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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百六十話  最恐の混沌術


 自分たちの攻撃がまるで効いていない状況にパーシュとフレードは表情をしかめる。

 ベーゼの大帝が相手なので二人は最初から本気で攻撃した。にもかかわらずアトニイが無傷だったため、パーシュとフレードは若干プライドを傷つけられ、内心悔しく思っている。


「フッ、自分たちの攻撃が通用しないことがそんなに悔しいか? 当然だな、五凶将を倒すほどの力を持っているのに敵に傷一つ付けられないのだから」

「チッ! 何を偉そうにしてやがる。テメェが無傷なのはどうせ混沌術カオスペルのおかげだろうが。混沌術カオスペルに護られてる野郎が偉そうにしてんじゃねぇ!」

「そう言うお前たちも混沌術カオスペルを使って今日まで戦い、生き残ってきたのだろう? そう言う台詞は一度も混沌術カオスペルを使ってない者が言うことだ。お前には口にする資格はない」

「テェメェ~ッ!」


 挑発するアトニイをフレードは険しい顔で睨みつける。簡単な挑発にフレードを見たパーシュは呆れ顔になり、挑発に乗ってまた勝手に動くなと心の中で思っていた。


「……さて、そろそろこちらも手を出させてもらおう」


 自分を囲んでいるパーシュたちを見ながらアトニイは持っている剣を光らせる。

 ベーゼ大帝が攻撃してくると知ったパーシュとフレードは構えながら警戒心を強くし、カムネスたちも武器を握る手に力を入れながらアトニイを見つめた。


「あんにゃろう、攻撃してくるつもりですわ。……どうしますの?」


 ミスチアはカムネスとペーヌを見ながらどう動くか声を掛けた。

 ペーヌとカムネスはミスチアの質問には答えず、無言でアトニイを見ながらこの後どのように戦うか考える。


「魔法や神刀剣の能力を使った攻撃が通用しない以上、別の方法で攻撃するしかないわ。今の私たちができる別の攻撃と言えば……」

「剣による直接攻撃、ですね?」


 カムネスが確認するとペーヌはカムネスを見ながら軽く頷く。


「アイツの混沌術カオスペルがどんな能力か分からない状態で近づくのは危険だけど、新しい情報を得るには戦い方を変えるしかないわ」

「距離を取った攻撃で情報が得られないのなら近づいて叩くしかありませんからね」

「ええ、それに私たちには時間が無い。こうしている間にも外にいるスラヴァたちがベーゼたちを片付けてゾルノヴェラに突入してくるかもしれない。彼らがゾルノヴェラに入る前にフェヴァイングを倒すか、撃退して情報を集めなければいけないわ」


 連合軍が効率よくゾルノヴェラを攻略するためにもまずは目の前にいるベーゼ大帝を何とかしなくてはいけない。そう考えるペーヌはウォーハンマーを構えながらアトニイを睨んだ。

 ペーヌの話を聞いたカムネスも連合軍のために情報を集めることも大切だが、ベーゼの大将が目の前にいるのだから此処で倒せるのなら倒しておいた方がいいと考えている。

 フィランはコクヨを両手で握りながら中段構えを取り、ミスチアもウォーアックスを構える。フィランはいつもどおり無表情だが、ミスチアはカムエスとペーヌに無視されたことで少し機嫌を悪くしているのかムスッとしていた。


「まずは私が正面から攻撃を仕掛けるわ。貴方たちはフェヴァイングが私の攻撃を防いだり、回避した直後に背後や側面に回り込んで攻撃して」

「分かりました」


 カムネスが小さな声で返事をするとペーヌはアトニイを睨みながら足を軽く曲げる。

 アトニイはペーヌが構えるのを変えたのを見て因縁の相手が攻撃を仕掛けてくると悟って不敵な笑みを浮かべた。その直後、ペーヌは床を蹴ってアトニイに向かって大きく跳んだ。

 両者の距離は一気に縮まり、ペーヌは一瞬にしてアトニイの目の前まで移動する。ペーヌはアトニイを鋭い目で睨みながらウォーハンマーは勢いよく振り下ろした。

 ペーヌの攻撃を見ていたパーシュたちはその勢いと速さからウォーハンマーがアトニイの頭部に直撃すると思っていた。

 だが次の瞬間、ウォーハンマーの頭は高い金属音のような音を立てながらアトニイの顔の数cm手前で止まってしまった。


「なっ!?」


 目の前の現象にペーヌは一瞬驚きの表情を浮かべ、攻撃を見ていたパーシュたちも目を見開く。

 何とかアトニイに攻撃を当てようとペーヌは両腕に力を入れるがウォーハンマーの頭は見えない何か止められており、それ以上アトニイには近づかなかった。

 ペーヌは何が起きているのか理解できていなかったがすぐに冷静さを取り戻し、態勢を整えるために後ろに跳んでアトニイから離れる。

 距離を取ったペーヌは反撃を警戒してすぐに構え直すがアトニイは反撃せず、笑ったままペーヌを見ていた。

 アトニイの混沌紋は光り続けており、混沌術カオスペルが発動し続けていることを表している。


「どうした、一度攻撃しただけで距離を取るなんて随分慎重だな? 三十年前のお前なら後退せずに連続で攻撃をしてきていたはずだろう」

「フン、三十年前と一緒にしないで」


 ペーヌは挑発に乗らず、落ち着いて先程の現象を思い出す。

 自分の攻撃がアトニイの少し前で何かに防がれ、アトニイも余裕の笑みを浮かべている。これらの情報からアトニイの混沌術カオスペルは魔法や神刀剣の力による攻撃だけでなく、通常の物理攻撃も防ぐことができるとペーヌは推測した。


(武器による攻撃まで防がれるとは思わなかったわ……ただ、さっきはフェヴァイングの正面から攻撃しただけで、憤怒フューリーで力を強化してもいない。通常の攻撃だけが通用しない可能性もあるわ……)


 状況を分析しながらペーヌは攻略法を考える。その間、アトニイは数m先で構えるペーヌを見ながら小さく鼻で笑い、ゆっくりと彼女に向かって歩き出した。

 アトニイが近づいて来ていることに気付いたペーヌは小さく舌打ちをし、アトニイを睨みながら迎撃態勢を取る。するとペーヌの後ろで待機していたフィランがペーヌの左側を通過し、アトニイに向かって走り出した。


「フィラン、待ちなさい! アイツには真正面からの攻撃は通用しないわ!」


 ペーヌは一人でアトニイに攻撃を仕掛けようとするフィランを止めようとするがフィランは止まることなく走り続けた。

 フィランも先程のペーヌの攻撃を見ていたため、正面からの攻撃が通用しないことやアトニイが見えない何かで護られていることも承知している。

 正面から普通に攻撃しても意味が無いと知ったフィランは別の方法でアトニイに攻撃を仕掛けようと考えて動き出したのだ。

 コクヨを右手で握りながらフィランは表情を変えずに走り続け、少しずつアトニイとの距離を縮めていく。

 歩いていたアトニイは走って来るフィランを見ながら再び鼻で笑い、フィランを迎え撃つために立ち止まって剣を構える。

 アトニイが構えた直後、フィランは混沌紋を光らせて暗闇ダークネスを発動させ、自分を中心に黒いドーム状の闇を広げる。闇は近くにいるアトニイを呑み込むと拡張を止めて動かなくなった。


「ほぉ? これが暗闇ダークネスか……」


 自分を呑み込んだ闇を見たアトニイは意外そうな顔をしている。

 アトニイは五凶将から神刀剣の使い手が使う混沌術カオスペルの情報を聞いていたため、フィランが作り出した闇を見ても驚いたりしなかった。それどころか闇に呑まれて視覚を封じられているはずなのに楽しそうな笑みを浮かべている。

 フィランは最初、闇の中で笑うアトニイを見てなぜ笑っているのは不思議に思ったが自分と戦ったユバプリートから暗闇ダークネスの能力を聞いたのだと考え、驚かないことに納得する。しかしフィランは納得はしても焦りはしなかった。

 例え情報を知られていたとしても闇の中では自分以外は何も見えないため、自分が有利であるとフィランは確信していた。

 視覚を封じられて自分を見失っている間に背後に回り込んで攻撃しようと考えるフィランは足音を立てずに素早くアトニイの右側を通過して後ろに回り込む。

 背後に移動したフィランはコクヨを両手で握りながら上段構えを取り、背中を向けているアトニイを見つめる。正面からの攻撃は効かなかったが背後からの攻撃なら当たるかもしれないと考えているフィランは息を殺しながらコクヨを握る手に力を入れた。

 勘付かれる前に斬らなくてはいけない、そう考えるフィランはコクヨを振り下ろそうとする。

 ところが、背を向けていたアトニイが突然振り返りながら剣を右から横に振って背後に立つフィランに攻撃してきた。


「……ッ!?」


 予想外の出来事にフィランは驚きの反応を見せる。

 アトニイは暗闇ダークネスで視覚を封じられており、その状態で音を立てずに背後に回り込んだはずなのに自分が後ろにいることに気付かれ、しかも反撃してきたため、普段感情を表に出さないフィランも驚愕した。

 フィランは咄嗟に後ろに跳んでアトニイの横切りを回避し、すぐに構え直したアトニイを警戒する。

 アトニイはフィランの方を向きながら中段構えを取っており、フィランの方を向きながら不敵に笑う。

 フィランはアトニイの笑顔を見て軽く悪寒を走らせる。まるで闇の中で自分の姿がハッキリと見えているように思えたため、フィランもこの時ばかりは恐怖を感じていた。

 何が起きたのか考えているとアトニイが大きく前に跳んでフィランの目の前まで移動した。

 フィランは真っすぐ向かってきたアトニイを見て間違い無く闇の中で自分が見えていると確信し、咄嗟に神歩で右へ跳んでアトニイの左側面に回り込むと素早く八相の構えを取る。


「……クーリャン一刀流、四連舞斬しれんぶざん


 アトニイが体勢を整えるより先にフィランはコクヨを素早く四回振って攻撃する。だがコクヨはペーヌのウォーハンマーと同じようにアトニイを斬ることなく見えない何かによって数cm前で止められてしまった。

 側面からの攻撃も通用しないことにフィランは再び驚きの反応を見せる。そんなフィランを見たアトニイは持っている剣でフィランに袈裟切りを放って反撃した。

 迫ってきた剣を見たフィランは咄嗟にコクヨで剣を防ごうとする。だが剣はコクヨに触れそうになった瞬間、剣はコクヨに防がれることなく刀身を通り抜けてフィランに迫ってきた。

 またしても予想外の出来事にフィランは驚き、咄嗟に後ろに跳んで剣をかわそうとする。だが驚いて反応が遅れてしまったため、フィランは体を斬られてしまった。


「ううっ!」


 奥歯を噛みしめながらフィランは痛みに耐える。傷口からは血が流れ出ているが運よく傷が浅かったため、致命傷にならずに済んだ。

 フィランはアトニイの追撃を警戒し、後ろに二回跳んでアトニイから距離を取った。

 アトニイから離れたことでフィランは闇の外に出てしまい、闇から飛び出したフィランを見て外にいたパーシュたちは一斉に反応する。

 フィランが飛び出した直後、暗闇ダークネスの限界時間が来たのか、ドーム状の闇は収縮を始め、小さくなる闇の中からアトニイが姿を現す。

 フィランはコクヨを右手で握りながら空いた左手で切傷を押さえる。

 近くにいたパーシュはフィランが傷ついているのを見て闇の中にいたのに斬られたことを知ってフィランに駆け寄った。


「フィラン、大丈夫かい!?」

「……ん、平気。傷は浅い」


 深い傷ではないと聞かされたパーシュは静かに息を吐いて安心する。だが、斬れたフィラン本人は傷の痛みで僅かに表情を歪めていた。

 普段のフィランなら怪我をしても軽い傷であれば気にすることなく無表情で戦闘を続行していた。だが今のフィランは傷が浅いにもかかわらず重傷を負ったような顔をしており、パーシュはフィランの様子がおかしいことに気付く。


「おい、どうしたんだい? 何かかなり辛そうだよ?」

「……問題無い」

「問題無いことは無いだろう。いったいどうしたんだ?」


 明らかにいつもと様子の違うフィランをパーシュは心配する。そんな二人にアトニイがゆっくりと近づいて来た。


「仲間の心配をするのも結構だが、敵が目の前にいることも忘れない方がいいぞ?」


 ゆっくり近づいて来るアトニイを見たパーシュはヴォルカニックを両手で構える。

 闇の中で戦っていたアトニイがどうやってフィランに傷を負わせたかは分からないが、フィランを斬ったことでアトニイが自分の想像以上の力を秘めているとパーシュは直感していた。

 フィランも体の痛みに耐えながらコクヨを握って右脇構えを取り、パーシュと共に迎え撃つ体勢を取る。

 逃げずに戦おうとする二人を見たアトニイは小さく笑みを浮かべる。


「敵のことを忘れているのはお前もだと思うがな」


 カムネスがアトニイの背後に回り込んで低い声で語り掛ける。

 声を聞いたアトニイは軽く目を見開いて後ろを向くが、既にカムネスはフウガの鯉口を切って攻撃可能な態勢に入っていた。


「グラディクト抜刀術、竜首斬りゅうしゅざん!」


 居合切りに意識を集中させるカムネスは素早くフウガを抜いてアトニイの首筋を斬ろうとする。しかしカムネスの居合切りも首の手前で見えないものに止められてしまい、高い金属音のような音が周囲に響いた。

 背後からの居合切りも通用しないのを見てカムネスは僅かに眉間にしわを寄せながらフウガを振り上げて追撃しようとする。

 だがカムネスが動くより先にアトニイが振り返り、カムネスに剣を振り下ろして反撃した。

 カムネスは反応リアクトを発動させると剣が振り下ろされる直前に後ろに跳んでアトニイから離れる。アトニイの剣は空を切り、カムネスが立っていた場所に振り下ろされた。

 攻撃をかわしたカムメスは両足が地面に付くと神歩を使って素早く左右に跳ぶ。

 少しずつ速度を上げていき、アトニイが目で追えないくらい速くなったと感じるとカムネスは素早く右へ跳び、アトニイの左斜め後ろに回り込む。この時、フウガは既に鞘に納められており、再び居合切りを放てる状態になっていた。


三連迅刀さんれんじんとう!」


 カムネスはフウガを抜き、アトニイに三連続で居合切りを放った。だがやはりフウガはアトニイには当たらず、カムネスは剣による直接攻撃も通用しないと知る。

 一度体勢を立て直すため、カムネスはアトニイから距離を取り、近くにいたフレードと合流する。カムネスはアトニイを見ながらフウガを納刀し、フレードはカムネスに右隣でリヴァイクスを構えた。


「どうだった? お前の自慢に抜刀術は野郎に通用したか?」

「いや、斬るどころか刀身が奴に触れることすらなかった」

「おいおい、マジかよ」


 カムネスの言葉にフレードは思わず聞き返す。魔法や神刀剣の能力だけでなく、武器を使った攻撃すらも当たらないと知ってフレードも自分たちがかなり危機的状況に立たされていると直感した。

 離れた所ではパーシュとフィランが構えを崩さずにアトニイを見ており、ミスチアは二人と合流し、修復リペアでフィランの傷を修復している。

 ペーヌは最初に立ち位置から動いておらず、ウォーハンマーを両手で握りながら面倒そうな顔でアトニイを見ていた。


「フフフフ、自分たちの攻撃が全く通用しなくて焦っているようだな?」


 アトニイはパーシュたちを見ながら余裕の笑みを浮かべ、パーシュたちはカムネス、フィランを除いて全員がアトニイを睨みつける。

 確かにアトニイの言うとおり攻撃が効かないことにパーシュたちは若干の焦りを感じていた。それを倒すべきベーゼの支配者に見抜かれたことでパーシュたちは内心悔しがっている。


「……フィラン、暗闇ダークネスの闇の中で何があったのか話してくれないかい?」


 パーシュはアトニイを視界に入れたまま隣にいるフィランに声を掛ける。フィランが自分に有利な状況で攻撃を当てられず、更に傷が浅かったとは言え斬れてしまったことで何かとんでもないことが起きたのではと予想していたパーシュはフィランの口から何があったのか聞いておきたいと思っていた。

 フレードたちもフィランが斬られたことに気付いてから何があったのか気になり、アトニイを警戒しながらフィランに視線を向けている。

 フィランはしばらく考えるように黙った後、ゆっくりと口を開いた。


「……暗闇ダークネスでフェヴァイングの視覚を封じてから気付かれないように背後に回り込んだ。だけど攻撃を仕掛けようとした時に突然振り返って攻撃してきた」

「は? 目が見えていない状態なのにアンタに攻撃してきたのかい?」


 パーシュが驚きながら確認するとフィランは前を向いたまま頷く。


「……その時にフェヴァイングは私の顔を見て笑っていた。まるで私の姿が見えているようだった」


 暗闇ダークネスの闇の中ではフィラン以外は目が見えなくなるはずなのにフィランの正確な位置を特定したと思われるアトニイにパーシュは驚き、離れた所で話を聞いていたフレードたちも同じように驚いた顔をしている。


「……私は態勢を整えて攻撃を仕掛けたけど、攻撃は全部防がれた。その後にフェヴァイングが剣で反撃してきたから私はコクヨで防ごうとした。だけど剣はコクヨを通り抜けて防ぐことはできなかった」

「通り抜けた? それどういうことだよ」

「……言ったとおり。コクヨの刀身をまるで何も無いかのように通り抜けた。しかも剣とコクヨが触れた時の感触も無かった」

「どういうことだよ、それ……」


 分からないことだらけでパーシュはフィランを見ながら混乱しかける。だが同時にアトニイの混沌術カオスペルがとんでもない能力だと感じ、汗を流しながらアトニイに視線を向けた。

 カムネスとペーヌはアトニイの混沌術カオスペルを防御系の能力だと思っていたが、フィランの話を聞いて攻撃や敵の居場所を見つける力もあると知り、防御系の能力である可能性は低いと考える。

 ここまでの戦闘で幾つか情報を手に入れることはできがそれでも能力を解き明かすにはまだ情報が足りなかった。

 アトニイは様々な反応を見せるパーシュたちを見て不敵に笑う。自分の混沌術カオスペルの能力が分からずに恐ろしさを感じる人間たちを見てアトニイはとても心地よう気分になっていた。


「随分警戒しているな。その様子だとまだ私の混沌術カオスペルがどんな能力か分からないようだな?」


 余裕を見せるアトニイにパーシュとフレード、ペーヌやミスチアは腹を立て、鋭い目でアトニイを睨んだ。


「フフフフ、図星か。……分からないのなら特別に教えてやろう」


 アトニイの口から出た言葉にパーシュたちは耳を疑う。用心深いアトニイが自分から混沌術カオスペルの能力を教えるなど、どう考えてもおかしいからだ。


「……どういうつもりなの? 敵である私たちに能力を教えるなんて。アンタは常に敵を警戒し、油断せずに戦う性格じゃなかったかしら?」

「確かに……だが、それも時と場合による。私はお前たちが警戒するほど脅威ではなく、混沌術カオスペルの能力を教えても問題無いと判断した。だから教えてやろうと思っただけだ」

「それって私たちを侮ってるってことになるんじゃないの?」


 弱いと思われて機嫌を悪くしたペーヌが低い声で尋ねるとアトニイは軽く鼻で笑った。


「違うな。侮ると言うのは相手の力量を理解せずに軽く見ていることを言う。私はお前たちの力量を理解し、脅威ではないと確信したのだ」

「随分とナメてくれるわね? 三十年前にそうやって私たちをナメた結果、瀕死の重傷を負わされたことをもう忘れたの?」

「言っただろう? 私はお前たちを侮ってなどいない。……それに私の混沌術カオスペルの秘密を教えたところで問題は無い。知ったところでお前たちに勝ち目は無いのだからな」


 自分は絶対に負けないと考えるアトニイを見ながらペーヌはウォーハンマーを握る手に力を入れて震わせる。こんな傲慢なベーゼのせいで自分の愛する人が死んだと思うと腹が立って仕方が無かった。

 パーシュたちもカムネスとフィランを除いて余裕を見せるアトニイに機嫌を悪くする。だが同時にアトニイが本当に自分たちを余裕で倒せるほどの力を秘めているのかもしれないと感じ、アトニイへの警戒心をより強くした。


「さて、私の混沌術カオスペルの力を理解してもらうためにも、お前たちには私の攻撃をその身で受けてもらおう」


 アトニイは両足を軽く曲げて床を蹴るとペーヌに向かって大きく跳んだ。

 ペーヌは迫って来るアトニイを睨みながらウォーハンマーを構え、同時に憤怒フューリーも発動させ、アトニイが間合いに入った瞬間にウォーハンマーを振り下ろす。

 傷を負わせることはできなくてもウォーハンマーがアトニイの目の前で止められる現象を利用すれば近づいてくるアトニイを止めることぐらいはできるかもしれないとペーヌは思っていた。

 ウォーハンマーは正面から迫って来るアトニイの頭部に向かって振り下ろされ、アトニイの額の数cm前で止められてしまう。

 しかし跳んで来ていたアトニイもペーヌの攻撃で止められたかのようにその場で停止する。どうやらペーヌの読みは当たっていたようだ。

 混沌術カオスペルを発動させているアトニイは見えない全身甲冑フルプレートアーマーを装備しているようなもので、その見えない何かが攻撃を防げばそれを纏うように護られているアトニイも停止してしまうのだとパーシュたちは知った。

 アトニイを止めることに成功したペーヌは体勢を立て直すために右へ跳ぼうとする。

 だがアトニイはペーヌの動きを読んでいたらしく、ペーヌと同じ方角へ跳んで目の前まで距離を詰めた。


「お前の戦い方は三十年前に把握している。攻撃した後にどう動くのかなどお見通しだ」

「クウゥッ!」


 表情を歪ませるペーヌは急いで距離を取ろうとするがその前にアトニイが剣で袈裟切りを放ってきた。

 回避が間に合わないと考えたペーヌは咄嗟にウォーハンマーの柄で剣を防ごうとする。しかし剣はウォーハンマーの柄を通り抜けてペーヌの体を切り裂いた。


「グアァッ!」


 体の痛みにペーヌは思わず声を上げ、自分を斬ったアトニイを睨みながらペーヌは大きく後ろに跳んで距離を取った。

 フィランの話を聞いてアトニイの剣が武器を通り抜けると言うことは知っていたが、何もせずに斬られるよりは無意味でも防御した方がマシだとペーヌは考えて、ウォーハンマーで剣を防ごうとしたのだ。

 結局防御は失敗してしまったが、フィランの言うとおりアトニイの剣を防げないことを確認できたため、意味なく傷を負ったことにはならなかった。

 右手でウォーハンマーを構えるペーヌは左手を自分のポーチに入れてポーションの小瓶を取り出すとアトニイを警戒しながら中身を飲む。ポーションを飲んだことで剣で付けられた傷は消え、痛みも感じなくなる。

 傷が治ったのを確認したペーヌは空いた小瓶をアトニイに向かって投げる。小瓶はアトニイの目の前で見えない何かに当たって弾かれ、広場に落ちて粉々に砕けた。

 投げた小瓶すらも止められることを知ったペーヌは小さく舌打ちをして面倒そうな顔をする。

 アトニイは後退したペーヌを再び攻撃しようとゆっくりペーヌに向かって歩き出す。するとアトニイの背後にフレードとミスチアが回り込み、リヴァイクスとウォーアックスで同時に攻撃を仕掛けた。


「フッ、まだ理解できないようだな。お前たちの攻撃は私には届かない」


 呟くアトニイは右に回り、振り返りながら剣で横切りを放つ。

 アトニイの剣はリヴァイクスとウォーアックスにぶつかると思われたが、剣はリヴァイクスの剣身、ウォーアックスの柄を通り抜け、同時にリヴァイクスとウォーアックスがアトニイに迫った。

 普通なら双方が相打ちになると思われる状況だが、リヴァイクスとウォーアックスはアトニイの目の前で止められ、剣はフレードとミスチアの体を切り裂く。


「ク、クソォ……!」

「信じられ、ませんわ……」


 自分たちだけ斬られたことに悔しさを感じながらフレードとミスチアは仰向けに倒れる。攻撃を仕掛けた結果、フレードとミスチアが負傷し、アトニイは無傷と言う一方的に攻撃されるだけとなってしまった。


「これで分かっただろう。お前たちでは私を倒すことは愚か、傷をつけることすら叶わないと言うことが」


 フレードとミスチアは痛みに耐えながら自分たちを見下ろすアトニイを睨む。

 アトニイは止めを刺そうとフレードとミスチアに近づく。その時、アトニイの左側から無数の小石と固められた砂が飛んで来てアトニイに当たる直前で砕ける。

 面倒そうな顔をするアトニイが左を向くと遠くでコクヨを横に振るフィランの姿があった。

 フィランはフレードとミスチアを助けるために砂石嵐襲を放った。だが今までの攻撃と同じように小石と砂はアトニイに当たることはなかった。

 懲りずに攻撃を仕掛けてくるフィランを見てアトニイは「やれやれ」と呆れたような反応を見せる。すると今度は炎を纏ったヴォルカニックを両手で握るパーシュがアトニイの背後に回り込んだ。


焔の連撃フレイム・コンティニュアス!」


 パーシュはヴォルカニックを連続で振ってアトニイに攻撃するが、やはりアトニイを斬ることなく数cm手前で何かに防がれてしまい、炎もアトニイに届かなかった。

 攻撃が終わるとパーシュは後ろに跳んで距離を取り、中段構えを取ってアトニイを睨む。

 アトニイは炎の熱さすら感じていないらしく平然としながら立っている。しかもアトニイの混沌紋は未だに光り続けていた。

 混沌紋を見たパーシュたちはかなりの時間が経過しているのに発動し続けている混沌術カオスペルに内心驚いている。


「これだけ攻撃して一撃も当てられないとなれば、大抵の者は攻撃が無意味だと理解するのだがな。……まさかお前たちが此処まで学習能力の悪い連中だとは思わなかった」


 アトニイは呆れた口調でパーシュたちに小馬鹿にするがパーシュたちはアトニイの挑発には乗らず、身構えながらアトニイを睨んでいる。

 フレードとミスチアもパーシュがアトニイを攻撃している間に距離を取り、ポーションと修復リペアを使って傷を治していた。


「アンタに攻撃が効かないことは分かってるよ。だけどね、あたしらは無意味だからって何もせずにやられるつもりなんて無い。最後の最後まで足掻き続けるつもりだよ」

「フフフフッ、無駄だと分かっていて攻撃し続けるとは、悪足掻きもここまでくれば大したものだ」


 パーシュを見ながらアトニイは楽しそうに笑う。


「まったく、私を狙う者は往生際の悪い者たちばかりだ。実際、三十年前も五聖英雄たちは窮地に立たされながら足掻き続けていたからな」

「……足掻いたからこそ、私たちはアンタに勝つことができたのよ。そして、最後まで諦めなかったからあの人はアンタに追い詰めることができた……」


 ペーヌは三十年前の戦いを思い出しながら最後まで諦めていけないことの重要さを語る。

 三十年前の戦いでも足掻き続けた結果、勝つことができたため、今回も諦めてはいけないとペーヌは思っていた。


「確かにあの男の往生際の悪さと底力によって私は敗北した。……だが、今回は三十年前のようにはいかん。いくら足掻いたところでお前たちには万に一つの勝ち目も無い」


 力の入った声を出すアトニイは剣を高く掲げる。すると剣身が紫色の光り出し、アトニイは光る剣を握りながら真上に高く跳び上がった。

 パーシュたちは跳び上がるアトニイを見上げながら身構える。アトニイがどんな攻撃を仕掛けて来ても対処できるよう警戒心を強くした。

 空中のアトニイはパーシュたちが自分に注目しているのを確認すると紫色に光る剣を左から横に勢いよく振る。剣を振った瞬間、光る剣身から無数の紫色に光る小さな真空波が地上のパーシュたちに向かって放たれた。


(これは、カルヘルツィと同じ技!?)


 カムネスは自分が倒した五凶将と同じ技をアトニイが使ったことに驚く。なぜカルヘルツィと同じ技を使えたのか疑問に思っていたが、今は迫って来る無数の真空波をどうにかしなければならない。

 カムネスは真空波のことを何も知らないパーシュたちに助言しようとする。だがカムネスが喋る前に真空波がパーシュたちに襲い掛かった。

 無数の真空波は地上にいるパーシュたちの向かって飛んで行き、パーシュたちは一斉の迫って来る真空波を避ける。真空波の数は多いが集中すれば避けるのは難しくなかった。

 真空波が飛び交う中、パーシュは落ち着いて真空波を避けていく。すると一つの真空波がパーシュの右斜め前から勢いよく迫って来る。

 真空波の速さと自分との距離から回避はできないと考えたパーシュはヴォルカニックで叩き落すことにした。

 パーシュは目の前まで迫ってきた真空波に向けてヴォルカニックを振り下ろす。ところがヴォルカニックは飛んできた真空波を叩き落せずに通り抜けてしまい、パーシュは目の前の出来事に驚愕の表情を浮かべる。

 叩き落せなかった真空波はそのままパーシュに向かって行き、彼女の右脇腹を切り裂く。脇腹の痛みにパーシュは表情を歪ませ、奥歯を噛みしめながら痛みに耐える。


「な、何だよ今の……確かに当たったはずなのに……」


 右手でヴォルカニックを握りながら左手で脇腹を押さえるパーシュは何が起きたのか考える。すると遠くからフレードの声が聞こえ、パーシュはフレードがいる方角を見た。

 そこには自分と同じように真空波に左腕を切られたフレードの姿があり、他の四人も真空波に腕や足などを切られて負傷している。

 実はフレードたちもパーシュのように迫ってきた真空波を武器で叩き落そうとしたのだが、武器は真空波を通り過ぎて叩き落すことも防ぐこともできず、フレードたちは真空波をまともに受けてしまったのだ。

 真空波を防御できない状況にパーシュたちは驚きながら傷の痛みに耐える。すると飛び上がっていたアトニイが広場に着地し、傷ついたパーシュたちを見て笑う。


「どうだ? これが私が手に入れた混沌術カオスペルの力だ。混沌術カオスペルの力を得た私の攻撃は決して防ぐことができない」


 真空波を叩き落せなかったのも混沌術カオスペルの力だと知ってパーシュたちは反応する。

 確かにここまでの戦闘でアトニイの剣は防げずに通り抜けてしまい、真空波も叩き落すことができなかった。

 剣と真空波はどちらもアトニイの攻撃であり、アトニイはここまで混沌術カオスペルを発動し続けている。混沌術カオスペルの力が付与された攻撃は防御できないと聞かされたパーシュたちは驚くと同時に納得する。

 驚いているパーシュたちを見ながらアトニイは剣を持つ右手の甲をパーシュたちに向けて紫色の光っている混沌紋を見せた。


「私の混沌術カオスペルは同族以外からの攻撃、敵対行動を全て無力化する。私の攻撃を防御することも私に対する敵対行動と見なされ、敵は攻撃を防ぐことができないのだ」

「こ、攻撃と敵対行動の無力化?」


 とんでもない能力にペーヌは驚き、パーシュたちもアトニイを見ながら耳を疑う。攻撃を無力化する能力かもしれないと予想はしていたが、防御すらも無力化する能力だとは誰も予想していなかった。

 アトニイが自分に都合の良すぎる混沌術カオスペルを開花させたことにパーシュたちは驚きを隠せずにいる。そんな中、アトニイは剣を勢いよく外側に向かって振り、不敵な笑みを浮かべた。


「これが私が手に入れた混沌の力、“覇道スプレマシー”の力だ!」


 パーシュたちを威圧するように力の入った声を出すアトニイはパーシュたちに向かって走り出した。


今回が今年最後の投稿になります。

今年中に完結させるつもりでしたが結局来年も続くことになりました。年が明けてからしばらくした後に投稿を再開するつもりです。

今年も読んでいただき、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。


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