第二百五十七話 作戦確認
広場の中央ではユーキたちが武器を構えながら周囲を見回していた。周りにはユーキたちに倒されたベーゼの死体が幾つも転がっており、黒い靄となって消滅しかけている。
「よし、粗方片付いたみたいだね」
「ああ、もうこの広場には一匹もいねぇ」
パーシュとフレードは生きているベーゼが広場にいないことを確認すると構えを崩す。ユーキたちもとりあえず安全地帯を確保できたので肩にを下ろした。
ゾルノヴェラに突入した直後、ユーキたちは広場を制圧するために散開して戦闘を開始した。ベーゼたちも侵入者であるユーキたちを排除するために一斉に動き出し、城壁の上や上空にいたベーゼたちもユーキたちに攻撃を仕掛ける。
だが五聖英雄やメルディエズ学園でも上位の生徒たちを相手に勝つことなどできず、ベーゼたちはユーキたちが突入してから三十分と経たぬうちに全滅した。
ベーゼを倒したユーキたちは改めて生き残っているベーゼはいないか広場を確認し、問題無いと判断すると荷馬車を広場の隅に移動させ、全員が荷馬車の近くに集まった。
「ゾルノヴェラ攻略のために拠点は確保した。僕らは此処から進軍し、ベーゼを討伐しながらゾルノヴェラの情報を集めて外にいる陛下やハブール殿たちに報告する」
カムネスは自分たちの役目を確認するようにユーキたちにこれからやるべきことを語り、その場にいるフィラン以外の全員はカムネスを見ながら真剣な表情を浮かべる。
ユーキたちは先程の戦闘である程度のベーゼを倒したが、そんなのは全体のごく一部に過ぎない。
ゾルノヴェラがベーゼたちの本拠点であることや広さを考えると間違い無くまだ沢山のベーゼがゾルノヴェラにいる。ユーキたちにとってはここからが本当の戦いの始まりだった。
「それじゃあ、これからやるべきことを確認しましょう」
ペーヌはユーキたちを見ながら自分の腰のポーチに手を入れて丸められた羊皮紙を取り出す。羊皮紙をユーキたちの前に出して広げるとそこには何処かの町、もしくは都市の全体図が描かれてあった。
羊皮紙に描かれてあるのはゾルノヴェラの地図で作戦直前に連合軍に参加していた帝国軍の騎士から渡された物だ。
ゾルノヴェラに突入して情報収集をするのだから地図を持っていた方が効率よく情報を集められるだろうと騎士に言われ、役に立つと感じたペーヌも遠慮なく地図を受け取った。
ただ、受け取った地図は帝国軍がゾルノヴェラを監視していた時に使っていた物で、帝国軍がゾルノヴェラから去った後の地図ではない。
帝国軍が退却した後、ベーゼたちは知らない間にゾルノヴェラを造り変えられている可能性がある。つまり、監視していた時に使っていた地図が役に立たないかもしれないということだ。
ペーヌや帝国軍も地図に描かれたゾルノヴェラと今のゾルノヴェラは全く違うかもしれないと予想していた。だが無いよりはマシなため、今回の作戦で使うことにしたのだ。
ユーキたちはゾルノヴェラの地図を見下ろし、自分たちの現在地と何処に何があるのかを確認する。
「まず私たちの居場所だけど、ゾルノヴェラの最南端にある正門前の広場。ゾルノヴェラの出入口は此処だけで連合軍が侵入する際、ベーゼたちが外に出る際には此処を通るしかないわ」
ペーヌは左手で地図を持ち、空いた右手でゾルノヴェラの南の部分を指差す。ユーキたちも自分たちの居場所を確認するために地図を覗き込んだ。
「正門を制圧したことで連合軍の突入口を確保できたし、ゾルノヴェラに突入した際には此処を拠点として進軍することができる。外を護っていた蝕ベーゼの数は連合軍より少ないからすぐに壊滅させて突入してくるはずよ」
「成る程なぁ……んで、俺らはこれからどうすんだ?」
「予定どおりこのまま街へ入り、ベーゼたちを倒しながらゾルノヴェラの情報を集めるわ。有力な情報を見つけ次第、伝言の腕輪でジェームズやハブールに連絡を入れる」
そう言ってペーヌは自分の左腕に嵌められている伝言の腕輪を指差し、フレードやユーキたちも自分の左腕を見た。
ユーキたちはゾルノヴェラの情報を集めることが目的であるため、どんな状況でも必ず連合軍の本隊に連絡を入れられるよう八人全員が伝言の腕輪をはめている。
ただ伝言の腕輪は情報の報告だけでなく、万が一ユーキたちがベーゼだらけのゾルノヴェラの中ではぐれた際に仲間の居場所を知って合流できるようにするために与えられた。
敵の本拠点の中に僅か八人で入るのだからこれぐらいは当然と言える。
「もしも情報を集めている最中にバラバラになったらすぐにこれで連絡を入れること。いいわね?」
「そんなこと言われなくても分かってますわぁ。まったく、初めて一人で買い物に行く子供を見送る母親みたいで……アダッ!」
ミスチアが面倒くさそうな顔で喋っているとペーヌがミスチアの脳天にウォーハンマーを振り下ろす。
この時、ペーヌはギリギリまで力を抑えて振り落としていた。理由は勿論、本気でやればミスチアの頭蓋骨が砕いてしまうからだ。
「人が心配して言ってあげてるんだから、こういう場合は黙って聞くべきよ?」
笑みを浮かべるペーヌはウォーハンマーを肩に掛けながらミスチアを見つめ、ミスチアは上半身を前に倒しながら両手で叩かれた箇所を押さえる。
加減してもらったとは言え、それなりに力が強かったらしくミスチアは脳天を押さえながら小さく震えていた。
震えるミスチアと笑顔を浮かべるペーヌを見てユーキとアイカは苦笑いを浮かべ、パーシュとフレードは「うわぁ」と引くような顔をしている。カムネスとフィランはペーヌとミスチアのやり取りをあまり気にしていないのか無言で見つめていた。
「話を戻すけど、私たちはこのままゾルノヴェラの情報を集めるために街へ向かうわ。その際にベーゼと遭遇したら遠慮なく蹴散らしなさい?」
「あの、ペーヌさん。私たちが広場を離れたら別の場所から来たベーゼたちに広場を取り返されるかもしれません。何人かは広場に残って見張りをしておいた方がよいのではないですか?」
アイカは連合軍が突入した後、すぐに拠点を作れるよう広場を防衛する者を残すべきではと語る。ユーキたちもアイカの話を聞いて誰かに見張りを任せた方がいいかもしれないと思っていた。
「その点は大丈夫よ。私たちが街に入ってすぐに大暴れをすればベーゼたちは広場じゃなくて進軍している私たちを止めるために戦力をこっちに向けてくるはずだから」
「つまり、連合軍が突入するまでの間、私たちが囮になってベーゼたちの気を引きつけるってことですか」
「そう言うこと。よく分かってるじゃない、アイカ♪」
自分の考えを理解したアイカを見てペーヌは再び笑顔を見せる。ペーヌの作戦を知ったアイカは微妙そうな表情を浮かべていた。
「あの、私たちが少数で突入したのはゾルノヴェラを内部から攻撃する時にベーゼたちに見つかり難くするためだったはずですよね? 囮になるよう目立つ行動を取るのは作戦と矛盾してるような気がするんですけど……」
「それは違うぞ、サンロード」
カムネスがアイカの考えを否定し、アイカは少し驚いたような反応をしながらカムネスの方を向く。
「確かに僕らはベーゼたちに見つかり難くするために僅か八人で突入した。だが、見つからなくても囮として敵を引きつけることは可能だ」
「どういうことですか?」
アイカはカムネスの言葉の意味が分からずに小首を傾げた。
「都市内で敵を倒したり、破壊活動を行えば当然ベーゼたちはその対処につく。だが少数で広い都市内を移動しながら敵の討伐してもベーゼたちに発見され難く、小さな騒ぎではベーゼの注意を引くこともできない」
都市内で普通に敵と戦い、物資や施設などを破壊しても囮にはならない。そう語るカムネスをアイカやユーキたちは黙って見つめている。
この時のユーキたちはカムネスがただ分かり切っていることを言ってるわけではなく、何か重要なことを言おうとしていると思っており、質問などはせずに話を聞いていた。
「しかし少数で都市内を移動し、小さな騒ぎを起こしたとしても、短い間隔で騒ぎが何度も起こせばベーゼたちも流石に気付き、見過ごそうとは考えなくなる。正門よりもこちらを優先して戦力を送るはずだ」
「確かに……」
自分たちが発見され難い状況でベーゼたちの注意を引くことができるとカムネスから説明されたアイカは納得の反応を見せる。
「それだけではない。ベーゼたちは僕らがゾルノヴェラに侵入したことには気付いているかもしれないが、僅か八人で突入したことには気づいていないはずだ。恐らくベーゼたちは正門を突破されたという状況から連合軍は大部隊で攻めて来たと予想するはずだ」
「……成る程、大部隊で突入してきたと予想したのに敵を発見できず、都市内で騒ぎが連続で起きればベーゼたちはこっちの正確な戦力を把握できずに混乱するってことですね?」
ユーキがカムネスの言いたいことを理解して確認するとカムネスはユーキの方を向いて無言で頷く。
「俺たちの戦力が分からなければベーゼたちはどれ程の戦力をどんな風に動かせばいいか分からない。敵を混乱させるだけじゃなく、上手くやればベーゼたちの陣形を崩して隙を作ることもできる」
「そうだ。仮にベーゼたちがこちらの人数に気付いたとしても、その一人一人が上位ベーゼと同等の力を持つ存在。油断して少数のベーゼを送り込んでくれば返り討ちにでき、大量のベーゼを送り込んでくれば囮として引きつけることもできる」
情報収集と言う本来の目的だけでなく、ベーゼたちの注意を引いて連合軍が突入できるきっかけも作れる。気付かない内に自分たちの都合の良い状況になっていることを知ってユーキは軽く目を見開いて驚いた。
勿論、アイカやパーシュ、フレードもカムネスの説明を聞いて意外そうな反応を見せている。
「これらの作戦はペーヌ殿が考えられたことだ。……流石は五聖英雄、と言うべきですかね」
カムネスがチラッとペーヌを見るとペーヌは自慢げな笑みを浮かべた。
「まあね♪ 伊達に三十年前にベーゼどもと戦ったわけじゃないわ」
(なぁにを偉そうに。本当は全部ハブールさんが考えた作戦なのに……)
ミスチアはペーヌに気付かれないよう不満そうな表情を浮かべながら心の中で呟く。本当は直接言ってやりたいが口に出せば先程のように殴られるのが目に見えているため黙っていた。
「それじゃあ、今後の行動について説明するわよ」
囮になることにユーキたちが納得するとペーヌはこれからの行動について話し始める。
外で戦う連合軍のためにゾルノヴェラ内のベーゼたちの気を引くことは大切だが、ユーキたちの本来の役目は情報収取と連合軍が突入するまでの間にベーゼの数は少しでも減らしておくこと。
連合軍が突入するまでの間にできるだけ自分たちの役目を全うしようとユーキたちは改めて気合いを入れる。
「まず、ゾルノヴェラの内部についてだけど、都市の中央にあるのが昔、帝国軍が使っていた砦で三十年前にベーゼの世界とこの世界を繋ぐ転移門が開いた場所でもあるわ」
三十年前の出来事を思い出したのかペーヌは僅かに表情を険しくしながら地図を見つめ、ユーキたちもペーヌの反応を見て真剣な表情を浮かべながら地図を見た。
「転移門は前の戦いが終わった直後に塞がれ、帝国軍が念入りに管理していたそうよ。だけど、管理していた帝国軍が撤退してからはベーゼがゾルノヴェラから頻繁に出てくるようになったみたい。多分、撤退した後に転移門を開いてベーゼの世界から大量のベーゼを呼び出したんでしょうね」
「ケッ! 軍がいなくなって見張られる心配がなくなった途端に仲間を呼び出したのか。セコイ奴らだぜ」
「……敵がいなくなった後に仲間を呼び出す、当然の作戦」
フレードとフィランはベーゼの行動に対して思い思いの言葉を口にした。
ゾルノヴェラを管理していた帝国軍の撤退は帝国将軍として潜入していたエアガイツが指示によりもの。ユーキたちはエアガイツが自分たちの戦力を増強するためだけでなく、この世界の住人たちとの決戦に備えてゾルノヴェラの監視を止めさせたことを知り、改めて厄介な存在なのだ感じた。
「今でも砦には転移門を開く魔法陣が残っているはず。つまり、この砦がベーゼたちにとって最も重要な場所ってことになるわ。恐らくフェヴァイング……ベーゼ大帝もこの砦にいるはずよ」
ベーゼの頂点に立つ存在が砦にいる、そう聞かされたユーキは反応して砦がある方角を向く。
数km先には周りの建物よりも大きくて高い建造物が建っており、禍々しい雰囲気を漂わせている。ユーキは視線の先にある建造物が砦だと確信し、そこに間違い無くアトニイことフェヴァイングはいると確信した。
「ベーゼ大帝がいるってことは、あたしらの最終的な目的地はこの砦ってことになるのかい?」
「そうね。だから砦に攻め込む前にそれ以外の重要な場所へ向かって状況を確認しておいた方がいいわ」
「重要な場所って?」
パーシュが尋ねるとペーヌは地図の西と北に描かれた建物を指差した。
「まず調べるべきなのはこの二ヵ所、西にある軍の駐留所と北にある魔導研究施設。駐留所にはゾルノヴェラを監視していた帝国軍が武器や防具、都市の情報が書かれた書類などを保管する倉庫として使っていたの」
調べる場所について聞かされたユーキたちはそこにゾルノヴェラの攻略に使えそうな情報があるのかと思い、地図を見て正門と目的地の距離や道などを確認する。
「駐留所にもしも使えそうな武器や情報があれば連合軍の戦力を少しは強化できるし、攻略のヒントとかも得られるわ。もしかするとポーションのような回復薬もあるかもしれないしね」
ペーヌの話を聞いてユーキたちは役立つ物資が残っていることを祈る。ただ、ベーゼによって調べる場所やそこに辿り着くまでの道などが作り変えられたり、物資が使えなくなっている可能性もあるため、ユーキたちは必要以上の期待はしなかった。
駐屯所の説明をしたペーヌは続いて北にある魔導研究施設を指差した。
「研究施設には魔導士の魔力を回復させる薬やベーゼの世界へ続く転移門の情報が記された書物とかがあるってゲルマンやその秘書から聞いたわ。施設を調べて転移門の情報を見つけることができれば二度と転移門が開かれないようにする方法が見つかるかもしれない」
魔導研究施設に重要な転移門の情報があるかもしれないと言う話を聞いて一同は納得の反応を見せる。
ゾルノヴェラでベーゼの世界へ繋がる転移門が開かれたのだから、そこにある魔法関係の施設になら転移門を完全に封印する情報があってもおかしくないとユーキたちは予想した。
「この二つは私たちがゾルノヴェラを攻略するためにも必要な施設。つまり、ベーゼたちにとっては私たちに渡したくない場所と言うこと。恐らくこの二つに施設の護りは固くしているはずよ」
「護りが固いと言うことは中位ベーゼが大量に配備されているかもしれませんわね」
重要な施設であることからミスチアは警戒を厳重しているかもしれないと予想する。ユーキたちも連合軍が攻撃を仕掛けた時点で砦や重要施設の護りは万全にしているだろうと考えていた。
「だがよぉ、連中がどれだけ護りを固めようが今の俺らなら中位ベーゼだって楽に倒せるはずだ。そこまで難しいことじゃねぇと思うぜ?」
「フレード、アンタはまたそうやって敵を軽く見るんだから……」
笑いながら余裕を見せるフレードを見てパーシュは呆れ果て、ユーキとアイカも複雑そうな顔でフレードを見ている。
「中位ベーゼだからと言って気を抜くと足元を掬われるよ? それにアンタも知ってるだろう? ベーゼたちが学園を襲撃してきた時、バウダリーにアルティーヒが現れたってこと……」
フレードはパーシュの口から出たベーゼの名前に反応し、笑顔を消して表情を僅かに鋭くする。ユーキもフッと反応してパーシュに視線を向けた。
アルティーヒは最強の中位ベーゼと言われており、その力は上位ベーゼに匹敵すると言われている。ベーゼたちがメルディエズ学園を襲撃してきた際にはバウダリーの町に現れて住民たちを襲っていた。
だが偶然その場にいたユーキによって倒され、住民たちに大きな被害が出ることなく解決した。ただその強さにユーキは苦戦を強いられ、そのことは学園に伝わって多くの生徒や教師を驚かせたのだ。
「フェグッターやユーファルとかならともかく、アルティーヒが出てきたら流石に楽勝ってわけにはいかないだろう」
「それは五聖英雄の特訓を受ける前の俺らの場合だろう? 今の俺らは五聖英雄に鍛えられて五凶将にも勝てるほど強くなってる。そのアルティーヒが出てきても問題無く倒せる」
まったくアルティーヒの強さを分かっていないフレードにパーシュは溜め息をつき、「ダメだコイツ」と言いたそうに首を横に振った。
「そうね、今の貴方たちならアルティーヒとも互角以上に戦えると思うわ」
パーシュが呆れているとペーヌが口を開いて問題無いと語る。ユーキたちは驚きや意外そうな表情を浮かべながらペーヌの方を向いた。
「ディープスの言うとおり、貴方たちは五聖英雄の特訓を受けて格段に強くなった。多分、今メルディエズ学園に入学してる生徒の中で貴方たち以上の生徒はいないでしょうね」
「ほ、本当かい?」
「あら、この状況で嘘をついても意味ないでしょう?」
不思議そうな顔をするペーヌはパーシュの方を向き、パーシュは少し驚いたような顔をする。
いくら以前より力が増しても自分の力を過信するのは間違っていると思ったため、パーシュはペーヌの言葉に軽い衝撃を受けていた。
「貴方たちはもう少し自惚れてもいいと思うわよ。上位ベーゼと互角以上に戦える力を手に入れたのだから。……と言うよりも、この戦いで勝利するためにも自分は強者だと思うべきよ」
これまでの実績をやこの後の戦いに勝つために少し傲慢になることも大事だと言うペーヌの言葉を聞いてパーシュやユーキたち難しい顔をした。
確かに周囲よりも強い力を持っていながら自分は弱いと思うのは逆に不遜と言える。
強者としての立場を理解するためにも思い上がるべき。ユーキたちは自分に対する見方を改めた方がいいかもしれないと感じていた。
「まぁ、自惚れていいと言われたからって自分は世界で一番強いとか、誰にも負けないと思い込むのは流石に調子に乗り過ぎけどね」
「それ、貴女がいいますの? 私からして見れば貴女も十分思い込みが激しいと思いま……」
ミスチアが呆れ顔でペーヌの考え方を指摘するとペーヌは笑顔でミスチアの尻を蹴った。
蹴られたミスチアは奥歯を噛みしめながら両手で尻を押さえた。ミスチアとペーヌのやり取りを見てカムネス、フィラン以外の四人は目を丸くする。
「師匠に生意気な口を利くなっつってんだろう? それと勘違いしているようだから言っとくけど、私はユーキとアイカ、神刀剣の使い手たちに対して言ってるの。テメェは私と弟子ってだけなんだから自惚れんじゃねぇぞ?」
「ひ、酷いですわぁ……」
満面の笑みを浮かべながら荒い口調で語るペーヌをミスチアは涙目で見つめた。ユーキたちと扱いが違うことに対して不満を感じながらミスチアは尻の痛みに耐える。
ユーキたちがペーヌとミスチアのやり取りを見ていると、ユーキたちの視線に気付いたペーヌが軽く咳をしてから真面目な顔でユーキたちを見た。
「とにかく、貴方たちはもっと自分の強さに自信を持ちなさい。弱いと思っていると戦いで本来の力を出し切ることができなくなるわ。この決戦で勝つためにも自分は強いと思いなさい」
「ハ、ハイ!」
態度を変えてアドバイスをするペーヌにユーキは頷きながら返事をする。アイカやパーシュたちもペーヌの話を聞いて少し考え方を改めようと思っていた。
「話を戻すけど、私たちはこれから遭遇するベーゼたちを倒しながら駐留所と魔導研究施設を目指すわ」
地図を見ながら自分たちのやるべきことを再確認するペーヌを見てユーキたちも地図を見ながら目的地の場所を確認する。
「囮としての役目もあるから途中で倉庫やベーゼたちが棲み処として使っている建物とかを見つけたらそこを破壊してできるだけベーゼたちの注意を引くようにする。いいわね?」
「ハイ」
「ゾルノヴェラの中にいるベーゼはその大半が下位ベーゼで蝕ベーゼよりも力や知能が高いけどハッキリ言って脅威ではない。中位ベーゼやアルティーヒと遭遇しても私たちなら問題無く倒せるわ」
「となると、注意しないといけないのはベギアーデだけですか」
ユーキは因縁のある最上位ベーゼのことを考えて眉間に僅かにシワを寄せた。
アイカたちもまだ最上位ベーゼが一体いることを思い出すと他のベーゼ以上に警戒心しなくてはいけないと考える。
「……いいえ、本当に警戒するべきなのはフェヴァイングの方よ」
ペーヌが低い声で語るとユーキたちはペーヌに視線を向けた。
「三十年前の戦いでは私たち五聖英雄が五人がかりでも倒すことができず、瀕死の状態まで追い込むのが精一杯だったわ。その後、奴はベギアーデの力を借りて逃亡し、長い時間を掛けて傷を癒した」
ペーヌは自分と仲間がベーゼ大帝であるフェヴァイングと戦っていた時のことを思い出しながら当時のことをユーキたちに語る。
ユーキたちはペーヌの話からフェヴァイングの情報が得られるかもしれないと考え、聞き逃さないようペーヌの話に耳を傾けた。
「フェヴァイングは用心深い性格をしているわ。復活した際には三十年前と同じ過ちを犯さないよう何かしらの方法で力を付けたはず。恐らく、今のフェヴァイングの強さは五聖英雄と戦っていた時よりも上よ」
フェヴァイングが強くなっていると聞かされたユーキはメルディエズ学園でアトニイと戦った時のことを思い出す。
アトニイ・ラヒートとしてメルディエズ学園に潜入していたフェヴァイングはそのとてつもない力で依頼を熟しており、正体を明かした時も力を抑えた状態でユーキを圧倒して敗北させた。
ユーキは自分と戦った時のフェヴァイングは本気を出しておらず、その時以上の力を秘めていると考え、真剣な表情を浮かべながら微量の汗を流す。
「奴がこの三十年の間にどれ程強くなったのかは分からない。だけど、五凶将以上の強さを得ているのは間違い無いわ」
「リスティーヒたち以上の力……」
アイカは小さく俯きながらリスティーヒの強さを思い出し、パーシュたちも五凶将との戦いを思い出す。
五聖英雄の特訓で強くなったアイカたちは五凶将に勝つことができた。しかし決した楽勝だったわけではなく、負傷しながらも勝利することができたという結果だ。
簡単には倒せなかった五凶将以上の強さをベーゼ大帝は持っていると知り、アイカたちは僅かに緊迫した表情を浮かべる。
しかし相手はベーゼたちの頂点に立つ存在であるため、五凶将より強いと言われてもおかしなことではなかった。
「あの、ペーヌさん。ベーゼたちが学園を襲撃してきた時、フェヴァイングが去り際にこう言ったんです。『ヴァーズィンを倒してくれて感謝する』って」
「は? 感謝する?」
幹部である五凶将が倒されたのに礼を言うというフェヴァイングの理解できない発言にペーヌは目を細くする。
「あの時はどういう意味か分からなかったんですけど、フェヴァイングが強くなったことに関係あるんでしょうか?」
「……正直よく分からないわ。だけど、アイツがただ挑発や捨て台詞でそんなことを言うとは思えない。何か意味があるはずよ」
「意味って、どんな?」
ユーキの問いにペーヌは目を閉じながら黙り込む。何も言わないペーヌを見たユーキはペーヌでも分からないと直感して少し残念に思う。
「言葉の意味が何であれ、フェヴァイングの強さに関わっていないとは言い切れないわ。一応覚えておきましょう」
今の段階では重要性は感じられないと考えるペーヌは頭の片隅に置いておくことにし、それ以上フェヴァイングが言った言葉の意味を考えなかった。
「とにかく、万が一フェヴァイングと遭遇した際は絶対に一人で挑んではダメ。仲間と一緒に力を合わせて戦いなさい?」
ペーヌが声を掛けるとユーキたちは考えるのをやめてペーヌの方を向く。
先程はペーヌから自惚れてもいいと言われたが、それは普通のベーゼが相手の場合だ。五聖英雄でも倒せなかったベーゼ大帝が相手の場合、自身の力を過信して挑むのは危険すぎる。増してや三十年前よりも強くなっているのだから、少しでも侮っていれば命を落としかねない。
戦いに勝利し、生きて帰るためにも絶対に命を落としかねない行動は取らないようにしよう。ユーキたちはそう自分に言い聞かせた。
「さて、現状とやるべきことの確認は終わり。……何か質問とかはある?」
ペーヌが地図をポーチに仕舞いながらユーキたちに尋ねる。ユーキたちは先程の話で気になっていることや知りたいことを全て理解したのか誰も質問をせず、黙ってペーヌを見ていた。
黙っているユーキたちを見て誰も質問することは無いと知ったペーヌはウォーハンマーを握り、真剣な表情を浮かべながら口を開く。
「それじゃあ、早速行きましょうか。最初に目指すのは駐留所、休まず最短ルートを通っていくわ。もたもたしてると置いて行くからね!」
いよいよ本当の意味で自分たちの任務が始まると感じるユーキたちは得物を握りながらペーヌを見つめ、絶対に成功させて戦いに勝利すると心に誓った。
ペーヌはユーキたちに背を向けると広場の北西、数百m先にある街道の入口を見つめる。地図を見た時に視線の先にある街道を通れば一番早く駐留所に辿り着けると理解していたため、ペーヌは迷わずに北西の街道を通ろうと思っていた。
道が決まるとペーヌは街道の入口に向かって走り、ユーキたちもペーヌの後を追って走り出した。




