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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百三十六話  大戦準備


 ガルゼム帝国北部にあるゾルノヴェラ。ベーゼ大戦の原因となった城塞都市は現在ベーゼたちによって占拠され、大陸を制圧するためのベーゼたちの本拠点となっている。ゾルノヴェラを監視する帝国軍は既に全滅しており、都市には人間は一人もいなかった。

 ゾルノヴェラでは大量のベーゼが徘徊しながら警備している。都市内は勿論、ゾルノヴェラを囲む城壁や上空、都市周辺には大量のベーゼがおり、接近した敵を迎え撃てるよう配備されていた。

 都市周辺に配備されているのは殆どが蝕ベーゼだが、その中には蝕ベーゼたちを指揮する中位ベーゼの姿もある。ベーゼたちはゾルノヴェラの近くに敵はいないか周囲を警戒していた。

 ゾルノヴェラの中央にある砦、その周りは砦を囲むように広場となっている。広場には見張りのベーゼの姿は無く、鳴き声すら聞こえない。そんな静かな広場の端、砦の周りにある街に続く街道の入口近くに六つの人影があった。

 人影の一つは滅紫けしむらさき色の長袖長ズボンに赤い装飾が入った漆黒のハーフアーマーを身につけ、赤いマントを羽織り、腰に剣を差したアトニイ・ラヒートことベーゼ大帝のフェヴァイングだ。もうメルディエズ学園の生徒に成りすます必要が無いため、制服を捨ててベーゼの大帝に相応しい格好をしていた。

 アトニイの右隣にはロッドを握った最上位ベーゼのベギアーデが立っており、二人の周りには五凶将であるチャオフー、ルスレク、アイビーツ、アローガの姿がある。全員が目を鋭くして砦を見つめていた。


「来たれ、虫けらを滅ぼす誇り高き眷属たちよ!」


 ベギアーデは一歩前に出て持っているロッドを掲げながら叫ぶ。するとロッドの先端に付いている赤い水晶が光り出し、突然砦の入口や壁が破壊されて無数の大きな穴が開いた。そして、空いた穴から紫色の瘴気が溢れ出る。

 砦に穴が開いて数秒後、砦の奥から足音が聞こえてくる。しかもその足音は一つ二つではない。聞いただけではハッキリと理解できないほどの数だった。

 アトニイたちは足音を聞きながら穴を見つめている。すると穴から大量のベーゼが隊列を組みながら出てきた。

 現れたベーゼは下位ベーゼであるインファやモイルダーを始め、中位ベーゼのフェグッターなど数種類おり、その数は数百はある。ベーゼたちは隊列を乱さず、歩く速度を合わせながらアトニイたちの方へ向かって行く。

 三十年前、ガルゼム帝国の魔導士たちは自分たちの世界とベーゼの世界を繋ぐ転移門を開いた。砦の中にはその時に転移門を開いた大広間があり、帝国は二度とベーゼがこちらの世界に来ないよう広間の転移門を封印した。

 だがベギアーデは長い時間を掛けてその封印を解き、二ヶ月ほど前に自分の意思で自由に転移門を開けるようにしたのだ。砦から出てきたベーゼたちもベギアーデが転移門を開いてこちらの世界に呼び出した者たちだった。

 ただし、自由に開けるようになったと言っても開きっぱなしにすることはできず、一度転移門を開くと閉じてしまい、再び開くには膨大な量の魔力を必要とする。

 更に現在転移門を開けられるのはベギアーデしかいない。そのため、ベギアーデは一度転移門を開くと魔力を回復させなければならないため、しばらく転移門を開くことができないのだ。

 ベーゼたちはアトニイたちの前までやって来ると停止し、無言でアトニイたちを見つめる。アトニイは目の前に並んでるベーゼたちを見ると若干不満そうな顔で腕を組んだ。


「今回は少ないな」

「申し訳ありません。どうやら向こうの連中にこちらの指示が正確に伝わっていないようで……」

「まぁ、向こうにいるのは殆どが知能の低いベーゼなのだからな」


 状況から数が少ないのは仕方が無いと考えるアトニイは納得した。

 アトニイたちはこの数日の間、大陸を制圧するための戦力を用意するため、ベーゼの世界へ続く転移門を開いてベーゼたちを自分たちがいる世界へ呼び出していた。

 だが、ベーゼの世界にいるのは知能の低いベーゼばかりで細かい指示を理解できないベーゼたちは二つの世界を繋ぐ転移門になかなか集まらず、効率よく戦力を増やすことができなかった。

 上位ベーゼのように知能の高いベーゼがいれば大勢のベーゼたちを転移門に集め、一気に戦力を増やすことができるのだが、現在ベーゼの世界に上位ベーゼはいないのでベーゼを効率よく呼び出すことができないのだ。


「まぁ、こちらにはまだ人間やモンスターを使って作り出した蝕ベーゼが大量にいる。数に関しては問題は無い。……だが個々の戦力では下位ベーゼより劣る。数が多くても力が無ければ役に立たん。今後も転移門を開いて向こうの連中をこちらに呼び出せ」

「ハッ!」


 アトニイに指示されたベギアーデは頭を軽く下げる。アトニイがこの世界にいる人間たちを支配するためにも“作り物”ではなく“本物”のベーゼを用意しなくてはとベギアーデも考えていた。


「首尾はどうなっている?」


 ベギアーデに指示したアトニイは続けて待機していた五凶将の方を向く。アトニイと目が合ったルスレクは軽く頭を下げてから口を開いた。


「少しずつですが順調に村などを襲撃し、拠点や蝕ベーゼの素材となる虫けらどもを集めております」


 ルスレクの報告を聞いたアトニイは少し機嫌が良くなったのか小さく笑う。

 ベーゼたちはメルディエズ学園を奇襲してから今日まで、大陸に存在する国々の村や町を襲撃して各国の戦力を削りながら戦いの準備を進めていた。

 村を襲撃し、制圧したら敵地に侵攻するための拠点として、殺害した村人たちはベギアーデが蝕ベーゼを作るための材料として回収する。ベーゼたちの行動はまさに侵略行為だった。

 他にも町を襲撃したりしているが、ベーゼたちは本気で町を制圧しようとは思っておらず、しばらく襲撃したら退却すると言った行動を繰り返していた。これは頻繁に襲撃してその町にいる兵士や冒険者の体力と精神力を削って防衛力を低下させるためだ。

 更に何度も襲撃することで町にいる者たちに恐怖や不安を植え付け、士気を低下させるという狙いもある。このような行動は知能の低い下位ベーゼにはできない。ベギアーデたちのように優れた知能を持つ上位ベーゼがいるからこそできることだ。


「既に十ヵ所以上の村を制圧しておりますが、二週間ほど前から奇襲で生き残ったメルディエズ学園の生徒の妨害を受けております」

「ほぉ、奴らも態勢を立て直したか」


 メルディエズ学園が邪魔をすることを予想していたのかアトニイは驚いたり、怒りを感じたりはせず意外そうな反応をする。

 ベギアーデとアローガはメルディエズ学園の妨害に不満を感じているのか、鬱陶しそうな顔をしていた。チャオフーとアイビーツは逃げたりせずに立ち向かってくることを面白いと思ったのか不敵な笑みを浮かべている。


「メルディエズ学園が動いたのならこちらも戦力を増強する必要がある。拠点を襲撃させる部隊を編成し直しておけ」

「承知しました」


 ルスレクは再び頭を下げて返事をする。アトニイはルスレクの返事を聞くと続けてチャオフーとアイビーツの方を向く。


「人間どもの引き入れはどうなっている?」

「問題無く進んでいます。人間の誇りを捨て、こちらに寝返った虫けらたちをベーゼの変えたことで戦力も向上しています」

「しかも寝返った虫けらの中には帝国と東国の兵士もいますからね。そう言った奴らは力が強いんで使えますよ」


 チャオフーとアイビーツの報告を聞いたアトニイは小さく鼻を鳴らしながら笑う。その笑みはベーゼになった人間たちを見下すものだった。

 アトニイはチャオフーとアイビーツに人間や亜人の中にベーゼ側に付こうとする者がいないか探させており、そのような存在がいたら蝕ベーゼに変えるよう指示していた。理由は勿論、戦力を増やすためだ。


「まあ、俺らベーゼの力を目にすりゃあ、自分たちの弱さを自覚して寝返ろうって考える奴もいるわなぁ」

「まさかこの段階でエリザートリ教団に似た人間どもを作り出すことができるとは思わなかったわよね」


 楽しそうに笑っているアイビーツを見ながらアローガは呟く。以前、ベーゼを崇拝するエリザートリ教団と接触していたアローガには寝返った人間たちが教団の信者と同じに見えていた。


「寝返った人間たちは瘴気を吸わせず、エリザートリ教団の信者たちのように下位ベーゼの血を飲ませています。血を飲んだことで連中は短時間でベーゼ化し、強い力を手に入れましたが少々凶暴化したため、最前線に送っていますがよろしいでしょうか?」

「構わん。死ぬまで最前線で戦わせてやればいい。人間の誇りを平気で捨てるような小物どもにはお似合いだ」


 敵である自分たちに寝返った人間にアトニイは興味の無さそうな口調で語る。アトニイにとって人間であることを捨て、ベーゼに寝返るような弱い存在は使い捨ての駒でしかなかった。

 ベーゼに寝返った人間の情報を聞いたアトニイは次にアローガの方を向く。


「三大国家以外の国はどうなっている?」

「軍や冒険者の妨害を受けていますが支障が出るほどではありません。現在はローフェンの北部にあるドリアンドの制圧に戦力を送っています」

「ドリアンド共和国か……あの国を潰せばローフェンを一気に囲むことができる。そうなればあの国は終わりだ」


 ドリアンド共和国は三大国家と比べると小さく侵略するのは簡単であるため、ローフェン東国を侵略しやすくするために先に共和国を叩くのも手だとベーゼたちが考えており、アトニイは共和国の制圧も指示していたのだ。


「大帝陛下、実はドリアンドのことでお伝えしたいことが……」


 アローガが目を細くしながらアトニイに声を掛ける。その顔は嫌なことを思い出して不機嫌になったような顔だった。

 アトニイたちはアローガが何か重要な情報を得ていると感じてアローガに注目する。周囲が見ている中、アローガは不機嫌そうな顔のまま口を開いた。


「実は二日前、ドリアンド共和国に侵攻していた部隊がメルディエズ学園の攻撃を受けて壊滅しました」

「壊滅? そんなことわざわざ大帝陛下にご報告する必要なんて無いだろう」


 重要な内容かと思いきや仲間が敗北したという情報を聞いてチャオフーは呆れたような顔でアローガに声を掛ける。するとアローガは視線だけを動かし、鋭い目でチャオフーを見た。


「それだけならあたしも報告しようとは思ってないわ。問題はその生徒の中にあの人形娘がいたってことよ」

「人形娘?」

「……フィラン・ドールスト、神刀剣の使い手の一人よ」


 アローガの言葉にベギアーデと他の五凶将は一斉に反応し、アトニイも目元を僅かに動かす。

 神刀剣の使い手はベーゼたちにとって警戒すべき戦力であるため、その一人がドリアンド共和国で目撃されたと聞いたのだから全員が反応をするのは当然だ。

 増してや先日のメルディエズ学園の奇襲でフィランには深手を負わせていた。そのフィランが最前線に出ているということは傷が完全に癒えていることを意味しているため、アトニイたちにとっては面倒な状況と言える。


「神刀剣の使い手がドリアンドにいたとはな……」


 厄介な相手が侵攻中の国にいたということを知ってベギアーデは鬱陶しそうな顔をする。アローガも前に自分が痛めつけた少女が最前線で戦っていることに気分を悪くしていた。


「目撃した部下の情報ではフィラン・ドールストは進軍したベーゼたちをことごとく切り伏せたらしいわ」

「神刀剣の使い手であればそれぐらい不思議ではないだろう」


 おかしな点は無いと考えるルスレクがアローガに声を掛ける。確かに神刀剣の使い手は並の生徒よりも強いため、ベーゼたちを簡単に倒しても驚くようなことではなかった。


「……十体の中位ベーゼを一人で倒したと言っても?」


 低い声で訊き返してくるアローガにルスレクは耳を疑うような表情を浮かべる。


「十体を一人で?」

「そうよ。……部下の報告ではドールストは一人で十体の中位ベーゼを全て切り捨てたらしいわ。それも無傷でね」


 アローガの言葉にアトニイ以外の四人は目を見開く。いくら神刀剣の使い手でも十体の中位ベーゼを無傷で全て倒すなんてメルディエズ学園最強であるカムネスでもできるはずがない。それが分かっているベギアーデたちはアローガの言葉がすぐに信じられなかった。


「おいおいおいアローガ、こんな時に馬鹿げた冗談言うんじゃねぇよ? いくら何でも中位ベーゼ十体相手に無傷で勝つなんてあり得ねぇだろう」

「……あたしが大帝陛下の前でくだらない冗談を言うと思う?」


 自分の話を信じないアイビーツをアローガは鋭い目で睨みつける。その目からは自分の話を信じないこと、ベーゼ大帝であるアトニイに冗談を言っていると思われるような発言をされたことに対する苛立ちが感じられた。

 アローガの反応を見て、ベギアーデやアローガ以外の五凶将たちは本当のことだと悟る。同時にフィランが十体の中位ベーゼを一人で倒せるほど力をつけたことを知った。


「どうやら、私たちが各国を攻めている間に力をつけたようだな」


 状況を理解したアトニイは腕を組みながら整列しているベーゼたちを見つめる。アトニイの声を聞いてベギアーデたちは背を向けているアトニイの方を見た。


「リスティーヒ、現状からお前はどう考える?」


 アトニイはローフェン東国で軍師を任されていたチャオフーの意見を聞く。チャオフーは小さく俯き、しばらくすると顔を上げて口を開く。


「神刀剣の使い手であるフィラン・ドールストが力をつけているとなると、他の神刀剣の使い手も同じように力をつけている可能性が高いでしょう。そして、フィラン・ドールストが一人でドリアンドにいることから、奴らは我々の侵攻を阻止するために三大国家やその周辺国に散っていると思われます」


 チャオフーの推測を聞いたアトニイは無言で目を鋭くする。アトニイもチャオフーと同じことを考えており、ドリアンド共和国だけでなく、三大国家にも神刀剣の使い手がいるのかもしれないと思っていたのだ。

 アトニイは振り返り、目を鋭くしてベギアーデや五凶将を見る。アトニイの顔を見たベギアーデたちも同じように目を鋭くした。


「奴らがどのような手を使って腕を上げたのかは知らんが、以前より強くなっているのは確かだ。そして、奴らは我々の侵攻の邪魔をしている。このまま野放しすることはできん。早急に情報を集めて奴らを排除しろ」


 現状から神刀剣の使い手が自分たちにとって最も邪魔な存在だと感じているベギアーデたちは必ず倒すと決意する。特に五凶将は三大国家とドリアンド共和国の侵攻の指揮を任されているため、神刀剣の使い手が現れたら最優先して排除しようと考えていた。


「警戒するのは神刀剣の使い手だけではない。嘗て私に敗北という屈辱を与えた五聖英雄の三人も動くはずだ。そして例の児童剣士、ユーキ・ルナパレスとその相棒であるアイカ・サンロード、奴らも力をつけている可能性がある」


 ユーキとアイカの名前が出るとベギアーデとチャオフーは不敵な笑みを浮かべる。二人にとってユーキとアイカは因縁の相手、その二人が力をつけて自分たちの前に立ちはだかることにベギアーデとチャオフーは面白さを感じていた。


「各自、戦力を整え次第戻り、引き続き担当の国の制圧を進めろ」

『ハッ!』


 返事をすると五凶将の足元に紫色の魔法陣が展開され、チャオフーたちは一斉に何処かへ転移する。広場にはアトニイとベギアーデ、呼び出された大量のベーゼが残った。

 アトニイは今度の戦いでユーキたちを倒すことができれば自分たちの野望を邪魔する者はいなくなり、この世界を確実に我が物にできると考えている。世界をベーゼの物にするため、どんな手を使ってもユーキたちを抹殺してやるとアトニイは思っていた。


――――――


 メルディエズ学園では生徒たちが戦闘の訓練を受けている。ただし、いつものように学園の教師ではなく、五聖英雄から教えを受けていた。

 いずれ始まるベーゼとの戦争に備え、五聖英雄は生徒たちがベーゼと問題無く戦えるよう鍛えている。教えを受けている生徒の殆どは実戦経験の浅い下級生で大訓練場で太陽に照らされながら訓練を受けていた。

 五聖英雄がユーキたちの特訓を終えてから既に十日が経過しており、五聖英雄は当初の予定どおりユーキたち以外の生徒を強くするためにメルディエズ学園に残って生徒たちを指導している。

 生徒たちも五聖英雄から訓練を受けられることを誇りに思い、同時にベーゼから人々を護るために強くなりたいという意思を胸に抱きながら五聖英雄の訓練を受けることを決めた。

 下級生たちは五聖英雄からそれぞれ武器を使った戦い方、魔法、精神力を鍛える訓練を受けた。武器の戦い方はハブール、魔法はスラヴァ、精神力はペーヌがそれぞれ担当し、生徒たちを強くするためにペーヌたちは厳しく生徒たちを鍛える。

 特にペーヌはいつものように笑みを浮かべながら罵声を浴びせたり、暴力を加えたりして他の二人よりも厳しく生徒たちを鍛えている。ただ、ユーキとアイカのおかげで心の傷が癒えたペーヌは以前と比べて少しだけ教え子たちに情けを掛けるようになったため、生徒たちが厳しさに耐えられずに逃げ出したりするようなことは無かった。

 生徒たちは五聖英雄の厳しさに耐えながら訓練を続け、この十日間で以前よりも強くなった。だがそれでも一人で数体のベーゼを相手にするのは難しく、五聖英雄は生徒たちが戦力として使えるようにするため、そして死なせないために厳しく鍛え続ける。

 やがて五聖英雄の訓練が終わり、疲れ切った生徒たちはその場に座り込む。中には訓練で分からないところを五聖英雄に訊いたりする生徒もいるが、疲れて動けない生徒たちと比べたら僅かしかいない。

 五聖英雄は生徒たちの質問に答えたり、次の特訓の内容などを伝えてから生徒たちを解散させた。


「お疲れ様でした」


 学園長室の自分の机に座るガロデスは目の前で横一列に並んでる五聖英雄たちに労いの言葉を掛ける。生徒たちの訓練を終えた五聖英雄は学園長室に向かい、特訓の成果をガロデスに報告していた。


「それで、生徒たちはどんな調子ですか?」

「皆さん少しずつですが強くなっています。魔力を向上させたことで威力が上がっていますし、魔導士の生徒たちも幾つもの魔法を習得しています」


 スラヴァは優しく笑いながら自分の教え子たちが順調に成長していることを伝える。スラヴァは生徒たちの成長を嬉しく思っており、この後どれほど強くなるのだろうと内心楽しみにしていた。


「接近戦に関する技術も問題無く体得している。この調子なら下級生ももう少しで複数のベーゼと戦えるくらいになるだろう」

「そうですか。ハブールさん、引き続き生徒たちのことをお願いします」


 ハブールはガロデスを見ながら「任せろ」と無言で頷く。


「ペーヌさん、貴女が担当している生徒たちはどうですか?」


 ガロデスは五聖英雄の中で最も問題のあるペーヌに訓練の成果を尋ね、スラヴァとハブールもペーヌの方を向く。スラヴァやハブールと比べて厳しすぎるペーヌがしっかり生徒を鍛えられているのか三人は不安になっていた。

 ペーヌは三人が注目する中、呆れたような顔をしながら自分の髪を指で捩じる。


「ハッキリ言ってまだまだね。昔の弟子たちみたいに途中で逃げ出したりはしてないけど、どの子も根性が無さすぎるわ。少しシゴいただけどすぐにダウンしちゃうんだもの」

「そ、そうですか……」


 相変わらず厳しい鍛え方をしているな、と思いながらガロデスは苦笑いを浮かべる。スラヴァとハブールはペーヌのやり方が変わっていないことを知って小さく溜め息をついていた。


「少しは手加減してやったらどうだ? ただでさえお前の教え方は度が過ぎてるんだ。厳しくし続けるとベーゼと戦う前に動けなくなるぞ」

「この程度で動けなくなるようじゃベーゼと戦っても役に立たないわ。私のシゴきに耐えられるくらいの精神力が無いと生き残ることはできない」

「それはそうだが……」

「それに、あの子たちには私たちと違ってこの世界の未来が託されているの。生き残ってもらわないと困るわ」


 何処か切なそうな口調で呟くペーヌを見てガロデスたちは軽く目を見開く。今のペーヌは自分の教え子たちを大切に思っているように見え、以前のペーヌではあり得ないと三人は感じていた。


「あの子たちには仲間や大切な人と未来を歩み、この世界を護ってもらわないといけない。そのためにも生き残れるよう強くなってもらわないとね」

「……お前、少し変わったな」

「は?」


 突然変なこと言い出すハブールを見ながらペーヌは思わず声を漏らす。ハブールは意外そうな顔でペーヌを見ながら腕を組んだ。


「以前のお前なら弟子のことをそこまで考えたりしなかった。それなのに今は生徒たちの未来を考え、彼らが生き残ることを望んでいる」

「そうですね。ユーキ君とアイカさんの特訓を終えた後もいつもと違う雰囲気でしたし、ベーゼ大戦の時の貴女に戻ってるようです」


 ハブールとスラヴァの言葉にペーヌは一瞬驚いたような反応を見せるが、すぐに目を閉じて興味が無さそうにそっぽを向いた。


「……別にそんなんじゃないわよ。ただ、前みたいに他人と触れ合うのも悪くないかなって思っただけ。それだけよ」


 何かを隠すかのように語るペーヌを見たガロデスとスラヴァは小さく笑い、ハブールも無言で見つめる。三人はペーヌが今回の特訓で何かが変わり、彼女が変わった理由はユーキとアイカにあると感じていた。


「……何よ?」

「いいえ、何でもありません」


 ガロデスは笑ったまま首を横に振り、そんなガロデスを見たペーヌは何かを見抜かれたような感じがして不満そうな表情を浮かべた。

 ペーヌが変わった話題が出て学園長室の空気が和やかになる。そんな時、学園長室の扉が強めにノックされる音が響き、ガロデスたちは一斉に扉に方を向く。


「どうぞ」


 ガロデスが許可すると扉が開いて緊迫した表情を浮かべるオーストが入ってきた。オーストの様子から何か良からぬ事態が起きたのではとその場にいた全員が直感する。


「学園長! 先程早馬があり、ベーゼの群れが我が国とガロデス帝国の首都、各主要都市を一斉に襲撃し始めたという知らせが……」

「何ですって!?」


 オーストの報告を聞いたガロデスは驚いて思わず立ち上がる。ペーヌたち五聖英雄も目を軽く見開いてオーストを見た。

 今日までベーゼたちが各国の村や小さな町を襲撃しているという報告は何度も受けている。ただ、その襲撃で動いたベーゼの群れは小規模で問題無く各国の軍や冒険者でも対処することができた。

 更にベーゼの迎撃に成功した後もベーゼたちはしばらく何もしてこなかったため、軍や冒険者、メルディエズ学園もそれほど警戒はしなかったのだ。

 だが今回はラステクト王国とガルゼム帝国の重要拠点と言われている大都市、それも複数が同時に襲撃を受けているという知らせだったため、今までとは明らかに違った状況にガロデスたちは衝撃を受けていた。


「王国と帝国の主要都市を同時に襲撃……明らかに今までと動きが違う」

「……一気に両国を制圧するため、首都のような重要性とある場所を叩こうと考えたのでしょう」

「だが、どうやって奴らは軍の目を掻い潜ったのだ? 首都や大都市の周りには幾つもの町があり、近づくにはその町の近くを通過する必要がある。ベーゼの群れが近くを通れば軍に気付かれ、大都市に報告が行くはずだが……」

「お忘れですか? ベーゼたちの幹部である五凶将は王国のS級冒険者、帝国の将軍として各国に潜入していたのですよ?」


 スラヴァの話を聞いてハブールはハッとした。

 五凶将であるルスレクとアイビーツは正体を隠しながらそれぞれS級冒険者、将軍として活動していた。どちらも両国で重要な役割を与えられており、王国と帝国の情報や地形などを把握している。その知識を活かせば軍や冒険者たちに見つかることなく首都に近づくことは十分可能だった。

 知識と立場を利用され、奇襲を許してしまった現状にガロデスは深刻そうな表情を浮かべる。すると再び扉のノックする音が聞こえ、ガロデスは返事をしようとした。しかし返事をする前に扉が開き、コーリアが勢いよく学園長室に入ってくる。


「が、学園長、大変です!」

「コーリア先生、どうされたのですか?」

「さ、先程、東国軍と共和国軍の使者がやって来て、両国の主要都市がベーゼたちの奇襲を受けたという知らせが入りました」

「なっ! ローフェンとドリアンドもですか!?」


 ローフェン東国とドリアンド共和国も同じ状況だという報告を受けたガロデスは驚愕し、オーストも言葉を失う。

 三大国家、ローフェン東国と隣接しているドリアンド共和国が同時に主要都市を襲撃されるなんてどう考えても偶然ではない。明らかにベーゼたちが何かを企んで行動しているとしか思えなかった。


「何て大胆な行動に出たのだ……そもそも各国の主要都市を同時に襲撃するだけの戦力が向こうにあるとは思えない」

「ガロデスさん、それは違いますよ」


 スラヴァに声を掛けられたガロデスはスラヴァの方を向いて「どういう意味ですか」と目で尋ねる。


「ベーゼたちは瘴気を使ってモンスターや人間を蝕ベーゼに作り変えることが可能です。それを考えれば大量の戦力を用意することなど彼らにとって何の問題も無いことですよ」

「な、成る程……」

「あと、ベーゼたちが三大国家や共和国の主要都市を攻撃した理由についてですが、恐らく各国が主要都市を防衛するためにそちらに戦力を回し、他国から救援があってもそちらに戦力を回せないようにするためでしょう」

「他国を支援できないようにするために各国の首都や大都市を同時に襲撃したと?」

「他にも短期決戦を狙って攻撃してきたと言うのもあるでしょうね。そして、最も邪魔な存在であるメルディエズ学園の戦力を分散させ、自分たちが戦いやすい状況を作るも狙いだと思います」


 有利に戦うためにベーゼが取った行動にガロデスは表情を歪ませる。ベーゼは大半が知能の低いため、これほどの作戦をベーゼが考えるなどあり得ない。普通ならそう考えるだろう。

 だが相手にはローフェン東国の軍師を任されていたチャオフーを始め、知能の高い上位ベーゼが何体もいる。複雑な作戦を練ることができても不思議ではなかった。


「学園長、このままでは各国の主要都市はベーゼに落とされてしまいます。現在学園にいる生徒を全員、各国に救援として派遣しましょう」


 オーストが生徒を派遣することを提案するとガロデスは難しい顔をしながら俯く。

 現在メルディエズ学園にいる生徒でベーゼと戦うことが可能な生徒は全員各国に出現しているベーゼの討伐に当たっている。今学園いる生徒は殆どが実戦経験の浅い下級生ばかりで最前線に向かわせるのは危険だった。

 いくら非常事態とは言え、戦闘経験の浅い生徒たちを派遣すれば殺される可能性が高い。ガロデスはオーストの提案を却下しようと思っていた。

 だが、各国の主要都市が襲撃されているという非常事態に何もしないわけにもいかない。生徒たちを護るために却下するか、主要都市を護るために生徒たちを派遣するかガロデスは頭を悩ませた。


「ダメよ」


 ガロデスが悩んでいるとペーヌがオーストの提案を却下し、ガロデスやオースト、コーリアはペーヌの方を向く。


「今学園にいる生徒はまだ私たちの訓練を終えていない子たち。そんな子たちを最前線に出しても殺されるだけよ」

「しかし、今は各国の主要都市が襲撃されています。危険ですが、少しでも戦力を現地へ向かわせるべきです」


 オーストは現状を説明してペーヌを説得しようとする。ペーヌはオーストを見ると溜め息をつきながら呆れ顔になる。


「そんなの今外にいる生徒たちに早馬を向かわせて主要都市の救援に行くよう指示すればいいじゃない。わざわざ下級生たちを行かせる必要は無いわ」

「ベーゼは各国の主要都市を襲撃しています。つまり、奴らはそれだけ大きな戦力と言うことです。外に出ている生徒たちを救援に向かわせても殆ど戦況は変わりません。ですから下級生も派遣して少しでも戦力を増やした方が……」

「それは普通の生徒を派遣した場合でしょう?」


 ペーヌの言葉を聞いたオーストは理解できないような表情を浮かべる。ガロデスもどういう意味なのか分からず、無言でペーヌを見ていた。

 ガロデスたちが見つめる中、ペーヌは隣に立っているスラヴァとハブールの方を向いた。


「確かあの子たちは今三大国家にいるんだったわよね?」

「ええ、三大国家に出現したベーゼたちを討伐するため、四日ほど前から何人かの生徒と共に各国に留まっているはずです」

「六人の内、一人だけは共和国に向かったらしいがな」


 二人の話を聞いたペーヌは小さく笑いながら数回小さく頷く。その表情からは何も問題無いと思っているような意思が感じられた。

 五聖英雄たちの会話を聞いていたガロデスは何かに気付いてフッと顔を上げ、何処か安心したような顔をしながら静かに息を吐いた。


「オースト先生、生徒を派遣する必要は無いでしょう」

「えっ、しかし……」

「大丈夫です。……今、三大国家と共和国には、彼らがいますから」


 小さく笑うガロデスを見てオーストとコーリアは理解できずに呆然とする。

 ガロデスの様子と五聖英雄の会話の内容から三大国家とドリアンド共和国には生徒の誰かが派遣されており、ガロデスたちはそれが誰なのか分かっているとオーストとコーリアは考えた。

 しかし、誰を派遣したのか、そしてどうしてその生徒たちがいれば大丈夫なのか二人は理解できずに難しい顔をする。

 オーストとコーリアが理解できずにいる中、ペーヌは近くにある窓に近づいて外を眺めながら笑う。


「頼んだわよ、馬鹿弟子たち」


 空を見上げるペーヌは期待している口調で呟いた。


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