第二百四十六話 カムネスvsルスレク
フォルリクトの北西にある街の中でメルディエズ学園の生徒たちで構成された部隊が防衛線を張っている。指揮官であるジャクソンの指示で東西南北の正門の防衛だけでなく、城下町に張られた防衛線にもメルディエズ学園の生徒が配備されており、北東に配備された部隊もその一つだ。
北西に配備されていた部隊の役目はベーゼが北門と西門からフォルリクトに侵入し、王城に向かって進攻した際にベーゼの迎撃をすることだ。そして北西に配備された部隊の指揮は生徒会長であるカムネスが執っている。
カムネスたちの部隊は街中にあるY字の街道に配備され、北門と西門に続いている二股の道を防衛線を張っている。生徒の大半は街道で周囲の警戒や物資の確認などをしており、何人かは民家の屋根の上から遠くを確認していた。
指揮官であるカムネスは街道の真ん中で机に置かれたフォルリクトの地図や戦況が掛かれた羊皮紙などを見ており、彼の周りでは他の生徒が同じように地図と羊皮紙を見ている。
「ベーゼたちは首都に侵入するために全ての正門を同時に攻撃しています。数は向こうの方が上ですが現状では突破される可能性は低いと思われます」
生徒会のメンバーである男子生徒が地図に描かれた四つの正門を指差しながら戦況をカムネスや他の生徒たちに話し、カムネスたちも男子生徒が指差す箇所を見ながら聞いている。
「このまま何も問題が起きなければベーゼたちを侵入させることも無く護り切ることができると思います」
「現状を維持できれば護り切ることは可能だろう。……だが、戦場では何が起きるか分からない」
説明を聞いていたカムネスが腕を組みながら男子生徒の言葉の一部を否定するように呟き、周りの生徒たちは一斉にカムネスに注目する。
「首都を襲撃しているベーゼが現在攻撃を仕掛けて来ているベーゼだけとは限らない。後方で身を隠し、こちらの隙を窺っている可能性もある」
「確かにベーゼの正確な数は分かっていません。……ですが各正門には首都にいる王国軍の大半が回されていますし、防衛には我が学園の生徒や冒険者たちも参加しています。防衛力は非常に高いので突破される可能性は非常に低いかと……」
「さっきも言っただろう、戦場では何が起きるか分からない」
カムネスが視線を動かして男子生徒を見つめる。その目は僅かに鋭くなっており、カムネスの目を見た男子生徒は思わず顔に緊張を走らせた。
「首都には陛下がおられ、このフォルリクトはラステクトの中枢だ。首都が制圧されればラステクトは国としての機能が大きく低下し、最悪の場合、国そのものが崩壊することになる」
首都がベーゼの手に落ちれば首都以外の都市や町が無事でもラステクト王国が機能しなくなると聞かされた生徒たちは思わず息を飲む。フォルリクトを防衛することが重要であることは生徒たちも理解していたつもりだった。
しかしカムネスの話を聞いて自分たちが思っていた以上にフォルリクトの防衛が責任重大であると改めて理解したのだ。
「首都が制圧されれば僕らは大打撃を受けることになる。ベーゼたちもこちらにダメージを与えることを考えて首都を制圧しようと考えるはずだ。つまりベーゼたちにとって首都の攻略は世界を支配するために必ず成功させなければならない作戦と言うことだ」
「……重要な作戦を成功させるためにベーゼたちも大量の戦力を用意し、こちらが予想もつかないほどの作戦を練ってくる可能性があるため、油断してはならないということですか?」
男子生徒が確認するように尋ねるとカムネスは無言で頷く。
首都フォルリクトが制圧されれば自分たちが負けるだけでなく、戦争の流れも大きく傾いて人類は不利になる。それだけは何としても避けなくてはいけないと考える生徒たちは表情を鋭くし、今まで以上にベーゼに対する警戒を強くしなくてはならないと感じた。
「常にベーゼたちの情報と動きを確認し、新しい情報が入り次第、各防衛隊にも報告して情報を交換するようにしろ。直接戦っていない僕らもベーゼと戦っていると考えて行動するんだ」
『ハイッ!』
カムネスの忠告が入った指示を聞いて生徒たちは声を揃えて返事をする。
生徒たちは今までベーゼがフォルリクトに侵入することは無い、自分たちが護っている場所まで攻め込んで来ることは無いと油断していた。
しかしカムネスの言葉で戦争の厳しさや恐ろしさを再確認させられ、ベーゼが攻め込んでくるかもしれない、戦いが終わるまで気を抜いてはいけないと自分に言い聞かせた。
生徒たちは地図や戦況確認、自分たちが担当している防衛線の状況や物資を調べ始め、カムネスも生徒たちを見ながら自分たちが今後どのように動くか考える。そんな中、カムネスたちの後方で女子生徒が一人の王国兵と会話をしている姿があった。
女子生徒は王国兵の話を聞くと僅かに眉間にしわを寄せ、王国兵に頭を下げてからカムネスの方へ走り出す。
「会長、たった今王城防衛隊の兵士が来て気になる報告を受けました」
「気になる報告?」
地図を見ていたカムネスは振り返って後ろに立っている女子生徒の方を向く。女子生徒は難しそうな表情を浮かべながら長身のカムネスを軽く見上げる。
「現在ベーゼたちは首都に侵入するため、東西南北全ての正門を攻撃しているのですが、西門を攻撃するベーゼたちの勢いだけが他と比べて弱いそうです」
「西門だけが?」
意外な報告内容にカムネスは訊き返し、近くにいた他の生徒たちも同じような反応をしながら女子生徒の話を聞いていた。
「ハイ、どうして西門だけ勢いが弱いのかは分かってないそうですが、念のために私たちも警戒しておくようにとのことです」
カムネスは地図を見て自分たちの配置場所と西門の位置を確認する。カムネスたちがいる場所は西門からそれほど遠くは無く、全速力で走れば数分で辿り着ける場所だった。
「警戒するように、というのは王城の防衛に就いている者からの指示なのか?」
「ハイ、指揮官であるザクロン侯爵からの指示だそうです」
「父上の……」
父であり軍事責任者であるジャクソンが指示したと聞いてカムネスは軽く俯く。
頭の回転が速く、洞察力の高い父がわざわざ兵士を差し向けて警戒するよう指示を出したため、カムネスは何かとんでもないことが起きるのではと予感がしていた。
「確か西門にはロギュンの部隊が配備されていたな?」
「あ、ハイ」
隣にいた男子生徒が頷くとカムネスは自分の左腕に嵌められている伝言の腕輪を起動させ、西門にいるロギュンに連絡を入れる。
現状とジャクソンから与えられた指示からカムネスは西門で何か異変が起きているのではと感じ、ロギュンに確認しようと考えた。
カムネスはロギュンに連絡を入れようと思いながら伝言の腕輪を見つめる。ところがどういうわけか、通話相手の伝言の腕輪と繋がったことを表す宝玉の輝きが何時まで経っても起こらず、カムネスは目を僅かに細くする。
「……ロギュンの伝言の腕輪に繋がらない」
周りの生徒たちはカムネスの言葉を聞くと一斉に緊迫した表情を浮かべる。
西門に異変が起きる可能性が出てきた時に西門にいるはずのロギュンと連絡が取れない状況に生徒たちは全員嫌な予感がしていた。勿論、カムネスもとんでもないことが起きているのではと考え、西門がある方角を向いた。
――――――
西門前の広場では侵入したルスレクとベーゼたちが広場にいた王国兵や冒険者、メルディエズ学園の生徒たちを襲い、大勢を負傷させていた。中には戦死した者も何人かおり、広場のあちこちで倒れている。
人員だけでなく、広場に張られていたテントも幾つか破壊され、武器や道具も壊されて残骸があちこちに散らばっていた。
広場の中央では傷だらけのロギュンが呼吸を乱しながら片膝をついており、その前にはルスレクが立っていた。
ロギュンの足元には投げナイフが四本、真ん中から割れている伝言の腕輪が落ちている。ロギュンは少し前にルスレクと戦っている最中に攻撃を受け、その攻撃で伝言の腕輪を破壊されてしまった。
正面に立っているルスレクをロギュンは傷だらけの状態で睨んでいる。ロギュンが傷だらけであるのに対し、ルスレクは無傷の状態で短剣を握りながらロギュンを見下ろしていた。
「前に学園で戦った時と比べて少しは腕を上げたのかと思っていたが、殆ど変わっていないな」
ルスレクは成長していないロギュンにガッカリしたような口調で語りかけ、ロギュンは自分を哀れむように見ているルスレクに腹を立てながら足下に落ちている投げナイフを全て両手で拾って立ち上がる。
ロギュンは混沌紋を光らせると浮遊を発動させ、持っている投げナイフ全てに浮遊の力を付与する。投げナイフは薄っすらと紫色に光ながらゆっくりと浮かび上がって切っ先をルスレクに向けた。
「貴方の動きや戦い方はここまでの戦いで把握しました。もう隙を突かれるような過ちは犯しません」
「それがただの強がりでないことを願っているぞ?」
挑発してくるルスレクに鋭い視線を向けるロギュンは両手をルスレクに向けて伸ばす。その直後、浮いている四本の投げナイフは一斉にルスレクに向かって飛んで行く。
正面から飛んでくる投げナイフをルスレクは表情一つ変えずに見つめ、右手に持っている短剣を素早く振って投げナイフを全て払い飛ばす。
防がれた投げナイフを見てロギュンは一瞬悔しそうな顔をするがすぐに鋭い表情を浮かべて右手を指揮棒を振るように動かす。すると払われた四本の投げナイフは空中で停止し、弧を描くように動いてルスレクの周りに移動する。
四本の投げナイフの内、二本はルスレクの右斜め前と左斜め前、残りの二本は頭上と背後から切っ先をルスレクに向けて停止する。
ルスレクは視線だけを動かして自分を囲む投げナイフの位置を確認した。
「今度は逃がしませんよ!」
ロギュンは声を上げながら投げナイフを操り、四本全てをルスレクに向けて飛ばす。四方向から同時に投げナイフを飛ばしたため、回避することはできないとロギュンは考えた。
ルスレクは投げナイフが飛んで来ているにもかかわらず慌てる様子を見せずに小さく鼻を鳴らして混沌紋を光らせて体を薄っすらと紫色に光らせる。すると投げナイフはルスレクに刺さることなく体を通り抜けた。
「クッ!」
投げナイフが当たらない光景にロギュンは奥歯を噛みしめながら悔しがる。
ルスレクと戦い始めてからロギュンな何度も投げナイフや浮遊の力を使って攻撃してきた。だが彼女の攻撃は全てルスレクの透過によってかわされてしまい、ルスレクに一撃も攻撃を当たられずにいたのだ。
「無駄だ、お前では私の透過を攻略できない」
「それは貴方が決めることではありません!」
力の入った声を出しながらロギュンは投げナイフを操る。四本の投げナイフは二本ずつルスレクの左右に回り込むと一斉にルスレクに向かって行く。
ルスレクは何度も同じ攻撃を繰り返すロギュンに呆れたのか小さく溜め息をつき、透過の能力を解除して体から光を消す。そして自分が物に触れられる状態になると左右から迫って来る投げナイフに向かった短剣を連続で振り、剣身から四つの真空波を飛ばして全ての投げナイフに当てる。
真空波を受けた投げナイフは空中で粉々になり、浮遊の力を失って落下した。
「そ、そんな……」
投げナイフを破壊された光景にロギュンは愕然とする。そんなロギュンの方をルスレクは冷たい眼差しを向けながら近づき、迫ってきたルスレクを見てロギュンは悪寒を走らせた。
ロギュンは咄嗟に右大腿部のホルスターに残っている投げナイフを抜いてルスレクに投げようとする。だがロギュンが投げる前にルスレクは距離を詰め、短剣でロギュンの体を切り裂いた。
「うあああぁっ!」
体に走る痛みに声を上げるロギュンはその場に倒れそうになる。だがルスレクはロギュンが倒れるより先に彼女の腹部に蹴りを入れて後ろに蹴り飛ばした。
蹴られたロギュンは仰向けに倒れながら切傷と蹴られた箇所の痛みに表情を歪める。傷は大きいがそれほど深くなかったため、運よく死なずに済んだ。
ルスレクは倒れているロギュンに近づくと呆れたような顔で見下ろした。
「無様だな。メルディエズ学園の副会長でありながら二度も同じ敵に敗れるとは……」
「くうぅぅ……」
ロギュンは痛みに耐えながら上半身を起こしてルスレクを睨みつける。
何とか一撃だけでも入れてやりたいと思っているがロギュンの手元にはもう投げナイフは無く、魔法を放つ隙も無い。完全に追い込まれた状態となっていた。
広場のあちこちでもルスレクが召喚したベーゼたちが他の生徒や王国兵たちを襲って次々と戦闘不能にしている姿があった。ロギュンは自分がいながら仲間たちが犠牲になっていく光景に悔しさと情けなさを感じる。
「お前のような女と行動を共にしたせいで彼らは犠牲になってしまった。敵ではあるが同情したくなる」
ルスレクの言葉にロギュンは心の傷を抉られ、奥歯を噛みしめながら涙を潤わせる。
生徒会の副会長であり、西門の防衛を任された身でありながら侵入したベーゼを倒せず、仲間たちを傷つける結果となってしまったことにロギュンは肩を小さく震わせた。
広場に侵入したベーゼの内、何体かは城壁の上に移動して防衛している者たちを襲っており、西門に近づいて開門させようとしている。このままでは西門の防衛隊は全滅し、ベーゼたちの侵入も許すことになってしまう。
「この西門はまもなく制圧される。制圧した後は西門の外にいるベーゼたちを入れて他の三つの正門に向かわせる。そうなれば防衛に就いている虫けらどもは背後から奇襲を受けて全滅。全ての正門を制圧し、フォルリクトを襲撃したベーゼ全てを突入させた後に王城を制圧することにしよう」
「そんなこと……させません……」
ロギュンは痛みに耐えながら必死に立ち上がろうとし、ルスレクはロギュンを見つめながら短剣の切っ先を向ける。
「重傷を負わせたとは言え、混沌士であるお前をこのまま放っておくと後が面倒だ。……お前は今此処で始末しておくとしよう」
ルスレクは右足でロギュンの左肩を踏んで強引に仰向けの状態にする。そして足下で動けなくなったロギュンを見下ろしながら短剣を逆手に持ち替えた。
ロギュンは止めを刺そうとしているルスレクを見上げながら緊迫の表情を浮かべる。
「消え失せろ、弱き虫けら」
ルスレクはロギュンに向けて勢いよく短剣を振り下ろし、ロギュンもどうすることもできない状況に死を覚悟する。
だが次の瞬間、短剣の切っ先が細長い何かに止められて周囲に金属音を響かせた。
短剣を止められたことにルスレクは軽く目を見開き、ロギュンも驚きの反応を見せる。二人が細長い何かを確認すると銀色の風のような装飾が入った緑色の刀身が目に入った。
「これ以上、僕の右腕を傷つけるのはやめてもらおうか?」
聞こえてくる男の声にロギュンとルスレクは同時に声がした方を向く。そこにはフウガで短剣を止めながらルスレクを睨んでいるカムネスの姿があった。
ロギュンは街で防衛線を張っているはずのカムネスが自分の前にいること、間一髪で助けてくれたことに驚くと同時に喜びを感じて笑みを浮かべる。彼女は心の隅でカムネスが助けに来てくれるかもしれないと思っており、それが実現したことを嬉しく思っていたのだ。
カムネスはルスレクを睨みながらフウガを勢いよく横に振ってルスレクを攻撃した。
ルスレクはカムネスがフウガを振ると素早く透過を発動させ、フウガを透過させた攻撃を回避する。回避した直後、ルスレクは後ろに大きく跳んでカムネスから距離を取った。
カムネスはルスレクを警戒しながら空いている左手を倒れているロギュンに差し出す。ロギュンはカムネスの手を借りて起き上がり、痛みに耐えながらなんとか立ち上がった。
「大丈夫か?」
「ハ、ハイ、傷はそれほど深くありません」
ロギュンの傷が浅いことを知ったカムネスはルスレクを視界に入れたままロギュンを護るように彼女の前に移動して構える。
「奴は僕が相手をする。お前は傷を癒して僕と一緒に来た他の生徒たちと共に侵入したベーゼを倒せ」
指示を受けたロギュンは軽く目を見開いて広場を見回す。広場には自分と共に西門の防衛に就いていた生徒以外にも見慣れない生徒が大勢おり、広場に侵入したベーゼたちと交戦している姿がある。
ロギュンは見慣れない生徒たちがカムネスと共に後方で待機していた生徒たちで、カムネスと共に自分たちに救援に駆けつけてくれたのだと知った。
救援に来てくれたことはロギュンにとってありがたいことだ。だが、どうしてカムネスたちが西門に駆け付けてくれたのか理由が分からなかった。
「会長、どうして此処に? 会長のことですから西門に何か異変が起きたと感じて駆けつけてくださったのでしょう?」
「勿論だ」
「しかし、西門がベーゼに押されているという情報は会長たちの部隊には届いていないはずです。私も連絡を入れていませんし……」
情報を知らないのにどうやって西門の防衛隊が劣勢なことを知ったのか、ロギュンは最も疑問に思っていることをカムネスに尋ねる。
カムネスはルスレクを見つめたままフウガをゆっくり納刀して口を開いた。
「西門を襲撃しているベーゼたちが他の三つの門を攻撃するベーゼたちと比べて勢いが無いと王城を防衛する父上から連絡を受けたんだ。……父上は非常に用心深い人だ。その父上から西門にいるベーゼを警戒するよう連絡を受けたため、西門で何かとんでもないことが起きるのではと予想した」
「それで西門に……」
「そうだ。念のために伝言の腕輪でお前に連絡を入れようとしたのだが繋がらなくてな。嫌な予感がして駆けつけてみたら案の定、ベーゼたちが首都に侵入して広場を襲っているのを見たというわけだ」
カムネスの言葉を聞いたロギュンは西門の防衛を任されておきながらベーゼの侵入を許してしまうと言う失態を犯した自分を情けなく思い暗い顔をする。
ロギュンはカムエスの期待を裏切ってしまったことで胸を締め付けており、ルスレクに付けられた傷の痛みが気にならなくなるほど落ち込んでいた。
「すみません会長、私がいながら最悪の事態を招いてしまい……」
「……確かに生徒会副会長であるお前がいながら侵入を許したのは問題だ」
やはりカムネスを失望させてしまった。ロギュンは俯きながら唇を噛みしめて自分を情けなく思う。
「だが、お前は副会長であり超人ではない。普通の人間であれば失敗もする」
カムネスの口から予想外の言葉が出たことにロギュンは驚いて顔を上げる。カムネスはルスレクを見つめたままロギュンに背を向けていた。
「人間にとって大切なのは失敗したことを後悔するのではない。二度と同じ失敗をしないよう反省することだ。今回の一件が自分の責任だと思っているのなら反省し、同じ状況に立たされた時に失敗しないようにしろ」
「……ハイ!」
何時までも失敗を悔いていてはいけない、カムネスの言葉で自信を取り戻したロギュンは力強く返事をした。
ベーゼたちともう一度戦うためにはカムネスの言うとおり傷を癒す必要がある。ロギュンはルスレクの相手をカムネスに任せて安全な場所へ移動した。
「……また会えて嬉しいぞ、カムネス・ザグロン」
ロギュンが離れていくのを確認したルスレクはカムネスに視線を向けると改めて挨拶をする。
カムネスは返事をせずに両膝を軽く曲げ、鞘に納めてあるフウガの柄に手を掛け、いつでも抜刀できる体勢を取った。
「メルディエズ学園で戦った時は良いところで時間切れになってしまったからな。今回は時間を気にすることなく楽しませてもらう」
「戦いを楽しむか……知能が高く、冒険者として潜入するだけの能力があるとしても所詮お前も他のベーゼたちと同じというわけか」
「私を知能の低い下位ベーゼや蝕ベーゼと一緒にしてもらっては困る。奴らは所詮上位ベーゼが目的を達成するための道具、奴隷に過ぎない」
「同族すらも道具と考えるか。……僕はお前のことを少し誤解していたようだ」
低めの声を出しながらカムネスはルスレクを見つめる。その目からは仲間を道具として利用するルスレクに対する怒りが感じられた。
ルスレクはカムネスが自分の考えに苛ついていることに気付くとつまらなそうに鼻を鳴らす。ルスレクにとって人間であるカムネスの考えや感情はどうでもよいものなため、自分をどう思っていようが何も感じなかった。
「お前が私をどんな存在として見ようが興味は無い。私にとって重要なのはお前を始末してこのフォルリクトを制圧することだけだ」
「生憎だがその望みは叶わない。なぜなら僕が此処でお前を討伐するからだ」
「フッ、随分自信があるようだな? 学園で私に惨敗したのにその自信は何処から来るのだ?」
「僕を何時までもあの時と一緒だと思っていると痛い目に遭うぞ?」
「なら見せてもらおうか。あの時と比べてどれだけ力を付けたのかを……」
ルスレクは右手に持っている短剣を順手に持ち替え、空いている左手を背中に回し、腰のホルスターに納めてあるもう一本の短剣を抜いて逆手持ちをする。
両手に短剣を握るルスレクは身構えてカムネスを見つめ、カムネスも体勢を変えずにルスレクを睨む。
お互いに無駄な動きは一切取らず、目の前にいる敵がどのように動くか予想しあった。そして向かい合って数秒後、カムネスとルスレクはほぼ同時に床を蹴り、相手に向かって勢いよく跳んだ。
同時に跳んだことで二人の距離は一気に縮み、すぐに攻撃を仕掛けられる状況だった。だがカムネスは刀身の長いフウガを得物としており、ルスレクの短剣よりもリーチが長い。そのためルスレクよりも先に攻撃を仕掛けられる状態に入った。
カムネスも先手を打てる状況で何もしないほど愚かではない。フウガの柄を強く握り、素早く抜刀して向かってくるルスレクに居合切りを放つ。
ルスレクはカムネスが攻撃を仕掛けた瞬間に透過を発動させて自身の体を紫色に光らせる。その直後にフウガの刀身は向かってくるルスレクの体を空を切ったかのようにすり抜けた。更にルスレスに向かって跳んでいたカムネスも体を通過してルスレクの背後に移動する。
カムネスは居合切りが外れると視線を動かして後ろにいるルスレクを確認する。ルスレクは攻撃を回避すると透過を解除して自身の体を物に触れられる状態に戻した。
「正面から仕掛けても透過を使う私に攻撃を当てられないことは前の戦いで学んだはずじゃなかったか?」
ルスレクは振り返って背を向けているカムネスに右手の短剣で袈裟切りを放つ。
背後に回り込んだ直後に反撃されたため、カムネスは攻撃を受けてしまうと思われる状況だった。しかしカムネスは振り返ることなく混沌紋を光らせて反応を発動し、ルスレクに背を向けたまま素早く姿勢を低くしてルスレクの袈裟切りを回避する。
攻撃をかわしたカムネスを見てルスレクは「ほぉ」と意外そうな反応をする。カムネスは姿勢を低くしたまま左に回って後ろにいるルスレクの方を向いた。
「お前も学んだはずだ。僕の反応はあらゆる現象に対して僕の意思よりも体を動かしてくれることを……背後から攻撃しても僕には当たらない」
「流石だな。……なら、これはどうだ」
ルスレクは大きく後ろに跳んでカムネスから距離を取ると両手の短剣を交互に振ってカムネスに真空波を放つ。
正面から飛んでくる真空波を見てカムネスはフウガを両手で握り、飛んでくる真空波を一つずつ叩き落していく。
(学園で戦った時と同じようにベーゼの能力を使ってきたか。なら、またあの時と同じ戦術を取ってくる可能性も……)
メルディエズ学園での戦いを思い出しながらカムネスはルスレクを警戒する。自分が防御している最中に何かとんでもない攻撃を仕掛けてくるはず、そう考えながらカムネスはフウガを振って真空波を防いでいった。
カムネスが素早く真空波を防ぐ姿を見るルスレクは真空波を放ち続け、しばらくすると真空波により攻撃をやめてカムネスに向かって走り出す。そしてカムネスに向かって行く真空波とほぼ同じ速度で走りながらルスレクは透過で自身の体に透過能力を付与した。
体を光らせながら走って来るルスレクを見たカムネスは何か仕掛けてくると直感し、飛んで来た真空波を叩き落しながらルスレクを見つめる。
(自身に透過の力を付与したと言うことはさっきと同じように背後に回り込んで攻撃してくる可能性が高い。……だが、背後に回り込んだ攻撃は一度反応で回避している。奴も同じ攻撃が通用するとは思っていないはずだ)
ルスレクが何のつもりで自身に透過を付与したのか、カムネスは真空波を防ぎながら考える。そんな中、真空波が残り二つとなり、その二つと同じ速度でルスレクは近づいて来た。
真空波とルスレクの両方を警戒しながらカムネスはフウガを構える。ルスレクと真空波が目の前まで近づくと透過が付与されていない真空波を優先してフウガを振った。
カムネスは二つの真空波の内、自分に近い方に向けてフウガを振り下ろして真空波を消滅させる。
一つ目を防ぐと続けて二つ目の真空波を叩き落そうとフウガを構えた。すると透過を付与していたルスレクの体から紫色の光が消え、ルスレクは左手で逆手持ちしている短剣の切っ先をカムネスに向ける。
(透過を解除した?)
ルスレクの意外な行動にカムネスは心の中で驚く。
なぜ突然透過を解除したのかカムネスはルスレクを見つめながら考える。すると何かに気付いたカムネスは目を軽く見開いた。
(……成る程、透過を付与して接近し、自分は背後に回り込んで後ろから攻撃を仕掛けると思い込ませることが狙いだったか。本当は背後に回り込むつもりなど無く、僕が触れられないカムネスよりも傷を負わせられる真空波を優先するよう仕向け、警戒が緩くなった瞬間に透過を解いて攻撃する作戦か)
カムネスはルスレクの狙いに気付くとルスレクを迎撃しようとする。だがルスレクと真空波の速度はほぼ同じでどちらかを対処すればもう片方の攻撃を許すことになってしまう。
距離と取ったり回避行動を執るにしても既にルスレクと真空波は目の前まで近づいてきている。つまり片方の攻撃を受けるのは避けられない状況だった。
「私と真空波の攻撃は同時と言ってもいいタイミングだ。お前の反応を使っても防御も回避もできない。覚悟を決めてどちらかを受けろ」
ルスレクは左手の短剣の剣身を光らせながら距離を詰め、真空波も真っすぐカムネスに向かって行く。どちらかの攻撃は必ず当たる、ルスレクはカムネスを見ながらそう確信した。
カムネスは近づいて来るルスレクと真空波を見ながら冷静にフウガを構える。ルスレクはカムネスから見て右斜め前、真空波は左斜め前から迫って来ていた。
ルスレクの言うとおり、どちらかを対処すればもう片方の攻撃は受けてしまう状況だった。だが不思議なことにカムネスは危機的状況にもかかわらず落ち着いている。
「確かに反応を使ってもこの攻撃を防ぐのは無理だろう。……以前の僕ならな」
鋭い目でルスレクを見つめるカムネスはフウガを両手で握りながら中段構えを取り、構えを崩さずにルスレクと真空波に意識を集中させた。
「……光双斬」
呟いた瞬間にカムネスはフウガをゆっくりと上げ、その直後に勢いよく振り下ろす。
(何だ、何かしたのか?)
一見刀を上下に振っただけの行動にルスレクは理解できないような反応を見せる。だが次の瞬間、ルスレクの体の大きな切傷が生まれ、隣を飛んでいた真空波も同時に消滅した。
「な、にぃ!?」
自分の身に何が起きたのか分からないルスレクはハーフアーマーごと切られた自身の体を見ながら驚く。
ルスレクの正面ではカムネスは表情を鋭くしながらルスレクを見ていた。




