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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百五十六話  決戦開戦


 ゾルノヴェラは不気味な雰囲気に包まれていた。空は灰色の雲に包まれて薄暗く、都市内や周囲ではベーゼたちが鳴き声を上げている。まるで戦いに飢え、今すぐにでも暴れたいと訴えているようだった。

 そんな殺気の漂っているゾルノヴェラの南に5kmほど行った所にある森の中では連合軍が身を潜めていた。

 連合軍の偵察部隊は森の出口付近で望遠鏡を覗き、ゾルノヴェラの状況を確認している。

 偵察部隊はゾルノヴェラの周りで鳴き声を上げながら徘徊する蝕ベーゼや上空を飛び回るルフリフたちを目にして表情を僅かに歪ませた。

 相変わらず数の多いベーゼたちに驚きながら偵察部隊は状況確認を終えて森の奥へ移動する。

 森の奥では連合軍が隊列を組みながら待機し、偵察部隊が帰還するのを待っている。間も無く始まる決戦に多くの兵士たちが緊張しながら武器を握り、生徒たちも隣にいる仲間と戦いが始まった後の行動や戦術などを確認し合っていた。

 ゾルノヴェラに突入するユーキたちも荷馬車に乗りながら開戦の時を待っていた。ユーキとアイカは荷台に座りながら真剣な表情を浮かべてゾルノヴェラがある方角を見つめ、パーシュとフレードは無言で御者席に座っている。カムネスとフィラン、ペーヌは目を閉じながら荷台で座り、ミスチアは気の抜けたような顔で空を見上げていた。

 ユーキたちの周りではロギュン、ウェンフ、オルビィンたち混沌士カオティッカーやグラトン、腕利きの生徒たちが自分たちの部隊で待機している。

 スラヴァやオーストたち教師も精神統一などをして気持ちを落ち着かせており、指揮を執るハブールやジェームズたちは連合軍の指揮官たちと開戦後の戦略などを再確認している。

 やがて偵察部隊が戻り、ジェームズたち指揮官にゾルノヴェラとベーゼの現状を報告する。

 報告を聞いたジェームズたちは難しい表情を浮かべ、ベーゼの数などから作戦の一部を変更した。その後、ジェームズたちは自分たちが指揮を執る部隊の役割を再確認して各部隊に戻る。

 各部隊に戻ったジェームズたちは兵士や騎士、生徒たちの方を向き、ユーキたちもジェームズたちに気付くと口を閉じて一斉に注目する。


「皆、これより我々はゾルノヴェラへの攻撃を開始する。それぞれの役割は分かっているな?」


 ジェームズの言葉を聞いてユーキたちは自分たちのやるべきことを思い出し、戦いが始まると同時にどのように戦うかを考えた。


「ゾルノヴェラの周辺にいるのはやはりモンスターや人間がベーゼ化した蝕ベーゼのみ、指揮官らしき存在もいないと偵察部隊から報告を受けた。蝕ベーゼは下位ベーゼ以上に知能が低い。そのため、指揮官がいない状況だと我々を発見次第突撃してくるはず。つまり、ベーゼたちがこちらに向かってきた瞬間に戦いが始まると言うことだ」


 全員に聞こえるようジェームズは大きな声でベーゼ側の状況を説明し、ユーキたちはそれを黙って聞いている。

 蝕ベーゼだけならそれほど苦戦することは無いと大抵の者は考えるだろう。だが今回はベーゼとの戦いに決着をつける重要な戦闘、しかもベーゼの数は多いため、蝕ベーゼが相手でも油断できない。決戦に参加した者は全員そう考え、ベーゼたちを過小評価しなかった。


「都市の外だけではなく、都市内にもベーゼが大量にいる。恐らく、都市内には下位ベーゼや中位ベーゼと言った“本物”のベーゼが多いはず。もしも奴らが外に出てきたら我々は一気に不利になる。その前に一体でも多く蝕ベーゼを倒すようにするのだ。言うまでもないが、危険な状況になったら敵を倒すことより自分の命を優先するのだ」


 最も重要なのは命、ジェームズはそのことを兵士や騎士、生徒たちに伝え、ジェームズの言葉を聞いた者たちは絶対に生き残ると心の中で決意する。

 兵士たちの反応を見たジェームズはフッと兵士たちの中で荷馬車に乗るユーキたちを見つめる。

 自分たちが蝕ベーゼたちの相手をしている間に荷馬車でゾルノヴェラに突入する生徒たち、そしてペーヌが都市内の情報を集めながらベーゼたちを倒すことを再確認したジェームズはユーキたちを見ながら彼らの無事を祈った。

 ユーキたちを見た後、ジェームズは別部隊の指揮を執るゲルマンやショウジュ、ハブールの方を向いて「準備はいいか?」と目で尋ねた。

 目が合った三人は頷き、ジェームズはハブールたちの反応を見るともう一度兵士たちの方を向く。


「……皆、何度も言うようだがこの戦いに勝利した時、私たちは長く続いたベーゼとの因縁を断ち切ることができる。三十年前に奪われた静かな暮らしを取り戻すことができるのだ。家族や友のため、そして自分たちの未来のためにも私たちは必ずこの戦いに勝利するぞ!」

『おおぉーーっ!!』


 この決戦でベーゼたちを倒して平和な世界を取り返す。その思いを強くしながら兵士、騎士、生徒たちは声を上げて闘志を燃え上がらせた。

 ジェームズは自分の馬に乗ると兵士たちに背を向けてゾルノヴェラがある北を向く。他の指揮官たちも馬に乗り、兵士、騎士、生徒たちも武器を握りながら北を向いた。


「全軍、出陣!」


 号令を出したジェームズは馬を歩かせて森の出口へ向かい、それに続いて他の指揮官や兵士たちも一斉に歩き出す。

 兵士たちの中でユーキたちが乗る荷馬車もゆっくりと北に向かって動き出した。


(遂に決戦が始まる……外で戦ってる人たちのためにも、少しでも早く都市の情報を集めて連合軍が突入できるようにしないとな)


 ユーキは自分の左腕に嵌められている伝言の腕輪メッセージリングを見つめながら自分たちによって戦況が変化することを改めて認識し、できるだけ早く情報を外で戦う者たちに伝え、突入できる状況を作ろうと思った。


――――――


 ゾルノヴェラの正門の周りにはベーゼゴブリン、ベーゼヒューマンなど防衛部隊の多くの種類の蝕ベーゼがいる。防衛を任されているにもかかわらず、蝕ベーゼたちは隊列を組まずに殺気を向き出した歩き回っていた。

 知能の低い蝕ベーゼたちはゾルノヴェラに近づくベーゼ以外の生物を発見したら始末しろと言う指示にだけに従っているため、隊列を組んだり見張りの仕方を変えようとなどとは考えない。ただ言われたことを何も感じずに実行するだけだった。

 蝕ベーゼの中にヨダレを垂らしながら呻き声を上げるベーゼゴブリンがおり、ベーゼゴブリンは歩きながら周囲を見回す。すると、遠くにある森から大勢の人間が現れたことに気付く。

 ベーゼゴブリンは周りの蝕ベーゼたちに知らせるかのように泣ぎ声を上げた。

 鳴き声を聞いた周りの蝕ベーゼたちも森の中から現れた人間たちに気付いて次々と鳴き声を上げ、同時に表情を険しくして人間たちに殺気を向ける。

 その直後、蝕ベーゼたちは一斉に平原の中を走り、遠くに見える人間たちに向かって突撃した。


「やはり向かってきたか」


 連合軍の兵士たちの中で馬に乗るハブールが蝕ベーゼたちを見つめながら呟く。

 防衛部隊に指揮官がいないため、蝕ベーゼたちがこちらに気付き次第突撃してくることは分かっていた。だがそれでも何の躊躇いや警戒も無しに突っ込んでくるのを見てハブールは蝕ベーゼたちの知能の低さに呆れてしまう。

 ハブールは軽く溜め息をついてから左を向き、少し離れた所にいるジェームズを見つめた。


「陛下! 予想どおりベーゼたちはこちらに気付いて向かって来ています。予定どおり、最初はある程度まで引きつけ、遠距離攻撃を仕掛けましょう!」

「ああ、分かっている!」


 大きな声で返事をしたジェームズは手綱を強く握り、向かって来る蝕ベーゼの群れを睨みつける。

 連合軍の戦力が全て森から出るとジェームズや他の指揮官たちは各部隊に停止の合図を出し、兵士たちは隊列を崩さずに一斉に立ち止まる。

 兵士、騎士、生徒たちは少しずつ距離を詰めて来る蝕ベーゼの群れを睨みながら自分たちの武器を強く握った。

 ユーキたちも荷馬車に乗りながら遠くにいる蝕ベーゼを見つめており、彼らの近くではグラトンとその背中に乗ったウェンフ、ロギュンたちが同じようにベーゼたちを見つめている。


「弓兵隊、前へ!」


 ジェームズの指示を聞いて弓矢を持つ王国兵たちは最前列に移動して弓矢を空に向けて構える。帝国軍と東国軍の部隊でも弓兵たちが同じように弓矢を空に向けて構えていた。

 弓兵たちは構えを崩さずに攻撃の合図を待つ。その間も蝕ベーゼたちは全速力で走り、連合軍との距離を縮めていく。

 各部隊の兵士たちはなかなか攻撃命令を出さない状況に少しずつ焦りを感じ始め、不安そうな顔で蝕ベーゼたちを見ていた。


「放てぇー!」


 蝕ベーゼたちが一定の距離まで近づいた瞬間、ジェームズは弓兵たちに攻撃を命じ、王国軍の弓兵たちは一斉に矢をを空に向けて放つ。それが合図となったのか帝国軍と東国軍の弓兵隊も同じように空に向けて矢を放つ。

 空に向かって放たれた数百の矢は放射線を描くように飛び、そのままベーゼたちに向かって降り注がれる。

 矢は蝕ベーゼたちに命中し、矢を受けた蝕ベーゼたちは鳴き声を上げながら怯んだりその場に倒れたりした。中には急所に命中して息絶え、黒い靄となって消滅するベーゼたちもいる。

 蝕ベーゼたちは連合軍の遠距離攻撃を受けたにもかかわらず後退せず、興奮したまま連合軍に向かって突撃を再開する。知能の低い蝕ベーゼたちの頭の中には後退や警戒しようと言う考えは無かった。


「やはり向かって来るか……弓兵隊は下がり、歩兵隊、騎兵隊は前へ!」


 本能だけで動く蝕ベーゼたちを内心哀れみながらジェームズは次の指示を出す。

 前に出ていた弓兵隊は後退し、代わりに槍や剣を持つ兵士たち、馬に乗った騎士たちが前に出る。矢で少しでも蝕ベーゼの数を減らしたので今度は接近戦で対抗するために兵士と騎士たちを前に出したのだ。

 兵士や騎士が武器を構え、メルディエズ学園の生徒たちも自分の得物を構えて向かって来る蝕ベーゼたちを睨む。ジェームズも腰の剣を抜き、切っ先をベーゼたちに向けた。


「かかれぇーーっ!」


 ジェームズが号令を出すと前に出ていたラステクト王国の歩兵隊と騎馬隊が一斉にベーゼたちに向かって走り出す。

 ほぼ同時にガルゼム帝国とローフェン東国の歩兵隊と騎馬隊もベーゼたちに突撃し、メルディエズ学園の生徒たちも各国の兵士、騎士たちと共にベーゼに向かって行った。

 各国の兵士、騎士たちは走る速度を落とさずにベーゼたちに向かって行き、徐々に距離を縮めていく。やがて連合軍と蝕ベーゼの防衛部隊はぶつかり、平原のど真ん中で激しい戦闘を始めた。

 兵士や騎士は剣や槍でベーゼゴブリンやベーゼスケルトン、嘗て人間だったベーゼヒューマンを攻撃する。蝕ベーゼたちも負けずと持っている剣や手斧で反撃した。

 蝕ベーゼの中には体の大きなベーゼオーガもおり、丸太の棍棒を振り回して近くにいる兵士や生徒たちに襲い掛かった。

 しかし兵士たちはベーゼオーガの巨体を目にしても臆さず、闘志を燃やして反撃する。


「弓兵隊と魔導士隊は隙を窺いながら弓矢と魔法で支援攻撃を行え。押されている部隊を見つけたら救援に向かうのだ!」


 ジェームズは後方で待機している弓兵と魔導士たちにやるべきことを指示する。

 近くにいた弓兵と魔導士は返事をすると仲間の下へ向かい、それを見届けたジェームズは次に隣で馬に乗るジャクソンを見た。


「ザグロン候、其方は待機し、救援を必要とする部隊が出たら自分の部隊と共に援護に向かうのだ」

「承知しました。陛下もご無理をなさらぬよう」


 返事をしたジャクソンは馬に乗って自分が指揮する部隊の下へ向かう。ジェームズはジャクソンを見送ると護衛である十数人の騎士と共に最前線で戦う兵士や騎士、生徒たちを見守る。

 ジェームズは自分も兵士たちと共に最前線に出てベーゼと戦うべきだと思っていたのだが、流石に国王であるジャクソンが最前線に出るのは得策ではないとジャクソンたちに止められ、いざと言う時が来るまでは後方で指示を出すことになった。

 戦いが始まり、静かだった平原には連合軍と蝕ベーゼの声、剣戟の音が響く。

 連合軍に参加する戦力の内、ラステクト王国軍は蝕ベーゼの部隊の中央に攻め込み、帝国軍は右翼を攻めている。そして東国軍は左翼を攻め、ゾルノヴェラへ進軍しながら蝕ベーゼたちを取り囲めるよう攻めていた。

 メルディエズ学園の生徒たちは戦力を三つに分け、三大国家の部隊と共にベーゼと戦っている。

 ベーゼとの戦闘を得意とする生徒たちが加わったことで各国の部隊は蝕ベーゼを相手に有利に戦うことができており、問題が無ければすぐにゾルノヴェラまで辿り着けると思える戦況だった。

 混沌士カオティッカーたちも三つに分けられており、ロギュンはガルゼム帝国、ウェンフはローフェン東国、オルビィンはグラトンと共にラステクト王国の部隊と共に戦っている。他の混沌士カオティッカーも各国の部隊に加勢し、混沌術カオスペルの能力を最大限に利用してベーゼたちと戦った。

 強力な力を持つ混沌士カオティッカーが共闘してくれたことで連合軍は少しずつ優勢になり、兵士や騎士たちの士気も高まっていく。そんな中、ロギュンたちはゾルノヴェラの突入するユーキたちのことが気がかりになっており、戦いながらユーキたちの無事を願っていた。

 戦闘が始まってから一時間ほど経過した頃、蝕ベーゼの数もある程度まで減り、ユーキたち突入部隊がゾルノヴェラまで辿り着くことが可能な状況になった。

 後方で待機していたユーキたちは荷馬車に乗りながら望遠鏡などで戦場を覗き、蝕ベーゼの数や連合軍の進攻状況を確認している。


「……ベーゼの数が減ってきた。そろそろあたしらも出撃しようかね」


 御者席のパーシュは望遠鏡を下ろすと荷台に乗るユーキたちの方を向いて声を掛けた。


「そうね、ジェームズたちのおかげで数もかなり減ったし、今の内に突入しちゃいましょう」


 五聖英雄であるペーヌが突入に賛成するとパーシュはペーヌを見ながら小さく笑う。

 ユーキとアイカ、フレードとミスチアも同意見なのか反対しているような反応は見せない。カムネスとフィランは何も言わず黙ってパーシュを見ている。

 何も言わないことからカムネスとフィランは反対しているのではと思われるが、二人は反対の時はちゃんと反対意見を口にする。そのため、黙っているのは賛成していると言うことを意味していた。


「それじゃあ、ゾルノヴェラに行くとしようか。……フレード、ちゃんと荷馬車を走らせとくれよ? 戦場のど真ん中で横転、なんてことになったら笑えないからね」

「うるせぇ、テメェに言われなくても分かってらぁ! テメェこそ、ちゃんと突入できるよう正門はしっかり破壊しろよ?」

「安心しな、あたしはアンタと違って失敗はしないからね」


 笑いながら余裕を見せるパーシュをフレードは手綱を握りながらジッと睨みつける。

 今回の突入ではフレードが荷馬車を走らせ、隣に座るパーシュが魔法と爆破バーストを使ってゾルノヴェラの正門を破壊して突入口を作ることになっている。荷台に乗るユーキたちは突入するまでの間に蝕ベーゼたちが襲ってきたら荷馬車が破壊されないよう護るのが役目だ。

 周囲で戦っている他の生徒たちや各国の兵士たちを見た後、ユーキたちは遠くに見えるゾルノヴェラの正門に注目する。そんな中、フレードは手綱で馬に指示を出し、荷馬車を全速力で走らせた。

 ユーキたちを乗せた荷馬車は連合軍と蝕ベーゼたちが戦う平原の中を走って真っすぐゾルノヴェラへ向かう。途中でベーゼの鳴き声や兵士たちの叫び声が聞こえ、ユーキたちは声が聞こえた方を見た。

 視線の先では靄となって消滅する蝕ベーゼだけでなく、負傷して倒れる兵士や騎士の姿もあり、仲間がやられた姿を見てユーキやアイカは心を痛めた。

 だが、今は仲間の心配をしている場合ではない。彼らのためにも自分たちのやるべきことをやらなければやらない、ユーキとアイカは自分にそう言い聞かせて荷馬車を護ることに集中する。

 平原に入ってからユーキたちの荷馬車は蝕ベーゼたちの攻撃を受けることなく順調に移動し、正門の1km手前までやって来た。もう少しで正門に辿り着く、ユーキたちはそう思いながら正面の正門を見つめる。

 その時、上空から四体のルフリフがユーキたちに向かって急降下してきた。ルフリフたちに気付いたユーキたちは目を鋭くしてルスレクたちを睨む。


「流石に此処まで近づけば気付くよな!」


 ユーキはそう言いながら右手をルフリフたちに向け、アイカとカムネス、フィランも同じように右手をルフリフに向けて伸ばした。


闇の射撃ダークショット!」

光の矢ライトアロー!」

風刃ウインドカッター

「…石の弾丸ストーンバレット


 ユーキたちは魔法を発動し、それぞれ闇の弾丸、光の矢、真空波、拳ほどの礫を放った。

 四人の魔法はルフリフたちに直撃し、魔法を受けたルフリフは鳴き声を上げながら落下して空中で消滅した。

 ルフリフたちを倒したユーキたちはすぐに周囲の警戒をする。ゾルノヴェラの上空を飛んでいたルフリフに気付かれたことで蝕ベーゼたちや城壁の上にいるベーゼたちが自分たちに気付くのではと予想したからだ。

 ユーキたちが周囲を見回していると城壁の上にいた数体のインファがユーキたちの荷馬車に向けて矢を放ってきた。

 矢は走る荷馬車の真横や後ろを通過して地面に刺さる。予想どおり自分たちに気付いたベーゼたちが攻撃してきたため、ユーキたちは緊迫した表情を浮かべた。


「気付かれることなく正門前まで行けると思ったが、流石にそこまで都合よくはいかないか……」


 カムネスは矢を放つインファたちを見上げながら呟く。万が一矢が自分たちに向かって飛んで来ても叩き落せるようフウガの鯉口を切っていつでも抜けるようにした。


「このままではやられるかもしれませんわ。……ディープス先輩、もっと速度を上げてくださいませんか?」

「無茶言うんじゃねぇ、これが精一杯だ! て言うか正門はもう目の前だ!」


 フレードの言葉を聞いてユーキたちは前を確認する。荷馬車の約300m先にはゾルノヴェラの入口である大きくて強固な正門があった。

 いつの間にか正門の近くまで来ていたことにミスチアは少しだけ安心する。


「パーシュ、このまま速度を落とさずに突っ込む。さっさと魔法で門をぶっ壊せ!」

「ハイハイ、分かってるよ」


 鬱陶しそうな顔をしながらパーシュは正門を見つめる。両手を正門に向けて手の中に魔法陣を展開させ、更に混沌紋を光らせた。


紅蓮の業火クリムゾン・フレイム!」


 パーシュは赤い魔法陣から爆破バーストの力が付与された大きな火球を放った。

 火球は正門に命中すると大爆発を起こして正門に大きな穴を開ける。爆発によって強い爆風が発生し、離れた所にいるユーキたちに届いた。

 紅蓮の業火クリムゾン・フレイムはパーシュがスラヴァとの特訓で習得した中級魔法でその威力は火球ファイヤーボールを優に凌ぐ。その高威力の魔法に爆破バーストを付与すれば当然火球ファイヤーボールに付与した時以上の爆発が発生する。

 城塞都市であるゾルノヴェラの正門は通常の町の正門よりも強固に作られている。そのため、爆破バーストを付与したとしても火球ファイヤーボールでは破壊できない。そう考えたパーシュは修業で習得した紅蓮の業火クリムゾン・フレイム爆破バーストを付与して攻撃したのだ。

 パーシュの魔法で正門は破壊され、ゾルノヴェラに突入するための入口ができた。

 フレードは速度を落とすことなく荷馬車を正門に向かって走らせ、そのままゾルノヴェラに突入する。最初の目的であるゾルノヴェラへの突入は成功したが、ユーキたちに気を抜くことは許されなかった。

 正門を潜るとユーキたちは正門の内側にある広場に出る。広場に入るとフレードは手綱を強く引いて馬を止め、荷馬車は急停止させた。

 荷馬車が停まるとユーキたちは一斉に降りて周囲を見回す。

 広場にはインファを始め、モイルダー、ペースト、タオフェンなどの下位ベーゼ。フェグッター、ユーファル、シュトグリブと言った中位ベーゼが大勢おり、正門の前にいるユーキたちを取り囲んでいた。


「うへ~、スゲェ数だな。ざっと見ても百体はいるぞ」

「流石は敵の本拠点ですわねぇ」


 ベーゼの群れを目にするフレードとミスチアは呑気そうな口調で語る。目の前に大量のベーゼがいるとしても今の二人にとっては何の脅威ではなく、焦りや恐怖心などは一切感じなかった。

 焦りを感じていないのはユーキたちも同じで囲まれているとしても冷静な表情を浮かべている。


「さてと、早速コイツらを蹴散らすか。突入できても正門を制圧しないと意味が無いからね」

「そうですね、後から来る連合軍の方々は正門の広場をゾルノヴェラ制圧のための拠点にすることになっていますから」


 アイカはそう言ってプラジュとスピキュを抜き、パーシュもヴォルカニックを両手で握りながら中段構えを取る。ユーキたちも一斉に得物を構えて戦闘態勢に入った。

 ユーキたちの動きを見たベーゼたちは戦おうとしていると感じ取ったのか鳴き声を上げて威嚇してくる。

 しかしユーキたちは怯むことなく、落ち着いた様子でベーゼたちを見ていた。


「いいわね、手早く片付けるわよ? 制圧した後はゾルノヴェラの情報収集をしないといけないんだからね」

「言われなくても分かってますわ」

「……ん」


 ミスチアは鬱陶しそうな顔でペーヌを見ると前を向いてウォーアックスをしっかりと握り、フィランも数m先にいるベーゼたちを見ながら無表情で頷く。

 ペーヌはミスチアとフィランの反応を見ると小さく鼻を鳴らして持っているウォーハンマーを構えた。そして目の前で鳴き声を上げるベーゼたちを見ながら満面の笑みを浮かべる。


「まさか、三十年ぶりに此処に来るとは思ってなかったわ。大切な人を亡くした所だから二度と来たくなかったけど……ベーゼとの戦いを終わらせるためだから我慢してきたわ」


 まるでベーゼに語り掛けるように独り言を口にするペーヌを周りにいるユーキたちを見つめる。ただ、ペーヌの笑顔からは怒りと殺気が感じられ、それに気付いたユーキとアイカは思わず息を飲んだ。


「それにしても、三十年経ったのにベーゼにこれだけ好き勝手にされてるなんて、帝国の連中は何をやってたのかしら? ベーゼをこっちの世界に呼び出しておきながらいい加減な管理をしてたなんて……」


 ペーヌはウォーハンマーを握る手に力を入れ、笑顔を崩さずに両足を軽く曲げる。同時に右手の甲に入っている混沌紋を光らせた。


「本当に……ムカつくわ」


 不満を口にした瞬間、ペーヌは勢いよく床を蹴って正面にいるベーゼたちに向かって跳ぶ。

 ベーゼたちとの距離を縮めるとウォーハンマーを振り上げ、目の前にいるインファに向けて振り下ろし、脳天を殴打する。

 ウォーハンマーの頭をインファの頭部を潰れたトマトのように粉砕するとそのまま振り下ろされて広場を叩く。その瞬間、叩いた箇所を中心に広場の床は轟音を立てながら粉砕され、大きな凹みを作ると同時に強い衝撃波を発生させて周りにいる他のベーゼたちを吹き飛ばした。


「なっ!?」


 ペーヌの一撃で十数体のベーゼが吹き飛ばされた光景と伝わってくる衝撃にユーキは驚き、アイカ、パーシュ、フレードも驚きのあまり固まる。普段冷静なカムネスや感情を表に出さないフィランもこの時は軽く目を見開いていた。

 ユーキたちが驚く中、ペーヌは笑顔のままウォーハンマーを上げ、無傷のベーゼたちを見つけると大きく跳んで一気に近づく。そしてベーゼたちの前に着地すると両手で握るウォーハンマーを右に倒した。


「グランドル重撃術、彗星旋回打シューティング・スイング


 ミスチアと同じ技を使ったペーヌはウォーハンマーを勢いよく左に振りながら一回転し、目の前に立っているフェグッターをウォーハンマーで攻撃する。

 フェグッターは持っている大剣でウォーハンマーを防ごうとするがペーヌの異常とも言える重い攻撃に大剣が耐えられず、真ん中から剣身が折れ、そのまま左脇腹に攻撃を受けた。

 ウォーハンマーの直撃射を受けたフェグッターは胴体を粉砕された。体の一部を周囲に飛び散らせながらその場に崩れるように倒れ、黒い靄となって消える。

 しかしウォーハンマーはフェグッターを倒した後も勢いを落とさず、更に二体のインファをまとめて殴打してフェグッターと同じように吹き飛ばす。

 ペーヌの攻撃をまともに受けたインファたちは宙を舞いながら黒い靄となって消滅した。

 一瞬にして大勢のベーゼを倒したペーヌはウォーハンマーを構え直す。周りのベーゼたちはペーヌの力を警戒し、身構えながらゆっくりと距離を取った。


「あらあら、どうしたの? 一人のエルフ相手に後退なんて随分とだらしないのね?」


 ペーヌは笑いながら視線だけを動かしてベーゼたちを見回す。

 さっさとベーゼたちを片付けたいと思うペーヌは挑発するが、本能でペーヌが危険だと感じ取ったベーゼたちはなかなかペーヌに攻撃を仕掛けなかった。


「す、凄い、一撃で大勢のベーゼを倒し、更に中位ベーゼも吹き飛ばすなんて……」

「これがマジで戦う時の五聖英雄の力かよ……」


 ユーキとフレードは予想以上の力を見せるペーヌに思わず驚きの言葉を口にする。アイカとパーシュもベーゼを圧倒するペーヌの力に思わず黙り込んでしまっていた。


「相変わらずとんでもない強さですわね、馬鹿師匠……」


 戦いを見守っていたミスチアはウォーアックスを構えたままペーヌの方を向いて呟いた。

 ユーキたちが驚いている中、ミスチアだけは驚くことなく落ち着いた様子を見せている。弟子であるミスチアはこれまでに何度もペーヌが戦う光景を見ていたため、今更ペーヌの強さを目の当たりにしても何も感じなかった。


「三十年前の戦争ではあの常人を越える腕力と跳躍力で多くのベーゼを倒し、勝利へ導いたと聞きましたが……三十年経った今でもその力は衰えていないようですわね」

「……あの強さ、ペーヌ殿自身の力だけではないんだろう?」


 カムネスがミスチアにペーヌの力について尋ねるとミスチアはチラッとカムネスの方を向いて頷いた。


「そのとおりですわ、会長。……馬鹿師匠は高い身体能力を持っており、三十年前もメルディエズの戦士の中で強大な強さを持っていたそうですわ」


 自分が知る情報、人から聞いた情報をミスチアは周りにいるユーキたちに説明する。

 ユーキたちは武器を構えながらミスチアの話に耳を傾けた。勿論その間、ベーゼたちへの警戒は怠っていない。


「ですが、いくら身体能力が高くても馬鹿師匠の力だけで床を吹っ飛ばしたり、中位ベーゼを肉片に変えることなんてできませんわ。……ただ、彼女の混沌術カオスペルを使えばそれも可能になります」


 ペーヌの混沌術カオスペルの話が出るとユーキたちは一斉に反応する。やはり同じ混沌士カオティッカーとして五聖英雄であるペーヌの混沌術カオスペルには興味があるようだ。


「……発動中に怒りを感じていれば身体能力が高まり、感覚が鋭くなる。不機嫌になればなるほど力が増す。それが馬鹿師匠の混沌術カオスペル、“憤怒フューリー”の力ですわ」


 怒りで力が増す混沌術カオスペルと聞いたユーキは意外そうな顔をする。

 五聖英雄であるペーヌの混沌術カオスペルはもっと強そうな能力かと思っていたが単純な能力だったため少し驚いていた。だが同時に短気なペーヌにはピッタリな能力かもしれないと納得もしている。

 ユーキたちがミスチアから話を聞いていると再び轟音が聞こえ、ユーキたちは音が聞こえた方を向く。

 視線の先では広場の凹んでいる場所でウォーハンマーを肩に掛けているペーヌの姿があり、着ているメルディエズ学園の制服に付いた砂を片手で払っていた。

 ペーヌの周りにはベーゼの姿は無く、黒い靄となって消滅しかかっているベーゼたちの死体が幾つも転がっている。

 ユーキたちは目の前の光景を見て戦闘開始前のベーゼの数を思い出す。

 今広場にいるベーゼは戦闘開始前と比べると四分の一ほど数が減っており、自分たちがミスチアの話を聞いている僅かな時間にペーヌが四分の一のベーゼを一人で倒したと知ったユーキたちは衝撃を受けた。


「どうやらあたしら、とんでもない人と一緒に戦うことになったみたいだね」

「ああぁ、あれだけの力を持ってたんなら、八人で突入しても問題無いって言うのも納得がいくぜ」

「……百人力」


 パーシュたちはペーヌが一緒に戦ってくれるのならこの先何百体のベーゼと遭遇しても問題無く倒して情報を集めることが可能だと感じた。

 ユーキとアイカも予想以上に強かったペーヌを見て驚いている。だが、それだけの力を持つペーヌに鍛えてもらったことを誇らしく思った。


「……そろそろお喋りは止めて戦いに集中した方が良さそうだ」


 カムネスの言葉に反応したユーキたちは周囲を見回す。ペーヌの近くにはベーゼは殆どいないが、ユーキたちの周りにはまだ大量のベーゼがおり、ゆっくりとユーキたちに近づいてきている。


「こっちにはまだベーゼがいる。ペーヌ殿に負けないよう、僕らも彼らをさっさと片付けてしまおう」

「ハイ」


 返事をしたユーキは月下と月影を強く握って双月の構えを取る。隣にいるアイカも二ノ字構えを取り、パーシュたちもそれぞれ一番近くにいるベーゼを鋭い目で見つめた。

 ゾルノヴェラ突入を任された者として自分たちの役目を全うする。そう思いながらユーキたちは一斉にベーゼたちに向かって走った。


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