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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百五十話  フィランvsアローガ


 真正面から飛んでくる小石や固められた砂を見てアローガは鬱陶しそうな顔をしながら舌打ちをする。回避行動を執ることなく、アローガは左手を迫って来る小石と砂に向けて伸ばした。


岩壁ロックウォール!」


 魔法が発動した瞬間、足下に黄色い魔法陣が展開され、岩の壁がアローガの目の前に出現して小石と固められた砂を防ぐ。

 防御に成功したアローガは体を浮かせて右へ移動し、フィランは岩の壁の陰から姿を見せるアローガを見つめながらコクヨを構え直した。

 フィランが見つめる中、アローガは移動しながらフィランに右腕を伸ばして右手の中に黄色い魔法陣を展開させた。


四角い岩石ストーン・キューブ!」


 魔法が発動すると黄色い魔法陣は消え、代わりにフィランの頭上に四角形の大きな岩が出現してフィランに向かった落下する。

 フィランは頭上の岩に気付くとアローガに向かって走り出してその場を移動する。移動した直後、フィランが立っていた場所に岩石が大きな音を立てながら落下した。

 岩が落下したことで広場に轟音が響き、何人かの生徒や兵士、冒険者は驚いたり体勢を崩したりしたがすぐに体勢を整えてベーゼとの戦闘を再開する。

 フィランは走りながら周りを見回し、未だに自分たちよりもベーゼ側の方が数が多いことを再確認する。

 少しでも戦況を有利にするにはベーゼたちの体勢を崩すしかない。そのためにも指揮官であり最上位ベーゼであるアローガを倒さなくてはいけないため、フィランは仲間たちのためにも早くアローガを倒さなくてはいけないと感じながら走る速度を上げる。


「魔導士であるあたしに真正面から突っ込んで来るつもり? 流石は人形娘、人形みたいに頭の中も空っぽだから何も考えずに突っ込むしかできないみたいね」


 アローガは真っすぐ自分に向かって走ってくるフィランを見ながら小さく鼻で笑い、両手をフィランに向けて伸ばした。そして右手の中に赤い魔法陣、左手の中に青い魔法陣をそれぞれ展開させる。


三つの火矢トレス・ファイヤーボルト! 凍結の魔槍フリーズ・ジャベリン!」


 赤い魔法陣から三つの火の矢が、青い魔法陣から冷気の槍が放たれて走るフィランに向かって行く。フィランが妙な技で高速移動できても中級魔法の中でも速度の速い魔法を二つも撃てばどちらかは当たるとアローガは思っていた。

 フィランは正面から飛んでくる火の矢と冷気の槍を見ると表情を変えずに走り続ける。勿論、速度も落としていないため、双方の距離は見る見る縮まっていき、遂に火の矢と冷気の槍はフィランに1m前まで近づいた。

 その直後、フィランは神歩で素早く右へ移動して当たりそうになった魔法を回避する。かわされた火の矢と冷気の槍はフィランに当たることなく真っすぐ飛び続け、飛んで行った先にある四角形の岩に命中した。

 魔法をかわしたフィランは再びアローガに向かって走り、右手にコクヨを握りながら空いている左手をアローガに向けた。


「……石の弾丸ストーンバレット


 フィランは走りながら左手から拳ほどの大きさの石をアローガに放って反撃した。

 攻撃力なら砂石嵐襲の方が上だがコクヨの刀身に小石や砂を集めなくてはならないため、放つのに時間が掛かる。すぐに攻撃を仕掛けたかったフィランはより早く攻撃できる魔法で反撃したのだ。


「あたしに魔法で反撃するなんて、随分と挑発的なことするのねぇ……」


 自分の魔法を回避しただけでなく、魔導士である自分に魔法で反撃してきたフィランを見てアローガは奥歯を噛みしめながら腹を立てる。

 アローガは左に移動して石をかわすと両手をフィランに向け、手の前に青い魔法陣を展開させた。同時に混沌紋も光らせて反射リフレクトも発動させる。


水圧の砲プレッシャー・キャノン!」


 魔法陣から薄っすらと紫色に光る直線状の水が勢いよく飛び出してフィランに向かっていく。

 フィランは水を見ると一瞬目元をピクリと動かしてから右へ移動して回避した。

 かわされた水は真っすぐ飛んで行き、飛んで行った先にある共和国軍が用意した武器などが入った木箱に命中する。だが反射リフレクトが付与された水は木箱を破壊することなく跳ね返り、別の方角へ飛んで行く。

 飛んで行った先には城壁があり、水は城壁に当たると再び跳ね返ってアローガに向かって走るフィランの右側から彼女に迫った。

 フィランはかわした水が別方向から迫って来ることに気付くと走る速度を上げる。水はフィランの後ろを通過して飛んで行った先にある民家の壁に命中して反射し、別の方角へ飛んで行った。

 水を回避したフィランはそのままアローガに向かって走り、目の前まで近づくとコクヨを振り上げてアローガを斬ろうとする。

 アローガはフィランを睨みながら発動していた水圧の砲プレッシャー・キャノンを解除して後ろに跳び、フィランから距離を取る。

 魔法を解除したことで放たれた直線状の水は空中で力を失い、ただの水となって周囲に飛び散った。


「クウゥッ! 生意気なことしてくれるじゃない。人形なら人形らしく大人しく死んでなさい!」

「……どうして人形みたいな人間は大人しく死なないといけない? 意味が分からない」


 挑発しているのか、アローガの言葉の意味が本当に理解できていないのか、フィランは無表情のまま尋ねる。

 アローガはフィランの反応を見て更に気分を悪くし、険しい顔でフィランを睨みつけた。


「そう言うところが気に入らないっつてんのよぉ! 風刃ウインドカッター!」


 右手をフィランに向けたアローガは真空波を放てフィランを攻撃する。

 フィランは向かって来る真空波を右へ移動してかわすと床を強く蹴り、神歩でアローガに向かって跳んだ。アローガの2mほど手前まで近づいた後、フィランはもの凄い速さで何度も左右に跳んでアローガを翻弄させようとする。

 周りを跳びまわるフィランをアローガは鬱陶しく思いながら目で追った。


「ちょこまかとすばしっこい奴ね。でも、そんなことをしてもあたしには意味無いのよ!」


 アローガが両手を横に伸ばすと両手が薄っすらと緑色に光り出す。それを見たフィランは反応し、神歩による移動を中断した。


「……あの時と同じ手は使わせない」


 そう呟いたフィランは混沌紋を光らせて暗闇ダークネスを発動させる。フィランを中心に闇が広がってアローガを呑み込み、広場の中心に半径5mほどのドーム状の闇が作られた。

 広場で戦っていた兵士や冒険者たちは再び作られた闇を見て驚きの反応を見せる。その中でミスチアとウェンフ、メルディエズ学園の生徒たちはフィランが混沌術カオスペルを使って戦っていると知り、全力でアローガと戦っているのだと感じていた。


「……チッ、またこのメンドくさい闇を作り出したのね、あの人形娘」


 視覚を封じられ、黒一色となった空間でアローガはチラチラと周囲を見回す。闇によって周りは見えなくなっているが音はハッキリと聞こえていた。

 アローガは音が闇の外で人間とベーゼたちが発している音だと知ると闇の中にいるフィランを探し始める。


「アンタって本当に学習能力が無いのね? アンタの混沌術カオスペルはあたしに通用しないってことを過去の戦いで学んでないの?」


 隠れているフィランに聞こえるようアローガは力の入った声で語り掛ける。

 アローガの左斜め後ろではフィランはコクヨを下ろしながらアローガを見つめていた。自分が出す音で居場所がバレないよう、フィランは息を止めながらジッとしている。


「動かないようにしてるみたいけどそんなのは無意味よ。あたしの反射リフレクトの前では暗闇の中でもアンタの居場所は手に取るように分かるわ!」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるアローガは目を閉じて反射リフレクトを発動させ、自分自身に能力を付与する。

 付与した後、アローガは靴底で床を二度蹴って音を鳴らした。すると反射リフレクトが付与された音は周囲に広がって至る所で反響する。

 反射リフレクトが付与されたことで音の反射能力は強化され、アローガは闇や広場の状況を詳しく理解することができた。そして、自分の左斜め後ろでアローガが待機していることも知る。


「み~つけた♪」


 アローガは振り返って左斜め後ろにいるフィランに向けて左腕を伸ばし、手から真空波を放って攻撃する。音の反響で正確な位置を把握したため、アローガは真空波を放った先に間違い無くフィランがおり、攻撃も必ず命中すると思っていた。

 フィランは闇の中を飛んでくる真空波を無言で見つめながら足に力を入れ、神歩で素早く右へ跳んで真空波をかわした。

 アローガは音を聞いてフィランが真空波をかわしたことを知ると一瞬驚きの反応を見せる。だがすぐに笑みを浮かべ、再び靴底を鳴らして周囲の状況を確認した。そして自分の左側にフィランがいることを知ると再び左手をフィランに向けて魔法を撃とうとする。

 しかしフィランはアローガが左腕を向けた直後に再び神歩を使ってその場を移動した。

 再びフィランが場所を移動したことを知ったアローガは鬱陶しそうにしながらもう一度靴底で音を鳴らしてフィランの位置を確認する。だがフィランはアローガが音を出した瞬間に神歩でその場を移動し、居場所を知られないようにした。

 その後、フィランは何度も神歩で高速移動をし、位置がバレないようにアローガの周りを跳びまわる。アローガはフィランがもの凄い速さで周りを跳びまわっていることを知ると僅かに表情を歪めた。


(コイツ、闇を広げた状態であの高速移動技を……これじゃあ音の反響を利用しても正確な居場所が分からない)


 闇の中にいる状態でアローガがフィランの居場所を知る方法は反射リフレクトを付与した音の反響を利用するしかない。だが今フィランは神歩を使って常に高速で移動している状態であるため、例え音の反響を利用しても居場所を特定することは難しくなっていた。

 見えない状況で周囲を動き回るフィランに対してアローガは苛立ちを感じる。目を使えば高速で移動しても何とかなるのだが、今は視覚が封じられているため音に頼るしかない。だが現状ではフィランの居場所を知るのは無理だった。


(あたしに闇による視覚封じが通用しないから高速移動で居場所を把握できないようにしたってことね)


 前回の戦いで自分の弱点を把握していたフィランを生意気に思いながらアローガは腹を立てる。そんなアローガをフィランは闇の中で高速移動しながら攻撃する隙を窺っていた。

 ハブールとの特訓でフィランは剣術だけでなく、混沌術カオスペルの発動時間を長くする特訓も受けたため、以前よりも長い時間、闇を展開させることができるようになった。

 だがそれでも時間は限られているため、限界が来る前に一撃だけでも入れておきたいと思っていた。


「……高速移動で翻弄させようとしたのは褒めてあげる。でもね、やっぱりアンタは甘いわ」


 アローガは音を鳴らしながら前を向いてフィランに語り掛ける。フィランは立ち止まることなく、神歩で移動しながらアローガを見ていた。

 笑みを浮かべるアローガは再び両腕を横に伸ばして手を薄っすらと緑色に光らせる。


「何処にいるか分からないのなら、闇の中を全部吹き飛ばせばいいだけよ!」


 アローガはそう言うと自分の周りに無数の薄っすらと緑色の光球を作り出した。

 出現した光球を見たフィランはメルディエズ学園での戦いでアローガが同じ光球を作り出して自分を吹き飛ばそうとしたことを思い出す。

 アローガが何をしようとしているのか気付いたフィランはコクヨを強く握った。


「消し飛びなさい、人形娘。 学園で戦った時のようにね!」


 勝利を確信したアローガは周りの光球を光らせて一斉に爆発させようとする。だが次の瞬間、フィランは光球が爆発するよりも速く神歩でアローガの目の前に近づいて八相の構えを取った。


「……四連舞斬しれんぶざん


 呟いたフィランはコクヨを素早く四回振ってフィランの体や手足を四回斬る。

 暗闇の中で斬られたアローガは苦痛で表情を歪めた。だが攻撃を受けたことでフィランが自分の真正面にいることを知り、このまま光球の爆発で吹き飛ばしてやろうと考える。

 フィランは闇の中で痛みに耐えながら笑うアローガを無言で見つめる。そして視線を動かして爆発しそうになっている光球を目にすると神歩で素早く後ろに跳んでアローガや周りで浮いている光球から離れた。その直後、光球は闇の中で爆発し、黒一色の空間の中で爆音が響く。

 爆音は闇の中だけでなく、闇の外で戦っているミスチアたちの耳にも入る。ミスチアたちは驚きながら広場の中央にある闇を見つめた。そんな中、暗闇ダークネスの発動時間の限界が来たのか、ドーム状の闇は収縮を始める。

 闇が小さくなると闇の中から煙が上がっている光景がミスチアたちの目に入り、その光景に一同は目を見開き、先程の爆音に関係があるのだろうと思った。

 闇は更に収縮し、今度は体に四つの切傷を付けたアローガが姿を現す。アローガは自分の技である光球の爆発の影響を受けておらず、切傷だけを負った状態で立っていた。

 そして闇が完全に消え、最後にコクヨを下ろすフィランが姿を見せる。

 周りにいる者たちはアローガが傷だらけになっている一方で傷一つ負っていないフィランを見て驚く。ベーゼたちの指揮官であるアローガだけに傷を負わせ、無傷で立っているフィランを見て兵士や冒険者たちはフィランの力に衝撃を受けた。

 兵士や冒険者たちが驚く中でミスチアたちメルディエズ学園の生徒は流石は神刀剣に選ばれた生徒だと思いながらフィランを見て誇らしそうに笑っていた。


「ア、アンタ……どうして無傷でいるのよ?」


 アローガは離れた所に立つフィランを見て、痛みに耐えながら尋ねた。

 自分が斬られた直後に光球が爆発したため、目の前にいたフィランは間違い無く爆発に巻き込まれた。そう思っていたアローガは無傷のフィランに驚きを隠せず、目を軽く見開きながら見つめている。


「……難しいことはしていない。爆発する寸前に神歩で後退しただけ。だから爆発に巻き込まれずに済んだ」

「ば、馬鹿なこと言うんじゃないわよ! 爆発はあたしが斬られた瞬間に起きたのよ? そんなに速く離れるなんてできるはずないじゃない」

「……できる。だから私は無傷で立っている」


 無表情で語るフィランにアローガは更に目を大きく見開いて奥歯を噛みしめる。自分に傷を負わせ、フィランが無傷だったことは当然腹が立つが、直前の爆発から逃れられるほどの高速移動技を習得し、それを使いこなしていることにも腹が立った。

 感情を持たない人形のようなフィランに押されている現実にアローガはプライドを傷つけられ、今まで以上にフィランに対する怒りと殺意を抱いていた。


「どこまでもあたしを馬鹿にする女ね……ここまでコケにされたのは生まれて初めてだわ」

「……別に馬鹿にしてないしコケにもしてない。思ったことを口にしただけ」

「そう言うところよ! そう言う馬鹿にしてないって言いたそうな取り澄ました態度が気に入らないのよ!」


 勝手に感情的になり、自分の不満を口にするアローガをフィランは黙って見つめている。

 フィラン自身は本当にアローガを見下しているつもりは無いため、アローガが怒りを露わにする理由が今一つ理解できなかった。

 アローガは無表情で見つめるフィランを睨みながら両手を強く握る。その手には体の傷から流れたアローガ自身の血で赤く染まっていた。


「……もういいわ、これ以上アンタのおふざけに付き合うのはやめよ。あたしのストレスの原因であるアンタは此処で叩きのめしてやるわ!」


 険しい表情を浮かべながらアローガは右腕を高く掲げる。その直後、アローガの足元に緑色の魔法陣が展開され、アローガの体は緑色の炎に包まれた。

 突然アローガが炎に包まれる光景を見てミスチアや他の者たちは驚きの反応を見せるが、フィランだけは表情を一切変えずにゆっくりコクヨを構え直す。炎は少しずつ形を変えていき、やがて吹き消されたかのように消える。そこには一体のベーゼの姿があった。

 現れたベーゼは体長3mはある濃緑色のドラゴンの頭部のような外見をしている。ただ普通のドラゴンの頭部とは違って目は無く、鋭い牙が並んだ口と後方に向かって伸びる四本の角があった。側面には大きな竜翼が付いておりゆっくり動かして羽ばたいている。頭部の下からは四本の若葉色の太い触手が生えており、気味の悪い動きをしていた。

 炎から現れたドラゴンの頭部のようなベーゼこそがアローガの本来の姿、最上位ベーゼのユバプリートだった。

 目の前で羽ばたいているユバプリートをフィランは無言で見つめる。広場にいたミスチアたちも突然現れた大きなベーゼを見て驚きは緊迫の表情を浮かべていた。殆どの者が現れたベーゼが上位ベーゼだと悟っており、広場の戦いがより激しくなるのではと思っていた。

 ユバプリートがフィランの方を向きながら大きく口を開けると口の中では何かが動いていた。

 フィランが動いている物を確認すると口の中には上半身裸で全身と髪を淡紅たんこう色に変色させたアローガの体があった。

 口の中のアローガは全身に微量の粘液を纏わせながらフィランを睨んでいる。その姿はまるでドラゴンの舌のようで、状況からアローガの形をした部分がユバプリートの本体だと考えられた。


「さあ、これで準備は整ったわ。今すぐアンタは肉塊に変えてやるから覚悟しなさい!」


 ユバプリートはアローガの形をしている本体でフィランを睨みながら四本の触手の先端を向ける。向けた直後、先端が薄っすらと紫色の光り出し、それを見たフィランは目元を僅かに動かした。


貫通する光線ドゥルヒボーレン・シュトラール!」


 四本の触手の先端から短く細い紫色の光線が一斉に放たれ、真っ直ぐフィランに向かっていく。

 フィランは咄嗟に右へ跳んで四つの光線を回避する。光線は飛んで行った先にある民家の壁に命中すると綺麗な穴を開けた。

 民家の壁を破壊せずに貫通した光線を見たフィランはすぐにユバプリートの方を向いて次の攻撃を警戒する。だがフィランが向き直した時、ユバプリートは竜翼を羽ばたかせて上昇しており、数mの高さからフィランを見下ろしていた。

 ユバプリートはドラゴンの口を開けると本体がフィランを見下ろしながら鼻で笑った。


「いくらアンタでも空中にいるあたしを斬ることはできないでしょう? 魔法や石とかを飛ばす技を使っても此処までは届かない。何もできないまま一方的に攻撃されて死になさい!」


 笑うユバプリートは再び四本の触手の先端をフィランに向け、更に本体も両腕をフィランに向けて伸ばした。

 全ての触手の先端には赤い魔法陣が展開され、本体の両手の前にも同じように赤い魔法陣が展開される。そして本体の右手の甲に入っている混沌紋も紫色に光り出した。


三つの火矢トレス・ファイヤーボルト!」


 ユバプリートが魔法の名を口にした瞬間、全ての赤い魔法陣から火の矢が三つずつ放たれて地上にいるフィランに向かって行く。しかも全ての火の矢には反射リフレクトの力が付与されており、薄っすらと紫色に光っていた。

 頭上から雨のように降って来る無数の火の矢を見たフィランは神歩で素早く左へ跳んでその場を離れる。火の矢はフィランが立っていた場所に当たると消滅せずに様々な方角の跳ね返った。

 火の矢が飛んだ先には民家や城壁、防衛隊の者たちやベーゼがおり、民家や城壁の言った無機物に触れた場合は再び跳ね返って違う方角へ飛んで行く。だが人間や亜人、ベーゼに触れると跳ね返らずに当たった者に刺さって傷を負わせた。

 ユバプリートが放った火の矢は敵である防衛隊だけでなく仲間のベーゼも傷つけており、敵味方の全てを襲う無差別攻撃となっている。フィランは広場で飛び跳ねる火の矢と傷つく仲間やベーゼを見た後にユバプリートを見上げた。


「……兵士たちだけじゃなく、仲間のベーゼまで傷つけるの?」

「ハッ、何? この状況で周りの心配をする気? 随分余裕ね」


 フィランの言葉を聞いたユバプリートは呆れたような表情でフィランを小馬鹿にする。


「仲間のことよりも自分の心配をしなさい? アンタがもうすぐあたしに八つ裂きにされて惨めに殺されるんだからねぇ。……ついでに言うと下位ベーゼたちがどうなっても問題無いわ。死ねばまた補充すればいいだけだし」


 仲間のベーゼを捨て駒のように扱うユバプリートを見てフィランは目元を僅かに動かす。それはしっかり見ないと動いているかどうか分からないくらい小さな動きだった。

 ユバプリートの発言に苛立ちを感じているのか、フィランはユバプリートを見上げながらコクヨを構える。

 するとフィランの左右と後ろから火の矢が一つずつフィランに向かって飛んできた。城壁や民家に当たって跳ね返った火の矢が運悪くフィランの方に飛んで行ったのだ。

 フィランは向かって来る火の矢に気付くと動かずにコクヨを構え続ける。やがて火の矢がフィランの近くまで飛んできた。フィランは三つの火の矢が間合いに入った瞬間に振り返り、コクヨで全ての火の矢を叩き落す。

 コクヨで切られた火の矢は静かに消滅し、火の矢を防いだフィランはすぐにユバプリートの方を向いてコクヨを下ろす。そして刀身に石と砂を纏わせるとユバプリートを見上げながら上段構えを取る。


「……砂石嵐襲」


 フィランはコクヨを振り下ろして刀身に纏われている小石や砂を空中のユバプリートに向けて放つ。

 攻撃は届かないと言うユバプリートの言葉を信じていないフィランは一度砂石嵐襲で攻撃し、本当に攻撃が届かないのかどうか確かめることにした。

 小石と固められた砂は勢いよく飛んでいるユバプリートに向かっていく。だが途中で失速し、小石と固められた砂はユバプリートに届く前に落下してしまう。


「アハハハハッ! 無駄だって言ったでしょう? もしかしてハッタリだと思った? 残念だったわね、人の言うことは素直に信じるものよ」

「……戦場で敵の言うことを全て信じるのは愚行」

「あら、この状況で屁理屈が言えるなんてまだ余裕があるのね。なら、屁理屈が言えないくらい追い詰めてやるわ」


 ユバプリートは四本の触手をフィランに向けて先端を紫色に光らせる。光る触手を見たフィランは再び貫通する光線ドゥルヒボーレン・シュトラールを放ってくると知って身構えた。

 フィランの様子を窺っていたユバプリートはニッと笑い、混沌紋を光らせる。


光線の包囲網シュトラール・ベラーゲルング!」


 四つの触手の先端から短く細長い光線が無数に放たれてフィランに向かって行く。

 先程と違って光線が大量に放たれたのを見てフィランは違う攻撃ではと予想しながら後ろに大きく跳んだ。光線はフィランが立っていた場所に当たると三つの火の矢トレス・ファイヤーボルトのように跳ね返って広場中に広がった。

 広場の中を跳ね返る無数の光線をフィランは無表情のまま見回す。勿論、ベーゼたちと戦っているミスチアたちも同じように光線を見ていた。

 光線は城壁や民家、床に当たると跳ね返り、飛んで行った先にいる兵士や冒険者、生徒たちに命中する。ただ、火の矢と違って当たっても消滅はせず、兵士たちに当たると貫通してそのまま飛び続けた。

 光線の包囲網シュトラール・ベラーゲルング三つの火の矢トレス・ファイヤーボルトと同じ無差別攻撃らしく、ベーゼたちも光線の餌食になっていく。広場を飛び回る光線に恐怖を感じる兵士たちはベーゼと戦える状態ではないと感じ、姿勢を低くしたり回避行動を取って光線をかわした。


「皆さん、今の状態で戦うのは危険ですわ! ベーゼたちを警戒しながら回避に専念した方がいいですわよぉー」


 ミスチアは姿勢を少し低くしながら周りにいる仲間たちに声を掛け、兵士たちもミスチアの声を聞いて姿勢を低くしながら光線から逃れようとする。中には光線を受けて負傷した者を救助する者もおり、仲間を引きずりながらテントや広場の隅へ移動した。

 ベーゼたちはユバプリートの攻撃が無差別だと理解できないため、光線が飛び交う中で兵士たちを襲おうとする。だが姿勢を低くしたり、回避行動を取らないため次々と光線を受けて消滅していく。

 ミスチアは姿勢を低くしたままベーゼが倒される光景を見て難しい顔をする。ベーゼたちがユバプリートの攻撃で倒されるのは都合がいいが、広場の中を跳ね返る光線を何度も撃たれればいつかは自分たちも全滅かもしれないと小さな焦りも感じていた。


(早いところ五凶将を片付けないと、とんでもねぇことになりますわ。……フィランさん、早くアローガを倒しやがれですわ!)


 遠くにいるフィランを見つめながらミスチアは心の中で呟く。

 急いで倒さなければならないのなら加勢するべきだが、フィランが一人で戦うと言い、必ず勝つと宣言もしたため、フィランを信じてベーゼたちを倒すことに集中しようと思っていた。

 無数の光線が広場を飛ぶ中、フィランはコクヨを構えながら視線を動かして光線の位置を確かめる。飛んでくる光線があれば回避したりコクヨで叩き落したりしているが、それでもまだ沢山の光線が周りを飛び回っているため、なかなかユバプリートに反撃することができずにいた。


「ホラホラホラ、気を付けないと光線をまともに受けちゃうわよぉ?」


 飛んでいるユバプリートは楽しそうに笑いながら光線に囲まれているフィランを見下ろしている。フィランは空中で高みの見物をしているユバプリートを見ると何とか反撃するチャンスを作らなければと思っていた。

 フィランが反撃の隙を窺っていると左斜め後ろから一つの光線がフィランの足下に向かって飛んできた。光線に気付いたフィランは軽く右へ跳んで光線をかわす。しかしかわした直後に光線は床に当たって跳ね返り、真っ直ぐフィランの方へ飛んで彼女の右脇腹を掠めた。

 光線を受けたフィランは痛みを感じて小さく声を漏らす。しかし表情は変わっておらず、無表情のまま体勢を整えようとする。すると今度は背後から三つの光線がフィランに迫り、フィランは光線を見ると左へ跳んで光線をかわす。


(……なんとか光線が届かない場所に移動しないと反撃できない。でも、こんなに光線が飛び交う中では神歩は使った高速移動はできない)


 何とか光線を掻い潜ってユバプリートに反撃しなければとフィランは考える。その間も光線は城壁や床などに当たり、跳ね返って広場を飛んでいた。

 光線をかわしながらフィランは周囲を見回す。そんな時、フィランの目に城壁の上に上がるための階段が目に入った。

 階段を見たフィランは視線を動かしたユバプリートの位置を確認する。ユバプリートは地上から数m上空を飛んでおり、地上からの攻撃は届かない。だが城壁よりは低い高さにいるため、城壁の上に移動すれば攻撃が届くかもしれないとフィランは思っていた。


(……今のままではユバプリートに攻撃を当てられない。なら一度城壁の上に移動し、上から攻撃を仕掛けてみるのもいいかもしれない)


 他に方法が無いため、フィランは城壁の上に行くことを決め、移動するタイミングを窺う。

 やがて広場の中を跳ね返る光線の数が少なくなり、フィランは移動するチャンスだと感じて一番近くにある城壁の階段に向かって走り出した。


「アイツ、さっきまで防戦一方だったのに当然走り出すなんて、何をする気なの?」


 空中でフィランを見ていたユバプリートは理解できない行動を取るフィランを見て不思議に思いながら彼女が走る方角を確認する。そして、城壁の上に上がらるための階段を目にするとフィランの狙いに気付いた。


「……成る程、城壁の上に上がって攻撃するつもりね。少しは考えたようだけど、それをあたしが黙って見過ごすと思ってるのかしら?」


 フィランに触手の先端を向けたユバプリートは四つの触手からそれぞれ真空波、水球、拳ほどの石、闇の弾丸を放つ。

 ユバプリートはフィランを城壁の上に行かせないため、四つの属性の下級魔法でフィランを攻撃する。

 フィランは自分が攻撃されたことに気付くと走りながら左右に移動して魔法を全てかわした。回避に成功したフィランは走る速度を上げて階段に近づき、辿り着くと止まらずに階段を駆け上がっていく。

 

「チイィ! 全てかわすなんて生意気なぁ! ……だったら上に上がれないよう階段その物をぶっ壊してやるわ」


 城壁に上げれないようにするため、ユバプリートは狙いをフィランが駆け上がる階段に変えて触手の先端を向ける。

 フィランはユバプリートが階段を破壊しようとしていることに気付くと破壊を阻止するため、走りながら混沌紋を光らせて暗闇ダークネスを発動させた。

 暗闇ダークネスが発動したことでフィランを中心に球状の闇が大きく広がる。闇は今までフィランが発動させた時よりも大きく、駆け上がる階段や城壁の上、正門の見張り台まで届いて呑み込んだ。

 闇を見たユバプリートは呑み込まれて再び視覚を封じられるのを面倒に思い、攻撃を中断して後退する。竜翼を大きく動かしながらユバプリートは全力で下がり、闇の拡大が止まると急停止した。


「チィ、生意気なことをしてくれるわねぇ。おかげで今何処にいるのか分からなくなったわ」


 城壁から10mほど離れたところでユバプリートはドラゴンの口を開け、鬱陶しそうな顔をしながら球状の闇を見つめた。

 暗闇ダークネスの闇は呑み込んだ生物の視覚を封じるだけでなく、外にいる生物も闇の中を見えないようにする力がある。そのため、外にいるユバプリートからは黒い球体にしか見えないため、闇に呑まれた場所がどうなっているのか分からない。当然、闇の中にいるフィランが何処にいるのかも分からず、ユバプリートは不愉快に思っていた。

 ユバプリートが鋭い目で睨んでいると闇が収縮を始めて見る見る小さくなる。ユバプリートはフィランが暗闇ダークネスを解除したのだと知り、闇が消えた瞬間に攻撃を仕掛けようと触手の先端を城壁の上に向けた。

 闇が小さくなることで少しずつ呑まれていた場所が見えるようになっていく。城壁や階段、城壁の上にいた兵士や冒険者たちも困惑した様子で周囲を見回している。突然闇に呑まれて真っ暗になったと思ったら元に戻ったため混乱しているようだ。

 ユバプリートは闇から出てきた者たちを一人ずつ確認してフィランを探す。しかし未だにフィランの姿は発見できず、ユバプリートは収縮の中心にいると確信して闇の中心に触手の先端を向けて攻撃しようとした。

 その時、闇の中から無数の小石と固められた砂が飛び出してユバプリートに向かって飛んできた。

 予想外の出来事にユバプリートは驚いて咄嗟に左上へ移動して小石と砂をかわした。その後も小さくなる闇から何度も無数の小石と砂が飛び出してユバプリートに向かって行き、ユバプリートは何度も移動して回避する。


「この攻撃、まさかあの人形娘、闇で姿を隠しながら攻撃して来てるの!? チッ、悪知恵の働く奴ね!」


 フィランが闇の中から砂石嵐襲を連続で放ってきていることに気付いたユバプリートは奥歯を噛みしめながら闇を見つめる。

 闇は半径2mほどの大きさまで収縮し、もうすぐフィランの姿が見えるほど小さくなっていた。


「人形娘、闇が消えた時がアンタが死ぬ時よ!」


 ユバプリートはドラゴンの口を開けたまま闇を見つめてフィランが姿を現すタイミングを計る。そして、遂に闇が消え、城壁の上でコクヨを構えるフィランが姿を見せた。

 フィランの姿を目にしたユバプリートは触手の先端を紫色の光らせて攻撃しようとする。だが攻撃を仕掛けようとした瞬間、城壁の上にいたフィランが突然消え、ユバプリートは目を見開く。

 何処に行ったのか、ユバプリートは城壁の上を細かく確認するが何処にもフィランの姿は無かった。


「アイツ、何処に行ったのよ?」

「……此処」


 突然聞こえてきたフィランの声にユバプリートは反応し、声が聞こえた方を見る。そこにはコクヨを振り上げながら飛んでいる自分の左隣まで移動していたフィランの姿があった。


「ア、アンタ、どうして!?」


 なぜ城壁の上にいたフィランが空中にいる自分の隣にいるのか理解できないユバプリートは驚きの反応を見せる。

 フィランはユバプリートの言葉を無視し、コクヨを振り下ろしてユバプリートの左の竜翼を切った。


「があああああぁっ!」


 竜翼を真ん中から切られたユバプリートは苦痛の声を上げた。しかも片方の竜翼を切られたことで飛ぶことができなくなって落下する。

 フィランは自分が切った左の竜翼に無表情でしがみ付く。


「……片羽、取った」


 竜翼に掴まるフィランはユバプリートを見つめながら呟く。その直後、ユバプリートは大きな音を立てながら広場に体を叩きつけた。


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