第二百五十二話 若者たちの使命
五凶将が倒されたことはメルディエズ学園を初め、大陸中の国に伝わった。上位ベーゼが倒されたとい知らせを受けて人々は歓喜に包まれ、各国の軍や冒険者たちの士気も高まる。
特にメルディエズ学園の生徒たちは五凶将を倒したのが同じ生徒だと聞いてベーゼたちに勝利できると感じていた。
ベーゼの主戦力である五凶将、そして彼らが率いるベーゼの大部隊を倒したことで戦況が大きく変化し、ガロデスは今後の方針を決めるための階段を行うために三大国家の王族をメルディエズ学園に呼び、その時に大陸中に散らばっていたユーキや一部の生徒たちも呼び出した。
ただ、五凶将を倒したからと言って大陸中のベーゼたちが大人しくなったわけではない。
指揮を執る五凶将がいなくなったことで知能の低い下位ベーゼや蝕ベーゼは見境なく都市や村などを襲うかもしれない。それを阻止するため、各国の首都に駐留している生徒の大半は各国に残し、ユーキたちのように戦力の要である生徒だけを呼び戻した。
三大国家の王族がメルディエズ学園に全員集まるとガロデスは早速、方針を決める会談を開いてどのようにベーゼと戦うか話し合いを始めた。
各国の首都に攻め込んできた五凶将や多くのベーゼが倒されたことで王族たちも戦争に勝てると感じ始め、ローフェン東国の帝、ショウジュはベーゼたちが大打撃を受けている今の内に一気にベーゼたちの本拠点であるゾルノヴェラに攻め込むべきだと提案する。
ガルゼム帝国皇帝のゲルマンもショウジュの提案に賛成し、各国の軍で動かせる戦力を全てを使ってゾルノヴェラに攻め込むべきだと語る。
ショウジュたちは少しでも早くベーゼを倒して平和を取り戻したいと思っているが、ゲルマンは自分が統治する帝国にベーゼの本拠点があること自体が不安なため、その不安を取り除くために本拠点を叩いておくべきだと思っていた。
ゲルマンとショウジュがゾルノヴェラに攻め込むことに提案する中、ラステクト王国の国王であるジェームズは全戦力を使うと言うのは問題ではと考え、すぐには決断できずに同席していたジャクソンの意見を聞いた。
ジャクソンは全戦力でゾルノヴェラを襲撃することには異議を上げたが、今の段階でゾルノヴェラを襲撃する点には賛成した。
各国が全戦力をゾルノヴェラへ向かわせれば首都や町などを防衛できなくなってしまうため、一定の戦力を残して戦うべきだと語るジャクソンの意見を聞いてゲルマンとショウジュは考えを改め、各国の主力軍だけをゾルノヴェラに攻め込むことを決める。
ジェームズも戦力を残して決戦に挑むと聞き、不安が無くなってゾルノヴェラに攻め込むことに賛同した。
ガロデスも王族たちと同じようにゾルノヴェラに攻撃を仕掛けるチャンスだと考えており、王族全員がゾルノヴェラに攻め込むことを決断すると反対することなく賛成する。
その後はゾルノヴェラに向かう戦力の編成や決戦の日にちを決めて階段を終えた。
――――――
会談が終了した直後、ガロデスは近いうちにベーゼとの決戦が行われることを伝えるため、メルディエズ学園に通う生徒全員を大訓練場へ集めた。
大訓練場にはユーキたち混沌士を始め、カムネスたち神刀剣の使い手、生徒会などベーゼと戦うことが可能な生徒全員が集まってガロデスの話に耳を傾けた。
「……以上のことから、我々はベーゼたちの本拠点である帝国の城塞都市ゾルノヴェラに向かい、三大国家の軍と協力して最後の戦いに挑むことになりました」
朝礼台のような四角形の台の上に乗るガロデスは目の前で整列している大勢の生徒たちに自分たちのやるべきことを話す。
ガロデスの近くではオーストやスローネと言った教師たち、五聖英雄のペーヌたちが控えており、黙ってガロデスの話を聞いている。
生徒たちもガロデスの前で真剣に今後の方針についての話を聞いていた。生徒たちの中ではユーキやアイカが列を乱さずにガロデスを見ている。
神刀剣の使い手であるパーシュ、フレード、カムネス、フィランはメルディエズ学園に通う生徒たちの代表と言える立場であるため、最前列で横に並びながらガロデスに注目している。
「既にベーゼたちの幹部である五凶将は倒され、ベーゼたちの戦力は弱体化しています。……ただ、それでもゾルノヴェラには大勢のベーゼがいるはずです。正直、周辺国家の全ての戦力を使っても確実に勝てると言う保証はありません」
ガロデスは自分が思ったことを正直に生徒たちに伝える。話を聞いた生徒たちの中には本当に勝てるのかと不安を感じる生徒がおり、若干暗い顔をしながら隣にいる友人と話していた。
不安を露わにする生徒たちを見たガロデスは生徒たちの士気が低下してしまったのではと感じて難しい顔をする。決戦の前に士気が低下しては全力で戦えないと感じ、ガロデスは生徒たちを見つめながら黙り込む。
「皆さん、皆さんの中にはベーゼとの決戦に不安を抱く方もいらっしゃるでしょう」
真剣な表情を浮かべながら口を開くガロデスに生徒たちは注目する。
「先程もお話ししたようにゾルノヴェラにはどれだけのベーゼがいるか分かりません。ただ、敵の本拠点であるため、三大国家の首都を襲撃してきた戦力以上のベーゼがいるのは間違い無いでしょう」
自分たちよりも多くのベーゼが待ち構えているかもしれないと聞かされて生徒たちは再び不安そうな反応をする。ガロデスはざわつく生徒たちを見ると表情を変えずに話し続けた。
「……ベーゼの正確な戦力は分かっていません。ですが、皆さんもベーゼと戦うための訓練を受け、ベーゼに勝つために必要な知識を学んできました。その経験を活かし、これまで多くのベーゼと戦い、勝利してきました」
生徒たちはベーゼより強いとガロデスは声に僅かに力を入れながら語り、ざわついていた生徒たちは自分たちを高く評価しているガロデスを見ながら意外そうな、そして誇らしげな表情を浮かべた。
「危険ではありますが、この戦いに勝利できれば三十年前から続いたベーゼとの戦いに終止符を打てます。……皆さんであれば、例え大勢のベーゼと戦うことになったとしても必ず勝てます。この世界を、多くの人々を護るために力を貸してください!」
ガロデスはベーゼから世界を護るために力を貸してくれるよう改めて生徒たちに頼む。
生徒たちはガロデスの話を聞き、自分たちが負ければ大陸も、故郷で暮らしている大切な人たちもベーゼたちに支配されることになる。そうなれば自分たちに待っているのは地獄のような人生だけだ。
大切な人や物を護るためにもベーゼたちの好きにはさせないと考える生徒たちは不安を掻き消し、必ず勝利して生きて帰ると決意する。
生徒たちの士気が高まるのを確認したガロデスは小さく笑みを浮かべ、彼らなら絶対にベーゼたちに勝利すると考え、自分も生徒たちがベーゼたちに勝てるよう可能な限り力を貸そうと思っていた。
それからガロデスは他の教師たちや五聖英雄と共にどのように動くか、いつ頃ゾルノヴェラに向けて出発するのかなどを説明してから生徒たちを解散させた。
ただユーキとアイカ、神刀剣の使い手だけは帰さず、他の生徒たちが大訓練場から出て行くまでその場で待たせた。
やがて生徒たちが立ち去るとガロデスは残ったユーキたちに注目し、ユーキたちも横一列に並びながらガロデスやその後ろで控えているオーストたちの方を向く。
「皆さん、呼び止めてしまった申し訳ありません。皆さんには他の生徒と違って少しお話がありましたので……」
「構いません。……それで、どんなお話ですか?」
カムネスが尋ねるとガロデスはユーキたちを見てから軽く頭を下げた。
「まず、五凶将を倒してくださってありがとうございます。皆さんが五凶将に勝利したおかげで各国の首都を襲撃したベーゼたちを倒すことができました」
「そ、そんな、私たちはやるべきことをやっただけですから……」
アイカは学園長であるガロデスに頭を下げられることに抵抗を感じているのか謙遜の態度を取る。しかし実際に五凶将たちが倒れたことで他のベーゼたちは上手く戦うことができずに混乱し、防衛隊に返り討ちにされて全滅した。
各国の首都の防衛が上手くいったのかアイカたちが五凶将を討伐したおかげと言うのは事実であるため、ガロデスが頭を下げて感謝するのはおかしなことではない。
ユーキやパーシュはガロデスを見ながら困ったような顔をするアイカを見て面白いと思ったのか小さく笑っている。
「まあ、今の俺らにとっちゃあ楽なことだ。五凶将もパワーアップした俺たちを追い込むこともできずに倒されたんだしな」
「アンタはまたそうやって調子に乗る……」
「あぁ? 何だってぇ?」
小声で呆れるパーシュをフレードはキッと睨みつける。パーシュは相手をするのが面倒なのか何も言わずにそっぽを向いた。
パーシュの反応が気に入らなかったのかフレードは軽く歯ぎしりをしながらパーシュを睨み続ける。二人のやり取りをオーストたち教師は呆れたようで見ており、スラヴァは「おやおや」と言いたそうに小さく笑う。
「お前たち、口喧嘩は後にしろ」
カムネスが止めに入るとフレードは「フン」と鼻を鳴らし、パーシュも視線を動かしてフレードを見ながら舌を出す。
口喧嘩が治まるとカムネスはガロデスの方を向き、他の五人も同じようにガロデスに視線を向けた。
「学園長、我々にだけ話したいこととは何なのです?」
カムネスが改めて自分たちを呼び止めた理由を尋ねると、ガロデスは真剣な表情を浮かべて目の前に並んでいるユーキたちを見ながら口を開いた。
「先程も他の生徒たちにお話ししたように、近日中に皆さんにはベーゼたちの本拠点であるゾルノヴェラに向かっていただきます」
ユーキたちは数分前に聞かされた話を確認するかのように語るガロデスは見つめながら黙って話を聞いた。
「ゾルノヴェラには多くのベーゼがおり、攻め込んできた我々を迎え撃つために全てのベーゼを使って抵抗してくるはずです。正確な数は分かっていませんが、今まで皆さんが戦ってきたベーゼの団体より間違い無く多いはずです」
「……それはさっき聞いた」
既に理解しているから聞いていない内容を話せと言いたそうにフィランは呟く。パーシュとフレードも早く本題に入ってほしいと言いたそうな顔でガロデスを見ている。
「帝国軍は今でもゾルノヴェラに偵察部隊を送って情報を得ようとしているのですが、ゾルノヴェラを護るベーゼの数が多く、未だにゾルノヴェラの状況やベーゼの数と言った情報を集めることができていません」
自分たちが思っている以上にガルゼム帝国はベーゼの情報を集めるのに苦労していると知ったユーキ、アイカ、パーシュは僅かに表情を曇らせ、カムネスとフィランは表情を一切変えずに話を聞いている。フレードは偵察を成功させない帝国を情けなく思っているのか、頭を掻きながら溜め息をついた。
「ベーゼの正確な数が分からない以上、戦いを長引かせればこちらが不利になります。そこで皆さんには三大国家の軍隊や他の生徒たちがゾルノヴェラを護るベーゼたちの相手をしている間にゾルノヴェラに侵入し、情報を収集しながら都市内にいるベーゼの討伐を行ってほしいのです」
「えっ、それって敵陣に突入しろってことですか?」
ユーキは少し驚いたような反応を見せながら確認し、アイカを目を見開きながらガロデスを見ている。
ゾルノヴェラにどれ程のベーゼがいるか分かっていないがとてつもない数のベーゼがいるのは明らかだった。そんな場所に学園の猛者とは言え、僅か数人の生徒を突入させ、情報収集をしながらベーゼを倒せと言われたのだからユーキやアイカが驚くのも当然だ。
パーシュとフレードも危険度の高い任務を任されて驚いており、カムネスも僅かに目を鋭くする。フィランは無表情のままだが僅かに目元を動かしていた。
「そのとおりです。学園でも指折りに実力者であり、優れた決断力と頭脳を持つ皆さんに情報を集めながらゾルノヴェラを内側から制圧してもらいたいのです」
「俺たち六人で、ですか?」
「正確には八人よ」
ガロデスが答える前に後ろで控えていたペーヌが前に出てユーキの問いに答え、ユーキたちは一斉にペーヌに視線を向ける。
「ペーヌさん……」
「いくら五凶将に勝利したとはいえ、たった六人で敵の本拠点を制圧するのは難しいわ。だから貴方たち以外に私とミスチアも突入するわ」
「えっ、ペーヌさんもですか?」
予想外の言葉を聞いたアイカは思わず訊き返し、他の五人もフィラン以外の全員が一斉に反応をする。ペーヌは驚いているユーキたちを見ると小さく笑いながらウインクをした。
「そうよ、五聖英雄の私が同行すれば例え大量のベーゼが相手でも問題無いわ♪」
「は、はあ……」
頼りにしてほしいと言いたそうに微笑むペーヌを見てユーキは戸惑いながら返事をした。
確かにペーヌが同行してくれれば大量のベーゼに囲まれようが、中位ベーゼの大群を相手をしようが返り討ちにできるし、数人でベーゼの本拠点に突入してもなんとかなるかもしれないとユーキは思っている。
ユーキはアイカと共にペーヌの特訓を受けて実際に彼女の力を体験したため、ペーヌはとてつもなく強いと分かっていた。
パーシュとフレードはユーキやアイカのようにペーヌの実力を知らないため、五聖英雄が同行するとしても少々不安だった。カムネスとフィランは戦力として同行してくれるのであれば誰でもいいと思っているのか不満などは一切見せていない。
「因みにスラヴァさんとハブールさんは同行されないのですか?」
「ええ、私とハブールはゾルノヴェラの外に配備されているベーゼたちの対応に就きますので、都市内に同行するのはペーヌだけとなります」
「そ、そうですか……」
残りの五聖英雄がゾルノヴェラの外でベーゼたちの相手をすると聞かされたアイカは少し残念そうな顔で呟く。
「……何? 私だけじゃ不満?」
「い、いいえ! そんなことは……」
ペーヌの機嫌を損ねてはいけないと分かっているアイカは慌てて首を横に振る。ペーヌは苦笑いを浮かべながら否定するアイカをしばらくジーっと見つめると軽く息を吐いてから表情を少し和らげた。
「……まあいいわ。とにかく、ゾルノヴェラへの突入には私たちも同行するから」
「ハ、ハイ……」
機嫌を直してくれたペーヌを見てアイカは胸を撫で下ろす。もしも此処でペーヌが怒れば間違い無くお仕置きを受けるため、アイカは心から安心していた。
「え~、話を戻してもよろしいでしょうか?」
複雑そうな顔をしていたガロデスが声を掛けるとユーキたちはガロデスの方を向いて再びガロデスの話に耳を傾ける。
ユーキたちが話を聞く態勢に入ったのを見たガロデスは軽く咳をしてから説明を再開する。
「皆さんはなぜ自分たちが僅かな人数でゾルノヴェラに突入しなくてはならないのかと疑問を抱いておられるはずです。そのことを今からご説明させていただきます」
ガロデスの言葉を聞いてユーキたちは真剣な表情を浮かべた。
「まず、先程もお話ししたように皆さんは学園の中でも優れた戦闘能力と知識をお持ちです。大勢のベーゼが潜んでいる本拠点に突入し、討伐しながら情報を集めると言うのは並の生徒ではとても無理なことです」
「だから学園でも実力の高ぇ俺らが選ばれたってわけか」
フレードがガロデスの考えを察し、周りにいたユーキたちも自分たちが選ばれたことに納得する。
「次に僅か八人で突入する理由についてですが、これはベーゼたちにこちらの動きや居場所がバレないようにするためです」
ガロデスはユーキたちを選んだ理由に続いて少人数で突入させる理由を説明し始めた。
「大人数で突入すればベーゼたちを圧倒できるでしょう。ですが、ゾルノヴェラはベーゼたちの本拠点である上に都市内がどうなっているのか全く分かりません」
「……そんな場所に大勢で突入すれば発見されて罠に掛かったり、気付かれない内に敵に囲まれて身動きが取れなくなってしまう、と言うことですね?」
カムネスがガロデスの言いたいことを代弁するとガロデスはカムネスの方を向いて頷く。その目からは「流石は生徒会長」と言う意思が感じられた。
「情報の少ない敵拠点で情報を集めるのであれば強い生徒を少人数で突入させるべきだと考え、皆さんを選んだのです」
「でも、流石に貴方たち六人だけだと少しキツイかもしれないと思ってね。私がミスチアと同行するって進言したの」
説明を聞いたユーキたちは「成る程」と一応納得した反応を見せる。
自分たちを強者と見て任せてくれたのはユーキたちにとって光栄なことだ。だがやはり、僅か八人でベーゼの本拠点に突入するのは危険すぎるのではと一同は思っていた。
「……皆さんに危険な任務を頼んでいることは重々承知しています。ですが、確実にベーゼに勝つにはどうしてもゾルノヴェラの情報を手に入れなくてはなりません。そして、それが可能なのは学園内で貴方たちだけなのです」
ガロデスは危険な目に遭わせようとしていることを自覚していると語りながらユーキたちを見つめる。その表情からはユーキたちに対する申し訳なさが感じられた。
そもそもユーキたちにゾルノヴェラの情報収集とベーゼの討伐を任せようと考えたのはペーヌなのだ。
最初、ガロデスは目の前にいる六人にゾルノヴェラに突入させることを反対しており、わざわざ少人数で行かせるよりは大勢でゾルノヴェラに突入し、その後に情報を集めながら進攻すればいいと考えていた。
しかしペーヌはユーキたちも命を懸ける覚悟ぐらいはできているはずだし、全軍で突入してからではベーゼたちが先に護りを固める可能性があると考え、先に動かれる前にユーキたちを突入させるべきだとガロデスに話した。
時間を掛けることができない状況で全軍が突入するのを待っていたは不利になり、返り討ちにされるかもしれないと言うペーヌの言葉を聞いたガロデスは反論できず、渋々ユーキたちを突入させることに同意したのだ。
だが、ペーヌもたった六人にベーゼに本拠点に突入させるのは酷だと考え、せめてもの配慮して自分と弟子のミスチアが同行すると提案したのだ。
「皆さん、ベーゼたちに勝つため、この大陸に住む全ての人たちを護るため、力を貸してください」
ガロデスは改めてユーキたちに突入を引き受けてくれるよう頼む。他の教師たちもユーキたちを見つめており、その目からは「君たちにしかできないことだ」だという意思が感じられた。
「……僕は構いません」
腕を組むカムネスは突入を引き受け、ガロデスや教師たちはカムネスに注目する。
「おいおい、本気かよ?」
フレードは面倒くさそうな顔をしながらカムネスに尋ねるとカムネスはチラッとフレードの方を向いた。
「どんな状況、どんな条件であろうと戦場には通常よりも命を落とす可能性が高い役目もある。……誰かがやらなければならないのなら、僕らがやるしかないだろう」
戦場では常に命懸けであると言うことをカムネスは教師のように語り、ユーキたちは黙ってカムネスの話を聞いている。
ユーキたちも何度も依頼を受け、命を懸けてベーゼと戦っていた。今更命を懸けることに躊躇などしない。
「フレード、面倒そうな顔をしているが、お前も本心では引き受けるつもりでいるんだろう?」
「……まぁ、普通の生徒には無理だって作戦なら、俺らがやるしかねぇからな。俺だって仲間や可愛い後輩に危険は任務を任せる気はねぇよ」
後頭部を掻きながらフレードは本音を口にする。カムネスは仲間のために自分が引き受けようと考えているフレードを見ながら小さく笑う。
「へぇ~、アンタがそんな優しいことを言うなんて珍しいねぇ? 今日は空なら槍でも降って来るんじゃないのかい?」
パーシュはニヤニヤと笑いながらフレードをからかい、パーシュの言葉を聞いたフレードはパーシュを見ながら目を鋭くした。
「やかましい! そう言うお前はどうなんだよ?」
「あたしは引き受けるつもりでいたよ? 学園長たちはあたしらを信頼して頼んできたんだ。その期待に応えるためも、そしてベーゼどもを叩きのめすためにもやってやるさ」
最初からやるつもりでいたと語るパーシュをフレードは目を細くしながら鬱陶しそうに睨む。自分と違って不満は感じていないと言いたそうにするパーシュを見てフレードは少し腹を立てていた。
パーシュは睨んでいるフレードを無視してユーキとアイカの方を向く。
ユーキとアイカはパーシュと目が合うと彼女が自分たちに何を言おうとしているのかすぐに察した。
「ユーキ、アイカ、アンタたちはどうするんだい?」
予想どおりの質問をしてきたパーシュを見てユーキとアイカは「やっぱり」と心の中で思った。二人の決意は既に決まっており、
「勿論やります。ベーゼに勝つために必要なことで、俺たちにしかできないことなら」
「私もユーキと同じです。私たちが動くことで戦いに勝利し、多くの人々を護ることができるのでしたら迷ったりしません」
ユーキとアイカの返事を聞いたパーシュは「愚問だった」と思いながら小さく笑う。
二人は自分たちの中でも誰かを護りたいと言う気持ちが強い。例え危険な作戦であったとしても、自分やフレードたちが断ったとしてもユーキとアイカだけは必ず引き受けたはずだとパーシュは思っていた。
カムネスはユーキとアイカが作戦に参加することを知ると残っているフィランの方を向く。フィランは相変わらず無表情でユーキたちを見ており、そんな姿をカムネスは腕を組んだまま見ていた。
「ドールスト、君はどうするつもりだ?」
「……引き受けてもいい。……だけど、それなりの見返りが欲しい」
フィランの返事を聞いてユーキたちは反応する。いつものフィランならどんなに危険度の高い依頼や作戦でも見返りを求めたりしなかったため、フィランの返事を聞いて少し驚いていた。
しかしフィランの考えも間違ってはいない。今回のゾルノヴェラへの突入作戦は危険度が高く、大陸に存在する国々の命運が懸かっている。見返りを要求しても文句を言われることは無い。
ガロデスたちは教師は小声で話し合い、フィランが確実に作戦に参加するよう望みを聞くべきではと小声で相談を始める。
教師たちが話し合っているのを見たフィランは目を閉じて口を開く。
「……冗談。何もいらない、作戦に参加する」
フィランの口から出た言葉を聞いてガロデスや教師たちは一斉に黙り、ユーキたちもカムネスを除いて全員が目を見開きながらフィランを見つめる。
目を開けたフィランはユーキたちを見ながら不思議そうにまばたきをした。
「……何?」
「い、いやぁ、何て言うか……」
「フィランが冗談を言うなんて思ってもいなかったから……」
突然、そして予想外の出来事にユーキとアイカは苦笑いを浮かべ、パーシュとフレードも目を丸くしながら驚いている。
普段から感情を表に出さず、ふざけたことは一切しないフィランが冗談を言ったことに彼女を知る者たちは軽い衝撃を受けていた。どうしてフィランが突然冗談を言ったのか、ユーキたちはまったく理由が分からない。
ユーキたちが驚く中、五聖英雄のペーヌとスラヴァはまばたきをしながらユーキたちのやり取りを見ている。二人の隣ではハブールが腕を組みながらフィランを見て、周りに気付かれないくらいの小さな笑みを浮かべていた。
「と、とりあえず、皆さんは全員ゾルノヴェラへの突入を引き受けてくださると言うことですね?」
フィランの発言に驚いていたガロデスは気持ちを切り替え、ユーキたちの意思をもう一度確認した。
ユーキとアイカはガロデスを見ながら頷き、パーシュたちは無言で見つめる。ユーキたちの反応を見たガロデスは六人の意思を知ると真剣な表情を浮かべた。
「皆さんの勇気ある決断に心から感謝します。私たちも皆さんが問題無く作戦を遂行できるよう力を貸します。必要な物があれば遠慮なく仰ってください」
協力を惜しまないと言うガロデスの言葉にユーキは頼もしさを感じる。全力で自分たちを支援してくれるガロデスたちの期待に応えるためにも作戦を成功させようとユーキは思った。
「生徒の皆さんは各国の軍の準備が整い次第、ゾルノヴェラがある帝国の北部へ向かっていただくことになるでしょう。出発の日取りなどは追って報告します。それまで皆さんは戦いの準備を済ませ、体を休ませてください」
『ハイ!』
ガロデスの言葉を聞いてフィラン以外の五人は声を揃えて返事をする。
話が済むとユーキたちは大訓練場を後にし、残ったガロデスたちはユーキたちの後ろ姿を黙って見送った。




