第二百五十一話 五凶将全滅
広場で戦っていたミスチアたちは驚きの表情を浮かべながら落下したユバプリートに注目する。先程まで下位ベーゼたちとの戦いに集中していたため、なぜ落下したのか理解できなかった。
ミスチアたちが見ていると舞い上がる砂煙の中から少しずつ落下したユバプリートの姿が見えてくる。その上にはコクヨを握るフィランが乗っており、フィランの姿を見たミスチアたちはフィランが飛んでいたユバプリートを叩き落したのではと推測した。
広場にいる者たちが注目する中、フィランは無言でユバプリートの上から跳び、数m離れた場所に着地した。
ユバプリートから離れたフィランは全身を確認しながら手足を動かして異常が無いか調べる。そんなフィランの下にミスチアがポールアックスを握りながら駆け寄ってきた。
「ミスチアさん、大丈夫ですの?」
「……ん、問題無い」
無表情で無事なことを伝えるフィランを見てミスチアは軽く息を吐く。だが、フィランの右脇腹の傷に気付くと大きく目を見開いた。
「その傷、どうしたんですの?」
「……さっきユバプリートの攻撃を受けた」
「問題ありじゃねぇですの!」
「……大した傷じゃない」
「それでも放置はよくありませんわ」
ミスチアはそう言いながら左手でフィランの脇腹に触れて修復を発動させる。修復によってフィランの脇腹の傷は紫色に光りながら見る見る塞がっていき、制服も初めから傷が付いていなかったかのように綺麗に直った。
傷が回復するとミスチアは修復を解除し、フィランは自分の脇腹を確認すると眉一つ動かさずにミスチアの方を向いた。
「……ありがとう」
無表情で礼を言うフィランを見てミスチアは軽くそっぽを向く。無表情とは言え、面と向かって礼を言われると少し照れるのかミスチアは少しだけ頬を赤くしていた。
フィランがミスチアに礼を言っていると倒れていたユバプリートが動き出し、フィランとミスチアはユバプリートに視線を向ける。
ユバプリートは胴体であるドラゴンの頭部の底部から生えている四本の触手を器用に動かして胴体を起こし、四本の触手を足代わりにして立ち上がった。
体勢を直したユバプリートはドラゴンの口を大きく開けて本体を露わにし、自分を見ているフィランを鋭い目で睨みつけた。
「アンタ、何をしたのよ? あたしは確かに離れた位置から攻撃していたはず。なのにどうしてアンタはあたしがいる場所まで跳べたの!?」
僅かに力の入った声を出しながらユバプリートは疑問に思っていることをフィランに尋ねる。
ユバプリートは戦闘中、フィランに接近されないよう計算しながら飛んでおり、先程もフィランが城壁から跳んだとしても自分に届かないよう一定の距離を保っていた。にもかかわらず城壁にいたフィランが距離を取っていた自分に届いたため、フィランが何かをしたのだと考えていたのだ。
フィランはユバプリートを見つめながらコクヨを構え、どんな行動を取られてもすぐに対処できるよう警戒した。
「……私は貴女が近くにいたから跳べば届くと思って跳んだ。それだけ」
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! あたしはアンタから距離を取っていたのよ? いくらそこらの虫けらより強いとは言え、人間のアンタが魔法や混沌術も使わずにあたしの所まで跳べるはずないじゃない!」
「……貴女は今、何処にいると思う?」
ユバプリートは「はあ?」と言う顔をしながら自分の居場所を確認した。
フィランに竜翼を切られたことで落下したため、今は正門前の広場にいる。別におかしいなところは無いため、ユバプリートは訳の分からないことを言うフィランに言い返そうとした。
そんな時、ユバプリートの視界にカヴェーズを護る高い城壁が目に入り、ユバプリートは目の前にそびえ立つ城壁を見上げる。
「これは、どういうことよ? ……どうしてあたしは城壁の近くにいるの?」
現状を把握できないユバプリートは目を見開きながら呟く。
実はフィランが届かないよう一定の距離を保っていたはずのユバプリートはいつの間にか城壁のすぐ近くまで来ていたのだ。それは運動神経の良い者が城壁の上から跳べば飛んでいるユバプリートに届くまでの距離だった。
気付かない内に自分が城壁の近くまで来ていたことを知ったユバプリートは愕然とする。そしてその理由を知るためにフィランに尋ねようとした。
しかしフィランはユバプリートが何を考えているのか察していたのか、ユバプリートが尋ねるよりも早く口を開いた。
「……私には空を飛んでいて、近づけない位置にいる貴女を切る方法が無い。魔法やコクヨの能力で遠距離攻撃をすることはできるけど、飛んでいる貴女に当てるのは難しい。だから接近戦に持ち込むためにジャンプして届く位置まで近づかせようと考えた」
「だけど、あたしはアンタに近づいてなんかいないわ」
「……そう。だから貴女を城壁に近づかせるために私は砂石嵐襲を撃った」
「は? 何で近づけるために遠距離攻撃をする必要が……」
ユバプリートはフィランの考えが分からずにいたが、あることに気付いて口を止める。
フィランはユバプリートに跳びつく直前、城壁の階段を上がりながら暗闇を発動し、闇で姿を隠している間に何度も砂石嵐襲で攻撃してきた。
ユバプリートはその攻撃を難なくかわせたが暗闇が解除されるとフィランは城壁の上まで移動し、飛んでいるユバプリートに跳びついた。
(あの時はただ隠れながらあたしを攻撃してるだけだと思ってたけど、今思えばアイツが飛ばした小石や砂は全部急所を狙っていなかったわ。翼や触手、胴体の端に向かって飛んで来た。まるでわざとあたしが避けやすい箇所を狙っているように……)
フィランが微妙な箇所を狙って攻撃していたことに気付いたユバプリートはフィランの砂石嵐襲に何かあるのではと考え、その時の出来事を思い出す。
(あたしは飛んでいたからアイツの攻撃を全て難なく避けたわ。別にあたしも間違った動きはしていないし問題は……ッ!?)
砂石嵐襲を避けた時のことを思い出していたユバプリートはハッとしながら目を大きく見開く。そしてもう一度自分が落下した位置を確認して城壁を見上げた。
「……そう言うことだったのね」
ユバプリートはフィランの方を向くと再び険しい顔でフィランを睨みつけ、フィランは無表情のままユバプリートを見つめる。
「あの小石と砂はあたしを攻撃するためじゃなくて、あたしを城壁に近づかせるために飛ばしてたのね!?」
フィランの狙いをに気付いたユバプリートはフィランの作戦とその作戦に引っかかってしまったことに腹を立てて奥歯を噛みしめた。
ユバプリートに何度も砂石嵐襲を放っていたのはユバプリートにダメージを負わせるためではなく、フィランが城壁から跳んだ時に届くようユバプリートを誘導するためだったのだ。
遠距離から砂石嵐襲や魔法で攻撃しても簡単には当てられず、当たっても決定的なダメージを与えることはできない。フィランは確実に大ダメージを与えられる接近戦に持ち込むために遠くで飛んでいるユバプリートに砂石嵐襲を何度も放ち、気付かれないように城壁の近くまで誘導した。
跳んで届く距離まで近づかせるとフィランはユバプリートに跳びついて竜翼の片方を切ったのだ。
竜翼を切ったことでユバプリートはもう空を飛ぶことはできない。フィランはダメージを与えるだけでなく、空中に逃げられないようにした今回の結果に内心満足していた。
「あたしに本当の姿で戦わせただけでも許せないのに、あたしを引っかけて地上に落とすなんて……アンタ、これだけあたしを怒らせて、楽に死ねると思わないでよ!」
「……私は死ぬ気は無い。……と言うよりも、私をすぐに倒すような言動をしていたのに楽に殺さないなんて、何だか矛盾してる」
「うるさい! それ以上ムカつく声で喋るんじゃないわよぉ!」
ユバプリートは四本の触手で力強く広場の床を蹴ると後ろに跳んでフィランから離れる。
フィランや隣にいるミスチアは距離を取ったユバプリートを見つめながら得物を構えて警戒した。
距離を取ったユバプリートはドラゴンの口を開けてフィランを見つめ、鬱陶しそうな顔をしながら両手をフィランに向けて伸ばした。
「破砕の塵旋風!」
ユバプリートが魔法を発動した瞬間、フィランとミスチアの足下に大きな緑の魔法陣が展開された。
魔法陣に気付いたフィランはユバプリートに向かって走り出し、ミスチアも咄嗟に右に走る。二人が魔法陣の上から移動した直後、魔法陣の中心に風が集まって強いつむじ風が発生した。
つむじ風を見たミスチアは回避が間に合ってホッとする。だがつむじ風の勢いは強いため、巻き込まれないよう走り続けて距離を取った。
一方でフィランは後ろで発生するつむじ風を確認することなくユバプリートに向かって走り続けた。
中級魔法を回避したフィランを睨むユバプリートはこれ以上近づかせまいと再び両手をフィランに向ける。
「風刃! 石の弾丸!」
ユバプリートは右手から真空波、左手から拳ほどの礫を放ってフィランを迎撃する。フィランは飛んでくる真空波と礫を見ると走りながら右へ移動して二つの魔法を回避した。
「このぉ、ちょこまかするんじゃないわよ!」
声を上げるユバプリートは再び真空波と礫を放ってフィランに攻撃するがフィランは簡単に魔法をかわし、少しずつユバプリートに近づいて行く。やがてユバプリートの目の前まで近づいてフィランはコクヨを両手で握り、ドラゴンの口の中にあるユバプリートの本体を攻撃しようとする。
だがユバプリートはフィランが攻撃するよりも早くドラゴンの口を閉じて本体を隠した。
フィランはドラゴンの口を開かせるためにコクヨでドラゴンの頭部に袈裟切りを放つ。だが外殻であるドラゴンの頭部は硬く、コクヨは高い音を立てながら弾かれてしまう。
普通に攻撃しても意味が無いと感じたフィランは態勢を整えるために後ろに跳んで距離を取った。するとフィランが離れた直後にドラゴンの口が開いてユバプリートの本体が姿を現した。
「残念ね? この体は翼よりも遥かに硬いの。アンタのナマクラじゃあ傷をつけられないわよ!」
「……コクヨはナマクラじゃない。それに竜の頭が切れなくても貴女をを切れば問題無い」
「いちいち言い返してきて……ホンットにムカつくわねぇ!」
ユバプリートは鋭い目でフィランを見つめながら右手をフィランに向けて青い魔法陣を展開させた。
「凍結の魔槍!」
魔法陣から冷気の槍が放たれてフィランに向かって飛んで行く。フィランは迫ってきた冷気の槍を見つめながら左に跳んで回避する。
回避した直後、フィランはすぐに右へ跳び、また左へ跳ぶ。それから何度も左右に跳び、その速度を少しずつ上げていく。
「アイツ、またあの高速移動技を!」
フィランが再び神歩を使い始めたのを見てユバプリートは鬱陶しそうな顔をする。ユバプリートはまだ神歩の速さを目で追うことができないため、フィランに神歩で素早く移動されるのは面倒なことだった。
「これ以上あたしの周りをウロチョロさせないわ。速くなる前に丸焦げにしてやる!」
ユバプリートは左右に跳ぶフィランに言い放つと頭上に赤い魔法陣を展開させ、そこから八つの火球を作り出した。
「追跡する炎弾!」
八つの火球は一斉に高速移動しているフィランに向かって飛んで行く。追尾能力がある追跡する炎弾の火球はフィランをしっかりと捕られているのか高速移動しているにも関わらず、見失うことなくフィランの方へ飛んで行く。
火球が近づいて来ていることに気付いたフィランは右へ大きく跳んで移動する。だが火球もフィランを追尾するため、大きく方向を変えてフィランの後を追った。
フィランは神歩でユバプリートの周りを素早く跳び回りながら火球から逃れようとするが八つの火球は追跡をやめない。
火球を厄介に感じたのかフィランは一度神歩を中止して火球をコクヨで叩き落とした方がいいかもしれないと考える。
「アハハハッ、無駄よ無駄。追跡する炎弾の追尾能力は高いからね。その高速移動技でも逃げられないわ!」
追いかけ回されているフィランを見ながらユバプリートは楽しそうに笑う。
フィランはユバプリートの笑う姿を見ると高速移動を止め、火球の方を向いて急いで落として反撃しようと思った。
そんな時、フィランは何かに気付いたように小さく反応し、正面から近づいて来る火球を見ると再び神歩を使ってその場を移動した。
高速移動を再開したフィランを見たユバプリートは火球から逃れられないことを理解していないと感じてフィランを嘲笑った。
フィランは後ろを見て火球が追いかけて来ていることを確認すると神歩でユバプリートの数m前に移動する。
「馬鹿ね、火球に追われている状態であたしの前に来るなんて挟み撃ちにしてくださいって言ってるようなものよ!」
ユバプリートは自分の前に立つフィランを見ると両手をフィランに向け、手の中に二つの赤い魔法陣を展開させる。
「火球とあたしの魔法に挟まれて焼け死になさい! 三つの火矢!」
二つの赤い魔法陣からそれぞれ三つの火の矢を放ってフィランに攻撃する。前からは六つの火の矢、後ろからは八つの火球がそれぞれフィランに迫っていく。
フィランは正面の火の矢を無表情で見つめると火の矢に向かって走り出す。自ら放たれて魔法に向かって行くなど自殺行為だと誰もが思うこと。だがフィランは自殺するつもりなど無く、ユバプリートを倒すと言う意思を抱いて行動していた。
火の矢とフィランの距離は見る見る縮まっていき、もうすぐ火の矢がフィランに当たってしまう状況だった。更に背後からは八つの火球が速度を落とすことなくフィランの背後から迫って来ている。
フィランは後ろの火球は見ずに目の前の火の矢を見つめながら走り続けた。そして火の矢との距離が1mにまできた瞬間、フィランは姿勢を低くして飛んできた火の矢の真下をスライディングで通過する。自分の顔の真上を通過する六つの火の矢をフィランは見つめた。
火の矢はフィランに当たることなく彼女の真上を通過し、そのままフィランを追っていた八つの火球の方へ飛んで行く。
火球は追尾能力があるため、方向を変えずにフィランの後を追って行く。だが飛んで行く方角からは六つの火の矢が向かって来ており、火球はそのまま火の矢とぶつかった。
ぶつかったことで火の矢と火球は空中で燃え上がり、周りで飛んでいる別の火の矢と火球も燃え上がった炎に呑まれて消滅する。ユバプリートの放った火の矢と火球はフィランに当たることなく消えてなくなった。
「な、何て奴なの!」
スライディングで正面と背後からの魔法を凌いだフィランにユバプリートは驚き、同時に魔法から逃れたことに苛立ちを感じる。
ユバプリートは別の魔法で再びフィランに攻撃を仕掛けようとする。だがそれよりも早くフィランが体勢を直し、神歩で一気にユバプリートの目の前まで近づいた。
目の前に来たフィランを見たユバプリートは本体である自分を攻撃すると直感してドラゴンの口を閉じようとする。しかしそれよりも早くフィランが攻撃を仕掛けた。
「……クーリャン一刀流、瞬貫三突」
コクヨを両手で握るフィランは切っ先をユバプリートの本体に向け、大きく前に踏み込みながら両手で前に出してコクヨで素早く三回突きを放つ。コクヨはドラゴンの口が閉じる前に口の中に入り、ユバプリートの左目、左胸、右腕を貫いた。
「がああああああぁっ!」
三度貫かれたユバプリートは激痛を感じて断末魔を上げる。コクヨは左目を貫く時にユバプリートの頭部も貫いており、人間であれば即死するほどの傷を負わせた。
しかし上位ベーゼであるユバプリートは頭部を貫かれても即死はしなかった。それ以前に上位ベーゼは三度攻撃を受けただけで死ぬことは無い。だがドラゴンの口の中にある本体こそがユバプリートの急所だったため、三度しか攻撃を受けていなくても致命傷となっていたのだ。
ユバプリートに決定的なダメージを与えたフィランはコクヨを引き抜くと大きく後ろに跳んだ。
コクヨが抜かれたことでユバプリートの左目、左胸、右腕の三箇所から血を流し、ドラゴンの口を開けたままその場に倒れ込む。口の中ではユバプリートが体を震わせながら苦しんでいる。
「そ、そんな……あたし、が……人形のような、虫けら……なんかにぃ……」
致命傷を負わされたことが信じられないのかユバプリートは掠れた声で呟く。フィランはそんなユバプリートに止めを刺そうともせず、無表情のまま見つめていた。
「あ、あたし……み、とめない……こんな、見っともない……結果、なんて……」
「……認めなくても変わらない。貴女は私の攻撃で致命傷を負った……貴女の負け」
眉一つ動かさずに現実を突きつけるフィランをユバプリートは震えたまま見つめる。その顔には先程までの強気な表情は無く、死を恐れる少女のような顔をしていた。
「い、やよぉ……こんな、惨めな……死に方ぁ……助けてぇ……大帝、陛下ぁ……」
弱々しい声で助けを求めるユバプリートは糸の切れた人形のように体を倒して動かなくなる。その直後、ユバプリートの大きな体は黒い靄となって消滅した。
ユバプリートが消滅するとフィランは静かに息を吐きながらコクヨを下ろした。
広場ではユバプリートが消滅する光景を見た兵士たちが驚きと喜びの混ざった声を上げる。城壁の上にいた者たちも広場の声を聞き、ベーゼの指揮官を倒したことを知って笑みを浮かべたりしていた。
「やりましたわね、フィランさん」
フィランの後ろからミスチアがポールアックスを握りながら駆け寄って来る。フィランは振り返り、笑っているミスチアを無表情で見つめた。
「五凶将を倒したことでベーゼたちの戦力は低下しましたわ。知能の低いベーゼたちに指示を出す奴もいなくなりましたし、一気に私たちが有利な戦況になりましたわ」
「……確かにユバプリートは倒した。だけどまだ油断はできない」
呟いたフィランはチラッと広場の中を確認する。広場にはまだ下位ベーゼや蝕ベーゼが大勢おり、兵士や冒険者、メルディエズ学園の生徒たちが交戦していた。
ただ、フィランがユバプリートを倒したことで兵士たちの士気は高まったのか、苦戦することなくベーゼたちと戦っている。
「……広場の中にはまだベーゼが大勢いるし、外にも残っているはず。あと、カヴェーズの西と北東にもいる。彼らは全て倒すまで気は抜けない」
「真面目ですわねぇ。五凶将を倒したのですから、少しくらい肩の力を抜いてもいいのではありませんか?」
「……戦場では小さな油断が命取りになることがある。だから戦いが終わるまで油断してはダメ」
正論を口にするフィランはコクヨを構え直して残っているベーゼの討伐に気持ちを切り替える。ミスチアもフィランの言っていることも一理あると感じ、面倒そうな顔で溜め息をつきながらポールアックスを構えた。
「分かりましたわ。なら少しでも早く肩の力を抜けるよう、ちゃちゃっと残りのベーゼどもをぶちのめしましょう」
「……ん」
広場にいる兵士たちに加勢するため、フィランとミスチアは一番近くにいるベーゼたちの方を向き、同時に走ってベーゼたちの下へ向かった。
「……そう言えば、ウェンフは?」
「軍のテントの中で休んでますわ。あの子のことです、少し休んだらすぐに戦いに参加すると思いますわ」
「……なら、ウェンフが戦う必要がないよう、急いで広場にいるベーゼを倒す」
ウェンフを気遣うフィランは走りながら早くベーゼを討伐しようとミスチアに語り、ミスチアもフィランと同じようにウェンフを休ませてあげたいと思ったのか、フィランを見ながら小さく笑った。
ユバプリートを倒したフィランが加勢したことで広場に侵入したベーゼはあっという間に倒された。その後、フィランたちは正門の外側に残っていたベーゼたちも討伐し、南側の防衛に成功する。
戦闘を終えたフィランは動ける戦力を西と北東へ向かわせて、加勢すると同時に五凶将を倒したことを報告しに向かう。
ユバプリートが倒されたと言う報告を受けた西側と北東の防衛隊は敵の指揮官が倒れたことでベーゼたちの指揮系統が混乱すると考えて士気を高め、一気にベーゼたちを押し返そうと力を入れた。
予想どおりユバプリートが倒されたことでまともに戦えなくなったベーゼたちは少しずつ混乱し始め、やがてまともに戦うことができなくなった。
混乱している隙に防衛隊は動ける戦力を全て使ってベーゼたちを攻撃し、襲撃してきたベーゼたちを倒してカヴェーズを護り抜いた。
――――――
夕日に照らされるメルディエズ学園では学園長のガロデスや教師のオーストたち、そして五聖英雄のペーヌ、スラヴァ、ハブールが会議室で机を囲みながら最前線の戦況やメルディエズ学園の戦力の確認などをしていた。
学園には大陸中で暴れるベーゼの情報が次々と入り、情報を確認する度にガロデスたちは最前線で戦う生徒たちは大丈夫なのかと不安に思う。そんなガロデスたちを五聖英雄であるペーヌたちは励ましたり喝を入れたりしていた。
ガロデスたちは机の上に置かれた大量の羊皮紙を見ながら状況確認や今後の学園の方針について話し合う。羊皮紙には最前線の状況や必要な物資、生き残っている生徒の名前などが細かく書かれていた。
「今のところ、最前線で大きな問題は起きていません。このまま何も無ければベーゼから各国の首都や町などを護ることができるでしょう」
ガロデスは椅子に座りながら持っている羊皮紙を見つめ、自分が思っていることを他の者たちに伝える。
オーストたち教師や五凶将も同じように椅子に座りながらガロデスの話を聞いていた。
「もしも各国で戦う生徒たちに負傷者が出た場合は彼らの治療を優先させ、戦力が不足している場所には学園にいる生徒たちを増援として派遣します」
「学園長、負傷した生徒を治療することが可能であれば生徒を派遣する必要は無いのではないでしょうか?」
オーストは持っている羊皮紙を机に置きながら自分の意見をガロデスに話し、ガロデスや周りの者たちはオーストに視線を向けた。
「各国を護ることも重要ですが、何か遭った時のために戦力を残しておくべきだと思います。そもそも学園に残っている生徒の大半は下級生です。五聖英雄の特訓を受けて力を付けたとはいえ、いきなり最前線に向かわせると言うのは……」
「分かっています。ですが、ベーゼと戦える中級生以上の生徒は怪我などで動けない生徒を除いて全員が各国に向かいました。彼らが負傷して戦えなくなった場合は下級生を派遣するしかありません」
「ガロデスの言うとおりよ」
黙って話を聞いていたペーヌが椅子にもたれ掛かりながらガロデスとオーストの会話に加わってきた。
「他に派遣できる中級生以上の生徒がいない以上、下級生を派遣するしかないわ。彼らも私たちの特訓を受けて中級生並みの力を得ている。下位ベーゼ程度が相手なら問題無いわ」
「しかし、彼らは実戦経験が浅いです。戦えるだけの力を持っていても、いざ命懸けの戦闘が始まれば恐怖に押されて戦えなくなる可能性が……」
「その点は問題無いわ。私の特訓であの子たちは強い精神力を手に入れた。今ならベーゼやモンスターと対峙しても怖気づいたりすることは無いわ」
「ですが……」
下級生を最前線に行かせることに抵抗を感じるオーストはどこか納得できないような反応を見せる。そんなオーストをペーヌは目を細くしながらジッと睨みつけた。
「……何? 私の特訓が信用できないっての?」
「い、いえ、そう言うわけでは……」
五聖英雄であるペーヌが機嫌を損ねてしまったのではと感じたオーストは慌てて首を横に振る。他の教師たちも緊迫した空気を感じ取って暗い顔で俯いた。
ペーヌはムスッとしながら腕を組んでオーストを見つめ、彼女の右隣に座っているスラヴァは困ったような顔をしながらペーヌを宥める。左隣に座るハブールは短気なペーヌを見て呆れた様子で溜め息をついた。
ガロデスは緊迫した空気を何とかしようと生徒を派遣する話に戻そうとした。すると会議室の扉をノックする音が聞こえ、一同は扉の方を向いた。
「どうぞ」
ガロデスが入室を許可すると扉が開いて一人の女教師が入室してきた。
「学園長! 先程フォルリクトと東国の首都であるぺーギントから首都に攻め込んできたベーゼとの戦況を知らせる早馬が到着しました」
「早馬が?」
ラステクト王国とローフェン東国の首都から急使がやって来たと言う報告を聞いてガロデスは反応する。オーストたち教師も首都の戦いがどうなっているのか気になり、緊迫した表情を浮かべていた。
五聖英雄の三人は驚いたりせず、落ち着いた様子で女教師を見ている。
女教師は会議室まで走って来たのか呼吸を少し乱しており、呼吸が整うと静かに深呼吸をしてから口を動かした。
「フォルリクトとぺーギントはベーゼの大群から襲撃を受けました。しかも二つの首都を襲撃したベーゼたちの指揮を五凶将が執っていたそうです」
ベーゼたちの幹部が直接指揮を執って襲撃してきたという知らせにガロデスは目を見開く。
最高の実力を持つベーゼたちが首都を襲撃したと聞かされ、ガロデスや教師たちは首都を護る生徒たちが負けたのでは、という最悪の結果が浮かんだ。
「ベーゼたちを食い止めるために我が学園の生徒たちは各首都の軍と冒険者ギルトと共闘してベーゼを交戦したとのことです」
「そうですか……それで、戦いの結果は?」
微量の汗を流しながらガロデスは女教師に尋ね、ペーヌたちも女教師を見つめながら答えるのを待つ。
ガロデスたちが注目する中、女教師は目を閉じながら黙り込み、しばらくすると目を開けて安堵の表情を浮かべた。
「……フォルリクトとぺーギントを襲撃したベーゼたちを全て討伐し、指揮を執っていた五凶将も生徒会長カムネス・ザグロンとアイカ・サンロードによって倒されたとのことです!」
報告を聞いたガロデスは大きく目を見開いて驚く。だがすぐに五凶将を倒したという朗報に笑みを浮かべた。オーストたちも最上位ベーゼである五凶将を倒したと聞いて驚きと喜びの声を漏らす。
スラヴァとハブールも五凶将に勝利したことを聞いて小さく笑い、ペーヌも腕を組みながら目を閉じながら笑みを浮かべている。
五聖英雄は生徒たちが五凶将に勝つこと、倒したのが自分たちが鍛えた生徒たちだということが分かっていたのかガロデスたちのように驚いたりはしなかった。
五凶将が二体も倒されたという報告を受けて会議室の空気は一気に変わり、ガロデスたちの表情が明るくなった。そんなガロデスたちの反応を見たペーヌは静かに鼻を鳴らしながら笑う。
(あれだけ不安そうな顔をしてたのに五凶将を倒したって聞いてこんなに明るくなるなんて単純ねぇ。それにしても五凶将を倒すなんて……まぁ、私たちの特訓を受けたんだから当然よね)
自分や仲間の特訓で強くなったのだから当たり前だと思いながらペーヌは心の中で呟く。しかしその顔はユーキたちの勝利を喜んでいるように見えた。やはり師匠として弟子が最上位ベーゼを倒したことを誇らしく思っているようだ。
ガロデスたちは首都の戦いに生徒たちが勝利したことを喜びながら生徒たちの今後の方針について話し合いを再開する。
その数十分後、ガルゼム帝国とドリアンド共和国からも早馬が到着し、ガロデスたちは両国の首都を襲撃した五凶将も討伐されたと言う知らせを受けるのだった。




