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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百四十八話  共和国首都


 ドリアンド共和国は大陸の北部、ローフェン東国の北側に隣接している小国だ。国土は東国の三分の一ほどで人口は約二百万人、三大国家と比べると遥かに小さな国と言える。

 東国と同じように亜人の数が人間と同じくらいで同等の立場で生活している。そのため、同じ理念を持つ東国とは関係は良く、商業などの取引なども友好的に行われていた。

 そんなドリアンド共和国は現在、危機的状況に立たされている。大量のベーゼが共和国の各地に出現し、都市や町、小さな村などを襲撃して国民たちを襲っているのだ。

 ベーゼの襲撃を知った共和国は速やかに軍や冒険者ギルドを動かして各地で暴れているベーゼたちの対処に向かわせた。

 ドリアンド共和国の中部には共和国の首都カヴェーズが存在している。共和国に存在する都市の中で最も大きく、高い城壁に囲まれており入口は南にある正門のみとなっており、カヴェーズを制圧を狙うベーゼの群れから攻撃を受けていた。

 ベーゼたちは首都の西と北東、そして正門がある南から首都を攻めている。西と北東を攻めるベーゼの数は二百ほどだが、正門前には倍の四百ほどおり、長梯子を掛けたり城壁をよじ登って越えようとしており、正門を直接攻撃して突破しようとするベーゼもいる。

 そんなベーゼたちを共和国軍や冒険者、ドリアンド共和国に現れたベーゼを倒すために派遣されたメルディエズ学園の生徒たちは全力で迎え撃つ。

 首都の南では大勢の兵士や冒険者、メルディエズ学園の生徒たちが襲撃してきたベーゼたちを迎撃している。

 城壁を上ったり空中から侵入しようとする下位ベーゼたちを弓矢や魔法、長槍で攻撃して少しずつ数を減らしていった。だがベーゼの数は多く、なかなか勢いは弱まらない。


「マズいぞ、このままだと何時か突破されてしまう!」

「しっかりしろ! 俺らが此処で踏ん張らねぇと首都はお終いだぞ!?」


 城壁の上で弱音を口にする人間の兵士にウェアウルフの兵士が声を掛けながら持っている長槍で長梯子を上がるインファを攻撃する。仲間の言葉を聞いて人間の兵士は若干表情を曇らせながら持っている弓矢で遠くにいるベーゼを攻撃した。

 戦いが始まってから一時間ほど経過し、既に多くのベーゼを倒している。だが一向に数の減らないベーゼたちを前に兵士や冒険者の中には士気を低下させる者が出始めていた。

 更にベーゼたちの反撃で負傷者も出ており、防衛側の戦力も少しずつ低下している。


「数は向こうの方が上だが、ベーゼの殆どは弱いベーゼやゴブリンやスケルトンのような下級モンスターがベーゼになった奴らばかりだ。油断しなければ勝てるはずだ」

「だ、だけど……」


 数の違いから不利だと感じる人間の兵士は暗い顔で俯く。ウェアウルフの兵士は暗いままでいる仲間を見て不機嫌そうな顔をし、人間の兵士に近づくと彼の胸倉を掴んで顔を近づけた。


「しっかりしろよ! 街にはお前の嫁さんや子供たちもいるんだろう? 此処でベーゼどもを食い止めねぇとお前の家族も殺されちまうんだぞ。それでもいいのか!?」

「……ッ!」


 ウェアウルフの兵士の言葉を聞いて人間の兵士は目を見開きながら顔を上げた。

 首都を護る共和国軍の兵士は全員が首都で暮らしている者たちだ。その中には家族がいる者や恋人がいる者もおり、家族や恋人たちはベーゼが襲撃してきた際に首都の安全な場所へ避難した。

 兵士たちは自分の大切な人たちを護るため、そしてその人たちの下へ帰るために命懸けでベーゼと戦っている。

 人間の兵士は仲間の言葉で自分が何のために戦っているのかを思い出し、同時に家族を護るためにも弱気になってはいけないと感じる。兵士は俯いたしばらく黙り込むと闘志の籠った目でウェアウルフの兵士を見つめる。


「……悪かった。アイツらを護るためにも俺たちがベーゼたちを倒さないといけないよな」

「そうだ、待ってくれている連中の所へ帰るためにも俺たちは絶対に勝つんだ」


 仲間の士気が戻ったのを見てウェアウルフの兵士は掴んでいた胸倉を離す。人間の兵士も生きて帰ると言う気持ちを抱きながら弓矢を構えた。

 兵士たちは戦闘を再開するために城壁の外側へ近づこうとする。すると上空を飛んでいた二体のルフリフが兵士たちに向かって急降下してきた。

 上空から襲ってきたルフリフたちに気付いた兵士たちは迎え撃とうと長槍と弓矢を構える。すると右の方から大きな影が飛び出して急降下してきた二体のルフリフを細長い何かで攻撃した。

 攻撃を受けたルフリフは二体とも胴体から両断され、鳴き声を上げながら空中で靄となって消滅した。

 ルフリフたちを倒した影は城壁の兵士たちから少し離れた所に着地する。その正体はポールアックスを握るミスチアだった。

 ミスチアはドリアンド共和国に派遣された部隊に編成され、二日ほど前から他の生徒たちと共に首都カヴェーズに駐留していたのだ。

 兵士たちはメルディエズ学園の生徒が自分たちを助けてくれたことを知って目を軽く見開く。ミスチアは兵士たちが見つめられながら体勢を直し、ポールアックスを肩に掛けながら兵士たちの方を向いた。


「戦闘中に何をお喋りしてやがるんですの? 目の前の敵に集中なさい」


 呆れた表情を浮かべながらミスチアは兵士たちの行動を指摘し、兵士たちは現れていきなり説教を始めるミスチアを見ながらキョトンとしていた。


「まったく、もしもわたくしが近くにいなかったら今頃下等なルフリフにボロボロにされていましたわよ? 貴方がたもこの国を護る兵士なのですからしっかりしていただかないと困りますわぁ」

「えっ? あ~っと……す、すまないね」


 人間の兵士は状況が上手く把握できないままとりあえず謝罪する。ウェアウルフの兵士は目を細くしながら若干不満そうな顔で目の前に立つミスチアを見つめていた。


「き、君はメルディエズ学園の生徒なんだね?」

「見てのとおりですわよ」


 ミスチアは「見て分からないのか」と言いたそうな顔で人間の兵士を見つめる。

 人間の兵士は自分を小馬鹿にしているような態度を取るミスチアを見ながら苦笑いを浮かべた。ウェアウルフの兵士は助けてもらったとは言え、偉そうな態度を取るミスチアを見て少しずつ気分を悪くしていく。


「ミスチア先輩、ダメですよそんな言い方しちゃあ」


 右の方から少女の声が聞こえ、ミスチアと兵士たちは声が聞こえた方を向く。三人の視線の先には剣を右手で握りながら自分たちの方に走って来るウェンフの姿があった。

 兵士たちはエルフの女子生徒に続いたキャッシアの女子生徒がやって来るのを見てまばたきをする。

 ウェンフは兵士たちが見つめる中、ミスチアの隣までやって来て困ったような顔で彼女を見た。


「私たちは協力し合って此処カヴェーズを護らないといけないんですよ? そんな喧嘩腰な言い方をしたら兵士の人たちも気分を悪くしますよ」

「でも彼らが戦闘中にお喋りをしていたのは事実ですわ。わたくしはただそれを注意しただけですわよ」

「それでも言い方っていうのが……」


 自分に間違いは無いと言いたそうなミスチアをウェンフは困り顔で注意する。そんな二人を人間の兵士は複雑そうな顔をしながら、ウェアウルフの兵士は機嫌の悪そうな顔のまま見ていた。

 ミスチアはウェンフの話を真面目に聞く気が無いのか自分のエルフ耳を左手の指で軽く掻きながら空を見上げる。ウェンフはミスチアの態度を見て軽く溜め息をついてから兵士たちの方を向いて頭を下げた。


「すみません、先輩が失礼なことを言って……」

「い、いや、俺たちは気にしてないよ……なぁ?」


 人間の兵士がウェアウルフの兵士に声を掛けるとウェアウルフの兵士は長槍の肩に掛けながら軽くそっぽを向く。


「いいや、キャッシアのお嬢ちゃんの言うとおりだ。助けたとはいえ、そっちのエルフのお嬢ちゃんはちょっと態度がデカすぎるな。エルフなんだからもう少しお淑やかな態度を取るべきなんじゃねぇのか?」

「お、おい……」


 機嫌を悪くしているウェアウルフの兵士はミスチアを挑発するような言葉を口にし、それを聞いたミスチアはピクッと反応してウェアウルフの兵士をジッと睨む。

 ミスチアが睨んでいることに気付いたウェアウルフの兵士も目を鋭くして睨み返し、二人の間に気まずい空気が漂い始める。

 人間の兵士は城壁の上、それも戦闘中に睨み合う仲間とミスチアを見ながら困り顔になり、ウェンフも呆れたような顔で二人を見ていた。その時、三体のモイルダーが城壁を越えてミスチアたちの前に現れる。

 突然現れたモイルダーたちにウェンフと人間の兵士は思わず目を見開いた。


「お、おい、睨み合ってる場合じゃないぞ!」


 声を掛けられて睨み合っていたミスチアとウェアウルフの兵士も反応してモイルダーたちの方を向く。

 三体のモイルダーはミスチアたちに襲い掛かろうと両手の爪を光らせながらミスチアたちに向かって跳びかかる。

 ミスチアたちは咄嗟に武器を構えて迎え撃とうとした。だがその時、ウェンフがミスチアたちの前に回り込み、モイルダーたちを見つめながら混沌紋を光らせる。


薙ぎ払う雷刃ヂーフー・レイダオレン!」


 ウェンフは左手に青白い電気を纏わせるとモイルダーたちに向けて左腕を大きく右から横に振り、電気の刃をモイルダーたちに向けて放った。

 電気の刃はモイルダーたちに命中し、大きな音を立てながらモイルダーたちの体を電気で焼き尽くす。感電したモイルダーたちは鳴き声を上げながら黒焦げになり、ウェンフの足元に倒れて黒い靄となって消えた。

 モイルダー三体を一瞬で倒したウェンフに兵士たちは驚きの反応を見せ、ミスチアも「ほぉ」と言う顔をしながらウェンフの後ろ姿を見ている。

 振り返ったウェンフはもう一度溜め息をつき、真剣な顔でミスチアとウェアウルフの兵士を見た。


「今は大切な戦いの最中です。協力し合って戦わないとベーゼたちには勝てませんよ?」

「お、おう……」


 ウェンフの強さとしっかりしている姿を見てウェアウルフの兵士は頷きながら返事をする。

 確かに今はベーゼから首都カヴェーズを護る重要な戦闘だ。街には大統領や自分たちの大切な家族や恋人がおり、敗北は許されない。

 負けられない戦に勝つためにも今は共闘する者同士で揉め事を起こしている場合ではないと考えるウェアウルフの兵士は仲間と手を取り合って戦うべきだと自分に言い聞かせる。

 ウェアウルフの兵士が気持ちを切り替え、ウェンフもウェアウルフの兵士が気持ちを切り替えたことを確認する。そしてウェンフはチラッとミスチアに視線を向けた。


「ミスチア先輩も挑発的な態度は取らないで協力し合ってくださいね?」

「分かりました、なるべく努力しますわ」

「なるべくじゃなくて、ちゃんと努力してください!」


 少し声に力を入れるウェンフを見ながらミスチアは「ハイハイ」と相槌を打つ。いい加減な返事をするミスチアを見てウェンフは分かっているのかと疑問に思う。

 気持ちを切り替えたミスチアたちは再び城壁を越えようとするベーゼたちの迎撃を行う。長梯子を上がって来るインファやゴブリンベーゼなどを攻撃して梯子から落とした。

 ベーゼの落下を確認した後に梯子を倒し、よじ登って来るモイルダーなども魔法や槍で攻撃して落としていく。勿論、空中のルフリフなども忘れておらず、空中も警戒しながら防衛を続けた。

 ウェンフは剣と雷電サンダーボルトを駆使してベーゼたちを次々と倒していく。ウェンフの雷電サンダーボルトは攻撃力が高いため、ウェンフは共に戦う者たちから南の防衛隊の中でも最大の戦力と見られ頼りにされていた。


「……かなりの数のベーゼを倒したけど、勢いは全然変わらない」


 微量の汗を流すウェンフは城壁の上から外側を確認する。城壁の下では大勢のベーゼが鳴き声を上げながらウェンフや他の者たちを見上げており、ウェンフたちに対する殺意を露わにしていた。


「このままだと何時かは城壁を越されちゃうかもしれない……いっそ雷電サンダーボルトの力を最大まで使ってアイツらを吹き飛ばしちゃおうかな……」


 時間を掛ければかけるほど不利になると予想したウェンフは自身の混沌紋を光らせて雷電サンダーボルトを発動させようとする。

 だがその時、突然正門の方から大きな音が聞こえ、ウェンフや近くにいたミスチアたちは一斉に正門の方を向いた。


「な、何、今の音?」

「明らかに普通の攻撃による音ではありませんわ」


 何かが起きていると悟ったミスチアは身を乗り出して正門の外側を確認し、ウェンフも同じように正門を確認する。

 正門の前では四体のフェグッターが黒い大剣を振り上げる姿があり、四体全てが同時に数m先にある正門に向けて剣身を紫色に光らせる大剣を振り下ろす。四つの大剣からは紫色の斬撃が放たれ、全て正門に命中して大きな切傷を付けた。

 斬撃を放った後もフェグッターたちは大剣を構え直し、再び斬撃を放って正門を攻撃する。周りで他のベーゼたちは鳴き声を上げながらその様子を見ていた。


「あれは!」

「アイツら、正門をぶっ壊して突入する気ですわ!」


 ベーゼたちの狙いを知ったミスチアは表情を険しくし、近くにある階段を下って正門前の広場に下りていく。ウェンフもこのままだとベーゼたちの侵入を許してしまうと感じ、何とかしようとミスチアの後を追った。

 正門の内側にある広場では大勢の兵士や冒険者、メルディエズ学園の生徒が武器を構えながら攻撃を受けている正門を見つめている。正門はフェグッターの斬撃を受け続けており、斬撃を受ける度に大きな音を立てて揺らした。

 揺れる正門を見て兵士たちは恐怖を感じて表情を曇らせる。中にはベーゼたちが正門を破壊したら一斉になだれ込んでくると予想し、緊迫した表情を浮かべる者もいた。

 城壁から下りたミスチアとウェンフは正門の近くまでやって来て周りの者たちと同じように正門を見つめる。正門は埃を落としながら大きく揺れ、ミスチアは小さく舌打ちをした。


「マズいですわね。このままだと正門がぶっ壊されちゃいますわ」

「そんな、もしも正門が壊されたら大勢のベーゼが一斉に入って来ちゃいますよ?」

「ええ、このままだとそうなりますわ」


 最悪な状況になるとミスチアから聞かされたウェンフは汗を流す。ベーゼたちが正門を破壊する前に何かしらの対策を練らなくてはいけなかった。


「ミスチア先輩、先輩の修復リペアで正門を直せませんか?」

「無理ですわ。わたくし修復リペアは発動する直前の状態に戻す能力です。既に何発もフェグッターの攻撃を受けた正門に修復リペアを掛けても直前に付けられた傷が消えるだけ。攻撃を受ける前の状態には戻せませんわ」


 ミスチアの混沌術カオスペルでもどうすることもできない状況にウェンフは僅かに表情を歪ませる。近くにいた他の生徒たちもミスチアとウェンフの会話を聞いて焦りを見せていた。

 どうすればよいかウェンフたちは必死に考える。そうしている間も正門はベーゼの攻撃で少しずつ歪んでいき、あと少しで破壊されてしまう状態になっていた。


「……もういっそのこと正門を開けてベーゼたちを中に入れてしまいましょう」

「ええぇっ!?」


 ミスチアのとんでもない発言にウェンフは耳を疑き、周りにいる者たちも驚きながらミスチアに注目した。


「ど、どうしてですか? そんなことをしたらベーゼが入って来て広場が制圧されちゃいますよ!?」

「このまま粘ってもいずれ突破されてしまいますわ。だったら正門を壊されるのを待つよりもわざと開けてベーゼたちを広場に入れて迎撃した方が戦いやすいですわ」

「で、でも……」


 ウェンフはミスチアの考えに納得できず不安そうな顔をした。


「……問題無い」


 後ろから少女の声が聞こえ、ウェンフとミスチアは振り返る。そこには右手にコクヨを握りながら無表情で歩いて来るフィランの姿があった。

 フィランもウェンフたちと同じようにドリアンド共和国の救援に向かう部隊の一員として共和国にやって来た。そして共和国に現れたベーゼと戦う生徒たちの指揮を任され、首都にベーゼたちが攻め込んできた時には部隊の編成や指示などを行ったのだ。

 ミスチアとウェンフの隣までやって来たフィランは無表情のまま正門を見つめる。正門は外にいるベーゼの攻撃を受けて揺れ続けていた。


「……ミスチア・チアーフルの言うとおり、正門を開けてベーゼたちを入れればいい」

「でも、それじゃあ広場を制圧されちゃいますよ?」

「……それは雪崩れ込んでくるベーゼたちを食い止められなかった時に話。ベーゼたちが広がる前に正門の前で倒せば問題無い」


 冷静に語るフィランはコクヨを両手で握りながら中段構えを取る。ミスチアも自分の考えに賛同するフィランを見ながら小さく笑い、持っているポールアックスを構えた。

 しかしウェンフは正門を開けるのは危険でベーゼたちが散開する前に倒すのは無理だと感じ、不安そうな顔のままフィランを見ている。近くにいる他の生徒や兵士、冒険者たちもウェンフと同じように正門を開けるのは危険だと感じながらフィランたちを見ていた。


「……大丈夫、貴女がいればベーゼたちが侵入して来ても問題無く対処できる」

「えっ、私です?」


 ウェンフは自分がベーゼを迎撃するための鍵だと聞かされて意外そうな顔をする。フィランはウェンフの方を向くと小さく頷いた。


「……貴女の雷電サンダーボルトはとても攻撃力があり、攻撃範囲も広い。貴女が雷電サンダーボルトの力でベーゼたちを攻撃すれば広がる前に倒せるはず」


 自分の混沌術カオスペルが高く評価されていることを知ったウェンフは驚きながら自分の右手の甲に入っている混沌紋を見つめる。


「……ベーゼたちが侵入して来たら雷電サンダーボルトでベーゼたちを一掃して」

「で、でも、私の力じゃ……」


 重要な役目を頼まれたことでウェンフは上手くやれるか不安を感じる。

 もしもベーゼたちを倒すことに失敗してしまったら広場にいる仲間たちが殺されてしまうかもしれない。ウェンフは俯きながら表情を曇らせた。

 ウェンフが暗い顔をしているとフィランがウェンフの頭にそっと左手を置き、ウェンフは軽く目を見開きながらフィランの方を向いた。


「……自分に自信をもって。貴女ならできる」

「フィラン先輩……」


 フィランは無表情のままウェンフを勇気づけようと語り掛ける。無表情だがその声からは信じているという気持ちが感じられ、ウェンフはフィランを見つめてから小さく俯きながら目を閉じ、しばらくするとゆっくりと目を開けた。


「……分かりました、やってみます!」

「……ん」


 ウェンフの返事を聞いたフィランは頷いて正門の方を向き、ウェンフはそんなフィランを無言で見つめる。

 以前のフィランは無表情で他人には殆ど興味を持たず、自分から話しかけたり励ましたりなどはしなかった。だが今のフィランは無表情なところは同じだが、ベーゼに勝つためにウェンフを勇気づけるような言動を取っており、前とは明らかに違っている。

 ウェンフはフィランに何があったのか気になりながら彼女を見つめていた。


「……ミスチア・チアーフル、共和国の兵士に正門を開けるよう伝えて」

「分かりましたわぁ……と言いたいところですけど、その必要は無さそうですわ」


 ミスチアはそう言いながら正門を顎で指し、フィランとウェンフは正門に視線を向ける。

 正門は大きな音を立てながら大きく揺れており、正門前の周りにいる者たちは緊迫した様子で正門を見つめていた。

 次の瞬間、正門は轟音を崩れるように破壊され、周囲に正門の残骸が転がる。正門が崩壊した直後、正門を攻撃していた四体のフェグッターが大剣を構えながら広場に侵入した。


「もう少し早く指示を出していれば、破壊される前に正門を開くことができましたのに、残念ですわぁ」

「……開いていれば正門を壊されずに済んだのに。……もし次に襲撃された場合、敵の足止めはできない」


 ベーゼが侵入したのに現状よりも首都カヴェーズの被害の心配をするフィランにウェンフは思わず目を細くする。ベーゼが侵入したらより大きな被害が首都に出てしまうため、今はベーゼの対応に集中してほしいとフィランを見ながらウェンフは思った。

 広場に入った四体のフェグッターに兵士や冒険者たちは警戒心を強くし、メルディエズ学園の生徒たちは面倒そうな表情を浮かべた。

 フェグッターたちの後方には大勢の下位ベーゼや蝕ベーゼの姿があり、正門の内側にいる防衛隊を見つめながら威嚇するように鳴き声を上げている。

 ベーゼたちが騒いでいると四体のフェグッターの一体が大剣をゆっくりと振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろして前を指す。その直後、首都の外にいたベーゼたちは一斉に首都内に突入してきた。

 正門が破壊されたことで正門を通った方が侵入しやすいと感じ、外にいたベーゼたちは城壁を越えるのをやめて正門からの突入に切り替えた。


「ベ、ベーゼどもが入って来たぞぉ!」

「冗談じゃねぇ、あんな数を相手に護り切れるはずがねぇ!」

「逃げましょう! じゃないと私たち殺されちゃうわ!」


 勢いよく雪崩れ込んでくるベーゼたちを見て兵士や冒険者たちは恐怖を感じ、慌てて後退し始める。正門を突破され、広場に侵入された以上、自分たちの勝ち目は無いと悟ったようだ。

 兵士や冒険者たちが士気を低下させて逃げ出そうとしている中、メルディエズ学園の生徒たちは恐怖を感じながらも逃げずに武器を構えてベーゼたちを睨んでいる。

 正門の正面に立つフィランとミスチアも得物を構えながら向かってくるベーゼたちを見ており、二人の近くにいたウェンフは混沌紋を光らせて雷電サンダーボルトを発動させていた。


雷撃砲レイ・ホォンヂィー!」


 左手に電気を纏わせたウェンフはベーゼたちに向けて左手を突き出して電撃を放つ。

 電撃は勢いよくベーゼたちに向かって行き、正門を破壊した四体のフェグッター、突入してきた他のベーゼたちを呑み込む。

 フィランはベーゼたちが電撃を受ける姿を無言で見つめている。

 正門が通れるようになればベーゼたちは侵入しやすい正門に集まって来るとフィランは確信していた。つまり、ベーゼたちが一ヵ所から突入してくるようわざと正門を開け、ウェンフに雷電サンダーボルトで一掃してもらうと思ったのだ。

 電撃を受けたベーゼたちは鳴き声を上げながら感電し、黒焦げになりながら崩れるように倒れて消滅する。

 ウェンフの一撃で二十数体のベーゼを倒すことができたが、まだ多くのベーゼが破壊された正門から広場に侵入しようとしており、四体のフェグッターも電撃を受けたが倒れずに踏みとどまっていた。

 ウェンフはまだ多くのベーゼがいるのを見て再び雷撃砲レイ・ホォンヂィーを放ってベーゼたちを攻撃する。

 二度目の電撃で再び多くのベーゼを倒すことができたが、四体のフェグッターは電撃を回避し、大剣を構えながらウェンフに向かって走り出す。電撃を放つウェンフが目障りだと感じ、先に始末しようと思ったようだ。

 向かってくるフェグッターたちを見たウェンフは緊迫した表情を浮かべ、迎撃するために剣を構えようとする。すると隣にいたフィランはウェンフの前に回り込み、フェグッターたちを見つめながらコクヨを構えた。


「……クーリャン一刀流、四連舞斬しれんぶざん


 八相の構えを取るフィランは素早くコクヨを振って四体のフェグッターを一度ずつ斬る。フィランの攻撃によってフェグッターたちは頭部、もしくは首を斬られてその場に同時に倒れ、そのまま黒い靄となって消滅した。

 一瞬で四体の中位ベーゼを倒したフィランを見てウェンフは目を丸くする。フィランはコクヨを下ろすとウェンフに背を向けながら口を開く。


「……近づいて来るベーゼは私が倒す。貴女は正門から侵入してくるベーゼたちを電撃で倒して」


 自分が護るから雷電サンダーボルトで敵を一掃することに集中しろと言うフィランの言葉を聞いてウェンフは反応する。

 フィランは雷電サンダーボルトの力を信じて自分にベーゼたちの一掃を任せたのだから、その期待を裏切らないためにもやるべきことをやらないといけないとウェンフは考え、改めてベーゼたちを倒すことに集中する。

 後方ではミスチアが電撃を放ってベーゼたちを攻撃するウェンフの後ろ姿を見ており、全力で戦うウェンフを目にして小さく笑みを浮かべる。


「思った以上にやりますわね。此処に来る前に馬鹿師匠や他の五聖英雄の特訓を受けて少しは強くなったようですわね」


 後輩であるウェンフの活躍を目にしてミスチアは先輩として誇らしく思ったのか、楽しそうな口調で呟く。するとミスチアの頭上から一体のルフリフが足の爪を向けながら急降下してきた。

 ルフリフの存在に気付いたミスチアは視線だけを動かしてルフリフを見つめ、ポールアックスを素早く振って降下してきたルフリフを斬る。

 斬られたルフリフは鳴き声を上げる間もなく空中で靄となって消えた。


「ユーキ君の弟子があそこまで活躍してるんですもの、先輩にわたくしたちがやる気を出さないと示しがつきませんわよねぇ」


 ミスチアはポールアックスを振って刃に付いているルフリフの血を払い落とすと肩に掛けながら周りの他の生徒や兵士、冒険者たちを見回した。


「貴方たち、何をボケーっとしてやがるんですの! ウェンフさんが電撃でベーゼどもを蹴散らしてくれてるんですから、わたくしたちは電撃から逃れたベーゼどもをぶっ倒しますわよぉ!」


 自分たちがベーゼの大群を相手に有利に立ていることを分からせるようにミスチアは大きな声で周りの者たちに語り掛ける。

 怖気づいていた兵士や冒険者たちはミスチアの言葉で自分たちが勝てると感じ始めたのか、少しずつ目に闘志が戻り始め、持っている武器を握りながらベーゼたちを睨む。メルディエズ学園の生徒たちもウェンフが活躍しているのを見て士気が高まり、このチャンスを逃してはならかいと思っていた。

 広場にいる兵士、冒険者、生徒はウェンフの電撃から逃れて広場に残っているベーゼに向かって一斉に走り出し、仲間の協力し合ってベーゼを倒していく。

 ミスチアは怖気づいていた者たちが戦う意志を取り戻したのを見てニッと笑い、自分もベーゼを迎え撃つために近くにいるベーゼに向かって走り出した。

 ウェンフはミスチアたちが戦う姿を見て、自分も負けてはいられない、少しでもミスチアたちの負担を減らすために全力でベーゼを倒さないといけないと思いながら雷電サンダーボルトを発動し、正門を通って来るベーゼたちに電撃を放ち続けた。

 城壁の上にいる者たちも広場で必死に戦う仲間を見て自分たちも援護しようと考え、城壁の上から弓矢や魔法で正門を通過しようとするベーゼたちを攻撃した。


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