第二百五十四話 それぞれの覚悟
夜が明けるとユーキたちは朝食を済ませ、野営の片づけをすると駐屯基地を目指して出発する。
生徒の中にはまだ眠気が取れていなかったり、朝食直後の移動で気分が優れていない者もいるがのんびりしている余裕はない。こうしている間もベーゼたちが連合軍の襲撃に備えて護りを固めたりしている可能性があるため、少しでも連合軍が有利な状況で戦うためにも急いで連合軍と合流する必要があった。
ユーキたちはベーゼの襲撃を警戒しながら移動したが、移動を開始してから数十分経ってもベーゼどころかモンスターの姿すら見られなかった。生徒の中には不思議に思う者もいたが、考えてみればごく自然なことだと言える。
ベーゼたちは五凶将や各国の首都を襲撃した部隊を失って戦力が大きく低下させていた。
戦力の低下を狙って連合軍がゾルノヴェラに攻め込んでくると予想したベーゼたちは現在、ゾルノヴェラの護りを固めている。
つまり戦力がゾルノヴェラに集まっているため、ゾルノヴェラに向かって移動しているユーキたちはベーゼと遭遇せずに移動できているのだ。
仮に戦力がゾルノヴェラに集まっておらず、ベーゼたちが帝国領内を徘徊していたとしても、先にゾルノヴェラを目指して進軍していた連合軍によって遭遇したベーゼたちは全て倒されているだろう。要するに連合軍が通った道を移動しているユーキたちがベーゼと遭遇することは無いと言うことだ。
生徒の中にはベーゼと遭遇しない理由に気付いている生徒もおり、不思議に思っている生徒たちにベーゼと遭遇しない理由を話して納得させた。ベーゼと遭遇する可能性が低いと知った生徒たちは万全の状態で連合軍と合流できると感じて表情に余裕を見せる。
しかし、ベーゼと遭遇する可能性は低くてもモンスターと遭遇する可能性は十分あるため安心はできない。生徒たちは問題が起きてもおかしくないと思いながら移動した。
(モンスターの姿は……見当たらないな)
荷馬車の荷台に乗るユーキは強化で視力を強化しながら自分たちがいる平原を見回し、近づいてきているモンスターがいないが確認していた。同じ荷馬車にはアイカや数人と生徒が乗っており、同じように周囲を警戒している。
ユーキたちが乗る荷馬車の隣ではグラトンが走っており、周りには同じように生徒を乗せた荷馬車や教師たちを乗せた馬が走っている。彼らも移動しながら自分たちに近づく者や怪しい物体が無いかどうか確かめていた。
出発してから既に一時間ほどが経過しているが今のところ問題は何も起きていない。
(……このままモンスターや盗賊とかに遭遇することなく駐屯基地に辿り着けるといいんだけどなぁ)
心の中で問題が起こらないことを祈りながらユーキは見張りを続ける。
問題無く駐屯基地に辿り着けるのであればそれが一番良いのだが、毎回自分たちの都合の良いように事が運ぶとは限らない。ユーキは何時問題が起きてもすぐに対処できるようにしておこうと思っていた。
(それにしても、昨夜フェスティさんが言っていたことって、どういう意味なんだ?)
遠くを見つめるユーキは昨夜の出来事を思い出す。再会したフェスティから決戦に勝つためにカギは自分とアイカだと言われ、ユーキはフェスティが消えた後にどういう意味なのか考えた。
だがいくら考えても分からず、ヒントになりそうな情報も思い浮かばなかったため、その後は深く考えず野営地の警備を続けたのだ。
(フェスティさんがただ俺を勇気づけたり、やる気を出させるためにあんなことを言ったとは思えない。何か深い意味があるはずだ……だけど、それがまったく分からないんだよなぁ)
もう一度フェスティから言われた言葉の意味を考えるが、やはり意味が分からない。ユーキは困ったような顔をしながら俯いて小さく溜め息をついた。
「ユーキ? どうしたの?」
声を掛けられたユーキは顔を上げて左を向く。そこには不思議そうに自分を見ているアイカの顔があった。
「いや、何でもない。大丈夫だよ」
「そう? 今朝から何かに悩んでいるような顔をしてるけど……」
「悩んでいる、か……」
ある意味でアイカの推測が当たっているため、ユーキは思わず苦笑いを浮かべて小さく俯く。アイカはユーキの反応を見ると軽く小首を傾げた。
「何か気になることがあるなら言って? 力になれるかもしれないから」
「……実はちょっと気になることがあるんだ」
「気になること?」
アイカはまばたきをしながらユーキを見つめる。するとユーキは苦笑いを浮かべたままアイカの方を向いた。
「連合軍の基地に着いたら話すよ」
「ええぇ? 今は話せないことなの?」
「今は移動している最中だからな。それにモンスターとかの警戒もしないといけないし、余計なことを考えて警戒を疎かにするわけにもいかないだろう?」
今やるべきことに集中しないといけない、そう言いながらユーキは平原を見回して見張りを再開する。
ユーキの答えに納得ができないアイカはジト目でユーキを見つめた。
「……自分は見張りの最中に別のことを考えていたのに?」
「うっ……」
痛いところを突かれたユーキはアイカと顔を合わせることができず、遠くを見つめながら固まる。
言い返せないユーキをしばらく見つめたアイカは軽く息を吐いた。
「……確かにいつモンスターやベーゼが現れるかどうか分からないし、駐屯基地に着くまでは別のことを考えない方がいいわね」
アイカが渋々納得するとユーキは周りに聞こえないくらい小さく息を吐いて安心する。
「でも、駐屯基地について時間ができたらちゃんと話してよ?」
「あ、ああ、勿論だ」
ユーキが返事をするとアイカは警戒を続けるために平原を見回す。とりあえずこれ以上追究されることは無いと知ったユーキは胸を撫で下ろし、気持ちを切り替えて見張りを再開する。
二人の近くでは同じ荷馬車に乗っている生徒たちがユーキとアイカの会話する姿を見て不思議そうな顔をしていた。
それからユーキたちは何度も短い休息を挟みながら移動し、連合軍が待つ駐屯基地を目指した。
――――――
空が薄っすらとオレンジ色に染まる頃、ユーキたちメルディエズ学園の一団は数時間かけて連合軍の駐屯基地に辿り着いた。
道中、何度も休息を挟んだため、夕方に到着することになってしまったがモンスターなどに遭遇することなく到着できたので問題は無かった。
駐屯基地はゾルノヴェラから南に15kmほど離れた所にある大きな広場に作られていた。広場の周りに幾つも林があり小さな川もある。身を隠したり、薪や食料、水を調達することできるため基地を作るには最適な場所と言える。
広場には数え切れない数のテントが張られており、三大国家によって色や形が異なっている。
テント以外にも多くの荷馬車が停められており、何頭もの馬が各国の兵士たちから水を与えられたりされていた。基地内ではラステクト王国、ガルゼム帝国、ローフェン東国の兵士や騎士、魔導士たちが自分たちのテントの近くで戦いの用意をしている。
オーストは五聖英雄たちと共に駐屯基地の入口前にいる兵士たちに近づき、自分たちがメルディエズ学園の者たちだと伝えた。
兵士たちは上官に報告するため、ユーキたちをその場で待機させて基地の奥へ向かう。それから数分後、兵士たちが戻ってきて待機していたユーキたちを基地内へ入れた。
基地内に入ったユーキたちは兵士に案内されて奥へ進んでいく。移動している間、大勢の兵士たちが目の前を通るユーキたちを見て様々な反応を見せる。
ベーゼとの戦闘を得意とする生徒たちの到着に笑みを浮かべる者、大人数の少年少女がやって来たことに驚く者、生徒たちが合流したことでもうすぐ決戦が始まると感じる者など、兵士たちは様々な思いを抱きながら生徒たちを見ていた。
兵士に案内されたユーキたちは何も無い広場にやって来た。先頭を歩いていた案内役の兵士は広場に着くと立ち止まって振り返り、すぐ後ろにいたオーストや五聖英雄たちは立ち止まる。それのつられるように後をついて来ていたユーキたちも立ち止まった。
「これから連合軍の各指揮官の下へご案内します。代表と主要の方はついて来てください」
「分かりました」
返事をしたオーストは馬から降り、五聖英雄も下馬してオーストの隣までやって来る。
オーストは振り返ると近くで停まっている荷馬車に近づく。荷馬車の荷台にはカムネスとラステクト王国王女であるオルビィンが乗っていた。
「ザグロン、これから指揮官に挨拶に向かう。お前も一緒に来てくれ」
「分かりました」
カムネスは立ち上がって荷台から降り、五聖英雄の下へ歩いて行く。オーストは続いてカムネスが座っていた場所の隣に座っているオルビィンの方を向いた。
「殿下もご同行なさってください」
「それは私がラステクトの王女だから? それとも一人の生徒として呼んでいるの?」
「両方です。今回の戦いは大陸の未来が懸かった重要な戦いです。殿下もメルディエズ学園の生徒として今回の戦いに参加していただいたわけですが、王族でもあるので指揮官にはご挨拶していただきたいのです」
「……成る程ね。そう言うことなら行くわ」
若干面倒くさそうな顔をしながらオルビィンは荷台から降りてカムネスの後をついて行く。
カムネスとオルビィンは生徒ではあるが、生徒会の会長とラステクト王国の王女という特別な立場にあるため、連合軍の指揮官たちには挨拶しておくべきだとオーストは思っていた。
オーストはカムネスとオルビィンが歩いて行く姿を見ると続けて近くで馬に乗っているスローネの方を向いて口を開いた。
「スローネ先生、私たちは指揮官に挨拶をしてきます。先生は他の先生がたと一緒に生徒たちと待機していたください」
「ハイハ~イ、了解で~す」
気の抜けたような声で返事をするスローネは馬に乗ったまま手を振る。スローネに指示したオーストは連合軍の指揮官たちの下へ向かうためにカムネスたちの下へ向かった。
オーストがカムネスたちと合流すると兵士はカムネスたちを連れて駐屯基地の奥へ移動し、カムネスたちはその後を静かについて行く。
沢山のテントの間の道を通りながら進んでいき、やがてカムネスたちは他のテントよりも二回りは大きなテントの前にやって来た。
テントの入口前にはラステクト王国とガルゼム帝国の騎士が一人ずつ立っており、兵士は騎士たちに近づいてカムネスたちを連れて来たこと伝える。
話を聞いたラステクト騎士はカムネスたちを見ると軽く目を見開いてテントの中に入る。その数十秒後、テントからラステクト騎士が出てきてカムネスたちの下へ向かい、先頭のオーストに軽く頭を下げた。
「メルディエズ学園、そして五聖英雄の皆様、お待ちしておりました。中で陛下たちがお待ちです」
「分かりました……ん? 陛下?」
ラステクト騎士の言葉にオーストは耳を疑い、カムネスと五聖英雄も反応する。そしてオルビィンは目を軽く見開きながらラステクト騎士を見ていた。
カムネスたちはラステクト騎士に連れられてテントの中に入る。テントの中には大きな長方形の机が置いてあり、その上にはゾルノヴェラとその周辺が描かれた大きな地図が広げら、その上には幾つもの兵棋が置かれていた。
そして机の周りでは鎧を身につけたガルゼム帝国皇帝のゲルマン、ローフェン東国帝のショウジュ、そしてラステクト王国国王、ジェームズが椅子に座ってカムネスたちを見ている。
実は連合軍は三大国家で構成されていることから各国の部隊に一人ずつ指揮官がおり、それぞれの国の統治者が指揮官を務めているのだ。
各指揮官には補佐として将軍や騎士が付いており、三人の近くには一人ずつ鎧を着た男が立っている。ジェームズの後ろにはラステクト王国の軍事責任者であるカムネスの父、ジャクソンの姿があった。
「お、お父様?」
テントの中にいたジェームズにオルビィンは驚き、オーストも目を見開く。カムネスは驚かずにジャクソンを見ており、五聖英雄も意外そうな顔でジェームズたちを見ていた。
「……オルビィン、やはりお前も来ていたか」
娘のオルビィンが決戦に参加する生徒に含まれていると予想していたのか、ジェームズはオルビィンの姿を見ても驚かなかった。
ジャクソンもカムネスと目が合っても眉一つ動かさず、無言でカムネスを見ている。
「お前が決戦に参加することは予想していたが、カムネスたちと一緒に挨拶に来るとは思っていなかった」
ジェームズは同行していたカムネスやオーストを見て「どうしてオルビィンが一緒なのだ?」と目で尋ねる。オーストはジェームズと目が合うと少し緊張したような素振りを見せた。
オーストはメルディエズ学園の人間ではあるが一教師に過ぎない。そのため、学園長であり貴族であるガロデスのように国王であるジェームズと対面したことは一度も無かった。
初めて会う国王のジェームズにオーストは少しオドオドしている。しかもジェームズ以外に皇帝のゲルマンと帝のショウジュもいるため、心臓が痛くなるような気分になっていた。
「オ、オルビィン殿下は王族であり、今回の決戦に参加する生徒の一人でもあります。大陸の運命に関わる重要な戦いの指揮を執る連合軍の指揮官にご挨拶をしていただこうと考え、お連れいたしました」
「成る程……」
オーストの返事を聞いてジェームズは納得したような顔をする。確かに王族であり、決戦に参加する生徒であるのなら指揮官に挨拶するのも大切だとジェームズは感じていた。
ただ、特別扱いされることを嫌っているオルビィンが他の生徒と違う扱いをされて機嫌を悪くしたのではと考える。しかし当の本人は機嫌を悪くした様子は見せず、ジェームズはオルビィンも自身の立場を理解して挨拶に来たのだろうと思っていた。
緊張するオーストは軽く頭を下げてジェームズと目を合わせないようにしている。これから挨拶をして、今後の方針などを確認しないといけないのだが緊張して話を進められずにいた。
するとオーストの後ろで控えていたハブールが隣にやって来てオーストの肩にそっと手を置く。
「あとは私たちがやる。お前は後ろに下がって気持ちを落ち着かせろ」
「す、すみません……」
今の状態では話を進めるのは難しいと感じたオーストは素直にハブールにあとのことを任せて後ろに下がる。
オーストが下がるとハブールはジェームズたちの方を向いて軽く頭を下げた。
「改めまして、メルディエズ学園より増援としてまいりました」
「うむ、遠くからわざわざご苦労であった。状況から察するにバヨネット、其方がメルディエズ学園の部隊の指揮官のようだな?」
「ハイ、指揮官として、そして五聖英雄として全力を尽くす所存です」
ハブールは顔を上げると真剣な目でジェームズを見つめる。そう、今回の決戦に参加するメルディエズ学園の部隊の指揮官はハブールが執ることになっているのだ。
メルディエズ学園の部隊なのだから教師が指揮を執るべきだと思われるが、教師たちは戦闘経験はあっても部隊を動かす指揮能力は低い。そのため、戦闘能力と指揮能力の高い五聖英雄のハブールに生徒全体の指揮を任せることにしたのだ。
指揮を執ると言う提案にハブールは不満などは感じていなかった。寧ろ自分の後継者とも言えるメルディエズ学園の生徒たちを勝利に導くために喜んで指揮官の任を引き受けた。
五聖英雄がメルディエズ学園の指揮官だと知ってゲルマンとショウジュは少し驚いたような顔をする。だが同時に嘗て世界を救った五聖英雄が共に戦ってくれることを心強く思う。
因みにゲルマンとショウジュも五聖英雄のことは知っており、会ったこともあるためハブールたちを見ても緊張などはしなかった。
「ギクサーランとリャンも元気そうだな?」
ジェームズはハブールの後ろで控えているスラヴァとペーヌの方を見て声を掛ける。スラヴァはジェームズの方を見ると小さく笑いながら頭を下げた。
「陛下もお元気そうで何よりです」
「元気そうだけど、昔と比べると随分老けたわよねぇ」
「ペーヌ……」
隣で自分の髪を捻じりながら面倒そうな口調で話しかけるペーヌを見てスラヴァは呆れ顔になる。
ペーヌの態度を見てゲルマンとショウジュ、二人の補佐は驚きの反応を見せた。いくら五聖英雄とは言え、王族であるジェームズと対等の立場のように接するペーヌを見て衝撃を受けていた。
「アハハハ、そう言う其方は昔と全然変わっていないな。姿も態度も」
「そりゃあ、私はエルフだからね。アンタたちよりも若い時期が長いのよ。見た目が変わらなければ中身だって昔のまんまよ」
三十年前から何も変わってない様子のペーヌを見てジェームズは軽く苦笑いを浮かべる。だが、以前と変わってないペーヌを見て昔を思い出し、小さな懐かしさを感じていた。
五聖英雄との挨拶が済むとジェームスは一度テントの中にいる者たちを見回し、揃うべき存在が全員揃ったことを確認すると真剣な表情を浮かべる。
カムネスたちはジェームスの表情が変わったことで本題に入ると感じた。
「さて、全員揃ったことで早速今後のことについて話し合いをしたのだが……」
「その前に一つ質問してもよろしいですか?」
ジェームズが話を始めようとした時、黙っていたオルビィンがジェームズに語り掛け、一同はオルビィンに視線を向ける。
「何だ、オルビィン?」
「どうして国王であるお父様やゲルマン陛下、ショウジュ陛下が連合軍の指揮官として前線に来ておられるのです?」
王族や皇族が決戦で指揮を執ることをオルビィンは疑問に思い、各国の統治者を見ながら問い掛ける。
今回の決戦は大陸とそこに住む人々の運命を懸けた重要な戦いで命を落とす可能性も高い。そんな危険な場所に王族や皇族が出向いて命を落としたりなどすれば各国は大混乱になる。どうして父親や帝国の皇帝、東国の帝が戦場に来ているのかオルビィンには分からなかった。
「私たちが決戦の地に来ている理由か。……勿論、自分たちの軍の指揮を執るためだ」
「指揮を執るのであれば各国の優秀な騎士や将軍に任せればよろしいではありませんか。わざわざ国を治める立場の存在が危険な最前線に出なくても……」
「国を治める立場からこそ最前線に出るべきだと思ったのだ」
ジェームズの言葉にオルビィンは軽く目を見開き、周りにいるカムネスたちは反応する。
オルビィンたちが見つめる中、ジェームズはゆっくりと目を閉じて口を動かす。
「多くの兵士、騎士たちが祖国……いや、この大陸を護るために命を懸けてベーゼとの最後の戦いに望もうとしている。彼らが命懸けで戦っていると言うのに国と国民を護る立場の王族が安全な所で勝利を祈るだけなど、あってはならないことだ。増して決戦にはメルディエズ学園の少年少女たちも参加している。未来を背負う若者たちが最前線で戦うと言うのに、三十年前からベーゼと戦っていた老いぼれたちが戦わないわけにはいかん」
周りの者たちが最後の戦いに挑もうとしているのに自分だけ後方にいるわけにはいかない、だから最前線で指揮官を務めることにしたとジェームズは語った。
オルビィンたちはジェームズも国王として、そして大陸で生きる人間として戦おうとしていると知り、ジェームズの国王としての覚悟と責任感の強さに感心するのだった。
「私が最前線に出ることをゲルマン殿やショウジュ殿に話したところ、彼らも私と同じように国を治める者としての使命を果たそうと決意してくれたのだ」
ジェームズはそう言って左右に座っているゲルマンとショウジュを見る。
ショウジュはジェームズと目が合うと立ち上がり、真剣な眼差しをカムネスたちに向けた。
「私たちも大陸で生きる者としてベーゼと戦わないといけない。この先、多くの国民が幸せに暮らせるよう、二度とベーゼたちに恐怖しないよう私たちも命を懸けて戦うことを決意したのだ」
「そ、そうのとおりだ。私も全力で皆に協力するつもりでいる。そもそもベーゼたちがこっちの世界に来たのは我ら帝国の責任だからな」
気合いの入った表情を浮かべるショウジュとどこか不安げな様子で語るゲルマン。ラステクト王国だけでなく、ガルゼム帝国とローフェン東国を統治する二人も力の限り戦うことを知ったオーストたちはゲルマンとショウジュを見ながら心の中で頼もしく思う。
「オルビィン、お前もメルディエズ学園の生徒として、そしてラステクトの王女としてベーゼと戦うことを決意したのだろう? 王女であるお前が戦うのだから、王である私が戦うのは当然のことだ」
「お父様……」
自分の意思を理解し、父として娘である自分と同じ戦場に足を踏み入れたジェームズをオルビィンは見つめる。
オルビィンは最初、父親であり国王であるジェームズが死ぬかもしれない場所にやって来たことに驚きと抵抗を感じていた。
だが国王としてやるべきことをやるため、そして自分や国民のことを想って戦うことを決意したジェームズを見て自分は父の気持ちをちゃんと理解していなかったと知って心の中で反省する。
「……お父様が国王として決戦の地を訪れたと言うことは分かりました。なら私も命を懸け、最後までベーゼと戦います」
「今更反対するつもりは無い。ただ、これだけは約束してくれ。……絶対に死なないと」
「それはお父様も同じでしょう?」
小さく笑いながら言い返すオルビィンを見てジェームズも笑い返す。この時のジェームズはオルビィンの笑顔を見て「死ぬつもりなど無い」と言う意思を感じ取っていた。
「陛下、そろそろ決戦と今後の方針について話しを進めたいのですが、よろしいでしょうか?」
メルディエズ学園が合流し、オルビィンもジェームスたちが前線に来ていることに納得したため、ジャクソンは作戦会議を兼ねた話し合いを始めようとする。
ジャクソンの声を聞いた一同は一斉に反応し、ジャクソンの方を向いた。
「そうだな、時間も限られている。早速始めよう」
ベーゼとの決戦の話が始まると知ってカムネスたちは真剣な表情を浮かべた。
テントの中にいる者たちが話を聞く状態になるとジャクソンは机に近づいて広げられている地図に目をやる。
「まず、ゾルノヴェラの状況ですが、偵察部隊によるとゾルノヴェラの周囲には防衛部隊と思われる蝕ベーゼが大量に配備されていたそうです。正確な数は分かりませんが四千から五千はいるとのことです」
「五千か……」
ゾルノヴェラの周辺が描かれた地図とその上にある兵棋を見ながらジェームズは呟く。ショウジュも難しい顔をしており、ゲルマンは不安そうな顔をしていた。
「ただ、これあくまでもゾルノヴェラの周りにいる敵戦力です。都市内にはそれ以上の数がいると思われます」
「流石はベーゼたちの本拠点なだけはあるな……それで、都市内の情報は得られたのか?」
「申し訳ありません。やはりベーゼの数が多く、護りも堅いため近づくことができず、都市内の情報は全く得られないようです」
「そうか……」
ベーゼの総戦力が分からないことからどう攻めるか悩むジェームズは俯く。
オーストやオルビィンも予想していたとおりベーゼの数が多いと知って少し緊迫したような表情を浮かべていた。
「こちらの戦力はどれ程だ?」
「王国軍からは二千三百、帝国軍からは三千、東国軍からは二千五百が今回の決戦に参加しています。更にメルディエズ学園からは二百ほど、合計八千の戦力となっています」
連合軍の総戦力を聞かされた指揮官であるジェームズたちは僅かに表情を歪ませる。
ベーゼの本拠点であるゾルノヴェラに攻め込むのに八千と言う戦力は少ないのではと思われる。本来ならもっと多くの戦力を用意して攻め込むべきなのだが、三大国家にはまだ沢山のベーゼが身を隠し、各町や村を襲撃する可能性があった。
下手に戦力をゾルノヴェラの攻略に回してしまうとベーゼが町や村を襲撃する際に護ることができなくなってしまう。
ゾルノヴェラを攻略し、ベーゼとの戦いに勝利するまでの間、各国の町や村を護るため、ジェームズたちは八千の戦力で決戦に挑むことになったのだ。
「連合軍の戦力はゾルノヴェラを攻略するには少ないと思われます。ですが知能の低いベーゼたちの行動パターンは限られています。その行動や習性を利用したり、こちらの都合の良いように誘導できれば八千の戦力でも十分攻略が可能と思われます」
ジャクソンが地図を指差し、ベーゼを表す黒い兵棋と連合軍を表す白い兵棋を指差して作戦を語る。ジェームズたちは地図を見ながらジャクソンの話を聞いていた。
「確かにベーゼたちの知能は低いため、罠などを仕掛ければ有利に戦況を運べるだろう。……だが、例え外にいる五千のベーゼと上手く戦えたとしても、都市内にはまだ大量のベーゼがいる。外のベーゼたちの相手をしている間に都市内から増援が来れば一気に戦況が不利になるかもしれん」
「それについては問題ありません」
ベーゼの戦力に頭を抱えているジェームズにカムネスが語り掛け、ジェームズとジャクソンはカムネスに視線を向けた。
「カムネス、それはどういう意味だ?」
ジャクソンが問いかけるとカムネスは一歩前に出た。
「ゾルノヴェラの情報が無いことは私たちも承知しています。敵拠点の情報が無い状態で戦うのは非常に危険です。そこで私とペーヌ殿、残り六名の生徒が開戦後にゾルノヴェラに突入し、ゾルノヴェラの情報を集めながら都市内とベーゼを討伐していきます」
「何?」
息子の発言にジャクソンは僅かに眉間にしわを寄せる。ジェームズたち三大国家の統治者たちやオルビィンもカムネスの言葉を聞いて驚きの反応を見せていた。
「待て、カムネスよ。八人で突入すると言ったが、どういうことなのだ? 詳しく説明してくれ」
ジェームズが詳細を求めるとカムネスはメルディエズ学園でガロデスやペーヌたちが話した作戦と突入する生徒をジェームズたちに説明する。
そのあまりにも危険な作戦ないようにジェームズは耳を疑い、ジャクソンも鋭い目でカムネスを見ていた。生徒であるオルビィンも初めてゾルノヴェラへの突入作戦を聞いたため、目を大きく見開きながらカムネスを見つめている。
説明が終わるとカムネスはすました顔でジェームズを見つめ、ペーヌも退屈そうな顔で自分の髪を捻じっていた。
「……詳しい内容は分かった。要するにベーゼたちに気付かれぬよう情報を集めながらベーゼを倒していき、連合軍がゾルノヴェラに突入できる状況を作ると言うことだな?」
「そのとおりです、陛下」
「うむ……しかし、やはり八人だけで突入すると言うのは危険すぎる。もう少し人数を増やすべきではないのか?」
「そうよ、八人で突撃するなんて自殺行為でしかないわ!」
ジェームズに続いてオルビィンも数人で突入することに反対する。いくら腕の立つ混沌士と五聖英雄のペーヌで構成されているとは言え、敵が大勢いるゾルノヴェラに突入するなど普通では考えられないことなため、ジェームズやオルビィンが異議を上げるのは当然と言えた。
「残念ですが、もう決まったことです。私も他の生徒も少数で突入することに納得しております。勿論、ペーヌ殿も……」
「しかし……」
何とか考えを改めてもらうためにジェームズはカムネスを説得しようとする。そんな時、カムネスの後ろにいたペーヌが鬱陶しそうな顔で前に出てカムネスの隣で移動した。
「あ~~もう、やかましいわねぇ! 決まったことだっつってんでしょう?」
納得しないジェームズをジッと睨みながらペーヌは腕を組む。ペーヌの視線に圧を感じたのかジェームズは思わず表情を歪ませる。
「カムネスも説明したでしょう? 大勢で突入すればベーゼどもにすぐに見つかってあっという間に包囲されてしまう。ベーゼに囲まれず、簡単に気付かれないようにするためにも少ない数で突入するのがいいのよ」
「だが、それでも僅か八人と言うのは危険すぎる。例えお主がいたとしても……」
「……突入する生徒の内、六人が五凶将に勝った生徒でも心配なの?」
目を細くしながら尋ねるペーヌを見てジェームズたちは再び驚きの反応を見せる。
ジェームスたちは突入する生徒が混沌士とは聞いていたが、五凶将に勝ったという話は聞いていないため衝撃を受けていた。
「確かにただの混沌士だけで構成された部隊なら危険すぎるでしょうね。だけど、突入するのは全員が五凶将である最上位ベーゼに単身で挑んで勝利した生徒たちよ。……二人は協力し合って一体に挑んだけど」
ペーヌはジェームズから目を逸らし、最後の部分だけ聞こえないように小声で語る。その後は視線をジェームズに戻して真剣な表情を浮かべ、声の大きさも戻した。
「最上位ベーゼは一体で通常のベーゼ数十体分の力を持っているわ。その最上位ベーゼを一人で倒した生徒六人が編成されている部隊よ。数人だとしてもかなりの戦力になるわ」
「ほ、本当に最上位ベーゼを倒したのか?」
「この状況で嘘つくわけないでしょう?」
驚いているジェームズにペーヌは呆れ顔で返事をする。ペーヌの言葉を聞いてジェームズは難しい顔で俯きながら考え込む。
確かに最上位ベーゼを倒せるほどの実力を持った生徒なら一人でも大勢のベーゼと普通に戦えるし、簡単に負けることもない。
しかもそんな生徒が六人もおり、残り二人はペーヌと混沌士の生徒なのだから、ある意味で連合軍の中でも最強の戦力と言えるだろう。
突入する生徒たちの実力と少数である理由を考えながらジェームズは難しい顔をする。そんなジェームズをジャクソンやオルビィン、ゲルマンとショウジュは黙って見ていた。
やがて俯いていたジェームズが顔を上げ、自分を見つめているカムネスとペーヌに視線を向ける。
「……分かった。お主たちに任せよう」
「お父様!?」
ジェームスが少数での突入を許可したことにオルビィンは驚きの声を出した。




