第二百三十五話 特訓終了
五聖英雄たちの厳しい特訓を受け、ユーキたちは少しずつではあるが力を付けていった。
時には壁にぶつかったりもしたが五聖英雄たちのアドバイスで乗り越え、特訓を受ける前よりも強くなり、その成長の早さに五聖英雄たちは感心する。
成長が早いことから五聖英雄たちも鍛え甲斐があると感じ、より難しい技術や知識をユーキたちに教え、ユーキたちも教えられたことを身につけていく。今やユーキたちは五聖英雄たちの弟子と言える存在となっていた。
夕日で空が橙色に染まり始める頃、メルディエズ学園の北東にある広場にユーキとアイカの姿があった。二人は体中に無数の擦り傷や汚れを付けながら両手に愛刀、愛剣を握っており、真剣な表情を浮かべながら前を見ている。
ユーキとアイカの視線の先には得物のウォーハンマーを肩に掛けるペーヌと疲れた顔をするミスチアが立っている。
特訓が始まってから今日で決められた期間の二週間が経ち、ユーキとアイカはペーヌから最後の特訓を受け、その特訓が先程終わったところだった。
「……今日で貴方たちの特訓はお終いよ」
ペーヌはユーキとアイカを見ながら呟く。二人と違ってペーヌは体や制服に傷や汚れなど付いていない無傷の状態だ。
後ろで控えているミスチアはユーキとアイカがペーヌの特訓で負った傷を治すために何度も修復を使っており、その疲労で疲れ切っていた。
「貴方たちをできる限り強くするため、普段よりも厳しいやり方で鍛えたわ。貴方たちは今日までそんなキツイ特訓から逃げ出さずにやり遂げた。とりあえず褒めてあげるわ」
「ありがとうございます」
棘のある言い方だがペーヌが自分たちを良く評価してくれていることが分かっているユーキは嫌な顔をすることなく礼を言う。アイカもユーキの隣で軽く頭を下げる。
ペーヌの修業を受け始めてから今日までの間にユーキとアイカはペーヌの本当の意志や性格を知り、厳しい特訓を何度も受けてきたことで肉体だけでなく精神もかなり鍛えられた。そのため、今では言葉だけで気持ちが揺らいだりすることは無い。
「貴方たちはこの二週間でベーゼ化をコントロールできるようになり、戦闘能力も以前より強くなったわ。今の貴方たちなら中位ベーゼだって難なく倒せるはずよ」
無言で自分の話を聞いているユーキとアイカを見つめながらペーヌはゆっくりと二人に近づく。そして目の前までやって来ると視線を動かしてユーキとアイカの顔を見た。
「ただ、これだけは忘れるんじゃないわよ? ……いくら力が強くなったからと言って油断はしないこと。そして、死ぬことに対する恐怖を忘れないこと」
最後に意味深なことを口にするペーヌにユーキとアイカは反応する。
「死ぬことを恐れない者は強者だと思われそうだけど、私から見れば戦場で死を恐れないのはただの馬鹿よ。命ある者は生きて帰ろうとすること、つまり生きなければいけないという強い意思を持っているからこそ戦場で生き抜くことができる。死に対する恐怖は時に生き残るための力を与えてくれることがあるの」
まるで母親が子供に大切なことを教えるかのようにペーヌは語り、ユーキとアイカはペーヌの話を真面目に聞いていた。
「死ぬことを恐れなさい。そして、何があっても必ず生き延びようという意思を忘れないで。……いいわね?」
『ハイ!』
真面目に語り掛けてくるペーヌを見ながらユーキとアイカは声を揃えて力強く返事をする。
特訓が始まったばかりの頃と比べてペーヌの二人に対する態度は随分変わった。今でも笑いながら厳しくしてくることもあるが、ユーキとアイカはペーヌが心から自分たちを強くしようと思って厳しくしていることを知っているので不満や恐怖などは一切感じていない。
離れた所でユーキたちの会話を聞いているミスチアは少し驚いたような顔をしている。嘗て自分を鍛えていた頃と違うペーヌを見て彼女の心の傷が癒されたことを知り、同時にペーヌを変えたユーキとアイカに感心していた。
「それじゃあ、私は特訓が終わったことをガロデスに知らせてくるわ。そのまま他の生徒たちの特訓に移るから、あとは今までどおり自由に依頼を受けたりしなさい」
そう言うとペーヌは二人に背を向けて校舎の方へ歩き出す。ユーキとアイカは離れていくペーヌの後ろ姿を見ると持っている愛刀、愛剣を鞘に納める。
「ペーヌ先生!」
ユーキに声を掛けられたペーヌは背を向けたまま足を止める。
ペーヌの厳しい特訓を受けて少しずつベーゼ化するコツを得るようになる中、ユーキとアイカは何時からか自分たちがペーヌの弟子と名乗れる存在になったと感じ、ペーヌを先生と呼ぶようになったのだ。
「先生から教わった技術と知識を活かし、いずれ起きるベーゼとの戦争で生き残ります」
「そして、必ずベーゼとの戦いに勝ってみせます」
背を向ける師にユーキとアイカは自分の意志を伝える。ペーヌは二人に背を向けたまま小さく俯き、二人には見えないように小さく笑った。
「そんなの当然でしょう。負けたり死んだりした、承知しないからね」
そう言ってペーヌはユーキとアイカの方を見ずに再び歩き出す。だがその表情は弟子の言葉に嬉しさを感じているようにも見えた。
ペーヌは待機していたミスチアの左側を通過しようとする。するとミスチアが静かに溜め息をついてからチラッとペーヌの方を向く。
「素直じゃありませんわね? 貴女の弟子として必ず生き残るって言ってるんですから喜んだらどうですの?」
声を掛けられたペーヌはミスチアの横で立ち止まり、前を見ながら笑みを消して口を開く。
「戦士が生きて帰るのは当たり前のことよ。それはあの子たちだってよく分かってるはず……分かり切ったことを言われても嬉しく思ったりしないわ」
「ホントですのぉ? その割には嬉しそうに笑ってましたわよ?」
ニヤニヤと笑ってからかうミスチアを見てペーヌは目元を僅かに動かすが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「そんなことより、アンタは自分の心配をした方がいいんじゃないの?」
「は? どういうことですの?」
「私たち五聖英雄はユーキたち、つまり自分たちが担当している生徒の特訓が終わった後に他の生徒の特訓をすることになってるの」
笑いながら今後の予定を話すペーヌを見てミスチアは何を言いたのか考える。すると何かに気付いたミスチアは目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。
「気付いたみたいね? 明日以降は他の生徒たちをビシバシ鍛えていくことになってるから、覚悟しておきなさいね?」
「ま、まさか、その鍛える生徒の中には私も含まれてるんですの?」
「当たり前でしょう。下位ベーゼなんて余裕で倒せるくらい強くするつもりよ。特にアンタは他の生徒と違って私の弟子なんだから、人一倍厳しくしていくからね♪」
昔のように再びペーヌから地獄とも言える特訓を受けることになると知ったミスチアは見る見る青ざめていく。そこには先程までペーヌをからかっていた時に見せた笑顔は無く、ペーヌの厳しい特訓に対する不安だけがあった。
「とりあえず、明日に備えて今日はしっかり体を休めなさい? 特訓の時間はあとで報告が行くと思うから……あと、特訓から逃げるために依頼を受けたりしたら半殺しにするからね♪」
最後に恐ろしい警告をしてからペーヌは再び歩き出し、ミスチアは暗い顔をしながら深く溜め息をつく。離れた所で会話を聞いていたユーキとアイカはミスチアに同情して苦笑いを浮かべていた。
「大丈夫か?」
ユーキはアイカと一緒にミスチアに近づいて声を掛ける。ミスチアは顔を上げると深刻そうな表情を浮かべながらユーキを見つめる。
「ユーキ君、酷いと思いませんかぁ!? 弟子だって理由で他の子よりも厳しく鍛えるなんてぬかしやがったんですのよぉ、あの馬鹿師匠!」
「ま、まあ、ペーヌ先生も愛弟子のミスチアに期待して厳しくしようって思ってるんじゃないか?」
「いいえ、絶対に違いますわ! 私がからかったからその仕返しに厳しくしようとしてるに決まってます。あの人はそう言う女なんですの!」
「そ、そうかぁ?」
興奮しながら声を上げるミスチアをユーキは苦笑いを浮かべたまま見つめる。
この状況で何とミスチアに声を掛ければいいか分からず、ユーキはただ笑うことしかできなかった。アイカも励ましの言葉が思い浮かばずに黙ってミスチアを見ている。
しばらく俯いて悔しそうにしていたミスチアは顔を上げ、腕を組みながら不満そうな顔をする。
「大体、あの人はやり方が酷すぎるんですわよ。ユーキ君とアイカさんのおかげで少しはマシになりましたが、それでも性格の悪いところは殆ど変わってませんわ」
先程まで辛そうにしていたミスチアが態度を変えて文句を口にするのを見て、ユーキとアイカはキョトンとしながら「本当に落ち込んでいたのか?」と疑問に思う。
「まったく、少しは人に優しく接するのかと思っていましたのにそっちの方は全く変化無し。傲慢で暴力的なところも直しやがれってんですわ、あの若作りおばさん!」
ミスチアは二人の視線を気付いていないのか不満そうな顔のまま思っていることを語り続けた。するとミスチアの背後から誰かが彼女に近づき、ユーキとアイカは近づいて来た人物を見て目を見開く。
「歳を取ったら普通はもっと丸くなるものですのにどうしてあんなに性格してやがるのか分かりませんわ。まぁ、年寄りの中には丸くならずに捻じ曲がった性格になる人もいますから、あの人も歳を取ったせいで――」
「誰が傲慢な年寄りですって?」
背後から聞こえてきた声にミスチアは黙り込むと同時に青ざめる。ミスチアの後ろには満面の笑顔のペーヌが立っており、背を向けているミスチアを見つめていた。
ペーヌは笑ってはいるが笑顔からは自分の陰口を言ったミスチアに対する怒りが感じられ、ペーヌの顔を見たユーキとアイカは思わず後ろに下がる。
ミスチアは汗を流しながらゆっくりと振り向いて笑顔のペーヌを見る。ペーヌの顔を見た瞬間、ミスチアはその迫力に悪寒を走らせた。
「あ、あらぁ……ど、どうして戻って来たんですの、馬鹿師匠~?」
「ユーキとアイカに言い忘れたことがあって戻って来たのよ。……それよりも、アンタ相変わらず私のいない所で言いたい放題言ってくれてるみたいねぇ?」
ウォーハンマーで自身の肩を軽く叩きながら苛つきを露わにするペーヌにミスチアは更に多くの汗を流す。ペーヌは完全に怒っている、ミスチアは心の中でそう悟った。
「ホントは明日以降にアンタの特訓を始めるつもりだったけど気が変わったわ。アンタだけは特別に今から鍛えてあげる」
「い、いえいえいえ! 結構ですわぁ!」
これから自分がどんな目に遭うのか想像したミスチアは慌ててその場から逃げ出そうとする。だがミスチアが逃げるより早くペーヌはミスチアのエルフ耳を摘まんで捕まえた。
「遠慮しなくていいわよ。他の子と一緒に特訓したら効率よく鍛えることができなくなるもの。一番弟子であるアンタだけ先に鍛えてあげる♪」
「い、いいですわよ! 私も他の子と一緒に……イタタタタッ!」
特訓から逃れようとするミスチアの耳をペーヌは笑いながら引っ張り、耳を引っ張られたミスチアは涙目になりながら声を上げる。
二人のやり取りを見ていたユーキとアイカはミスチアを気の毒に思い、ペーヌが怒るととても怖いということを改めて理解した。
ペーヌはミスチアの耳を引っ張って大人しくさせると、笑ったままユーキとアイカの方を向いた。
「二人とも、言い忘れてたけど、ベーゼの力を解放する際はちゃんと周囲を確認しなさい? ベーゼの力は強すぎるから、下手をすると近くにいる仲間を巻き込んじゃうかもしれないわ」
「あ、ハイ……」
「分かりました……」
目の前の笑顔に怖さを感じながらユーキとアイカは返事をする。余計なことを言えば自分たちも巻き添えを喰らう可能性があると考え、二人はそれ以上何も言わなかった。
「それじゃあミッちゃん、私たちは大訓練場へ行きましょうか? あそこなら多少派手な訓練をしても周りに迷惑は掛からないからね」
「いーやーでーすーわぁーーーっ!!」
耳を引っ張られながらペーヌに連れて行かれるミスチアは悲痛の声を上げる。何とか逃げようとするが耳を引っ張られる痛みと連れていかれる時の体勢から逃げ出すことができなかった。
小さくなっていくミスチアを見てユーキは目を閉じながら手を合わせ、心の中で「ご愁傷様」と呟く。アイカも気の毒に思いながら連れて行かれるミスチアを見ていた。
「え~っと、とりあえず中央館に行ってお茶でも飲まない?」
「あ~、そうだな……」
特訓を終えたからとりあえず体を休めた方がいいと考え、二人は中央館に向かって歩き出す。その際、遠くからミスチアの悲鳴が微かに聞こえ、ユーキとアイカは表情を曇らせながら広場を後にした。
中央館にやって来たユーキは食堂に入って空いている席を探す。食堂は静かで生徒も殆どおらず、どの席も使える状況だった。
「さ~て、何処の席にしようかねぇ……」
「おーい! ユーキ、アイカァ」
何処からか自分たちの名を呼ぶ声が聞こえ、ユーキとアイカは声が聞こえた方を向く。
視線の先には大きな机に座って手を振るパーシュの姿があった。同じ席にフレード、カムネス、フィランも座っており、四人の前には紅茶が入ったティーカップが置かれてある。パーシュたちも五聖英雄の特訓を終えて中央館に来ていたようだ。
先に特訓を終えたパーシュたちを見つけたユーキとアイカはパーシュたちの下へ向かう。二人はパーシュたちがどんな特訓を受けたのか気になっていたため、一緒にお茶を飲みながら話を聞かせてもらおうと思っていた。
「お疲れ様です」
「ああ、お疲れ。その様子だと、アンタたちも特訓は無事に終えたようだね?」
「ええ、流石に大変でしたよ」
苦笑いを浮かべながらユーキは空いている席に座り、アイカもユーキの隣に座った。
顔や手など見えるところに小さな傷を沢山つけている二人を見たパーシュたちは厳しい特訓を受けたのだと悟る。
「……で、どうなんだ? 上手くベーゼ化できるようになったのかい?」
「ええ、なんとか」
「最初は大変でしたが、コツを掴んだ後は順調でした」
ユーキとアイカから特訓の成果を聞かされたパーシュは「へぇ~」と興味のありそうな顔をする。二人が半ベーゼ状態になってからパーシュはユーキとアイカのベーゼ化する姿やその力を見たことが無いため、どれほどのものなのか気になっていた。
「なぁ、今此処でベーゼの姿ってのを見せてみろよ」
「ええぇ、此処でですか?」
フレードの言葉にユーキは思わず聞き返し、アイカも少し驚いた反応を見せる。
今回の特訓でユーキとアイカはベーゼ化をコントロールできるようにはなった。だが、二人はベーゼ化する必要の無い状況で体を変化させたくないため、フレードの頼みを聞くのに抵抗を感じている。
フレードの隣に座っているパーシュもユーキとアイカがベーゼ化した時の姿が気になっていたため、二人に少しだけ変身してほしいと思っていた。
「止せ、フレード。戦闘でも無いのに二人をベーゼ化させるな」
紅茶を飲んでいたカムネスがフレードを止め、フレードやユーキたちは一斉にカムネスの方を向いた。
「いいじゃねぇか少しぐらい。減るもんじゃねぇんだからよぉ」
「忘れたのか? 学園にはベーゼを寄せ付けないための結界が張られている。結界は近づいたり、結界内にいるベーゼを不快にさせる力もあるのだぞ」
カムネスの話を聞いたフレードは結界の効力を思い出して軽く目を見開く。
「ただでさえ、半ベーゼ状態で結界の影響を少し受けているのにそんな状況で完全なベーゼになったらルナパレスとサンロードはどうなる?」
「……確かに、そうだな」
気付かずにユーキとアイカにとんでもないことを頼んでいたと気付いたフレードは複雑そうな顔をする。普段強気で自分の考えは正しいと考えているフレードも今回は流石に自分の行動は間違っていると考え、カムネスに言い返さなかった。
パーシュも結界の力を忘れて後輩に辛い思いをさせるところだったと気付き、若干暗くなった。
「悪かったな、お前ら?」
「いえ、大丈夫です」
謝罪するフレードを見ながらユーキは顔を横に振って気にしていないことを伝える。アイカもユーキと同じ気持ちで苦笑いを浮かべながらフレードを見ていた。
「そう言えば、結界で思い出したけど、アンタたち今は大丈夫なのかい? ベーゼ化をコントロールできるようになるために半ベーゼ状態になってるんだろう?」
今もユーキとアイカが結界の影響を受けていることを思い出したパーシュは二人の体を心配する。するとアイカがパーシュの方を向いて小さく笑った。
「ええ、大丈夫です。半ベーゼ状態に戻ったばかりの時は少し気分が悪かったんですけど、今ではすっかり慣れちゃいました」
「結界による不快感を気にしないくらいに慣れないと完全にベーゼ化をコントロールできないってペーヌ先生から言われたんで必死になって慣れましたよ」
苦笑いを浮かべながら苦労したと話すユーキを見てパーシュとフレードは想像していた以上に大変だったんだなぁと思った。
「先輩たちの方はどうだったんですか?」
自分とアイカ以外の特訓がどうなったのか気になるユーキはパーシュたちに尋ねる。するとパーシュは自分の前に置かれているティーカップの紅茶を一口飲んで小さく笑った。
「あたしとフレードはスラヴァさんの特訓で魔力がかなり上がったよ。おかげで下級魔法の威力も以前とは比べ物にならないくらい強くなった」
パーシュが誇らしげに話すのを聞いたユーキとアイカは興味のありそうな反応を見せる。
魔法攻撃が得意なパーシュとフレードが五聖英雄最高の魔導士であるスラヴァの特訓を受けたのだから相当魔法の力が強くなっているに違いないとユーキとアイカは思っていた。
「攻撃力が上がっただけじゃねぇ。他にも幾つか新しい魔法も覚えたからな。今なら中位ベーゼも楽に蹴散らせるぜ」
「またそうやってすぐ調子に乗る……力を過信しないようにってスラヴァさんも言ってただろう?」
フレードを見ながらパーシュは呆れたような表情を浮かべ、そんなパーシュをフレードは鬱陶しそうな顔で見た。
「毎回毎回うるせぇなぁ。強くなったことは事実なんだから問題ねぇだろうが」
「強くなったからと言って楽に敵を倒せるなんて考えるところが調子に乗ってるって言うんだよ」
「フン、テメェこそ魔法の威力が上がったから自分は負けねぇなんて思ってんじゃねぇのか? 俺らの基本戦術は剣なんだ。魔法の威力が上がったからって剣を疎かにしてると痛い目に遭うぞ?」
「あたしをアンタと一緒にするんじゃないよ」
「んだとぉ?」
いつものように口喧嘩を始める二人を見てユーキとアイカは苦笑いを浮かべる。特訓で力が増しても二人の関係は全く変わっていない、睨み合うパーシュとフレードを見ながらそう思った。
「それくらいにしておけ、お前たち」
カムネスがティーカップをテーブルに置きながらパーシュとフレードを止める。声を掛けられた二人はしばらく睨み合ってから自分の前にある紅茶を飲んだ。
一声でパーシュとフレードの口喧嘩を止めたカムネスを見てユーキとアイカは流石は生徒会長だと感心する。
「そ、それで会長とフィランはどうだったのですか?」
アイカはカムネスとフィランがどのような特訓を受けたのか気になり声を掛けた。
「僕とドールストは剣術と身体能力の強化を行った。バヨネット殿の話では僕たちの混沌術は剣術と組み合わせた使った方がいいみたいだからな。この二週間の殆どをバヨネット殿と模擬戦闘に使った」
「ず、ずっと模擬戦闘ですか……」
「今以上に剣の腕を磨けば混沌術をより活かせるようになるそうだからな」
カムネスの説明を聞いたユーキとアイカは少し驚いたような顔をしながら納得した反応を見せる。
「……私も会長も今回の特訓で強くなれた。五凶将が相手でも前のようにはならない」
フィランは特訓の成果を簡単に話ながら自分のティーカップを手に取って紅茶を飲む。
ユーキとアイカはフィランの話を聞いて彼女とカムネスがどれほど強くなったのか興味があり、機会があれば力をつけた二人の戦いを見てみたいと思った。
「さて、折角全員集まっているんだ。これからのことについて話し合おう」
特訓の成果を話し終るとカムネスはユーキたちを見ながら話し始め、ユーキたちはカムネスに注目する。
「知っていると思うが、ベーゼたちが学園を襲撃してから今日までの間に大陸中で多くのベーゼが目撃されたり、町や村などを襲撃している。それらを対処するため、ベーゼと戦闘が可能な中級生以上の生徒は殆どが学園の外に出ている」
現状を説明するカムネスを見ながらユーキたちはカムネスの話を黙って聞いている。
ユーキたちも各国でベーゼたちが頻繁に活動していることは知っており、ベーゼたちから人々を護るため現地へ向かおうと思っていた。
しかしユーキたちは五聖英雄の特訓を受けなくてはいけなかったため、助けに行きたいという気持ちを抑え込んで特訓を受けていた。
「五聖英雄の特訓を終え、僕たちは前よりも強い力を得た。特訓が終わった今、動けなかった分、ベーゼの討伐に尽力してもらう」
「ああ、分かってるよ。何もできなかった分、しっかり働くつもりさ」
「二週間も特訓で学園から出られなかったからな。実戦の感覚を取り戻すのには丁度いい」
「……ん」
特訓が終わった直後でもベーゼと戦うことに不満を抱かないパーシュ、フレードはやる気を見せ、フィランも無表情で頷く。
ユーキとアイカも人々をベーゼから護りたいと強く思っているため、嫌がったりせずに真剣な眼差しをカムネスに向けていた。
「では、明日から早速ベーゼの討伐に出てもらう。既に幾つもの討伐依頼が学園に来ている。少しでもベーゼの問題を解決するため、此処にいる全員、別の依頼を受けることにする」
数人で一つに依頼を受けるのではなく、一人一つの依頼を受けるというカムネスの話にユーキたちは異議を上げたりしなかった。
今は以前よりも格段に強くなっているため、信頼できる仲間と一緒でなくてもユーキたちは不安を感じたりなどしない。
「明日の早朝にも出発できるよう、今日中に依頼を受けておくようにしろ。あと、明日に備えて今日はしっかり体を休めるんだ」
「ハイ!」
ユーキはカムネスを見ながら返事をし、アイカやパーシュたちも無言でカムネスを見つめる。
新しい力を得た自分たちが少しでもベーゼに苦しんでいる人を救ってみせる。ユーキたちはそう思いながら闘志を燃やした。




