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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百五十五話  平和と幸せのために


 オルビィンだけでなく、ゲルマンやショウジュもジェームズの決断に驚きの表情を浮かべており、目を見開きながらジェームズを見つめる。


「お父様、本気なのですか!?」


 僅かに力の入った声を出しながらオルビィンはジェームズに尋ね、声を掛けられたジェームズはオルビィンの方を向くと小さく頷いた。


「リャンの言うとおり、五凶将を単身で倒した生徒たちで構成された部隊ならゾルノヴェラに突入しても戦うことができ、突入後も敵に発見される可能性も低い。リャンたちに任せるのが最善の策だろう」

「で、ですが……」


 危険すぎると感じるオルビィンは納得できずに俯く。その様子を見たジェームズは「無理もない」と思いながら表情を僅かに曇らせた。


「オルビィン、お前のカムネスを心配する気持ちは分かる。だが、突入のことはカムネスたちも納得していることなのだ、分かってくれぬか?」

「なっ!? わ、私は別にカムネスを心配しているわけでは……」


 顔を上げたオルビィンはジェームズを見ながら頬を赤くして声を上げる。その反応は明らかに図星を突かれたことを表しており、オルビィンの反応を見たジェームズたちは少し驚いたような顔をしながらまばたきをした。

 オルビィンは自分が取り乱したことや周囲の反応に気付くとハッとする。王女らしからぬ反応を取ってしまったことを恥ずかしく思い、頬を赤くしたまま再び俯いた。

 ジェームズたちがオルビィンを見つめる中、カムネスはオルビィンの隣までやって来て彼女の肩にそっと手を置いた。


「殿下、お気遣いいただきありがとうございます。ですが現状でゾルノヴェラに突入することが可能なのは私たちだけです。連合軍がベーゼとの戦いに勝利するためにはゾルノヴェラに突入し、内側からベーゼたちを倒していくしかありません」

「だ、だから私は心配してるわけじゃ……」


 頬を赤く染めたままカムネスの方を向くオルビィンは否定しようとする。

 カムネスはオルビィンが照れて自分の本心を隠していると気付いており、オルビィンが否定しても不快に思ったり違和感などを感じたりはしなかった。


「殿下、私たちは決して死にに行くわけではありません。戦いに勝つため、そして生きるためにゾルノヴェラに突入するのです」

「そんなこと、分かってるわよ……」

「でしたら、私たちを信じてください。私たちは負けません、そして必ず生きて戻ります」


 真剣な表情を浮かべながら語るカムネスをオルビィンは無言で見つめる。

 カムネスや彼に同行する者たちが強いことは分かっている。だが、それでも自ら危険な任務を受けようとするカムネスたちの考えをオルビィンはすぐには受け入れることができなかった。

 何とか考えを改めてもらいたいと思っていたオルビィンだったが、カムネスは大量のベーゼと戦うことになっても必ず勝つつもりでいると知り、難しい顔をしながら俯く。

 しばらくするとオルビィンは顔を上げ、目を僅かに鋭くしてカムネスを見つめた。


「……分かったわ。そこまで言うなら信じてあげる」

「ありがとうございます」

「でも、約束しなさい? 必ず生きて帰って来るって。これは王女としての命令よ」

「勿論です」


 納得してくれたオルビィンを見ながらカムネスは小さく笑う。その笑顔を見てオルビィンはときめいたのか再び頬を染めて目を逸らした。

 オルビィンの反応を見てジェームズは微笑み、ペーヌも年頃の王女が赤くなっているのを見てニッと笑みを浮かべている。


「ゲルマン殿とショウジュ殿もカムネスたちに突入させると言うことで構わないか?」


 ジェームズは続いて左右に座っている他国の統治者たちの意見を聞こうと声を掛ける。

 ゲルマンは声を掛けられるとハッと驚いたような反応をし、ショウジュは毅然とした態度を取りながらジェームズに視線を向けた。


「私は賛成だ。彼らが突入し、ベーゼの討伐と情報収集の両方を行ってくれるのであれば戦いが有利に進むのだからな」

「わ、私もそれで構わない」


 少数部隊の突入にショウジュは賛成し、ゲルマンもショウジュに便乗するかのように賛成する。ガルゼム帝国とローフェン東国に反対する気が無いと知ったジェームズはカムネスたちに視線を向けた。


「では、開戦後、カムネスたちはゾルノヴェラに突入し、ベーゼの討伐とゾルノヴェラの情報収集を行う。全員が満場一致と言うことでよろしいな?」


 ジェームズの確認にテント内にいる者は返事をすることなく無言でジェームズを見つめる。それは誰にも異議は無いと言うことを意味していた。


「では次に、開戦後の各部隊の行動や戦略について話し合いを始める」


 突入の話が終わるとジェームズは続けてゾルノヴェラ攻略について議題を出す。

 ゲルマンとショウジュ、カムネスたちも大陸の命運を懸けた戦いに敗北しないよう念入りに作戦を考えようと思いながら話し合いを始めた。

 それからカムネスたちは一時間以上かけて話し合い、ベーゼとの決戦に勝つための戦術や戦略を考え、明日の朝にゾルノヴェラに攻撃を仕掛けることを決めた。

 明日、本当の意味でベーゼとの戦いに決着がつく。テント内にいる全員が明日の戦いに必ず勝つと心の中で誓った。

 話し合うべきことを全て話すとカムネスたちは各部隊の武装、戦力などの確認、作戦を他の者たちに説明するために解散する。


――――――


 カムネスたちは作戦会議が終わって仲間たちの下へ戻ると待機していた生徒を全員集め、会議で決めた戦術や戦略、部隊編成、明日の朝に戦いが始まることを伝える。ユーキたちは明日の戦いで全てが決まる、絶対に勝ってみせると思いながらカムネスたちの説明を聞いた。

 全ての説明が終わって解散すると生徒たちは明日の戦いに備えて武器や道具、自分たちの配置と役割などを確認する。生徒の中には同じ部隊の仲間と明日の戦いについて話し合ったり、必ず勝とうと勝利を誓い合う者もいた。

 ただ、実戦経験の浅い下級生たちは生きて帰れるのか、など不安を感じている者もいる。そんな下級生たちを中級生以上の生徒たちは励まし、万全の状態で明日の決戦に臨めるようにした。

 夜になると生徒たちは食事を済ませ、昨晩のように交代で駐屯基地の警備や周辺の見張りをしようとする。

 連合軍の兵士や騎士たちは生徒たちを気遣い、自分たちが見張りをするから休んでよいとメルディエズ学園の生徒と教師たちに伝える。だがオーストたちは共に決戦に臨む戦士として自分たちだけ休むわけにはいかないので見張りに参加すると話し、自分たちだけが休むことを遠慮した。

 兵士や騎士たちはメルディエズ学園の言動に驚いていたが、共に見張りをしてくれるのなら拒むことは無いと考え、一緒に警備と見張りをすることを受け入れた。

 連合軍とメルディエズ学園、共に少人数を交代で休ませながらベーゼとモンスターの襲撃を警戒する。自分たちがいる駐屯基地はゾルノヴェラの近くなため、ベーゼの襲撃を受ける可能性は十分あった。全員がベーゼが襲撃して来てもすぐに対処できる状態で見張りを行う。

 駐屯基地の東側ではユーキが腕を組みながら遠くにある林を見つめている。もしベーゼが基地を襲撃するのなら林に身を隠しながら近づいてくるとユーキは考え、視界に入っている林を念入りに警戒することにした。


「今のところ、ベーゼは近くにはいなさそうだな」


 強化ブーストで視力を強化し、夜目を利くようにしているユーキは林を見つめながら呟く。ベーゼが近くにいないと知ると精神力を補うために一旦強化ブーストを解除する。


「連合軍の人の話だと、俺たちが来る前に何度か基地の近くでベーゼを目撃したって話だったからな。今日あたり夜襲を仕掛けて来ても不思議じゃない。注意しないと……」


 決戦前に襲撃を受けて負傷者を出すわけにはいかないと考えるユーキは周囲を見回す。しばらくしたら再び強化ブーストを発動させ、視力を強化して夜目を利くようにしようと思っていた。


「明日がベーゼとの最後の戦いだ。こうしている間も皆は緊張してるだろうな……」

「最後の戦いだもの、緊張するのは当然よ」


 背後から声が聞こえ、ユーキは顔を上げて振り返る。そこには自分と同じように夜襲の警戒に参加しているアイカの姿があった。

 アイカはゆっくりとユーキの隣までやって来て駐屯基地の外を眺め、ユーキも隣にいたアイカを見た後に外の見張りを続けた。


「アイカもやっぱり緊張してるか?」

「ええ……でも不思議なの。緊張はしてるけど負けるかもしれないって気持ちにはならないの」


 明日の戦いは勝てると思っていることをアイカは微笑みながら語り、ユーキはアイカを見ると同じように笑みを浮かべた。


「それが一番いいと思うぞ。緊張していて更に負けるかもって考えると全部が空回りして全力を出せなくなっちまう。どんな時でも勝てるって気持ちを忘れないことが大切だ」

「そうね。……やっぱりユーキも今の私みたいな気持ちになったことがあるの?」

「そりゃあそうさ。転生前の世界では剣術の試合前とかには緊張してた。……今だって緊張してるんだぜ?」


 ユーキの返事を聞いたアイカは内心意外に思いながらユーキを見る。だが同時に自分だけが緊張しているわけじゃないと知って少しホッとした。


「……アイカ、明日は必ず勝つぞ? この世界をベーゼたちから護るためにも」

「ええ、勿論。……あっ、そう言えば」


 何かを思い出したアイカを見てユーキは不思議そうな顔をする。


「ユーキ、野営地を出発した時に何か悩んでるような顔をしてたわよね?」

「え? ……ああぁ、あの時か」


 ユーキはフェスティに言われた言葉の意味を考えていた時にアイカに話しかけられた時のことを思い出す。


「私が何を考えていたのか訊いたら基地に着いたら話すって言ってたじゃない。でも結局、基地に着いた後も話してくれなかったわ」

「ア、アハハハ、ゴメンゴメン。明日の準備や作戦の確認とかで忙しかったからな……」


 不満そうな顔をするアイカを見たユーキは話せなかったことを申し訳なく思い苦笑いをしながら謝る。

 アイカはジーっとユーキを見つめ、ユーキはアイカと目を合わせられないのか苦笑いを浮かべたままそっと目を逸らした。


「じゃあ、今は見張りをするだけで忙しくないから話してくれる?」

「あ、ああ」


 アイカが見つめる中、ユーキは野営地で久しぶりにフェスティに会い、彼女から自分とアイカが戦いのカギだと言われたことをアイカに話す。ユーキは未だにフェスティが言っていた言葉の意味が変わらないため、アイカに話しながらもう一度フェスティの言葉の意味を考えることにした。

 ユーキがフェスティから聞かされたことを全て話し終えるとアイカは俯きながら考え込む。そこには先程まで見せていた不満そうな表情は無く、フェスティの言葉の意味を考える難しい表情があった。


「アイカ、君はフェスティさんの言ったことの意味が分かるか?」

「いいえ、まったく……私とユーキがカギってどういう意味かしら?」

「女神であるフェスティさんが何の意味も無くあんなことを言ったとは思えない。きっと明日の決戦に関わる重要なことのはずだ」


 フェスティが何を言いたかったのかユーキは腕を組みながらもう一度考える。

 他の生徒や五聖英雄は関係無く、自分とアイカの二人だけを指名したことから、自分たちに共通する何かが関係しているのではとユーキは推測した。

 アイカと共通するところは二刀流であること、半分ベーゼであること、上位ベーゼと互角に戦えることなど幾つもある。だが情報が少なく、フェスティがガキであるということ以外は何も言わなかったのでまったく分からなかった。

 ユーキとアイカはそれから見張りをすることも忘れてフェスティの言葉の意味を考えたが答えが見えず、結局何も分からずに時間だけが経過した。


「……ハァ、これ以上考えても何も分からないかもな」

「ええ……本当にどういう意味なのかしら?」

「さあな……まぁ、今すぐ分からないといけないことじゃないだろうし、明日の戦いが始まれば何かきっかけが分かるかもしれない」


 明日の決戦が始まらないと先に進めないと言われたアイカは少し疲れたような顔で息を吐く。ユーキもアイカと一緒に考えても何も分からなかったことを残念に思うのだった。

 それから二人は十分ほどフェスティの言葉の意味を考えず、駐屯基地の外の見張りを続ける。お互いに違う方角を見張り、ベーゼの姿が無いか念入りに確認した。


「あと少しで交代の時間だ。それまでは気を抜かずに見張ろう」

「ええ、分かってるわ」


 ユーキとアイカは声を掛け合いながら周囲を見張る。声を掛け合うのは別に眠気を払うためなのではなく、静かな夜で何の会話も無く黙って見張りをするのは寂しいと思ったからだ。


「……ねぇ、ユーキ。この戦いが終わったら、どうする?」

「ん?」


 唐突に終戦後のことを聞かれたユーキは不思議そうな顔でアイカの方を向いた。


「どうしたんだよ、突然」

「別に深い意味は無いわ。ただ、ベーゼがいなくなって平和になった後はどうするのかなって思って……」


 今までベーゼとの決戦のことばかり考えており、戦いが終わった後のことを考えていなかったユーキはアイカの問いにすぐに答えられなかった。

 しばらく考え込んだ後、ユーキは星空を見上げながら口を開く。


「そうだな……とりあえず、しばらくは今までどおり学園で依頼を受けながら暮らすつもりだ。それで学園を出たら何処かの村か町でルナパレス新陰流の道場でも開こうと思ってる」

「道場?」

「ああ、月宮ルナパレス新陰流は爺ちゃんから教わった大切な剣術であり、俺とあっちの世界を唯一繋ぐものでもある。だから、こっちの世界で剣術を多くの人に教えて広めることができれば死んだ爺ちゃんへの恩返しになると思ってるんだ」


 終戦後でも大きな目的を持っているユーキを見てアイカは内心驚く。体は児童でも中身は自分で生き方を決められる年齢であるため、アイカはユーキの行動力と祖父に対する想いに感心した。


「アイカはどうするんだ?」

「私は……戦いが終わった後に一度生まれた村へ戻ろうと思ってるわ」

「村って、リスティーヒに襲われた村か?」

「ええ、あそこには両親のお墓もあるから帰って戦いが終わったことを両親に伝えたいの。……それにリスティーヒに襲われた時に生き残った村の人もいるから、その人たちと力を合わせて村を立て直して、学園を出たら村に戻るつもりよ」

「そうか」


 生まれ故郷を元通りにするために力を尽くすと言うアイカの話を聞いてユーキは小さく笑みを浮かべる。

 アイカは村を襲われた日から今日まで多くの人たちのためにベーゼと戦い続けた。メルディエズ学園を卒業した後は自分のために生きてほしいとユーキは思っている。


「……なぁ、アイカ。俺が学園を出たらアイカの村にルナパレス新陰流の道場を作ってもいいか?」

「えっ? 私の村に?」

「ああ、アイカの村がどんな場所なのか見てみたいし、道場を作れば剣術を村人や村に来た人たちに知ってもらえる。もし興味を持って村に移住する人が増えれば村も早く立て直せるだろう?」

「う~ん、確かに……」


 ユーキの提案を聞いてアイカは一理あると考える。


「それに……学園を出た後も、君と一緒にいたいしな」

「えっ……」


 アイカはユーキの言葉を聞いて思わずユーキの方を向く。視線の先にはユーキが僅かに頬を赤くし、恥ずかしそうに自身の頬を指で掻いている姿があった。

 ユーキを見たアイカは軽く目を見開き、ユーキが自分の村に道場を作りたい本当の理由が自分の傍にいたいからだと知る。アイカはユーキの本心を知ると胸の前で手を握り、ユーキと同じように頬を染めて微笑んだ。


「……私も、学園を出た後もユーキと一緒にいたい」

「アイカ……」


 夜空の下でユーキとアイカはお互いを見つめ合う。その姿はメルディエズ学園の生徒ではなく、目の前の異性を愛するごく普通の少年と少女の姿だった。

 アイカはユーキを見つめながらゆっくりと近づいてユーキの目の前で立ち止まり、自分よりも背の低いユーキを見下ろす。ユーキも自分よりも背の高いアイカを無言で見上げた。


「ユーキ……今日までありがとう。貴方と出会えて本当に良かったわ」

「あ、ああ……俺もだよ」


 転生前に恋愛などしたことが無かったユーキは目の前にいる愛しい少女とどう接すればいいか分からず、ただ顔を赤くしながらアイカを見ていた。

 アイカは微笑みながら両手をそっとユーキの肩に乗せて自身の顔をユーキの顔にゆっくりと近づける。

 近づいて来るアイカの顔を見たユーキはこの後何が起こるのか察し、それと同時に心臓の鼓動が早くなる。

 アイカは目を閉じ、ユーキもつられるように目を閉じる。だがその時、近くにあるテントの方から何かが倒れるような音が聞こえ、驚いた二人は咄嗟に音が聞こえた方を向く。

 視線の先には無数の小さな木箱とその上に俯せで倒れているパーシュとフレード、二人の上に倒れるフィランとウェンフの姿があった。

 状況から先程の音は積まれていた木箱が倒れた音で原因はパーシュたちが木箱に寄り掛かったからだと思われる。


「……ええええぇっ!?」


 目の前にいるパーシュたちを見てユーキは思わず声を上げた。そしてパーシュたちに先程のアイカとのやりとりを覗かれていたと知る。

 ユーキとアイカに気付かれるとパーシュは二人を見ながら苦笑いを浮かべた。


「ア、アハハハハ……よぉ、お二人さん」

「せ、先輩たち、何で此処に? と言うか何時からそこにいたですか?」

「あ、ああ……確かアンタが『学園を出たらアイカの村に道場を』ってあたりだったかねぇ……」


 パーシュが問いに答えるとユーキは先程の会話を聞かれていたと知って顔を赤くしたまま目を大きく見開く。


「いやぁ~、見張りの交代だって知らせに来てみれば随分といい雰囲気になってたからよぉ。悪いとは思ってたんだが拝見させてもらったぜ」


 フレードは覗いていたことを悪びれることもなく、からかうような笑みを浮かべる。そんなフレードを見てパーシュは呆れた様子で溜め息をついた。


「わ、私は先輩たちを止めようとしたんですよ? でも勢いに負けちゃって……」

「……ウェンフは私たちの中で一番楽しそうにしてた」


 フィランはパーシュとフレードの上で俯せになりながら無表情で真実を語り、その隣で倒れているウェンフはフィランの方を見ながら「言わないでください!」と言いたそうな顔をする。

 ユーキは自分たちのやり取りを見ていたパーシュたちを見ながら深く溜め息をつき、同時に良い雰囲気を壊されたことに気分を悪くする。

 そんな時、ユーキは隣から威圧するような気配が感じられ、ユーキが咄嗟に隣を見るとそこには俯きながら炎のような赤いオーラを纏っているアイカの姿があった。

 アイカは目を閉じながら顔を赤くして眉間にしわを寄せており、機嫌を悪くしているのが一目で分かった。明らかにユーキとのやりとりを覗かれたことに腹を立てており、アイカを見たユーキは思わず一歩下がり、フィラン以外の三人もアイカの顔を見て汗を掻いている。

 ゆっくりと目を開けたアイカは倒れているパーシュたちを睨みつける。その目は僅かに潤んでおり、見られたことに対する怒りと羞恥心が感じられた。


「ア、アイカ?」


 パーシュはアイカに驚きながら声を掛ける。だがパーシュの声を届いていないのかアイカはオーラを消すことなく両手を強く握る。するとアイカの両手は指先から紅く変色し始めた。

 アイカの手が変色していることに気付いたユーキたちはアイカがベーゼ化していることを知って驚きの反応を見せる。

 アイカは体がベーゼ化し始めている状態で一歩前に出る。怒気を纏わせるアイカを見てユーキたちは思わず息を飲んだ。


「バァーーーーカァーーーーッ!!!!」


 顔を赤くし、目元に涙を貯めながらアイカは大きな声を出した。同時にベーゼ化の影響でアイカを中心に見えない衝撃波が広がってユーキたちを吹き飛ばす。

 飛ばされたユーキたちは思わず驚きの声を上げる。衝撃波によって近くにあった物も吹き飛び、轟音が駐屯基地に響いた。

 この轟音によって見張りをしていた他の兵士や騎士、生徒たちは驚き、仮眠をとっていた者たちも何人かが音を聞いて飛び起きた。


――――――


 夜が明け、戦いの準備を済ませた連合軍の兵士たち、メルディエズ学園の生徒たちは駐屯基地の北側にある広場に集まって整列していた。

 いよいよ決戦の地であるゾルノヴェラへ向かうことからその場にいる者たちの顔にはそれぞれ緊張や闘志が見られる。だがその中には明らかに違う表情を浮かべる者たちもいた。

 整列するメルディエズ学園の生徒の中に不機嫌そうな顔で目を閉じるアイカの姿があり、その隣には複雑そうな顔でアイカを見ているユーキが立っている。そして二人の前では神刀剣の使い手であるパーシュ、フレード、カムネス、フィランが横一列に並んでいた。

 パーシュとフレードはユーキと同じように複雑そうな顔をしながら後ろにいるアイカを気にしており、フィランは無表情のまま目を閉じている。カムネスは視線だけを動かしてパーシュとフレードを見ていた。

 昨晩パーシュ、フレード、フィラン、ウェンフの四人がユーキとアイカのやり取りを覗いていたことでアイカは怒りを爆発させ、駐屯基地でちょっとした騒ぎが起きてしまった。

 騒ぎを知った者たちはベーゼが襲撃してきたと考えて緊張を走らせたが、原因がベーゼではなく生徒同士の揉め事だと知ると一気に緊張が解けた。

 原因がユーキたちだと知ったオーストたち教師は決戦前に騒ぎを起こしたユーキたちを注意し、ユーキたちは深く反省する。アイカも感情的になってしまったことを反省したが、そもそもの原因を作ったパーシュたちに対してはまだ若干怒りが残っていた。

 ユーキたちが騒ぎを起こしたことはカムネスのように騒ぎを知らない生徒たちの耳にも入り、生徒たちは呆れると同時に何が原因で騒ぎが起きたのが疑問に思う。だが、ユーキたちが詳細を話さなかったため、結局口喧嘩が原因とされて片付けられた。

 整列している兵士や騎士、生徒たちの中には昨晩の騒ぎについて詳しく知らない者もおり、何があったのだろうと疑問に思いながら隣の仲間と小声で会話をしている。

 各国の指揮官であるジェームズたちは昨晩の出来事を詳しく知らないため、ざわついている兵士たちを見て不思議そうにしていた。


「……なぁ、アイカ。いい加減、機嫌直しておくれよ?」


 周囲がざわつく中、パーシュは後ろを向いてアイカに声を掛ける。その声には覗き見していたことに対する罪悪感が感じられ、パーシュは何とかアイカの機嫌を直そうとしていた。

 アイカはゆっくりと目を開けて目の前にいるパーシュとフレードを睨む。アイカと目が合ったパーシュは迫力を感じて僅かに表情を歪ませ、フレードもアイカの顔を見て目元をピクリと動かす。


「……今度昨晩みたいなことをしたら、本気で怒りますからね?」

「あ、ああぁ、分かったよ」


 パーシュが苦笑いを浮かべて返事をするとアイカは表情を和らげて溜め息をつく。

 アイカの反応を見たパーシュは機嫌を直してくれたと知って一安心する。普段気の強いフレードも今回はアイカの迫力に驚き、自分の行いも反省したのか言い返したりしなかった。

 フィランはいつもどおり無表情のままアイカを見ているが、その目からは僅かにアイカに対する恐怖が見られ、心の中でも同じ過ちを犯さないようにしようと思っている。

 ユーキたちから少し離れた場所ではウェンフが並んでおり、遠くにいるアイカを見ながら昨晩のことを思い出して「もう二度と覗き見はしないようにしよう」と心の中で誓っていた。

 昨晩の騒ぎについて聞かされていたカムネスはパーシュたちの行動に呆れたのか目を閉じながら静かに溜め息をつく。


「全員、注目! これよりジェームズ陛下から出撃前のお言葉をいただく!」


 ジャクソンがざわついている者たちに大きな声で語り掛けると全員が口を閉じて最前列で馬に乗りながら自分たちを見ているジェームズに注目する。

 ジェームズの隣では同じ指揮官であるゲルマンとショウジが自分の馬に乗っており、整列している兵士たちを見ていた。

 全員が自分に注目しているのを確認したジェームズは真剣な表情を浮かべて口を開いた。


「これより我々はゾルノヴェラへ向かい、ベーゼとの最後の戦いに臨む。そこにはとてつもない数のベーゼ、そしてベーゼたちの大帝がいる。今まで経験したことの無い過酷な戦いになるはずだ」


 兵士、騎士、生徒たちはジェームズの言葉を無言で聞いている。その表情からはこれから行われる決戦に対する恐怖や不安などは感じられない。必ずベーゼたちに勝つという強い意志が感じられた。

 既に決戦の地へ向かい、そこで命を懸けた激戦を繰り広げることは理解し、覚悟もできている。兵士たちはもう情けない顔を見せないようにしようと決意していた。


「だが、この戦いに勝利すれば我々は長かったベーゼとの因縁に終止符を打つことができる。侵略者たちに翻弄され、傷付けられて生きることは無くなるのだ!」


 ジェームズは腰の剣を抜くと兵士たちを見ながら空に掲げた。


「最後の戦いに勝利し、この世界に住む全ての存在が平穏に暮らせる世界を取り戻すのだ!」


 兵士たちはジェームズの号令に一斉の声を上げる。静かな駐屯基地に兵士たちの闘志の籠った声が響く。

 兵士や騎士だけでなく、メルディエズ学園の生徒の中にも声を上げる者も何人かいた。その中でユーキ、アイカ、パーシュたち神刀剣の使い手たちは無言でジェームズを見つめている。

 ジェームズは剣を鞘に納めると馬をゾルノヴェラがある北に向かせ、ゲルマンとショウジも同じように馬の向きを北に変えた。


「全軍、進めぇーっ!」

 

 ジェームズはゾルノヴェラに向けて馬を前進させ、ゲルマンとショウジもそれに続く。ジャクソンも素早く自分の馬に乗ってジェームズたちの後を追いように馬を進ませる。

 連合軍の兵士、騎士たちもジェームズの指示に従い、徒歩や荷馬車で移動を開始した。ラステクト王国、ガルゼム帝国、ローフェン東国、三大国家の部隊は隊列を崩さぬよう歩き出す。

 メルディエズ学園の生徒、教師たちも一斉に荷馬車と馬に乗って連合軍の後ろをついて行く。

 ユーキはゾルノヴェラでこれまで体験したことの無い激戦を繰り広げることになると確信しながら北を見つめた。


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