第二百四十一話 帝都防衛
ガルゼム帝国の中心部に帝国最大の都市、帝都サクトブークが存在する。帝都を囲む城壁は他の都市や町と比べると高く強固で外敵の侵入を許さない。
城壁は帝都の周りだけでなく都市の中にもあり、防衛だけでなく平民と貴族が住む場所を分ける役目も担っていた。
帝都の東西南北には入口である正門が四つあり、その正門も城壁ほどではないが頑丈に作られていた。城壁と正門によって護られる帝都サクトブークはガルゼム帝国でも最大の防衛力を持った鉄壁の都市と言われている。しかし、その鉄壁と言われた帝都は今、危機的状況に置かれていた。
現在、帝都サクトブークはベーゼの大群に襲撃を受けており、ベーゼたちは北門と東門を突破して帝都に侵入していた。既にベーゼたちは大勢の帝国兵や冒険者たちを倒し、帝都の中心にある皇城を目指して進軍している。
今から三時間ほど前、ベーゼたちは帝都の周辺に突然現れ、北門と東門に攻撃を仕掛けてきた。ベーゼの襲撃を知った皇帝ゲルマンはすぐに帝国軍と冒険者ギルドにベーゼを迎え撃つよう命令を出す。
この時、帝都にはガルゼム帝国に現れたベーゼを討伐するために派遣されたメルディエズ学園の生徒たちもいたため、ゲルマンは生徒たちにもベーゼの相手をするよう指示した。
ただ小心者であるゲルマンはベーゼたちが正門を突破して帝都に攻め込んで来たことを考え、ベーゼとの戦闘を得意とするメルディエズ学園の生徒たちを最前線には出さず、皇城のある貴族街を護る第二の城壁の防衛に就かせ、帝都を囲む第一の城壁と正門の防衛を帝国軍と冒険者に任せたのだ。
メルディエズ学園の生徒が最前線に出れないため、城壁の防衛は帝国軍と冒険者だけで護ることになった。
帝都には他の都市や町よりも大勢の帝国兵や冒険者がいるため、メルディエズ学園の生徒がいなくても問題無いだろうとゲルマンや軍上層部の者たちは思っていた。
だがこの時、帝都の帝国軍や冒険者の大半は他の都市や町を襲撃しているベーゼの対応をするために帝都の外に出ていたため、戦力は本来の半分ほどしかおらず、上層部もそのことを知らなかった。
そのため、戦力が少なくベーゼとの戦いにも慣れていない帝国兵や冒険者たちはベーゼを食い止めることができず、北門と東門を突破されて帝都への侵入を許してしまったのだ。
帝都に侵入したベーゼたちは皇城を目指しながら冒険者ギルドや食糧庫、住民たちが隠れている避難所などを襲撃しながら城下町を制圧していった。
帝国軍や冒険者たちは知能の低いベーゼたちがどうして食糧庫と言った重要性の高い場所を優先して攻めているのか疑問を抱きながら侵攻してきたベーゼたちを貴族街に近づけないよう迎撃する。
帝都の北にある街道ではベーゼの一団が皇城を目指して進軍している。進軍しているベーゼの大半は下位ベーゼと蝕ベーゼだが、その中には下位ベーゼたちに指示を出す中位ベーゼも何体かいた。そして、ベーゼたちの中心では一人の人間が馬に乗りながら移動している。
「ハーッハハハハッ! まさかここまで順調に進軍できるとはなぁ!」
馬に乗っているのは茶色い目と逆立った栗梅の髪をした厳つい顔つきの男で深緑の長袖長ズボン姿に銀色の鎧を見につけ、腰に二本の剣を差している。五凶将の一人である最上位ベーゼ、アイビーツ・クリクトンことエアガイツだった。
アイビーツはガルゼム帝国の将軍として帝都サクトブークに潜入していた。帝都の構造や防衛部隊の戦力などを完全に把握しているため、帝都を制圧する部隊の指揮官を任されたのだ。
帝都の情報を把握していたため、アイビーツが指揮を執るベーゼの部隊は苦戦することなく北門と東門を突破し、帝都の城下町まで攻め込むことができた。
「この辺りには冒険者ギルドが管理している武器や防具の保管庫があるはずだ。念のために近くにいる別部隊にそこを襲撃して奴らに武器や防具を押さえるよう伝えておけ」
馬に乗るアイビーツは隣にいるユーファルに指示を出すとユーファルは鳴き声を上げて返事をすると高くジャンプして民家の屋根に飛び乗り、体を透明化させて別行動している別部隊の下へ向かった。
ユーファルが移動したのを確認したアイビーツは前を向き、遠くに見える皇城を見ながらニヤリと笑みを浮かべた。
「腰抜けの皇帝は俺たちを城に近づかせないために貴族街を囲む城壁の防衛に多くの戦力を配備しているはずだ。今帝都に残っている戦力から計算すれば皇城の護りに回された戦力は僅か。第二の城壁を突破すればもう俺らと止められる戦力は無い。奴ももうすぐ終わりだな」
皇帝であるゲルマンが怯える顔を想像するアイビーツは楽しそうな顔をしながら呟く。
アイビーツは帝都に潜入していた時からゲルマンを使える道具程度にしか見ておらず、内心では常にゲルマンを脳無しな操り人形と思っていた。
そのためゲルマンを始末することに対して何の抵抗も罪悪感も抱いておらず、容赦なく抹殺してやろうと思っている。
「それにしても、ここまでメルディエズ学園の連中とは一度も遭遇してねぇな……」
アイビーツは帝都への攻撃を開始してからここまで一度もメルディエズ学園の生徒と遭遇していないことを思い出す。
「俺らが大陸中の国を襲撃しているという情報はメルディエズ学園の連中の耳にも入っているはずだ。なら奴らも俺らの邪魔をするために生徒を送り込んできているはず……だが奴らは何処にもいねぇ」
五凶将であるアイビーツにとっては自分の手で帝都を滅ぼすこと以外にもメルディエズ学園の生徒と戦うことを楽しみにしていた。しかしその生徒とはここまで一度も戦っておらず、接触すらしていないため、アイビーツは若干不満を感じている。
帝都サクトブークにはメルディエズ学園の生徒は派遣されていないのではとアイビーツは予想するが、帝国で最も重要な拠点である帝都に生徒を派遣しないなどあり得ないとアイビーツは否定する。ではメルディエズ学園の生徒は帝都の何処にいるのか、アイビーツは前を見ながら考えた。
「……あの腰抜け皇帝のことだ。生徒たちを皇城か第二の城壁の護りに就かせたのかもしれねぇな。……チィ、あの野郎のせいで生徒どもとの戦いが先送りになっちまったぜ」
楽しみがお預けになったことに対してアイビーツはブツブツと文句を言う。だが侵攻を続ければいつか生徒たちと戦う機会が訪れるため、アイビーツはさっさと第二の城壁まで進攻してしまおうと思った。
「帝都にいる生徒の中に俺と互角に戦える生徒がいるのいいんだがなぁ」
不敵な笑みを浮かべるアイビーツは強者がいることを期待しながら配下のベーゼたちと共に皇城を目指して街道を移動した。
――――――
皇城とその周りにある貴族街を囲む第二の城壁、その周りには見通しの良い大通りがある。
城壁には平民街から入るための門が幾つもあり、門の前では大勢の帝国兵や騎士が門を護りながら仲間と最前線の情報や敵の進行状況など確認し合っていた。
「ベーゼたちは何処まで進攻している? 我が軍や冒険者たちの状況は?」
防衛隊の指揮を任されていると思われる若い騎士は目の前にいる帝国兵に戦況について尋ねる。帝国兵は持っている羊皮紙を騎士に差し出しながら複雑そうな表情を浮かべた。
「現在ベーゼたちは行政区と住宅区の辺りまで進軍しております。各部隊は街道に防衛戦を張りながら冒険者たちと共闘しておりますが、敵の数が多いこととこちらの戦力が不足していることから、苦戦を強いられています」
「クソォ、ここまで押されるとは! まるでこちらの動きは読まれているようだ……」
騎士は帝国兵から受け取った羊皮紙を見て詳しい情報を確認すると悔しさのあまり羊皮紙を握りつぶす。
帝国軍は持てる戦力や知識を全て使ってベーゼを迎撃しているつもりだが、どういうわけかベーゼたちは防衛に就いている部隊よりも多い戦力で襲撃したり、防衛部隊の側面や背後に回り込んで奇襲を仕掛てきたりしてくる。
裏をかかれたり、隙をつかれた防衛隊は次々と全滅させられ、ベーゼたちの侵攻を許してしまう状態となっていた。
「我々は侵攻してきているベーゼたちの数を計算して防衛隊の編成を行った。こちらが有利に戦えるよう地の利なども活かしている。それなのなぜ……」
「……実はそのことでご報告しなくてならないことが……」
帝国兵は深刻な表情を浮かべながら口を開き、騎士は「まだ何かあるのか」と言いたそうな顔で帝国兵の方を向く。
「ベーゼたちの偵察に向かった者からの報告なのですが……ベーゼたちの中にクリクトン将軍の姿があったと……」
「何っ! クリクトン将軍だと!?」
騎士は驚きのあまり思わず大きな声を出す。周りにいた他の騎士や帝国兵たちも声を聞いて一斉に騎士の方を向いた。
「ハ、ハイ……行政区でベーゼたちに指示を出している姿を目撃したと偵察してきた者が……」
「……そう言えば、クリクトン将軍はベーゼで帝国の情報を得るために人間に化けて潜入していたんだったな」
騎士は軍上層部から聞かされたアイビーツの情報を思い出して厄介に思い、同時にベーゼが次々と防衛隊を壊滅させたことにも納得する。
嘗て帝国の将軍だったアイビーツなら帝都の構造や防衛隊の戦力なども把握している。それらの情報を利用すれば防衛隊を壊滅させるのにどれだけの戦力をぶつければよいか、街の中をどのように移動すれば戦況を有利に進められるか分かる。
騎士は自分たちが非常に不利な状態にあることを知って緊迫した表情を浮かべた。
「これは非常に厄介な状況だ。クリクトン将軍……いや、アイビーツが向こうにいる以上、こちらは常に動きを読まれて戦うことになる。これではベーゼが此処まで攻め込んで来るのも時間の問題だ」
「そ、そんな! 我々はどうすれば……」
危機的状況に帝国兵は不安を露わにする。帝国兵と騎士の会話を聞いていた他の帝国兵たちもいずれ自分たちの所に大量のベーゼがなだれ込んでくると知って恐怖を感じ始めていた。
騎士はどうすればよいか、平民街から微かに聞こえてくる戦闘音を聞きながら考える。しかしいくら考えもいい案が思い浮かばず、騎士は表情を歪ませながら俯いて悩んだ。
「随分マズい状況みたいだね?」
何処からが若い女性の声が聞こえ、騎士は顔を上げて声が聞こえた方を向く。
視線の先には紅い長髪を揺らしながら腰に赤い剣を差したメルディエズ学園の女子生徒が歩いてくる姿があり、その後ろには青い剣を佩する紺色の短髪をした男子生徒がいる。更にその後ろに数人の生徒の姿があった。
騎士の前に現れたのはパーシュとフレード、そしてトムリア、ジェリックなどメルディエズ学園でも優秀な中級生だった。ガルゼム帝国に現れたベーゼたちの討伐を任されたパーシュたちは帝都サクトブークを拠点にして活動しており、今回ベーゼが帝都に攻め込んできたため帝都の防衛に就いていたのだ。
「君たちはメルディエズ学園の……」
「そう。あたしは指揮を任されてるパーシュ・クリディックだ。んで、こっちの馬鹿面したのかフレード・ディープス」
「誰が馬鹿面だ!」
紹介しながら馬鹿にするパーシュをフレードは鋭い目で睨みつけ、パーシュは機嫌を悪くするフレードを無視して騎士を見ていた。
トムリアとジェリックはパーシュとフレードのやり取りを見て軽く溜め息をつき、他の生徒も二人の見慣れたやり取りを目にしながら苦笑いを浮かべたり、呆れた表情を浮かべている。
「それで、ベーゼたちは此処に向かって進軍して来てるんだろう?」
「あ、ああ。北と東から防衛線を突破しながら真っすぐこちらに向かって来ているらしい。情報では既に行政区と住宅区に辿り着いたらしい」
騎士の話を聞いたパーシュは自分のポーチから一枚の丸められた羊皮紙を取り出して広げた。そこには帝都の地図が描かれてあり、パーシュは地図を見ながらベーゼたちがどの辺りにいるのかを確かめる。
「行政区と住宅区は此処だね。……確かにこのままだとベーゼたちは城壁まで辿り着いちまう」
パーシュは地図に描かれてある行政区と住宅区を指差しながら呟き、パーシュの後ろにいたフレードやトムリア、ジェリックもパーシュの近くに集まって同じように地図を見た。
「この状況を打開するには北と東から進軍してくるベーゼたちの指揮を執っている奴らを倒し、敵の指揮系統を混乱させるのが一番だろうね」
「敵の指揮官を倒すと言うことか?」
「ああ、ベーゼたちの勢いを弱らせるにはそれしかない。あたしらメルディエズ学園がベーゼたちの迎撃に向かう」
騎士の方を見ながらパーシュは最前線へ向かうことを伝える。
敵指揮官を討ち取る以外にも、もっと効率が良くて安全性の高い作戦があるかもしれない。しかし複雑な作戦を考えるのが苦手なパーシュは指揮官を討つ以外に良い作戦が浮かばなかった。
「し、しかしベーゼの数は多く、こちらにもかなりの被害が出ている。それに敵の中にはアイビーツもいるんだ」
「アイビーツだと?」
フレードは騎士の口から出た言葉に反応して目を僅かに鋭くする。
以前メルディエズ学園で屈辱的な敗北を与えた存在が帝都を襲撃したベーゼたちの中にいると知ったフレードは心の中で闘志を強くした。
パーシュも五凶将の一人がいると知って真剣な表情を浮かべ、帝都に攻め込んできたベーゼ全てを指揮しているのはアイビーツだと確信する。
「おい、アイビーツは何処にいやがるんだ?」
「えっ、アイビーツか?」
「ああ、何処にいんだ?」
フレードは僅かに低い声を出しながら騎士に尋ねる。騎士はフレードの顔を見てその迫力に思わず息を飲んだ。
騎士は帝国兵の方を向き、目でアイビーツの現在地を尋ねる。騎士の意思に気付いた帝国兵はパーシュの隣までやって来ると地図を眺めて一点を指差した。
「偵察した者の話ではクリクトン将軍は十数分前に帝都の北側……この辺りを移動していたそうだ」
「此処は……商業区だね。あたしらがいる場所からそれほど離れてない所だ」
地図を見ていたパーシュは顔を上げ、目の前にある街道の入口を見つめる。今パーシュたちがいる場所とアイビーツがいると思われる場所はそれ程距離は無く、正面にある街道を通ればすぐに辿り着くことが可能だった。
「アイビーツはこの先にいるのか。……なら、奴は俺が叩きのめしてきてやるぜ」
「はあぁ?」
フレードの口から出た言葉に騎士は耳を疑い、周りにいる帝国兵や別の騎士たちもフレードや周りにいるパーシュたちを見て目を見開く。
ベーゼの中でも強大な力を持つと言われている相手に自分から戦いに行こうと言い出したフレードに騎士たちは衝撃を受けていた。
「ま、待ってくれ。アイビーツは帝国に潜入していた時、多くの功績を上げた男だ。ベーゼである奴を認めたくは無いが、その実力は帝国軍でも一二を争うほどだと言われている。いくらベーゼとの戦闘を得意とする君たちでもどうにかできる相手ではない」
アイビーツの実力を知っている騎士は戦おうとするフレードを必死な様子で止めようとする。
ベーゼの情報はメルディエズ学園の生徒であるフレードたちの方が豊富に持っているかもしれないが、帝国将軍だった時のアイビーツのことは騎士の方が詳しいため、フレードでは勝てないと思っていた。
フレードはチラッと騎士の方を向くと自分ではアイビーツには勝てないと思われていることに不満を感じたのか軽く騎士を睨んだ。
「おいおいおい、何で俺じゃあ奴には勝てねぇって決めつけてんだよ? 俺の実力も知らねぇくせに勝手なこと言うんじゃねぇ」
「いや、私は決して君のことを弱いと思っているわけでは……」
騎士はフレードが機嫌を悪くしたことに気付くと誤解を解こうとし、フレードは腕を組みながら騎士をジッと睨み続ける。
話を聞いていたトムリアはフレードを見ながら呆れたような顔をし、ジェリックは自分が憧れているフレードが馬鹿にされていると感じたのか目を鋭くして騎士を見ていた。
フレードが騎士を睨んでいるとパーシュが地図を持ったまま腕を組んで軽く溜め息をついた。
「フレード、この人はアンタのことを弱いと思ってるわけじゃないよ。相手が相手だからアンタのことを心配して言ってくれてるんだ。それぐらい少し考えれば分かるだろう?」
「フン!」
不機嫌そうにしながらそっぽを向くフレードを見ながらパーシュは「子供だねぇ」と心の中で呆れる。フレードの反応を見たパーシュは騎士の方を向いた。
「悪いね? コイツへそ曲がりな性格なんだよ」
「あ、ああ……」
謝罪するパーシュを見て騎士はキョトンとしながら頷く。
「……ただ、コイツもアイビーツとはちょっと縁があるんだよ。コイツの実力はあたしらが保証する。だからアイビーツの相手を任せてやってくれないかい?」
パーシュの言葉を聞いてフレードは意外そうな反応をする。普段喧嘩ばかりしている自分を信用しているような発言をしたパーシュにフレードは内心驚いていた。
「それにベーゼの専門家であるあたしらが後方でベーゼたちが来るのを待っているって言うのも問題あることだ。あたしらこそ最前線に出て誰よりもベーゼたちと戦うべきだろう?」
「し、しかし、君たちメルディエズ学園の生徒はこの城壁の防衛に就かせるよう上層部の方から命を受けている。上層部は皇帝陛下から指示を受け、それを我々に伝えているため、上層部の命令は皇帝陛下の命令も同然なのだ。だから君たちを最前線に向かわせるわけには……」
自身の立場と命令した者の地位から独断でメルディエズ学園の生徒を動かすことはできない騎士は複雑そうな顔でパーシュたちに説明する。
ベーゼたちが接近しているという危機的状況なのだから立場など関係無く、ベーゼの対処を優先するべきだと思われるが騎士には自分で決断する勇気が無かった。
自分の意思で決断しない騎士をパーシュは情けなさそうに見ている。立場があると言うのは分かるがそれでも現状を考え、どうするべきか決めてもらいたいと思っていた。
「このままだとベーゼたちは確実にあたしらがいるこの城壁まで辿り着く。大勢のベーゼが攻め込んで来たらあっという間にこっちは囲まれちまう。その上、城壁も帝都を囲んでいるのに比べたら低い。すぐに突破されると思うよ」
パーシュは自分がいる大通りを見回しながらベーゼと戦闘になったら不利になることを騎士に話す。
騎士も場所と防衛隊の戦力からベーゼたちが城壁に辿り着いたら危機的状況になる可能性は高いかもしれないと思っていた。
「そうなる前にこっちが先手を打ち、ベーゼどもが此処に来る前にアイビーツや強力なベーゼたちを倒した方がいい」
「そ、それはそうだが……」
ベーゼがやって来たら危険な状態になると聞かされても決断できずにいる騎士を見てパーシュは溜め息をつく。一方でフレードはなかなか決断できない騎士を見ながら若干苛ついているような顔をしていた。
「アンタたち騎士の役目は何だい? ……上の人の命令を聞いてそのとおりに戦うことか? 違うだろう? 帝都に住民を護ることが役目のはずだ。住民たちを護るために自分は何をするべきなのか、よく考えてみな」
パーシュの言葉を聞いた騎士は自分たちが本当にやるべきことは敵が来るまで防衛する場所で待機し続けることなのか考え、周りにいる帝国兵や別の騎士たちも同じように考え込んだ。
「……分かった。アイビーツのことは君たちに任せよう」
騎士としてやるべきことを理解した騎士はベーゼたちの指揮官を討伐するというパーシュたちの提案を認める。
許可を得たパーシュは騎士を見ながら小さく笑みを浮かべた。
「よろしいのですか? 上層部からは貴族街の防衛に力を尽くせと指示がありましたが……」
近くにいた帝国兵は若干不安そうな顔をしながら騎士に確認した。
「責任は私が取る。それに此処にベーゼがやって来たら防衛しろと言うことはベーゼたちが攻め込んで来るまで待てと言うことだ。待っている間に商業区や住宅区などが壊滅させられれば戦争後の修繕作業などが難しくなる。何よりも帝都に住む民たちが犠牲になってしまう。そんなことはあってはならない」
パーシュに言われて自分たちの使命を思い出した騎士は真剣な表情で帝国兵に語り掛ける。話を聞いた帝国兵や周りにいる他の者たちは考え込んだり隣にいる仲間と顔を見合わせたりした。
確かに今自分たちが防衛している城壁にベーゼたちが来るのを待っていたらその間に城下町にとんでもない被害が出てしまう。帝都を護る者として目の前で帝国民が苦しむの傍観するなどあってはならないことだ。
それだけではなく、城下町には城壁を防衛する帝国兵や騎士たちの家族もいる。自分の家族が危険にさらされているのに大人しくしていて良いはずがない。
帝国兵たちも上層部に命令されたからと言って何も考えずに従うのは間違いだと気付き始め、槍や剣を握って闘志を強くする。騎士は帝国兵たちの姿を見て全員が自分と同じ気持ちになってくれたと知って笑みを浮かべた。
「……他の兵たちもベーゼを待たずに向かって行くことを決意してくれたようだ」
「そうらしいね」
「君たちのおかげで私たちは騎士として、そして兵士としての使命を思い出すことができた。感謝するよ」
騎士はパーシュの方を向いて笑いながら礼を言う。パーシュは騎士を見ると目を閉じながら小さく笑った。
「礼を言うのはまだ早いんじゃないかい? そう言う言葉は帝都に攻め込んできたベーゼたちを倒してから言うべきなんじゃないかい?」
「……ああ、そうだな」
まずはベーゼたちを何とかしなくはいけない。騎士は真剣な表情を浮かべると周りにいる帝国兵や騎士たちを見た。
「君たちには先程話したとおり、最前線で攻め込んできたアイビーツやベーゼたちの相手を任せる。もし戦力が必要なら、此処にいる防衛隊から何人か連れて行っても構わない。私も防衛隊を再編成し、余っている戦力は最前線に送るつもりだ」
「ありがとよ」
パーシュはウインクしながら騎士に礼を言うと振り向いてフレードや他の生徒たちを見た。
「聞いてたと思うけど、あたしらはこれから最前線へ行ってベーゼたちを迎撃する。敵はかなりの数で此処に向かって来ている。……気合い入れて戦いなよ!?」
『ハイッ!』
集まっている生徒たちは声を揃えて返事をする。特にトムリアやパーシュを慕っている生徒たちは周りの生徒よりも力に声が入っていた。
パーシュは生徒たちの近くで話を聞いていたフレードの方を向く。フレードは腕を組みながら無言でパーシュを見ていた。
「話を聞いて分かってると思うけど、アンタにはアイビーツの所へ行ってもらうよ? 奴の相手はアンタが適任だし、アンタ自身もそれを望んでたんだから文句は無いだろう?」
「当然だ。逆に俺に行かせないなんて言ったらキレてたぜ」
小さく鼻を鳴らすフレードを見ながらパーシュは「やれやれ」と言いたそうに肩を竦める。
フレードはアイビーツの下へ向かい、前回の雪辱を晴らしてやると思いながら小さく笑う。
メルディエズ学園で戦った際は一方的にやられたが、今の自分はスラヴァとの特訓で新しい力を得ており、以前よりも強くなっている。今度は前のようにはいかない、フレードは心の中でそう思いながら拳を強く握った。
パーシュは笑っているフレードを見ると最前線に向かうための部隊を編制しようと他の生徒たちを集めようとする。そんな時、フレードはフッとパーシュの方を向いて口を開く。
「おい、気になってたんだが、どうして俺を推薦するようなことを言ったんだ?」
「は? アンタを推薦?」
フレードの言葉の意味が理解できず、パーシュは振り返って訊き返した。
「さっき俺がアイビーツの所へ行くって言った時、指揮官の騎士に俺の力を保証するからアイビーツの所へ行かせろって言ったじゃねぇか。何であんなことを言ったんだ?」
普段から不仲でフレードのやり方や考えを否定することが多いパーシュが今回はフレードの実力を認めているかのような発言をした。フレードはパーシュの考えが分からず、彼女の真意を確かめようとする。
パーシュはフレードを見つめた後、ゆっくりと前を向いてフレードに背を向けた。
「……別に深い意味は無いよ。アンタはアイビーツと学園で戦ったある意味で因縁の相手だ。あたしもマドネーと同じような関係だったし、アンタにアイビーツの相手をさせてやってもいいかなって思って勧めただけさ」
「あっそ……」
理由を聞いたフレードは低めの声で呟く。何か特別な理由があって自分を選んだのかと思っていたが、まったく違っていたため、フレードはつまらなそうな顔をしていた。
フレードもアイビーツの下へ向かう自分に同行する部隊の編成を始め、パーシュはそんなフレードを無言で見つめている。
口では因縁があるからフレードに任せようと思ったと言っていたパーシュだったが、それ以外にもアイビーツの戦闘能力を考え、フレードがアイビーツの相手に最も適していると考えてアイビーツのことを任せようと思っていたのだ。
他にも力を付けたフレードならアイビーツに勝てると思って任せようと思っていた。要するにフレードを信用してアイビーツの相手を任せようと考えたのだ。
いつもフレードと口喧嘩をしているパーシュだったが、幼馴染であり同じ神刀剣に選ばれた生徒であるフレードの実力をパーシュは誰よりもよく理解し、認めていた。
それからしばらくして部隊の編成が済むとパーシュとフレードの下に二人に同行する者たちが集まる。集まった者の大半は帝国兵でメルディエズ学園の生徒は僅かしかいなかった。
最前線にいるベーゼたちを迎え撃つためにメルディエズ学園の生徒はパーシュが指揮する部隊とフレードが指揮する部隊の二つに分かれた。
フレードの部隊はアイビーツの下へ向かうために帝都の北側へ、パーシュの部隊は東門から進攻してくるベーゼたちを迎え撃つために東側へ向かうことになった。
「それじゃあ、今からベーゼたちの迎撃に向かう。皆、気合い入れて行くよ!」
『ハイッ!』
パーシュの言葉に先頭にいるトムリアとパーシュに同行する他の生徒たちが返事をする。パーシュについて行く生徒は全員が女子生徒で、帝国兵たちは自分たち以上に気合いの入っている少女たちを見て目を丸くしていた。
隣で闘志を燃やすパーシュたちを見たフレードは自分も負けてられないと感じたのか、目の前にいるジェリックたちの方を向く。
「よぉし! ちゃっちゃとベーゼどもを蹴散らして戦いを終わらせるぞ。お前ら、気ぃ抜くんじゃねぇぞ!」
『おおぉーー!』
ジェリックや彼の周りにいる生徒たちは大きな声を出す。フレードの部隊の生徒はパーシュの部隊とは正反対で全員が男子生徒だった。
帝国兵たちは目の前で気合いを入れる少年たちを見て自分たち以上に修羅場を潜り抜けてきた猛者なのではと感じる。
生徒たちのやる気を確認したパーシュとフレードは視線だけを動かして互いを見る。その目には「お前には負けない」と言う対抗心が宿っていた。
「よし、行くよぉ!」
「遅れたら承知しねぇぞ!」
パーシュとフレードはそれぞれ東と北に向かって走り出し、生徒たちも自分の担当する場所へ向かう先輩の後に続いて走り出した。呆然としていた帝国兵たちも走るパーシュたちを見て我に返り、慌てて生徒たちの後を追いかける。
残された騎士や他の帝国兵たちはキョトンとしながらパーシュたちメルディエズ学園の生徒たちの後ろ姿を無言で見ていた。




