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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百三十九話  アイカvsチャオフー


「……順調に攻めているようだな」


 ぺーギントの西門から300mほど離れた所ではチャオフーが顔の前で右手に持っている鉄扇を開閉させながら西門の戦いを見物している。周りには護衛である中位ベーゼのフェグッター、シュトグリブ、ユーファルが数体ずつ、陣を組みながら同じように西門を見ていた。

 中位ベーゼたちの場合はチャオフーと違って西門の戦いを見ながら戦略を立てているわけではなく、ただ仲間のベーゼたちと人間が戦っている光景を見ているだけだ。


「この調子ならわざわざ此処にいる中位ベーゼたちを増援として送り込む必要もベギアーデに増援を要請する必要もないな。今攻撃しているベーゼたちで十分ぺーギントを落とせる」


 自分たちが優勢だと感じたチャオフーは鉄扇を閉じながら不敵な笑みを浮かべる。

 嘗てぺーギントで軍師として活動していたチャオフーはぺーギントの構造や戦力を把握しているため、何処をどれ程の戦力で攻めれば効率よく進軍できるは理解していた。だから大半が下位ベーゼや蝕ベーゼで構成されている部隊でも互角以上に戦うことができたのだ。

 チャオフーが余裕を見せながら西門の戦いを見ていると上空から一体のルフリフが下りて来てチャオフーの隣に着地する。ルフリフに気付いたチャオフーは視線だけを動かしてルフリフを見つめた。


「北門と西門の戦況はどうだ?」


 やって来たルフリフに他の門の状況を尋ねるとルフリフは何かを伝えるように鳴き声を上げる。

 チャオフーの隣に下りたルフリフはぺーギントを襲撃している部隊の状況を確認し、指揮官であるチャオフーに報告する連絡係で定期的に西門以外の正門を戦況を報告しているのだ。

 

「……成る程、敵が北門の護りを強化したことで突破が難しくなったか」


 鳴き声を聞いて戦況を把握したチャオフーは僅かに目を鋭くする。ベーゼより力の弱い人間たちが必死で抵抗している状況をチャオフーは不快に思っていた。

 ローフェン東国の軍師として人間や亜人たちと接していたチャオフーだったが、東国の民に対して情が湧いたことは一度もない。だからぺーギントを護る兵士や冒険者、住民たちに情けを掛けようとは思っておらず最初から皆殺しにするつもりでいた。


「私の部隊に気付かず、ここまで接近を許しておきながら死に物狂いで抵抗してくるとは、本当に生意気な虫けらどもだ」


 閉じた鉄扇で自分の左手を叩きながらチャオフーは不満を口にすると左側で待機してる中位ベーゼたちの方を向いた。


「お前たち、北門へ向かい襲撃している部隊に加勢しろ。北門を突破したら防衛している虫けらどもを皆殺しにし、そのまま皇城に向かって進軍するのだ」


 チャオフーに命令された数体のフェグッター、ユーファル、シュトグリブは返事をするように鳴き声を上げると北門がある方へ走り出す。

 数体のベーゼが加勢したところで戦況は変化しないと思われそうだが、中位ベーゼは下位ベーゼと違って一体でも強い力を持っているため、数体が加わるだけでかなり戦力が増強される。

 北門への増援を送ったチャオフーは再びルフリフに視線を向け、南門がある方を鉄扇で指した。


「お前はこのまま西門の戦況を確認してこい。少しでも変化があったらすぐに報告しろ」


 命令されたルフリフは翼を広げると飛び上がり、南門の方へ飛んで行く。ルフリフは飛んで行くのを見たチャオフーは西門に視線を戻した。


「軍師である私が抜けたことでぺーギントの情報を見抜かれていると考え、防衛の方針や部隊の構成を変えていたか。……虫けらどもめ」


 自分を出し抜いた人間たちに苛立ちを感じながらチャオフーはぺーギントを制圧する次の戦略を考える。そんな時、チャオフーは西門の方から何かが近づいて来るのに気付く。

 近づいて来るものを確認するとそれはグラトンに乗ったユーキとアイカだった。ユーキたちを見たチャオフーは意外そうな表情を浮かべ。


「ユーキ・ルナパレスにアイカ・サンロード? 奴ら、ぺーギントの防衛に就いていたのか」


 予想外の敵にチャオフーは内心驚く。だが同時に因縁のある者たちと遭遇できたことに高揚感を抱いた。


「まさかこんな所で奴らと会えるとは、ある意味で私は運がいいと言えるな」


 近づいて来るユーキとアイカを見ながらチャオフーは不敵な笑みを浮かべ、閉じていた鉄扇を開いて口を隠す。周りの中位ベーゼたちもユーキたちの存在に気付いて次々に臨戦態勢に入る。


「あの虫けらどもを迎え撃て。ただ、子供とモンスターは殺して構わないが女には手を出すな」


 チャオフーに命じられると周りにいた全ての中位ベーゼは一斉にユーキたちに向かって走り出す。アイカにだけは手を出させないように命じたのはチャオフーにとってアイカが因縁のある相手であるため、自分の手で始末したいと思ったからだ。

 中位ベーゼたちは鳴き声を上げながらユーキたちを威嚇するように距離を縮めていく。ユーキたちもベーゼたちが自分たちに気付いたことを知って得物を抜いた。

 少しずつ距離が縮まっていき、遂にユーキたちとベーゼたちがぶつかる。

 グラトンは先頭を走っていた二体のフェグッターに正面から体当たりをし、フェグッターたちを突き飛ばす。突き飛ばされたフェグッターたちは後方にいた別のフェグッターやユーファルとぶつかり、その二体も大きく後ろへ飛ばした。

 ユーキとアイカはグラトンがフェグッターを突き飛ばすと同時に背中から跳び下り、中位ベーゼたちの中に着地する。着地すると同時に二人は素早く戦闘態勢に入り、周りにいる中位ベーゼたちを睨んだ。

 中位ベーゼたちはユーキたちを取り囲みながら持っている武器を構えて殺気は露わにする。ユーキとアイカは中位ベーゼたちの殺気に怯むことなく、冷静に譲許を確認した。


「……種類はフェグッターにユーファル、シュトグリブの三体。数は十八か……これなら問題無いな」


 視線を動かして中位ベーゼの数と種類を確認するユーキからは落ち着いた様子で呟く。

 以前のユーキなら大勢の中位ベーゼに囲まれれば厄介に思うだろうが、今の彼は十体以上の中位ベーゼを前にしても余裕で戦える自信があった。

 勿論アイカもユーキと同じように中位ベーゼに囲まれても動揺したりせず、冷静にどう戦うか考えている。


「ユーキ、この後はどうするの?」

「まあ、難しいことは考えずに一体ずつ倒していくのがいいだろうな」

「私もそう思うわ。……だけど」


 アイカはフッと中位ベーゼの後方にいるチャオフーに視線を向ける。不敵な笑みを浮かべながら高みの見物をしているチャオフーを見たアイカはプラジュとスピキュを握る手に力を入れた。

 ユーキはチャオフーを睨んでいるアイカを見るともう一度周りにいる中位ベーゼたちに位置を確認する。確認を終えると正面にいるシュトグリブを睨みながら口を開いた。


「アイカ、コイツらは俺とグラトンで相手をする。君はリスティーヒの所へ行け」

「えっ?」


 アイカはユーキの言葉に驚きながら彼の方を向いた。


「コイツらを倒した後だと体力を消耗した後にリスティーヒと戦うことになる。前より強くなったとしてもそれは流石にキツイ。かと言ってコイツらを無視してリスティーヒの所へ行ってもコイツらもついて来るからリスティーヒと一緒に相手にしないといけなくなる。それはもっとキツイだろう?」

「ええ……」

「だったら俺とグラトンがコイツらの相手をする。君は万全の状態でリスティーヒと戦うんだ」


 チャオフーに勝つ確率を少しでも上げるためにアイカには中位ベーゼと戦わずにチャオフーと戦った方がいいと言うユーキの考えを聞いたアイカは周りの中位ベーゼたちを警戒しながら考える。

 確かに五凶将と戦う前に体力を消耗するのは得策ではない。できることなら体力を使っていない状態で戦いを挑むべきだとアイカは思っている。何よりアイカ自身も自分の手でチャオフーを倒したいと思っているのでユーキの考えには賛成していた。

 しかし、自分のためにグラトンと二人だけで大勢の中位ベーゼと戦おうとするユーキに申し訳ない気持ちもあり、アイカは不安と抵抗を感じていた。


「……ユーキ、大丈夫? 私のために一人でこれだけの中位ベーゼと戦うなんて……」


 若干表情を曇らせながらアイカはユーキに尋ねた。

 ユーキが強いことはアイカも分かっている。だが、万が一予想外の事が起こり、ユーキが中位ベーゼたちに追い詰められるような事態になってしまうのではとアイカは心配していた。

 暗い顔をするアイカを見たユーキは苦笑いを浮かべる。


「今更だな? 俺はコイツらと戦うのを厄介だとは思ってないし負ける気もない。グラトンも一緒に戦ってくれるから一人じゃないしな」

「でも……」

「それに今のアイカならリスティーヒを倒せると信じてるし、アイツを倒すのは君の役目だと思っている。君も両親の仇であるリスティーヒは自分が倒したいと思ってるんだろう?」


 自分の考えを理解していたユーキにアイカは軽く目を見開く。最初から自分に両親や村の仇を討つ期待を与えるために一人で中位ベーゼの相手をするつもりでいたと知り、アイカは驚くと同時にユーキの優しさに嬉しく思う。

 ユーキの想いと優しさに答えるためにもアイカはチャオフーと戦うべきだと感じ、真剣な表情を浮かべた。


「分かったわ、此処はお願い」

「ああ、任せとけ」


 ニッと笑いながらユーキは月下と月影を強く握り、正面にいる中位ベーゼたちを見つめる。アイカもチャオフーの方を向くと足の位置を僅かに変えて動きやすい体勢を取った。


「……ユーキ、頑張ってね?」

「君もな」


 お互いに想い人の武運を祈りながらユーキとアイカは自分の役目を全うするために気持ちを切り替える。仇を討つため、そしてぺーギントに住む人々のためにも必ず勝つと二人はそう誓った。

 アイカは地面を強く蹴って正面にいる中位ベーゼたちに向かって走り出す。中位ベーゼたちは構えを崩すことなく走って来るアイカを見つめていた。

 中位ベーゼたちの攻撃に警戒しながらアイカは距離を縮めていき、2mほど前まで近づくと勢いよくジャンプした。アイカは常人では上げれないくらいの高さまで跳び上がり、中位ベーゼたちの真上を通過する。

 半ベーゼ状態となり、身体能力が高くなった今のアイカにとってベーゼたちを跳び越えることなど簡単なことだった。

 アイカは中位ベーゼたちの真後ろに着地すると振り返ることなくチャオフーの下に向かって走り出す。

 ユーキは包囲を突破したアイカを見ると中位ベーゼがアイカを追撃しないようアイカに近い位置にいるベーゼを倒そうとする。だが不思議なことにアイカの近くにいた中位ベーゼたちはアイカの後を追わず、ユーキとグラトンにゆっくりと近づいてきた。


(何だコイツら? アイカを無視して俺とグラトンだけを見てやがる。まるで最初から俺たちだけを狙っているみたいだ……)


 中位ベーゼたちの行動にユーキは違和感を感じながら近づいて来る中位ベーゼたちの位置を確認する。どうして自分とグラトンだけを狙っているのかは分からないが、ユーキにとっては都合のいい状況だった。


(何にせよ、ベーゼたちがアイカの後を追わないのは助かる。これでアイカも他のベーゼを気にせずにリスティーヒとの一騎打ちができるってわけだ)


 ユーキは双月の構えを取りながら前を向き、グラトンも姿勢を低くしながら唸り声を上げて中位ベーゼたちを威嚇する。


「それじゃあ、アイカが集中して戦えるようコイツらを蹴散らすか」

「ブォ~~!」


 グラトンは返事をするように鳴き声を上げるとユーキは正面にいる中位ベーゼたちに向かって走り出し、グラトンも四足歩行で突撃した。


――――――


 中位ベーゼたちをユーキとグラトンに任せたアイカは全速力で走り続ける。後ろから中位ベーゼの鳴き声や剣劇の音なども聞こえてくるが、アイカは振り返らずに数十m先にいるチャオフーの下へ向かう。

 チャオフーは一人で走って来るアイカを見ながら何度も鉄扇を開閉させている。チャオフーもアイカとの一騎打ちを望んでいたため、一人で向かってくるアイカを見て笑みを浮かべていた。

 やがてアイカがチャオフーの3、4mほど前までやって来て急停止する。立ち止まったアイカは顔を上げ、鋭い目でチャオフーを睨みつけた。


「リスティーヒ!」

「フッ、待っていたぞ。アイカ・サンロード」


 因縁の敵を前にアイカとチャオフーは相手を確認するかのように名を口にした。アイカは強い闘志が宿った険しい顔で、チャオフーは高揚感が宿った不気味な笑顔で目の前の敵を見つめる。


「まさかお前がぺーギントに来ているとは思わなかったぞ?」

「それはこっちの台詞です。貴女がぺーギントを制圧するベーゼたちの指揮官だとは思っていませんでした」

「フフフ、やはり私たちは戦う運命にあるようだな」


 アイカと戦うことに対して楽しさを感じるチャオフーは開いている鉄扇で口元を隠す。

 チャオフーが楽しそうにしている一方でアイカは嫌な因縁には早くケリを付けたいと思っているのか、不服そうな顔をしている。


「私は今日こそ貴女を倒します。両親と村の仇を討つため、そして大陸に住む人たちをベーゼから護るために!」

「ほほぉ、できるのか? メルディエズ学園で私に完膚なきまでに叩きのめされたお前に?」


 挑発するチャオフーを睨みながらアイカはメルディエズ学園が奇襲された時の戦闘を思い出す。確かにあの時はチャオフーの力と混沌術カオスペルの前に手も足も出さなかった。

 しかしアイカもあの時と違って力をつけているため、負けるかもしれないなどとは思っていない。寧ろ今度は絶対に勝つと強い意思を抱いていた。


「私だってあの時の私ではありません。貴女に負けた日から私も力をつけました。もうあの時のようにはなりません!」

「それは楽しみだ。今度は簡単に倒れたりするなよ?」


 そう言ってチャオフーは空いている左手を背中に回し、もう一本の鉄扇を取り出した。

 両手に鉄扇を持ちながら足の位置も変え、チャオフーは戦闘態勢に入る。アイカもプラジュとスピキュを構え直してチャオフーがどのように動いても対応できる体勢を取った。


「さて、まずは前回からどれだけ強くなったのか確かめさせてもらうぞ?」


 閉じている鉄扇を握りながらチャオフーはアイカに向かって走り出す。先手を打ってきたチャオフーを見てアイカは思わず目を見開く。

 アイカに接近したチャオフーは左手に持っている鉄扇を上から振り下ろして攻撃する。アイカは咄嗟に右手に持つプラジュで鉄扇を止めた。

 プラジュと鉄扇がぶつかったことで金属音が響き、同時にアイカの腕に衝撃が伝わる。

 メルディエズ学園でチャオフーと戦った時、アイカはその攻撃の重さに怯んでいた。だが今は半ベーゼ化したことで筋力が増したためチャオフーの攻撃を止めても殆ど重さを感じない。アイカは改めて半ベーゼ化した自分の変化に驚く。

 チャオフーは初撃を防いだアイカを見ると続けてアイカの左脇腹を狙って右手の鉄扇を横から振る。だがアイカもスピキュで迫って来る鉄扇を難なく防いだ。

 連撃を防いだアイカはプラジュとスピキュを同時に振って止めている二つの鉄扇を払う。鉄扇を払わたことでチャオフーは僅かに体勢を崩し、その隙をついてアイカはプラジュで袈裟切りを放つ。

 チャオフーは冷静に右手の鉄扇で袈裟切りを防ぐ。体勢を崩した直後の攻撃を簡単に止めたチャオフーを見てアイカは悔しそうな顔をする。

 プラジュを止めたチャオフーは鉄扇でプラジュを払い上げると大きく後ろに跳ぶ。アイカも一度態勢を整えるためにチャオフーを追撃せずに構え直した。

 戦いが始まってからまだ数秒しか経ていないにもかかわらず、二人の周りは既に緊迫した空気が漂っている。


「フッ、成る程。確かに以前と比べると力を付けたようだな?」


 チャオフーは笑いながら左手に持つ鉄扇を顔の前で開閉させる。アイカが前回よりも強くなっていると予想はしていたが、思っていた以上に力をつけていたことにチャオフーは感心していた。


「貴女のおかげですよ」

「私の?」


 アイカの言葉の意味が理解できないチャオフーは訊き返し、そんなチャオフーをアイカはプラジュとスピキュを構えたまま見つめる。


「貴女が掛けた呪いで私の体は半分ベーゼになってしまいました。ですが、精神力を鍛えてベーゼの力を使いこなすことができるようになり、今の力を得られたんです」

「……私の堕落の呪印じゅいんでベーゼの力を手に入れたことで私と戦うことができるようになったというわけか」

「ええ、因みにユーキも同じようにベーゼの力を使いこなせるようになりました」


 自分が掛けた呪いでアイカが以前よりも強くなったと知ったチャオフーは目を鋭くしながらアイカを見つめる。だがすぐに不敵な笑みを浮かべた。

 普通はベーゼの力を手に入れたと言われても信じないだろうし、自分の呪いが強くなるために利用されたと知れば不満などを感じるだろう。だが、チャオフーはアイカの言うことを信じており、より戦いを楽しめると思っていた。


「フフフフ、そうか。まさか虫けらが我らベーゼの力を使いこなすようになるとは……お前は本当に面白い奴だ」


 チャオフーの反応を見てアイカは一瞬驚きの表情を浮かべる。敵が自分たちの力で強くなったというのに不快に思ったりせず、寧ろ楽しそうにするチャオフーにアイカは不気味さを感じていた。

 不気味に思うと同時にアイカはチャオフーのことを戦うを楽しむ戦闘狂なのでは予想する。


「しかし、我らベーゼの力を手にいれたとしても所詮は蝕ベーゼと同じ半端な存在。本物のベーゼである私に勝つことは不可能だ」


 例え新しい力を得てもアイカは自分には勝てない、そう確信しながらチャオフーは再びアイカに向かって走り出し、右手の鉄扇を右上から斜めに振って攻撃した。

 アイカはチャオフーの真正面からの攻撃を慌てずにスピキュで防ぎ、次の攻撃が来る前にプラジュで反撃しようとする。だがチャオフーはアイカに先に動き、アイカの頭部を狙って左手の鉄扇を横に振った。

 左から迫って来る鉄扇をアイカはプラジュで防ぐと一旦距離を取ろうとする。だがチャオフーは反撃の隙を与えないと言わんばかりに両手の鉄扇でアイカに連続攻撃を仕掛けてきた。

 チャオフーの連撃をアイカはプラジュとスピキュで防いでいく。以前ならチャオフーの重い連撃に押され、後退しながら防御していたが、今はその場を動かずに全て防いでいる。

 顔色一つ変えずに全ての防ぐアイカを見たチャオフーは「ほぉ」と意外そうな反応を見せる。だがすぐに笑みを浮かべ、連撃を止めて大きく後ろに跳ぶ。そして距離を取ると混沌紋を光らせて両手の鉄扇に混沌術カオスペルの力を付与した。

 アイカはチャオフーの鉄扇が薄っすらと紫色に光るのを見て制約リミテイションを発動させたことを知り、今まで以上に警戒を強くする。

 メルディエズ学園での戦いでアイカは制約リミテイションの能力と厄介な混沌術カオスペルであることは理解したため、どんな攻撃を仕掛けてくるか油断せずに予想する。

 チャオフーは構えるアイカを見ると左手の鉄扇を開き、軽く上へ投げた。投げられた鉄扇は縦に回転しながらゆっくりと落下し、チャオフーは落ちた鉄扇を掴むと右から横に振る。すると鉄扇から無数の白い光の針がアイカに向かって放たれた。

 飛んできた光の針を見てアイカは後ろに跳ぶ。鉄扇から放たれた光の針は全てアイカが立っていた場所に刺さった。

 チャオフーは左手の鉄扇をアイカに向けて大きく横に振り、再び無数の光の針を放って攻撃した。アイカは真っすぐ飛んでくる光の針を見ると左に走って光の針を回避する。

 攻撃を走ってかわすアイカが面白いのか、チャオフーは笑いながら左手の鉄扇を振り続け、光の針を放ち続ける。

 アイカも光の針が飛んでいく方角や角度などに注意しながら走り続け、自分に刺さりそうな針はプラジュとスピキュで叩き落していった。


「やるな、あれだけの針を全て避けるとは……なら、これはどうだ?」


 呟くチャオフーは制約リミテイションを付与したまま使わなかった右手の鉄扇を閉じたまま指で横に二度回す。

 回し終えると走っているアイカを見つめながら右手の鉄扇で地面を叩いた。すると鉄扇で叩いた場所が突然凍り出し、そのままアイカに向かって真っすぐ地面を凍らせていく。

 光の針を避けるアイカは地面が凍りながら自分に近づいて来ることに気付く。アイカは足を止めずに凍った地面が来た方角を確認し、チャオフーが鉄扇で地面を叩いている光景を目にする。

 チャオフーの姿を見たアイカは制約リミテイションの力で地面を凍らせていることを知り、もの凄い速さで迫って来る凍った地面を見て自分の足に触れそうになった瞬間に急停止して後ろに跳ぶ。跳んだことで凍った地面は足に触れることなく真っすぐアイカの前を通過した。


(危なかった。あのまま走っていたら足も凍りついていたかもしれないわ)


 回避に成功したアイカは心の中でホッとしながらチャオフーの方を向く。するとチャオフーはアイカが自分の方を向いた瞬間、右手の鉄扇を右へ動かしながら地面を三回叩いた。

 鉄扇で叩かれた地面は先程のように地面を凍らせながら真っすぐアイカに迫っていく。

 アイカは足を凍らされないよう足元に注意する。だがチャオフーは地面を凍らせた後に左手の鉄扇を左から横に振って無数の光の針を放ってきた。

 正面と足下からの同時攻撃にアイカは一瞬驚きの反応を見せるが、すぐに目を鋭くして光の針と凍る地面の位置を確認する。


(大丈夫、どちらもそんなに速い攻撃じゃない。集中すれば対処できる!)


 プラジュとスピキュを強く握り、足の位置を変えながらアイカは光の針と凍る地面を見つめ、一定の距離まで近づくと地面を強く蹴って自分から光の針に向かって走り出す。

 自ら攻撃である光の針に向かって行くなど普通なら自殺行為と考えるだろう。だがアイカは死ぬつもりは無く、問題無いと思っていた。

 アイカは真っすぐ光の針に向かって行き、徐々に距離を縮めていく。アイカは光の針を睨み、数十cm前まで迫って来るとプラジュとスピキュを振って光の針を叩き落した。

 アイカは飛んでくる光の針を次々と叩き落していき、光の針を放つチャオフーに近づいて行く。勿論、光の針だけでなく、足元の凍っている地面のことも忘れていなかった。

 光の針を防ぐアイカの足元に凍りつく地面が近づき、アイカのつま先に触れそうになる。だがアイカは凍る地面が触れる直前に地面を蹴って前に跳んだ。

 足が地面から離れたことで凍りつく地面はアイカに触れることなく、彼女の真下を通過する。アイカは前に跳びながらプラジュとスピキュで光の針を防ぎ続け、その光景を見たチャオフーは驚いたような反応を見せた。

 やがてアイカは全ての光の針を叩き落し、光の針を防ぎ切ると同時に両足を地面につける。下には既に凍りついた地面があり、アイカが足を地面につけることで凍っていた地面はパリッと音を立てて割れた。

 アイカはチャオフーに近づくために一気に走る速度を上げた。


「馬鹿な、あの攻撃を凌ぎ切っただと……」


 攻撃を避け切ったアイカの身体能力と動体視力にチャオフーは衝撃を受けながら再び光の針を放とうと鉄扇を構える。だが構えた瞬間、両手の鉄扇から光が消え、鉄扇を見たチャオフーは制約リミテイションの効力が消えたことを知って目を見開く。

 アイカも鉄扇の光が消えたことで制約リミテイションによる特殊攻撃が来なくなったことを知って距離を縮めようとする。全速力で走り、チャオフーの目の前まで近づいたアイカはスピキュで逆袈裟切りを放ってチャオフーを攻撃した。

 チャオフーはアイカの攻撃を右手の鉄扇で防ぎ、左手の鉄扇を横から振って反撃しようとする。だが反撃しようとした瞬間、アイカはプラジュでチャオフーの胴体に突きを放った。

 切るのではなく突いてきたという予想外の攻撃に驚いたチャオフーは咄嗟に体を右に動かして突きをかわす。

 チャオフーが回避行動を取った直後、アイカは素早くスピキュを振り上げ、そのままチャオフーに向けて振り下ろした。

 常人なら回避した直後の攻撃をかわすことは難しく攻撃をを受けるだろう。だが上位ベーゼであるチャオフーは後ろに跳んでアイカの振り下ろしをかわした。


「惜しかったな。並のベーゼなら今の攻撃で仕留められたが、五凶将の私には通用しない」

「いいえ、まだ攻撃は終わってません!」


 回避に成功して余裕を見せるチャオフーにアイカは力の入った声で語り掛け、後ろに跳んだチャオフーを追うように前に跳ぶ。

 攻撃を止めず、自分から離れようとしないアイカの姿を見てチャオフーは再び驚きの反応を見せた。


「サンロード二刀流、陽光剣ようこうけん!」


 チャオフーに向かって跳んだままアイカはプラジュとスピキュを振り上げ、勢いよくチャオフーに向けて振り下ろす。チャオフーはアイカの攻撃を鉄扇で防ごうとするが防御が間に合わずに直撃を受けた。


「ぬううぅっ!?」


 プラジュとスピキュはチャオフーの上半身を切り裂き、斬られた痛みでチャオフーは声を漏らす。苦痛で表情を歪めるチャオフーをアイカは鋭い目で見つめている。

 攻撃を受けたチャオフーはもう一度後ろに跳んでアイカから距離を取った。離れたチャオフーは後ろによろめきながら左手に持っていた鉄扇を落とし、奥歯を噛みしめながら痛みに耐える。

 斬られた箇所からは血が流れており、深い傷を負っていることを表していた。


「貴様……」


 顔を上げたチャオフーは左手で傷を押さえながらアイカをジッと睨みつける。今のチャオフーには戦いが始まった直後に見せていた戦いを楽しむ笑みは完全に消えていた。


「リスティーヒ、本当の戦いはここからです!」


 プラジュの切っ先をチャオフーに向けながらアイカは力の入った声を出す。チャオフーは黙り込みながらアイカを睨み続け、しばらくすると左手で落ちている鉄扇を拾って体勢を直した。


「どうやら私はお前を甘く見ていたようだ。まさか私に一撃を喰らわせるとは……お前は父親を越えたようだな」


 アイカは嘗て目の前で自分の父親を手に掛けたチャオフーを見てムッとする。仇であるベーゼが父親のことを知ったように語れば気分を悪くするのも当然だ。


「……いいだろう。私に傷を負わせた褒美……いや、全力で私に挑むその敬意に表して、私も本気で相手をしてやる」


 低い声で語りながらチャオフーは鉄扇を持つ両手を横に伸ばす。その直後、チャオフーの足元に赤い魔法陣が展開され、チャオフーの体が赤い炎に包まれる。突然の出来事にアイカは素早く身構えて警戒した。

 チャオフーを包む炎は少しずつ形を変えながら大きくなっていき、下半身は蛇のように長くなっていく。その形は明らかに人間とは違っていた。

 形を変えてから数秒後、赤い炎は風で掻き消されたかように消える。

 炎が燃えていた場所にはチャオフーの姿は無く、代わりに赤茶色のセミロングヘアーと水色の目、青白いチャオフーの顔をしたベーゼの姿があった。

 ベーゼは紫のビキニアーマーを付けた豊満な胸部、通常の両腕と両肩から生えた二本の計四本の腕、蛇の下半身を持っている。背中、腕の外側、下半身は赤い鱗で覆われており、胸郭と腹部、腕の内側の皮膚は顔と同じように青白い。四本の腕の内、通常の二本には鉄扇、両肩の二本は青龍刀がそれぞれ握られている。

 アイカの前にいたのは幼い頃に自分の村を滅ぼし、ナトラ村で再会した最上位ベーゼであり、チャオフーの真の姿である五凶将の一人、リスティーヒだった。


「待たせたな」

「……ッ!」


 リスティーヒを前にアイカはプラジュとスピキュを握る手に力を入れた。先程付けた切傷が綺麗に消えており、アイカはベーゼの姿になると変身前につけた傷は回復するのだと知って表情を鋭くする。

 しかし、これでようやく“本当の意味”で両親の仇と戦う瞬間が訪れたため、アイカは今まで以上に闘志を強くした。

 リスティーヒはアイカを見ると両手の鉄扇と開き、青龍刀を握る肩の両腕を横に伸ばした。


「お前の言うとおり、本当に戦いはこれからだ」


 アイカとリスティーヒはお互いに目の前に立っている因縁の敵を睨みながら戦闘態勢に入った。


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