第二百四十三話 フレードvsアイビーツ
貴族街を囲む城壁から北に数百m行った所に大きな広場がある。普段は帝都に住む人々の憩いの場として使われているが今はベーゼたちの襲撃によって静まり返り、至る所が破壊されていた。
広場には進攻してきたベーゼたちを食い止めるために帝国軍が防衛線を張っていたが、既に進攻してきたベーゼたちによって壊滅させられ、広場のあちこちに戦死した帝国兵や騎士の遺体が転がっている。
「この広場を制圧したことで一気に進攻しやすい状況になった。これなら貴族街まで進攻するのも時間の問題だな」
広場の真ん中で陣を組む中位ベーゼの中心には馬に乗るアイビーツの姿があり、広場を見回しながら不敵な笑みを浮かべている。
アイビーツの周りにいる中位ベーゼはフェグッターやユーファルと言った強力な存在ばかりでそれ以外のベーゼは下位ベーゼと蝕ベーゼとなっている。
下位ベーゼはインファ、モイルダーの二種類、蝕ベーゼは全て帝国兵の姿をしたベーゼヒューマンだった。
戦闘が始まった時、広場を襲撃したベーゼの数は四十体ほどで防衛隊の人数は六十人程だった。数では防衛隊の方が勝っているが、ベーゼの四分の一は中位ベーゼだったため、数で勝っていた防衛隊も壊滅させられて広場は制圧されてしまったのだ。
しかもベーゼたちの指揮は元帝国将軍であり、五凶将の一人であるアイビーツだったため、防衛隊は手も足も出せなかった。
「転がっている死体は回収しておけ。ベギアーデのおっさんが新しいベーゼを作るための材料を欲しがっていたからな」
アイビーツは近くにいる数体のインファに帝国兵や騎士の遺体を集めるよう指示し、インファたちは言われたとおり広場の中にある遺体を集めに向かう。
周りにいるベーゼの数を確認したアイビーツは前を向き、遠くに見える皇城を見つめた。
「近くにいるベーゼどもにはこの広場に集まるよう伝令を出してある。奴らが到着次第、貴族街への進攻を再開し、一気に城壁を突破してやる」
不敵な笑みを浮かべるアイビーツは今後の予定を確認するかのように独り言を口にする。アイビーツは貴族街とその奥にある皇城を制圧するための戦力を集めるため、今いる広場で待機していた。
広場の近くで活動しているベーゼの数は多く、集まれば城壁を護る防衛隊を難なく壊滅させ、城壁を短時間で突破することができるほど戦力になる。アイビーツは貴族街にいる貴族やその家族が城壁を突破されて恐怖する姿を想像したのか楽しそうに笑い出す。
「貴族や間抜けな皇帝は自分たちが安全だと思い込んで油断し切ってるはずだ。そんな奴らが窮地に立たされ、絶望する姿を想像するだけで気分が良くなるぜ。早く連中の無様な姿を見てみてぇな。フフフフフッ」
早く恐怖する人間たちをこの手で斬りたい、そう思いながらアイビーツは広場の周辺にいるベーゼたちが集まるのを待った。
「それにしても貴族街の偵察に向かった奴ら、まだ戻って来ねぇのか。機動力のあるモイルダーどもを行かせたからすぐに戻ってくるはずなんだがなぁ」
斥候として送り込んだベーゼたちがなかなか戻ってこないことをアイビーツは不思議に思う。そんな時、アイビーツたちの正面にある貴族街へ続く街道から無数の人影が広場に入ってきた。
人影に気付いたアイビーツは目を凝らして広場に入ってきた存在を確認する。それはメルディエズ学園の生徒と帝国兵たちで、その先頭にはリヴァイクスを握るフレードの姿があった。
「メルディエズ学園の連中か。しかも一番前にいるのは……」
メルディエズ学園の生徒たちに遭遇するという予想外の事態のアイビーツは一瞬意外そうな表情を浮かべる。だがフレードの姿を見るとすぐに笑みを浮かべた。
アイビーツにとってフレードはメルディエズ学園で一騎打ちをした因縁のある相手なため、その因縁の相手に出会ったことでアイビーツは運命的な何かを感じていた。
「まさかこんな所であのガキに会えるとはなぁ。俺は本当に運がいいぜ!」
馬から降りるアイビーツは遠くにいるフレードたちを見つめながら右手で腰の剣を一本を抜き、切っ先をフレードたちに向けた。
「野郎ども、あの虫けらどもを捻り潰せ! メルディエズ学園の連中もいる。奴らは今まで戦ってきた雑魚どもよりは強ぇ、気ぃ抜くんじゃねぇぞ!」
命令を受けた周りのベーゼたちは鳴き声を上げ、下位ベーゼと蝕ベーゼは一斉にフレードたちに向かって行く。中位ベーゼたちはアイビーツの護衛をするため、突撃せずにその場に残った。
広場に入ったフレードたちは遠くにいるベーゼたちとその中心にいるアイビーツを見つけると一斉に警戒心を強くして身構える。
広場に入った直後に気付かれ、更にベーゼたちが突撃してくる光景を見たことで生徒と帝国兵の中には緊迫した表情を浮かべる者もいた。
「フレード先輩、ベーゼどもがこっちに気付きました。どうしますか?」
ジェリックは剣を両手で握りながらフレードに声を掛ける。フレードは近づいて来る下位ベーゼと蝕ベーゼを見ながら小さく鼻を鳴らした。
「向かって来てんのは下位ベーゼと蝕ベーゼだけだ、ビビることはねぇ! 一体ずつ確実に蹴散らしていけ!」
フレードの言葉にジェリックは真剣な顔で頷き、他のメルディエズ学園の生徒たちも武器を握る。帝国兵たちも剣や槍を構えて戦闘態勢に入った。
戦闘準備が整うとフレードたちはベーゼたちに向かって走り出す。広場の中にフレードたちの声とベーゼたちの鳴き声が響き、双方は徐々に距離を縮めていく。
「お前ら、走りながら魔法をぶっ放せ!」
後ろの生徒たちに指示を出したフレードは走りながら空いている左手をベーゼたちに向けて伸ばすと一番前にいるベーゼに向けて水撃ちを放つ。
フレードが魔法を撃つのを見たジェリックたちも武器を持たない手を前に出し、火球や風の刃、光の矢などを撃ってベーゼたちに攻撃した。
メルディエズ学園の生徒たちが放った魔法の殆どはベーゼたちに命中した。魔法を受けて消滅するベーゼもいたが殆どのベーゼは魔法に耐え、フレードたちに向かって走り続ける。
ベーゼが一定の距離まで近づくとフレードたち戦士の生徒は武器を構え、魔導士の生徒たちは後方で支援攻撃を行うため、魔法を撃ちながら走る速度を下げる。魔法によって少しずつベーゼの数は減ってはいるがそれでもまだフレードたちより多かった。
やがてフレードたちとベーゼたちはぶつかり、お互いに持っている武器で攻撃を開始する。インファやモイルダーたち剣や鋭い爪の生えた腕を振って生徒たちに攻撃し、生徒たちも攻撃を防ぎながら反撃する。
帝国兵たちはベーゼとの戦いに慣れていないため、少しだけ苦戦しを強いられていた。しかもベーゼの中には帝国兵の格好をしたベーゼヒューマン、つまり嘗て仲間だった存在がいるため、帝国兵たちは力だけでなく精神的にも押されている。
しかしそれでも帝国兵たちは帝都を護るため、感情を押し殺して仲間だったベーゼヒューマンと剣を交えた。
剣戟の音を響かせながらフレードたちは下位ベーゼ、蝕ベーゼと交戦する。フレードは周りにいる仲間たちの戦いを確認しながら後方のアイビーツに視線を向けた。
アイビーツは中位ベーゼに囲まれながら笑ってこちらを見ており、フレードは高みに見物をしているアイビーツを見ながら小さく舌打ちをする。
「自分の出る幕は無いって言いたそうな顔だな。……あの野郎、ふざけやがって」
余裕を見せるアイビーツを睨みながらフレードはリヴァイクスを強く握る。できることなら今すぐにでもアイビーツを斬ってやりたいとフレードは思っていた。
しかし周りにはまだ大勢の下位ベーゼと蝕ベーゼがいるため、まずは今相手をしているベーゼたちを何とかしなくてはならなかった。
フレードはリヴァイクスを構え、急いで周りのベーゼたちを倒そうとする。するとフレードの背後から一体のベーゼヒューマンが剣を振り下ろして攻撃してきた。
ベーゼヒューマンに気付いたフレードは素早く振り返り、リヴァイクスで剣を払い上げて防御すると左手の中に魔力を送り込んで大きめの水球を作り出す。
「魔力掌打!」
剣を払われてがら空きになっているベーゼヒューマンの腹部にフレードは左手で掌打を打ち込んだ。
左手の中には水球があり、掌打を打ち込んだ瞬間に水球は破裂してベーゼヒューマンを衝撃で後ろに吹き飛ばした。
スラヴァの特訓で魔力が強化されたためマナード剣術の技も威力が増し、ベーゼヒューマンに大きなダメージを与えることができたのだ。
吹き飛ばされたベーゼヒューマンは背中から地面に叩きつけられ、唸り声を上げながら痙攣する。
掌打を受けた箇所には水球の破裂によって抉られたような傷が付けられていた。やがてベーゼヒューマンは動かなくなり、黒い靄となって消滅する。
ベーゼヒューマンを倒したフレードは周囲を見回して次の敵を探す。周りではジェリックや他の生徒がベーゼたちを倒す姿があり、帝国兵も生徒たちの助力を得ながらベーゼと倒していく。
戦いが始まってまだ少ししか時間が経過していないが、戦闘前と比べるとベーゼの数は明らかに少なくなっていた。
「ほおぉ? なかなかやるじゃねぇか。弱い奴らばかりとは言え、あの数相手に優勢に立つとはな」
戦いを見物していたアイビーツは剣を両手で杖のように持ちながら楽しんでいるかのように笑っている。下位ベーゼと蝕ベーゼではフレードたちを倒せないと分かっていたのか、アイビーツは焦っている様子を見せなかった。
「下位ベーゼ、蝕ベーゼとは言え、このまま倒されるのを黙って見ているわけにもいかねぇな。……お前ら、加勢してやれ」
アイビーツはフレードたちを見ながら周りで待機している中位ベーゼたちに指示を出す。
中位ベーゼたちは鳴き声を上げながら一斉に戦闘態勢に入り、フェグッターは大剣を構えながら、ユーファルは大きな目をギョロギョロと動かしながら遠くにいるフレードたちを見つめて一斉に走り出した。
「よし、下位ベーゼどもはあと少しで片付くな」
フレードはリヴァイクスを構えながら下位ベーゼと蝕ベーゼの数を確認する。
生徒や帝国兵たちには犠牲者は出ておらず、このままなら被害を出すことなく勝てるとフレードは感じていた。
自分たちが優勢であることを確認したフレードは一気に畳みかけようと次の相手を探す。そんな時、遠くから走って来る十数体の中位ベーゼが目に入り、フレードは中位ベーゼたちを見ながら目を見開く。
「アイツら、アイビーツの護衛じゃなかったのかよ?」
フレードは向かってくる中位ベーゼたちを睨みながら厄介な状況になったと感じる。現状から中位ベーゼたちが下位ベーゼと蝕ベーゼの加勢をしようとしていることはすぐに分かった。
中位ベーゼは一体でもかなりの戦力なため、それが十体以上も加勢したら自分はともかく、他の生徒や帝国兵たちは一気に不利になってしまうとフレードは確信していた。
「フレード先輩! 中位ベーゼたちが……」
離れた所でベーゼと戦っていたジェリックが中位ベーゼの存在に気付いてフレードに駆け寄って来る。
ジェリックも中位ベーゼの強さを理解しているため、今の状況で中位ベーゼと戦うのは危険だと感じていたのだ。
「ああ、分かってる。このままだと一気に俺らが不利になっちまうな」
「ど、どうしますか?」
不安そうな顔をするジェリックを見たフレードは向かってくる中位ベーゼに視線を向け、リヴァイクスを両手で握りながらゆっくりと歩き出す。
「アイツらは俺が片付ける。お前は下がってろ」
「えっ?」
フレードの言葉にジェリックは思わず訊き返す。上級生であるフレードから何とかすると言われれば普通は頼もしく思うが、十体以上の中位ベーゼを一人で対処するのはいくらフレードでも難しいのでは思っていた。
不安に思うジェリックを残してフレードは中位ベーゼたちの方へ歩き続ける。中位ベーゼたちフレードが自分たちと戦おうとしていることに気付いたのか、一斉にフレードに殺気を向けた。
フレードは中位ベーゼたちを睨みながらリヴァイクスを強く握り、刃の部分に水を纏わせると刃に沿って水を高速回転させる。
水が回転してリヴァイクスの切れ味が増したのを確認したフレードは続けて混沌紋を光らせて伸縮を発動させた。
「大海両断!」
数m先の中位ベーゼたちに向けてフレードはリヴァイクスを右から勢いよく横に振る。振ると同時に伸縮の能力で剣身を迫って来る中位ベーゼたちに届くまで伸ばした。
数mの長さまで伸び、回転する水で切れ味が増したリヴァイクスは中位ベーゼたちの体を腹部から両断する。斬られた中位ベーゼたちはその場で崩れるように倒れ、黒い靄となって消滅した。
十数体の中位ベーゼを全て倒したフレードはリヴァイクスの剣身を元の長さに戻し、刃に纏われている水も消した。
ジェリックは一撃で中位ベーゼたちを全滅させたフレードに驚き、戦いを見物していたアイビーツも軽く目を見開く。
「まぁ、こんなとこだろうな」
フレードは問題無く中位ベーゼたちを倒せたことに満足したような口調で呟く。
スラヴァの特訓で魔力が向上したことでフレードは魔法だけでなく神刀剣の力も以前より引き出すことができるようになった。水を高速回転させて切れ味を強化する能力も強くなり、中位ベーゼも楽々と切れるくらいに高められるようになったのだ。
中位ベーゼたちを倒したフレードはアイビーツに視線を向ける。
アイビーツは中位ベーゼたちが倒された光景を見て目を見開いているが、すぐにニッと笑みを浮かべてフレードを見た。その表情からは強くなったフレードと早く戦いたという意思が感じられ、アイビーツの顔を見たフレードは気に入らなそうに舌打ちをする。
フレードがアイビーツを睨んでいると驚いていたジェリックが我に返ってフレードに駆け寄る。フレードはジェリックに気付くとアイビーツを睨んだまま静かに口を開く。
「ジェリック、お前は他の奴らと一緒に残ってるベーゼどもを倒せ。俺はアイツをやる」
「えっ?」
再び予想外の指示を出してきたフレードにジェリックは思わず声を漏らす。フレードの視線の先を見たジェリックはフレードがアイビーツと戦うことを知って驚きの反応を見せた。
ジェリックもメルディエズ学園の生徒としてベーゼの幹部である五凶将の情報を聞かされていたため、遠くにいる人間の男が五凶将の一人にして、帝都サクトブークを襲撃したベーゼたちの指揮官であるアイビーツだとすぐに気付いた。
「まさか先輩、一人で五凶将と戦うつもりですか?」
「ああぁ、アイツには学園で世話になったからな。此処でその借りを返すつもりだ」
雪辱を晴らすために一人でアイビーツと戦うとするフレードはリヴァイクスを強く握る。
フレードの手に力が入るのを見たジェリックはフレードがアイビーツに対して強い怒りと闘争心を抱いていると知った。
しかし相手はベーゼの中でも強大な力を持つ最上位ベーゼであるため、いくら上級生で神刀剣を使うフレードでも一人で戦うのは危険だとジェリックは考えていた。
「あ、あの……フレード先輩、相手は最上位ベーゼです。いくら先輩でも一人で戦うのは危険です。ここは俺と二人で戦った方が……」
「いいや、俺一人でやる」
共闘しようというジェリックの提案はフレードは迷わずに拒否した。
「俺はアイツに勝つためにスラヴァのおっさんの特訓を受けて強くなったんだ。此処でアイツを一人で倒さねぇと俺がアイツより強くなったってことを証明できねぇ。強さを証明するため、そして前の戦いの雪辱を晴らすためにも俺一人でアイツを倒す」
「で、ですが……」
「これは俺の戦いだ。……邪魔すんな」
アイビーツを睨みながら低い声を出すフレードにジェリックは思わず息を飲む。
フレードの声からは怒りだけでなく、一人で戦わせろと言う強い意思が感じられ、ジェリックはフレードの邪魔をしてはいけないと本能で悟った。
敗北の怒りや屈辱はアイビーツと戦ったフレード自身にしか分からない。屈辱を晴らすためにもアイビーツはフレードに任せるべきだとジェリックは思った。
「……分かりました。こっちは俺たちが何とかします」
「それでいい」
返事をしたフレードはゆっくりとアイビーツの方へ歩き出し、ジェリックはフレードの後ろ姿を見つめる。
「先輩、お気をつけて……」
「……ああ」
フレードは歩きながら低い声で返事をし、返事を聞いたジェリックもフレードに背を向けて下位ベーゼと蝕ベーゼの討伐に向かった。
遠くでフレードとジェリックが会話をしている光景を見ていたアイビーツは杖代わりにしていた剣を右手で握り、近づいて来るフレードを見ながらニヤリと笑っている。
「やっぱり一人で俺と戦う気か。……まぁ、あのガキの性格なら他人に頼らずに俺と一対一でやり合おう思うだろうがな」
フレードが一騎打ちを望んでいることを分かっていたのかアイビーツは楽しそうな口調で呟く。アイビーツ自身も一人でフレードと戦うことを望んでいたため、今の状況はとても都合がいいと言えた。
アイビーツの数m手前まで近づいたフレードはゆっくりと立ち止まり、鋭い目でアイビーツを睨みつけた。
「……よぉ、元気そうじゃねぇか」
「ハハハハッ、そりゃあこっちの台詞だ。前の戦いでボロボロにしてやったのにピンピンしてるじゃねぇか」
「チィ! 嫌なことを思い出させやがる……」
メルディエズ学園での戦いを蒸し返されてフレードは僅かに苛つく。フレードが苛ついているのに気付いたアイビーツは笑いながら更に挑発した。
「この程度で頭に来てるとは、ガキの扱いは楽でいい。これじゃあ今回の勝負も前と同じ結果になりそうだ」
「テメェ、あまりナメてると痛い目に遭うぞ!?」
「面白れぇ。だったら痛い目に遭わせてもらおうじゃねぇか」
「ああぁ、すぐに望みを叶えてやらぁ!」
フレードはリヴァイクスを右脇構えに持つとアイビーツに向かって走り出す。アイビーツは挑発に乗って突っ込んでくるフレードを見ながら剣を構えた。
アイビーツに近づいたフレードはリヴァイクスを左上に向かって振り上げて攻撃する。アイビーツは剣でリヴァイクスを難なく防ぎ、余裕の笑みを浮かべてフレードを見た。
笑っているアイビーツを睨むフレードは連続でリヴァイクスを振り、真正面から連続切りを放つ。だがアイビーツはフレードの攻撃を剣一本で全て防いだ。
アイビーツは二本の剣を所持していることから本来の戦い方は二刀流であることが分かる。しかし今のアイビーツは右手に持っている一本しか使っていない。これはアイビーツが全力を出していないという証拠だった。
フレードもアイビーツが二刀流であることは分かっている。二刀流の剣士が剣を一本しか使っていないと言うことは、本気で自分と戦っていないことを意味していた。
つまりアイビーツは手加減して戦っているということなのでフレードは全力を出さないアイビーツに腹を立てていた。
「学園で戦った時も一本しか剣を使わなかったよなぁ? お前にとって俺は剣を二本使うほどの相手じゃねぇってことかよ」
「そうだな。今の段階じゃあ、お前は前回戦った時と殆ど変わってねぇと思ってる。だから一本で十分だと判断した」
「ハッ! 余裕ぶっこいていられるのも、今の内だ!」
声を上げるフレードは連撃を止めて大きく後ろに跳んだ。アイビーツから距離を取ったフレードはリヴァイクスを右手で持つと空いた左手をアイビーツに向ける。
「水撃ち!」
フレードは左手からアイビーツに向けて水球を放つ。水球は勢いよくアイビーツに向かって行き、飛んでくる水球を見たアイビーツは鼻で笑った。
「おいおい、忘れたのか? 魔法なんて俺の前じゃ何の役にも立たねぇってことを?」
アイビーツは剣を下ろしながら混沌紋を光らせて斥力を発動させる。その直後、飛んできた水球はアイビーツの目の前で停止した。
水球が止まったのを見たフレードは軽く舌打ちをする。アイビーツの混沌術である斥力の力を目にし、改めて面倒な能力だと感じた。
悔しそうな顔をするフレードを見たアイビーツは笑いながら目を見開いた。すると斥力で止められていた水球は勢いよくフレードの方へ押し返され、そのままフレードに向かって飛んで行く。
返された水球を見たフレードは素早く左へ走って水球をかわし、走りながら再び左手をアイビーツに向けた。
「凍結の魔槍!」
フレードは左手の前の青い魔法陣を展開させ、そこから冷気の槍をアイビーツに向けて放つ。今度は下級魔法ではなく、特訓で習得した中級魔法で攻撃した。
冷気の槍はもの凄い速さでアイビーツに向けて行く。中級魔法は攻撃力は勿論、速度も下級魔法以上であるため、先程の水撃ちよりも速かった。
「中級魔法か。……だが、中級魔法だろうと俺の斥力の前じゃあ下級魔法と同じだ」
魔法は自分には当たらないという大きな自信を抱きながらアイビーツは再び斥力を発動させた。冷気の槍は斥力の影響を受けてアイビーツの前で停止する。
アイビーツは再びフレードに返すため、斥力の力を強くしようとした。ところが斥力で止められている冷気の槍がゆっくりとアイビーツに近づき、それに気付いたアイビーツは目を見開く。
次の瞬間、冷気の槍は勢いよくアイビーツに向かっていき、アイビーツは咄嗟に上半身を左へ反らして冷気の槍をかわした。冷気の槍はアイビーツの横を通過し、地面に刺さって周囲を凍らせる。
アイビーツは斥力で止めていたはずの冷気の槍が飛んできたことに驚きを隠せず、地面に刺さった冷気の槍を見つめた。
「どうなってんだ? 斥力の影響を受けたにもかかわらず俺に向かってきやがったぞ……」
「単純な話だ」
驚いているアイビーツにフレードは力の入った声で語り掛け、アイビーツはフレードの方を向く。フレードはリヴァイクスを構えながらアイビーツを睨んでいる。
「テメェの混沌術は斥力を使って相手や攻撃を押し返す能力なんだろう? お前の作り出した斥力は強力で力の弱い攻撃は全て押し返されてちまう。だったら斥力以上の力がある攻撃を叩き込めばいいだけの話だ」
「……さっきの中級魔法は俺の斥力よりも力が勝っていたから突破できたというわけか」
斥力の弱点を語るフレードをアイビーツをジッと見つめる。その顔からは先程まで見せていた余裕の笑みは消えており、戦士らしい鋭い表情があった。
「俺の斥力は強力だ。突破するにはかなりの力を必要とする……お前、どうやってそれだけの力を手に入れた? 前に俺と戦ってた時はそんな力は持ってなかったはずだ」
「この力は五聖英雄であるスラヴァのおっさんの特訓を受けて手に入れたんだ」
五聖英雄の協力で手に入れた力だと聞いてアイビーツは反応した。
嘗てベーゼ大帝に勝利した存在の力を借りれば、フレードが斥力を突破するだけの力を手に入れてもおかしくないとアイビーツは納得する。
「スラヴァのおっさんは俺とパーシュに魔力を向上させるための特訓をつけてくれた。だがそれだけじゃなく、魔力が向上すれば魔法の使用回数や威力、速度も強化され、神刀剣の力も強くなるって教えてくれたんだ」
フレードは自分がどんな特訓を受けたのかアイビーツに説明する。本来なら敵に特訓の内容を教える必要など無いのだが、フレードは教えないのはフェアではないと感じたので教えてやろう思ったのだ。
「俺はおっさんから教わった方法で魔法を強化し、それをテメェに撃ち込んだ。最初の水撃ちは返されちまったが、中級魔法の凍結の魔槍は斥力を突破することができた」
「成る程、そう言うことか……」
アイビーツは自分の斥力が突破された理由を知って呟く。それと同時に魔法が斥力を突破したことに不満を感じていた。
「中級魔法が通用すると分かった以上、テメェの斥力を使った防御は通用しねぇぜ?」
「フン、斥力の防御を突破したからと言って勝った気になるなよ?」
剣を構え直したアイビーツは地面を蹴って大きく跳び、一気にフレードとの距離を縮める。フレードの目の前まで近づいた瞬間、アイビーツは剣を振り下ろして攻撃した。
フレードはリヴァイクスを横にしてアイビーツの振り下ろしを止める。剣を止めた瞬間に腕に強い衝撃が伝わり、フレードは奥歯を噛みしめながら踏ん張った。
「斥力を突破できても、それは俺に攻撃を当てられるようになったってだけの話だ。戦況に大きな変化はねぇ」
「……へっ、混沌術を攻略されて強がってんのか? 五凶将が随分と情けねぇこったなぁ」
「強がりじゃねぇ。実際、俺の方がお前より強ぇんだよ!」
アイビーツは剣を引くとフレードの下半身に向けて袈裟切りを放った。
フレードは後ろに跳んで剣をかわすと左手をアイビーツに向け、再び魔法を発動させようとする。
魔法を使おうとするフレードを見たアイビーツは目を細くし、左手をフレードに向けて斥力を発動した。
斥力が発動するとアイビーツから見えない何かがフレードに向かって放たれる。
フレードが見えない何かを受けると正面から全身に強い力が掛かった。突然の現象にフレードは驚きの反応を見せるが、すぐに険しい顔でアイビーツを睨んだ。
「俺の斥力は防御だけじゃねぇ。こうやって敵を攻撃したり、動きを封じたりするのにも使えんだ。魔法が通用するようになったとしてもお前に勝ち目はねぇよ」
「……ハッ、ソイツはどうかな?」
全身に強い力を感じながらもフレードは落ち着いた態度を取り続ける。下半身に力を入れ、更にリヴァイクスを地面に刺して体勢を崩さないようにした。
アイビーツの斥力に耐えながらフレードは視線を動かし、周囲を簡単に確認するとリヴァイクスを地面から引き抜き、全速力で左に走り出す。
走る際に斥力で押し倒されないよう全身に力を入れていたため、フレードは倒れることなくアイビーツの正面から移動できた。
「何!?」
斥力から逃れたフレードを見てアイビーツは思わず驚きの声を漏らす。人間が正面から斥力を受けて体勢を崩さずに逃れたことが信じられず衝撃を受けていた。
正面から移動すると同時にフレードは斥力の押される力を感じなくなる。アイビーツは斥力の力を正面にいるフレードだけに向けていたため、アイビーツの前から移動したことで斥力の影響を受けなくなったのだ。
フレードは体が軽くなると素早くアイビーツの右側面に回り込み、右手でリヴァイクスを握りながら両手をアイビーツに向けた。
「学園で戦った時に分かったんだが、テメェの斥力は強ぇが耐えられねぇほどじゃねぇ。走る方向と力次第じゃあ体勢を崩さずに逃れることができる!」
自分は斥力の力に耐えられることを伝えたフレードは両手の前に青い魔法陣を展開させた。
「水圧の砲!」
魔法陣から直線状の水が勢いよく放たれ、アイビーツに向かって行く。
アイビーツは水を見ると斥力を発動させて水を止める。しかし魔力が向上したフレードの魔法を防ぎ切れず、水は斥力の壁を突破してアイビーツの右脇腹に命中した。
「ぬうううぅっ!?」
水が脇腹を掠めたことで痛みが走り、アイビーツは歯を噛みしめながら表情を歪めた。




