第二百四十話 紅色の戦乙女
本当の姿になったリスティーヒを睨みながらアイカは出方を窺う。目の前にいる上位ベーゼは剣の師である父を手に掛け、ユーキも苦戦するほどの実力者だと聞かされている。
決して侮ってはいけない、アイカは自分にそう言い聞かせながら身構えた。
「私がこの姿になった以上、お前の命もあと僅かだ。すぐに死なないよう必死に足掻くことだな」
リスティーヒは不敵な笑みを浮かべながら両肩の腕が持つ青龍刀をアイカに向け、青龍刀の刀身に炎が纏わせる。
炎を纏った青龍刀を見たアイカは攻撃してくると直感して警戒心を強くした。その直後、リスティーヒはもの凄い速さで地面を這いながらアイカに向かって行き、あっという間にアイカの目の前まで近づいた。
予想以上の速さで近づいてきたリスティーヒにアイカは思わず目を見開く。
半ベーゼ化したことでアイカの感覚は鋭くなっており、大抵の敵なら動きを目で追えるほどの動体視力を得ていた。にもかかわらずリスティーヒを目で追えなかったため、アイカはリスティーヒの身体能力の高さに衝撃を受ける。
「魔蛇の炎剣!」
リスティーヒは炎を纏った二本の青龍刀をアイカの頭上から勢いよく振り下ろす。
アイカは青龍刀を見上げながらプラジュとスピキュを交差させて振り下ろされた青龍刀を止めた。攻撃を防いだ瞬間、両腕の衝撃と重さが伝わり、アイカの両足が僅かに地面に沈んだ。
奥歯を噛みしめるアイカは体勢を崩さないよう両腕と下半身に力を入れる。重さだけでなく刀身に纏われた炎の熱も腕に伝わってくるため、アイカは熱さにも必死に耐えていた。
青龍刀を止めるアイカを見たリスティーヒは小さく鼻で笑い、両手に持つ鉄扇を左右からアイカに向かって振り、アイカの脇腹に鉄扇を叩き込もうとする。
アイカは鉄扇に気付くと両腕に力を入れて青龍刀を払い上げ、素早く後ろに跳んでリスティーヒから距離を取る。後ろの跳んだことで鉄扇の攻撃は空振りとなり、アイカは回避に成功するともう一度後ろに跳んで更に距離を取った。
数m離れたアイカを見たリスティーヒは青龍刀を止めた状態で鉄扇を回避したアイカの身体能力に感心したのか「ほぉ」と興味のありそうな反応を見せる。
「初撃に耐え、鉄扇の攻撃もかわすとは、確かに以前戦った時と比べると力を付けたようだな。……まぁ、我々ベーゼの力の一部を手に入れたのだから、これくらいはできて当然だな」
挑発するような口調で語るリスティーヒをアイカはジッと睨む。ベーゼの力で強くなったことはアイカ自身が一番よく理解している。だがそれでもベーゼの力を使いこなせるようアイカは厳しい特訓を受けたため、努力の賜物と言えるだろう。
リスティーヒの言葉は努力を否定するようなものだったため、アイカは僅かに気分を悪くした。
「最初の攻撃はお前の力を確かめるために少し力を加減してやった。だが、次は加減無しで行かせてもらう」
本気で攻撃することを宣言したリスティーヒは右手の混沌紋を光らせて制限を発動させ、両手の鉄扇を薄っすらと紫色の光らせる。そして、光る鉄扇の先を地面に付けるとその状態のままアイカに向かっていく。
アイカは光る鉄扇は地面に擦り付けている光景を見て、リスティーヒが制約を発動させていることを知り、地面に擦り付けている行為が鉄扇に何かの制約を付けるための条件だと気付く。
リスティーヒが鉄扇にどのような制約を付けたのか考えながらアイカは攻撃を警戒した。すると、アイカの2mほど前まで近づいたリスティーヒは右手の鉄扇を左斜め上に振り上げる。振り上げた直後、鉄扇から青白い光の刃が地面を這いながらアイカに向かって放たれた。
迫って来る光の刃を見たアイカは咄嗟に左へ跳んで光の刃をかわす。だがアイカが回避した直後、リスティーヒは続けて左手に持っている鉄扇を右斜め上に向けて振り上げ、再び刃を放ってアイカを攻撃する。
回避した直後に攻撃されたため、アイカは新たな光の刃を回避することができず、刃は僅かにアイカの左足を掠った。
「ううぅっ!」
左足の痛みにアイカは声を漏らす。光の刃を受けた箇所は切れて血が流れている。だが傷は浅かったため、歩けなくなったり、立てなくなるほどのダメージは受けずに済んだ。
足が地面に付くとアイカは次の攻撃を警戒してすぐに左に走り出し、リスティーヒから離れる。だがリスティーヒもアイカを逃がすつもりは無く、両手の鉄扇を交互に振り、地面を走る光の刃を撃ち続けた。
光の刃は走るアイカを追うように放たれてアイカの真後ろを通過する。連続で放たれる刃を見るアイカは走りながら緊迫した表情を浮かべていた。
(このままリスティーヒの攻撃を避け続けたらこっちの体力が無くなってしまう。その前にリスティーヒに攻撃を当てて少しでもこっちが有利に戦える状況を作らないと……)
避けてばかりでは埒が明かないと考えるアイカは思い切って反撃することを決めた。
リスティーヒが光の刃を放つ方角やタイミングを確認し、光の刃が自分の後ろを通過した瞬間、アイカは走る方角を変え、リスティーヒに向かって走り出す。
向かってくるアイカを見たリスティーヒは光の刃を放って応戦しようとする。だがその時、両手の鉄扇から光が消え、リスティーヒは制約の効力が消えたことを知って舌打ちをした。
アイカはリスティーヒが光の刃を放てなくなったことを知ると走る速度を上げ、一気にリスティーヒとの距離を縮めようとする。
リスティーヒは速度を上げたアイカを見ると鬱陶しそうな表情で睨みつけた。
「刃が撃てなくなったからと言って警戒もせずに突っ込んで来るとは、力が増しても頭の方は成長してないようだな」
突撃してくるのを愚行だと語るリスティーヒは再び制約を発動させ、今度は両肩の腕が持つ二本の青龍刀に制約を付与した。
リスティーヒは両肩の青龍刀を頭上に向かって投げた。二本の青龍刀は空中で回転しながら落下し、最初に持っていた手と逆の手でキャッチされる。その直後、リスティーヒは二本の青龍刀をアイカに向かって投げつけた。
投げられた青龍刀を見たアイカは一瞬驚きの反応を見せ、咄嗟にプラジュとスピキュで飛んできた青龍刀を払う。払い上げられた二本の青龍刀は空中で回転し、アイカは走りながら青龍刀を見上げる。
リスティーヒが制約を付与したことで何か特殊な能力が付与されているはずだと考えるアイカは青龍刀の能力を使われる前にリスティーヒを攻撃しようと考え、速度を落とさずにリスティーヒに向かって行く。
「サンロード二刀流、太陽十字斬!」
アイカはリスティーヒの目の前まで近づくとスピキュを右から横振り、続けてプラジュを上から振り下ろしてリスティーヒを攻撃する。
リスティーヒは両手の鉄扇でプラジュとスピキュを防ぐ。ただ、以前と違ってアイカの攻撃には重さが感じられ、リスティーヒは若干気に入らないような表情を浮かべた。
太陽十字斬が防がれるとアイカはプラジュとスピキュを構え直して次の攻撃に移ろうとした。だがその時、背後から何かが迫って来るような感覚がし、アイカは咄嗟に後ろを向く。そこには先程払った二本の青龍刀が切っ先を自分に向けながら飛んでくる光景があった。
「なっ!? 青龍刀が勝手に……」
驚くアイカは咄嗟に右へ跳んで青龍刀の射線上から移動する。アイカが移動した後も青龍刀は真っすぐ飛び続け、前にいるリスティーヒへと向かって行った。
このままだと青龍刀はリスティーヒを貫くと思われる状況だったが、青龍刀はリスティーヒには刺さらず、彼女の左右を通過してリスティーヒの背後へ飛んで行く。
青龍刀は弧を描くように上に移動し、切っ先をアイカに向けると再びアイカの方へ飛んで行く。
アイカは勢いよく自分に向かってくる青龍刀を見ると体の向きを青龍刀に向け、プラジュを握る右手を青龍刀へ向けた。
「光の矢!」
遠くから迫って来る青龍刀を撃ち落とそうとアイカは魔法を放つ。
アイカの手から二発の光の矢が放たれ、二本の青龍刀へ飛んで行く。だが光の矢が青龍刀に触れそうになった瞬間、二本の青龍刀は僅かに角度を変えて飛んできた光の矢をかわした。
「かわした!?」
アイカは青龍刀の動きを見て驚く。二本の青龍刀は勢いを落とすことなく驚いているアイカに飛んで行き、アイカは左へ跳んで青龍刀をかわす。
青龍刀は二本ともアイカが立っていた場所に深く刺さる。だが、どちらも独りでに地面から引き抜かれ、一本はアイカの頭上から振り下ろされてアイカに襲い掛かった。
アイカはスピキュで振り下ろされた青龍刀を防ぎ、そのまま払い落とそうとする。だがアイカが動くより先にもう一本の青龍刀が右から横に振られてアイカに攻撃してきた。
もう一本の青龍刀をアイカはプラジュで防ぎ、両腕に力を入れて二本の青龍刀を止める。刃と刃が触れ合い、ガチガチと音を立てながら火花を散らせた。
「何なの、この青龍刀の動き? まるで副会長の浮遊みたいじゃない」
青龍刀の動きがロギュンの混沌術に似ていると感じながらアイカは青龍刀を剣で止め、この後どう動くか考える。するとアイカの背後にリスティーヒが音も立てずに回り込んだ。
「私がいることを忘れてないか?」
「……ッ!」
声を掛けられたアイカが振り返ると右手の鉄扇を振り上げているリスティーヒの姿が視界に入る。しかも振り上げられた鉄扇は薄っすらと紫色に光っており、制約を付与されていた。
鉄扇に何か能力が加えられていることを知ったアイカは鉄扇を受けてはいけないと感じて防御しようとする。しかし背を向けていたアイカは防御が間に合わず、リスティーヒに鉄扇を受けてしまった。
「うあああぁっ!」
背中の痛みにアイカは声を上げる。アイカの背中には大きな切傷が付いており、傷口からは鮮血が流れた。この時、リスティーヒは鉄扇に“刃物のように切れる”という能力を加えていたのだ。
アイカはリスティーヒが制約で鉄扇を刃物のようにしたのだと予想し、痛みに耐えながら体勢を直そうとした。だがそこへ二本の青龍刀が頭上からアイカに切っ先を向けて飛んでくる。
青龍刀に気付いたアイカは咄嗟に大きく前に跳ぶ。青龍刀は地面に刺さり、リスティーヒは青龍刀をかわしたアイカを見ながら鼻を鳴らした。
アイカがかわした直後、地面に刺さった青龍刀から光が消え、リスティーヒは両肩の腕で刺さっている青龍刀を引き抜く。
「やはり触れずに操れるようになるという制約では効果時間も短いか」
青龍刀を見ながらリスティーヒは若干不満そうに呟き、距離を取ったアイカの方を向く。実はリスティーヒは二本の青龍刀に“宙に浮いた状態で遠隔操作ができる”という能力を加えていた。だからリスティーヒの手から離れても青龍刀は勝手に動いてアイカを攻撃していたのだ。
アイカは青龍刀が独りでに動いたのが予想どおり制約の能力だと考えながらスピキュを地面に刺し、空いた左手で自分のポーチからポーションを取り出す。
ポーションを手にするとアイカはリスティーヒを警戒しながら一気に飲んだ。ポーションを飲んだことで背中の傷は塞がり、痛みも徐々に和らいでいく。
アイカは空になったポーションの空き瓶をポーチに仕舞うと地面に刺していたスピキュを引く抜いた。
「何だ、ベーゼの力を手に入れたのに痛みには耐えられないのか?」
「耐えられる耐えられない以前に出血を止めないと命に関わります。止血するためにポーションを飲んで傷を治したんです」
「フッ、言い訳にしか聞こえんな」
鼻で笑うリスティーヒをアイカは目を鋭くしながら見つめる。
「さて、いい加減ちょこまかされるのも鬱陶しくなってきた。この辺りで強力な一撃を叩き込んでやるとしよう」
リスティーヒは持っている二つの鉄扇を広げると両腕を交差させる。
アイカは大技が来ると察し、どんな攻撃が来ても回避できるよう体勢を整えた。
「虐殺の毒煙!」
交差させている両腕をリスティーヒは外側に向かって勢いよく振る。すると鉄扇から黒い煙が出現し、アイカに向かって放射状に広がっていく。
「あれは、瘴気? ……いいえ、瘴気とは色が違う。……もしかして、毒!?」
黒い煙の正体を察したアイカは大きく後ろに跳んで迫って来る煙から距離を取る。アイカが離れた直後、煙は花や草を呑み込んで見る見る枯らせ、その光景を見たアイカは目を見開く。
「その煙は殺傷力の高い毒だ。人間は勿論、草木や動物などベーゼ以外の生物の体を蝕み、苦痛を与えながら命を奪う」
距離を取ったアイカを見ながらリスティーヒは自分の技の説明をする。自慢しているのか、教えても自分が不利になることは無いと思っているのかは分からない。いずれにせよアイカにとって厄介な技だった。
草花が枯れる光景を見たアイカは決して煙に触れてはいけないと考えながらスピキュを握ったまま左手を煙に向ける。同時に混沌紋を光らせて浄化を発動させた。
「光の矢!」
アイカは迫って来る黒い煙に向けて光の矢を放つ。光の矢には浄化が付与されており、薄っすらと紫色に光っている。
光の矢は真っすぐ黒い煙に向かって行き、黒い煙に触れると周囲の煙を風で掻き消したように消滅させた。浄化を付与したことで毒である煙を浄化したのだ。
アイカは続けて二発の光の矢を放ち、周囲に広がっている黒い煙を消していく。広範囲に広がっていた煙は三発の下級魔法で消滅した。
黒い煙が広がった場所は毒の影響を受けて草花が全て枯れており、アイカは虐殺の毒煙の威力が凄まじいと改めて理解する。しかし対策法が分かったため、再び使われても問題無いと思っていた。
「ほぉ、混沌術で掻き消すとはなかなかやるな。……だが」
技が無効化されても驚く素振りを見せないリスティーヒは再び腕を交差させ、アイカに気付かれないように混沌紋を光らせる。
リスティーヒは開いている鉄扇を閉じてもう一度開くと両腕を外に向かって振り、再び虐殺の毒煙を使った。
二つの鉄扇から放たれた黒い煙は再び放射状に広がってアイカに向かって行く。アイカは黒い煙を見つめながら冷静に浄化を発動させ、浄化能力を付与した光の矢を放った。
薄っすらと紫色に光る光の矢は黒い煙に向かって飛んで行き、触れた瞬間に煙を掻き消すと思われた。ところが光の矢は周囲の煙を消滅させず、そのまま黒い煙の中へと消えてしまう。
光の矢が見えなくなった後も煙はアイカに向かって広がり続け、アイカは消えない煙を見て驚きの表情を浮かべた。
「そんな! さっきは消滅させられたのに、今度はどうして……」
なぜ黒い煙を掻き消すことができないのか、アイカは煙を見つめながら考える。するとアイカは何かに気付いたような反応をし、遠くにいるリスティーヒに視線を向けた。
リスティーヒはアイカの反応を見ると愉快そうに鼻で笑う。
「ようやく気付いたか。そうだ、虐殺の毒煙を使う直前に制約を発動させ、毒煙に“いかなる力でも浄化されない”という能力を加えたのだ」
「クッ、やっぱり!」
「強力な制限なため、発動時間は短いがお前を仕留めるには十分だ」
危機的状況にアイカは表情を歪める。アイカはリスティーヒが制約を使っていたことに気付かず、制約を使ってくるかもしれないと予想していなかった自分を恨んだ。
「毒煙は消滅させることもできず、広範囲で避けることもできない。諦めて餌食となれ!」
リスティーヒの言葉にアイカは表情を鋭くしながら近づいてくる黒い煙を睨む。
煙はリスティーヒの言うとおり浄化もできず、広範囲に広がっているため、横へ逃げることもできない。しかも煙が広がる速度は速く、走って逃げることも難しい。アイカは完全に追い込まれてしまっていた。
(このままだとあの煙に呑まれてしまう。運よく死なずに体が蝕まれるだけで済めば浄化で治せるかもしれない。だけど、その間にリスティーヒに攻撃されたらお終いだわ。何か良い手は……)
迫って来る黒い煙に対して焦りを感じながらアイカはどうすればいいか考える。普通の人なら浄化もできず、逃げられないと知れば諦めるだろう。だがアイカは焦りを感じながらも諦めずに考え続けた。
(……ん? ちょっと待って。確かあの時、リスティーヒは……)
何かに気付いたアイカはフッと顔を上げて黒い煙を見つめた。煙は速度を落とすことなくアイカに近づいて来ている。
(彼女の言っていたことが本当なら“あれ”であの煙を凌ぐことができるはず。……だけど)
アイカは何らかの対抗策を思いついたようだ。だがその顔からはその策を使うことに対する抵抗が見られる。
策を使うべきかアイカが悩んでいる間も煙はアイカに迫って来ていた。
「……悩んでる暇は無いわよね。死んでしまったら元も子もないんだから!」
決意したアイカは真剣な表情を浮かべ、何かを念じながら目を閉じる。すると、アイカの指先が見る見る紅く変色し始め、腕の方まで広がり始めた。
アイカの体に変化が始まると黒い煙はアイカを呑み込み、アイカの姿は完全に見えなくなる。
「フッ、やはり逃れられなかったみたいだな」
離れた所で見物していたリスティーヒは不敵な笑みを浮かべる。アイカの姿は黒い煙で隠れていたため、リスティーヒはアイカの体の変化に気付いていなかった。
「アイカ・サンロードがどれだけ強くなろうとあの毒煙の前では無力だ。体を毒で蝕まれながら苦痛を味わうといい」
アイカに決定的なダメージを与えたと確信するリスティーヒは顔の前で鉄扇を開閉させながら余裕を見せる。すると、目の前で広がる黒い煙の中から何かが勢いよく飛び出した。
リスティーヒは一瞬驚きの表情を浮かべるがすぐに落ち着いた様子で飛び出したものを確認する。それは黒い煙の毒に蝕まれているはずのアイカだった。ただ、飛び出してきたアイカは先程と明らかに姿が違っていた。
アイカの肌で制服で隠れていない手や足は紅く変色しており、金髪は牡丹色に変わり、リボンも自然に解けてツインテールからロングヘアへと変わっている。手や足だけでなく顔も紅く染まっており、こめかみの辺りからは緋色の羊の角が二本生えていた。更に頬や大腿部などには緋色の装飾のような模様が浮かび上がっている。
「お前、その姿は!」
リスティーヒはアイカの姿を見て思わず目を見開いた。
「やっぱり、ベーゼの姿になればあの煙は効かないみたいですね!」
力の入った声を出しながらアイカはリスティーヒを鋭い目で見つめる。今のアイカの姿はナトラ村で堕落の呪印の高濃度の瘴気に体を蝕まれ、ベーゼ化した時と同じ姿になっていた。
ペーヌの特訓を受けたアイカはベーゼ化をコントロールできるようになり、体の一部だけでなく体全てをベーゼ化させて完全なベーゼになる術も得ていた。勿論、ユーキも同じように完全なベーゼになれるようになっている。
完全にベーゼ化した時のユーキとアイカの身体能力は大きく上昇し、中位ベーゼなら楽に蹴散らせるほど強くなるため、ユーキとアイカにとっては切り札と言える手段だった。
アイカはリスティーヒから虐殺の毒煙の効力を聞かされた時、ベーゼ以外の生物を蝕むと言っていたのを思い出し、自分が完全にベーゼ化すれば毒煙の影響を受けないかもしれないと推測して完全にベーゼ化しようと考えていた。
ただ完全にベーゼ化すれば姿も変わってしまい、人間ではなくなってしまうような気がするため、アイカはできるだけ完全なベーゼにならないようにしていた。アイカが黒い煙に呑まれそうになった時に抵抗があるような反応を見せたのもそのためである。
完全にベーゼ化するべきかどうかアイカは考えたが死んでしまっては意味が無いため、悩んだ末に完全にベーゼ化することを決めた。その結果、アイカの推測は当たり、毒煙に蝕まれずに済んだ。
黒い煙から飛び出したアイカは走ってリスティーヒの下へ向かう。完全にベーゼ化したことで走る速度も人間の姿だった時と比べて速くなっており、アイカはあっという間にリスティーヒとの間合いを詰めることができた。
リスティーヒはさっきまでと速さの違うアイカに驚きながらも応戦するために右手の鉄扇を斜めに振ってアイカを攻撃した。
アイカは視線を動かして鉄扇を見るとスピキュで難なく防ぐ。攻撃を防がれたリスティーヒは続けて左手の鉄扇を左から横に振って攻撃する。だがアイカはこの攻撃もプラジュで簡単に防いだ。
「フッ、さっきと比べて力と動体視力が多少は上がっているようだな。だが、これは止められまい!」
鉄扇を止めてプラジュとスピキュが使えない状態のアイカを睨みながらリスティーヒは両肩の腕が持つ青龍刀を振り上げ、刀身に炎を纏わせる。アイカは鉄扇を止めながら燃えている青龍刀を見上げた。
「魔蛇の炎剣!」
アイカに向けて炎を纏う青龍刀が勢いよく振り下ろされる。
プラジュとスピキュは鉄扇を止めるために使われているので青龍刀は回避するしかない。数分前のアイカならそう考えているだろう。だが、今のアイカは避けようなどとは思っていなかった。
迫って来る二本の青龍刀を見上げながらアイカはプラジュとスピキュを器用に操り、止めていた二つの鉄扇を素早く払う。
払った直後にアイカは振り下ろされた青龍刀に向けてプラジュとスピキュを左右から同時に振って挟むように切る。すると青龍刀の刀身は真ん中から高い音を立てながら砕けるように折れた。
「何っ!?」
青龍刀が折られた光景にリスティーヒは初めて驚いていると言えるような反応を見せる。
ベーゼの力を手に入れたとは言え、下等な人間が自分の青龍刀を折るなど予想もしていなかったため、リスティーヒは大きな衝撃を受けた。
驚いている隙だらけになっているリスティーヒを見たアイカは素早く構え直す。
「サンロード二刀流、仄日斬!」
アイカはプラジュで袈裟切りを放ってリスティーヒの胸部を斬り、続けてスピキュで逆袈裟切りを放った。
「ぐああああぁっ!!」
袈裟切りと逆袈裟切りの連続攻撃を受けたリスティーヒは激痛に声を上げた。
リスティーヒの胸部にはバツ印の切傷が付けられ、傷口からは血が噴き出た。今のアイカは完全にベーゼ化しているため、人間だった時以上の身体能力を得ている。そのため、リスティーヒには今まで以上に大きなダメージを与えた。
「クウゥッ! 虫けら風情がぁ!」
目の前にいるアイカを睨みながらリスティーヒは蛇の尻尾を右から振ってアイカに反撃する。アイカは尻尾に気付くと咄嗟に腕を交差させて防御態勢を取った。
蛇の尻尾の攻撃を受けたアイカは十数m先に飛ばされるが、アイカ自身は殆どダメージを受けておらず、足が地面に付くと下半身に力を入れた倒れないように踏ん張り、体勢を崩すことなく停止した。
アイカはリスティーヒの反撃を警戒してプラジュとスピキュをすぐに構え直す。一方でリスティーヒは仄日斬のダメージが大きいのか反撃せず、折れた青龍刀を捨てて痛みに耐えていた。
「お、お前……それほどの力を隠し持っていたのか……」
「……できることならベーゼの姿にはなりたくありませでした。私は人間であり、メルディエズ学園の生徒です。倒すべきベーゼの姿になることなく貴女に勝ちたいとは思っていました」
アイカは紅く染まった自分の手を見ながらベーゼ化したことを後悔するような口調で語った。
しかし死ぬことだけは絶対に避けなくてはならない状況であったため、アイカはプライドを捨ててベーゼ化することを決意したのだ。
「非力な人間の力だけで私に勝つつもりでいたとは……随分と私を舐めているようだな」
遠回しに全力を出さずに勝つつもりでいたと語るアイカをリスティーヒは表情を険しくする。人間であるアイカが自分に深い傷を負わせただけでも腹が立つのに本気を出さずに倒そうと思われたことで更に気分を悪くした。
リスティーヒは両肩の腕を横に伸ばし、両手から紫色の靄を出す。靄は細長い形に変わっていき、靄が消えるとそこには先程アイカが破壊した青龍刀と同じ形状の青龍刀が二本あり、両肩の腕は出現した青龍刀を両手に持って構える。
「お前はベーゼの姿になったことで私よりも力が上になったと思っているようだが、それはただの思い込みだ。私の全力というものを今から嫌と言うほど見せてやる」
そう言ってリスティーヒは混沌紋を光らせて制約を発動させ、作り出したばかりの二本の青龍刀に制約の力を付与する。
付与するとリスティーヒは両手の青龍刀を空に向かって高く投げた。投げた直後、リスティーヒは両肩の腕の手から靄を出して新たに二本の青龍刀を作り出す。そして、その青龍刀にも制約を付与して同じように空高く投げた。
投げられた四本の青龍刀はリスティーヒに向かって落下し、リスティーヒの頭上で宙に浮いた状態で停止した。
青龍刀は宙に浮いたまま独りでに動き、刀身を光らせながら切っ先をアイカに向ける。それはアイカがベーゼ化する前にリスティーヒが制約で青龍刀に付与した能力と同じものだった。
「青龍刀が全部宙に浮いてる? 確か制約は同じ力を加えることができないはずじゃ……」
制約の能力を知っているアイカはなぜ四本の青龍刀に以前付与した能力と同じ能力が付与されているのか疑問に思う。すると、リスティーヒは不敵に笑いながら両手の鉄扇を開いた。
「確かに私の制約は一つの物に以前加えた力と同じ力を加えることはできない。だが、それは“同じ物”に対しての条件だ」
「同じ物?」
「そうだ。……お前はこの世界に“まったく同じ物”が存在すると思うか?」
「……?」
リスティーヒの言葉の意味が分からないアイカは理解できないような反応を見せる。アイカの顔を見たリスティーヒは理解していないと知って軽く鼻を鳴らす。
「この世界には全く同じ道具や武器は存在しない。材料や作り方が違えば形が同じでも性能や耐久度が違う物が作られる。……ここまで言えば分かるだろう?」
「……ッ!」
何かに気付いたアイカはハッと目を見開いた。
「そうだ、形や名前が同じでも作り方や材料が違えばそれは“同じ物”ではない。だから見た目が同じ武器でも制約で以前与えた同じ力を与えることができる。私が先程作り出した四本の青龍刀も最初に使っていた二本とは異なる物だ。だから最初に二本に加えていた“宙に浮いた状態で遠隔操作ができる”という力を与えることができたのだ!」
制約の能力が思っていた以上に厄介なものだと知ったアイカは僅かに表情を歪ませた。
同じ能力を何度も付与することができれば相手は自分が苦手な戦術を何度も取ることも可能になる。アイカは警戒を強くしてプラジュとスピキュを構えた。
「お前に見せてやる。五凶将、リスティーヒの真の力をなぁ!」
叫ぶように言い放ったリスティーヒは浮いている四本の青龍刀はアイカに向けて放つ。アイカは迫って来る青龍刀を睨み、迎え撃つために青龍刀に向かって走り出した。
アイカは前から飛んでくる四本の青龍刀に集中してどのように動くか予想する。制約で独りでに動いているとは言え、操っているのはリスティーヒであるため、リスティーヒの思考を読めば十分対処は可能だった。
プラジュとスピキュを握る手に力を入れながらアイカは青龍刀との距離を縮めていく。すると四本の青龍刀の内、二本が速度を上げてアイカに勢いよく向かってきた。
アイカは飛んできた二本を睨みながらプラジュとスピキュを素早く振って飛んできた二本を払い飛ばす。青龍刀を破壊するつもりで払ったのだが、宙に浮いているため衝撃が逃がされてしまい、青龍刀を破壊することはできなかった。
払い上げられた青龍刀を見たアイカはすぐに前を向いて残りの二本を警戒する。残っている二本の青龍刀の内、一本はアイカが間合いに入ると前から左横切りを放って攻撃し、もう一本は右斜め前から勢いよく振り下ろされた。
アイカは走りながら襲い掛かる二本を確認するとまず横切りを放ってきた青龍刀をスピキュで払い、振り下ろされた青龍刀は体を左に反らして回避する。
回避した直後、アイカは振り下ろされた青龍刀の方を向き、両腕を交差させた。
「サンロード二刀流、落陽斬り!」
交差させた両腕を外側に向かって振り、プラジュとスピキュで青龍刀を挟むように攻撃する。
プラジュとスピキュに挟まれたことで飛ばされることなく左右から衝撃を受けた青龍刀は衝撃を逃がせず、宙に浮いたまま砕け散った。
青龍刀を一本破壊したアイカはそのままリスティーヒの方へ向かって行き、リスティーヒも全ての青龍刀を凌いだアイカを睨みながら彼女に向かって行き、両手の鉄扇を構えた。
双方は距離を縮め、相手が間合いに入ると同時に攻撃を仕掛ける。アイカはプラジュで、リスティーヒは右手の鉄扇を攻撃し、互いの得物がぶつかって高い金属音が周囲に響く。同時に強い衝撃がアイカとリスティーヒの腕に伝わった。
「まさかここまで私に食らいついてくるとはな。あの時、お前の父親と一緒に殺しておくべきだった」
「貴女は軽い気まぐれで……いいえ、面白半分で私に呪いをかけ、半ベーゼの状態にしました。こうなったのは人間は弱い生き物だと思い込んだ貴女の甘さが原因です」
「自業自得だと言いたいのか? ……ハッ! 虫けらが生意気な口を利くな!」
声を上げるリスティーヒは左手の鉄扇を横から振り、アイカはプラジュで右手の鉄扇を払うと左手の鉄扇を止める。アイカが左手の鉄扇を止めるとリスティーヒは空いた右手の鉄扇を頭上から振り下ろして攻撃した。
アイカは慌てずにスピキュで右手の鉄扇も防ぐ。リスティーヒの両手の鉄扇を防ぎ、この後どう反撃するかアイカは考える。すると左右と後ろから何かの気配を感じ、アイカは鉄扇を止めながら周囲を確認した。
背後、左右には先程かわした三本の青龍刀が一本ずつ浮いており、刀身に炎を纏わせており、アイカは囲まれていることを知って目を見開く。
「私と青龍刀に前後左右から囲まれていて避け切れまい。今度こそ終わりだ!」
リスティーヒはアイカに敗北を宣告すると三本の青龍刀を同時に振り下ろして魔蛇の炎剣を放つ。アイカは鉄扇を止めて動けない状態なので確実に攻撃は当たるとリスティーヒは確信していた。
四方から囲まれた、背後と左右から攻撃されている状態にも関わらず、アイカは慌てずに青龍刀の動きを見る。完全にベーゼ化したことで動体視力が人間だった時以上になっているアイカには青龍刀の動きがゆっくりに見えた。
アイカはプラジュとスピキュでリスティーヒの鉄扇を払うと姿勢を低くし、素早くリスティーヒの右側へ移動して青龍刀の攻撃を回避した。
青龍刀の攻撃がかわされた状況にリスティーヒは目を見開き、すぐに攻撃をかわしたアイカの方を向く。
アイカはプラジュを振り上げるとリスティーヒに向かって振り下ろし、リスティーヒの右肩の腕を切り落とした。
「がああぁっ!? き、貴様ぁーーっ!」
痛みと腕を斬られた怒りに声を上げながらリスティーヒは右手の鉄扇を横に振ってアイカに反撃した。
アイカは後ろ跳んで鉄扇をかわすともう一度後ろに跳んで距離を取った。リスティーヒはアイカを逃がさないよう、浮いている三本の青龍刀を操り、切っ先をアイカに向けると勢いよく飛ばした。
飛んできた青龍刀をアイカは舞うように体を動かして全てかわし、回避すると反撃するためにリスティーヒに向かって走り出した。
リスティーヒはアイカを睨みながら制約を発動させて両手の鉄扇に付与する。付与が済むと鉄扇を二回開閉させ、開いた状態で鉄扇をアイカに向けて振った。
振られた鉄扇からは無数の真空波が放たれ、アイカに向かって飛んで行く。
アイカは飛んできた真空波を見ると走りながらプラジュとスピキュで叩き落したり、体を動かして回避したりしながら距離を縮めていった。
一撃も攻撃が当たらない現状にリスティーヒは徐々に苛つき、かわされた青龍刀を再び動かして切っ先をアイカの背中に向けて飛ばす。
今度こそアイカを仕留めてやる、そう思いながらリスティーヒは青龍刀を操る。ところがアイカの背後数mの所まで近づいた途端、三本の青龍刀は全て地面に落ちた。
「チィッ、時間切れか!?」
青龍刀に付与した制約の制限時間を忘れていたことにリスティーヒは舌打ちをし、走って来るアイカに視線を戻す。
アイカは走る速度を落とさずに向かって来ており、リスティーヒは両手の鉄扇を交互に振って真空波を放ち続けた。
アイカは青龍刀と違って不規則な動きをしない真空波を恐れず、落ち着いて防御と回避を行う。何度か真空波が頬や腕を掠めることもあったが傷は浅く、痛みも殆ど感じなかった。
「どうなっている? どうして虫けら如きが我らベーゼの力を手に入れただけどここまでの力を得られるのだ?」
向かってくるアイカを見てリスティーヒは思わず本音を口にした。
少し前まで目の前にいた人間の小娘は自分に手も足も出なかったはずなのに今は自分と互角に渡り合っている。リスティーヒは自分の理解できない状況を目にして困惑しかかっていた。
リスティーヒが驚く中、アイカはリスティーヒの前まで近づき、プラジュとスピキュを強く握りながら構える。リスティーヒも目の前まで近づいて来たアイカを睨みながら新しい青龍刀を作り出して左肩の腕で握った。
「非力な虫けらがぁ! 虫けらは虫けららしく我らベーゼに支配されていればいいのだ!」
「力が弱かろうと強かろうと、他人を支配して虐げる権利など誰にもありません!」
アイカはプラジュでリスティーヒに袈裟切りを放ち、リスティーヒは持っている青龍刀をプラジュにぶつける。
二本が強い力でぶつかったことで互いに反動で押し返され、アイカとリスティーヒは僅かに体勢を崩す。だが二人はすぐに体勢を直して攻撃できるよう身構えた。
構え直した直後にアイカはスピキュで逆袈裟切りを放ち攻撃する。リスティーヒは右手の鉄扇でスピキュを止めると素早く左手の鉄扇を閉じてアイカの腹部を突く。
腹部の痛みにアイカは奥歯を噛みしめるが怯んだりせずに体勢を直してリスティーヒを睨んだ。
「私たちは必ずこの戦争に勝ちます。全ての人たちが自由に、そして幸せに生きていける世界を手にするために!」
「寝言は地獄に落ちてから好きなだけほざくのだな!」
リスティーヒは青龍刀を振り上げ、刀身に炎を纏わせる。
「消えろ! 魔蛇の炎剣!」
アイカに向けて勢いよく青龍刀が振り下ろされ、アイカの頭部に迫る。
頭上の青龍刀をアイカはジッと見つめ、ギリギリまで引きつけてから左へ移動して回避し、隙のできたリスティーヒに急接近してプラジュとスピキュを構えた。
「サンロード二刀流、日食十文字!」
プラジュとスピキュを強く握るアイカはリスティーヒの胴体に向けて二本の剣を同時に振り下ろし、リスティーヒに縦斬りを放った。アイカの攻撃は止まらず、続けてアイカは体を左に回転させ、その勢いを利用して右からプラジュとスピキュで横切りを放ちリスティーヒの胴体を斬る。
縦斬りに続いて横切りを打ち込んだことでリスティーヒの体には大きな十字の傷が付けられた。一見、太陽十字斬と似ているが二本の剣で攻撃し、しかもベーゼ化した状態で攻撃したため、今までの攻撃よりも強烈な一撃と言えるだろう。
「ぐあああぁっ!! ……ば、馬鹿な……」
アイカの攻撃が致命傷になり、リスティーヒは持っている鉄扇と青龍刀を落としてその場に倒れた。
「こ、こんな……こんな脆弱な……虫けら……ども、に……負け……るなど……」
自分の現状が信じられないリスティーヒは倒れたまま無言で自分を見下ろすアイカを見つめる。アイカはジッとリスティーヒを睨んでおり、アイカの顔を見たリスティーヒは奥歯を噛みしめた。
「虫けら……如きに……敗北するとは……屈辱……だ……」
最後に本心を口にしたリスティーヒは黒い靄となって消滅する。同時にリスティーヒが使っていた鉄扇や青龍刀も同じように靄となって消えた。
リスティーヒが消滅するとアイカは警戒を解いてプラジュとスピキュを下ろす。愛剣を下ろした直後、ベーゼ化していたアイカの体はゆっくりと戻り始める。肌と髪は元に色に戻り、羊の角も消えた。
「倒せた……自分の力でリスティーヒを……」
アイカは一人でリスティーヒに勝利したことが未だに信じられず、プラジュを握る自分の右手を見た。
最初は実感できなかったが、リスティーヒが消えたことを再確認し、少しずつ本当に自分がリスティーヒに勝利したのだと理解していく。同時にリスティーヒに勝てたのは完全なベーゼになったおかげだと感じた。
「最上位ベーゼを一人で、しかもほぼ無傷で倒せるだけの力を得られるなんて……使い方を誤ればとんでもないことになるかもしれないわ。注意しないと……」
強い力を持つ者には力の使い方を理解し、正しく使い方をする責任がある。アイカは強い力を持つ者として間違った選択をしないように気を付けようと心の中で誓うのだった。
アイカはリスティーヒが倒れていた場所を見ながら静かに深呼吸し、ゆっくりと空を見上げる。
(……父さん、母さん、仇は討ちました。どうか、天国でお幸せに……)
亡くなった両親に仇討ちの成功を報告したアイカは目を閉じながら俯いて微笑む。
リスティーヒを倒したことでアイカはようやく前を向いて進むことができるようになり、少しだけスッキリしたような感じになった。
「アイカーーっ!」
遠くからユーキが呼ぶ声が聞こえ、アイカは声が聞こえた方を向く。
離れた所ではユーキが笑いながら愛刀を握る手を振る姿があり、その隣ではグラトンが座って欠伸をしている。
ユーキとグラトンの周りには中位ベーゼの姿は無く、アイカはユーキとグラトンが全ての中位ベーゼを倒したと知って笑みを浮かべた。
アイカはリスティーヒを討伐したことを知らせるため、走ってユーキの下へ向かった。
その後、ユーキとアイカはぺーギントの防衛に戻り、侵攻してきたベーゼたちに迎撃を再開する。リスティーヒが倒れたことでベーゼたちの指揮系統は混乱し、ベーゼたちはまともに攻めることができなくなった。
結果、ベーゼたちはぺーギントを防衛部隊によって壊滅し、ユーキたちはぺーギントの防衛に成功するのだった。




