第二百四十五話 フォルリクトの激闘
ラステクト王国の首都、フォルリクトも他の三大国家の首都と同じようにベーゼの群れの襲撃を受けていた。
フォルリクトの東西南北には入口である四つの正門があり、ベーゼたちは二時間ほど前から攻撃を開始していた。幸いまだ突破されていないが、ベーゼの数は多く、少しでも油断するれば突破されてしまう状況だ。
王国軍や冒険者、そしてメルディエズ学園の生徒たちは各正門で侵入しようとするベーゼたちを迎撃している。各門を襲撃しているベーゼは大半が下位ベーゼと蝕ベーゼで正門を攻撃したり、城壁に長梯子を掛けて城壁を越えようとしていた。
城壁を護る者たちで槍や弓矢を持つ者は長梯子を上ったり、城壁をよじ登ろうとするベーゼを攻撃し、魔法が使える者は城壁から離れた所にいるベーゼを攻撃して少しでも数を減らしていた。
しかし、それでもベーゼの数は一向に減らず、城壁を護っている者たちは厳しい戦いになると確信しながら迎撃している。
「ベーゼたちは首都に突入するため、各正門を攻撃し続けています」
フォルリクトの中央にある王城、城門前では王城を護る王国軍が自分たちの配置場所や手元にある武器や道具、各正門の戦況確認している。
王城を護る王国軍の兵士や騎士はフォルリクトでも優秀な者たちばかりで万が一ベーゼが王城まで攻め込んで来た時にすぐに迎撃できるよう臨戦態勢を取っていた。
城門前では部隊長と思われる騎士が大勢集まっており、兵士から各正門の状況報告を受けている。ベーゼたちは激しい攻撃を仕掛けていると聞いた騎士たちは皆緊迫した表情を浮かべていた。
「防衛隊の状態はどうなっている? 被害が出ている部隊はあるのか?」
「今のところ、甚大な被害が出ている部隊はありません。ただ、負傷者は出ているのでいずれ増援要請が出ると思われます」
「少なくとも、今はまだ要請は出ていないのだ?」
「ハイ」
兵士が頷きながら返事をすると報告を聞いていた初老の騎士は難しい顔をする。周りにいる若い騎士や女性の騎士たちも互いの顔を見合いながら戦況がどう変わるのか疑問に思っていた。
「……とりあえず、大きな被害が出ていないのであれば増援ではなく、ポーションなどのアイテムを各門へ送って物資の補給し続けろ。あと、今後も戦況報告はこまめに行うんだ」
「ハッ!」
敬礼した兵士は持ち場へ戻るため、騎士たちに背を向けて走り出す。騎士たちはこのまま戦況を維持してベーゼたちを撃退できればいいと思っていた。
「かなり絶妙な戦況のようだな」
騎士たちの背後から声が聞こえ、騎士たちは一斉に振り返る。視線の先にはラステクト王国の軍事責任者であり、カムネスの父親であるジャクソン・ザグロン侯爵が歩いてくる姿があった。
ジャクソンは軍事責任者であると同時に前のベーゼ大戦でベーゼと戦った騎士だったため、今回のフォルリクト防衛隊の総指揮官を任されていたのだ。普段高級感のある貴族服を着ているジャクソンも今回は銀色の全身甲冑を身に纏い、腰に剣を佩した騎士の格好をしている。
「今はまだ戦況に変化は出ていないようだな?」
騎士たちと合流したジャクソンは周りにいる騎士たちを見ながら戦況確認をし、兵士から話を聞いていた初老の騎士はジャクソンを見ながら頷いた。
「ハイ、各防衛隊に負傷者は出ているようですが、突破されるほど大きな被害は出ていないようです。先程も物資の補給をするよう指示を出しました」
「それがいいだろう。大きな変化が出ていない状況で下手に戦力を動かせば万が一の時に対処できなくなるからな」
初老の騎士の判断が間違っていないと納得したジャクソンは目の前にある机を見た。
机の上にはフォルリクトの地図が置かれてあり、王城の周りや都市内、四つの正門の内側にはフォルリクトの防衛隊の戦力を表す青い兵棋が幾つも置かれ、都市の外側にはベーゼの戦力を表す赤い兵棋が置かれてある。
「各正門には王国軍と冒険者、メルディエズ学園で構成された部隊を二個中隊ずつ配備しています。部隊の大半は我が軍の兵士と冒険者でメルディエズ学園の生徒は僅かな人数となっています」
「戦いを少しでも有利に進めるにはベーゼとの戦いを得意とする生徒たちを前に出し、戦いながら各兵士と冒険者に戦術やベーゼの情報について助言してもらうしかない。できる限り生徒たちを最前線に出させるよう改めて指示を出すんだ」
真剣な表情を浮かべるジャクソンは騎士たちに命じる。周りの騎士たちは自分たちよりも若い少年少女たちを最前線に出させるというジャクソンの発言を聞いて僅かに表情を曇らせた。
「し、しかしザグロン候、ベーゼとの戦闘を得意としているとは言え、彼らはまだ子供です。若い彼らを前に出すよりも我々が前に出てベーゼと戦うべきでは……」
「彼らも戦士だ。若かろうと自分の意思でベーゼと戦うことを決め、メルディエズ学園に入学することを決意したのだ。だったら前に出てベーゼと戦わせることが筋というものではないか?」
「そ、それはそうですが……」
ジャクソンの言葉に初老の騎士は言い返さず言葉に詰まる。周りの騎士たちもジャクソンの言っていることに一理あると感じたのか俯いたり、複雑そうな表情を浮かべながら黙っていた。
「勿論、ベーゼと戦う戦士だからと言って無理に戦わせるつもりは無い。疲労が溜まったり、負傷すれば後退させる。だが、ベーゼとの戦いでは彼らの力は必要不可欠だ。動ける状態である内は彼らに戦ってもらう。それがフォルリクトを、この世界を護るために必要なことなのだ」
フォルリクトを護りためにメルディエズ学園の生徒たちを最前線に出しているのだと言うジャクソンの主張を聞き、騎士たちはとりあえず納得する。だがそれでも、若者たちに厳しい戦いをさせることにはやはり抵抗を感じていた。
「フォルリクトと世界を護るためなら、動かせる生徒は全員使うべきなんじゃないの?」
高い女性の声が響き、騎士たちはフッと声が聞こえた方を向いてジャクソンも真剣な表情を浮かべながらゆっくりと騎士たちと同じ方を向く。
ジャクソンたちの視線の先にはメルディエズ学園の制服を着てショヴスリを肩に掛けながら歩いて来るオルビィンの姿があった。
不満そうな顔をするオルビィンはジャクソンたちの方へ歩いて行き、彼女の後ろにはメルディエズ学園の生徒会のメンバーである生徒が四人おり、オルビィンの後をついて来ている。
ジャクソンの前までやって来たオルビィンはジャクソンを見上げながら目を鋭くした。
「少しでも戦いを有利に進ませるのなら、メルディエズ学園の生徒であり混沌士である私も最前線でベーゼと戦うべきだと思うのだけど?」
「殿下、その件については戦いが始まる直前にお話ししたはずですが?」
「ええ、聞いたわよ? ……王族である私は最前線には出ず、後方で王城の防衛に就いてほしいってね」
オルビィンは低めの声でジャクソンに語り掛け、ジャクソンは表情を変えずにオルビィンを見ている。オルビィンとジャクソンが向かい合うことで周囲の空気僅かにピリピリしだし、初老の騎士たちは居心地の悪そうな顔をした。
オルビィンもメルディエズ学園の生徒なので大陸中に出現するベーゼの討伐依頼に参加していたのだが、ラステクト王国のベーゼの数が増えたことで王女であるオルビィンも王国に出現したベーゼを討伐する部隊に配置され、共に依頼を受けた生徒たちと一緒に活動拠点とするフォルリクトにやって来た。
そんな時にベーゼの大群がフォルリクトに攻め込んできたため、オルビィンたちもフォルリクトの防衛に参加したのだ。
しかし、王女であるオルビィンを危険な最前線に向かわせることはできないとジャクソンはオルビィンと生徒会の生徒を彼女の護衛として王城の防衛隊に就かせた。
国王であるジェームズはメルディエズ学園の生徒となったオルビィンを特別扱いせず、他の生徒と同じように最前線に向かわせるべではとジャクソンに進言したのだが、ジャクソンはラステクト王国の未来を背負うオルビィンを危険な目に遭わせられないと語り、最前線に向かわせることに反対した。
ジェームズはジャクソンが防衛隊の指揮官であることとオルビィンの身を案じて反対していることから、ジェームズの言うとおりにしようと考え、オルビィンを王城防衛部隊に就かせることを許した。
だがオルビィン自身は納得できず、今まで何度もジャクソンに最前線に行かせるよう要求して現在に至ったのだ。
「私が学園に入学する際もお父様は私を普通の生徒と同じように扱うようにってカムネスやフリドマー伯に言ったはずよ? それなのに王女だからってベーゼと戦わせないなんて、これは明らかに王族である私を特別扱いしてるってことになるじゃない!」
「確かに陛下は殿下を平等に扱うよう仰いました。ですが、それも時と場合によります。今回のような状況で殿下を最前線に出させるわけにはいきません」
「私が特別扱いされるのを嫌ってるって貴方も知ってるわよね? 王女だろうと平民だろうと関係無いわ。メルディエズ学園の生徒である以上、私にも最前線で戦う義務があるのよ」
オルビィンは苛立ちの籠った声を出しながらショヴスリの石突の部分で足元を強く叩く。周りの騎士や生徒たちはオルビィンが苛ついていることに気付くと気まずそうにしながら少し距離を取った。
「……殿下、いい加減にご自分の立場をご理解ください」
ジャクソンはオルビィンを見つめながら低い声を出す。その声からは迫力と重みが感じられ、オルビィンは思わず目を見開いた。
「殿下はいずれ国を治め、国民を導く存在となるお方、本来であれば戦場に出ずに陛下たちとご一緒に王城に避難していただくべきなのです。しかし、殿下はご自分をメルディエズ学園の生徒として扱ってほしいと仰ったため、王城の防衛隊に配置いたしました」
最前線ではないが、戦場に出してほしいと言う望みを叶えたことをジャクソンはオルビィンに遠回しに伝える。
オルビィンはジャクソンが「要望を聞いたのだから文句を言わないでほしい」と言っているのを察し、若干悔しそうな顔でジャクソンを睨んだ。
「国の未来のためにも、ご自分がどれだけ重要な存在なのかよくお考え下さい」
「クゥゥッ……」
「何より、フォルリクト防衛隊の指揮官は私です。防衛に参加していただくからには指揮官である私の指示に従っていただきます」
「~~~ッ! 分かったわよ!」
口でも立場でも勝ち目は無いと感じたオルビィンは渋々納得する。
オルビィンが大人しくなるとジャクソンは机の方を向いてフォルリクトの地図を見る。騎士たちは緊迫した空気が元に戻ったことで緊張が解け、静かに溜め息をついた。
「ベーゼたちがどのように攻撃を仕掛けているか確認しておきたい。情報を持っている者はいるか?」
ジャクソンが最前線の情報を確認しようと騎士たちに声を掛けると騎士たちはフッと反応し、ジャクソンの方を見ながらベーゼとの戦いに気持ちを切り替えた。
「ベ、ベーゼたちの行動に関してなら情報が入っています」
若い騎士がジャクソンに近づき、広げられている地図を見ながらフォルリクトの四つの正門を指差す。
「各正門を攻撃しているベーゼたちは城壁を越えて都市内に侵入しようとしています。城壁を越えたベーゼたちが内側から正門を破壊し、外にいる大量のベーゼたちをフォルリクトへ侵入させようとしていると考えて間違い無いでしょう」
「そうだな……ただ、ベーゼの中には空を飛んだり、地中を移動したりする個体もいる。城壁だけでなく、空と地中にも警戒するよう各部隊に指示を出せ」
『ハッ!』
ジャクソンが周りにいる初老の騎士たちに指示すると騎士たちは真剣な眼差しをジャクソンに向けながら返事をする。
オルビィンは正門の戦いは自分が想像していた以上に激しいのだと理解しながらジャクソンたちの会話を黙って聞いていた。
「……ザグロン候、実は正門の戦闘で少々気になることが……」
「気になること?」
ジャクソンが若い騎士の方を向くと若い騎士は難しそうな顔をしながら地図に描かれている西門を指差した。
「西門を襲撃しているベーゼたちなのですが、どういうわけか他の三つの正門と比べて攻め方がおかしいそうです」
「どういうことだ?」
「西門以外の門を攻撃しているベーゼたちは都市に侵入するためにその殆どが城壁を越えること、正門を破壊することに力を入れているのですが、西門は城壁を越えようとするベーゼが少なく、正門も攻撃せずに周りに集めっているだけのようなのです」
「……西門に集まっているベーゼたちはフォルリクトに侵入する気が無いと言うことか?」
「まだ分かりませんが、何か企んでいる可能性は高いかと……」
西門のベーゼたちが何かを仕掛けてくると予想するジャクソンは難しい顔をしながら地図を見つめ、西門を攻めるベーゼたちへの対応策を考える。
ベーゼ側が何を考えているかは今の時点ではまだ分からないが、他の三つの正門とは明らかに違う行動を執っているため、ジャクソンは嫌な予感がしていた。
ジャクソンはしばらく無言で考えた後、地図に描かれている王城の北西にある城下町を指差した。
「確かこの辺りにはカムネスが指揮を執るメルディエズ学園の部隊が配置されていたな?」
「あっハイ、ベーゼたちが都市内に侵入した際に迎撃する部隊が幾つか……」
「なら、カムネスの部隊に西門のベーゼたちが異様な動きをしていること、もし奴らが何かを仕掛けてきたら対処するよう連絡を入れておけ」
「分かりました」
若い騎士は返事をすると近くにいた馬に乗ってカムネスの下へ向かった。
「ザグロン候、西門にいるベーゼたちが何か仕掛けてくるの?」
会話を聞いていたオルビィンが確認するようにジャクソンに声を掛けるとジャクソンはチラッとオルビィンの方を向いた。
「まだ分かりません。ですがベーゼたちはこれまで何度も我々を追い詰めるような行動を取ってきました。今回もベーゼたちが何か良からぬ行動を執ってくる可能性が高いのでカムネスに警戒するよう伝えることにしたのです」
「……何が起きるか分からない問題の対処を息子であるカムネスに任せるの? もしカムネスに身に何か遭ったらどうするのよ?」
「あれもザグロン家の人間であり、メルディエズ学園の生徒会長です。ラステクトや国民を護るために危険を冒す覚悟はできているはずです」
「父親の言うこととは思えないわね……」
ジャクソンのカムネスに対する扱いを知ったオルビィンは不快な気分になりながら呟く。
オルビィンの言葉が聞こえていないのか、ジャクソンはオルビィンの言葉に反応することなくフォルリクトの西を無言で見つめていた。
――――――
フォルリクトの西門では防衛隊が攻めて来たベーゼたちを迎撃している。
ベーゼの数は約七百でその半分以上が下位ベーゼと蝕ベーゼだった。中には中位ベーゼもおり、周りにいる位の低いベーゼたちに指示を出しながら城壁の上にいる王国兵や冒険者、メルディエズ学園の生徒たちを攻撃している。
ただ不思議なことにベーゼたちの勢いは弱く、フォルリクトに侵入するために城壁に掛けられた長梯子を上るベーゼの数は少ない。
西門も破壊しようとせず、防衛隊はベーゼたちの攻め方が弱いことに疑問を抱きながらも迎撃し続けた。
「いったいどうなってやがるんだ? ベーゼども、城壁の周りに集まるだけで全然城壁を突破しようとしねぇぞ?」
城壁の上からベーゼたちの様子を窺う剣士風の冒険者の男が不思議そうに呟く。フォルリクトを制圧するのが目的のはずなのにどうして西門を攻めるベーゼたちの勢いが弱いのか疑問に思いながらベーゼを見下ろした。
「もしかしたら、俺らの護りが固いから突破できずにいるんじゃねぇのか?」
剣士の冒険者の隣で弓兵の冒険者が余裕の笑みを浮かべながら声を掛けてきた。
仲間の話を聞いた剣士の冒険者は現状から自分たちがベーゼよりも力が上だと感じて納得したような表情を浮かべる。
「だったら、このままベーゼどもを迎撃すれば西門が突破されることもねぇな」
「ああ、一気に押し返してやろうぜ」
ベーゼに難なく勝つことができる、そう考える冒険者たちは余裕の笑みを浮かべながら城壁に集まっているベーゼたちを見下ろす。もしも長梯子を上って来ても自分たちなら簡単に倒せるはずだと冒険者たちは確信していた。
ベーゼたちは次にどんな行動を執るのか予想しながら冒険者たちはベーゼたちの様子を窺う。すると城壁の上空を飛び回っているルフリフの一体が剣士の冒険者に向かって急降下してきた。
冒険者は真上からの気配に気付いて上を向き、迫って来るルフリフを目にする。突然の奇襲に剣士の冒険者と弓兵の冒険者は驚きの反応を見せた。
完全に油断している状態で奇襲を受けたため、剣士の冒険者は迎撃できないと感じてやられるのを覚悟した。
だがその時、何処からか二本のナイフが飛んで来て急降下してきたルフリフの頭部と胸部に命中する。
ナイフを受けたルフリフは鳴き声を嗅げながら城壁の上に落下し、そのまま靄となって消滅した。ルフリフが消滅したことで刺さっていたナイフも落ちて高い金属音を立てる。
ルフリフが消滅した直後、冒険者たちはナイフが飛んで来た方を向く。そこには左手に二本の投げナイフを持ちながらこちらを見ているロギュンの姿があった。先程のナイフはロギュンの投げた物だったのだ。
ベーゼたちがフォルリクトを襲撃してきた際、メルディエズ学園の生徒たちは王国軍や冒険者と共に各正門の防衛に回された。ロギュンは防衛に就いた生徒たちの指揮を執るために最前線に出て、西門の防衛に就いていたんのだ。
「大丈夫ですか?」
真剣な表情を浮かべるロギュンは冒険者たちに声を掛ける。
冒険者たちは愕然としながら無言で頷き、冒険者たちが無事なのを確認したロギュンは冒険者たちに近づいて先程自分が投げた二本の投げナイフを右手で拾い上げた。
「……ベーゼたちの勢いが弱いからと言って油断しないでください? 城壁を越えようとするベーゼは少なくても、上空から越えようとするベーゼもいるのですから」
ロギュンは拾った投げナイフを大腿部のホルスターに戻しながら冒険者たちに忠告した。
冒険者たちは自分たちよりも年下で商売敵のメルディエズ学園の生徒であるロギュンに注意されたことに小さな不満を抱いているのか、ムッとしながらロギュンを見つめる。
「わ~ってる、少し気を抜いちまってただけだ。次は同じ失敗はしねぇよ」
剣士の冒険者はそう言うとムッとしながら城壁の外にいるベーゼたちを警戒する。弓兵の冒険者はロギュンに軽く頭を下げてから城壁の下と上空の警戒に戻った。
冒険者たちの反応を見たロギュンはチラッと周囲を見回して城壁を護るメルディエズ学園の生徒や王国兵、冒険者たちの状態を確認する。
ベーゼたちの勢いが弱く、城壁を越えようとするベーゼも少ないため、防衛隊には大きな被害は出ていない。普通なら被害が出ていないことに安心するべきなのだが、ロギュンは笑みを浮かべたりせず目を鋭くしていた。
(いったいどういうことなのでしょう? 戦いが始まってから二時間が経過していますが、西門に攻め込んできたベーゼたちの勢いは一向に変わりません……)
ロギュンは冒険者たちと同じように自分たちが相手をしているベーゼたちの勢いが弱いことを心の中で疑問に思っていた。
(西門以外の正門を防衛している生徒たちから伝言の腕輪で連絡を受けた時、ベーゼたちは激しく攻撃を仕掛けて来ていると聞きましたが、西門は明らかに激しさが無い。まるで本気で西門を突破する気が無いように思えます……)
ベーゼたちが何かを企んでいる可能性がある、そんな考えるロギュンは別の場所を防衛するカムネスや他の生徒たちに警戒するよう伝えるために左腕に嵌めている伝言の腕輪を顔に近づけて起動させようとする。
その時、背後にある西門前の広場から叫び声が聞こえ、叫び声を聞いたロギュンや彼女と共に城壁の防衛に就いていた者たちが一斉に広場の方を向いた。
西門内側にある広場には王国軍が張ったテントが幾つもあり、他にも防衛に必要な道具が入った木箱が幾つも置かれてある。そんな広場の中になんと中位ベーゼのユーファルが四体、下位ベーゼのインファが六体、蝕ベーゼのベーゼオーガが八体おり、周りにいる王国兵や冒険者、生徒たちを威嚇していた。
「ど、どうしてベーゼが広場に!? 西門は襲撃してきたベーゼは一体も侵入していないはずです!」
ベーゼが広場にいることが信じられないロギュンは驚愕しながら広場を見下ろす。城壁の上にいた他の者たちもいつの間にかベーゼが侵入していたことに驚きを隠せいずにいた。
ロギュンたちが驚く中、広場に現れたベーゼたちは一斉に動き出して広場内にいた王国兵たちに襲い掛かる。
ユーファルは体を透明化させて姿を消し、王国兵や冒険者たちの背後や側面に回り込む。その後、体の透明化を解除して先端の尖った舌を伸ばしたり、鋭い爪で攻撃する。
王国兵や冒険者たちはいつの間にか背後や側面に回り込んだユーファルに気付けず、ユーファルの攻撃を受けて倒れてしまう。
メルディエズ学園の生徒は侵入したベーゼの中で最も厄介なユーファルを優先して倒そうと、下位ベーゼと蝕ベーゼを無視してユーファルに向かって行く。
生徒たちがユーファルの対応に回るとインファやベーゼオーガは近くにいる王国兵たちや手の空いている生徒を襲い始める。王国兵たちは突然現れたベーゼたちに動揺しながらも武器を持って迎え撃つ。
「マズイ、突然現れたベーゼたちに皆さん動揺しています。何とかしなくては!」
このままでは広場に大きな被害が出てしまうと直感したロギュンは混沌紋を光らせて自分の制服に浮遊の能力を付与した。制服が薄っすらと紫色に光るとロギュンは制服と共に浮かび上がり、広場に向かって空中を移動し、広場で暴れているベーゼたちの上空へ移動する。
上空からベーゼたちを見下ろすロギュンは両手に二本ずつ投げナイフを持ち、全ての投げナイフに浮遊を付与して広場のベーゼたちに向かって投げた。
浮遊が付与された投げナイフはロギュンの意のままに動き、まるで生き物のように空中を飛び回る。そして王国兵たちを襲っているインファたちに急接近して額に刺さったり、喉元を切り裂いたりして攻撃した。
投げナイフの攻撃を受けたインファたちは鳴き声を上げながら倒れて消滅する。四本の投げナイフは空中を飛び回り続け、今度はベーゼオーガたちに向かって飛んで行く。
ベーゼオーガの内、四体は飛んでくる投げナイフに気付き、持っている丸太の棍棒で投げナイフを叩き落そうとする。しかし体の大きなベーゼオーガの動きは遅く、投げナイフはベーゼオーガが棍棒を振る前にベーゼオーガたちの頭上まで移動した。
「遅すぎますよ」
ロギュンが呟いた瞬間、四本の投げナイフは切っ先をベーゼオーガたちに向けて勢いよく降下してベーゼオーガたちの頭頂部を刺し貫いた。
頭部を貫かれたベーゼオーガたちは声を上げる間もなく一斉に大きな音を立てて倒れる。倒れた直後にその巨体は黒い靄となって消滅し、投げナイフだけが残った。
ロギュンはゆっくりと広場に着地すると落ちている四本の投げナイフ向けて手を伸ばし、浮遊の力で投げナイフを操って自分の手元に戻した。
「ベーゼオーガを四体倒しましたが、まだ半分残っている上にユーファルもいます。早く彼らを倒さないと広場に大きな被害が出てしまう。最悪、内側から正門を開けられてベーゼたちの侵入を許してしまうことに……」
広場を護るためにも急いで侵入したベーゼを全て倒さなくてはいけないと考えるロギュンは周囲を見回し、生徒や王国兵たちと戦っているユーファルやベーゼオーガ、インファを確認する。
インファとベーゼオーガは他の生徒や王国兵が相手をしているので優先して倒さなくても大丈夫だと感じたロギュンは遠くで生徒たちと交戦しているユーファルを先に倒そうとユーファルの下へ走り出す。
(それにしても、どうしてベーゼたちはフォルリクトの中に現れたのでしょう? 西門は問題無く防衛できてたし、他の正門が突破されたという報告も無かったのに……)
ロギュンは走りながらどうしてユーファルたちが西門前の広場に現れたのか理由を考えた。その時、背後から殺気を感じ、ロギュンは目を見開きながら振り返る。振り返った瞬間、光る鋭い何かが顔に迫り、ロギュンは咄嗟に右へ跳んで迫ってきた物を回避した。
回避に成功したロギュンは投げナイフを構えて迫ってきた物を確認する。だが、確認した瞬間にロギュンが驚愕の表情を浮かべた。
ロギュンの前にいたのは薄い紫色の髪と青い目を持ち、左目を前髪で隠した灰色の長袖長ズボンに黒いハーフアーマーを装備した青年、ルスレク・ハインリヒことカルヘルツィだったのだ。
「あ、貴方は……」
目の前に五凶将の一人である最上位ベーゼがいることにロギュンは驚きを隠せずにいた。
ルスレクは右手で短剣を逆手で持ちながら鋭い視線をロギュンに向ける。先程ロギュンに迫ってきた光る鋭い物はルスレクの短剣だったようだ。
「上手くかわしたな。生徒会副会長を任されるだけはある」
「なぜ貴方が此処に?」
「愚問だな。私は五凶将でフォルリクトを襲撃しているベーゼたちと共に行動している。それらを考えれば、私がラステクトを制圧する軍の指揮官であることぐらい分かるはずだ」
ロギュンはルスレクがフォルリクトを襲っているベーゼたちの指揮官だと知ると奥歯を噛みしめながら警戒心を強くする。
ルスレクを見た瞬間に何となく察していたが、直接本人の口から理由を聞きたかったため、わざと気付いていないフリをして質問した。しかし分からないこともあり、ロギュンは微量の汗を掻きながらルスレクを睨む。
「どうして貴方が此処に……いいえ、フォルリクトの中にいるのですか? 貴方がベーゼだと分かった日から王国は貴方がベーゼであることを国中に知らせ、首都を始め大都市や町に入れないよう各拠点の警備を強化させました」
警戒しながらロギュンはラステクト王国がルスレクに対する警戒を強くしていたことを説明する。ルスレクはロギュンの話に興味があるのか黙って説明を聞いていた。
「貴方が首都に侵入することはできないほど警戒は厳重だったはずです。今回の襲撃でもベーゼが現れた直後に各正門は閉鎖しました」
「……決して外から侵入できない状況でどうして私がフォルリクトに侵入できたのか知りたい、と言いたいわけか」
ロギュンはルスレクの確認に対して反応を見せず、無言でルスレクを見つめる。
無言で反応も見せなければロギュンが何を考えているのか普通は分からないだろう。だがルスレクには現状とロギュンの態度から彼女が侵入できた理由を知りたがっていると分かっていた。
「お前たちは私のことを警戒していたようだが、無駄なことだ。都市への侵入など透過の力を使えば造作もないことだ」
ロギュンはルスレクの言葉を聞くと再び目を見開いてルスレクの混沌紋を見る。
ルスレクの混沌術である透過を自身の体や身につけている物に透過能力を付与し、物体を通り抜けることができるようになる力だ。その力を使えば正門などを通らなくても人目の付かない場所で城壁を通り抜ければ難なく侵入できる。
ロギュンはルスレクが戦いが始まった直後に透過を使い、別の場所からフォルリクトに侵入したと知って悔しそうな顔をする。
「透過を使っていたなんて……貴方の混沌術のことを忘れていた私たちのミスですね」
自分たちの失敗を反省するロギュンを見たルスレクは小さく鼻を鳴らす。ルスレクは他の五凶将と違い、人間が失敗した姿を見ても楽しんだり、挑発したりはしなかった。
「……貴方が首都に侵入できた理由は分かりました。ですが、他のベーゼたちはどうしたのですか? 貴方と違ってベーゼたちには城壁をすり抜ける力もありませんし、私たちに見つからずに城壁を越えることなどできないはずです」
「確かに難しいだろう。……だが、それもこれを使えば解決だ」
ルスレクはそう言うと姿勢を低くして短剣を持っていない左手を広場に床につけた。
「召喚の扉!」
ルスレクが叫んだ直後、ルスレクの左手や足下から濃紫色の闇が現れて円形に広がる。すると水たまりのように広がった闇から下位ベーゼのインファやモイルダーが四体ずつ、中位ベーゼのフェグッターとシュトグリブが三体ずつ、合計十四体のベーゼがせり上がってきた。
現れたベーゼたちは鳴き声を上げたり、持って入り武器を構えたりして広場にいるメルディエズ学園の生徒、王国兵、冒険者を威嚇する。
新たに広場に現れたベーゼたちを見て近くにいた王国兵たちは驚きの声を上げた。ロギュンもルスレクを囲むように現れたベーゼたちを見て愕然とする。
「ベーゼたちは私のこの力でフォルリクトの外から召喚したのだ。少しでも多くのベーゼを首都内に召喚できるよう、西門を襲撃した者たちに加減して攻撃するよう指示しておいた甲斐があった」
「えっ?」
ルスレクの意味深な言葉にロギュンは思わず訊き返す。
「今の言葉、どういう意味ですか?」
「私は西門を制圧し、その後に街の中を進軍しながら王城を目指すつもりでいた。西門を制圧する際に少しでも被害を少なくするため、部下たちには派手に暴れず、加減して攻撃するよう命じたのだ。派手に暴れればお前たちが警戒したり、闘争心が強くなってこちらに大きな被害を出す可能性があったからな」
「……私たちがベーゼの数を減らさないようにするため、わざと西門の制圧に力を入れていなかったと言うことですか?」
「そのとおり。結果、お前たちはこちらを必要以上に警戒せず、部下も多くを殺さなかった。おかげでこちらの都合のいいように事が運んだ」
全てルスレクの計算どおりだったと知らされたロギュンは大きな衝撃を受けて思わず後ずさりする。
自分がベーゼたちの行動をもっと警戒していればルスレクたちの侵入を許すことは無かった、そんな後悔の気持ちがロギュンの胸を強く締め付けた。
「カムネス・ザグロンだったら私の計画に気付いていたかもしれない。……西門にいたのがお前でよかった」
ルスレクは鋭い目でロギュンを見つめながら本音を口にする。その直後、ルスレクが召喚したベーゼたちが散開し、広場にいる者たちに攻撃を仕掛けた。




