第二十三話 千刃のディベリ
予想外の攻撃を受けてしまったユーキは痛みを感じながらも後ろに二回跳んでディベリから距離を取る。ディベリはユーキに一撃を喰らわせたことが嬉しいのか不敵な笑みを浮かべながらユーキを見ていた。
ユーキはディベリの追撃に警戒しながら双月の構えを取り、視線だけを動かして傷を確認する。制服の左脇腹部分は破れて出血しているが、傷が浅いのか出血も酷くはない。しかし、それでも痛みは強かったため、ユーキは僅かに表情を歪めていた。
戦闘中に敵を視界から外すことは非常に危険な行為であるため、傷の状態を確認したユーキはすぐに視線をディベリに戻す。ディベリは痛みに耐えながら自分を見ているユーキを目にすると更に楽しそうな表情を浮かべた。
「フフフ、痛いかい? これからそれ以上の痛みを味あわせてやるよ」
自分を馬鹿にした者が苦しむ姿を見てディベリは晴々とした気分になり、そんなディベリをユーキは目を細くしながら睨む。
人を傷つけて快楽を得るような性格をしていては冒険者だった時も周りから軽蔑されていたのだろうと感じ、ディベリが盗賊に成り下がってしまったのも無理は無いとユーキは思っていた。
だが、今重要なのはディベリの性格ではなく、彼女が持っていた剣が突然形を変えたことだった。ユーキは現状から剣の形が変わった原因は十中八九混沌術だと思っており、ディベリの混沌術がどんな能力なのか考える。しかし、情報が少なすぎるため、ユーキはもう少しディベリと戦って情報を集めることにした。
脇腹に攻撃を受けても戦意を失っていない様子のユーキを見たディベリはユーキの精神力に驚く。だが同時に戦意を失わないことをつまらなく思っていた。
「気に入らないね、脇腹を斬られたのに恐怖を感じないなんて。ガキならガキらしく泣き喚いて許しを請えばいいんだよ」
「生憎だけど、俺は爺ちゃんから厳しく剣を教わっていてね、血を流すことも少なくなかった。この程度で音を上げるほどやわじゃない」
脇腹を斬られたくらいなんともないと力の入った声で語るユーキを見てディベリは不愉快に思い、小さく舌打ちをしながら目を鋭くした。
ユーキの祖父は月宮新陰流の師範として門下生たちに厳しく剣を教えていた。特に孫であり、優れた剣の才能を持つユーキには月宮新陰流の師範になってもらうために他の門下生よりも厳しくしていたのだ。
祖父の本心に気付いていたユーキは自分が免許皆伝するため、強くなるために祖父の厳しい教えにも耐え、若くして免許皆伝となった。その厳しさのおかげでユーキは剣の腕を上げただけでなく、強い精神力も得ており、脇腹を斬られても混乱せずにディベリと向かい合うことができたのだ。
「……いいだろう。なら次の攻撃でその余裕を崩してやるよ」
ディベリは険しい顔をしながら剣を外側に向かって大きく振る。すると、ディベリの剣身が再び黄色く光り出し、一瞬にして最初の形に戻った。形を変えた状態では攻撃しづらいと思ったのだろう。
(剣身を元に戻した、一度形を変えたら元に戻るのか? いや、それなら三叉槍みたいな形にした後に元に戻るはずだ。でもさっきは形を戻さずに真ん中の刃だけが伸びた。……いちいち元に戻す必要は無いということか?)
ユーキは元に戻ったディベリの剣を見ながら能力の分析をする。勿論、ディベリの攻撃に注意し、視界からも外さないようにしていた。
どんな混沌術なのかユーキが考えていると、ディベリがユーキに向かって走り出し、向かって来るディベリを見たユーキは考えるのを止めてディベリを迎え撃つことに集中する。
距離を縮めたディベリはユーキに向かって袈裟切りを放つ。先程と同じ攻撃をしてきたため、ユーキはもう一度輪之太刀を使おうと思っていたが、同じ手が通用するとも思えないため、別の方法で迎撃しようと考えた。
月影で袈裟切りを防いだユーキは月下を横に振って反撃しようとする。だが、ユーキが反撃しようとした瞬間、止めていたディベリの剣が再び光り出し、切っ先部分がユーキの顔に向かって弧を描くように伸びた。
ユーキは咄嗟に上半身を後ろに倒してかわすが、回避行動を取ったことで月下を振る勢いが僅かに弱まってしまい、ディベリも後ろに下がって月下をかわした。攻撃に失敗したユーキは悔しそうな顔をするが、態勢を整えるために後ろに跳んで距離を取る。
離れてディベリの剣がどうなったか確認すると、ディベリの剣の切っ先が鎌のような形になっている。しかも切っ先以外の部分は変わっておらず、剣と鎌が一つになったような形をしていた。
「今の攻撃をかわすとはねぇ? デカい口を叩くだけのことはあるってわけだ」
「お褒めいただき恐縮だよ」
余裕の表情を浮かべながらユーキは月下を振り上げ、月影を前に出す構えを取り、ディベリも剣を元の形に戻して構え直した。
(近づいたらさっきみたいに突然剣の形を変えて予想外の攻撃を仕掛けてくる。こりゃあ、下手に近づくと危険だな。おまけに武器の形を変えて攻撃してくるとなると、今までの剣の常識は通用しない。少し戦い方を変えた方がよさそうだ)
混沌士であるディベリに普通に攻撃しても勝ち目は無いと感じたユーキは今までとは違う戦い方で攻めることにした。同時に混沌士が相手であるため、自分も混沌術も積極的に使った方がいいと考える。
ユーキは構えを崩さずにディベリを睨み、ディベリも動かないユーキを見ながら小さく笑う。自分がユーキを押していると感じているのかディベリはご機嫌な様子だった。
お互いにしばらく睨み合っていると、ユーキはディベリの左側に回り込むように走り出す。ディベリは今までと違う動きをするユーキを見て、何か仕掛けてくると感じたのか剣を両手で握りながら走るユーキを追うように体の向きを変える。
自分の方を向くディベリを見たユーキは走りながら月影を持つ左手をディベリに向けた。
「闇の射撃!」
走りながら魔法を発動させたユーキは左手から闇の弾丸を放ちディベリに攻撃する。魔法を放ってきたユーキを見て、ディベリは鬱陶しそうな顔をしながら剣を前に出して縦に構える。
ディベリの行動を不思議に思いながらユーキは走り続ける。すると、剣が光り出して形を変え、光が消えるとそこには剣ではなく、高級感のあるラウンドシールドがあった。
「剣が盾に?」
剣身の形状を変えるだけでなく、盾にも変わることを知ったユーキは驚きの反応を見せる。そんな中、ユーキの放った闇の弾丸はディベリが持つラウンドシールドに命中、ディベリに当たることなく消滅した。
ラウンドシールドは僅かに凹んではいるが壊れてはおらず、そのまま使い続けることができる状態だった。ディベリはラウンドシールドの後ろから顔を出すとニッと笑いながらユーキを見つめた。
「あたしは剣身の形だけじゃなく、剣とは違う物にも形を変えることができるんだ。だから魔法も通用しないんだよ」
混沌術の能力を自慢げに語るディベリを見ながらユーキはディベリの左側へと走る。走りながら隙を窺い、同時にディベリの混沌術の能力が何なのか考えていた。
(剣の形状だけでなく、剣を盾に変えた。奴の混沌術は物の形を変える能力か?)
心の中でディベリの力の秘密を推理していると、ディベリはラウンドシールドを光らせて今度は槍へと形を変える。再び剣以外の物に変えたディベリを見てユーキは軽く目を見開く。
「あたしは剣の形を自由に変えて戦うことができる。その数は千を軽く超えているのさ」
「成る程、だから千刃なんて二つ名が付いたのか」
ディベルの二つ名の意味を理解したユーキは納得の表情を浮かべる。ディベリは剣だけでなく、盾や槍までも扱って戦うため、ある意味で面倒な敵だとユーキは感じて僅かに表情を曇らせた。そんなユーキを見たディベルは槍を構えながら笑う。
「アンタみたいなガキじゃ、あたしの“変形”には敵わないよ!」
喋ってしまっても問題無いと感じたのか、ディベリは自分の混沌術の名前を自慢げに語り、自分から混沌術の名を口にするディベリを見てユーキは心の中で愚かだと思った。
ディベリの混沌術の名を知ったユーキは改めてどんな能力か考える。名前や能力から変形させる能力だということは分かったが、それ以外のことは何も分からなかった。
(混沌術は開花させた人間やその人間が触れている別のものにも混沌術の能力を付与することができる。となると、奴の混沌術も自分や触れている物の形を変えることができるのか? いや、それなら何で武器だけじゃなく、自分の体の形を変えないんだ?)
ユーキが変形がどんな能力か考えていると、ディベリが槍を構えながら走り出し、ユーキに槍で突きを放ち攻撃してきた。ユーキは迫ってくる槍先を睨み、胸部に刺さりそうになった瞬間に月影で槍を払い上げ、同時に混沌紋を光らせて混沌術を発動させる。
槍を払ったユーキは地面を蹴ってディベリに向かって跳び、一瞬にしてディベリの目の前まで移動した。ディベリはもの凄い速さで距離を詰めてきたユーキに驚いて目を見開く。そんなディベリにユーキは月下を振り下ろして攻撃した。
突然の攻撃に驚いたディベリだったが咄嗟に左肩をユーキに方に向け、左肩のショルダーアーマーでユーキの振り下ろしを防ごうとする。だが、月下はショルダーアーマーを難なく切り、下にあるディベルの左肩を斬った。
「うあああぁっ!!」
左肩を斬られたディベリは苦痛の声を上げる。持っていた槍を落とし、そのまま体勢を崩して尻餅をつく。切られた左肩のショルダーアーマーは地面に落ち、左肩からは血が流れ出ていた。
ディベリは右手で左肩の傷を押さえながら痛みに耐え、ユーキはそんなディベリを見つめながら月下を横に振って刀身に付いている血を払い落とした。
「ア、アンタ、どうして……」
「俺も混沌術を使わせてもらったんだよ」
ユーキは自分が何をしたのかディベリに正直に話した。ディベルはユーキが混沌術を発動したと聞いて目を見開く。どうやらユーキが混沌士であることを忘れていたようだ。
ディベリに反撃する直前、ユーキは混沌術で脚力と月下の切れ味を強化していたのだ。ディベルが剣を槍に変えたことで懐に入り込んでも反撃されないと考えたユーキは脚力を強化して距離を詰め、ディベリが何らかの方法で防御してもダメージを与えられるよう、月下の切れ味を強化していた。
「アンタの混沌術はあらゆるものを変形させられると俺は考えた。だから、攻撃されても自分の体を頑丈な体に変形させて攻撃を防御してくると思ってたんだけど、ショルダーアーマーで防御してきた。……それを見て一つの仮説を立てたんだ」
「か、仮説?」
「……アンタは自分の体を変形させることはできないんじゃないかってね」
ユーキの推理を聞いたディベリは一瞬目を見開いて驚いたような反応を見せる。ディベリの反応を見たユーキは自分の予想が的中したと知った。
「やっぱりな。もしアンタが自分の体を変形させられるのなら、わざわざ剣を盾に変えて俺の闇の弾丸を防ぐ必要なんてないもんな? それに最初に輪之太刀の反撃を受けた時も混沌術を使えば無傷で済んだのにアンタはしなかった。つまり、アンタの混沌術は生き物を変形させることはできない」
無表情で語るユーキを見て驚きの表情を浮かべていたディベリは徐々に表情を変えて奥歯を噛みしめる。どうやらユーキの言っていることは全て当たっているようだ。
自慢の混沌術が初めて会った敵、それも児童に見抜かれたことが相当悔しくのか、ディベリは左肩の傷口を押さえていた右手で左肩を強く掴んでいた。
「ああぁ、それともう一つ気付いたことがある。こっちはあくまでも俺の予想だけどね」
「……何だよ?」
自分の体が変形できないこと以外にも気付かれたことがあると知り、ディベリは不安を感じながらユーキを睨む。ユーキはディベリを見た後、視線を動かして落ちている槍を見下ろす。
「アンタの混沌術、変えることができるのは“形”だけだろう?」
「!」
ユーキの言葉を聞いたディベリは再び目を大きく見開く。ディベルの反応を見たユーキはまた自分の予想が当たったと感じて小さく笑った。
「アンタの混沌術の形を変えることはできても、その物質の性質を変えることはできない。つまり、混沌術で武器の形を変えることはできても、強度や重さ、能力なんかは変えることはできないんだろう?」
「何を根拠に……」
「アンタが変形させた盾で闇の射撃を防いだ時、闇の射撃を防いだ盾がほんの少しだけ凹んでいた。もし性質を変えることができるのなら、魔法を防いでも凹んだりしない頑丈な盾に変形すればいいのに……」
「……あたしがわざと性質を変えなかったってことも考えられるじゃないか」
「それじゃあ、さっき俺の攻撃をショルダーアーマーで防ごうとした時、なぜショルダーアーマーを頑丈な物に変形させなかったんだ? あの状況なら自分の身を護るためにショルダーアーマーを壊されない頑丈な物に変えるべきだと思うんだけど?」
目を細くしながら問いかけるユーキを見て、ディベリは何も言い返せずに目を逸らす。何も言い返さないところから、ユーキは自分の予想が確信に変わったと感じた。
ディベリは自分に傷を負わせ、更に混沌術の能力までも見抜いたユーキを初めて強者だと感じていた。最初は児童だと思って見くびっていたが、見た目とは全く違う強さと洞察力を持っていたことに心の中では驚いている。
しかし、混沌術の能力を見抜かれたからと言って自分がユーキより弱く、勝てないと思っているわけではなく、ディベリは座り込んだままユーキを睨み付ける。
「……あたしの混沌術を見抜いたことは褒めてやるよ。だけどね、まだ勝負はついてないよ。あたしはまだ戦える」
「やめた方がいいよ? アンタは俺の混沌術の能力も分かってないんだ。現状ではアンタの方がかなり不利だぞ?」
「ナメるんじゃないよぉ!」
声を上げながらディベリは左手で土を掴み、ユーキの顔に向かって投げつける。ユーキは咄嗟に顔を左へ動かして土をかわすが、その隙にディベリは落ちている槍を右手で拾い、混沌術で素早く槍をレイピアに変形させてユーキに突きを放つ。
ユーキは正面から迫ってくるレイピアを後ろに跳んでかわし、ユーキが離れるとディベリは立ち上がって体勢を整える。左肩からはまだ僅かに出血しているが、ディベリはそんなことを気にせずにユーキを睨んだ。
「混沌術が分からないから勝てないだって? だったらアンタの混沌術を見抜いちまえばいいだけじゃないか! ガキのアンタにできてあたしにできないはずがない!」
「……子供にできるから大人にもできるってか? 何とも単純な考え方だな」
「うるさい!」
怒りの声を上げながらディベリはもう一度混沌術を発動させてレイピアの形状を変える。真っすぐだったレイピアは波打つような形状の剣に変わり、変形が済むとディベリは剣を構え直した。
(……フランベルジュか。あの波打つ刃は殺傷能力が高く、確か「死以上の苦痛を与える剣」って言われている武器だったな。あれなら強度なんかを変えることができなくても、相手に大ダメージを与えることができる)
剣を敵を倒すことに特化した形状に変化させたのを見たユーキはもう一撃も攻撃を受けられないと考えながら双月の構えを取る。その直後、ディベリはフランベルジュを両手で握りながら走って来た。
距離を詰めてディベリはフランベルジュを振り回してユーキに攻撃を仕掛ける。フランベルジュで斬れば相手に大きなダメージを与えられるため、とにかく一撃でも当てようと連続で攻撃した。
ユーキは月下と月影を素早く動かしてディベリの連撃を防いでいく。今までと違い、ディベリは攻撃を当てることだけを考えてフランベルジュを振っているため、ユーキはディベリの攻撃は簡単に防ぐことができた。
連続で攻撃しても全然フランベルジュが当たらないことにディベリは徐々に苛立ちを感じ始め、勢いよくユーキの頭上から振り下ろしを放つ。だがユーキは月下と月影を交差させてディベリの振り下ろしを難なく防いだ。そして、ガラ空きとなっている腹部に右足で蹴りを入れてディベリを蹴り飛ばした。
「がああぁっ!」
腹部の痛みと衝撃にディベリは声を上げ、数m飛ばされると背中から地面に叩きつけられる。ユーキは仰向けに倒れているディベリを見つめながらゆっくりと右足と両手を下ろす。この時、ユーキは混沌術を発動しており、彼の混沌紋は薄っすらと光っていた。
実はディベルの攻撃を防いでいる間、何が起きても対処できるように腕力と脚力を混沌術で強化していたのだ。
腕力を強化していたことでディベリの攻撃を連続で防いでも腕の疲れを殆ど感じず、脚力を強化した状態で蹴りを入れたため、ディベリを数m先まで蹴り飛ばすことができた。
ユーキが倒れるディベリを目を細くしながら見つめていると、倒れていたディベリが険しい顔をしながら上半身を起こす。
蹴られた時の勢いでディベリの服が僅かにめくれて腹部が露わになっている。蹴られた箇所にはユーキに蹴りでできたと思われるアザがあり、ディベリは腹部の痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がった。
「こ、このガキィ、よくもあたしをここまでコケにしてくれたね」
「今のアンタは頭に血が上って冷静さを失っている。冷静さを失った敵の攻撃ほど読みやすいものはないよ」
「黙りな! ガキのくせに一人前なこと言ってるんじゃないよ。運よく有利に戦えてるからってナメた口を利いていると……」
ディベリがユーキを睨みながら言い返していると、突然ユーキの後方から大きな爆発が起き、ユーキとディベリは爆発が起きた方を向く。
ユーキから数十m離れた所ではアイカたちとディベリの部下である盗賊たちが戦っていた。だが既に盗賊たちは半分以上が倒れており、倒れている盗賊たちの中にはほぼ無傷のアイカたちが立っている。
アイカはプラジュとスピキュを器用に操って盗賊たちと戦っており、フレードはリヴァイクスを伸縮させながら振り回して盗賊を戦っている。そして、パーシュは手から火球を放って遠くにいる盗賊たちを攻撃し、火球が命中すると爆発して近くにいる盗賊たちを吹き飛ばした。先程の爆発はパーシュの混沌術によって起きたもののようだ。
「そ、そんな馬鹿な、あたしの部下たちが、たった三人のガキに……」
倒れている大勢の盗賊たちを見てディベリは愕然とする。いくら混沌士とは言え、たった三人の学生に二十人近くの盗賊が圧倒されているのを見れば驚いても不思議ではなかった。
「やっぱり、アイカと先輩たちなら問題無く盗賊たちと戦えたな」
アイカたちの戦いを見ながらユーキは感心の笑みを浮かべる。例え三人だけだとしても、アイカたちの剣の腕は非常に優れているため、盗賊ごときに負けるとはユーキは思っていなかった。
しかもパーシュとフレードは混沌士である上に神刀剣に選ばれた生徒であるため、一方的に自分たちが有利な戦いになると考えていたのだ。
ディベリはアイカたちの勇姿を見て笑うユーキに対して悔しさと怒りを感じ、フランベルジュを握る手を震わせながらユーキを睨む。ユーキはそんなディベリを気にすることなくアイカたちを見ている。
「……アンタの仲間は殆どが倒された。もうアンタたちに勝ち目は無いと思うよ?」
アイカたちを見ていたユーキがゆっくりとディベリの方を向き、ディベリたちの敗北を告げる。余裕の表情を浮かべるユーキを見たディベリは更に表情を険しくして奥歯を噛みしめた。
「これ以上戦っても必要の無い犠牲が出るだけだ。降参して、仲間たちに大人しくするよう命令してくれないか?」
「馬鹿を言うんじゃないよ! 部下どもはまだ残っているし、あたしだってまだ戦えるんだ。戦況がちょっと有利になったからって勝った気でいるんじゃなよ!」
「いやいや、どう考えても結果は見えてると思うんだけど……」
まだ自分たちが勝てると思い込んでいるディベリを見てユーキは呆れたような表情を浮かべる。生き残っている盗賊はほぼ全員が勝ち目が無いと思っているのか、表情を曇らせながら護りの態勢に入っており、中には隠れ家の奥に後退している者もいた。
アイカたちを徐々に盗賊たちを追い詰めていき、誰が見てもアイカたちが勝利すると思える戦況だ。ユーキは戦況を再確認すると、呆れ顔のままもう一度ディベリの方を見る。
「もうアンタの仲間は誰も勝てるとは思ってないみたいだぞ? 悪いことは言わないから、降参してくれよ?」
「黙れって言ってるんだ! あたしはまだ負けちゃいない。あんな役立たずどもがいなくても、あたし一人でアンタや残りの三人を殺してやる!」
「……アンタの命令に従い、命を懸けて戦った仲間を役立たずって言うのか。……アンタ、冷たい女だな」
「うるさぁいっ!」
ディベリはフランベルジュを両手で握りながら軽蔑するような顔をするユーキに向かって行く。ユーキは表情を変えずに月下を振り上げ、月影を前に出して横に構える。ディベリはユーキに近づくとフランベルジュをユーキの頭上から勢いよく振り下ろした。
ユーキは混沌術を発動させて素早く月影で振り下ろされたフランベルジュを左へ払う。続けて月下をフランベルジュに向かって振り下ろし、剣身を真ん中から折った。
剣身を折られたフランベルジュを見てディベリは驚愕する。剣を防がれたり、払われたりするのは分かるが、児童の力で剣身が折られるとは予想もしていなかったようだ。
「あ、あたしの剣が……アンタ、何をしたんだい! ただのガキに剣を折るほどの力があるはずない。何かしたんだろう!?」
「……俺はアンタと同じ存在なんだぞ? なら分かるはずだ」
「あたしと同じ? ……まさか、混沌術か!?」
ユーキが混沌術を使ったことを知ってディベリは目を大きく見開く。ユーキは感情的になって大事なことを忘れていたディベリを見て再び呆れたのか軽く溜め息を付いた。
「俺の混沌術、強化はあらゆるものを強化することができる。俺は自身の腕力と刀の切れ味を強化してアンタの剣を折ったんだ」
「きょ、強化だと……」
「強化すれば例えこの体でも相手の剣を折るくらいの力を得ることができるし、アンタじゃ追いつけないくらいの速さで移動することもできる。怒りや苛立ちで冷静さを失い、俺の混沌術を警戒しなかった結果がこれだ」
僅かに低い声を出しながらユーキは現実を突きつけ、冷静さを取り戻したディベリの顔から余裕が消える。
部下の盗賊たちが後退しても、混沌士である自分なら戦況を覆すことができる。武器を無くしても落ちている武器を拾い、混沌術を使えばなんとかできるとディベリは思っていた。
だが、ユーキが剣を簡単に折った光景を目にしたことで例え新しい剣を手に入れてもまた折られてしまうと考え、ディベリはユーキの混沌術が自分の混沌術よりも遥かに強力であると知り、先程までの自信に満ちた表情が無くなった。
しかも盗賊たちが相手にしている三人も優れた混沌士であるため、ディベリはようやく自分に勝ち目がないと理解したのだ。
ディベリは折れた剣を見つめながら表情を歪める。そんなディベリにユーキがゆっくりと近づき、ユーキが近づいてくることに気付いたディベリはフッと顔を上げてユーキを見た。
「もう一度言う、大人しく降参しろ」
「クウゥ……」
「それとも、まだ戦う気か?」
そう言ってユーキはディベリを鋭い目で睨み付ける。ディベリはユーキの目を見ると悪寒を走らせて固まった。
ユーキはディベリが盗賊たちのことを役立たずと言った時にディベリのことを性格が悪いだけでなく、仲間のことを大切にしない女だと感じて不機嫌になっていたのだ。
ディベリがユーキの睨み付けに怯んでいると、ユーキの後方からアイカたちが駆け寄って来る。アイカたちが近づくのに気付いたディベリは目を軽く見開き、ユーキは表情を和らげて振り返った。
「ユーキ、大丈夫かい?」
パーシュが安否を確認するとユーキはパーシュを見ながら小さく笑みを浮かべる。
「ええ、問題ありません」
ユーキの笑顔を見てパーシュは意外そうな顔をするが、すぐに微笑みを浮かべる。最初はユーキが一人で混沌士であるディベリの相手をすることに不安を感じていたが、ユーキが無事なのを確認して安心し、同時にユーキが自分が思っている以上に強いのだと知った。
フレードもユーキが無事な姿を見てニッと笑い、アイカは安心して軽く息を吐く。だが、ユーキの脇腹の怪我を見ると目を見開いて驚いた。
「ユーキ! その傷、大丈夫なの!?」
「ん? ああぁ、これか、スッカリ忘れてた。大丈夫、問題無いよ」
ユーキは脇腹の傷を見ながら混沌紋を光らせる。するとユーキの脇腹の傷口から薄い煙が上がり、傷口が徐々に治っていく。
傷口が治るを見てアイカたちは驚いて目を見開き、ディベリも自身の目を疑う。混沌術を発動してから僅か数秒後、ユーキの脇腹の傷は完全に塞がって綺麗に消えた。
「ユーキ、何をしたの?」
アイカが尋ねるとユーキはアイカの方を向いてニッと笑う。
「簡単だよ、混沌術で治癒力を強化して傷を治したんだ」
「貴方の混沌術ってそんなこともできるの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ」
不思議そうな表情を浮かべるユーキを見ながらアイカは呆れたような顔をする。そんなアイカを見たユーキは小さく苦笑いを浮かべた。
会話を聞いていたディベリはユーキに剣を折るほどの力と傷を瞬時に治せるほどの回復力があると知って愕然としている。攻撃だけでなく回復も自分より優れているユーキに勝つことはできない、ディベリはそう感じて言葉を失っていた。
ユーキとアイカが話している中、パーシュとフレードは驚いているディベリの方を向く。ディベリの様子からユーキはディベリを圧倒していたと知ったパーシュは小さく笑い、フレードは楽しそうにニヤリと笑った。
「ユーキ、コイツはまだ降参してないみたいだけど、どうするんだい?」
ディベリをどうするかパーシュが尋ねると、ユーキはディベリを様子を簡単に確認してからパーシュとフレードの方を向いた。
「相手が戦う気があるのなら、このまま相手をしますよ。……先輩たちの方はどうなんですか?」
「あたしらの方はもう片付いたよ。襲ってきた盗賊はほぼ全員倒しちまったからね」
「まぁ、生き残ってる奴らも何人かはいるが、その全員が動けねぇ奴ばかりだ」
パーシュとフレードが余裕を見せながら語り、ユーキは流石は上級生と感服する。アイカは楽しそうに語る二人を見て思わず苦笑いを浮かべた。
ディベリは盗賊が全員倒されたと聞いて驚き、爆発がした方角や隠れ家の奥を目を凝らして確認する。よく見ると遠くで大勢の盗賊が倒れているのが見え、奥にある建物の近くでは負傷した盗賊たちが建物の壁にもたれたり、辛そうな顔で横になっているのが見えた。
たった三人の子供に盗賊たちが完全敗北したと知ったディベリはショックのあまり口を半開きのまま固まる。少し前のディベリならメルディエズ学園の生徒如きに敗れた部下たちに苛立ちを感じていたが、今のディベリはショックのあまり盗賊たちを責める気にはなれなかった。
ディベリが固まっているとユーキが真剣な表情を浮かべてディベリの方を向き、ユーキに気付いたディベリは目を見開きながらユーキを見た。
「残ってるのはアンタだけだ。アンタ一人じゃ俺や先輩たちに勝つことは出来ない。それでもまだやる気か?」
ユーキが最終警告とも言える言葉を口にし、アイカたちも無言でディベリを見つめる。
ディベリは四人の混沌士を前に表情を歪ませ、大量の汗を掻く。部下の盗賊が倒され、一人になってしまった今の状態ではどう考えてもユーキたちには勝てない。ディベリは黙り込んだまま俯く。
俯いているディベリを見て、ユーキも流石に降参するだろうと思っていた。だが、ディベリは顔を上げるとユーキたちに背を向けて一目散に走り出した。
「あっ、アイツ!」
「逃げるつもりです!」
逃亡するディベリを見てパーシュとアイカは声を上げ、ディベリを捕まえようと走り出す。ユーキは最後まで降参しなかったディベリを見ながら哀れむような顔をし、フレードは往生際の悪いディベリを鬱陶しそうに見ていた。
「クソ、クソォ! このあたしが逃げる羽目になるなんて……こうなったら何が何でも逃げ延びてやる。そして、必ずアイツらに復讐を……」
走りながらディベリはユーキたちへの恨みを口にし、隠れ家の外に向かって走っていき、アイカとパーシュがそれを追跡する。ユーキとフレードもそれに続いて走っていた。
ディベリを逃がさないよう、アイカとパーシュは魔法で彼女の足元を狙おうとする。しかし、走っているため、上手く狙いを付けることができない。ロイガント男爵からは可能ならば生け捕りにしろと言われているが、生け捕りが難しい状況なら体に魔法を命中させて倒してしまおうとアイカとパーシュは考えていた。
アイカとパーシュが魔法を撃とうとしている間、ディベリは少しずつ隠れ家を囲む柵に近づいていく。柵を越えれば森の中に逃げ込むことができ、追跡を撒くことができるとディベリは考えており、何としても柵を越えてやると思っていた。
もうすぐ隠れ家の外に出られる。ディベリが笑みを浮かべながら走っていると、隠れ家の外から大きな影が隠れ家の中に飛び込み、走るディベリの十数m前に下り立つ。影が着地したことで砂煙が上がり、目の前の影と砂煙に驚いたディベリは急停止し、追跡していたユーキたちも足を止めた。
「な、何だ?」
突然の出来事にユーキは目を見開き、アイカたちも驚きの反応を見せる。ユーキたちが砂煙の中の大きな影をジッと見ていると徐々に砂煙が薄くなり、影の正体もハッキリと見えるようになってきた。
隠れ家に飛び込んできたのは一体の大きなモンスターだった。体長は3m強で全身が黄茶色の毛で覆われている。濃い灰色のカバのような顔と大きな口を持ち、上顎には数本の小さい牙、下顎からは二本の太い牙が生えていた。腹はポッコリと出ており、顔と同じ濃い灰色の皮膚が露わになっている。腕は太く少し長めだが、足は腕と比べて短い。頭のてっぺんの毛は黄色く、花のように六つに分かれている。そして、細長い尻尾が生えており、左右に大きく揺れていた。
現れたモンスターは両手の拳を地面につけながら短い足で立っており、ゴリラが歩く時のような体勢を取っていた。ディベリは進行方向に現れたモンスターを見ながら目を見開いている。
「な、何だよ、あのカバとメタボの猿が一つになったような生き物は?」
モンスターを見てユーキはまばたきする。すると、隣にいるフレードが目を鋭くしてモンスターを見た。
「本当に出やがったな、ヒポラング」
フレードの言葉を聞いてユーキは意外そうな顔をする。そう、現れたのがライトリ大森林まで案内してくれた使用人が言っていたモンスター、ヒポラングだったのだ。




