第二百三十八話 宿敵との再会
見張り台の真下にいるベーゼたちを見てユーキは「よし」と小さく頷く。アイカもユーキの攻撃を見て流石だと感心しながら小さく笑った。
一方でユーキとアイカの周りにいた東国兵や冒険者たちはユーキが斬撃を放って遠くにいる敵に攻撃した光景を見て唖然としていた。ユーキが魔法を使わずに斬撃を放てることを知らない者が見れば驚くのは当然だ。
「やっぱり凄いわね、以前と違って簡単に斬撃を放つことができるようになったなんて」
「自分でも驚いてるよ。これもペーヌ先生の特訓のおかげだな」
後ろにいるアイカの方を向きながらユーキはニッと笑みを浮かべる。今のユーキは以前と違って湾月を片手で、しかも失敗することなく放つことができるようになっていた。
ユーキはペーヌとの特訓でベーゼ化をコントロールできるようになった。だがそれだけではなく、ペーヌと実戦に近い模擬戦闘を行ったことで戦闘技術も向上したのだ。
半ベーゼ状態による身体能力と感覚、模擬戦闘による技術の向上によってユーキは両手を使わなくても湾月を使えるようになった。ただ、それでも強化で多少は補助する必要がある。
しかし片手で、強化の力を僅かに使うだけで斬撃を放てるようになったことでユーキは以前とは比べ物にならないくらい強くなった。今のユーキなら一人で中級生二十人分の戦力になると言っても過言ではない。
「ペーヌ先生のおかげで湾月を片手で撃てるようになっただけでなく、基本的な戦闘能力も強くなった。今ならベーゼの大群が相手でも負ける気がしない」
「ええ、絶対にぺーギントを護り抜きましょう」
ユーキとアイカは見張り台から正門と城壁の前に集まるベーゼたちを見下ろしながら必ずこの戦いに勝つと誓う。
見張り台にいる東国兵や冒険者たちは幼いメルディエズ学園の生徒を見ながら未だに驚きの反応を見せていた。だが少しずつ我に返り、ユーキのことを心強い仲間だと感じ始める。
この幼い剣士がいればぺーギントを護れるかもしれない、そんな思いを抱くようになり、周りにいる東国兵たちの士気が高まり始める。
冒険者の中には心強く思う者もいれば商売敵であるメルディエズ学園の生徒に負けてられないと対抗心を燃やす者もおり、ユーキよりも活躍してやろうと積極的にベーゼに攻撃する者が現れていた。
ユーキとアイカは周りで戦う者たちの士気が高まっていることに気付き、これなら侵攻してきたベーゼを返り討ちにできると感じていた。
「よし、このままベーゼたちを押し返すぞ」
「ええ!」
アイカはプラジュとスピキュを強く握り、ユーキも見張り台の下にいるベーゼたちを確認しながら次はどのように攻撃するか考える。
ユーキとアイカが攻め込んできたベーゼたちを警戒していると背後から獣の鳴き声が聞こえ、ユーキとアイカは振り返って西門の内側にある広場を見下ろす。
広場では物資や戦況の確認をしている東国兵や冒険者、メルディエズ学園の生徒の中でグラトンが見張り台を見上げている姿があった。グラトンもローフェン東国のベーゼたちと戦うためにユーキが連れてきたのだ。
「グラトン、何だか落ち着かない様子だけど、どうしたのかしら?」
「……多分、自分も戦わせろって言ってるんだと思うよ」
呆れたような顔をしながらグラトンの考えていることを予想するユーキを見てアイカは思わず苦笑いを浮かべる。
グラトンはユーキたちと共にローフェン東国に来てから何度もベーゼたちと遭遇して戦ってきた。しかしぺーギントを拠点にして活動するようになってから戦う機会が減り、最近ではベーゼと戦わずに待機していることが多くなった。
モンスターであることからグラトンの戦いたいという本能が強くなっているのだと察したユーキはグラトンにストレスを与えないためにもそろそろ戦いに参加させてあげた方がいいかもしれないと思っていた。
「仕方ないな……そろそろアイツも戦わせてやるか」
「大丈夫なの? あの子、体が大きいから城壁の上だと他の人たちの邪魔になっちゃうんじゃ……」
「分かってる。その辺はよく考えた戦わせるよ」
折角連れた来たのだから戦わせてあげないといけない、そう思ったユーキは強化で脚力を強化し、見張り台から広場に飛び下りてグラトンの近くに着地する。
広場や見張り台にいたアイカ以外の者たちは10m近くの高さから飛び下りて平気な顔をしているユーキを見て目を見開く。なぜ幼い少年が見張り台から飛び下りて何事も無かったかのようにいられるのか、東国兵や冒険者たちは理解できずにいた。
アイカや同じメルディエズ学園の生徒たちはユーキが平気な理由を知っているため、驚いたりはせず、周りの者たちの反応を見て笑ったりしている。
ユーキはグラトンに近づき、何かを語り掛けるとグラトンの背中に飛び乗る。
グラトンはユーキが背中に乗ると四足歩行状態になって両腕両足に力を入れ、勢いよく見張り台に向かってジャンプした。
ユーキを乗せながらグラトンは見張り台の上まで跳び上がり、そのまま見張り台の上に着地する。ユーキが強化でグラトンの筋力を強化したため、グラトンは見張りに跳び上がることができた。
階段も使わずに広場から見張り台に上がってきたグラトンを見て周りにいた東国兵の内の数人は驚いてその場に座り込む。ユーキは東国兵たちを見て申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながらグラトンの背中から降りた。
「よしグラトン、城壁を越えようとするベーゼや門を壊そうとするベーゼを攻撃してぺーギントに侵入するのを防ぐんだ。派手に動いて周りの人たちに迷惑を掛けないよう気を付けろよ?」
「ブォ~~!」
大きく口を開けながらグラトンは返事をするように鳴く。グラトンの反応を見てユーキとアイカは「頼りにしている」と思いながら小さく笑う。
改めてユーキたちは進軍してきたベーゼたちを確認した。城壁をよじ登ったり、長梯子を掛けて上がろうとする大勢の下位ベーゼ、蝕ベーゼを見ながらどのように迎撃するか考える。勿論、上空を飛び回っているルフリフたちのことも警戒した。
「まだかなりの数がいるな。城壁を越えようとする奴らを一体一体倒して行ったらめちゃくちゃ時間が掛かる」
「ええ、何か大勢のベーゼを一度に倒せる方法があればいいんだけど……」
「それなら私たちに任せてちょうだい」
左の方から女性の声が聞こえ、ユーキとアイカは声が聞こえた方を確認する。そこには霊光鳥のメンバーであるハーフエルフの魔導士、ミッシェルが歩いてくる姿があった。後ろには杖を持ったメルディエズ学園の男子生徒と女子生徒、魔導士の姿をしていた冒険者が二人おり、ミッシェルの後をついて来ている。
見張り台に上がったミッシェルは西門前と城壁の周りを見て集まっているベーゼを確認する。
「私たちがベーゼが固まっている場所に魔法を打ち込んで一気に数を減らすわ。そうすればこっちがかなり有利になるはずよ」
「一気にって……そんなことが可能なのですか?」
アイカは意外そうな顔をしながらミッシェルに尋ねる。するとミッシェルはアイカの方を向き、持っている木製の杖で足元を叩きながら小さく笑った。
「当然よ、これでもS級冒険者なんだから。……それとも、私のことを見くびってるのかしら?」
「い、いえ、そんなことは……」
失礼なことを言っていたことに気付いたアイカは首を横に振って否定する。
ミッシェルはアイカの反応を見るとクスッと笑ってからベーゼたちの方を向くと杖を構えて魔法を発動させる準備に入る。すると今度はメルディエズ学園の魔導士である男子生徒と女子生徒がユーキとアイカに近寄ってきた。
「大丈夫よ、弱いベーゼたちなんて簡単にやっつけてやるわ」
「俺らもスラヴァさんの特訓を受けて強くなってんだからな」
自信に満ちた口調で語る男子生徒と女子生徒を見たユーキは頼もしく思ったのか、何も言わずに小さく笑った。
実は五聖英雄はユーキたちの特訓を終えた後、下級生たちを鍛える前に中級生を集めて三日間だけ特訓を行ったのだ。本来ならもっと長い時間特訓をするべきなのだが、ベーゼが大陸中に出現している状況で中級生を長時間動けなくさせるのは得策ではないと考え、三日の間にできる限り中級生たちを強くした。
僅か三日とは言え、五聖英雄の特訓を受けた中級生たちは力をつけ、以前よりも強く戦闘能力を得ることができた。ただ、特訓の期間が短かったため、その力はユーキやアイカには及ばない。
ユーキとアイカの前にいる二人の生徒もスラヴァから魔法の特訓を受けたため、下位ベーゼや蝕ベーゼなら問題無く蹴散らせるほど力をつけていた。
「ユーキ君とアイカさんは城壁を越えようとしているベーゼたちの対処をして」
「分かりました、お願いします」
女子生徒に頼んだアイカはユーキの方を向いて「いいよね?」と目で尋ねる。ユーキは反対する気は無くアイカを見ながら頷く。ユーキも同じメルディエズ学園の生徒を信じて任せようと思っているようだ。
ユーキの反応を見たアイカは見張り台を下りて多くのベーゼがよじ登っている右側の城壁の防衛に向かい、ユーキとグラトンもアイカの後を追う。
残ったミッシェルと魔導士たちは持っている杖を構えながらそれぞれベーゼたちが集まっている箇所を見つめる。
「乱気流の球!」
「四角い岩石!」
「凍結の魔槍!」
魔法が発動するとミッシェルの足元に緑色の魔法陣、男子生徒の前に黄色い魔法陣、女子生徒の前には青い魔法陣が展開され、三人は同時に中級魔法を発動させた。
ミッシェルの足元の魔法陣が消えると西門の左側の城壁に集めるベーゼたちの頭上に2mほどの風球が出現し、ベーゼたちに向かって落下する。
風球は真下にいるベーゼに触れると消滅し、周囲に突風を起こして周りにいるベーゼたちを吹き飛ばした。突風を受けたベーゼたちは大きなダメージを受け、宙を舞ったり地面に叩きつけられたりしながら消滅した。
続いて男子生徒の黄色い魔法陣が消え、右側の城壁に集まっているベーゼの群れの頭上に高さ、幅ともに5mほどの正方形の岩石が出現し、真下にいるベーゼたちに向かって落下する。ベーゼたちは逃げる間もなく岩石の下敷きとなり、黒い靄となって消えた。
女子生徒の前に展開していた青い魔法陣からは冷気で出来た槍が飛び出し、西門前に集まっているベーゼたちの中心に向かって飛んで地面に刺さる。刺さった瞬間、周囲に冷気を広げて地面を凍らせ、周りにいたベーゼたちも一瞬で凍結させた。
ミッシェルたちの魔法で多くのベーゼが倒され、その光景を見ていた東国兵や冒険者たちは驚きや関心の反応を見せる。
一度に大勢のベーゼを倒せる魔導士が一緒ならベーゼの大群にも勝てる、そう思い始めた東国兵や冒険者たちは更に士気を高めてベーゼの迎撃を行った。
ユーキとアイカもミッシェルやスラヴァに鍛えられた生徒たちを見て頼もしく思いながら、自分たちにできることをやろうと考えた。
「ミッシェルさんたちのおかげでベーゼの数は随分減った。俺たちもベーゼたちを食い止めるぞ!」
「ええ!」
アイカはプラジュとスピキュを構え、城壁をよじ登って来たモイルダーを斬り、城壁の外側へ落とす。
ユーキも長梯子を上がって来たベーゼゴブリンを倒し、立て掛けられた長梯子を倒してベーゼたちが上がって来れないようにする。そしてグラトンも既に城壁の上に上がって来たベーゼたちを攻撃し、一体ずつ確実に倒していった。
その後もユーキたちは城壁を越えようとしたり、上空を飛び回っているベーゼたちを迎え撃ち、少しずつ数を減らしていった。ただ、人間側に都合のいいように事は運ばず、時にはベーゼに隙をつかれて負傷したり、死亡する者も出てきた。
仲間がやられて士気が低下したりすることもあるが、後ろにはぺーギントの住民たちがいるため後退することはできない。防衛に就く者たちは仲間がやられた辛さを押し殺しながらベーゼと戦い続けた。
しばらく経ち、迎撃や魔法による攻撃でベーゼの数はかなり減った。西門を攻めて来たベーゼの数は既に半分ほどになっており、防衛側に少しだけ余裕が出始める。
南門も順調に防衛できており、三つの正門の中でも最も危機的状況だった北門も突破されることなく体勢を整えることができた。
「よし、ベーゼたちの勢いが少しだけ弱まった。今のうちに負傷した奴らを安全な場所へ移動させた方がいいな」
「そうね、城壁の上にいた人も大勢がベーゼにやられて負傷してしまったし……」
アイカは僅かに深刻そうな表情を浮かべて城壁の上や広場を確認する。
城壁ではベーゼの攻撃で負傷した東国兵や冒険者が座り込んだり胸壁に寄り掛かったりしながら休んでいる。中には傷の痛みで表情を歪ませる者もいた。
広場では城壁の上にいる負傷者以上に傷の深い者たちがおり、回復魔法が使える生徒や冒険者から手当てを受けていた。
魔法を掛けてもらえない者はポーションを与えられて傷を治している。そして、広場に隅では死亡した者が横になっており、上から布を掛けられていた。
「ベーゼは沢山倒せたけど、こっちもかなりの負傷者を出しているわ。これ以上負傷者が出るとまたこっちが不利になるかもしれない……」
「ああ、そうならないためにも何とか今の戦況を維持しないといけない」
ベーゼの数は多く減らしたとは言えまだ気を抜くことはできない。ユーキは表情を鋭くしながらそう考えた。
「確か西門の防衛の指揮はウェンコウさんが執ってたんだったな?」
「ええ、私たちの中では最も戦闘経験が豊富で指揮能力も高いから」
「なら、戦況を維持するためにも俺たち混沌士はできるかぎり混沌術を使ってベーゼたちを倒すよう伝えた方が……」
ユーキが作戦の進言について話しているとユーキたちがいる右側の城壁に火球が命中して爆発した。
突然の爆音と衝撃に城壁の上にいたユーキたちは慌てて城壁を確認する。城壁には大きな焦げ跡がついており、ユーキたちは驚きの反応を見せた。
「こ、これは……」
「おい、何だ今のは!?」
城壁の焦げ跡にユーキが驚いているとウェンコウとチェンスィがユーキの下に駆け寄って来る。ユーキと隣にいたアイカ、二人の後ろにいたグラトンもウェンコウとチェンスィの方を向く。
「さっきのデカい爆音は何だ?」
「分かりません。ただ、ベーゼたちが何かしらの攻撃を仕掛けて来たんだと思います」
そう言ってユーキは再び城壁の焦げ跡を見つめ、ウェイコウとチェンスィも同じように焦げ跡を確認する。
「も、もしかしてコイツがさっきの爆音の原因か?」
「城壁の外側についてるわけだし、ベーゼたちの仕業と考えて間違い無いでしょうね。……それにしてもこんな大きな焦げ跡をつけるなんて、ベーゼたちにはまだ何か切り札があるのかしら?」
ウェンコウとチェンスィがそれぞれ疑問を抱きながら何が起きたのか考える。ユーキとアイカはベーゼたちを確認し、焦げ跡を付けた存在がいないか探し始めた。
城壁の周りにいるのは相変わらず多くの下位ベーゼと蝕ベーゼがおり、その中に数体の中位ベーゼがいるだけだった。
ユーキとアイカはベーゼたちの攻撃を警戒しながら目を凝らして探し続ける。すると、集まっているベーゼたちの後方、西に約300mほど離れた所に二十数体のベーゼが集まっているのが見えた。
遠くにいるベーゼに気付いたユーキはアイカの手に触れながら強化を発動して自身とアイカの視力を強化し、改めて後方にいるベーゼを確認した。
後方のベーゼの殆どはフェグッターやシュトグリブのような中位ベーゼで陣を組みながら下位ベーゼと蝕ベーゼの戦いを見物しているように立っている
ユーキとアイカは後方にいる中位ベーゼたちはなぜ前線に出てこないのだろうと疑問に思う。そんな時、陣を組んでいる中位ベーゼの中心にベーゼと雰囲気の違う存在がいることに気付いた。
「……ッ!? あれは……」
アイカは雰囲気の違う存在を目にして驚きの反応を見せる。だが、すぐに表情を険しくしてそれを睨みつけた。
中位ベーゼたちの中心にいたのは白いシニヨンを巻いた葡萄色の髪を持ち、金色の装飾が入った赤いチャイナドレスを着て鉄扇を持つ女。五凶将の一人、チェン・チャオフーことリスティーヒだった。
「あれは、リスティーヒ……アイツがベーゼたちの指揮官だったのか」
ユーキもチャオフーの存在に気付き、攻め込んできたベーゼの大群の指揮を執っていたのがチャオフーだと知って僅かに表情を曇らせる。
他のベーゼとは比べ物にならないほどの力を持つ五凶将の一人が自分たちのいるぺーギントに攻め込み、ベーゼたちの指揮を執っていると言うのはとても面倒なことだった。
そして今、その指揮官が他のベーゼたちのように最前線に出て戦いに参加しているというのはユーキたちに厄介な状況だと言える。
「もしかすると、さっきの爆発はリスティーヒの仕業か?」
ユーキが城壁の焦げ跡の原因は五凶将にあるのではと予想していると、遠くにいるチャオフーが持っている鉄扇を開いて右から大きく横に振る。すると鉄扇から火球が勢いよくぺーギントに向かって放たれ、城壁の上部、ユーキたちがいる通路の近くに命中して爆発した。
至近距離での爆発にユーキたちは怯み、周りに東国兵たちも衝撃に耐えられずに体勢を崩してしまう。チャオフーが火球を放ったのを見て、ユーキはチャオフーだと確信する。
爆発でユーキたちが体勢を崩しているとインファやモイルダーたちが城壁の上に上がって来た。城壁を越えるのを許してしまったことに東国兵や冒険者たちは驚きや悔しさを感じながら身構えた。
「落ち着け! 越えられても焦ることは無い。落ち着いて対処しろ!」
ウェンコウの指示を聞いて周りの東国兵や冒険者たちは上がって来たベーゼたちを迎撃する。幸い上がって来たベーゼの数は少なかったため、問題無く全てのベーゼを倒すことができた。
城壁の上にいたベーゼを倒すとウェンコウたちは再び城壁を越えようとするベーゼたちの対処につき、ユーキもベーゼたちを倒せたのを見て一安心する。だが、すぐに表情を鋭くして遠くにいるチャオフーに方を向いた。
「リスティーヒがぺーギント制圧の指揮官だったとはな……まぁ、アイツは東国の軍師をやってたんだから、今回の襲撃を任せるには打ってつけの存在だったんだろう」
ユーキはチャオフーがぺーギント襲撃の指揮官を務めていることに納得しながらチャオフーの動きを窺う。左隣ではアイカがチャオフーを鋭い目で睨んでいる。
アイカにとってチャオフーはベーゼの幹部であると同時に両親を殺害し、住んでいた村を滅ぼした仇でもある。アイカの中にはチャオフーを倒して家族の仇を討ちたいという意思が強くなっていた。
「……アイカ、気持ちは分かるけど冷静さを失うんじゃないぞ?」
「ええ、分かってるわ……」
忠告されたアイカはチャオフーを見つめながら頷く。戦場で冷静さを失った者は真っ先に命を落とすため、アイカもチャオフーに対する怒りを感じながら冷静さを保っていた。
しかし、仇であるチャオフーは自分の手で倒したいという気持ちもあるため、アイカは何とかチャオフーと戦う機会が作れないかと考える。
「ユーキ、私……」
アイカはユーキの方を向いて何かを言おうとする。するとユーキはアイカが言う前に月影を持つ手を前に出して「言うな」と伝えた。
「君の言いたいことは分かってる。リスティーヒの所へ行って戦いたいんだろう?」
「……ええ」
隠さずに本心を伝えるアイカを見てユーキは黙り込んだ。両親の仇を討ちたいというアイカの気持ちが分かる。だが、現状からアイカの行動を認めることはできなかった。
「アイカ、君の気持ちは分かる。だけど、アイツの周りにはまだ大勢のベーゼがいる。いくら君が特訓で強くなったとしても、最上位ベーゼと中位ベーゼの群れを一人で相手にするのは危険だ」
「分かってるわ。だけど、私はどうしても自分の手でリスティーヒを倒したいの。あの時、私を護るために死んでしまった父さん、そしてベーゼたちに殺されてしまった母さんや村の人たちのためにも……」
父の形見であるプラジュとスピキュを見つめながらアイカは自分の意志を語る。
両親を殺され、村を滅ぼされた日からアイカはリスティーヒを倒すため、自分のような犠牲者を増やさないためにメルディエズ学園に入学した。そして今、ベーゼたちから大陸の人たちを護るために戦っており、両親の仇も近くにいる。
アイカは自分が今ぺーギントで戦っていることは運命だと感じ、何としてもこの戦いでリスティーヒに勝利したいと思っていた。
ユーキはアイカの言葉を聞いて彼女の意志と覚悟はとても強いものだと感じ取る。好きな人がここまで強く戦いたいと思っているのだから、アイカのやりたいようにやらせてあげたいとユーキは思っていた。
何よりも此処でアイカを止めるのはある意味で彼女の覚悟を否定することになるかもしれないと感じていた。
「……分かった。君がそこまで強く思っているのなら、俺はもう止めない」
「ありがとう、ユーキ」
「ただし、条件がある。……俺も君と一緒に行く。さっきも言ったようにいくらペーヌ先生に鍛えられた君でもあの数を一人で相手にするのはキツい。俺も一緒に行って戦う」
「分かったわ」
自分の我が儘を聞いてくれただけでなく、一緒に来てくれるユーキにアイカは心から感謝した。
感謝しているアイカだったが、実は内心ではユーキならきっと自分の気持ちを理解してリスティーヒと戦うことを許可してくれると思っていた。
「あと、西門の防衛の指揮はウェンコウさんが執っている。リスティーヒと戦うにしても、まずは俺たちがリスティーヒの所へ行っていいか許可を得る必要がある」
「ええ、分かってるわ」
指揮官の許可を執ることは当然だと思っているアイカは不満を見せずに頷く。
「それじゃあ、ウェンコウさんたちの所へ行こう」
ユーキとアイカはリスティーヒの討伐へ向かう許可を求めてウェンコウの下へ向かう。二人の近くにいたグラトンも後を追うように移動する。
――――――
ウェンコウの下へやって来たユーキとアイカはベーゼたちの後方に指揮官である五凶将がいることを伝える。五凶将を倒せばベーゼの指揮系統が狂って自分たちが有利になるはずなので、早急に五凶将を討つべきだとウェンコウや周りにいるチェンスィたちに説明した。
「……成る程、ベーゼたちを指揮するチャオフーを倒せば戦況が一気に変わるというわけか」
「まさか、チェン軍師がぺーギントに攻めてきた敵の指揮を執っていたとはね……」
正体を知る前はチャオフーと友好的な関係を築いていたチェンスィはチャオフーがベーゼたちの指揮を執っていると知って複雑な気分になる。
ウェンコウもチャオフーと良い関係だったため、ユーキとアイカから話を聞いて難しそうな顔をしていた。
「ウェンコウさん、さっきも話したようにチャオフーを倒せば戦況は大きく変わります。俺とアイカがチャオフーを倒しますので、出撃の許可をください」
「は? お前たち二人でか?」
二人だけで五凶将を討ちに行くというとんでもない発言をするユーキにウェンコウは耳を疑い、チェンスィや周りにいる東国兵や冒険者たちは驚きの反応を見せる。当然だ、いくらベーゼとの戦いを得意とするメルディエズ学園の生徒とは言え、二人だけで上位ベーゼと戦うと言うのだから。
「いやいやいや、許可なんか出せるわけないだろう。二人だけで行くなんて自殺行為だ。せめて何人か腕利きの連中を連れて行かないと……」
「いえ、俺たちだけで大丈夫です。他の人は城壁を越えようとしているベーゼたちの対処に回してください」
真剣な様子で語るユーキを見てウェンコウも真面目な顔をする。目の前にいる児童はふざけて言っているわけではなく、本当に自分たちだけで五凶将を討とうとしているとウェンコウは感じていた。
ウェンコウだけでなく、隣に立っているチェンスィも僅かに目を鋭くしてユーキとアイカを見ており、周りの東国兵たちも不安そな顔をしながら小声で仲間同士で話している。
「アンタたち、もしかして自分たちだけでも五凶将に勝てるとか、他の人の助力は必要無いとか、力を過信するようなことを考えてるんじゃないでしょうね?」
チェンスィは若干低めの声を出してユーキとアイカに尋ねる。
大勢のベーゼが攻め込んできている状況で仲間の力も借りず、二人だけでベーゼの指揮官を倒すと言っているため、チェンスィはユーキとアイカが仲間の力は必要とせず、余裕で勝てると思っているのではと感じていた。
ユーキとアイカは決して自分たちの力を過信などしておらず、ウェンコウたちのことも邪魔だとは思っていない。だが、現状ではそう思われても仕方が無かった。
「いいえ、そんな風には思ってません。ただ、ぺーギントは大勢のベーゼたちに襲撃して来ていますから、ぺーギントに住む人たちを護るためにも俺たちだけで行った方がいいと思っただけです」
「ホントにそれだけ?」
他にも理由があるのではと考えるチェンスィはユーキを問い詰める。
ユーキは自分を見つめるチェンスィやウェンコウたちを見ながら全て話すべきか考えた。するとユーキの後ろにいたアイカが一歩前に出て口を開いた。
「チャオフーは……いいえ、リスティーヒは私の家族の仇なのです」
アイカの言葉に周りにいたウェンコウたちは一斉に反応する。ユーキはアイカが自分から個人的な事情があることを明かしたアイカを見て意外に思った。
「彼女は私が幼い時に両親を手に掛け、村を滅ぼしたんです。あの日のことを私は一日だって忘れたことはありません。両親の仇を討つために私は今日まで生きてきました」
「家族の仇を討つために戦いたいってことなの?」
「それだけではありません。私のように家族をベーゼに殺されて辛い思いをする人たちを増やさないためにも此処でリスティーヒを討たなければならない、そう思っています」
アイカの強い意思と闘志を宿した目を見たチェンスィはアイカの言っていることは嘘ではないと悟る。ウェンコウたちもアイカの話を聞いてチャオフーが本当にアイカの親の仇なのだと信じた。
「此処でリスティーヒを倒すことができれば大勢の人を護れるだけではなく、私自身も過去を乗り越えて前を向いて生きていくことができると思っているんです。……ですからお願いします。私たちに行かせてください」
アイカは改めてチャオフーと戦うことを許してくれるよう頼む。ユーキもウェンコウたちを見ながら許してほしいと目で意思を伝える。
ウェンコウはユーキとアイカを見つめながら黙り込む。チェンスィはウェンコウの方を見え彼が答えを出すのを待った。
「……分かった。君たちに任せよう」
アイカはウェンコウの返事を聞いて軽く目を見開き、ユーキも嬉しそうに小さく笑った。
「ウェンコウ、いいの?」
「ああ、サンロードにとってチャオフーは倒さなければならない相手なんだ。だったら彼女に任せてもいいんじゃいかって思ったんだよ」
「そう……まぁ、アンタがいいって言うのなら私は何も言わないけど……」
指揮を任されているウェンコウが決めたのなら文句は言わない、そう思いながらチェンスィは自身の頬を指で掻く。
周りの東国兵や冒険者たちも複雑そうな顔をしてはいるが異議を上げたりはしなかった。
チェンスィたちの反応を見たウェンコウはユーキとアイカの方を向き、二人も真剣な顔でウェンコウを見つめる。
「それじゃあ、チャオフーの件はお前たちに任せる。ただ、お前たちも理解しているように今はベーゼたちをぺーギントに侵入させないよう迎撃に多くの戦力を回している。だからお前たちに何か遭っても救援の人材を送ることはできない。予定どおりお前たちだけでチャオフーの討伐に行ってもらう」
「それは大丈夫です。さっきも言ったように人材は首都の防衛に回してください」
最初から自分たちだけで行くつもりだったため、ユーキは同行者や救援が無くても不満などは感じていない。何よりも五凶将の下に半端な実力者を連れて行っても殺される可能性が高いため、連れて行かない方がいいとユーキとアイカは思っていた。
「それから、これは言うまでもないことだが……死ぬんじゃないぞ?」
「ハイ!」
返事をしたユーキはアイカの方を向き、ユーキと目が合ったアイカは無言で頷く。二人は持っている得物を鞘に納めると振り返って後ろに待機しているグラトンの背中に乗った。
「あれ? そのヒポラングは連れて行くの?」
チェンスィが意外そうな顔でユーキとアイカに尋ねる。二人だけで行くと言っていたため、グラトンを連れて行くことにチェンスィは少し驚いていた。
「ええ。リスティーヒの所へ行く“人間”は俺とアイカだけですが、グラトンはモンスターなんで連れて行きます。コイツ意外と強いし、リスティーヒの所へ行く足としても役に立ちますから」
「あぁ~、成る程……」
ある意味で二人だけで行くという条件は間違っていないことを知ってチェンスィは納得する。ウェンコウや東国兵たちもトンチのような話を聞いてキョトンとしていた。
ユーキはグラトンの背中に乗って強化を発動させ、グラトンの筋力などを強化する。身体能力が強化したグラトンは気合いが入っているのか前を向きながら荒い鼻息を出す。
「よし、グラトン。リスティーヒの所に向かって思いっきり跳べ!」
「ブォ~~!」
命令されたグラトンは両腕両足に力を入れて力強く床を蹴り、リスティーヒがいる方角に向かって跳んだ。
グラトンの力が強すぎたためか、跳んだ時の力で軽い突風が発生し、近くにいた東国兵や冒険者たちはふらつく。近くで城壁をよじ登っていたベーゼたちも何体かが城壁の揺れで落下した。
グラトンが蹴った城壁の床は僅かに凹んでおり、ウェンコウたちはグラトンの脚力に衝撃を受けていた。
城壁の上から跳んだグラトンはぺーギントを襲撃しているベーゼたちの上を通過し、ベーゼたちの真後ろに着地する。ユーキの強化で身体能力を強化されたグラトンは数mの高さから着地しても何ともなかった。
着地した直後、グラトンはユーキとアイカを背中に乗せたまま後方で待機しているチャオフーたちの方へ全速力で走り出す。
走り出したことで近くにいたベーゼの何体かはグラトンの存在に気付いたが、知能が低い下位ベーゼや蝕ベーゼは「ぺーギントを襲撃しろ」と言う与えられた命令だけを実行することしか考えられず、グラトンを追跡しようとは判断できなかった。
グラトンに乗っているユーキとアイカはぺーギントの城壁を越えようとしているベーゼたちを見て、追撃してこないのを確認すると内心ホッとする。これからチャオフーや大勢の中位ベーゼと戦うのだから余計な敵を引き寄せたくないと二人は思っていた。
「下位ベーゼたちが来ていない今がチャンスだ。このままリスティーヒの所へ行ってアイツを叩くぞ」
「ええ!」
アイカは前にいるユーキを見ながら力強く返事をする。自分たちを行かせてくれたウェンコウたちのためにも必ず指揮官であるチャオフーを倒さなくてはいけない、アイカはそう思いながら遠くにいるチャオフーたちを見つめた。




