第二百四十二話 爆撃の守護者
帝都サクトブークの東側には左右を民家で挟まれた大通りがあり、帝国軍と冒険者たちが防衛線を張ってベーゼを迎撃していた。
剣や槍を持つ帝国兵と戦士の冒険者たちは前に出て進軍してきたベーゼと交戦し、弓矢を持つ帝国兵や魔導士の冒険者は後方で支援攻撃や負傷した仲間の手当てをしている。
数ではベーゼたちの方が上だが戦力では帝国軍と冒険者の方が勝っているため互角と言える戦況だ。帝都をベーゼたちから護るため、帝国兵と冒険者たちは後退しようなどとは考えずにベーゼと戦っていた。
「左側が空いてるぞ! 何人か回して護りを固めろ!」
大通りの中央では左目に眼帯を付け、口を覆う髭を生やし、強靭な肉体を持ったスキンヘッドの冒険者がおり、周りにいる冒険者に指示を出す。ローフェン東国のA級冒険者チーム、武闘牛のリーダー、ウブリャイ・ブロックスだ。
ローフェン東国で活動する武闘牛は本来ならローフェン東国を侵攻するベーゼの対応に就くべきなのだが、リーダーのウブリャイがガルゼム帝国出身であるため、祖国を護るために帝国へ向かおうと考え、帝都まで来たのだ。
武闘牛のメンバーの中にはローフェン東国出身の者もおり、彼らは東国でベーゼと戦うべきだとウブリャイに話した。だがウブリャイは東国はS級である霊光鳥に任せ、戦力が低下している帝国に力を貸すべきだと仲間たちに話す。結果チームメンバーたちは全員が納得し、帝都の防衛に加わった。
銀色のハーフアーマーを身につけ、右手には片手ハンマーが握るウブリャイは前を向くと近づいて来る二体のインファを睨みつける。
インファたちはウブリャイの睨みつけに怯むことなく、鳴き声を上げながら向かってきた。
「化け物だもが、これ以上人様の故郷を荒らすんじゃねぇ!」
ウブリャイはインファたちを迎え撃つために全速力で走り、一気にインファたちとの距離を縮める。そしてインファたちが間合いに入った瞬間、ハンマーでインファの一体の頭部を殴打した。
ハンマーを受けたインファは頭部を砕かれ、勢いよく横に倒れる。致命傷を負ったインファは倒れたまま小さく痙攣し、やがて動かなくなって黒い靄と化した。
インファを倒したウブリャイはもう一体を倒すためにすぐに残っているインファの方を向く。だが向きを変えた直後、インファは剣を振り下ろしてウブリャイに襲い掛かってきた。
振り下ろされた剣を見るウブリャイは慌てることなく持っているハンマーで剣を防ぐ。インファの力はそれほど強くないため、ウブリャイは簡単に剣を止めることができた。
剣を止めたウブリャイは空いている左手で握り拳を作り、同時に右手の甲の混沌紋を光らせて衝撃を発動させた。
衝撃を自身の体に付与したウブリャイは左手でインファのがら空きになっている腹部にパンチを打ち込む。
パンチが命中すると大きな衝撃がインファを襲い、インファは鳴き声を上げながら膝から崩れるように倒れる。
衝撃が付与されたパンチで内臓を破壊されたインファは動けなくなり、その隙にウブリャイはハンマーを振り下ろしてインファの頭部を攻撃する。この時、衝撃はハンマーにも付与されており、ハンマーが命中したことでインファの頭部にはハンマーのダメージと衝撃が同時に伝わり、インファの頭部は破裂するように砕かれた。
頭部を失ったインファは黒い靄と化して消滅する。襲ってきたインファを全て倒したウブリャイは周囲を見回して戦況を確認した。
「……少しずつだがベーゼどもの数は減ってきてるな。このまま押し返せばこの大通りは護り抜けるな」
戦況を維持できれば突破されることは無い、そう考えるウブリャイは必ず今いる大通りを護り抜いてやると思った。
ウブリャイが近くにベーゼがいないか辺りを見回していると三人の冒険者がウブリャイに駆け寄ってくる。銀髪で頬に十字の傷をつけた男、金茶色の髪と薄い褐色の肌を持つ女、絹鼠色の体毛を持つ雄のウェアウルフの三人だ。
駆け寄って来たのは武闘牛のメンバーであるベノジア、ラーフォン、イーワンだった。
「ボス、帝国兵から聞いたんだが、もうすぐこっちにメルディエズ学園の連中が増援として来るみたいッスよ」
「メルディエズ学園だと? 確かアイツらは皇城と貴族街を囲む城壁の防衛に就いてたんじゃねぇのか?」
ベノジアの報告を聞いたウブリャイが意外そうな表情を浮かべるとベノジアは小さく頷いた。
「最初はそうするつもりだったみたいなんスけど、城壁を護ってた帝国軍がベーゼどもが来るのを待つよりはこっちから叩きに行った方がいいって考えたみたいで、メルディエズ学園を最前線に向かわせらしいっスよ」
ウブリャイはベノジアの話を聞くと難しい顔をしながら不思議に思う。
皇城と貴族街を囲む城壁は皇帝や帝国貴族たちにとって決して突破されたくない最後の防衛線だ。そのため、決して突破されないようベーゼとの戦闘を得意とするメルディエズ学園の生徒を城壁の護りに就かせたとウブリャイは聞いていた。
決して突破されたくないのに防衛の要とも言えるメルディエズ学園の生徒を最前線へ向かわせるのは皇帝や帝国貴族にとって都合の悪いことであるため、ウブリャイは軍上層部が何を考えているのか理解できなかった。
「メルディエズ学園の生徒を増援に向かわせるって言うのは軍上層部の指示なのか?」
「いや、城壁を護っていた防衛隊指揮官の判断らしいよ」
ラーフォンから軍上層部の指示ではないと聞いたウブリャイは目を見開く。
軍上層部の許可を得ずに独断で戦力を動かすのは帝国軍の人間として問題行動であるため、ウブリャイはその指揮官が勝手に戦力を動かしたことに驚いた。
「多分だけど、ベーゼを城壁まで近づけたら色々と都合が悪くなると思ったんじゃないかい?」
「確か攻め込まれたら防衛隊は城壁を死守しねぇといけねぇから戦況が悪くなっても身動きが取れねぇし後退することもできねぇ。そうなる前にベーゼどもを倒しておこうと思ったのかもしれねぇな」
防衛隊がなぜ戦力を動かしたのかラーフォンとイーワンは戦況と自分たちの持っている情報から推測した。二人の話を聞いていたウブリャイは貴族街を護ると同時に自分たちが危機的状況に陥らないようにするためにメルディエズ学園の生徒を動かしたのかもしれないと知って納得したような顔をする。
帝国軍の人間として独断行動を取るのは褒められたことではない。だが、彼らは国を護る兵士、騎士である前に一人の人間だ。自分たちの身を護るために少しでも有利に戦える状況を作ろうと考えて行動したのだとウブリャイは予想する。
防衛隊がメルディエズ学園の生徒を最前線に向かわせたことで防衛力は低下するが、ベーゼたちが城壁に辿り着く前に数を減らすことができるため、それは結果的に皇城と貴族街を護ることになる。ウブリャイは防衛隊指揮官の判断は間違っていないと感じていた。
「防衛隊がこっちに戦力を送ってくれるのならそれは都合がいい。俺らはこのままベーゼどもを迎撃するぞ」
「了解だ、ボス!」
自分たちは与えられた役目を果たす、武闘牛のメンバーたちはそう思いながら一斉にばらけ、引き続きベーゼたちの迎撃を行った。
大通りを護る帝国兵や冒険者たちは攻めてきたベーゼを倒し続ける。大きな被害を出すことなく、ベーゼの数は少しずつ減ってきているため、帝国兵と冒険者は大通りを護り抜けると感じて士気を高めていた。
だがそんな時、ベーゼたちが攻めてきた方角からかなり数の下位ベーゼと蝕ベーゼがゆっくり近づいて来る光景が見え、防衛に就いている者たちは驚愕の表情を浮かべる。
「お、おい、まだあんなにいるのかよ?」
「もう少しで攻めてきたベーゼたちを倒せると思ってたのに……」
「こっちにはもうあんな数を相手にする体力なんて残ってねぇよ」
ベーゼの大群を目にして帝国兵や冒険者たちは小声で弱音を口にする。他の者たちも仲間が怖気づく姿を見て、自分たちがベーゼに殺される姿を想像したのか顔色を悪くしながらゆっくりと後ろに下がり始めた。
ウブリャイは周りにいる者たちの士気が低下していることに気付いて厄介に思う。
士気が下がれば戦況を維持することはできなくなり、帝国兵や冒険者たちはまともに戦えなくなる。そうなれば大通りを護り抜くことはできずにベーゼたちの進軍を許してしまう。それだけは何としても避けなくてはならなかった。
「何とか他の奴らの士気を高めてあのベーゼどもを倒さねぇといけねぇが、いったいどうする……」
近づいて来るベーゼの数を見ながらウブリャイは打開策が無いか考える。
混沌士である自分が前に出てベーゼたちを倒せば怖気づいた帝国兵や冒険者の士気も戻るかもしれないとウブリャイは考えた。だがいくら混沌士でも一人でベーゼの大群と戦うのは危険すぎる。
しかもウブリャイの混沌術は大勢のベーゼと戦うには不向きな能力なため、一人で戦って勝つ確率はとても低かった。
ウブリャイや離れた所にいる武闘牛のメンバーたち、まだ戦意を失っていない帝国兵と冒険者たちは周りや遠くから近づいて来るベーゼを睨みながら身構える。
怖気づいている者たちは震えたり顔色を悪くしたりしながら逃げ出した方がいいかもしれないと考えていた。
「何だい何だい? 随分と士気が低下してるじゃないか」
大通りを護る者たちの後方、皇城と貴族街がある方角から女性の声が聞こえ、声を聞いた帝国兵や冒険者たちは一斉に振り返る。そこにはヴォルカニックを握りながら自分たちを見ているパーシュと彼女が連れてきたトムリアたちメルディエズ学園の生徒、帝国兵たちの姿があった。
パーシュたちの姿を見た帝国兵や冒険者たちは増援が来たと知って驚き、同時に安堵した。
メルディエズ学園の生徒が手を貸してくれれば今の状況を打開できる可能性が出てきたため、帝国兵と冒険者たちの士気が僅かに高まった。
「各自、前に出てきてるベーゼを優先して倒しな! 魔導士は前に出ずに後方から援護攻撃し、その中で回復魔法が使える奴は負傷者の手当てをするんだ」
『ハイッ!』
メルディエズ学園の生徒たちは一斉に散らばってベーゼの討伐や負傷者の手当てに向かう。同行した帝国兵たちも前に出ている仲間たちの援護に向かった。
「思っていたよりも被害は出ていなくてよかったですね。てっきりこの通りは突破されているのではと思ってましたから……」
トムリアはパーシュの隣で周囲を見回しながら意外そうな顔で呟く。パーシュはトムリアの言葉を聞くと同じように大通りを見回した。
「あたしもそう思ってたよ。何しろ東門から城に向かうなら此処を通るのが一番早いからね。短時間で確実に突破するため、大部隊を送り込んで来ると予想してた」
「ええ……その予想は当たってたみたいです」
大通りの奥を見るトムリアは緊迫した表情を浮かべる。彼女の視線の先、数百mの辺りでは大勢のベーゼがゆっくりと自分たちの方へ歩いて来る光景があった。
自分たちの予想していたとおり、大勢のベーゼがいる光景を見てトムリアは微量の汗を流した。
一方でパーシュは大勢のベーゼを見ても動揺したりせず、ジッと遠くにいるベーゼたちを見つめている。まるでベーゼの大群など脅威ではないと思っているようだった。
「なかなかの数じゃないか。ざっと見ても三百はいるね」
「どうします、パーシュさん?」
トムリアが若干不安そうな様子で声を掛けるとパーシュはヴォルカニックを肩に掛けながら口を開く。
「アイツらはあたしが何とかする。アンタは当初の予定どおり、負傷した奴を回復魔法で癒しとくれ」
「大丈夫ですか?」
「心配無用だよ。今のあたしは以前よりも遥かに強くなってるんだからね」
パーシュは心配するトムリアの方を向くとニッと笑みを浮かべた。
今のパーシュは五聖英雄であるスラヴァの特訓を受けて以前よりも強くなっている。例え三百以上のベーゼを相手にすることになっても下位ベーゼや蝕ベーゼが相手なら一人でも問題無く対処できる自信があった。
「分かりました。気を付けてくださいね」
パーシュの力を信じるトムリアは負傷者の傷を治すために後方で休んでいる者たちの下へ向かった。
トムリアが持ち場に向かったのを見届けたパーシュはもう一度周囲を見回す。そんな時、遠くにいるウブリャイの姿を見つける。
以前ローフェン東国の商業都市レンツイで会ったことのある冒険者が大通りにいることを知ってパーシュは少し驚いた反応を見せた。
パーシュはガルゼム帝国に現れたベーゼを討伐するためにこの数日間、帝都を活動拠点にしていたが今日までウブリャイとは一度も会っていない。帝都に来ているという情報も聞いていなかったため、ウブリャイの姿を見て意外に思っていた。
ウブリャイなら詳しい戦況を教えてくれると考えるパーシュはウブリャイと合流するために彼に下へ走った。
「おい、大丈夫かい?」
「……! お前はレンツイでルナパレスと一緒にいた姉ちゃんか?」
ウブリャイはパーシュの姿を見ると目を見開く。メルディエズ学園の生徒が帝都にいることは知っていたが、パーシュがいるとは予想もしてなかったため驚いていた。
「まさかお前が帝都に来てるとは思わなかったぜ」
「それはあたしも同じだよ。東国で活動しているアンタが何で帝国にいるんだい?」
「色々事情があってな。……まぁとにかく、再会の挨拶はこの状況を乗り越えてからにしようじゃねぇか」
ウブリャイは前を向いて近づいて来るベーゼの大群を見つめ、パーシュも目を鋭くしてベーゼたちを睨んだ。既にベーゼたちは300mほど前まで近づいて来ており、いつ一斉に突撃して来てもおかしくない状況だった。
二人の周りでは帝国兵や冒険者たちが先に攻めてきたベーゼと戦っており、遠くにいる大群を目にして緊迫した表情を浮かべていた。
「アイツらを何とかしねぇと間違い無く防衛線は突破され、連中を貴族街を囲む城壁まで行かせることになっちまう。何よりも俺らは全員ベーゼどもの餌食になっちまう」
「ああ、分かってるよ」
短い返事をしたパーシュは近づいて来るベーゼに大群に向かって歩き出す。ウブリャイは躊躇せずに敵に近づいていくパーシュを見て再び驚きの反応を見せる。
「お、おい、まさかあの数に正面から挑む気か? お前さんがメルディエズ学園の生徒の中でも強ぇってのは聞いてるが、流石にあの数を相手にするのは無謀だ。死にに行くようなもんだぞ」
「まぁ、見てなって」
ウブリャイの心配を気にもせずにパーシュは笑いながら前方にいるベーゼたちを見つめる。
ベーゼたちもパーシュに気付いたのか歩きながらパーシュを威嚇するかのように鳴き声を上げ始めた。
(数が多いとは言え、アイツらの殆どは下位ベーゼ。ここで苦戦してたら全力で鍛えてくれたスラヴァさんに合わせる顔が無い。スラヴァさんの期待に応えるためにも、自分がどれだけ強くなったか確認するためにもあたし一人でアイツらを何とかしないといけないね)
パーシュは一番前にいるベーゼの位置を確認するとヴォルカニックを持たない左手をベーゼたちに向ける。同時に混沌紋を光らせて爆破を発動させた。その直後、ベーゼたちはパーシュに突撃するかのように一斉に走り出した。
ウブリャイや武闘牛のメンバー、トムリアたちは走り出したベーゼの大群を見て一斉に身構える。中には勝ち目が無いと感じて逃げ出そうとする者もいた。そんな中でパーシュだけはその場を動かずにベーゼたちを睨んでいる。
「火球!」
パーシュは得意の魔法を発動させ、左手の前に火球を作り出す。勿論、攻撃力を上げるために爆破の能力もしっかり付与している。
ただ、この時パーシュが作り出した火球は今まで作り出していた火球よりも一回りほど大きくなっており、燃える勢いも若干強くなっていた。
突撃してくるベーゼの最前列に向けてパーシュは火球を放つ。火球は勢いよくベーゼたちに向かって飛んで行き、最前列を走るインファに命中する。
命中した瞬間、火球は大きな爆発を起こしてインファの周りにいた他のベーゼたちを吹き飛ばした。
その爆発はスラヴァの特訓を受ける以前の火球の爆発とは比べ物にならないほどで多くのベーゼを消滅させた。
火球の爆発を目にしたウブリャイやトムリアは驚きのあまり目を丸くし、他の者たちも驚いて固まっている。周囲が衝撃を受ける中、パーシュは爆発を見て笑みを浮かべていた。
「ハハハッ、やっぱり前と違って爆発の大きさも威力も強くなってるね!」
大勢のベーゼを一度に吹き飛ばしたことにパーシュは気分を良くする。同時にパーシュは自分を鍛えてくれたスラヴァに感謝した。
パーシュはフレードと共に自身の魔力を強くするためにスラヴァの特訓を受けた。
スラヴァから魔力が強くなれば使う魔法の威力が上昇し、使える回数や種類も増えると聞かされたパーシュは魔法を強化するためにスラヴァから教えられたことを全て頭に叩き込んでいった。その結果、魔力を高める方法やそのコツ、新しい魔法を幾つか覚えて以前よりも強い力を手に入れたのだ。
先程の火球も放つ際にパーシュが魔力を高めたことで威力と大きさが増し、以前よりも強力な火球を放つことができたのだ。
しかも威力を上げた状態で爆破を付与したことで爆発力も上昇し、一発の火球で大勢のベーゼを倒すことができた。
「よし、これならベーゼどもを問題無く倒せる!」
大群のベーゼが相手でも問題無く戦えると判断したパーシュは改めてベーゼたちの方を向いた。
ベーゼたちは近くで爆発が起き、仲間が吹き飛ばされても警戒することなくパーシュに向かって走り続けている。パーシュは敵の力量を理解するだけの知能を持たない下位ベーゼと蝕ベーゼを心の中で哀れに思う。
「先に言っておくけど、こっちは情けを掛けたりする気は無いからね? 消し炭にされても文句は無しだよっ!」
突っ込んでくるベーゼたちにそう言いながらパーシュは新たに火球を三発放った。先ほどと同じ通常よりも大きな火球はベーゼたちに向かって飛んで行き、それぞれ前列を走るベーゼゴブリンやモイルダー、村人の姿をしたベーゼヒューマンに命中する。
火球が命中したことで三つの爆発が起き、大通りに侵入してきたベーゼたちは消し飛ばされる。因みに大通りには民家などがあるため、パーシュは民家を壊さないよう爆発の大きさや威力を調整しながら注意して攻撃した。
パーシュが放った四発の火球によって三百体ほどいたベーゼの約六分の一が消滅した。その後もパーシュは最前列に向けて火球を放ったため、ベーゼの大群はなかなかパーシュに近づけずにいた。
「信じられねぇ、まさか一人であの数とやり合うとは……」
ウブリャイはパーシュが火球でベーゼたちを攻撃する光景に唖然とし、周りにいる帝国兵や冒険者たちも同じように驚いている。パーシュが攻撃を開始してからまだ五分も経っていないのに数十体のベーゼが倒される光景を見ればウブリャイたちの反応は当然と言えた。
普通の魔導士では一人で、それも火球だけでベーゼの大群と戦うことなどできない。これは爆破の混沌術を開花させ、五聖英雄の特訓を受けたパーシュだからこそできることだった。
ウブリャイたちが驚きながら見ている中、パーシュは火球を撃ち続けてベーゼたちを迎撃する。
既に何発も火球を撃っているがパーシュは疲れを感じることなく攻撃を続けている。これもスラヴァの特訓を受けて使用する魔力の量を調整できるようになったおかげだった。
パーシュが魔法でベーゼたちを攻撃する中、ベーゼたちの中から少し大きめの影が飛び出す。中位ベーゼのシュトグリブだった。
シュトグリブは仲間が次々とやられる光景を目にし、急いでパーシュを倒さなくてはと考えて前に出てきたのだ。
「今度は中位ベーゼか。……なら、こっちも別の魔法を使わせてもらおうかね」
今にパーシュには火球でも中位ベーゼを倒せる自信があった。だがもしかすると何か問題が起きて下級魔法の火球で倒せない状況になるかもしれない。そう考えたパーシュは念のために強力な魔法で応戦することにした。
パーシュは左手をシュトグリブに向けると左手の前に赤い魔法陣を展開させた。
「三つの火矢!」
魔法を発動させたパーシュは魔法陣から三つの炎の矢を放つ。
剣士であるパーシュは今まで下級魔法の火球しか習得しておらず、他の魔法は使えなかった。しかしベーゼとの決戦に備えてスラヴァから幾つか中級魔法を教わり、三つの火矢を使えるようになったのだ。
三つの矢の内、一発はシュトグリブの頭部に向かって飛んで行き、シュトグリブは飛んできた炎の矢を持っている棍棒で叩き落そうとする。
だが棍棒が触れた瞬間、炎の矢は爆発して棍棒を粉々にする。それと同時に至近距離での爆発でシュトグリブは怯んだ。
怯んでいる間に残りの炎の矢がシュトグリブの胴体に命中して爆発する。胴体に炎の矢を二発受けたことで致命傷を負ったシュトグリブは俯せに倒れ、黒い靄となった。
「上手くいったか。もしも火球だったらかわされていたかもね」
中位ベーゼであるシュトグリブを上手く倒せたのを見てパーシュはニッと笑う。
戦場では何が起きるか分からないため、今後も敵に攻撃をかわされたりすることを予想しながら戦った方がいいとパーシュは考えた。
シュトグリブを倒した直後も他のベーゼたちは勢いを弱めることなく進軍する。パーシュは引き続き向かってくるベーゼの群れを倒すため、魔法を発動させて応戦した。
後方ではトムリアが傷ついた帝国兵の傷を回復魔法で癒しながら戦っているパーシュを見ている。
トムリアはパーシュが五聖英雄から特訓を受けて強くなっていることを聞いていたため、ウブリャイたちのように驚いたりはしない。だがそれでも数発の火球で大勢のベーゼを倒す光景には軽い衝撃を受けていた。
「以前よりも強くなっていると聞いてはいたけど、まさかこんなに強くなっていたなんて……やっぱりパーシュさんは凄い」
尊敬するパーシュの勇姿にトムリアは感動して思わず笑みを浮かべる。パーシュに意識が行ってしまったことで魔法に対する集中力が途切れ、回復魔法が中断されてしまった。
治療を受けていた帝国兵はトムリアに声を掛けようとするが、パーシュを見ながら笑っているトムリアを見て思わず目を細くする。
(パーシュさんがこれだけ強くなっているのなら、フレード先輩も同じくらい強くなっているはずよね。……先輩たちは今頃どうしてるかしら?)
共に同じ師からと訓練を受けたフレードが何をしているか気になっているトムリアは小さく俯きながらフレードと彼と同行するジェリックたちのことを考える。
トムリアが考え込んでいると先程まで治療を受けていた帝国兵がトムリアの手を指で突く。トムリアはフッと顔を上げて帝国兵の方を向き、目を細くしながら完治していない傷を指差す帝国兵を目にした。
帝国兵を見て回復魔法を中断してしまったことに気付いたトムリアは慌てて回復魔法を発動させて治療を再開する。
再開した直後、トムリアは帝国兵に平謝りをした。
――――――
フレードたちはベーゼたちの指揮を執るアイビーツの下へ向かうために帝都の北側にある街道を走っていた。先頭を走るフレードの後をジェリックたちメルディエズ学園の生徒、帝国兵たちがついて行く。
城壁前で騎士たちから聞いた情報を元にフレードはアイビーツが街道の先にある広場にいると予想していた。脇道なども幾つか見かけるが、フレードはその全てを無視して街道を走り続ける。
「フレード先輩、ホントにベーゼどもの指揮官はこの先にいるんでしょうか?」
「ああ、間違いねぇ。この先にあるデカい広場で奴がいるはずだ」
フレードの後ろを走るジェリックは若干複雑そうな顔でフレードを見つめた。
城壁前で聞かされた情報から考えると確かにアイビーツたちが広場にいる可能性はある。だが情報を聞いてからそれなりの時間が経過しているため、既に別の場所へ移動しているかもしれない。
ジェリックは広場に向かってもアイビーツと接触できないのではと小さな不安を抱いていた。
「先輩、念のために地図を見て他にベーゼたちがいそうな場所を確認してみたらどうです? もしかすると他の道を通って城壁に向かっているかもしれませんし……」
ジェリックは前を走るフレードに現在地とベーゼたちの居場所を確かめるよう提案する。ベーゼたちが別の場所にいる可能性と自分たちが移動を開始してからの時間を考え、一度現在地を確認した方がいいと考えた。
「奴らは間違い無くこの先の広場にいる」
「どうしてそう思うんですか?」
「情報ではアイビーツは北門から帝都に侵入し、城を落とすために城を目指して進軍してるって話だ。アイツは元帝国将軍だろう? と言うことは帝都のどの道を通れば一番早く城に辿り着けるかも知ってるはずだ」
「そう、ですね……」
話の内容が上手く理解できないジェリックは小さな声で返事をする。
「さっき防衛隊の騎士から聞いたんだが、短時間で北門から俺たちがいた貴族街の城壁に辿り着くには今俺たちがいる街道を通るのが一番らしい。帝都に詳しいアイビーツなら短時間で貴族街へ行くために間違い無くこの街道を通るはずだ」
「つまり、この街道を通るからこのまま広場に向かって移動していれば進軍しているアイビーツやベーゼと遭遇するはずだし、遭遇しなければまだ広場にいるっていうことですか?」
「そういうことだ」
フレードは笑いながら自信に満ちた口調で返事をする。話を聞く限りではフレードの予想どおり、いずれアイビーツやベーゼたちと遭遇するかもしれない。
だがジェリックの頭からはアイビーツたちが別の道を通って貴族街に向かっているかもしれないという考えが離れなかった。
「で、ですが、アイビーツも一番近い道に防衛線を張っているかもしれないって予想してわざと遠回りをしてくるかもしれませんよ? そうなったら奴らの進軍を許すことに……」
「いや、間違い無く奴らはこのルートを選ぶ。俺の勘がそう言ってる」
「勘!?」
あまりにも信憑性の無い言葉にジェリックは思わず訊き返す。周りにいた他の生徒たちもフレードとジェリックの会話を聞いて驚きの反応を見せながら二人に視線を向けた。
「何だ、俺のこと信用してねぇのか?」
フレードは走りながら振り向いてジェリックをジッと見つめる。フレードが機嫌を悪くしたと感じたジェリックは咄嗟に首を横に振った。
「い、いえいえ、そんなことないです!」
「だったら黙ってついて来い!」
僅かに力の入ったを出したフレードは前を向き直す。情報ではあと少しで目的地の広場に辿り着けるため、フレードは走る速度を少し上げた。
ジェリックや他の生徒たちは不安を感じたままフレードの後をついて行き、帝国兵たちは「このままで大丈夫なのか」とフレードに対する不安と不信感を抱く。
フレードたちは速度を落とさずに街道の真ん中を走り続ける。そんな中、フレードたちが向かう先から四つの影が街道の左右に会う民家の壁を伝って近づいて来るのが見え、フレードは目を凝らして近づいて来るものを確認する。
近づいて来ているのは下位ベーゼのモイルダーで落下しないよう両手の爪を壁に引っかけながらフレードたちの方へ移動している。
フレードはモイルダーたちを見てベーゼの斥候だと考え、同時に向かう先にある広場に他のベーゼ、そしてアイビーツがいると確信した。
モイルダーたちはフレードたちに気付くと鳴き声を上げながら民家の壁を蹴って大きく跳び、一斉にフレードたちに跳びかかる。
ジェリックたちは前から襲ってきたモイルダーたちを見て緊迫した表情を浮かべ、迎撃するために立ち止まろうとした。
「止まるな! 走り続けろ!」
フレードはジェリックたちが停止することを予想して大きな声で指示を出し、フレードの声を聞いたジェリックたちは驚きの表情を浮かべる。フレードには何か考えがあると感じたジェリックたちは言われたとおり立ち止まらずに走り続けた。
ジェリックたちに声を掛けたフレードは右手に持つリヴァイクスの剣身に水を纏わせ、跳びかかってきた四体のモイルダーを睨みつけた。
「邪魔だ! 激流の礫!」
リヴァイクスを勢いよく横に振ると剣身の水は無数の小さな水球となって勢いよくモイルダーたちに向かって飛んで行く。ただスラヴァの特訓で魔力が強くなったことで力は増していたため、放てる水球の数も以前より増えていた。
水球はモイルダーたちに命中すると体や手足を貫通して無数の穴を開ける。全身を水球で撃ち抜かれたモイルダーたちは鳴き声を上げながら落下し、空中で黒い靄となって消えた。
ジェリックたちはモイルダーたちが倒された光景を見て、走りながらモイルダーを倒すからフレードが止まるなと言ったのだと知って軽く目を見開いた。
「モイルダーどもが来たってことはこの先に敵がいるって証拠だ。このまま広場に向かうぞ!」
フレードの言葉を聞いてジェリックたちもフレードの予想どおり目指している広場にアイビーツたちがいる可能性が高くなったと感じ、フレードの勘が当たったことを意外に思う。だがすぐに表情を鋭くしてモイルダーたちがやって来た方を見つめた。
これ以上ベーゼたちを進攻させないため、少しでも早くアイビーツを倒すためにフレードたちは広場へ急いだ。




