第二十四話 黄茶色の獣
ユーキは突然現れたヒポラングを見ながらまばたきをする。大きな口を持った猿のような下級モンスターと聞いていたため、てっきりゴブリンより少し大きいくらいだと思っていたが、3mを超える大きさだったので驚いたようだ。そして、驚いていたのはユーキだけではなかった。
「どうなってるんだ、あの大きさは?」
パーシュはヒポラングを見ながら目を見開き、その隣にいるアイカもヒポラングを見て同じように驚いている。フレードも目を鋭くしたままヒポラングを見つめていた。
普通のヒポラングはゴブリンよりも一回りほど大きいくらいなのだが、ユーキたちの前に現れたヒポラングは通常のヒポラングとは比べ物にならないくらい大きい。アイカたちはヒポラングの大きさを知っているため、現れたヒポラングに驚きを隠せずにいた。
「あんなに大きなヒポラングは見たことがありません。どうしてあんなに……」
「さあな。大方、他のヒポラングよりも大量に食ってあんなにデカくなっちまったんだろう」
アイカの後ろでフレードがヒポラングが大きくなった理由を口にし、それを聞いたアイカとパーシュは驚きの表情を浮かべながらフレードの方を向いた。
「沢山食べたからって、あそこまで大きくなるものなのですか?」
「あくまでも俺の予想だ。本当にそうだとは限らねぇよ」
「何だよ、テキトーに言っただけかよ」
根拠の無いフレードの推理を聞いてパーシュはつまらなそうな顔をし、そんなパーシュを見たフレードは「なら、お前はどう思ってるんだ」と言いたそうにパーシュを睨んだ。
アイカたちが話している間、ユーキは無言でヒポラングを見つめている。ヒポラングは下級モンスターだが、3mを超えているとなると、その力も下級モンスターの域ではないのかもしれないとユーキは感じていた。
(もし、アイツが俺たちに襲ってきたとしても、先輩たちがいるから問題無く倒せるだろう。でも、できることなら戦わずに森に帰ってくれるといいんだけどなぁ……)
心の中でヒポラングが暴れないことを祈りながらユーキは大きなヒポラングを見つめる。アイカたちも普通ではないヒポラングを刺激するのは良くないと思っているのか、得物を握ったままジッとしている。
ヒポラングはユーキたちが見ている中、首と体を左右に動かして周囲を見回している。目の前にユーキたちがいるにもかかわらず、ヒポラングはユーキたちを見向きもしない。
ユーキたちに気付いていないのか、気付いてはいるが興味が無いのか、ヒポラングが何を考えているのか分からない。だが、それはユーキたちにとって好都合なことだった。
(アイツがこのまま俺たちに敵意を向けずにいなくなってくれれば無駄な戦いをせずにディベリを捕まえることができる。ディベリもヒポラングが現れたことで足を止めてるし、早くいなくなってほしいなぁ……)
ディベリを捕まえるためにも早く立ち去ってほしいとユーキはヒポラングを見つめながら願う。すると、ヒポラングを見ていたディベリが表情を僅かに険しくしながら折れた剣の柄を強く握った。
「コイツゥ、もう少しで逃げられるってところで邪魔しやがって」
退路を塞いだヒポラングが気に入らないディベリは低めの声を出しながら呟く。ユーキにボロボロにされてただでさえ機嫌が悪いのにそんな状態でヒポラングに逃走を邪魔されたことでディベリは更に機嫌が悪くしていた。
「アンタらみたいに食って寝ることしか取り柄のない雑魚があたしの邪魔をするんじゃないよ」
ディベリは折れた剣を前に出すと混沌術を発動させ、折れた剣身を黄色く光らせる。光る剣身は形を変え、光が消えると剣身は短く先端が鋭く尖った物に変わっていた。どうやらディベリは目の前のヒポラングと戦うつもりのようだ。
混沌術で剣を変形させたディベリを見てユーキ、アイカ、パーシュの三人はディベリがヒポラングを攻撃しようとしているのを見て目を見開いた。通常のヒポラングが相手なら戦っても問題無いだろうが、目の前にいるのは普通のヒポラングよりも体が大きい存在だ。
下級モンスターと言えど目の前にいるのが普通のヒポラングよりも力が強いのは素人でも分かる。それなのにヒポラングに戦いを挑もうとするディベリの考えがユーキたちには理解できず、同時に愚かな行為だと考えていた。
「アイツ、あのヒポラングと戦うつもりだね」
「無謀です。明らかに普通じゃないヒポラングに戦いを挑むなんて。しかもユーキとの戦いで彼女は既にボロボロなのに……」
「確かにね……仕方ない、アイツがヒポラングに攻撃する前に捕まえるか」
「ほっとけよ。俺らの仕事は盗賊どもの討伐だろう? ならアイツがヒポラングにやられちまっても俺らには何の問題もねぇ」
倒すことが目的ならばヒポラングに任せてもいい、そう語るフレードをパーシュは不満そうな顔で見る。例え敵だとしても、殺される可能性が高い状況でその敵を放っておくのは間違いだとパーシュは思っていた。
「いくら盗賊を倒すことが目的でも、ボロボロの敵がモンスターにやられるのを黙って見てるのは流石に問題あるだろう。それにもし、あのヒポラングがディベリに倒されちまったらどうするんだい? そのままアイツに逃げられちまうかもしれないんだよ?」
「そん時は追いかければいいだけだろう」
「ハァ、アンタって本当にいい加減な男だね」
先のことを考えないフレードの発言にパーシュは呆れて溜め息を付く。アイカも困ったような顔でフレードを見ていた。
確かにロイガント男爵からは盗賊たちの討伐を依頼されており、可能であれば生け捕りにしろともいわれている。ユーキたちにとっては全ての盗賊を倒すことが第一の目的であるため、生け捕りにできなくても問題ではない。
しかし、だからと言ってモンスターに殺されるかもしれない盗賊を見捨ててしまったら、盗賊と同じになってしまうため、パーシュはディベリを放っておくことはできなかった。しかも、ディベリがヒポラングを攻撃し、それが原因でヒポラングが興奮したら自分たちもヒポラングに狙われるかもしれない。パーシュはディベリがヒポラングに攻撃すること自体を防ぎたかったのだ。
(おいおい、勘弁してくれよ。やっと血を吸う天使を倒したって言うのに、連続でモンスターと戦うことになるのは御免だぞ?)
アイカたちが会話をする中、ユーキはディベリとヒポラングを見ながら面倒そうな顔をしながら心の中で呟く。
ユーキもパーシュと同じで、ディベリの攻撃でヒポラングが自分たちに敵意を向けて来ることを恐れており、ディベリにヒポラングを刺激してほしくないと思っていた。
ヒポラングが襲って来ても倒すことはできると思っているが、ヒポラングを倒してもユーキたちには何の特もない。できることなら無益な殺生はせずに森の中に帰したいとユーキは思っていた。だが、そんなユーキの願いとは裏腹にディベリはヒポラングに敵意の籠った眼差しを向けながら剣を構えていた。
「例え体が大きくても所詮は下級モンスター、さっさと倒して逃げてやる!」
ディベリが剣身の短い剣を両手で握りながらヒポラングに向かって走り出す。ディベリの突撃に気付いたアイカとパーシュは目を大きく見開き、フレードは「あ~あ」という顔をしながらディベリを見ていた。
「あの馬鹿、下級モンスターだからって油断して!」
「急いで捕まえましょう! でないとヒポラングが暴れ……」
アイカはディベリを止めるために走ろうとした瞬間、彼女の背後からユーキが勢いよくディベリに向かって走り出し、アイカは驚きながら走るユーキの後ろ姿を見つめた。
ディベリは走る速度を落とすことなくヒポラングとの距離を縮めていき、2mほど前まで近づくとヒポラングがディベリの方を向いた。気付かれたにも関わらず、ディベリは走り続ける。元B級冒険者であり、過去に何度もヒポラングを倒してきた自分が体が大きいだけのヒポラングに負けるはずないと思っているのだろう。
「さっさとくたばって道を開けな!」
声を上げながらディベリは剣でヒポラングの体に突きを放とうとする。すると、追いついたユーキがディベリの背後でジャンプをし、頭部と同じ高さまで上がるとそのままディベリの頭部の右側面に蹴りを放った。
「余計なことするなよ、おばさん!」
ユーキは蹴りを放ちながら声を上げ、蹴られたディベリは剣を持ったまま左に倒れ、地面に体を叩きつけられた。頭部を蹴られたことでディベリはそのまま意識を失い動かなくなる。ユーキが手加減していたからか気絶しているだけで死んではいなかった。
アイカたちはユーキの行動に驚き、黙り込んだまま彼を見てる。てっきりディベリを捕まえるか切り捨てるかと思っていたのに蹴りで気絶させたのを見て意外に思っていた。
ディベリが気絶するとユーキは不機嫌そうな顔で倒れているディベリを見つめた。
「アンタのせいでこっちまでとばっちり喰らうのは嫌なんだよ」
ユーキは自分のことしか考えず、ヒポラングが暴れたらどうなるかを計算していなかったディベリに文句を言う。意識を失っているため、文句を言っても聞こえるはずがないのだが、言わずにはいられなかった。
離れた所にいるアイカたちはディベリを気絶させたユーキに駆け寄ろうとする。すると、ユーキにヒポラングが近づき、それに気付いたアイカたちは目を大きく見開く。
「ユーキ、危ない!」
アイカが声を上げるとユーキはフッとヒポラングの方を向く。ヒポラングはユーキの数cm前まで接近し、自分よりも遥かに体の小さいユーキに顔を近づける。
ユーキは目の前まで近づいて来たヒポラングを見て驚くが下手に動けば逆にヒポラングを刺激してしまうと思い、動かずにヒポラングの様子を窺った。
ヒポラングはユーキに顔を近づけると匂いを嗅いだり、指でユーキの体を触ったりし始める。それを見たアイカはユーキが襲われると思い、慌ててユーキを助けようとするが、パーシュがアイカの肩を掴んで止めた。
「待ちなアイカ。ユーキが近くにいる状態でヒポラングを刺激するようなことをしたらユーキが襲われるかもしれないよ」
「でも、このままではユーキが!」
「ヒポラングは暴れ出したら危ないけど、こっちが何もしなければ大人しいモンスターだ。とにかく、もう少し様子を見よう」
ユーキを護るために敢えて何もしないというパーシュの案を聞いたアイカは納得できなような顔でユーキを見る。ユーキは未だにヒポラングに匂いを嗅がれたりしている。
アイカとパーシュはヒポラングがユーキに危害を加えないことを祈りながら見守る。勿論、ユーキが襲われそうになったらすぐに助けられるよう、構えたり混沌術を発動できる態勢を取っていた。
フレードもユーキを助けられるようリヴァイクスを構えているが、心の中では戦うことになったのなら体の大きなヒポラングと戦ってみたいと思っており、ユーキとヒポラングを見ながら小さく笑っていた。
アイカたちが見守る中、ユーキは動かずにヒポラングを動きを警戒している。襲ってきた時はいつでも迎撃できるよう月下と月影をしっかり握っていた。そんな中、ヒポラングはユーキの腰のポーチに顔を近づけ、ポーチを指で突き始める。
突然ポーチを触るヒポラングを不思議に思いながらユーキはポーチに視線を向けた。すると、ヒポラングは太い指でユーキのポーチを開けようとする。
「お、おい、何すんだよ」
ポーチを開けようとするヒポラングに驚いたユーキは慌てて後ろに下がって距離を取る。突然動いだユーキにヒポラングも一瞬驚くが、すぐにユーキに再接近してポーチに顔を近づけた。
(何だコイツ? ポーチの中身に興味があるのか?)
なぜヒポラングがポーチを開けようとするのか分からないユーキはヒポラングにポーチを開けさせないようゆっくり後ろに下がりながら考える。ヒポラングはユーキが動く度に離れているポーチを追いかけるように歩き出す。
危害を加えられる前に攻撃することもできるが、ヒポラングが攻撃してこない以上、ユーキも下手に攻撃はできない。もし先に攻撃されても強化を使えば何とかなると考えており、ユーキはギリギリまで何もせずに警戒することにした。
後ろに下がるユーキとそれを追いかけるように動くヒポラングを見て、パーシュとフレードは目を細くしながら「何をやってるんだ」と言いたそうな顔をする。アイカはユーキがヒポラングとじゃれ合っているように見えたのか可愛いものを見るような表情をしていた。
ユーキはヒポラングを見ながらポーチに執着する理由を考え続ける。そんな時、ポーチの中身に何か理由があるのかもしれないと考えたユーキは後ろに下がりながら月影を鞘に納め、左手でポーチの中身を取り出した。
ポーチからは回復用に支給されたポーションの小瓶と1cmほどの鉄球が二つ、携帯食料である干し肉が出てきた。他にも入っているが一握りで取り出せたのは手の中の四つだけだ。この中でヒポラングの気を引く物はどれなのか、ユーキが考えようとするとヒポラングが干し肉に鼻を近づける。
(コイツ、干し肉の匂いを嗅いでたのか? 確かにこの中でモンスターの気を引きそうなのは食い物の干し肉以外は考えられないけど……)
疑問に思いながら干し肉以外をポーチに戻すと、ヒポラングはポーチに戻した物には興味を示さずにユーキの手の中に残っている干し肉の匂いを嗅ぐ。ユーキの予想は当たったようだ。
ユーキは左手で干し肉を持ち、ヒポラングの顔の前で左右に振る。すると、ヒポラングも干し肉を追うように顔を左右に動かした。それを見たユーキは干し肉を右側に軽く投げるとヒポラングは素早く動き、口を大きく開けて干し肉をキャッチし、その場に座り込んで食べ始めた。
座り込んで大人しくしているヒポラングを見たユーキは本当に暴れたら危険なモンスターなのかと不思議そうな顔をする。そこへ様子を窺っていたアイカたちが駆け寄って来た。
「ユーキ、大丈夫?」
「ああ、一応な」
ユーキがヒポラングに傷つけられていないのを確認したアイカは安心の笑みを浮かべる。パーシュとフレードも無傷のユーキを見て小さく笑っているが、すぐに視線をヒポラングに向けた。
「コイツ、どうするんだ? 今のところは俺らを襲う気は無さそうだし、今の内に倒しておくか?」
「やめな。敵意を持たないモンスターをわざわざ怒らせる必要なんてないよ。放っておけばいい」
パーシュに止められたフレードはつまらなそうな顔をしながら小さく舌打ちをする。やはり通常よりも体の大きなヒポラングと戦ってみたいと思っていたようだ。
ヒポラングが大人しくしているのを確認したユーキたちは盗賊たちの隠れ家を見回す。ユーキたちと戦った盗賊たちは倒され、隠れ家の中はとても静かになっている。生き残っている盗賊も数人いるが、全員が戦意を失って大人しくしていた。
「とりあえず、隠れ家は制圧できたね。リーダーであるディベリも捕まえたし、あとは盗賊どもをモルキンの町まで連行するだけだ」
敵意を向ける盗賊が視界にいないのを確認したパーシュはヴォルカニックを鞘に納め、ユーキたちも続けて自分の武器を鞘に納めた。
「パーシュ先輩、念のために隠れ家の中を調べた方がいいのではないでしょうか? もしかすると、盗賊の生き残りが隠れていたり、盗賊たちに捕まった人が何処かに閉じ込められているかもしれません」
「そうだね。一度、全員で隠れ家の中を調べてみよう。もし捕まっていた人がいたら一緒にモルキンの町へ連れて行ってやろう」
盗賊を連行するついでに捕まっていた人を保護しようと考えるパーシュを見てアイカは小さく頷く。盗賊を討伐することがユーキたちの仕事だが、盗賊に捕らえられた人がいればそれを助けるのも彼らの仕事に含まれている。依頼を受けた者として当然の義務であるため、ユーキたちは嫌な顔はしなかった。
「アイカの言うとおり、生き残っている盗賊が何処かに隠れている可能性がある。戦いに勝ったからと言って注意を怠らないようにするんだよ?」
「ハイ」
「へいへい」
パーシュの忠告にユーキとフレードが返事をすると、四人は分かれて隠れ家の中を調べ始める。勿論、生き残っている盗賊たちが逃げ出さないよう、しっかりと拘束してから捜索を始めた。干し肉を食べていたヒポラングは離れていく四人を無言で見つめている。
ユーキたちは手分けして隠れ家の中を細かく調べ、盗賊の生き残りや捕らえられた者がいないか探した。しかし、隠れ家には盗賊たちが盗んだ金品や武器、食料などが倉庫などに保管されているだけで隠れている盗賊や捕まっている者は見つからない。
何処かに隠し通路や身を隠す場所がないが捕らえた盗賊たちにも聞いてみたが、盗賊たちは誰もそのような物は無いと語る。無論、盗賊たちが嘘をついている可能性もあるため、ユーキたちは盗賊たちの言葉を信じていなかった。
だが、本当のことを聞き出そうにもユーキたちには敵から情報を聞き出す技術は持っておらず、拷問などをしようとも思わない。より細かく隠れ家を調べようにも四人だけでは時間が掛かってしまうため、盗賊たちをモルキンの町に連れて行き、そこで町の警備兵たちに情報を聞き出してもらってから改めて隠れ家を調べた方がいいと考えた。
――――――
一通り調べ終わるとユーキたちは隠れ家の中央に集まった。ユーキたちの近くには隠れ家を調べて見つけた金品や武具などが大量に置かれてある。これらは全て盗賊たちが盗んだ物だ。
ユーキたちは盗まれた物をモルキンの町に持ち帰ることにし、それらを運ぶための荷馬車も盗まれた物の近くに停めてある。荷馬車は盗賊たちが使っていた物で、隠れ家の隅にあったのはアイカが見つけて利用することにした。
盗賊たちも中央に集められており、隠れ家にあったロープや鎖などで拘束して座らせている。座っている盗賊たちの中にはディベリの姿もあり、目を覚ましたディベリは顔に痣を作りながら不満そうな顔をしていた。
混沌士であるディベリは触れた物を変形させる能力を使うため、混沌術で拘束を解かれないよう計算して拘束してある。しかし、それでも油断できないため、ユーキたちはディベリが逃げ出さないように警戒していた。
「とりあえず、調べるられる所は全部調べて盗まれた金品や武具などを見つけることができた。あとは荷馬車に全部積んでモルキンの町に戻るだけだ」
パーシュはもう一度隠れ家を見回しながら語り、ユーキたちも異議は無いのか無言でパーシュを見ている。
拘束されている盗賊たちの中には未だに自分たちが負けたことが信じられない者がおり、暗い顔をしながら俯いている。そんな中、ディベリだけは奥歯を噛みしめながらユーキたちを睨み続けており、ディベリと目が合ったユーキは目を僅かに細くした。
「いつまでそうやって睨んでるつもり?」
「そんなのあたしの勝手だろう。そもそも憎い相手を睨んで何が悪いってんだい」
「はっ、口の減らねぇ年増だな」
喧嘩腰のディベリを見ながらフレードは鼻で笑い、そんなフレードを見てディベリは更に表情を険しくした。
「誰が年増だって、この青二才が!」
「お前以外に誰がいるんだよ?」
「止しな、フレード」
パーシュがディベリを挑発するフレードを止め、フレードは悔しそうにするディベリを見ながら再び鼻で笑う。パーシュは軽く溜め息を付いてからディベリの方を向き、真剣な顔をしながら口を開く。
「アンタらにはあたしたちと一緒にモルキンの町に向かってもらう。そこで警備兵に引き渡せばあたしらの仕事は終わりだ。あとは警備兵たちがアンタらから情報を聞き出し、改めてこの隠れ家を調べるだろう」
「フン、警備兵に何を訊かれようがあたしらは喋らないよ。そもそもあたしらはモルキンに行くつもりは無い」
今いる隠れ家から一歩も動かないと語るディベリを見てユーキたちは往生際の悪い女だと呆れ果てる。例えディベリたちに移動する気が無いとしても、盗まれた物と一緒に荷馬車に乗せれば盗賊たちを強制的に移動させられるため、ユーキたちには何の問題も無かった。
ユーキたちはディベリや盗賊たちを無視して盗まれた金品などを積んでいく。荷馬車は大きめで盗まれた物や盗賊たちを乗せても余裕があるほどの大きさだった。
盗まれた物を全て積み終えるとユーキたちは若干疲れたのか軽く溜め息を付いたり汗を拭ったりしながら荷馬車を見つめた。
「……フゥ、あとは盗賊たちを乗せてライトリ大森林を出るだけだな」
「そうね……ところでユーキ、あれはどうするの?」
「ん? あれ?」
アイカを見ながら訊き返すと、アイカはチラッと隠れ家の入口の方を向く。ユーキが入口の方を見ると、入口の近くで先程の大きなヒポラングが座り込んでこちらを見ている姿がある。
隠れ家を調べ始めてからそれなりに時間が経っているのに未だにヒポラングは隠れ家の中におり、それを知ったユーキは意外そうな表情を浮かべる。
「アイツ、まだいたのか」
「ええ、何もせずにずっと私たちを見ているの……何をしてるのかしら?」
「……さあ? でも、危害を加えるつもりがないなら、放っておけばいいんじゃねぇの?」
ユーキはそう言うと盗賊たちを荷馬車にどう乗せるか確認するためにパーシュとフレードの下へ向かい、アイカもヒポラングをしばらく見つめてからユーキの後を追った。
ディベリと盗賊たちはユーキたちに荷馬車に乗るように指示されるが、最後の抵抗と言わんばかりに荷馬車に乗ることを拒んだ。それを見たユーキとフレードは拘束されているディベリたちを一人ずつ担いで強引に荷馬車に乗せていく。フレードはともかく、体の小さなユーキには盗賊を担ぐなど無理だと思われるが、強化の能力で筋力を強化すれば何の問題も無い。
盗賊が全員荷馬車に乗るとユーキたちもライトリ大森林の外を目指すために持ち場につく。パーシュは御者席に乗って手綱を握り、アイカはパーシュの隣に座って盗賊たちの見張りをする。ユーキとフレードは荷馬車の左右につき、歩きながら荷馬車の護衛についた。
「よし、これで準備は整った。あとはこの地図に描いてある道を通って外に向かうだけだ」
パーシュはそう言って一枚の羊皮紙を取り出した。そこにはライトリ大森林が描かれてあり、盗賊たちの隠れ家から森の東側にある出入口までの道のりが細かく記されてあった。
隠れ家を探索する時、ユーキたちは獣道などを通っていたが、今回は荷馬車に乗って移動するので獣道を通ることはできない。そのため、荷馬車が問題無く通れる道を見つけ、そこを通った東側の出入口を目指さなくてはいけなかった。
盗賊の隠れ家を調べている時、ユーキたちは偶然羊皮紙を見つけ、そこに描かれてある道を通ってライトリ大森林を出ることにしたのだ。盗賊の持ち物である羊皮紙に描かれてあることを信用できないと思われそうだが、羊皮紙は厳重に保管してあったため、盗賊たちにとって重要な物だと考え、信用してもいいとユーキたちは思っていた。
「ここに描かれてある道なら少し時間が掛かりますが、荷馬車に乗りながら東の出入口に行けますね」
「ああ、流石はこの森を拠点にしている盗賊だよ。細かく描いてある」
盗賊たちに感心しながらパーシュは羊皮紙を見つめ、一通り道のりを確認するとアイカに羊皮紙を手渡した。
「一応、道は確認したけど、間違える可能性があるから、その時はそれを見ながら正しい道を教えてくれ」
「分かりました」
アイカが羊皮紙を受け取るとパーシュは荷馬車の左右に立っているユーキとフレードの方を向く。二人はパーシュと目が合うと、「いつでも行ける」と目で伝え、パーシュは二人の意思を感じ取ると前を向いて手綱を引いた。
馬は小さく鳴きながら歩き始め、それと同時に荷馬車も動き出す。荷馬車は隠れ家の出入口の方へゆっくりと移動し始め、ユーキとフレードもその後に続いた。
荷馬車が出入口に向かっている間、ヒポラングは出入口の近くに座ったまま動こうとせず、大人しくしながらユーキたちを見ていた。ユーキたちはヒポラングとの距離が縮まっていく中、ヒポラングが襲ってくるかもしれないと警戒しながら移動する。そして、ヒポラングの真横を通過する時に得物を素早く抜けるよう意識を集中させた。
しかし、不思議なことにヒポラングは真横を通過するユーキたちに何もせずに黙って荷馬車を見ている。近くを通っても何もしないヒポラングを見てユーキたちは少し驚いていたが、何もしないのであればそれが一番だと思い、なぜ何もしないのか深く考えたりはしなかった。
隠れ家を出たユーキたちは道に沿ってライトリ大森林の東を目指す。ヒポラングは遠ざかっていく荷馬車を見つめながら鼻の穴をピクピクと動かした。
――――――
静かな森の中を移動しながらユーキたちは羊皮紙に描かれてある道をと追ってライトリ大森林の出入口を目指す。隠れ家を出発してからモンスターに遭遇したり、道を間違えたりすることは無く、順調に進むことができた。
しばらく歩き続け、ユーキたちは森に入る時に通った東の出入口から外に出た。予想どおり時間は掛かってしまったが、何の問題も無く出られたのでユーキたちは不満そうな表情は浮かべていない。ディベリや盗賊たちも観念したのか、暴れたりせずに荷馬車の中で大人しくしていた。
「何とか外に出られましたね」
「ああ、後はこのままモルキンの町へ戻るだけだ」
森の外を眺めながらアイカとパーシュは微笑みを浮かべる。空は日が傾きかけているのか、薄っすらとオレンジ色に染まっており、空を見たアイカとパーシュは日が沈む前に町に戻った方がいいと思っていた。
「この分だと、町に戻って男爵に報告することには暗くなってるかもしれねぇな」
「それじゃあ、真っ暗な中、バウダリーの町に戻ることになるんですか?」
ユーキが不安そうにしながらフレードに尋ねると、フレードは呆れたような顔をしながらユーキを見た。
「んなわけねぇだろう。寝袋や食料の準備もしてねぇのに暗い中、バウダリーを目指すのは危険すぎる。モルキンの町で一晩過ごし、夜が明けたら出発する方が安全だろう?」
「ですよね……」
フレードの答えを聞いて安心したのかユーキは軽く息を吐く。フレードは安心するユーキを見ながら軽く肩を竦めた。今晩はモルキンの町でくつろげると知ったユーキは微笑みながら顔を上げる。
ユーキたちは隠れ家から出る時に乗ってきた荷馬車から盗まれた金品と数人の盗賊をライトリ大森林に来る時に乗ってきた荷馬車に移す。少しでも荷物を分ければ荷馬車が軽くなり、早くモルキンの町に戻れると考えたからだ。
金品や捕らえた盗賊をユーキとフレードは自分たちが乗ってきた荷馬車に移していく。そんな時、ユーキの頭の中に先程遭遇した大きなヒポラングのことが浮かび上がり、ユーキはゆっくりとライトリ大森林の方を向く。
「そう言えば、あのヒポラングは何で俺たちの前に現れたんでしょうか?」
「さあな。盗賊どもはヒポラングを殺して牙や毛皮を売ってたんだろう? もしかすると、仲間の敵討ちをするために隠れ家に飛び込んできたのかもしれねぇ。もしくは何か食い物がないかと思って来たのか……いずれにせよ、大森林を出た今となっちゃどうでもいいことだ」
もうライトリ大森林に入ることはないため、ヒポラングのことはどうでもいいと思っているフレードは深く考えようとしなかった。ユーキは森の奥を見つめながら黙ってヒポラングのことを考える。
ユーキとフレードがライトリ大森林を見ている間、アイカとパーシュはモルキンの町とライトリ大森林が描かれた地図を取り出して最短ルートを調べている。日が沈みかけている以上、少しでも早くモルキンの町を目指したい二人は真剣にルートを考えた。
しばらくすると、ルートが決まったのかパーシュは持っている地図を丸めてアイカに渡し、もう一台の荷馬車に荷物を映しているユーキとフレードの方を向いて声を掛けた。
「アンタたち、そろそろ出発するよ。もたもたしてると置いて行くからね」
「チッ、勝手なこと言いやがって。こっちは隠れ家を出る時からずっと歩き続けてる上に肉体労働をしてるって言うのによ」
僅かに疲れを感じていたフレードは小声で文句を口にする。パーシュはフレードの表情や口の動きを見て彼が何を言っているのか理解し、目を細くしながらフレードを見つめた。
ユーキとアイカはパーシュとフレードの顔を見てまた口喧嘩が始まりそうだと感じる。今二人が口喧嘩を始めたら出発に時間が掛かり、明るい内にモルキンの町に戻ることができなくなってしまうかもしれないとユーキとアイカは感じていた。
「と、とにかく、急いで町へ戻りましょう? 早くしないと町に着く前に暗くなってしまいます」
「そうですよ、盗賊たち警備兵に引き渡さないといけませんし、すぐに出発しま……」
アイカとユーキが口論を止めようとしているとライトリ大森林から大きな影が飛び出し、ユーキとフレードの背後に落下して砂煙を上げる。
背後からの気配にユーキとフレードは目を見開き、腰の得物を握りながら振り返る。アイカとパーシュ、荷馬車に乗ているディベリたちも目を見開いて飛び出してきた影に注目した。
ユーキたちは現れた影の正体を確かめると目を更に大きく見開いた。そこにいたのは盗賊の隠れ家で遭遇したあの体の大きなヒポラングだったのだ。
「えっ、何でコイツが!?」
再び現れたヒポラングにユーキは驚きを隠せずにいた。




