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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百五十八話  優勢の中に仕組まれたもの


 ユーキたちが進軍を開始した頃、ゾルノヴェラの外では連合軍が蝕ベーゼたちとの攻防を続けていた。

 戦況は数の多い連合軍の方が優勢で少しずつ蝕ベーゼの数を減らしていっている。だがベーゼ側も負けずと反撃してきており、兵士や生徒の中には既に大勢の死傷者が出ていた。

 仲間が倒れる姿を見て心を痛めたり士気を低下させる者もいるが、この戦いに勝利しなければ更に多くの犠牲者が出てしまうため、兵士や騎士、生徒たちは苦痛に耐えながら蝕ベーゼと戦っている。

 連合軍に参加した三大国家の兵士、騎士たちは単独では戦わず、常に二人以上の仲間と協力し合って戦っている。敵の大半はベーゼゴブリンやベーゼスケルトン、ベーゼヒューマンと言った力の弱い存在だが兵士たちは油断せずに全力で挑んだ。

 蝕ベーゼの中でもベーゼオーガと言った力の強い蝕ベーゼはメルディエズ学園の生徒や教師たちが相手をし、武器や魔法を上手く使って討伐している。その中でも混沌士カオティッカーや五聖英雄は飛び抜けた活躍を見せていた。

 ロギュンは浮遊フローティングの力を付与した数本の投げナイフを操って一度に周りにいる数体のベーゼを切り裂いて倒していき、オルビィンは双児ツインズで自身の分身を作ると得意の槍術で目の前のベーゼたちを貫き、薙ぎ払う。

 ウェンフもユーキから教わったルナパレス新陰流で近くにいるベーゼを斬り、遠くにいたり、固まっているベーゼたちには雷電サンダーボルトの電撃で攻撃する。

 グラトンはウェンフの近くで腕を振り回したり、体当たりなどをしてベーゼを倒していく。ウェンフの近くで戦うグラトンはウェンフを護っているようにも見えた。

 混沌士カオティッカーの近くで戦っている普通の生徒たちはその勇姿を見て士気を高め、彼らに負けていられないとより強く闘志を燃やしてベーゼたちに挑んでいく。


「かぁ~、まだ結構な数がいるねぇ」


 茶色のマントを羽織って木製の杖を握るスローネは面倒そうな顔をしながら周りを見て呟く。スローネの周囲にはニ十体以上の蝕ベーゼがおり、連合軍の参加した帝国兵と戦っていた。

 開戦してからそれなりに時間が経過し、既に多くの蝕ベーゼが倒されたがそれでもまだ数え切れないくらいの数が残っている。スローネは蝕ベーゼたちを見ると早く倒してゾルノヴェラに突入しなくてはと思っていた。

 スローネが周りを見回していると正面から二体のベーゼゴブリンがスローネに向かって跳びかかった。

 周りを見ていて気付くのに遅れたスローネは襲い掛かるベーゼゴブリンたちを見て緊迫した表情を浮かべる。状況から攻撃を避けるのは難しく、スローネはやられるのを覚悟した。

 だがその時、左から真空波が飛んできてベーゼゴブリンたちを胴体から両断した。ベーゼゴブリンたちは何が起きたのか分からないまま空中で黒い靄と化す。

 スローネが目を見開きながら真空波が飛んできた方を向くと少し離れた所でロッドを構えたスラヴァの姿があり、スローネはスラヴァが助けてくれたのだと知った。


「大丈夫ですか、スローネさん?」

「先生、助かりましたぁ」


 頭を掻きながらスローネが礼を言うと、スラヴァはスローネの前まで駆け寄って若干呆れたような表情を浮かべてスローネを見る。


「戦場のど真ん中でキョロキョロするのは感心しませんね。増してや貴女は接近戦に弱い魔導士なのですから人一番警戒するべきですよ?」

「ハハハハ、すみません」


 苦笑いを浮かべながらスローネはスラヴァに謝罪する。この時のスローネは自分がメルディエズ学園の生徒だった時に教師だったスラヴァに注意されていた時のことを思い出して懐かしさを感じていた。

 スラヴァは教師になったのに抜けてるところがあるスローネを見て軽く溜め息をつく。だがすぐに目を鋭くして周囲を見回して戦況を確認した。勿論、自分がベーゼに狙われてもすぐに対処できるよう周囲もしっかり警戒している。


「まだあちこちにベーゼオーガのような厄介なベーゼが残っています。彼らを優先して倒せば予定より早く敵を殲滅させることができるはずです」

「なら、私たちもベーゼオーガとかを見つけたらそっちを先に倒した方がいいですねぇ」

「ええ。……ただ、他の蝕ベーゼの討伐も忘れてはいけませんよ」


 スラヴァはスローネに忠告しながら前を見つめる。スラヴァの正面、約50m先には十体のベーゼスケルトンが錆びた剣や手斧を持って走って来る姿があり、スラヴァはすぐに自分とスローネを襲おうとしていると悟った。


「また面倒くさいのが来たねぇ。……ちゃっちゃと片付けちまうか」


 スローネはベーゼスケルトンに杖を向けて魔法を放とうとする。するとスラヴァがロッドをスローネの前に出して魔法を放つのを止めた。


「ここは私に任せてください」


 ベーゼスケルトンは自分が何とかすると語るスラヴァは一歩前に出てロッドを前に出して横に構えた。

 スローネは五聖英雄であり師であるスラヴァがベーゼスケルトンたちを倒してくれること、久しぶりに間近でスラヴァが戦うところを見られることに胸躍り、笑いながらスラヴァを見つめる。

 スラヴァは目を閉じながらロッドの前に白い魔法陣を展開させ、魔法陣の前に白い光球を作り出す。同時に右手の甲の混沌紋も薄っすらと紫色に光らせた。

 ベーゼスケルトンたちはスラヴァが何をしようとしているのか理解できていないらしく、警戒することなく全速力でスラヴァに向かって行く。


聖光の流星群シューティングスター!」


 目を開けると同時にスラヴァは魔法を発動させ、目の前の光球を薄っすらと紫色の光を纏う十数個の小さな光球に変える。そして無数の光球は一斉に走って来るベーゼスケルトンたちに向かっていき、全ての光球はベーゼスケルトンたちの頭部を破壊した。

 頭部を光球で撃ち砕かれたベーゼスケルトンたち体勢を崩して一斉に前に倒れる。その直後、全てのベーゼスケルトンは黒い靄となって消滅した。

 全てのベーゼスケルトンを倒したスラヴァはロッドをゆっくりと下ろす。その姿を見ていたスローネはスラヴァの左隣に移動し、笑いながらスラヴァの顔を覗き込んだ。


「相変わらず凄いですね、先生の“性質ナチュラー”の力は」

「前にも言いましたが、私の混沌術カオスペルは凄いものではありませんよ。ただ性質を変えるだけの能力ですから」


 自分の混沌術カオスペルを褒めるスローネを見てスラヴァは若干複雑そうな顔で答えた。

 スラヴァの混沌術カオスペルである性質ナチュラーは無機物や魔法の性質を自分が考えた性質に変えることができる。この混沌術カオスペルを使えば水や熱で溶けるという性質を持った氷も溶けないようにしたり、元々固い物を柔らかくすることもできるのだ。

 ただし、性質を変えられるのは生物以外の物で、変えられる性質にも幾つが条件がある。

 例えば植物の“火で燃える”という性質を“あらゆるものを切る”と言うようなまったく関係の無い性質に変えることはできない。この場合は“火で燃える”を火は燃えない”と言うように関係性のある性質になら変えることが可能なる。

 スラヴァはベーゼスケルトンたちを攻撃する際、性質ナチュラー聖光の流星群シューティングスター)の“狙った敵に飛んで行く”と言う性質を“確実に敵の頭部に向かって飛んで行く”と言う性質に変え、全てのベーゼスケルトンの頭部を粉砕したのだ。


「そんなことはありませんよ。先生の性質ナチュラーは優れてるし応用力もあります。ルナパレスとサンロードがベーゼの力を制御できずにいた時も性質ナチュラーで薬の性質を変えて二人がベーゼ化しないようにしたんでしょう?」

「ええ」


 スローネの問いにスラヴァは小さく頷いて返事をする。そう、ユーキとアイカがベーゼの力を制御できずにいた時、スラヴァが二人に渡したベーゼ化を抑える薬も性質ナチュラーを使って作り出した物だったのだ。

 戦闘だけでなく、日常生活でも役に立つ性質ナチュラーの能力をスローネは優れた能力だと思っている。しかしスラヴァ自身は他の混沌士カオティッカー混沌術カオスペルと比べると力の弱い能力だと思っているため胸を張っていいのか分からなかった。


「お前はもう少し自分の力に高く評価するべきだと思うぞ」


 スラヴァとスローネが話をしていると何処からかハブールの声が聞こえきた。二人が声が聞こえた方を見ると右手に刀を持ったハブールが跳んでスラヴァの隣に着地する。

 ハブールも五聖英雄の一人として最前線に出て戦い、近くにいる生徒たちに指示を出しながら部隊を動かしていた。


「三十年前の戦いでもお前は自分の能力をベーゼとの戦いには向いていないと言っていた。だが実際にお前の力は多くのベーゼを倒し、仲間たちの役にも立っている。その結果、お前は多くの人々から英雄として認められたのだ」

「それは分かっているのですが、やはり貴方やペーヌの混沌術カオスペルと比べるとベーゼとの戦いには不向きだと思ってしまうのです」

「それでいいのだ」


 真剣な目で見つめながら語るハブールを見てスラヴァや意外そうな顔をする。


「戦いに不向きな力こそ、この世界には必要なもの。お前の混沌術カオスペルは戦いだけでなく、平和のためにも使える力だ」


 ハブールは低い声でスラヴァの能力の重要なところを語る。するとハブールたちの周りに麹塵きくじん色の毛を持つ狼のような蝕ベーゼ、ベーゼデイゴストが八体現れてハブールたちを取り囲んだ。

 突然現れて唸り声を上げるベーゼデイゴストたちにスローネは驚き、スラヴァも目を僅かに鋭くする。ハブールは自分が仲間と話している最中に現れたベーゼデイゴストたちをジッと睨みつけた。


「会話の最中に襲い掛かろうとするか……やはりベーゼは知能が低いな」


 不機嫌そうな口調で呟くハブールは混沌紋を光らせて刀を構える。その直後、ベーゼデイゴストたちは一斉に三人に跳びかかった。

 スローネとスラヴァはベーゼデイゴストを迎え撃とうと杖とロッドを構える。だが二人よりも先にハブールがもの凄い速さで動き、取り囲んでいた八体のベーゼデイゴストを刀で切り捨てる。それは文字どおり目にも止まらぬ速さだった。

 斬られたベーゼデイゴストたちは鳴き声を上げる間もなく息絶えて消滅する。ハブールは最初に立っていた場所に戻ると刀を軽く振り、同時に混沌紋の光も消えた。


「噂以上ですね? 効果範囲内の生物の位置や数、殺気などを瞬時に察知する“領域エリア”の能力……」


 スローネは目を見開きながらハブールを見つめ、スラヴァも「相変わらずですね」と言いたそうな顔でハブールを見ている。

 ハブールの混沌術カオスペルである領域エリアは発動すると他人には見えないドーム状の光の領域を作り出す。

 領域内に生物が入れば例えハブールに見えなくても居場所や人数と言った情報が正確に分かるようになる。しかも生物であれば敵か味方かの判別もでき、魔法や矢と言った遠距離攻撃も速度や位置を知ることができるため、領域エリアは全てを見抜く力と言ってもいい。

 ベーゼデイゴストたちが襲ってきた時、ハブールは領域エリアでベーゼデイゴストの正確な位置と数、攻撃速度などを見抜いた。その直後に神歩で高速移動をし、ベーゼデイゴストがスローネとスラヴァを攻撃する前に切り捨てたのだ。

 ハブールは自分が切り捨てたベーゼデイゴストが全て消滅したのを確認するとチラッとスラヴァの方を向いた。


「私の力は戦いでしか役に立たない。戦いでしか使えない能力よりも戦いに向いていない能力の方が必要とされるのだ。……お前はもっと自分の混沌術カオスペルを誇りに思うべきだぞ」

「……フフフ、そうですね。貴方の言うとおりかもしれません」


 励ましか説教か分からないハブールの言葉にスラヴァは小さく笑う。

 三十年前にハブールと共にベーゼと戦ったスラヴァにはハブールが何を思って言ったのか理解できたため、ハブールの言いたいことが分かった途端におかしくて笑ってしまった。

 笑うスラヴァを見たハブールは小さく鼻を鳴らしながらそっぽを向く。スローネはいきなり笑い出したスラヴァを見て笑う意味が分からずにキョトンとしていた。


「それより、ベーゼたちの勢いが少しずつだが弱まってきている。この調子ならすぐにゾルノヴェラに突入できるだろう」


 ハブールが戦いの話をするとスラヴァとスローネは真剣な表情を浮かべて平原を確認した。

 確かにベーゼたちは最初と比べて攻め方が弱くなっており、逆に連合軍の勢いは増している。明らかに戦況は連合軍側に傾いていた。


「確かにこれならいつでも作戦どおりゾルノヴェラに突入できますねぇ。……あとはルナパレスたちがゾルノヴェラの情報を手に入れて報告してくれれば一気に制圧できます」


 スローネの言葉を聞いたスラヴァとハブールは自分の左腕の伝言の腕輪メッセージリングに目をやる。

 伝言の腕輪メッセージリングは戦闘中の情報交換や連携を取りやすくするため、連合軍の中でも指揮官や部隊長、混沌士カオティッカーと言った重要な立場の存在に渡されている。そのため、五聖英雄であるスラヴァとハブールも伝言の腕輪メッセージリングを嵌めていた。

 もともと数が少なく、会話できる範囲の狭かった伝言の腕輪メッセージリングだったが、スローネが開発を重ねた結果、大量生産と長距離での会話が可能となり、完成した分は今回の決戦でも連合軍に回された。


「まぁ、ルナパレスたちなら問題無く情報を集めてくれるはずですから、私たちはそれまでに蝕ベーゼたちを片付けちゃいましょう」

「……だといいのですがね」


 スラヴァが軽く俯きながら意味深なことを口にし、それを聞いたスローネが不思議そうな顔でスラヴァを見た。


「先生、それってどういうことです?」

「ゾルノヴェラにはベーゼ大帝であるフェヴァイングと参謀のベギアーデがいるはずです。フェヴァイングは用心深い性格をしており、ベギアーデは非常に頭が切れます。もしかすると彼らは何かしらの対策を講じているかもしれません」

「つまり、どういうことです?」


 意味が分からないスローネは詳しい説明を求める。するとスラヴァが答えるより先にハブールが口を開いた。


「ベーゼたちはペーヌたちが突入することを予想して彼女たちを迎え撃てるよう準備をしているかもしれない。要するに突入したペーヌたちを倒すため、もしくはゾルノヴェラの情報を手に入れ難くするために何か罠を仕掛けているかもしれないと言うことだ」

「わ、罠、ですか?」


 ユーキたちが追い詰められる状況になるかもしれないと聞かされたスローネは微量の汗を流す。

 突入したのはメルディエズ学園でも指折りの実力を持った混沌士カオティッカーの生徒と五聖英雄であるため、ユーキたちが不利な状況になるかもしれないと言われてもスローネは受け入れられなかった。

 しかし戦場では何が起こるか分からないため、可能性はゼロではない。スローネは低い確率でユーキたちが危機的状況に立たされるかもしれないと考えて僅かに表情を歪ませる。


「まぁ、仮にベーゼたちが何かしらの罠を張っていたとしても、ペーヌたちであれば問題無く対処できるだろう」

「そ、そうですよねぇ」

「だが、それも絶対ではない。最悪の事態になることも覚悟しておくべきだ」


 安心させるような発言をした後に再び不安な言葉を口にするハブールをスローネは目を細くしながら見つめ、安心させたいのか警戒させたいのかどっちなのだろうと心の中で疑問に思う。

 スローネたちが会話をしていると三人の周りに三体のベーゼオーガ、八体のベーゼゴブリンが集まり、呻くように低い声を出しながらスローネたちを睨みつける。

 ベーゼゴブリンたちに気付いたスローネたちは背中を向け合いながら持っている武器を構えた。


「とにかく、私たちはまず蝕ベーゼたちを殲滅してゾルノヴェラに突入できる状況を作らなければいけません」

「うむ、さっさとコイツらを片付けて平原を制圧するぞ」

「ハ、ハイ!」


 三人は周りにいる蝕ベーゼたちに鋭い視線を向け、魔法や剣術で攻撃を仕掛けた。


――――――


 一方、ユーキたちはゾルノヴェラの駐屯所を目指して街道を移動している。

 正門前の広場を出てから大勢のベーゼが襲い掛かったが、ユーキたちはその全てを返り討ちにしながら奥へ進み、今いる街道までやって来た。

 ユーキたちは街道を走りながら駐屯所がある西へ向かっていた。街道は長い間整備や修繕などされていなかったせいかボロボロになっており、両側に建てられている民家なども廃屋のようになっていた。

 しかもベーゼの棲み処と化しているせいか、街は正門前の広場と違って薄い瘴気に包まれている。瘴気に気付いたユーキたちは街道に入る前に学園から持ってきた瘴壊丸しょうかいがんを服用して瘴気に体を侵されないようにした。

 因みに半ベーゼ化しているユーキとアイカは瘴気の影響を受けないため、瘴壊丸を服用する必要は無かった。

 ユーキたちが通る街道にはインファとモイルダーが十数体おり、民家の屋根の上には数体のユーファル、上空では無数のルスレクが飛び回っている。全てのベーゼが侵入者であるユーキたちに注目している。


「此処にもかなりの数のベーゼがいますね!」

「立ち止まってはダメよ。向かって来る奴だけ倒して先へ進みなさい!」


 ペーヌは走りながらユーキに声を掛け、持っているウォーハンマーを両手で握りながら数十m先で固まっているインファとモイルダーたちを見つめる。

 ユーキたちも正面にいるインファたちを睨みながら得物を構え、間合いに入ったらすぐに攻撃できる準備をした。

 インファとモイルダーはユーキたちが一定の距離まで近づいてくると鳴き声を上げながら一斉にユーキたちに向かって走り出す。インファたちは剣を、モイルダーたちは爪を光らせながら威嚇するように鳴き声を上げる。

 しかしユーキたちは向かって来るベーゼたちを見ても怯んだりせず、速度も落とさずに距離を縮めていく。


「邪魔だ! そこをどけぇ!」


 先頭を走るフレードはリヴァイクスの刃の部分に水を纏わせ、刃に沿って水を高速回転させる。更に混沌紋を光らせて伸縮エラスティックを発動させるとリヴァイクスの剣身を10mほどの長さに伸ばすと右から勢いよく横に振り、迫ってきたベーゼたちを斬った。

 インファとモイルダーの群れは全て胴体から両断され、ユーキたちに攻撃を仕掛けることもできずに一斉に倒れて黒い靄と化した。

 正面にいたベーゼを全て倒したフレードはニッと笑いながらリヴァイクスを元の長さに戻して刃の水も消滅させる。

 進行方向のベーゼがいなくなるとユーキたちは少しでも早く街道を抜けられるようと走る速度を上げる。すると今度は頭上を飛んでいた数体のルスレクが急降下して頭上からユーキたちに襲い掛かろうとした。


「今度はルスレスですか? ホントに邪魔ばかりしてくる奴らですわねぇ!」

「あたしに任せな」


 ミスチアが上を向きながら鬱陶しそうにしているとパーシュが左手を頭上のルスレクたちに向けて爆破バーストを発動させ、左手の中に火球を作り出した。


火球ファイヤーボール!」


 パーシュはルスレクたちに向けて火球を放つ。火球は急降下してくるルスレクの一体に命中して爆発し、周りにいる他のルスレクも爆発に呑まれた。

 火球の直撃を受けたルスレクは空中で粉々になり、爆発に呑まれた他のルスレクたちは体中から煙を上げ、落下しながら消滅する。


「よし、上の奴らも片付けた。このまま行きに突っ切っちまおう」

「……それは難しいと思う」


 フィランはパーシュに声を掛けると走ったまま後ろを向き、パーシュやユーキたちも後ろを確認した。

 ユーキたちの数m後ろには四体のユーファルの姿があり、大きな目をギョロギョロと動かしながらユーキたちを追いかけて来ている。

 先程のインファたちと違って今度は中位ベーゼが追って来ている状況にユーキや僅かに表情を歪めた。


「どうします? 動きが速く、姿を消せるユーファルについて来ると色々面倒なことになりますよ?」

「確かにそのとおりだ。……なら、街道を抜ける前に片付けてしまえばいいだけのことだ」


 カムネスは走りながらフウガの鯉口を静かに切る。どうやらカムネスがユーファルの相手をするつもりのようだ。

 ユーキもカムネスなら素早くユーファルたちを倒してくれるだろうと考え、この場はカムネスに任せようと思っていた。


「まったく、鬱陶しい奴らね。……ちょっとあっち行ってな!」


 カムネスが迎え撃とうとした時、ペーヌは走る速度を落として最後尾に移動すると憤怒フューリーを発動させ、急停止しながら振り返ってウォーハンマーを横に振る。するとウォーハンマーを振った瞬間に強い風が吹いて追いかけてきていたユーファルたちを吹き飛ばした。

 ユーファルたちは20mほど吹き飛ばされて街道や民家の壁に叩きつけられる。ペーヌはユーファルたちが吹き飛んだのを確認すると憤怒フューリーを解除して先に行っていたユーキたちの後を追う。


「す、凄い、武器を振って突風を起こすなんて……」

「ペーヌさんってあんなこともできたのね」


 ユーキとアイカは走りながら後ろを向き、ペーヌの戦う姿を目にして驚く。

 パーシュとフレードも同じように後ろを向き、予想外の攻撃を仕掛けるペーヌの姿に目を見開いている。


憤怒フューリーで身体能力を強化した馬鹿師匠ならあれぐらい簡単にできますわ。あの人にとっては武器を振った時にできる風圧さえも武器になりますのよ」


 ミスチアは驚いているユーキたちにペーヌの力について解説し、説明を聞いたユーキたちは改めてペーヌの強さに驚きと感心を抱く。

 ユーキたちが走りながらミスチアの方を見ていると遅れていたペーヌが追いつき、どこか不満そうな顔をしながらユーキたちを見た。


「貴方たち、何をもたもたしてるの? 街道ここにいるベーゼは全部片づけたんだから、急いで先へ進むわよ?」

「あ、ハイ……すみません」


 ペーヌは走る速度を上げて街道の奥へ向かい、ユーキたちもその後に続く。一秒でも早く情報を集めなくてはいけないため、ユーキたちは急いで目的地の駐屯所へ向かう。

 その後、街道を抜けたユーキたちは何度もベーゼたちの襲撃を受けながら移動した。途中にある住宅区や広場などを通過し、連合軍が突入した際に仮拠点として使えるかどうか細かく確認しながら奥へ進んだ。

 ユーキたちはゾルノヴェラの南南西にある街道を走っている。今いる街道を抜ければ駐屯所がある広場に出られるため、ユーキたちは全速力で移動していた。


「もうすぐ駐屯所に着くわ。多分そこには大勢のベーゼがいるはず、広場に出ればベーゼたちは一斉に襲ってくるかもしれないから気を引き締めなさい!」


 ペーヌの忠告を聞いたユーキたちは得物を強く握る。

 駐屯所はユーキたちにとって武具などが手に入る重要な場所であるため、絶対に確保しておきたい場所だ。逆に言えばベーゼたちにとっては絶対に人間たちに奪われたくない場所なので死守しようと考えているはず。

 激しい戦いが繰り広げられる、そう感じながらユーキたちは走った。

 やがて街道の出口がユーキたちの視界に入り、少しずつ距離が縮まっていく。ユーキたちはベーゼに対する警戒心を最大にして駐屯所がある広場に飛び出した。

 広場に出たユーキたちは素早く得物を構えてベーゼを迎え撃つ体勢を取る。ところがどういう訳か広場にベーゼは一体もおらず静まり返っており、予想外の状況にユーキたちは軽く目を見開いた。


「おいおい、どういうことだ? ベーゼが一体もいねぇじゃねぇか」

「奴らにとって此処は決して敵に奪われたくない場所のはず。防衛どころか見張りのベーゼすらいないのは確かにおかしいな」


 ベーゼがいないことを疑問に思うフレードとカムネスは構えを崩さずに広場を見回す。だがやはりベーゼは一体もおらず、ユーキたち以外は誰もいなかった。

 ユーキたちはなぜベーゼが広場にいない理由を考えるが、今は情報が無いためいくら考えても答えは出てこない。

 理由も気になるが今は駐屯所に向かい、武器や防具、連合軍の仮拠点を確保することが重要なため、とりあえず駐屯所へ向かうことにした。

 ベーゼの姿が無くても警戒を怠るわけにはいかないため、ユーキたちは警戒しながら広場の奥へ向かって走る。

 ユーキたちが向かう先には帝国軍が使っていた駐屯所らしき建物があり、ユーキたちは駐屯所に着いたら急いで情報を集め、ゾルノヴェラの外にいる連合軍に連絡を入れようと思っていた。


「駐屯所は他の建物と違って頑丈に作られているわ。あそこならゾルノヴェラを制圧する仮拠点としては十分使えるはずよ」

「それなら急いで状態や使えそうな物があるかどうか確認しましょう」


 いずれやって来る仲間たちのためにも急いだ方がいい。ユーキはそう思いながら駐屯所へ向かって走った。


「待ちくたびれたぞ」


 何処から聞こえてくる声にユーキたちは反応して急停止し、止まった直後に全員が構えて周囲を見回す。だが、広場にユーキたち以外に誰もおらず、誰が何処から声を掛けたのか分からなかった。

 ユーキたちが声の主を探していると突然十数m先に人影が現れる。それは滅紫色の長袖長ズボン姿で腰に剣を差し、赤い装飾が入った漆黒のハーフアーマーと赤いマントを装備したアトニイ・ラヒートことベーゼ大帝、フェヴァイングだった。


「フェヴァイング!」


 再会したアトニイにユーキは思わず名を叫ぶ。メルディエズ学園で敗北したこと、何もできずに逃がしてしまったことを思い出したのかユーキのアトニイを見つめる目は鋭かった。

 ユーキ以外の者はアトニイがベーゼ大帝だと聞いてはいたが、正体が判明した後に会うのは初めてだったため、全員が警戒心を強くしてアトニイを見つめている。特にペーヌは強い敵意の籠った眼差しを向けていた。


「ゾルノヴェラに侵入していたのはやはりお前たちだったか。まぁ、ベーゼが蔓延る場所に少人数で突入するなど、五凶将を倒したお前たち以外では無理だろうな」


 腕を組むアトニイは不敵な笑みを浮かべながらユーキたちを見つめる。どうやらアトニイは連合軍がゾルノヴェラに突入したことを既に知っており、それがユーキたちだということも分かっていたようだ。

 アトニイの発言を聞いて自分たちの存在や駐屯所を目指していたことがバレていると知ったユーキたちはより警戒心を強くする。

 もしかすると広場にベーゼがいないのもアトニイが仕組んだことなのかもしれない。そう思いながらユーキたちはアトニイを睨んだ。

 ユーキたちがアトニイを見つめる中、ペーヌがゆっくりと前に出る。ウォーハンマーを肩に掛けるペーヌはジッとアトニイを睨み、アトニイもペーヌに視線を向けた。


「三十年ぶりね、フェヴァイング。てっきり前の戦いの傷で死んだのかと思ってたわ」

「フッ、死んだと思ったのはこっちだ、リャン・ペーヌ。あの戦いの後で絶望し、奴を追って自ら命を絶ったのかと思ったぞ?」


 ペーヌは挑発してくるアトニイは睨みながらウォーハンマーを持っていない手を強く握る。

 三十年前の戦いで愛する人を失い、その原因を作ったベーゼ大帝が軽々しくそれを口にすることにペーヌは腹を立てる。だが敵を前に感情的になるのは愚行なため、必死に怒りを抑え込んで平常心を保つ。


「……私は自殺なんて馬鹿な真似はしないわ。私が死ねばあの人の犠牲が無駄になってしまうもの。亡くなった彼のためにも私は生き、この世界を護るためにベーゼと戦う道を選んだのよ」

「ほほぉ、三十年前は後先考えない子供のような性格だったお前が随分成長したな。……これもあの男が死んだおかげか?」

「姿形は変わっても、口数の減らないところは三十年前と変わってないみたいね。流石は知能の低いベーゼたちの大将だわ」


 互いに挑発し合うベーゼ大帝と五聖英雄の間には緊迫した空気が漂う始める。空気の変化を感じ取ったユーキは思わず息を飲み、アイカやミスチアも微量の汗を流す。

 ペーヌがアトニイを睨んでいるとカムネスがペーヌの隣にやって来てジッとアトニイを見つめる。


「アトニイ・ラヒート……いや、ベーゼ大帝。お前には色々と話があるのだが、まず最初に訊かせてもらおう。……どうしてお前が此処にいる? ベーゼ大帝自ら僕たちを始末しに来たのか?」

「フッ、なかなか鋭いな、カムネス・ザグロン……と言いたいところだが少し違う。私が此処に来たのは私自身の力を試すだ」

「力を試す?」


 話の意味が分からないカムネスは目を僅かに細くする。

 ベーゼの頂点に立ち、ベーゼ最強の力を持つ存在が決戦の最中に自身の実力を試すために敵の前に現れた。カムネスだけでなくユーキたちもまったく意味が理解できていない。


「どういう意味だ、もっと分かりやすく言いやがれ!」


 フレードが少し興奮しながら詳しい説明を求めると、アトニイは再び不敵な笑みを浮かべた。


「安心しろ、後で分かりやすく説明してやる。……だがその前に、こちらの目的を一つ達成させてもらおう」


 アトニイは再び意味不明な言葉を口にし、ユーキたちもアトニイの言葉の意味を考えながら警戒する。その時、最後尾にいたアイカの真後ろに何かが現れた。


「キャアアッ!?」

「アイカ!?」


 アイカの悲鳴を聞いたユーキは咄嗟に振り返り、パーシュたちも後ろを向く。そこにはアイカの両手首を握って彼女を捕らえているベギアーデの姿があった。


「ベギアーデ!」

「ハハハハッ! 隙だらけだぞ、ユーキ?」


 ベギアーデはアイカを拘束しながら愉快そうに笑う。突然現れてアイカを捕まえたベギアーデをユーキは奥歯を噛みしめながら睨みつけた。


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