第二百四十四話 剣魔と水の槍
痛みに耐えるアイビーツは大きく後ろの跳んでフレードから距離を取る。アイビーツの跳躍力は常人とは比べ物にならないくらい高いのか一度跳んだだけで5mほど離れた。
フレードは距離を取ったアイビーツを見ながらリヴァイクスを構え直す。本来なら追撃するべきなのだがアイビーツがまだ本気を出していないことから自分が想像もしていない攻撃をしてくる可能性がある。
もし予想外の攻撃を仕掛けてきたら対処が難しいため、自分の態勢を整えるためにも追撃せずに様子を窺うことにした。
アイビーツはフレードを警戒しながら脇腹を確認する。痛みが引き、止血しているのを見るとフレードに視線を向けて小さく舌打ちをした。
「……成る程、確かに学園で戦った時と比べたら多少は強くなってるみてぇだな?」
「多少だぁ? 明らかに数倍強くなってるだろうが。傷を負わされたのに相手の実力を認めねぇのは見っともねぇと思うぜ?」
フレードは鼻で笑いながら自分を睨んでいるアイビーツを挑発する。ベーゼとして常に人間を見下していたアイビーツのプライドを人間である自分が刺激すれば感情的になって突撃してくるかもしれないとフレードは予想していた。
もし突撃してくれば対処しやすく、返り討ちにできるかもしれないため、フレードはこのままアイビーツを挑発し続けようと考えていた。
アイビーツは小馬鹿にしてくるフレードを無言で見つめる。フレードの予想どおり突撃するかと思われたが、以外にもアイビーツは感情的にはならず平常心を保っていた。
「どうやら俺はお前を過小評価してたみてぇだ。……前にも大帝陛下から油断するなって忠告されたのに情けねぇなぁ」
突撃してくるどころか自分が相手を見くびっていたことを反省するアイビーツを見てフレードは軽く目を見開く。アイビーツの性格から感情的になって攻撃してくると思っていたため、予想外の反応を見て少し驚いていた。
「……いいだろう、認めてやろぜ。お前は確かに五凶将と戦えるだけの力を得た。……だからこそ、俺もお前を全力で叩き潰してやる」
アイビーツの言葉を聞いたフレードは遂にアイビーツが本気で戦うと知って警戒を強くする。
今までアイビーツは人間の姿で剣と混沌術だけを使って戦っていた。そのアイビーツが本気を出すと言うことは最上位ベーゼとしての力も使ってくることを意味しているとフレードは確信し、足の位置や構えを変えて動きやすい体勢を取る。
フレードが警戒する中、アイビーツは剣を右手に持ち、空いている左手でもう一本の剣を抜いた。両手で二本の剣を握りながらアイビーツはフレードを鋭い目で見つめる。
「光栄に思え? この俺がお前を強者と認め、更に全力で戦ってやるってんだ。そして、俺がこの世界で本気で戦うのは今回が初めてだ」
「へぇ~、そりゃあ確かに光栄だな。テメェの強さが口だけじゃねぇってことを祈ってるぜ?」
「ハッ、今の内に好きなだけほざいてろ。すぐにその余裕が絶望に変わるだろうからな!」
アイビーツは上半身を前に倒しながら両腕を交差させる。その直後、アイビーツの足下に薄い黄色の魔法陣が展開し、アイビーツは黄色い炎に包まれた。
炎は形を変えながら見る見る大きくなり、やがて3m弱はある人型に変わる。上半身の部分は大きくなり、両手の先も太くて長く、先端が尖った形に変わった。
フレードは黄色い炎に包まれるアイビーツを見つめながら警戒を続ける。やがて炎が消え、炎の中から一体のベーゼが姿を現した。
現れたベーゼは藤黄色の大きく強靭な肉体を持ち、上半身は若干前に曲がっていた。太い両腕には手は無く、代わりに剣身の厚い両刃の剣となっており、右腕の剣身には混沌紋が入っている。下半身は短めの二本足で三本指から鋭い爪が生えていた。頭部は悪魔のように恐ろしく、口には鋭い歯が並んでいる。側頭部からは上に向かって伸びる角が二本生え、赤く鋭い目をしていた。
炎から姿を見せたベーゼこそ、アイビーツの本当の姿である最上位ベーゼ、エアガイツだった。エアガイツは自分の存在をアピールするかのように上を向きながら大きな咆哮を上げる。
フレードはエアガイツを睨みながら身構え、離れた所で他のベーゼたちと戦っていたジェリックたちも一斉にエアガイツの方を向き、その姿を見て驚愕した。
「待たせたな。それじゃあ続きを始めるか」
エアガイツはフレードを見ながら低い声で戦闘再開を宣言し、フレードはリヴァイクスを握る手に力を入れる。
アイビーツの姿だった時と明らかに雰囲気が変わったエアガイツを見るフレードはどれほど力と戦術が変わったのか考えながら様子を窺う。
「どうした、来ないのか? 来ないなら俺から行かせてもらうぞ」
攻めてこないフレードに声を掛けたエアガイツはフレードに向かってゆっくりと歩き出す。体が大きくなったことで移動速度が低下したのか、アイビーツだった時と比べて動きが遅い。
フレードはエアガイツの動きを見て速さなら自分の方が上だと予想した。
エアガイツは動かないフレードを見つめながら混沌紋を光らせて斥力を発動させ、フレードに向けて左腕の剣を右から大きく横に振る。その瞬間、剣から大きな真空波な放たれ、真っすぐフレードに向かって飛んで行く。
「あの野郎、ベーゼになってあんなこともできるようになったのか。こりゃあ、距離を取ったとしても気は抜けねぇな」
近距離だけでなく、遠距離でも攻撃可能だと知ったフレードはより警戒を強くしながら大きく右へ跳んで真空波の射線上から移動する。真空波との距離は十分あったため、フレードは問題無く回避行動を取ることができた。
真空波は跳んだフレードの左側を通過し、フレードは回避した直後に反撃しようとする。だが真空波が横を通過した瞬間、フレードは左から見えない力に押されてバランスを崩してその場に膝をついてしまう。
「な、何だ今のは?」
自分の身に何が起きたのか分からずにフレードは驚く。最初は真空波の風圧でバランスを崩したのかと思っていたが、風圧とは力の加わり方や感覚が違った。
いったい何が起きたのか、フレードは体勢を直しながら考える。そんな中、エアガイツは右の剣を横に振って再び真空波を放ってきた。
フレードは同じ攻撃を仕掛けてきたエアガイツを鬱陶しそうに見ながら今度は左へ跳んで真空波をかわす。だが真空波がフレードの右隣を通過すると再び見えない力に押されてフレードは俯せに倒れてしまう。
二度も体勢を崩されたフレードは悔しそうにしながら起き上がってエアガイツの方を向く。するとエアガイツの右腕の剣身に入っている混沌紋が光っているのが目に入った。
「……成る程な、放った真空波に斥力の力を付与してたのか」
自分に掛かっていた力の正体に気付いたフレードは厄介に思いながら立ち上げる。
エアガイツはアイビーツの姿で戦っていた時は真空波を放ってこなかったため、フレードは遠距離攻撃に斥力を付与できるとは思っていなかった。
だがエアガイツが真空波を放つ際に混沌紋を光らせていたため、フレードは遠距離攻撃にも斥力を付与できることを知ったのだ。
フレードはエアガイツの攻撃全てに斥力が付与されていると考えながら戦った方がいいと自分に言い聞かせてエアガイツを睨む。
エアガイツは体勢を直したフレードを見つめながら低い声で笑っていた。
戦況から何時までも防戦一方でいるわけにはいかないと考えるフレードは反撃するために右に向かって走り出し、エアガイツの左側面に回り込もうとする。走っている間、フレードはリヴァイクスの剣身に水を纏わせた。
「魔法で反撃する気か? だがこの姿の俺には前のように魔法は通用しねぇぞ」
「そうやって自分の力に過信してると痛い目に遭うぞ!」
フレードは走りながら八相の構えを取り、リヴァイクスを縦に持つ。エアガイツは立ち止まり、自分の左側に回り込もうとするフレードの方を向いた。
「激流の礫!」
フレードは走りながらリヴァイクスをエアガイツに向けて右斜めに振り、剣身に纏われている水は無数の水球にして放った。全ての水球は勢いよくエアガイツに向かって真っすぐ飛んで行く。
魔力が向上した状態で放った水球ならエアガイツの斥力を突破し、ダメージを与えられるとフレードは思っていた。
一方でエアガイツは飛んでくる水球を見ながら不敵な笑みを浮かべ、両腕をゆっくりと交差させる。
「魔風の盾!」
エアガイツは交差させている両腕は外側に向かって勢いよく振る。するとエアガイツの前に黒い風の壁が作られ、フレードの放った水球を全て吹き飛ばした。
フレードは黒い風を見て目を大きく見開く。魔力が向上して威力と勢いが増した水球を簡単に吹き飛ばしたことに驚き、同時にエアガイツが格段に強くなっていると改めて理解した。
黒い風が治まるエアガイツは右腕を引いて剣の切っ先をフレードの向ける。
フレードはエアガイツの構えるのを見て何か仕掛けてくると察した。
「コイツを避けられるか? 螺旋の嵐槍!」
エアガイツはフレードに向けて右腕の剣を前に突き出す。突き出した瞬間、切っ先から勢いよく回転する先端の尖った風が放たれてフレードに向かって飛んで行く。回転する風の勢いは強く、大きな音を立てながらフレードに迫っていった。
フレードは向かってくる回転する風を見て、まともに受けたら死ぬと直感し、急いで左へ走る。
すぐに走ったことで風はフレードに当たることなく広場の隅へ飛んで行き、民家の壁に当たると轟音を立てながら壁に大きな穴を開けた。
「おいおいおい、マジかよ……」
破壊された壁を見たフレードはとんでもない破壊力だと感じながら表情を歪ませる。
回転する風は絶対に受けてはならないと自分に言い聞かせ、フレードはエアガイツの方を向いた。ところがエアガイツが立ってた場所にエアガイツの姿は無く、フレードは大きく目を見開く。
エアガイツは何処に行ったのか、フレードは警戒心を強くしながら広場を見回す。するとフレードが立っていた場所が僅かに暗くなり、フレードは足元を確認する。
驚いたことにフレードの周りには大きな影があり、フレードは真上に何かあると気付くと上を向く。視線の先には両腕を振り上げながら空中で自分を見下ろすエアガイツの姿があった。
「なっ!? アイツ、いつの間に!」
エアガイツの動きから移動速度は遅いと予想していたフレードは一瞬で自分の真上に跳び上がていたエアガイツに驚愕する。
エアガイツは自分を見上げるフレードを見ながら二ッと笑みを浮かべた。
「その顔、どうやら俺のことをノロマだと思っていたようだな? 残念ながら俺は速く移動したり、高く跳ぶことができるんだよ」
フレードの推測が外れていたことを笑いながら語るエアガイツは斥力を発動させる。斥力が発動したことで真下にいるフレードに力が加わり、フレードは真上から自分に掛かる力に奥歯を噛みしめながら片膝を床につけてしまう。
「あ、あの野郎、真上から斥力を加えやがって……!」
斥力によって押さえつけられる状態となったフレードは身動きが取れずにエアガイツを見上げた。空中のエアガイツは動けないフレードに両腕の剣を振り上げたまま向かって落下してくる。
「動けねぇだろう? そのまま何もできずにたたっ斬られろ」
動けないフレードは近づいて来るエアガイツを見上げながら攻撃を避ける手段がないか考える。そんな時、右手のリヴァイクスが目に入り、フレードは何かを思いついたのか目を見開いた。
フレードは斥力が加わる中でリヴァイクスの切っ先を自分の前の床に斜めに突き刺す。突き刺した直後、フレードは伸縮を発動させてリヴァイクスに付与する。するとリヴァイクスの剣身は勢いよく伸び、リヴァイクスを握るフレードを後ろに押し飛ばした。
「何っ!?」
斥力が掛かっている状態でその場を移動したフレードにエアガイツは驚く。
フレードはリヴァイクスを床に突き刺し、切っ先を固定した状態でリヴァイクスの剣身を伸ばした。切っ先が地面に刺さっていたことで剣身が伸びる力は固定されていない柄の部分に掛かり、握っていたフレードをエアガイツの真下から移動させたのだ。
エアガイツの真下から移動したフレードはすぐに伸ばしていたリヴァイクスの剣身を元の長さに戻した。その直後、エアガイツはフレードがいた場所に着地し、同時に振り下ろされた二本の剣は広場の床を破壊する。
「危ねぇ危ねぇ、上手くいって良かったぜぇ」
元の長さに戻ったリヴァイクスを見ながらフレードは深く息を吐く。
フレードはエアガイツは襲い掛かる中、リヴァイクスの剣身を伸ばして斥力から逃れようという作戦は思いついたのだが、伸縮の力が斥力の力に負けて逃げ出せないのではと不安を感じていたのだ。つまり、一か八かの行動だったため、成功したことにフレードは心底ホッとしていた。
伸縮の力が斥力の力に負けないことを知ったフレードはリヴァイクスの切っ先をエアガイツに向けて再び伸縮を発動させてリヴァイクスに付与した。
「今度はこっちの番だ!」
着地した直後のエアガイツに向けてフレードはリヴァイクスを突き出し、剣身をエアガイツに向けて伸ばした。
エアガイツは迫って来るリヴァイクスの切っ先に気付くと咄嗟に斥力を発動させてリヴァイクスの切っ先を止める。
防御に成功したエアガイツはフレードを見てニッと笑い、フレードは不満そうな顔で奥歯を噛みしめる。
フレードは何とか斥力の壁を突破しようと伸縮の力を強くした。力が強くなったことでリヴァイクスの剣身も伸びる力を強くし、切っ先を小さく震わせながら斥力の壁を突破しようとする。
エアガイツもフレードが伸縮の力を強くしたことに気付き、斥力の力を強くした。
「斥力を突破する気か? 無駄だ、今度は力と力がぶつかってるんだ。さっきみたいに上手くはいかねぇぞ」
「んなこと、やってみねぇと分からねぇだろうが!」
フレードはエアガイツの言葉に苛つきながら伸縮の力をより強くした。リヴァイクスは切っ先を更に震わせながら斥力の壁を突破しようとするが、なかなか突破することができない。
エアガイツはリヴァイクスを見ながら鼻で笑う。するとリヴァイクスの切っ先が僅かにエアガイツに近づき、切っ先を見ていたエアガイツは反応する。
切っ先が近づいたことでリヴァイクスが斥力を押し返していると知ったエアガイツは内心驚く。だがフレードはそのことに気付いておらず、更に伸縮の力を強くする。次の瞬間、リヴァイクスは見えない斥力の壁を突破し、一気にエアガイツに向かって剣身を伸ばした。
「何だとっ!」
斥力が負けたことにエアガイツは驚愕し、フレードはリヴァイクスを見ながら「よし!」と笑みを浮かべる。
エアガイツはリヴァイクスをかわそうとするが、斥力の壁を突破されるとは思っておらず完全に油断していたため、回避が間に合わずに左肩にリヴァイクスの突きを受けた。
左肩の痛みにエアガイツは思わず声を上げて後ろによろめく。フレードはようやくエアガイツに攻撃を当てることができたため、このまま押し切れると感じていた。
フレードはエアガイツに刺さったリヴァイクスを引き抜くと剣身を元の長さに戻し、怯んでいるエアガイツに袈裟切りを放つ。
エアガイツはフレードの攻撃に気付くと咄嗟に左腕の剣でフレードの攻撃を防ぐ。攻撃を防がれてもフレードは攻撃の手を緩めずに連続で斬りかかった。
「おらおらおらおらぁ! このまま一気に決着をつけてやらぁ!」
リヴァイクスを振り続けるフレードはエアガイツを睨みつけた。
エアガイツは両腕の剣を使ってリヴァイクスを防ぎ続ける。先程斥力を突破されたことで戦いの流れはフレードに傾いており、エアガイツは防戦状態となっていた。
「この野郎ぉ、調子に乗んじゃねぇぞ!」
苛立ちの籠った声を出しながらエアガイツは両腕を大きく外側に振ってリヴァイクスを払う。
連撃を止められたフレードは態勢を整えるために後ろへ大きく跳んだ。
エアガイツは距離を取ったフレードに向けて右腕の剣を斜めに振り、剣から真空波をフレードに向けて放った。
フレードは右へ跳んで真空波を回避する。真空波には斥力が付与されていなかったのか、回避した後も体勢を崩すことは無かった。
回避に成功したフレードは反撃するためにエアガイツの左側に回り込もうと走り出す。そんなフレードにエアガイツは両腕の剣を交互に振って真空波を放ち続ける。
真空波は走るフレードの周りを通過し、フレードは真空波を受けないよう注意しながら走り続けた。
(斥力を突破されたことで焦ってやがるな。時間を掛けると不利になると感じて攻撃に力を入れてきやがる)
フレードはエアガイツが勝負をつけるために攻めて来たと知ると自分の体力に余裕がある内に渾身の一撃を叩き込んでやろうと考え、走りながら作戦を練る。その間もエアガイツは剣から真空波を放って攻撃し続けた。
「ちょこまかと鬱陶しい……ならアレで仕留めてやる」
エアガイツは真空波を放つのをやめて両腕を高くかざした。
突然攻撃をやめたエアガイツにフレードは意外そうな反応を見せる。だがすぐに反撃するチャンスだと感じてリヴァイクスを構え直した。その時、かざされたエアガイツの剣の先に風が集まり、大きな風球が作られる。
反撃しようとしていたフレードは風球を見ると驚き、エアガイツがとんでもない攻撃をしてくると直感して動きやすいよう構えを崩した。
「刃の軍勢!」
エアガイツはかざしていた両腕の剣を勢いよく振り下ろし、切っ先をフレードへ向ける。その直後、風球は弾けるように消え、中から数えきれない数の小さな真空波がフレードに向かって放たれた。
真空波は生きているかのように動いてフレードに迫っていき、突然現れた視界を埋め尽くすほどの真空波を見たフレードは驚きの表情を浮かべた。
「クゥッ、数が多すぎる!」
フレードは緊迫した表情を浮かべながら姿勢を低くしたり、移動したりして前後左右から飛んでくる真空波を回避し、かわせない真空波はリヴァイクスで叩き落していく。
最初は上手く真空波を凌いでいったが次第に動ける範囲が狭くなり、遂には真空波に腕や足を切られてしまう。
「グウウゥ!」
切られた痛みにフレードは奥歯を噛みしめながら耐える。そんなフレードに無数の真空波を次々と襲い掛かり、フレードの腕や足だけでなく、頬や脇ならなどにも無数の切傷を付けていった。
「クッソォ! ナメんじゃねぇーぞぉ!」
一方的に体を切られる状況に苛ついてきたフレードは声を上げながら姿勢を低くし、左手で広場の床を強く叩く。すると叩いた箇所からフレードを囲むほどの大きさに青い魔法陣が展開した。
「水流の防壁!」
フレードが魔法を発動した直後、魔法陣の端から水が噴き出して筒状の水壁を作り、魔法陣の中央にいるフレードを囲んだ。フレードの周りを飛び回っていた真空波は一斉にフレードに向かって行くが水壁に阻まれ、フレードに触れることなく消滅した。
真空波が全て消えるのを見たエアガイツは不満そうに舌打ちをする。やがてフレードを囲んでいた水壁の勢いが弱まり、水壁が徐々に低くなっていた。
すると勢いが弱まった水壁の内側からフレードが飛び出し、リヴァイクスを両手で握りながらエアガイツに向かって走り出す。
エアガイツはフレードを見ると険しい表情を浮かべながら睨みつけて迎撃しようとする。だがエアガイツが動く前にフレードはリヴァイクスの切っ先をエアガイツに向け、伸縮をリヴァイクスに付与した。
付与が済むとフレードは走ったままリヴァイクスをエアガイツに向けて突き出し、剣身を伸ばしてエアガイツに突きを放つ。
エアガイツは先に攻撃してきたフレードを鬱陶しく思いながら両腕を交差させ、更に斥力も発動させた。
「魔風の盾!」
両腕を外側に振ったエアガイツは黒い風の壁を発生させ、向かってきたリヴァイクスの切っ先を止める。リヴァイクスは風の壁を突き破ろうとするが風圧が強くてなかなか突破できなかった。
魔風の盾は斥力の壁よりも防御力が高いため、伸縮の力が付与されたリヴァイクスでも突破するのは難しい。しかも今回は斥力の力も付与されているため、フレードは破るのは難しいと悟った。
風の壁を睨みながらフレードはリヴァイクスの剣身を元の長さに戻すと再びエアガイツに向かって走り出し、リヴァイクスの剣身に水を纏わせた。
「また水球を撃って攻撃する気か? 残念だがそんなことはさせねぇ!」
フレードが激流の礫を使ってくると予想したエアガイツは水球を撃つ隙を与えないよう、床を強く蹴ってフレードに向かって跳び、距離を詰めようとする。
跳んできたエアガイツを見たフレードは急停止し、左へ跳んでエアガイツの正面から移動する。そして跳んだエアガイツが自分の真横まで来た瞬間、リヴァイクスの刃に沿って水を高速回転させ、切れ味が増した状態でエアガイツにリヴァイクスを振り下ろす。
エアガイツは側面から攻撃してきたフレードを見ると咄嗟に右腕の剣で振り下ろしを防ぐ。
止められたリヴァイクスの剣身からは水しぶきが飛び、フレードとエアガイツの体を濡らす。だが二人は濡れたことなど一先気にせずに目の前の敵を睨んでいた。
「ここまで俺を追い込んだのはお前が初めてだ。褒めてやるぜ?」
「ハッ、テメェに褒められても嬉しいなんて思ねぇよ。……と言うかお前、自分が滅多に追い詰められないほど強ぇって思ってたのかよ? 思い上がりもそこまで行くと笑えるな」
「好きなだけほざけ。どうせお前は此処で死ぬんだからなぁ!」
リヴァイクスを払い上げたエアガイツは左腕の剣で横切りを放つ。
右から迫って来る剣を見たフレードは後ろに跳んで横切りを回避する。その直後にリヴァイクスを振り上げて伸縮で剣身を伸ばし、再び刃に沿って水を回転させた。
「大海両断!」
フレードは剣身の伸びたリヴァイクスをエアガイツに向けて勢いよく振り下ろす。エアガイツは視線だけを動かしてリヴァイクスを見ると斥力を発動させて振り下ろされたリヴァイクスを止めた。
エアガイツを両断しようと考えるフレードは両腕に力を入れるが斥力の壁を破ることはできない。
最初に斥力の壁を突破した突きと違って大海両断は伸縮で剣身を伸ばしただけで、攻撃にはフレードの筋力だけを使っている。そのため、筋力だけを使っている大海両断では斥力の壁を破ることができないのだ。
フレードは自分の力だけでは斥力には勝てないと悟ると悔しく思いながらリヴァイクスを引き、剣身の長さを戻すと素早くエアガイツの右側面に回り込み、伸縮の力で攻撃するため、切っ先をエアガイツに向けた。
「何度も同じ手が通用するか!」
伸縮を利用した突きを撃たせまいとエアガイツは再び斥力を発動させてフレードに斥力の壁をぶつける。
斥力の押し返される力を受けたフレードは踏ん張って何とか耐えようとするが斥力には敵わず、そのまま大きく後ろに押し飛ばされた。
飛ばされたフレードは背中から叩きつけられて仰向けになり、背中の痛みに耐えながら上半身を起こしてエアガイツを見る。視線の先には右腕を引き、剣の切っ先を自分に向けているエアガイツの姿があった。
「今度は逃がさねぇ。コイツで跡形もなく吹き飛ばしてやらぁ!」
フレードはエアガイツを見ると急いで起き上がる。だが起き上がった瞬間、エアガイツは右腕の剣を勢いよく前に突き出した。
「螺旋の嵐槍!」
突き出された剣の切っ先から回転する先端の尖った風が放たれ、フレードに向かって勢いよく飛んで行く。
起き上がった瞬間に攻撃されたため、立ち上がって避けるのは間に合わない。フレードは体勢を整える余裕は無いと直感するとリヴァイクスを逆手に持って広場に突き刺すと伸縮を発動させ、勢いよく剣身を伸ばした。
剣身は10mの長さまで伸び、リヴァイクスを握っていたフレードも10mの高さまで上がっていく。フレードは斥力で動きを封じられている時に使った回避方法でその場を移動したのだ。
フレードは空中に避難するとリヴァイクスの剣身を元に戻す。その直後、尖った風はフレードが座っていた場所を通過し、飛んで行った先にある民家に当たって破壊した。
「かわしやがったか。……だが、次は上手くいかねぇぞ」
エアガイツは飛び上がって真上に移動したフレードを見上げ、追撃しようと再び右腕を引いて切っ先をフレードに向けた。
「空中じゃあ、剣の伸縮を利用した回避もできねぇ。今度こそ螺旋の嵐槍の餌食にしてやらぁ!」
次こそ仕留めると語りながらエアガイツはフレードに狙いを定める。空中のフレードはゆっくりと落下しながら自分を狙うエアガイツを見下ろし、リヴァイクスの両手で握りながら切っ先をエアガイツに向けた。
「確かに空中じゃあ避けようがねぇ。だったら、やられる前にテメェを倒せばいいだけの話だ!」
フレードはエアガイツを睨みながらリヴァイクスの剣身に水を纏わせ、伸縮を発動させてる。このままエアガイツの攻撃を許してしまったら自分は死ぬと予想するフレードは次の一撃でエアガイツを倒さなくてはいけないと思っていた。
リヴァイクスに纏われた水は剣身を包み込みながら螺旋状に回転する。切っ先に向かって水は鋭くなり、それはまるで水のドリルのようだった。回転する水を見たフレードは落下しながらエアガイツに視線を向ける。
「今度こそ終いにしてやる! 螺旋の嵐槍!」
「終いはテメェだ! 海王の槍!」
エアガイツはフレードに向けて右腕の剣を突き出して回転する尖った風を放ち、フレードもリヴァイクスを突き出し、水を纏ったリヴァイクスの剣身をエアガイツに向けて伸ばした。
尖った風と水を纏ったリヴァイクスはほぼ同じ速度で飛んで行き、双方は空中で激突した。風は勢いを強くしながらリヴァイクスを押し上げようとし、リヴァイクスも水しぶきを周囲に飛ばしながら風を打ち消そうとする。
落下するフレードは少しずつ近づいて来る風を睨みながらリヴァイクスを強く握り、伸縮の力を強くする。するとリヴァイクスは少しずつ尖った風を押し返していき、フレードは更に伸縮の力を強くした。
その数秒後、リヴァイクスはエアガイツの放った風を打ち消し、真下にいるエアガイツに向かって一気に伸びた。
「何ぃ!!?」
予想外の出来事にエアガイツは驚愕する。迫って来るリヴァイクスを見て斥力を発動させようとするが、発動する前に水を纏ったリヴァイクスはエアガイツの頭部の上半分を刺し貫いた。
「があああああぁっ!!」
致命傷を負ったエアガイツは断末魔を上げながらゆっくりと後ろに倒れる。フレードは攻撃が命中したのを確認するとリヴァイクスの剣身を戻し、そのまま落下して広場に着地した。
エアガイツは大きな音を立てながら仰向けになり、頭頂部の傷口から血を流して小さく震えていた。
フレードは決定的なダメージを与えられたと確信しているが、相手は最上位ベーゼであるため、もしかしたら起き上がって襲ってくるかもしれないと予想する。フレードは警戒しながらエアガイツに近づき、頭部の右隣までやって来た。
「ま、まさか……こんなことになる、とはなぁ……」
「まだ生きてやがったか。……まだやるか? やるなら相手になってやるぜ?」
「ハ、ハハハ……本当に血の気の多い奴だな……安心しろ、俺にはもう、戦う体力はねぇ……お前の勝ち、だ……」
敗北したにもかかわらず悔しさを露わにしないエアガイツを見てフレードは軽く目を見開く。
普段人間を虫けらと見下しているベーゼが人間に負かされれば怒りを感じるはずだとフレードは思っていた。
だが、目の前で倒れているエアガイツはまるで好敵手に負け、その結果に満足する戦士のように見えた。
「最初は、お前のようなガキが俺に勝てるはずはねぇと思ってたが……戦ってる内に、お前は俺に勝つんじゃねぇかと……感じていた……結果、お前は見事に俺を打ち倒した……虫けらのくせに、大したもんだ……」
「エアガイツ……」
「正直、お前を叩きのめし……完全な勝利を手に入れようと思ってたんだがなぁ……まぁ、お前に倒されるのなら悔いはねぇ。……誇りに思えよ? ……人間で、最上位ベーゼに一人で勝った奴なんて……いねぇ……んだから……なぁ……」
笑みを浮かべるエアガイツの目からは光が消え、そのまま動かなくなる。その直後、エアガイツの体は黒い靄と化して消滅した。
五凶将を倒したフレードは深く息を吐きながらリヴァイクスを振る。先程までエアガイツを倒してやりたいという強い意思を抱いていたが、今はどういうわけか複雑な気分になっていた。
「あの野郎、何を考えてやがったんだ。まるでこの戦争に勝つことよりも自分が戦いを楽しむことを優先しているみてぇだった……」
エアガイツの戦いに対する真意が分からないフレードは小さく俯く。今までのエアガイツの態度や口調を考えるとエアガイツはただ強い敵との戦いを楽しむことだけ考えていたのではとフレードは感じていた。
「……アイツが何を思ってたかは分かんねぇが、アイツもベーゼだ。戦いに対する快感や闘争心を優先して戦っていたとしてもおかしくはねぇよな」
フレードはエアガイツの真意にそこまで興味は無かったため、深く考えるのを止める。今は倒した敵のことよりも帝都サクトブークの戦いを何とかすることの方が重要だった。
ベーゼたちの指揮官であるエアガイツを倒したフレードは他のベーゼの相手をしていたジェリックたちがどうなったか気になって確認をする。遠くではジェリックたちが広場に座り込んで休んでいる姿があり、その中には負傷して横になったり仲間から手当てを受けている者もいた。
ジェリックたちの周りには彼らが相手をしていたベーゼの姿は無く、フレードはジェリックたちが負傷者を出しながらもベーゼたちを全滅させたと知ってニッと笑った。
フレードはジェリックたちと合流するために彼らの下へ向かって走る。
その後、フレードたちはしばらく広場で休み、ベーゼたちの進攻を警戒しながらエアガイツを倒したことを報告するために貴族街を護る城壁へ戻っていた。




