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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百三十一話  美しき鬼師匠


 ユーキとアイカは二手に分かれ、ペーヌの左右から攻撃を仕掛ける。自分たちの実力を全て見せるため、言われたとおり全力でペーヌに攻撃した。

 ただ、全力で戦うとは言え怪我を負わせるわけにはいかないため、二人とも峰打ちで攻撃している。

 ペーヌは二人の攻撃を木剣で払ったり、受け流したりして全て防いでいく。時には姿勢を低くするといった回避行動を取ったりもした。

 特訓が始まってから既に十分ほどが経過しているが、ユーキとアイカはまだ一撃もペーヌの攻撃を命中させていない。半ベーゼ化して身体能力と感覚が強くなったにもかかわらず、まったく攻撃が当たらない現状にユーキとアイカは驚き、同時に五聖英雄の力を実感して表情を僅かに歪ませる。

 一方でペーヌは疲れなどは一切見せず、笑顔のまま二人の攻撃を凌いでいた。


「なかなか良い筋してるわ。だけど、ちょっとガッカリねぇ」


 つまらなそうな表情を浮かべるペーヌはユーキとアイカの攻撃をかわすと大きく後ろに跳んで二人から距離を取った。

 ユーキは離れたペーヌを見ながら構え直して反撃を警戒し、アイカもユーキの右隣で構え、同じようにペーヌを警戒する。


「半ベーゼ状態になって身体能力が少し高まったから押されると思ったんだけど、全然大したことないわ」


 予想していたよりもユーキとアイカの力が弱いことに対してペーヌは残念そうに呟く。

 十分の間、休むことなく連続でユーキとアイカの攻撃を凌ぎ続けていたのにペーヌは殆ど疲れを感じておらず、状況からペーヌは予想していた以上に二人が弱いことを知る。


(おいおい、マジかよ。こっちは言われたとおり全力で攻撃してるんだぞ? それなのに大したことないって、どんだけ体力があるんだよあの人は……)


 残念そうにしているペーヌを見ながらユーキは心の中で呟いた。

 ペーヌは半ベーゼ状態であるユーキとアイカの攻撃を顔色一つ変えずに木剣で全て防ぎ、回避する際も余裕の表情を浮かべている。ユーキとアイカは半ベーゼ状態でもペーヌとの間に大きな力の差があるのかと感じて微量の汗を流す。


「今の状態じゃあ、どんなに頑張ってもベーゼ大帝や五凶将には勝てないわ。彼らに勝つためにはもっとベーゼの力を引き出せるようにならないといけない。だから……」


 僅かに低い声を出しながら木剣を下ろすペーヌは僅かに目を鋭くしてユーキとアイカを見る。

 初めて見せるペーヌの真剣な眼差しにユーキとアイカは思わず反応した。その直後、ペーヌは地面を強く蹴ってユーキとアイカに近づき、素早く木剣を振ってユーキの右脇腹、アイカの左上腕部を殴打する。


「ううぅっ!」

「ぐうぅぅ!」


 攻撃を受けたユーキとアイカは思わず声を漏らす。一瞬で距離を詰め、防御する間も与えない速さで攻撃するペーヌに二人は衝撃を受けた。


「ここからは精神を鍛えるためにこっちも攻撃させてもらうわよ」


 そう言うとペーヌは木剣を振り上げ、勢いよくユーキに向かって振り下ろす。

 痛みに耐えていたユーキはペーヌの次の攻撃に気付くと咄嗟に月下と月影を交差させて振り下ろしを止めた。木剣を防いだ直後、強い衝撃が腕に伝わり、ユーキは態勢を崩さないよう下半身に力を入れて耐える。

 振り下ろしを防いだユーキを見てペーヌはニコッと笑う。そしてがら空きになっている腹部に左足で蹴りを入れ、ユーキは大きく後ろに蹴り飛ばした。

 ユーキは背中から地面に叩きつけられ、腹部と背中の痛みに奥歯を噛みしめる。この時ユーキは半ベーゼ化している自分にただの蹴りで強い痛みを与えたことに驚いていた。

 ペーヌはユーキを蹴り飛ばすと続けたアイカの方を向き、木剣を右から勢いよく横に振って攻撃する。

 アイカは咄嗟にスピキュで木剣を防ぐとプラジュでペーヌに袈裟切りを放って反撃した。だがペーヌは袈裟切りを高くジャンプしてかわし、そのままアイカの頭上を通過して背後に着地する。

 着地した瞬間、ペーヌは振り返り、木剣でアイカの背中に袈裟切りを打ち込んだ。


「ああぁっ!」


 背中の痛みにアイカは声を上げながら前によろめく。強い衝撃と痛みで倒れそうになるが、下半身に力を入れて何とか体勢を保つ。倒れないアイカを見たペーヌは小さく笑みを浮かべる。


「よく倒れずに踏みとどまったわね。……でも、今のが真剣だったら背中をバッサリ斬られてお終いだったわよ?」


 振り向くアイカは笑いながら語るペーヌを見る。この時のアイカは強烈な一撃を放って笑顔を浮かべるペーヌに不気味さを感じていた。

 ペーヌは自分を見つめているアイカを見ながら素早く木剣を引き、アイカの背中に突きを打ち込んだ。


「ううっ!」

「まだ特訓中よ? ……話しかけられたからって気ぃ抜いてんじゃねぇよ」


 笑顔だが低い声を出すペーヌを見ながらアイカは振り返って反撃しようとする。だがアイカが動くより先にペーヌは体を右に回転させ、回転の勢いをつけながら右足でアイカに蹴りを打ち込む。

 蹴られたアイカは大きく飛ばされ、地面に叩きつけられて俯せになった。そして、倒れた時に持っていたプラジュとスピキュを手放してしまう。

 ペーヌは倒れるアイカに歩み寄り、笑いながら木剣で自分の左手を叩く。


「ほらほら、いつまでも倒れてないでさっさと立ちなさい。待っててあげるから早く武器を拾う」


 倒れているアイカを見下ろしながらペーヌは笑みを崩さずに語り掛ける。最早、今の状況は虐めと言ってもおかしくなかった。

 アイカは痛みに耐えながら落ちているプラジュとスピキュを拾って立ち上がり、ペーヌの方を向いてジッと睨みつける。

 ペーヌの性格に問題があることは分かっているため、アイカはペーヌを見損なったりはしなかった。だがそれでも酷い仕打ちを受けていれば気分も徐々に悪くなってくる。


(普通に攻撃してもペーヌさんには当たらないわ。なら強い一撃を打ち込んで体勢を崩し、その直後に攻撃すれば……)


 作戦を考えたアイカはプラジュとスピキュを構え、目の前で笑みを浮かべるペーヌに向かって大きく踏み込んだ。


「サンロード二刀流、落陽斬らくようぎり!」


 踏み込みながら両腕を交差させるアイカはプラジュとスピキュを外側に向かって振り、剣で左右から挟むようにしてペーヌに攻撃する。

 いくら五聖英雄でも左右からの同時攻撃、しかも半ベーゼ状態で筋力が増している今の状態の落陽斬りは今までのように簡単には防げないはずだとアイカは思っていた。

 だが、ペーヌは笑みを崩さずに右手に持つ木剣で右から迫るプラジュを止め、左手で反対側から迫るスピキュの剣身を掴んでアッサリと止めてしまった。


「なっ!?」


 渾身の一撃が簡単に防がれてしまった光景にアイカは驚く。ペーヌは驚くアイカの顔を見ながら小さく笑う。


「なかなかいいわね。今までの攻撃で一番重い攻撃よ。……だけど、止めた木剣を壊せず、素手で止められちゃうようではまだまだね。全然ベーゼの力を引き出せていないわ」


 ペーヌは木剣と手で止めているプラジュとスピキュを軽く押し返し、素早く木剣でアイカの左肩を殴打した。

 木剣の直撃を受けたアイカは痛みで奥歯を噛みしめながら片膝をついてしまう。その隙をついたペーヌは左足で蹴りを入れ、アイカを右へ大きく蹴り飛ばした。


「くぅ……アイカ」


 倒れていたユーキは立ち上がって蹴り飛ばされたアイカを見る。アイカは何度もペーヌの攻撃を受け、顔や足には無数の擦り傷が付いていた。

 目で確認できる箇所には軽い傷だけが見えるが、この時のアイカは服の下など目では見えない箇所に打撲傷など確認できる傷よりも酷い傷を負っていた。

 ユーキ自身もペーヌに木剣で殴られた顔には内出血ができており、脇腹からも鈍い痛みが伝わってくるため、アイカが同じような傷を負っていると確信していた。

 ユーキは遠くで倒れているアイカと彼女を甚振るように鍛えているペーヌを見て徐々に怒りが込み上がってきた。


(無茶苦茶な特訓をするとは聞いていたけど……あれはいくら何でもやりすぎだろう!)


 心の中でペーヌに対する怒りを呟きながらユーキは月下を握る右手に力を入れた。するとユーキの右手が指先からゆっくりと天色あまいろに染まり始める。自身の手の変化に気付いていないユーキはアイカを攻撃するペーヌに向かって走り出した。

 ユーキは全速力で走り、ペーヌとの距離を縮めていく。この時のユーキはベーゼ化が進んでいるせいか走る速度もさっきまでと比べて若干速くなっている。だがユーキはそのことに気付いておらず、真っすぐペーヌの下へ走った。

 アイカの相手をしていたペーヌはユーキが走って来ることに気付くとチラッとユーキの方を向く。目を鋭くして睨んでくるユーキを見たペーヌは笑いながらユーキの方に体の向きを変える。その直後、ユーキはジャンプしてペーヌの顔と同じ高さまで跳び上がり、月下と月影を同時にペーヌに向かって振り下ろした。

 ペーヌは木剣を強く握りながら横にして月下と月影を止める。振り下ろしを止めた瞬間、ペーヌは今までとは明らかに違う重い攻撃に意外そうな反応を見せた。


(さっきまでと重さが違う……混沌術カオスペルを使って筋力を強化したのかしら?)


 ユーキを見つめながらペーヌは攻撃が変わった理由について考える。考えている中、木剣の剣身から軋む音が聞こえ、音を聞いたペーヌはこのままだと木剣が折れるかもしれないと考え、軽く後ろの跳んでユーキから距離を取った。

 ペーヌが離れるとユーキは足が地面に着いた瞬間にペーヌに向かって走り、追撃を仕掛けようとする。

 走ってくるユーキを見たペーヌは木剣の状態を素早く確認してから構え直し、ユーキの動きを確認した。するとユーキの右手が天色に変色しているのに気づき、ペーヌは目を軽く見開く。

 ユーキがベーゼ化していることに気付いたペーヌは真剣な表情を浮かべ、持っていた木剣をユーキに向かって投げつけた。

 いきなり武器を投げたペーヌを見てユーキは意外そうな顔をしながら月影で飛んできた木剣を叩き落す。

 木剣が地面に落ちるとユーキはペーヌに近づこうとする。だが視線をペーヌに向けた瞬間、いつの間にか目の前まで近づいていたペーヌが視界に入り、ユーキは目を大きく見開いた。

 ペーヌは驚いているユーキの胸倉を掴むとそのまま地面に叩きつける。叩きつけられたユーキは痛みで僅かに声を漏らした。


「体が変色してるわよ?」

「!?」


 ユーキは目を見開いて自分の手や足を確認し、天色になってる自分の右手を目にする。右手は既に手首の辺りまで変色しており、ベーゼ化が進んでいることを知ったユーキは衝撃を受けた。

 これ以上ベーゼ化が進めば一大事になると感じたユーキは倒れたまま深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。冷静さを取り戻すと右手の色は徐々に戻り始め、しばらくして元の肌色に戻った。

 体が戻ったのを確認したユーキは安心したのか深く息を吐く。そんなユーキを見たペーヌは呆れたような表情を浮かべ、掴んでいた胸倉を放した。


「言ったでしょう? 強い怒りを感じて無意識にベーゼ化すると大変だから、まず怒りを感じてもベーゼ化しないようにならないといけないって? それなのにいきなりベーゼになりかかってどうすんのよ」

「……すみません」


 起き上がったユーキはベーゼ化してしまったことに対して表情を曇らせながら謝罪した。倒れていたアイカもユーキがベーゼになりかかっていたことを聞き、起き上がって心配そうにユーキを見る。

 ベーゼ化してしまったのは強い怒りを感じたのが原因だと言うことはユーキもよく分かってはいる。だが、アイカが傷つけられる光景を見せられれば怒りを感じるのは当たり前のことだった。

 ペーヌはユーキの表情を見た後、落ちている自分の木剣を拾う。そしてユーキとアイカの方を向きながら口を開いた。


「スラヴァから聞いたんだけど、貴方たち、愛し合ってるんですってね?」


 ユーキとアイカはフッと顔を上げるとペーヌの方を向く。二人の反応を見たペーヌは恋人同士であることを確認すると静かに息を吐いてからもう一度ユーキとアイカを見た。


「好きな人が傷つけられるのを見れば怒りを感じるのは当然のことよ。……でもね? 貴方たちはその怒りを抑え込んでベーゼ化しないようならないといけないわ。怒りを感じて体がベーゼ化しそうになったら気持ちを落ち着かせ、ベーゼ化しないよう体を馴染ませないといけない」

「体を馴染ませるって……」


 難しいことを要求してくるペーヌを見ながらユーキは困り顔になる。そんなユーキの隣にアイカがやって来て座り込んでいるユーキに手を貸して立ち上がらせた。


「……スラヴァが調べて分かったことなんだけど、貴方たちの体は取り込んだ瘴気によって体質が少し変わってるみたいなの」

「体質が?」


 体が変化していると聞いてアイカは思わず訊き返し、ユーキも意外そうな反応を見せる。


「貴方たちは怒りで体がベーゼ化し、完全にベーゼ化する前に怒りが治まると体は自然に元に戻っていく体質になってるらしいわ」


 ペーヌの話を聞いて身に覚えのあるユーキとアイカは真剣な表情を浮かべ、そんなユーキとアイカの顔を見たペーヌは説明を続ける。


「スラヴァの話では体がベーゼ化している最中に自力で怒りを抑え込んで体を元に戻せば、少しずつだけど体が怒りによる変化に馴染んでいき、最後には怒りを感じても無意識にベーゼ化することは無くなるらしいの」

「えっ、本当ですか?」


 驚きと興奮が混ざったような口調で確認するアイカを見ながらペーヌは頷く。


「それを聞いた私はまず貴方たちが怒りを感じてもベーゼ化しないように体を馴染ませることにした。体を馴染ませながらどんな攻撃を受けても取り乱したりせず、平常心を保つことができるほどの強い精神力を身につけさせる。そのために私は貴方たちを徹底的にしごくことにしたってわけ」


 最初に説明を聞いた時は特訓の意味を上手く理解できずにいたが、今の説明を聞いてなぜ怒りを感じるほど厳しい特訓を行うのか知ったユーキとアイカは納得の反応を見せる。

 特訓の詳しい意味を知ったユーキとアイカは怒りでベーゼ化したらできるだけ自分の力で体を元に戻そうと考える。

 しかし体を馴染ませるために怒りでベーゼ化しなくてはいけないと聞いた後だと、強い怒りを感じられるのかどうか不安になっていた。

 ユーキとアイカが上手く体を馴染ませられるか心配していると、ユーキとアイカの様子を見ていたペーヌが二人に近づき、再び満面の笑顔を浮かべる。


「安心しなさい? 今まで以上の怒りを感じられるよう、更に厳しく、そして普通ではあり得ないやり方でしごいてあげるから♪」


 笑いながらそう言った直後、ペーヌは木剣でアイカの腹部に突き、左手でユーキの腹部を殴った。

 腹部から伝わる痛みにユーキとアイカは表情を歪ませる。ユーキは痛みに耐えながら軽くふらつき、アイカは片膝をつきながら俯く。

 ユーキとアイカが怯んでいるとペーヌは続けて両腕を外側に向かって振り、二人の側頭部を強く殴る。ユーキはペーヌから見て左に飛ばされ、アイカは右に殴り飛ばされた。

 飛ばされた二人は痛む体を動かして起き上がり、笑っているペーヌを見つめる。ペーヌは木剣で右肩を軽く叩きながらユーキとアイカを交互に見た。


「さあ、特訓はまだまだこれからよ? たっぷりしごいてあげるから、二人も私を憎いと思うくらい怒りを感じなさい♪」


 笑いながら自分を憎めというペーヌを見てユーキは立ち上がって月下と月影を構える。アイカも痛みで表情を歪めながらプラジュとスピキュを構えた。


(この人、いったい何を考えてるんだ? いくら俺とアイカを強くするためだからと言って、自分から嫌われるような言動をするなんて……)


 これまでのペーヌの行動からユーキはペーヌが何を考えているのか疑問に思う。どうして彼女は自分の立場を悪くするような言動を取るのか、ユーキはまったく分からなかった。

 だが、今はペーヌの真意を考えている余裕など無い。ユーキはペーヌを鋭い目で見つめながら走り出し、アイカもユーキとほぼ同時にペーヌに向かって走った。


――――――


 夕方になった頃に五聖英雄の特訓は終了した。どの特訓もハードな内容だったのか全員疲れを露わにしている。

 パーシュとフレードは魔法の威力を強化するためにかなりの魔力を消費したため、大量の汗を掻きながら地面に座り込んでいる。指導したスラヴァは二人を見ながら小さく苦笑いを浮かべていた。

 カムネスとフィランは汗を掻きながら僅かに呼吸を乱している。剣術を学ぶためにハブールと長時間剣を交えたため、二人は体力をかなり消費していた。しかしカムネスとフィランは倒れたり、座り込んだりせずに立っている。そんな二人を見たハブールは見所があると感じていた。

 そして、ユーキとアイカはペーヌの特訓によって体中に傷を負い、完全に疲労困憊の状態となって倒れている。ペーヌは倒れる二人を見下ろしながら剣身の折れた木剣で自分の左手を軽く叩く。


「今日はここまで、初日にしては持った方ね」


 小さく笑いながら褒めるような言葉を口にするペーヌをユーキとアイカは倒れたまま見上げる。あれから二人はペーヌと戦ってその身に何度も強烈な一撃を受けた。

 ペーヌはユーキとアイカを攻撃しながら二人を怒らせるような言動を取って何度か二人の体をベーゼ化させ、その度に二人に体の変化を教えて平常心を保たせた。しかしベーゼ化をコントロールできるようにはならず、この日はコントロールする感覚を掴んで終わったのだ。


「私たち五聖英雄が貴方たちを鍛えられる期間は二週間。その間に貴方たちがベーゼの力をコントロールできるようにするのが私の役目なの。二週間で使いこなせるようにするため、休みはほぼ無しの状態で鍛えていくから、そのつもりでいなさい?」

「ハ、ハイ……」


 倒れたままユーキは小さな声で返事をする。今日から二週間も同じような特訓を行うことを想像したユーキは僅かに表情を曇らせた。


「それじゃあ、私はもう行くわ。明日は午前九時に此処に集合よ。先に言っておくけど、遅刻は許さないからね?」


 そう言うとペーヌはユーキとアイカを残して校舎の方へと歩いて行く。二人は痛む体を起こして去っていくペーヌの後ろ姿を黙って見つめた。

 ペーヌの姿が見えなくなると特訓を見物していたミスチアはがユーキとアイカに近づき、二人が立ち上がれるよう両手を差し出す。

 ユーキとアイカはミスチアの手を借り、傷む体を動かしてゆっくりと立ち上がった。


「お疲れ様でした。大丈夫ですの?」

「ああ、何とかな……」

「あそこまで凄い人だとは思いませんでした……」


 得物を鞘に納めたユーキとアイカは体の傷む箇所を押さえたり、傷を確認したりする。ミスチアは傷だらけの二人を見ると二人の手を握って混沌紋を光らせた。

 ミスチアが修復リペアを発動したことで二人の体の傷が薄っすらと紫色に光り、初めから無かったかのように消える。ただ、修復リペアは使用する直前の損傷しか修復できないため、二人の傷を全て治すことはできなかった。


「一番新しい傷を治しましたわ。これで少しはマシになると思います」

「ありがとう、ミスチア」


 傷を治してくれたミスチアにユーキは小さく笑いながら返事をし、アイカも笑ってミスチアを見ている。二人の笑顔を見てミスチアは苦笑いを浮かべた。


「それにしてもペーヌさんは凄い力を持っているのですね」


 アイカは先程まで自分とユーキを鍛えていたペーヌの実力を思い出す。

 今の自分とユーキは半ベーゼ化した身体能力が僅かだが強化されており、並の敵には負けない力を持っている。にもかかわらず自分たちを無傷でボロボロにしてペーヌの力にアイカは改めて衝撃を受けた。


「ああぁ、そう言えば話してませんでしたわね……あの人、自分のことをエルフだと言ってましたが、正確にはわたくしと同じハーフエルフですの」

「えっ、ペーヌさんってハーフエルフだったのか?」


 エルフと人間の血を半分持つ存在と知ったユーキは意外に思い、アイカも少し驚いたような顔をしていた。


「以前、ハーフエルフの中に稀ですが高い身体能力を持つ存在が生まれると話したのを覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、ミスチアもその身体能力の高いハーフエルフなんだよな……ん?」


 何かに気付いたユーキはフッと反応する。


「……もしかしてペーヌさんも生まれつき身体能力の高いハーフエルフなのか?」

「そのとおりですわ。あの人はわたくしよりも高い身体能力を持っている上に五聖英雄の一人、悔しいですがわたくしとは比べ物にならないくらいの力を持っていますわ」

「どおりで俺とアイカが二人で挑んでもまったく敵わないわけだ……」


 ペーヌが歩いて行った方角を見ながらユーキは五聖英雄の実力を改めて理解する。

 あれほどの力を持つペーヌの特訓を受ければ自分とアイカは確実に強くなれるだろうとユーキは思った。だが同時に厳しすぎる特訓に耐えきれるのかと小さな不安も感じている。


「それにしてもお二人ともやりますわね? あの馬鹿師匠の異常とも言える特訓に耐えるなんて……」


 ミスチアも弟子としてペーヌの教えを受けたため、その教え方が厳しすぎることを知っている。だからペーヌの特訓に耐え抜いたユーキとアイカの体力と精神力に感心していた。

 ユーキとアイカはミスチアを見ながら苦笑いを浮かべる。ミスチアも昔、先程自分たちが受けた特訓と同じような教えを受けていたと思うと同情し、思わず笑ってしまうのだ。


「ペーヌさんって、昔からあんなに厳しい教え方をしてたのか?」

「ええ、そうですわ」


 腕を組むミスチアは昔を思い出し、しばらくすると静かに口を開いて過去のことを話し始める。


 ミスチアとペーヌが出会ったのは六年前、当時ローフェン東国で孤児だったミスチアは孤児院生活から抜け出すためにメルディエズ学園に入学することを決意する。しかし入学するために武術を身につける必要があったため、ミスチアは東国でグランドル重撃術を教えていたペーヌに弟子入りしたのだ。

 当時ペーヌの弟子はミスチアを含めて十人おり、その殆どがミスチアよりも年上で体力のある人たちだった。

 ミスチアを含む弟子たちは最初こそ、グランドル重撃術を体得するために厳しい特訓にも耐えてやるという意思があった。だが弟子入りした直後、ミスチアたちはペーヌの暴行とも言える訓練を受けて大勢の生徒が肉体的にも精神的にも大きなダメージを受けてしまったのだ。

 それからもペーヌは容赦なくミスチアたちをしごいていき、そのあまりにも厳しすぎる訓練に耐えられなくなった弟子たちは弟子入りしてから僅か五日で逃げ出してしまった。

 ペーヌは逃げ出した弟子たちに呆れ、「根性の無い奴に教える必要は無い」と弟子たちを連れ戻そうともせずに放置した。だがそんな中でミスチアだけは逃げ出さずにペーヌの下に残っていたのだ。

 ミスチアはハーフエルフの中で稀に生まれる身体能力の高い存在であったため、他の弟子たちと違ってペーヌのしごきに耐えることができた。

 更にミスチアはこの時から自分の身体能力の高さにプライドを持っており、自分をしごき、小馬鹿にしたペーヌを見返してやる、何時か仕返ししてやるという気持ちを抱いていたため、逃げ出さずに弟子として残り続けようと思っていた。

 ペーヌは弟子の中で最も幼く、自分と同じハーフエルフであるミスチアに興味が湧き、彼女を弟子として徹底的に鍛えることにした。

 ペーヌにとってミスチアが逃げ出さなかった理由などどうでもよかった。自分の厳しい特訓に耐えてやろうという強い精神力と力を持っているミスチアを強くしてやろうと思って鍛えたのだ。

 その後、ミスチアはペーヌの厳しい教えを受け続け、訓練中に修復リペアも開花させて戦士としての技術と知識を得ていった。

 途中で新たに弟子入りしてきた者たちも何人かいたが、彼らもペーヌの厳しさに耐えられずに逃げ出してしまい、結局ミスチアだけがペーヌの教えを全て受け、弟子と認められる存在となったのだ。

 そして十四歳になった時、ミスチアはメルディエズ学園に入学し、ペーヌから教わった技術と知識、彼女の厳しい訓練で手に入れた精神力を活かしてベーゼと戦っていった。


 自分の過去を話し終えたミスチアは空を見上げる。昔話を聞いていたユーキとアイカは「大変だったんだなぁ」と思いながら再び苦笑いを浮かべた。


「あの人の教えは本当に常識では考えられないものでしたわぁ……メルディエズ学園に入学した日にはようやくあの馬鹿師匠から解放されてよかったと喜びを感じたくらいでしたもの」

「そ、そうなんですね……」


 アイカはミスチアの気持ちが分かるのか、ミスチアの発言を否定したりはしなかった。ユーキもアイカと同じ気持ちらしく苦笑いを浮かべ続けている。


「あの様子だと馬鹿師匠は昔とやり方を変えていないみたいですわね……まったく、ユーキ君にまであんな仕打ちをするなんて許せねぇですわ」


 自分の気に入っているユーキが苛め同然の扱いを受けて腹が立つのか、ミスチアは俯きながら眉間にしわを寄せた。

 昔からペーヌがとても厳しかったと知ったユーキとアイカは明日の特訓は今日以上に大変かもしれないと予想する。だが、ベーゼたちに勝つ力を得るにはその厳しい特訓をやり遂げないといけないため、二人は必ずやり遂げると自分に言い聞かせた。


「だけど、どうしてペーヌさんはあんなに厳しい教え方をするのかしら? そもそも、最初からあんな問題のある性格をしていたとも思えないわ」

「確かにな……もしかすると過去に何かあって性格が変わり、あんな厳しい教え方をするようになったのかもしれないな」


 過去に原因があるのかもしれないと考えるユーキはチラッとミスチアの方を向いて何か知らないか目で尋ねる。

 ミスチアはユーキとアイカの会話を聞いていたのかユーキを見ながら首を横に振った。


「生憎、わたくしは何も知りませんわ。あの人も自分の過去は何も話しませんでしたから」

「そうか……」


 ユーキは何も情報が得られないことを少し残念に思いながら呟いた。


「それよりお二人とも、今日はもう寮に戻って休んだ方がいいですわよ? 明日も今日のように厳しい特訓を受けさせられるはずですからね」

「そ、そうですね」


 明日の特訓のために少しでも体力を回復させた方がいいとアイカは考え、ユーキも同じ気持ちなのか真っすぐ学生寮に向かおうと思っていた。

 二人は若干傷む体を動かして学生寮の方へ歩き出し、ミスチアも二人の後をついて行く。


「ああぁそれと、馬鹿師匠も言っていましたけど、遅刻だけは絶対にしない方がいいですわよ? わたくし、昔一度だけ遅刻してあの人に半殺しにされましたから……」


 自分が経験したことを話すミスチアを見てユーキとアイカは僅かに顔色を悪くする。絶対に明日は遅刻してはいけない、そう思いながら二人は移動した。


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