるのかよ……)
予想していた以上にベギアーデには攻撃手段があると知ったユーキは回避行動を取りながら幾つ技を持っているのか確かめた方がいいと考えた。
ユーキはベギアーデの次の攻撃に備え、体勢を整えながらベギアーデの方を向く。だがユーキがベギアーデの方を向いた時、遠くにいたベギアーデはユーキの目の前まで近づいてきていた。
気付かない内に距離を詰められたことにユーキは驚き、同時にどうして距離を詰めて来たのか疑問に思う。
これまでの情報からベギアーデは距離を取って攻撃する戦法を得意としているとユーキは予想していたため、接近して来た理由が全く分からない。
ユーキが驚きながらベギアーデの行動の意味を考えているとンベギアーデはロッドを振り上げて先端の赤い水晶を光らせる。するとロッドの先端に斧のような形をした紫色の光の刃が出現し、刃を見たユーキは目を大きく見開く。
「悪魔の戦斧!」
ベギアーデは光の刃を付けたロッドをユーキに向かって勢いよく振り下ろした。
ユーキは咄嗟に月下と月影を交差させて光の刃を防ぐ。刀と光の刃がぶつかったことで部屋の中に剣戟のような高い音が響いた。
ユーキは奥歯を噛みしめながら両腕の力を入れて振り下ろしを止め、逆にベギアーデは楽しそうに笑みを浮かべながらユーキを見ていた。
「ハハハハッ、私が距離を取りながら攻撃したことで近距離戦闘が苦手だと思っていたか?」
「何ぃ?」
ロッドを防ぎながらユーキはベギアーデを見上げる。
「残念だが私は遠距離だけでなく、近距離攻撃も得意としている。だから例え相手に距離を詰められても問題無く対処することができるのだ」
火球や電撃を放ったことで魔導士のような戦闘スタイルだと思っていたユーキは接近戦も可能だと知って軽い衝撃を受ける。
接近戦に持ち込めば自分の方が多少は有利に戦えると考えていたユーキは距離を詰めても戦況が変わらないことを厄介に思い、戦い方を変えなければあっという間に自分が追い詰められてしまうと感じていた。
ユーキが緊迫の表情を浮かべながらベギアーデのロッドを防いでいるとベギアーデはロッドを振り上げ、ユーキの脇腹を狙ってロッドを右から横に振って攻撃する。
左脇腹に迫るロッドの刃を見たユーキは強化で両腕の腕力を強化すると月影で刃を止め、月下で袈裟切りを放ってベギアーデに反撃する。
ベギアーデはユーキを見ると小さく鼻で笑い、体勢を変えずに後ろに後退してユーキの袈裟切りをかわした。
「なっ!」
ベギアーデの動きを見てユーキは思わう声を上げる。先ほどのベギアーデは足を動かさずに後ろに下がったのだ。
ユーキは何が起きたのか確かめるためにベギアーデの足元を確認するとベギアーデの足が数cm宙に浮いており、浮いたままユーキから距離を取っているのが目に入った。
「馬鹿な! 宙に浮きながら移動するなんて、まるで副会長の浮遊じゃないか」
ベギアーデがロギュンに似た能力を使えることを知ったユーキは愕然とする。
戦いが始まってから何度もベギアーデの驚くべき戦術を目の当たりにしたため、ユーキはベギアーデが想像していた以上に手強い相手だと知り、パーシュたちが敗北したことにも納得した。
ユーキから距離を取ったベギアーデは浮いたままの状態で停止し、先端の光の刃を消すと赤い水晶に電気を纏わせ、笑いながらユーキの方を向く。
「喰らえ、虫けらぁ!」
ベギアーデはロッドの先端をユーキに向けて地獄の雷鳴を放つ。
驚いていたユーキは放たれた電撃を見ると左に跳んで電撃の正面から移動した。しかし電撃はユーキが握る月下の刀身に当たり、刀身を伝ってユーキの体まで届いてしまった。
「うああああぁっ!」
右手から伝わらる強い痛みと痺れにユーキは声を上げた。
「ユーキ!」
アイカはユーキが苦しむ姿を見て思わず名を叫ぶ。ユーキが必死にベギアーデと戦っているのに囚われの自分は何もできない。アイカはユーキを助けられないことを悔しく思い、敵に捕まったことを情けなく思った。
電流でダメージを受けたユーキはその場に倒れ、全身の痛みに奥歯を噛みしめる。幸い動けなくなるほど痛みや痺れは酷くないため、すぐに体を起こすことができた。
「フハハハハッ、どうした? 体に少し電撃が走っただけで戦意を失ったか?」
ベギアーデは痛みに耐えながら体を起こすユーキを見て愉快に思ったのか大きく口を開けて笑う。
ユーキはゆっくりと立ち上がるとベギアーデの方を向き、両手の月下と月影を外側に振りながらベギアーデを睨む。
「そんなわけないだろう。この程度で動けなくなるほど軟な鍛え方はしてない。本当の戦いはここからだ!」
「フフフフ、そうかそうか。安心したぞ? これで私も戦いを楽しむことができる。……それにこの程度で倒れるような存在では蝕ベーゼの素体として使えないからな」
「クゥッ! 言いたいこと言いやがって」
好き勝手なことを言うベギアーデを警戒しながらユーキは強化で再び両足の脚力を強化する。この時、両腕の強化も続けているため、今のユーキは腕力と脚力の両方を強化している状態だった。
準備が整ったユーキはベギアーデの左側に向かって走り出し、ベギアーデも走るユーキを目で追いながらいつでも攻撃できる体勢を取る。
ユーキはベギアーデを視界に入れたまま走り続け、ベギアーデの左側、4mほど離れた所まで移動すると急停止する。そしてベギアーデの方を向くと床を強く蹴って一気に距離を縮めた。
最初に距離を取ったまま側面に回り込んだユーキはベギアーデに接近してこないと思い込ませ、真横に移動した瞬間に一気に距離を詰めて攻撃しようと考えたのだ。
脚力を強化したユーキはベギアーデの目の前まで近づくと月下と月影を振り上げる。
「ルナパレス新陰流、朏魄!」
ユーキは月下と月影で同時に袈裟切りを放つ。一気に近づいて攻撃を仕掛けたため、回避する余裕を無いとユーキは考えていた。
「フッ、甘いわ」
余裕の笑みを浮かべるベギアーデは足下に魔法陣を展開させてその場から消える。ベギアーデが消えたことで月下と月影は空を切った。
「何っ!?」
素早く距離を詰めて攻撃したのにベギアーデに転移されてしまったことにユーキは声を上げた。
脚力を強化し、常人以上の速さで移動したため、普通の人間やベーゼではユーキの突然の攻撃を見切ることはできない。にもかかわらずベギアーデは余裕で攻撃を避けたのでユーキは驚いていた。
ユーキが態勢を整えて部屋を見回すと左側の少し離れた所にベギアーデが現れ、ユーキを小馬鹿にするように笑い出す。
笑うベギアーデの姿を見たユーキは不満そうな顔をしながら双月の構えを取った。
(一気に近づいて攻撃したのにかわされるなんて、何て反応速度だ!)
確実に攻撃を当てるにはもっと速く動かなければならないと考えるユーキは強化の力をできるだけ脚力の強化に回しながら戦った方がいいかもしれないと考えた。
ユーキが作戦を考えている中、ベギアーデは体を浮かせると勢いよくユーキに近づいてロッドの先端に斧の形をした光の刃を作り、悪魔の戦斧を振り下ろして攻撃した。
ユーキは頭上から迫る光の刃を月下と月影で防ぎ、防御に成功するとロッドを押し上げてからベギアーデの左側に回り込み、月下を右から横に振って反撃した。
しかしベギアーデは浮いた状態で右へ移動してユーキの反撃を難なくかわしてしまう。
攻撃を回避したベギアーデはユーキから距離を取り、数m離れた所で停止して足を床に付けた。
「ハハハハ、混沌術を使っているのに随分と遅いな。その程度の速度では私を斬ることなどできんぞ?」
挑発するベギアーデを睨みながらユーキは悔しそうな顔をする。
浮遊しながら移動し、転移までするベギアーデに攻撃を当てるにはより速く攻撃しなければならない。そう思いながらユーキは月下と月影を握る手に力を入れた。
少し遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
今日から児童剣士のカオティッカーの投稿を再開いたします。今月中、もしくは来月の初め頃には完結させるつもりです。
今年もよろしくお願いいたします。




