第二百四十七話 凶竜を狩る神風
自分が斬られたことを認識したルスレクはカムネスが自分の知らない戦術を身につけていることを知り、態勢を整えるために後ろに跳んでカムネスから距離を取る。
カムネスは追撃することなくフウガを構え直してルスレクを睨んでいた。
ルスレクはカムネスを警戒しながら傷を確認する。傷は戦闘に支障が出るほど深いものではないと知ったルスレクはカムネスに鋭い視線を向けた。
「……いったい何をした? 私はお前が防御も回避もできないタイミングを狙って攻撃したはずだ」
なぜカムネスが自分の攻撃を凌いだのか分からないルスレクはカムネスに問い掛ける。するとカムネスは構えているフウガを動かして刀身や刃がルスレクに見えるようにした。
「僕は学園でお前に敗北した後、ハブール殿の特訓を受けた。そこでグラディクト抜刀術とは異なる剣術を教わった」
「ハブール……五聖英雄か」
カムネスの師が誰なのかを知ったルスレクは低い声で呟く。
メルディエズ学園で戦った時と比べてカムネスは明らかに腕を上げた。普通ならどんなに特訓しても僅かな時間で最上位ベーゼと互角に戦える力を得ることはできない。
だが技術を教えた師が五聖英雄であれば話は別だ。ルスレクはカムネスが自分に傷を負わせられるほど腕を上げた理由を知って納得する。
「今の光双斬もハブール殿から教わった技の一つ技だ」
「……嘗て大帝陛下と戦った英雄の教えを受けたのであれば私に傷を負わせられるだけの力を付けたのも納得できるな。……いったいどんな特訓を受けたんだ?」
「そこまでお前の教える義理は無い」
特訓の内容まで教える必要は無いと考えるカムネスは返答を拒否する。ルスレクは答えないカムネスを目を細くしながら見つめた。
カムネスはフィランと共に五聖英雄最高の剣士と言われるハブールから特訓を受けた。特訓を受ける時、二人は混沌術を完全に使いこなしていたため、ハブールはカムネスとフィランの剣の腕を強化する特訓に力を入れたのだ。
ハブールは特訓を受ける前にカムネスとフィランの実力を確かめるために実戦に近い戦闘訓練を行った。しかもその時に自分を殺すつもりで挑んで来るよう指示していたため、カムネスとフィランの実力を細かく知ることができた。
その結果、ハブールはカムネスとフィランが五凶将に敗北した原因は混沌術に頼りすぎて剣術が十分と言えるほど強くなかったからだと気付いたのだ。
ハブールから五凶将に敗北した原因を聞かされたカムネスとフィランは自分たちが混沌術に頼りすぎていたことを認め、同時に剣士としての力が弱かったことを知って情けなく思う。
次に五凶将と戦う際には必ず勝利することを誓い、カムネスとフィランはハブールから剣術を磨くために特訓を受けた。
特訓期間中、カムネスとフィランは魔法や混沌術の力を高めるための訓練は一切受けず、剣士に必要な技術と体力、感覚を強化することに力を入れた。
特訓のおかげで二人はグラディクト抜刀術やクーリャン一刀流では得られなかった技や感覚を手に入れ、特訓を受ける前よりも力をつけることに成功した。
(……光双斬、さっきの技をハブール殿から教わらなければやられていただろう)
光るフウガの刀身を見ながらカムネスは心の中で技を伝授してくれたハブールに感謝した。
先程カムネスが使用した光双斬はハブールが生み出した技で素早くほぼ同じタイミングで二度斬撃を放つ技だ。その速さはカムネスが反応を使用した時の反応速度よりも上で文字どおり目にも止まらぬ速さで攻撃することができる。
ハブール実戦訓練を行った時にカムネスはハブールが放つ光双斬をグラディクト抜刀術と反応の両方を使って対処したが回避することも目で追うこともできなかった。
光双斬を目にしたカムネスは改めて自分が反応に頼り切っていたことを自覚し、反応を使わなくても敵と戦える剣術と感覚を得ようと決意したのだ。
カムネスはフィランと共にハブールから光双斬を体得するために特訓を受けた。ただ、とてつもない速さで攻撃する光双斬を覚えるにはそれなりの筋力と高い集中力を必要とする。だがカムネスは難なく光双斬を体得し、ルスレクと真空波を同時に切って難を逃れた。
因みにカムネスと共に特訓を受けたフィランも光双斬を体得している。
カムネスとフィランは特訓で光双斬を始め、様々な技をハブールから教わり、教わった技を使って五凶将に勝利し、ベーゼたちから人々を護ると心に誓ったのだ。
「……正直、お前から一撃を貰うとは予想もしていなかった」
ルスレクは体の切傷を見ながら本音を口にし、カムネスが予想以上に強くなっているのだと再認識する。
カムネスはルスレクの声を聞くと視線をフウガからルスレクに向ける。ルスレクは両手の短剣を下ろしながらジッとカムネスを見つめていた。
「だが、一撃喰らわせただけで自分が上だと思わないことだ。こちらにも少々油断があったわけだしな」
「言い訳にしか聞こえないぞ」
「何とでも言え。……次は同じようにはいかないぞ」
両手の短剣を構え直したルスレクはカムネスに向かって走り出し、同時に混沌紋を光らせて透過を自分に付与した。透過が付与されたことでルスレクの体は薄っすらと光り出す。
カムネスはルスレクに攻撃が通用しない状態になっていることを知ると素早くフウガを鞘に納めた。
「またお得意の居合切りか。それは私には通用しないと分かっているはずだぞ」
「……確かにお前の言うとおりだ。今まで僕が使っていた技はお前には通用しない」
目を閉じながら素直に自分の技が効かないことをカムネスは認める。だがすぐに目を開いて走って来るルスレクを鋭い目で見つめた。
「だが、今の僕の技は違う。透過を突破し、お前を斬ることができる」
自信に満ちたカムネスの言葉を聞いたルスレクは僅かに眉間にしわを寄せる。
カムネスのルスレクを斬ると言う言葉はハッタリなどでは無い。先程も真空波と共にルスレクを斬っているため、ルスレクに再び攻撃を当てることも十分あり得ることだった。
それを理解しているルスレクは人間がベーゼである自分を出し抜くことが可能だと言う現状に僅かに腹を立てている。
「ならば、それを証明してみせろ!」
声に苛立ちを込めながらルスレクは走る速度を上げて一気に構えているカムエスに近づく。
カムネスは徐々に近づいて来るルスレクを睨みながらフウガの鯉口を切る。そして間合いに入った瞬間にフウガを勢いよく抜刀してルスレクに居合切りを放つ。
しかしルスレクは自分に透過を付与しているため、フウガの刀身はルスレクの体を通り抜けるだけで斬ることはできなかった。
「フッ、目の前で透過が発動しているのを見ておきながら無意味な攻撃をするとは……私はお前のことを賢い奴だと思っていたのだが、とんだ勘違いだったようだ」
居合切りが失敗したことにルスレクはガッカリしたような反応を見せる。メルディエズ学園の生徒会長であるカムネスが意味の無い攻撃を行ったのを見てカムネスを愚かな男だと感じていた。
ルスレクは居合切りを凌ぐとそのままカムネスに走っていき、カムネスの体を通過した背後に回り込む。
背後に移動した直後、ルスレクは透過を解除し、振り返りながら右手の短剣を振り上げて背を向けているカムネスに反撃しようとする。居合切りをかわし、背後に回り込んだ直後の反撃なのでカムネスを斬れるとルスレクは確信した。
「……言ったはずだ、今の僕はお前を斬ることができると」
前を向いているカムネスは背後のルスレクに冷静に語り掛けるとフウガを素早く両手で握り、体を回して背後のルスレクに袈裟切りを放つ。それは一瞬の出来事で攻撃を終えたカムネスは攻撃する前と同じ体勢で前を向いていた。
背後から斬りかかろうとしたルスレクは再び胴体を斬られ、傷口から血が噴き出る。体の痛みにルスレクは奥歯を噛みしめ、痛みに耐えながら後ろに跳んだ。
ルスレクが距離を取るとカムネスはフウガを下ろしながらゆっくり振り返ったルスレクの方を向く。
「裏刀、回転しながら後ろにいる敵を斬るだけの単純な技だが、その速度は常人では目で追うことすら難しいと言われている。これもハブール殿から教わった技だ」
「クッ……」
落ち着いた様子で技の説明をするカムネスをルスレクは睨みつける。一度ならず二度までも攻撃を受けたことにルスレクは屈辱を感じていた。
透過を使用した移動や背後への回り込みを見抜かれ、更に攻撃を受けたことでプライドを傷つけられたルスレクは今まで見せていたポーカーフェイスを消して表情を険しくする。
カムネスはルスレクの顔を見て苛ついていると感じ、ルスレクの次の攻撃に備えてフウガを構え直した。
「まさか私に連続で傷を負わせるとはな……力の弱い虫けらが生意気なことをしてくれる」
「僕からして見れば、その生意気な虫けらに傷を負わされたお前は虫けらよりも劣る存在だと思うがな」
表情を変えずに言い返すカムネスにルスレクは鬱陶しそうに舌打ちをし、両手に持っている短剣を投げ捨てる。
突然武器を捨てるルスレクを見てカムネスは何のつもりだと疑問に思った。
「不本意だが、私をここまで追い込んだからには認めるしかない。お前は私たちが全力で叩き潰すに値する存在だ」
ルスレクの口から出た全力と言う言葉にカムネスは反応する。今の言葉からカムネスはルスレクが本気を出すと予想し、何が起きても対応できるよう体勢を変えた。
「これ以上、人間の姿で戦ってもお前を叩き潰すのは無理だ。……大帝陛下が望まれる世界を築くため、私の全ての力でお前を始末する!」
全力で戦うことを宣言したルスレクは片膝と両手を床に付けて姿勢を低くする。するとルスレクの足下に青い魔法陣が展開されてルスレクの体は青い炎に包まれた。
突然炎に呑まれたルスレクをカムネスは無言で見つめ、広場で他のベーゼと交戦していたロギュンや他の者たちも突然の青いの炎に驚きの反応を見せた。
炎は形を変えながら大きくなり、2.5mほどの大きさになると一瞬で消える。炎が消えた場所には一体に大きなベーゼの姿があった。
炎から現れたのは青い肌に白い稲妻のような模様が入った二足歩行の頭部の大きなトカゲのようなベーゼで鋭い黄色の目を持ち、口には鋭い歯がびっしりと並んでいる。
足は太いくて長めだが両手は足とは比べ物にならないくらい小さく、右手の甲には混沌紋が入っている。手足にはそれぞれ三本ずつ鋭い爪が生え、背中には鋭利な刃物のような棘が背骨に沿って幾つも並んでおり、長い尻尾の先にも二等辺三角形のような形をした刃がついていた。
現れた大きなトカゲのようなベーゼこそがルスレクの真の姿、最上位ベーゼのカルヘルツィだ。トカゲと言うよりは翼を持たないドラゴンと言った方がいい外見をしている。
「待たせたな」
姿を変えたカルヘルツィはカムネスを見下ろしながら低い声で語り掛け、カムネスは目の前に立っている最上位ベーゼを見上げた。
「それがお前の正体か」
「フフフ、どうだ? ベーゼたちを束ねる者に相応しい姿だろう?」
「僕にはただの巨大なモンスターにしか見えない」
「フッ、余裕そうだな? ……その余裕が何時まで続くのか見せてもらうぞ、カムネス・ザグロン」
カルヘルツィは床を強く蹴ってカムネスの頭上まで跳び上がり、両足の爪を光らせながらカムネスに向かって落下する。
自分を踏みつぶそうとするカルヘルツィを見上げるカムネスは右脇構えを取り、フウガの刀身に風を纏わせた。
「烈風壊波!」
カムネスはフウガをカルヘルツィに向けて左斜め上に振り、刀身に纏われている風を放つ。風を勢いを強くしながら落下してくるカルヘルツィに向かって行く。
風を目にしたカルヘルツィは混沌紋を光らせて自身に透過の力を付与する。透過能力を得たカルヘルツィの巨体はカムネスが放った風を受けることなく落下を続けてカムネスに近づいて行く。
やがて風が消え、カムネスの2mほど真上まで落下したカルヘルツィは透過を解除してカムネスを踏みつぶそうとする。
カムネスはカルヘルツィの体から光が消えたのを見て透過を解除したことに気付くと反応を発動させた。
反応を発動したことでカムネスの体は脳が命じるより先に大きく後ろへ跳び、カルヘルツィの真下から移動する。跳んだ直後、カルヘルツィはカムネスが立っていた場所に着地して広場の床を大きく凹ませた。
踏みつけを回避したカムネスは体勢を整えるためにフウガを鞘に納めようとする。だがカルヘルツィはカムネスが納刀しようとする姿を見ると尻尾を上げて先端の刃を薄っすらと紫色に光らせた。
「死神の刃!」
カルヘルツィは尻尾をカムネスに向けて勢いよく振り、先端の刃から紫色に光る無数の小さな真空波を放った。
真空波は一斉にカムネスに向かって行き、迫って来る刃を見たカムネスは軽く目を見開く。
(数が多い!)
真空波の数と攻撃範囲から回避はできないと悟ったカムネスは鞘に納めようとしていたフウガを抜いて両手で握る。同時に反応を発動させて飛んで来た真空波を一つずつ素早く叩き落していった。
反応を発動したことでカムネスは迫って来る真空波を全て防ぐことができた。だが真空波を叩き落す際にフウガから強い衝撃が伝わり、カムネスは今まで叩き落してきた真空波よりも威力があることを知る。
やがて全ての真空波を叩き落したカムネスはフウガを構え直してカルヘルツィの方を向く。視線の先ではカルヘルツィが真空波を防ぎ切ったカムネスを見ながら不敵な笑みを浮かべていた。
「今のを全て防ぐか、流石は私を本気にさせただけのことはある。……だが、次はどうかな?」
カルヘルツィはカムネスに向けて大きく口を開ける。突然口を開けるカルヘルツィを見たカムネスは何か仕掛けてくるとすぐに気付き、反応を発動させたまま両足を軽く曲げた。
「消滅の魔弾!」
口の中に紫色の光の球体が作られ、カルヘルツィは紫の光弾をカムネスに向けて勢いよく放たれた。
飛んで来た光弾を見たカムネスは反応の力を借りて素早く右へ跳んで光弾をかわす。かわされた光弾は飛んで行った先にある城壁に命中して爆発し、城壁の一部を破壊した。
広場に響いた爆音に広場で戦っていたロギュンたち、城壁の上でベーゼたちを食い止めていた者たちは一斉に反応して爆発が起きた場所に視線を向ける。回避したカムネスもその破壊力に思わず眉間にしわを寄せた。
カムネスが城壁を見ているとカルヘルツィは再び口の中に紫の光弾を作り出し、カムネスに向けて放った。
新たな光弾に気付いたカムネスは走ってその場を移動する。光弾はカムネスが立っていた場所に命中すると轟音を上げながら爆発した。
「とんでもない破壊力だな。パーシュの爆破が付与された魔法と同等、もしくはそれ以上の威力か」
カルヘルツィの光弾を警戒しながらカムネスは反撃のタイミングを計る。真の姿を現してからカルヘルツィは遠距離攻撃だけを仕掛けて来ているが近距離での攻撃手段も必ずあるとカムネスは確信していたため、慎重に隙を窺う。
カムネスはフウガを鞘に納めると居合切りを放てるようフウガの握り方を変えてカルヘルツィに向かって走り出した。
「今の私を相手に接近戦に持ち込もうとするか……それは愚行だぞ?」
カルヘルツィは尻尾の先端をカムネスに向け、刃を光らせると縦に勢いよく振り下ろして刃から光る無数の真空波を放つ。
真正面から迫って来る刃を見たカムネスは反応を発動してフウガを抜刀すると素早く振り、走りながら向かってくる真空波を全て叩き落す。
放たれた真空波を全て防ぐと反応を解除して走る速度を上げ、一気にカルヘルツィに近づき、両手でフウガを握ると上段構えを執って刀身に風を纏わせた。
「風刃断斬!」
カムネスは目の前にあるカルヘルツィの顔に向かって風を纏ったフウガを振り下ろす。
風を纏って切れ味が高まっているため、ベーゼ化したカルヘルツィの体が硬くてもダメージを与えられるとカムネスは考えていた。
カルヘルツィは混沌紋を光らせて透過を発動し、自身の体に透過能力を付与してカムネスの振り下ろしをかわした。
フウガをかわしたカルヘルツィを見てカムネスは僅かに目を鋭くする。攻撃は失敗してしまったがカルヘルツィが透過を発動したことで切れ味が増したフウガはカルヘルツィには効果があることが分かった。
回避に成功したカルヘルツィは透過を解除すると尻尾をカムネスに向けて勢いよく突き出し、先端の刃でカムネスを切り裂こうとする。
カムネスは咄嗟に右へ跳んで刃をかわし、それと同時にフウガを鞘に納めてカルヘルツィの左側に移動した。
「グラディクト抜刀術、竜首斬!」
カルヘルツィの左足を見つめるカムネスは居合切りに意識を集中し、攻撃する箇所やタイミングを計算すると素早くフウガを抜いて左足に居合切りを放つ。
だがフウガはカルヘルツィの左足に触れても傷をつけることはできず、金属が擦れるような音を響かせるだけだった。
(無傷……予想どおりベーゼ化したことで肉体の防御力も増したか。やはり普通の攻撃では傷を負わせるのは難しいな)
完全にベーゼ化したカルヘルツィに傷を負わせるには風刃断斬のような切れ味の高い攻撃、もしくは正確に相手の弱点を狙える攻撃を繰り出すしかないと考えるカムネスは後ろに跳んで態勢を整える。
カムネスはカルヘルツィから離れる最中に再びフウガを納刀し、抜刀できる態勢を取った。
「お前の剣は速いが攻撃力が低い。それではベーゼの姿になった私に傷を負わせることはできない。増してや私には透過がある。……お前が勝つのは不可能だ」
「勝利を確信するのはまだ早いと思うぞ? こちらもまだ全力を出していないのだからな」
「なら、そろそろ全力を出した方がいいぞ? でなければ、本気を出す前に命を落とすことになる」
カルヘルツィは警告した直後、尻尾の刃をカムネスに向かって突き出し攻撃した。
カムネスは右へ跳んで刃を回避し、伸ばされた尻尾を見つめながらフウガを抜刀しようとした。だがカムネスが反撃しようとした時、カルヘルツィは伸ばした尻尾を左に振ってカムネスを尻尾で殴打しようとする。
尻尾による攻撃に気付いたカムネスは咄嗟に反応を発動し、考えるよりも速く体を後ろに移動させて尻尾を回避した。
攻撃をかわしたカムネスはフウガを握り、尻尾の向かって大きく踏み込んでフウガの鯉口を切った。
「グラディクト抜刀術、三連迅刀!」
フウガを抜いたカムネスは尻尾を狙って三回連続で攻撃する。フウガは三回とも同じ箇所に当たり、尻尾のダメージを蓄積させた。だがそれでもカルヘルツィにはダメージが無く、尻尾のも傷は付いていない。
同じ所を連続で攻撃しても傷を負わせられなかったことにカムネスは目を鋭くする。逆にカルヘルツィは自分に傷を負わせられないカムネスを見て不敵な笑みを浮かべていた。
「さっきも言っただろう。本気を出さないと命を落とすと!」
カルヘルツィは再び尻尾をカムネスに向かって大きく横に振り、先端の刃でカムネスを切り裂こうとする。
カムネスは咄嗟にフウガを縦に構えて迫ってきた刃を防御した。しかしカルヘルツィの力は強く、カムネスは重さと衝撃に耐えられずに大きく後ろに飛ばされてしまう。
カムネスと飛ばされながら体勢を直し、両足が地面に付くと足に力を入れて倒れないようにする。両足を床に擦り付けながら後ろに数m押された後、カムネスは倒れることなく停止した。
両足から伝わる僅かな痺れや痛みに耐えながらカムネスはカルヘルツィを睨む。カルヘルツィはカムネスの方を向き、尻尾の刃を光らせながらカムネスを見つめている。
(普通の攻撃ではなく、一点を狙った連続攻撃なら通用すると思ったのだが、やはりダメだったか。……やはりハブール殿から教わった技を使うしかない)
可能であればグラディクト抜刀術だけで勝ちたいと思っていたカムネスだったが、現状では勝つのは難しいと悟り、ハブール殿から教わった技術を使うことを決めた。
カムネスはフウガを右手で握りながら下ろし、正面にいるカルヘルツィを見つめる。そして、カムネスはフウガを下ろしたままゆっくりと左右に軽く跳び始めた。
突然左右に跳ぶカムネスを見てカルヘルツィは目を細くする。何をやっているのか理解できないカルヘルツィだったが、カムネスが何か攻撃を仕掛けてくるはずだと予想して警戒心を強くした。
すると今までゆっくりと左右に跳んでいたカムネスが突然跳ぶ速度を上げた。その後も速度が少しずつ上がっていき、次第に目で追うのが難しくなっていく。
「これは……」
とてつもない速さで左右に跳ぶカムネスを見たカルヘルツィは少し驚いたような反応を見せる。
カムネスは跳ぶ速度だけでなく、跳ぶ距離も少しずつ伸ばしていき、もの凄い速さで消えるように遠くへ移動するようになっていた。
カルヘルツィを翻弄するかのようにカムネスは正面で大きく左右に跳び続ける。するとカルヘルツィの前で左右に跳んでいたカムネスが突然カルヘルツィの目の前まで移動し、目を鋭くしてカルヘルツィを見上げた。
一瞬で目の前まで距離を詰めたカムネスにカルヘルツィは目を大きく見開く。そんなカルヘルツィを見上げながらカムネスはフウガの刀身に風を纏わせて切れ味を高め、下からカルヘルツィの顔に向けてフウガを振り上げる。
カルヘルツィは透過を発動させようとしたがカムネスがフウガを振り上げる速度から発動が間に合わないと悟り、直撃を避けるために後ろへ跳ぶ。
跳んだことで直撃が避けられたが切れ味が増したフウガはカルヘルツィの下顎を僅かに切った。
下顎の痛みにカルヘルツィは僅かに声を漏らしながらカムネスを睨み、尻尾の刃でカムネスに突きを放って反撃した。
カムネスは尻尾に気付くと消えるように後ろに跳んで突きをかわす。回避に成功したカムネスは風を纏ったフウガを構えながらカルヘルツィを睨み、カルヘルツィも鋭い目でカムネスを見つめる。
「とんでもない速さで距離を詰めて攻撃するとは……いったい何をした?」
「ハブール殿から教わった技を使って高速移動をしただけだ」
詳しい内容は話さないカムネスは両足を軽く曲げて次の攻撃に移れる体勢を取る。カルヘルツィもカムネスが先程の同じ動きをしてくると予想して警戒を強くした。
(……神歩、素早く移動して相手を翻弄する高速移動技。体の大きな敵には効果があるとハブール殿は言っていたが、これほどとはな)
カルヘルツィの隙を突くことができたことでカムネスは神歩が使える技だと感じながらフウガを左脇構えに持つ。
ハブールの特訓を受けていた時、カムネスはハブールから戦い方について幾つか指摘を受けた。カムネスの使うグラディクト抜刀術は居合切りの速さと相手に間合いを読ませない攻撃を得意とした剣術でハブールもそのことを理解していた。
ただ攻撃速度が速い分、攻撃力が低いため、防御力の高い敵には大きなダメージを与えることができない。それに気付いたハブールはカムネスにグラディクト抜刀術とは違う攻撃力の高い技術を教えることにした。
最初にカムネス自身の移動速度を上げると同時に相手を翻弄させる神歩を教え、更に居合切りは使わずにフウガに風を纏わせて切れ味を高めて攻撃する技を叩き込んだ。その結果、カムネスは居合切りによるカウンター攻撃だけでなく、強力な攻撃を繰り出せるようになった。
カムネスはカルヘルツィを睨みながら再び進歩を使い、少しずつ速度を上げながら左右に跳び始める。カルヘルツィは再び高速移動を始めるカムネスを見て鬱陶しそうな表情を浮かべた。
「同じ手が何度も通用すると思うな!」
カルヘルツィは先程と同じ状況になる前に攻撃を仕掛けるため、大きく後ろに跳んでカムネスから離れる。そして尻尾の先端をカムネスに向けて先端の刃を紫色に光らせた。
「死神の刃!」
尻尾を縦に振るカルヘルツィは光る刃から無数の真空波を放ってカムネスを攻撃する。いくら高速で移動できても広範囲を攻撃する死神の刃なら攻撃を当てられるとカルヘルツィは思っていた。
カムネスは視界に広がる大量の真空波を見て目を僅かに鋭くし、真空波に向かって素早く跳んだ。
移動した直後、複数の真空波がカムネスの正面から迫って来る。跳んだ直後のため、カムネスは真空波を避けられずに体を切り裂かれてしまうと普通なら考えるだろう。だが次の瞬間、カムネスは構えを崩さずに素早く左へ跳んで真空波を間一髪で回避した。
回避に成功した後も複数の真空波がカムネスに迫るが、カムネスは右へ跳んで真空波をかわし、かわした後に前に跳んでカルヘルツィに近づいて行く。
カルヘルツィは真空波を難なく回避するカムネスを見て驚き、カムネスが大量の真空波をかわせるほどの回避力を得たと知って衝撃を受けた。
その後もカムネスは左右に跳んで真空波をギリギリで回避し、少しずつカルヘルツィとの距離を縮めていく。やがてカルヘルツィの前まで近づいたカムネスは左脇構えを取りながらフウガの刀身に風を纏わせる。
カムネスはカルヘルツィに向けてフウガを右上の勢いよく振り上げて攻撃した。しかしカルヘルツィは透過を発動させ、カムネスの振り上げをいとも簡単に回避してしまう。
「惜しかったな? もう少し攻撃が速ければ透過が発動する前に私を斬れたのだがな」
攻撃に失敗したカムネスに語り掛けるカルヘルツィは反撃するために透過を解除する。そして尻尾の先端をカムネスに向け、刃でカムネスを斬ろうとした。
だがカルヘルツィが反撃しようとした瞬間、カムネスは一瞬にしてカルヘルツィの正面から姿を消した。
「何っ!」
突然消えたカムネスにカルヘルツィは驚き、目を動かしてカムネスを探す。その直後、カルヘルツィの右側面にカムネスが現れ、風を纏ったフウガでカルヘルツィの右足に袈裟切りを放った。
袈裟切りを受けた右足には大きな切傷がついて出血し、カルヘルツィは痛みで奥歯を噛みしめる。カルヘルツィがカムネスに視線を向けるとカムネスは鋭い目で睨みつけてきた。
「確かに透過が発動されれば僕はお前を斬ることはできない。……なら、お前に透過を発動させる隙を与えないほど速く攻撃すればいいだけの話だ」
「き、貴様ぁ!」
カルヘルツィは体を左に回転させ、その勢いで尻尾をカムネスに向かって振って反撃した。
カムネスは後ろに跳んで尻尾をかわし、反撃しようとフウガを構え直す。だがカムネスが構え直した直後、カルヘルツィはカムネスの方を向いて大きく口を開けた。
「消し飛べ! 消滅の魔弾!」
口から紫の光弾をカムネスに向けて放つ。構えた直後に光弾を放たれ、カムネスは光弾を見て目を見開く。次の瞬間、光弾はカムネスの立っていた場所で爆発した。
爆炎と煙でカムネスの姿は確認できないが、光弾を撃ったタイミングからカムネスに直撃したとカルヘルツィは確信した。
「流石の奴もあの状態で回避するのは無理だろう」
カムネスを吹き飛ばしてカルヘルツィは低い声で呟く。カムネスを倒したことで西門を護る防衛隊の戦力は戦力は低下し、ベーゼたちが西門を制圧しやすくなったと考えた。
カルヘルツィはカムネスの死を確認するためにカムネスが立っていた場所に近づこうとする。だがその時、頭上から気配を感じ、カルヘルツィは咄嗟に上を向く。そこにはフウガを鞘に納めた状態で空中から自分を見下ろすカムネスの姿があった。
「馬鹿な! あの攻撃をかわしたのか?」
予想外の事態にカルヘルツィは驚きながらカムネスを見上げる。
実はカムネスは消滅の魔弾が撃たれた直後に反応を発動させ、その状態で神歩を使ったことで反応を使っていない時よりも速く回避することができたのだ。
光弾をかわしてカルヘルツィの頭上に移動したカムネスは光弾が当たったと思い込んで油断している今のカルヘルツィになら強い攻撃を打ち込めると考え、フウガを鞘に納めて意識をカルヘルツィに集中させた。
「これ以上、お前との戦いに時間を掛けると不利になる。この一撃でケリを付けさせてもらうぞ」
カムネスはカルヘルツィに向かって落下しながらフウガの鯉口を切った。
落ちてくるカムネスを見たカルヘルツィは透過を発動させて攻撃をかわそうとする。だが、それよりも先にカムネスが動いた。
「グラディクト抜刀術、神風六壊斬!」
カムネスは勢いよくフウガを抜刀し、それと同時に刀身に微量の風を纏わせた切れ味を高める。その状態でフウガを素早く六回振り、カルヘルツィの体に連続切りを放った。
風を纏ったことで切れ味が増しているフウガはカルヘルツィの体に六つの切傷を付ける。
「な、何……だとぉ!?」
頭部や体を斬られたカルヘルツィは信じられない口調で呟きながらその場に崩れるように倒れる。カルヘルツィが倒れたことで広場に大きな音が響き、ベーゼと交戦している者たちの何人かはカルヘルツィが倒れたことに気付いた。
カルヘルツィが倒れるとすぐ近くにカムネスが着地する。カムネスはフウガを振ってから静かに鞘に納めた。
(……上手くいったか。神風六壊斬は風を纏った状態で居合切りを放つため強力だが、その分風の扱いが難しく当て難い。カルヘルツィが巨体で油断していなければ全ての攻撃を当てられなかっただろう)
渾身の一撃を打ち込む条件を満たしていたことに対してカムネスは心の中で運が良かったと感じる。
もしも神風六壊斬が外れていたらどうなっていたか、カムネスは次に同じような戦況になった時には問題無く技を使えるよう特訓しなくてはいけないと思った。
カムネスは倒れているカルヘルツィにゆっくりと近づく。カルヘルツィは強力な攻撃を六回も受けたことで致命傷を負ったらしく、体を小さく震わせながら顔を上げてカムネスを見つめた。
「驚いた……まさか私が、人間に敗北するとはな……」
「人間だからと言って相手の力を見下した結果がこれだ。恨むのなら油断していた自分を恨むのだな」
「勘違いするな……私は油断などしていなかった……お前が私の想像以上に力をつけていた……その結果、私は敗北したのだ……」
「……言い訳にしか聞こえないぞ」
「フフフ、そうだろうな……」
五凶将である自分が敗北したことに対して悔しさは感じていないのか、カルヘルツィは掠れた声で笑う。そんなカルヘルツィをカムネスは目を鋭くしながら見つめていた。
「……私はお前の力の前に敗北した、それは素直に受け入れよう。……だが、お前たちに未来は無い」
「何?」
「例え此処で私が死んでも、大帝陛下がいらっしゃる限りこの世界はベーゼの物になる……それは、決して変えることのできない運命だ……」
この戦争はベーゼが必ず勝つ。そう語るカルヘルツィをカムネスは表情を変えずにしばらく見つめ、やがて静かに口を開いた。
「変えられない運命などこの世には無い。諦めずに意思を強く持っていれば運命も未来も変えられる。……僕たちは必ずこの戦いに勝利し、ベーゼに支配されると言う運命を変えてみせる」
「……フ、フフフフッ。……なら、私はお前たちが運命を変えられるかどうか……地獄で見物させてもらうとしよう……」
不敵な笑みを浮かべるカルヘルツィは上げていた顔を下ろして動かなくなる。開いている目からは光が無く、息絶えているのが一目で分かった。
カルヘルツィの大きな体は黒い靄となって消滅し、カルヘルツィが消えるのを見届けたカムネスは顔を上げて広場を見回す。
「……広場にはまだカルヘルツィが召喚したベーゼが残っているな。幸い城壁はまだ越えられてない。今の内に広場にいるベーゼを全て倒す」
カムネスは西門の戦況を立て直すため、広場にいるベーゼの討伐に向かう。
五凶将であり、ベーゼたちの指揮官であるカルヘルツィが倒されたことはすぐに西門に広まった。カルヘルツィが倒されたことで西門の防衛隊の士気は一気に高まり、ベーゼたちを次々と倒していく。
その結果、防衛隊はカムネスたちの力を借りて襲撃してきたベーゼたちを倒し、西門の防衛に成功する。
他の正門もカルヘルツィが死んだことで混乱し始めたベーゼたちを次々と倒していき、カムネスたちは無事に首都フォルリクトを護ることができた。




