第二百四十九話 幼女魔導士襲来
カヴェーズの正門から南に2kmほど離れた所になる平原で二十数体のベーゼが陣を組んでいる。ベーゼは全てフェグッターやユーファル、シューラフトと言った中位ベーゼで遠くで正門を襲撃するベーゼたちを見つめていた。
中位ベーゼたちの中心では外ハネの入った萌葱色のミディアムヘアで若干鋭い黄色の目をしたエルフの幼女が高級感のある木製の椅子に座りながら同じように正門を襲撃するベーゼたちを見ている。
五凶将の一人であり、ドリアンド共和国を侵攻するベーゼたちの指揮官、ユバプリートことアローガだった。
「ハハッ、全然大したことないじゃないの。これじゃあ、カヴェーズが落ちるのも時間の問題ね」
椅子にもたれ掛かるアローガは膝の上に置いてある白い小さなアンティークボックスからクッキーを取り出して笑いながらかじる。アローガはカヴェーズの襲撃を部下のベーゼたちに任せ、クッキーを食べながらのんびりと戦いを見物していた。
クッキーを頬張るアローガの右隣には椅子と同じように高級感のある丸い小さな机が置かれている。その上にはポットとティーカップが置いてあり、ティーカップには紅茶が入っていた。
アローガはティーカップを取ると中に入っている紅茶を一口飲み、遠くの正門を見て笑った。
「いくら頑張ったところで所詮は非力な虫けら、あたしたちベーゼに勝つなんてことは絶対に不可能なのよ」
ティーカップを机に置くアローガはアンティークボックスから新しいクッキーを取り出して口の中に投げ入れる。
カヴェーズの制圧はアローガにとって子供の遊びと変わらないらしく、緊張など一切せずに楽しそうにしていた。
アローガが呑気にクッキーを食べていると上空から一体のルフリフが飛んで来てアローガの左隣に着地する。ルフリフは鳴き声を上げながらアローガに何かを報告し、アローガは視線を動かしてルフリフを見た。
「……そう、西と北東の連中は予定どおり襲撃できてるみたいね」
報告を聞いたアローガは興味の無さそうな口調で返事をしながら視線を正門に戻す。
ベーゼたちは現在、カヴェーズの北東、西、南の三方向から同時に襲撃しているが、この襲撃にはおかしな点があった。
通常、町や都市を襲撃する際は入口である正門がある場所やその近くを狙って襲撃する。理由は正門を破壊した後や味方が城壁を越えて正門を内側から開けた時に外にいる味方が突入しやすくするためだ。
だがベーゼたちが襲撃した場所で北東と西には城壁しかなく、ベーゼたちが城壁を越えても外にいる他のベーゼがカヴェーズに侵入するのは難しい。にもかかわらず指揮官であるアローガはカヴェーズの北東と西を襲撃させていた。
「いくら虫けらと言えど、大勢の相手にするのは面倒だし、カヴェーズに突入する際に邪魔になる。だったら戦力を分断させて突入しやすい状況を作るだけよ」
紅茶を飲むアローガは作戦を自慢するかのように笑いながら語る。アローガが北東と西を襲撃させた理由、それは単純に正門がある南側の防衛戦力を減らすためだ。
例え城壁しかない場所だとしてもベーゼが襲撃してくればカヴェーズにいる共和国軍はベーゼたちを食い止めるために戦力を回すと予想したアローガは戦力を三つに分けた。その結果、アローガの予想どおりとなりベーゼが戦いやすい戦況を作ることができたのだ。
「北東と西にいる連中には引き続き人間どもの注意を引くよう伝えといて。……ああぁそれから、もし人間どもを蹴散らして侵入できる状況になったら首都に侵入してテキトーに人間どもを殺してもいいとも言っておいて」
アローガの指示を聞いたルフリフを鳴き声を上げてから飛び上がり、カヴェーズの西の方へ飛んで行く。
ルフリフが飛び去るとアローガは正門の方を向いてクッキーを口に頬張る。するとカヴェーズを襲撃しているベーゼたちが正門を破壊し、一斉に首都内に突入する光景を目にした。
「おっ、アイツら正門を破ったみたいね。これで首都の南は制圧したも同然、南を護る虫けらを全て始末したらあたしらものんびりと首都に入ることにしましょう」
自分たちの勝利は間違い無し、アローガは満面の笑みを浮かべながらアンティークボックスのクッキーを摘まんで口に入れようとする。
だがその時、破壊された正門から青白い光が漏れ、同時に大きな音が響く。光を見たアローガはクッキーを口に運ぶ手を止めた。
「……何、あれは?」
正門で何が起きているのか分からないアローガはクッキーを摘まんだまま呟く。その直後、正門から青白い電撃がカヴェーズの外に飛び出し、正門前に集まっているベーゼたちを呑み込んだ。
アローガは光と同じ色の電撃を目にし、正門を護る防衛隊がベーゼたちを蹴散らしていると知って目を鋭くした。
「あの電撃……まさか虫けらの中にベーゼの群れを蹴散らせるほどの力を持った奴らいるってこと?」
虫けらと見下している人間が必死に抵抗し、ベーゼを倒していることを知ったアローガは奥歯を噛みしめながら摘まんでいるクッキーを握りつぶす。
その後も正門の内側から青白い光が漏れ、電撃が正門から突入しようとするベーゼたちを呑み込んで黒焦げにしていく。
先程まで優勢だったのに部下が次々と倒される光景を見てアローガは一気に機嫌を悪くして立ち上がる。立ち上がったことで膝の上に置かれていたアンティークボックスは地面に落ち、中身のクッキーも周囲に散らばった。
「どんな奴の仕業か知らないけど、随分舐めたことをしてくれるわねぇ……いいわ、あたしを怒らせたことをたっぷり後悔させてあげる」
アローガは正門を睨みながら魔法を発動させて自身の体を宙に浮かせる。アローガが宙に浮いたことで今まで大人しくしていた中位ベーゼたちも動き出した。
「カヴェーズに行くわ。アンタたちもついて来なさい!」
アローガは力の入った声で中位ベーゼたちに指示を出すと正門に向かって勢いよく飛んで行く。
中位ベーゼたちは陣を崩して一斉にアローガの後を追った。
――――――
ウェンフは雷電の力でベーゼを次々と倒していく。知能の低いベーゼたちは待ち伏せされていることに気付かずに破壊された正門から侵入してくるため、ウェンフは一度に大勢のベーゼを攻撃することができた。
中には運よく雷電から逃れたベーゼもいたが、それらはフィランたちが倒していったため、正門がベーゼに制圧されることはなくフィランたちは順調にベーゼの数を減らしていった。
「いい感じですわね」
ポールアックスを振り回すミスチアは近くで戦うフィランに声を掛ける。フィランはミスチアの声掛けに答えず、コクヨを振って広場に侵入したベーゼを次々と倒していく。
二人の周りでは他の生徒や兵士、冒険者たちが同じようにベーゼと戦っている。ウェンフの雷電でベーゼの殆どは倒されているため、侵入してきたベーゼは僅かしかいない。生徒たちは死傷者などを出すことなく対処することができた。
「もう半分以上のベーゼを倒せているはずですわ。このまま一気に正門を襲撃したベーゼどもを片付けてやりましょう」
「……それはちょっと無理かも」
「はあ? なぜですの?」
フィランの言葉にミスチアはポールアックスを構えながら尋ねる。フィランは目の前にいたベーゼゴブリンを切り捨てるとコクヨをゆっくりと下ろした。
「……もう、ウェンフに限界が来てる」
フィランは無表情で呟きながらウェンフの方を向き、ミスチアもつられるようにウェンフに視線を向ける。
ウェンフは左腕に電気を纏わせながら壊れた正門を見つめていた。ただ呼吸は乱れており、額からは汗が流れている。雷電を連続で使用したことで精神力が削られ、疲労が蓄積されているようだ。
正門が破壊されてからウェンフは休むことなく雷電の力を使い続けていた。普通ならとっくに疲労が溜まって動けなくなっているのだが、ウェンフはカヴェーズを護りたいと言う意志から必死に疲れに耐えて戦っていたのだ。
ウェンフは剣を持つ右手で額の汗を拭う。すると新たに大勢のベーゼが正門を通過して広場に侵入しようとした。それを見たウェンフは左腕を纏う電気を強くする。
「……雷撃砲!」
左腕をベーゼたちに向けて突き出したウェンフは左手から電撃を放つ。
電撃に呑まれたベーゼたちは鳴き声を上げながら黒焦げになり、そのまま黒い靄となって消滅した。
今の攻撃で大勢のベーゼが倒され、ベーゼ側の戦力を大きく削ぐことができた。ウェンフは更に自分たちが有利になったことで小さく笑みを浮かべる。
だがその直後に全身から力が抜けてウェンフは膝を曲げて倒れそうになる。そんなウェンフにフィランが駆け寄り、倒れそうになるウェンフの体を支えた。
「……大丈夫?」
「ハ、ハイ、何とか……」
フィランの方を見ながらウェンフは苦笑いを浮かべた。本人は問題無さそうにしているが、大量の汗と乱れた呼吸から我慢しているのが一目で分かる。
「……貴女は十分戦った。後は私たちに任せて休んで」
「えっ、でもまだ外には沢山のベーゼが……」
「……貴女のおかげでかなり数を減らせた。これなら私たちだけでも問題無い」
「で、でも……」
自分を気遣って休ませようとするフィランにウェンフは申し訳なさを感じ、何とか一緒に戦わせてもらおうとする。そんな時、ポールアックスを肩に担ぐミスチアが近づいて来た。
「分かってませんわねぇ。今の貴女は混沌術の使いすぎで体力も精神力も限界な状態ですわ。そんな貴女が一緒に戦っても足手まといにしかならないんですのよ?」
フィランと違ってハッキリと言うミスチアを見てウェンフは軽く俯く。
確かに今の自分は雷電を使いすぎたせいでまともに動けない状態になっている。そんな状態で戦ってもミスチアの言うとおり仲間たちの足を引っ張ることになってしまうとウェンフは感じていた。
「……分かりました。ただ、体力が回復したらまた一緒に戦いますからね?」
「それは貴女の自由ですわ。ただ、ちゃんと体力を回復させてください?」
ミスチアの忠告にウェンフは小さく頷く。フィランの力を借りて体勢を直したウェンフは体を休めるために正門に背を向けて離れようとする。
「随分好き勝手にやってくれたわね!」
『!』
突然聞こえてきた少女に声にフィラン、ミスチア、ウェンフは同時に反応した。その直後、正門の方から風の刃が床に沿って三人に向かって来る。
フィランはウェンフを抱えながら大きく跳んで迫って来る風の刃をギリギリで回避し、ミスチアも同じ方角に跳んでかわした。
風の刃をかわした直後、三人は正門の方を向く。そこには腕を組みながら自分たちを睨むアローガの姿があった。
「何ですの、あのチビは?」
現状から先程の風の刃は目の前のエルフの幼女の仕業だ悟ったミスチアはアローガを睨みながらポールアックスを構えようする。
するとフィランはウェンフをミスチアに任せ、コクヨを握りながらアローガを見つめた。ミスチアはウェンフを抱きかかえながら無言で前に立つフィランを不思議そうに見ている。
「あらぁ? 噂で聞いてたけど、ホントにこの国に来てたのねぇ?」
正面に立つフィランを見ながらアローガは意外そうな口調で声を掛ける。口調とは裏腹にその目は鋭く、フィランや防衛隊に対する苛立ちが宿っていた。
「……こっちも同じ気持ち」
「ハッ、相変わらず無表情で生意気な口を利くのね? 人形娘」
因縁の相手と再会したアローガは険しい顔で挑発するがフィランは眉一つ動かさなかった。挑発しても何の反応も見せないフィランにアローガは更に苛ついて舌打ちをする。
「フィランさん、このちっこいエルフは何ですの?」
「……五凶将の一人、ユバプリート」
「えっ、こんなチビが最上位ベーゼですのぉ?」
初めてアローガを見たミスチアはフィランの言葉が信じられずに目を見開く。ウェンフも自分よりも幼い外見をしているエルフが最上位ベーゼだと聞かされて驚きの反応を見せている。
アローガは驚きながら自分を小さいと語るミスチアをキッと睨みつける。しかし今はミスチアやウェンフよりもフィランの方が重要なため、すぐに視線をフィランに戻した。
「アンタが此処にいるってことは、首都に突入したベーゼたちを電撃で消したのもアンタ?」
「……違う、あれは私の力じゃない」
「なら、誰がやったのよ?」
フィランはアローガの問いに答えずコクヨを両手で握りながら中段構えを取る。
アローガの発言からフィランはウェンフの雷電で倒されたベーゼの話をしているのだとすぐに気付く。
もし今ウェンフがベーゼたちを倒したと言えばアローガはウェンフに報復するかもしれないと考え、正直に話さずに黙っていることにした。
質問に答えずに黙り込むフィランを見てアローガは奥歯を噛みしめる。ただでさえ何を考えているか分からないフィランを鬱陶しく思っているのにそんなフィランが自分の質問に答えないことでますます気分を悪くしたようだ。
「答えるつもりは無いみたいね? ……まあいいわ。どうせ此処にいる奴らは皆殺しにするんだからねっ!」
アローガが力の入った声を出した直後、正門から大勢の中位ベーゼが広場に突入してくる。突入してきたは少し前にアローガと共に後方で待機していた中位ベーゼたちだった。
中位ベーゼたちが広場に侵入してきたことに広場にいた兵士、冒険者、生徒は一斉に驚愕する。
まだ正門の外には大勢の下位ベーゼと蝕ベーゼがいるのにそんな状況で中位ベーゼが侵入してきたため、兵士たちは一気に危機的状況になったと感じていた。
ミスチアとウェンフも中位ベーゼたちを見て流石に不利な状況だと感じて表情を歪ませる。だが、周りにいる者たちが驚愕する中でフィランだけは無表情のまま落ち着いていた。
フィランはアローガの横を通過して自分の方に向かって来る中位ベーゼたちを見つめ、構えを崩さずに左右に跳び始める。
突然左右に跳ぶフィランを見てミスチアとウェンフは驚き、アローガも「何をやってるんだ」と言いたそうにフィランを睨む。
ミスチアたちが見つめる中、フィランは何度も左右に跳ぶ。そして少しずつ速度を上げ、跳ぶ距離も伸ばしていく。次第にフィランは目で追うのが難しくなるくらいの速く跳ぶようになった。
「な、何ですか、あれ?」
「私にも分かりませんわ」
ウェンフとミスチアはフィランの動きに驚きながら彼女を見つめる。そんな中、中位ベーゼたちは少しずつ距離を縮めていき、先頭を走る数体のフェグッターはフィランを攻撃するために持っている大剣を光らせた。
高速で左右に移動するフィランは無表情でフェグッターたちを見つめる。
フィランはカムネスとハブールの特訓を受けて技術や技を教わった。今使っているのも高速移動をする神歩と言う技でミスチアたちでは目で追えない速さで移動することができるのだ。
フェグッターたちが攻撃を仕掛けようとした次の瞬間、フィランは中位ベーゼたちの視界から消え、先頭のフェグッターたちの目の前まで近づいて八相の構えを取った。
「……クーリャン一刀流、四連舞斬」
フィランはコクヨを素早く四回振り、目の前にいる四体のフェグッターを一度ずつ斬って首を刎ねる。首を刎ねられたことフェグッターたちは即死し、一斉にその場に倒れて黒い靄と化した。
フェグッターたちを倒したフィランは再び神歩を使ってその場を移動し、右側に集まっている数体のユーファルの前に移動する。そしてコクヨを下ろして足下の砂や小石を刀身に纏わせた。
「……砂石嵐襲」
フィランはコクヨを上げるとユーファルたちに向けて振り下ろす。振り下ろされたことで刀身に纏われている小石や固められた砂の塊がユーファルたちに向けて飛んで行く。
勢いよく飛ばされた小石と砂はユーファルたちの体に命中して無数の穴を開けた。その中には頭部などの急所に当たっている物もあり、攻撃を受けたユーファルは全て靄となって消滅する。
フェグッターに続いてユーファルも倒したフィランは再び神歩でその場を移動し、今度は中位ベーゼたちの中央に移動した。
突然目の前に現れたフィランに中位ベーゼたちは一斉に反応し、持っている武器や爪などでフィランに襲い掛かろうとする。だがフィランは中位ベーゼたちが襲い掛かる前に混沌紋を光らせて暗闇を発動させた。
暗闇が発動したことでフィランを中心に黒い闇がドーム状に広がって周りにいる中位ベーゼ全てを呑み込む。
闇に呑まれて視覚を封じられた中位ベーゼたちは泣ぎ声を上げながら周囲を見回してフィランを探す。しかし周りでは他のベーゼたちが騒いでいるため、フィランの気配を探ることもできなかった。
完全に混乱している中位ベーゼたちをフィランはコクヨを構えながら確認する。暗闇を発動したフィランだけは闇の中でも周りがハッキリと見ることができた。
フィランは闇の中で中位ベーゼたちを無表情で見つめながら近くにいるベーゼから次々と素早く斬っていく。
中位ベーゼたちは胴体や首など急所を斬られて行き、フィランの居場所に気付くことなく倒れていった。
やがて闇の中にいるベーゼたちを攻撃したフィランは元に立ち位置に戻ってコクヨを軽く振る。同時に暗闇を解除してドーム状の闇を収縮させた。
闇が完全に消えると闇に呑まれていた中位ベーゼたちが姿を現し、その直後に一斉に倒れて消滅する。
フィランの攻撃でカヴェーズに侵入した中位ベーゼは殆ど倒され、残っているのは二体にシュトグリブだけだった。
シュトグリブたちはフィランを左右から挟むと持っている棍棒を振り上げ、フィランに向かって踏み込みながら攻撃しようとする。
しかしフィランは慌てずにシュトグリブたちの位置を確認してコクヨを握る手に力を入れた。
「……クーリャン一刀流、快刀舞刃」
シュトグリブたちが間合いに入った瞬間、フィランは素早く動いてシュトグリブたちを斬る。シュトグリブたちは胴体に深い切傷を付けられ、大量に出血しながらその場に倒れた。倒れた直後、シュトグリブたちの巨体は黒い靄となって消滅する。
フィランは周囲を見回し、カヴェーズに侵入した中位ベーゼを全て倒したのを確認すると静かに深呼吸をした。
「……す、凄い」
一瞬にして中位ベーゼを全て倒したフィランを見てウェンフは思わず驚きの言葉を口にし、ミスチアも目を見開きながらフィランを見ていた。
「とんでもない子ですわねぇ。五聖英雄の特訓を受けて強くなったことは知っていますが、まさかここまで強くなっていたとは思っていませんでしたわ」
「ハイ、私も何度かフィラン先輩が戦うところを見たことがありましたけど、その時以上です」
自分たちとは強さがまるで違うことを理解したミスチアとウェンフは驚きながら呟く。周りにいる他の生徒や兵士、冒険者たちも目の前の出来事に衝撃を受けて固まっていた。
中位ベーゼが広場に侵入してフィランに倒されるまでにかかった時間は約五分。どれほど優れた技術を持ち、どれほど戦闘の経験を積んだ猛者でも僅かな時間でニ十体以上に中位ベーゼを全滅させることなどできない。それがこの世界での常識と言われていた。
だが目の前にいる少女は常識では考えられないことをやってのけたため、フィランの実力をまったく知らない兵士や冒険者たちは言葉を失うほど驚いているのだ。
ミスチアとウェンフは驚いてはいるもののフィランが味方として共に戦ってくれることを頼もしく思っていた。
「フィラン先輩がいてくれれば残りのベーゼも全て倒すことができますね」
「ええ……ただ、それを良く思わない存在もいるようですがね」
そう言いながらミスチアはフィランの見つめている方角を目にし、ウェンフも同じ場所を見つめる。
二人の視線の先には目を大きく見開いて驚きの反応を見せているアローガの姿があった。
「……何よ、これ?」
アローガは自分が引き連れて来た中位ベーゼが一瞬で全て倒された光景に驚きを隠せずに呟く。実はミスチアたち以上に戦いに驚いていたのはアローガだった。
自分の護衛であり、主戦力と言える中位ベーゼの部隊が見下していた人間、それもたった一人に全滅させられたのを見たのだから驚くのは当然だ。
フィランは驚いているアローガにゆっくり近づき、数m手前で立ち止まると無表情でアローガを見つめる。
アローガはフィランと目が合うと我に返り、自分を見つめるフィランを鋭い目で睨んだ。
「……中位ベーゼは全て倒した。残っている下位ベーゼや蝕ベーゼは今の戦力でも問題無く対処できる。残っている脅威は貴女だけ」
「クゥッ、人形娘が味な真似をしてくれるわね」
中位ベーゼを倒したフィランに怒りを感じながら握り拳を作る。目の前にいる生意気な小娘をどのように八つ裂きにしてやろうか、アローガの頭の中にはフィランを殺すことしかなかった。
「あたしの貴重な駒を台無しにした罪は重いわよ。徹底的に痛めつけてから殺してやるわ」
「……仲間を駒扱いする貴女に負けるつもりは無い」
「随分自信があるのね? メルディエズ学園ではあたしに一方的にやられたくせに」
「……あの時とは違う。今度は負けない」
フィランはコクヨを構えながら勝利を宣言する。アローガは無表情のまま生意気な態度を取るフィランをキッと睨みつけた。
「面白いじゃない。だったらあたしがその自信をぶっ潰して今度こそ殺してやるわ!」
魔法でゆっくりと宙に浮くアローガは右手をアローガに向けた。
「水撃ち!」
アローガは右手から水球をフィランに向けて放つ。フィランは右へ移動して水球をかわすと走ってアローガに近づき、コクヨで袈裟切りを放って反撃した。
だがアローガは宙に浮いたまま後ろに移動してコクヨをかわし、左手をフィランに向ける。
「闇の射撃!」
アローガは後ろに下がりながら今度は闇の弾丸を放つ。フィランは左へ跳んで闇の弾丸を回避する。
余裕で魔法をかわすフィランを見てアローガは生意気に思い、睨みながら舌打ちをした。
フィランは後退するアローガを見た後、後方で自分の戦いを見ているミスチアとウェンフを確認し、アローガの方を向きながら大きく後ろに跳んでミスチアとウェンフの所へ移動する。その際、フィランはコクヨを下ろしており、広場の砂と小石を刀身に纏わせていた。
ミスチアとウェンフに合流したフィランは遠くで自分を睨むアローガを見つめながら刀身に石と砂を纏わせたコクヨを構える。
「……アローガは私が相手をする。貴女たちは他のベーゼの相手をお願い」
合流したかと思えば一騎打ちをすると言い出すフィランにミスチアとウェンフは思わず目を見開いた。
「はあ? まさか貴女一人で五凶将とやり合うつもりですの? いくら五聖英雄との特訓で強くなったとは言え、それは無謀ですわ」
「そうですよ。私たちも一緒に戦います」
「いや、貴女は休んでろですわ」
雷電の使いすぎで疲れ切っているウェンフを止めたミスチアは視線をフィランに戻し、「考え直せ」と言いたそうな顔をする。
フィランはミスチアの方は向かず、無表情で遠くにいるアローガを見たまま口を開いた。
「……今カヴェーズにいる生徒の中でアローガの情報を持っていて、彼女と戦ったことがあるのは私だけ。今いる生徒の中で私が最も勝率が高く、アローガの戦術を理解している。だから私が戦うべき」
「だとしても一人で戦わずに協力し合って戦えばいいじゃありませんか」
「……ダメ。ただでさえ正門には大勢のベーゼが集まっているのに主戦力である混沌士が数人で一人の敵の相手をしていたらベーゼたちを食い止めるのが難しくなる」
防衛隊の戦力と戦況を考え、混沌士全員が五凶将の相手をするよりも他のベーゼたちの対処をした方がいいと言うフィランの話を聞いたミスチアは難しい顔をした。
確かに今の戦況を考えれば主戦力を一人の敵に回すよりは残っているベーゼの討伐に回した方が効率よく敵を倒せる。
フィランの戦況を考えて戦力を分けようとする考えにミスチアは意見を言えずに黙り込む。
仮にもフィランはカヴェーズにいるメルディエズ学園の生徒の指揮を任されているため、フィランがそうしろと言うなら従うわ無くてはいけないとミスチアは感じていた。
だがそれでも一人で五凶将の相手をするのは危険だと思っている。
「……私は負けない。絶対にアローガを倒す。だから貴女たちも他のベーゼを倒して」
自分を信じてほしいというフィランの言葉を聞いたミスチアは目を細く時ながらフィランの後ろ姿を見つめる。しばらくするとミスチアは軽く溜め息をつき、呆れたような顔をしながら口を動かした。
「……分かりましたわ。その代わり、負けたら承知しねぇですわよ」
「ミスチア先輩?」
アローガをフィランに任せることにしたミスチアを見てウェンフは驚きの反応を見せながらミスチアを見た。
「ほ、本当にフィラン先輩一人に五凶将の相手を任せるんですか?」
「指揮官の命令ですもの、仕方がねぇですわ」
「そんなぁ……」
ミスチアの言葉にウェンフは表情を曇らせる。するとフィランがウェンフに背を向けたまま声を掛けて来た。
「……私を信じて。絶対に勝つ」
自分の方を向かずに背を向けたまま語るフィランを見ながらウェンフは俯いて黙り込む。やがてウェンフは顔を上げ、真剣な顔でフィランを見つめる。
「……分かりました、先輩を信じます」
ウェンフの言葉を聞いてミスチアはニッと小さく笑う。現状からウェンフもフィランを信じてアローガの相手を任せるだろうとミスチアは思っていた。
「それじゃあ、私たちは予定どおり他のベーゼたちの相手をしますわ」
「私も体力が回復したらすぐに加勢します」
ミスチアとウェンフは自分たちのやるべきことを確認するように語るとフィランから離れる。
既に広場では兵士たちが侵入したベーゼたちと交戦しており、二人はできるだけ早く加勢しなくてはと思っていた。
後ろでミスチアとウェンフが離れている音を聞いたフィランは遠くにいるアローガを見つめた。すると今まで無表情だったフィランの口元が僅かに緩み、フィランは優しい微笑みを浮かべる。それは普段人形のように感情を露わに出さないフィランには非常に珍しい姿だった。
(……自分を信じて任せてくれた二人のためにも、必ずアローガに勝つ)
ミスチアとウェンフが自分を信じてくれたことが嬉しかったからフィランは微笑みを浮かべたようだ。今まで感情を表に出さなかったフィランがどうして突然笑うようになったのか、この時点では誰にも分からなかった。
笑っていたフィランは笑みを消すと再び無表情となり、アローガを見つめながら握っているコクヨをゆっくりと振り上げた。
「……砂石嵐襲」
コクヨを勢いよく振り下ろし、刀身に纏われている無数の小石や固めた砂を勢いよくアローガに向けて飛ばした。




