第二百三十話 特訓開始
ユーキとアイカはペーヌの後をついていき、投げ飛ばされたミスチアの下までやって来る。ミスチアはユーキたちが近づいても俯せのまま動かなかった。
「お~い、ミッちゃ~ん。何時までそうしてるのぉ? 早く立ちなさ~い」
ペーヌが呼びかけてもミスチアはピクリともしない。ユーキとアイカは反応の無いミスチアと地面に叩きつけられた時の状況から最悪の事態を予想して顔色を悪くする。
しかし投げ飛ばしたペーヌ本人は慌てる様子も見せず、落ち着いてミスチアを見下ろしていた。
「もしかして今ので死んじゃった? あらあら、あれだけ可愛がってあげたのにだらしないわねぇ」
「誰がだらしないんですの?」
哀れむペーヌにミスチアが俯せのまま言い返す。ミスチアの声を聞いたユーキとアイカはミスチアが生きていたことに安心して静かに息を吐く。
ペーヌは両手を腰に当てながら笑顔でミスチアを見つめる。一方でミスチアはゆっくりと起き上がると地面に座り込み、不満そうな顔でペーヌを睨みつけた。
「再会していきなり投げ飛ばすなんて、何を考えてるんですの?」
「あら、あれはアンタが私の陰口を言っていたからそのお仕置きをしただけよ? あと再会の挨拶♪」
「挨拶で投げ飛ばすなんてどう考えても異常ですわ。……と言うより、その格好は何ですの?」
ミスチアが自分と同じメルディエズ学園の制服を着ていることを指摘するとペーヌは右にクルッと一回転して自分の姿を見せる。
「どお? 似合ってるでしょう? 久しぶりにメルディエズ学園に来るわけだからわざわざ用意して着て来たのよ。私もまだまだ制服が着れる若さだからね♪」
「着れる若さぁ? いい歳して何言ってやがるんですの? 若作りするならもっと別のやり方をするべきだと思いますわよ」
似合ってないと思っているのかミスチアは小さく笑いながら小馬鹿にするようにペーヌに言い放つ。
ミスチアとペーヌのやり取りを見ていたユーキとアイカは目の前にいる二人のエルフは何かしら深い因縁があるのだと考え、同時にミスチアから聞いた情報と此処までのやりとりから二人はあまり良い関係ではないと悟った。
ペーヌは笑いながらミスチアを見つめ、しばらくするとゆっくりと俯いて顔を見えないようにする。
「……あらあら、しばらく見ない内に言うようになったわねぇ」
先程と同じように明るい口調で語るペーヌはゆっくりと顔を上げる。そこには先程まで見せていた笑顔は無く、目を鋭くしてミスチアを睨む顔があった。
「何時からそんなに偉くなったんだ? あ?」
「……ッ!」
低い声で語り掛けるペーヌにミスチアは微量の汗を掻きながら固まった。ユーキとアイカもミスチアの様子とペーヌの口調の変化に反応する。
これまで多くのモンスターやベーゼと命を懸けて戦ってきたミスチアは並の相手に睨まれたり、脅されたりしても動揺を見せたりはしない。だが今のミスチアはペーヌを前に明らかに動揺しており、ユーキとアイカはミスチアがペーヌを恐れていると直感する。
無言で睨みつけるペーヌをミスチアは座り込んだまま見ている。緊迫した空気にユーキとアイカは何とかした方がいいのかもと感じていた。
「……な~んてね♪ ビックリした? 大丈夫よ、お仕置きなんてしないわよ」
突然表情を和らげて笑顔に戻るペーヌにユーキとアイカは目を丸くする。コロコロと表情と態度を変えるペーヌを見ながら二人は不思議な人だと思っていた。
一方でミスチアは緊張が解けたことで溜め息をつき、ゆっくりと立ち上がって制服に付いた土や砂を払い落とす。
「ホント、相変わらず何考えてるか分からないですわね、貴女は……」
「あら、アンタみたいな小生意気な娘が先生の考えを読めると思ってたの?」
笑顔のまま見下したような発言をするペーヌを見てミスチアはカチンと来たのか目元をピクピクと動かしながら小さく笑う。
「あ、あのぉ、ちょっといいですか?」
蚊帳の外だったユーキがペーヌに声を掛けるとペーヌとミスチアはユーキに視線を向けた。
「幾つか訊きたいことがあるんですけど……ペーヌさんはミスチアとどういう関係なんですか?」
「あら、聞いてないの? 私ね、この子に戦い方を仕込んだのよ」
「戦い方を? それってつまり……」
ユーキはチラッとミスチアの方を向き、ミスチアはユーキと目が合うともう一度溜め息をついた。
「そう言えば、まだ話してませんでしたわね。さっきそのことを話そうとしたのですが、話す前に投げ飛ばされちゃいましたから……」
数分前の出来事を思い出して疲れたような表情を浮かべるミスチアは自身の後頭部を掻き、視線だけを動かしてペーヌを見た。
「私、学園に入学するまでこの人に戦闘の技術や知識を教わっていたんです。私が使っているグランドル重撃術もこの人に叩きこまれたんですの」
「と言うことは、ミスチアさんはペーヌさんの弟子ってことですか?」
アイカの問いにミスチアは無言で頷いた。同じメルディエズ学園の生徒の中に五聖英雄の弟子がいるとは思っていなかったため、ユーキとアイカは驚いてペーヌの方を向く。
ペーヌは満面の笑みを浮かべながら二人を見ていた。
「ベーゼ大戦が終わった後、この人はメルディエズでベーゼの残党狩りを行っていたそうです。それからメルディエズがメルディエズ学園に変わった後もしばらく教師として多くの生徒を鍛えたそうですが、誰も特訓に耐えられなかったそうですわ」
「そうなのよ。まったく当時の生徒は本当に根性の無い子たちだったわ~、あの程度の特訓で音を上げるなんて」
腕を組むペーヌは当時のことを思い出して呆れた口調で語る。そんなペーヌをミスチアはジト目で見つめた。
「……私を鍛える時も当時の生徒たちと同じやり方をしていたのでしょう?」
「ええ、そうよ」
「だったら、生徒たちが音を上げるのも当然ですわ」
嫌なことを思い出したのかミスチアは表情を僅かに曇らせた。
暗い表情をしているがミスチアの目からは僅かに不満のようなものが感じられ、それに気付いたユーキはミスチアは昔、ペーヌにかなり厳しく鍛えられたのだろうと予想する。
「ハッキリ言ってあのやり方は厳しすぎますわ。その証拠に貴女の訓練を受けた生徒の殆どが肉体的にも精神的にも追い込まれて途中で逃げ出しましたもの」
逃げ出した生徒までいると聞かされたユーキとアイカは予想以上に厳しい特訓だったと知り、自分たちも同じくらい厳しい特訓を受けるのかと思って僅かに表情を歪ませる。
「それはちょっと違うわ。確かにあの子たちには厳しくしたけど、ミッちゃんよりは優しくしてあげたのよ? 貴女は過去に鍛えた生徒よりも根性があったし、途中で修復を開花させたから他の生徒よりも可愛がってあげただけ」
「はあ!? それは初めて聞きましたわ。……つまり私が他の教え子よりも丈夫だったからあそこまで厳しくしてやがったんですの!?」
自分は他の教え子たちよりも扱いが酷かったことを知ったミスチアは不満を露わにする。ペーヌはミスチアの方を向くと笑いながら彼女の頭をそっと撫でた。
「勘違いしてるようだから言っておくわよ? 私は貴女に才能と根性があると思ったから人一倍厳しく鍛えただけ。過去に鍛えた根性の無い連中や逃げ出した子たちを弟子とは思ってないわ。最後までやり遂げ、私のしごきにも耐えた貴女だけを本当の弟子と思っているの。そこは誇りに思いなさい」
「なぁ~にが『才能と根性があると思った』、ですの。いくら見込みがあるからといってあんなイジメ同然の鍛え方をしていい理由にはなりませんわ。ホントに見込みがあると思うのなら、もっと優しく丁寧に……」
ミスチアはペーヌから目を逸らしながら文句を口にする。するとペーヌはミスチアの頭を撫でていた手で彼女の頬を掴み、強引に自分の方を向かせて笑顔のまま顔をミスチアの顔に近づけた。
「ほ、こ、り、に、思いなさい?」
「……ふぁ、ふぁい」
笑顔だが恐怖を感じさせるペーヌの顔にミスチアは寒気を感じながら返事をする。ペーヌはミスチアの返事を聞くとゆっくり頬を放した。
ユーキとアイカはミスチアとペーヌの会話から二人は普通の師弟関係でないと悟った。いったいペーヌは過去にどんな特訓を行い、ミスチアはどんな風に鍛えられたのか二人は不安そうな顔をしながら考える。
「さてと、お話はこれぐらいにして、そろそろ特訓を始めましょうか? 時間も限られてるわけだしね」
ミスチアとの会話を済ませたペーヌはユーキとアイカの方を向き、考え込んでいた二人も遂に特訓が始まるのだと気持ちを切り替えてペーヌと向かい合う。
「一応確認するけど、貴方たちはベーゼとの戦いに備えて力をつける必要がある。そのために私の特訓を受け、自分たちの体に宿っているベーゼの力を使えるようにならないといけない。間違い無いわね?」
「ハイ」
ユーキが返事をするとミスチアは笑顔を消し、まばたきをしながら両手を腰に当てる。
「スラヴァから聞いてると思うけど、ベーゼの力のコントロールには貴方たちの精神が大きく関わっているわ。精神力が強ければベーゼの力だけでなく、ベーゼ化も自由に操ることができる。……心当たりがあるんじゃない?」
ペーヌの問いにユーキとアイカはフッと反応する。
リスティーヒの高濃度の瘴気に体を侵された時、ユーキが強化で精神力を強化したことで瘴気に体を蝕まれながらも自我と理性を保つことができた。
昔のことを思い出したユーキとアイカは強い精神力がベーゼの力を操るのに必要不可欠と言うペーヌの言葉に納得する。
「貴方たちが自我と理性を保ったままベーゼの力を使いこなすには今以上に精神力を強くする必要がある。そのためにも貴方たちには私の特訓を受けて強い精神力を得ないといけないってわけ。分かった?」
「ハイ」
「よろしくお願いします」
ユーキとアイカは真剣な表情を浮かべながらペーヌを見つめ、二人の顔を見たペーヌは笑みを浮かべる。
笑っているペーヌの後ろではミスチアが不安そうな顔を浮かべながらユーキとアイカを見つめていた。
「それじゃあ、私はこれで失礼しますわぁ……お二人とも頑張ってくださいねぇ」
案内が済んだことで自分はこの場にいる必要は無いと考えたミスチアは立ち去ろうとする。
ユーキとアイカはペーヌの所まで連れて来てくれたミスチアを見送るために一言声を掛けようとした。だが、二人よりも先にペーヌが口を開く。
「ちょっと待って」
呼び止められたミスチアは足を止め、面倒くさそうな顔をしながら振り返ってペーヌを見る。
「な、何ですのぉ?」
「折角だから残ってこの子たちが特訓するところを見ていきなさい」
「どうして私が? 残ったところで意味なんてねぇですわよ?」
「そんなことないわ。この子たちはこれから私の特訓を受ける、つまり貴女はこの二人の先輩になるってことよ。先輩として後輩たちにアドバイスとかしてあげたらいいんじゃない?」
特訓を受けるユーキとアイカに助言をしたらどうだというペーヌの提案にミスチアは複雑そうな顔で考え込んだ。
正直、ユーキとアイカがどんな特訓を受けるのか気にはなっている。そして、ユーキが苦労していたら自分が助けてあげたいという気持ちもあった。
「……分かりましたわ」
悩んだ末、ミスチアはユーキとアイカの特訓を見ていくことにした。ユーキとアイカは残ると決めたミスチアを見て少し意外そうな表情を浮かべ、ペーヌはニコッと笑みを浮かべている。
ミスチアは特訓の邪魔にならないようユーキたちから距離を取り、離れた所で特訓を見守る。その表情にはこれから厳しい特訓を受けるであろうユーキとアイカに対する不安と同情が見られた。
「それじゃあ、始めましょう」
ペーヌは笑いながらそう言うと左の方へ歩き出し、少し離れた所に落ちていた訓練用の木剣を拾ってユーキとアイカの前に戻って来る。
ユーキとアイカはペーヌの持ってきた木剣を見ながら何に使うのだろうと疑問に思う。
「あっ、そうそう。訓練を始める前にこれを飲んでちょうだい」
ペーヌは上着のポケットに手を入れ、丸めてある羊皮紙を取り出して広げる。そこには1cmほどの濃い茶色の球体が二つ入っていた。
「これは?」
「スラヴァから預かった薬よ。貴方たちの体を半ベーゼ状態に戻すことができる丸薬らしいわ」
差し出された丸薬の効力を聞いてユーキとアイカは少し驚いたような顔をする。だが考えてみればスラヴァは半ベーゼ状態から元の体に戻す薬を調合してくれたので、逆の効力を持つ薬を調合できても不思議ではない。ユーキとアイカは改めてスラヴァの薬の調合能力に感心する。
「半ベーゼ状態に戻ってから特訓をするのですか?」
「当然よ。貴方たちはベーゼの力をコントロールできるようにならないといけないんだから、ベーゼの力を使える状態で特訓を受けないと」
ペーヌの説明を聞いたアイカは納得して丸薬の一つを摘まむ。ユーキも残りの丸薬を手にし、二人は丸薬を口に入れる。
丸薬を入れた瞬間、口の中に強い苦みが広がり、ユーキとアイカは表情を歪ませた。
苦みに耐えながら二人は丸薬を飲み込み、疲れたような顔をしながら息を吐く。すると丸薬を飲み込んでから数秒後、二人は軽い息苦しさと倦怠感に襲われて表情を曇らせる。
「何だ? 急に体が怠くなったような……」
「私も……」
突然の異変にユーキとアイカは動揺する。そんな二人を見たペーヌは小さく笑みを浮かべた。
「どうやら体が半ベーゼ状態に戻ったようね」
「え? それってどういうことですか?」
「知ってのとおり、この学園にはベーゼが近づけないよう結界が張られているわ。結界には近づいたベーゼに不快感を与え、動きとかを鈍らせる効力がある。貴方たちは半ベーゼ状態に戻ったから結界の影響を受けてるのよ」
「でも、私とユーキが最初に半ベーゼ状態になった時は学園の中にいても平気でしたよ?」
半ベーゼ状態になったばかりの時のことを思い出したアイカはどうして結界の影響を受けているのか疑問を抱く。
「多分結界の力が強くなったからでしょうね。以前は結界の力はそれ程強くしてなかったけど、ベーゼ大帝が復活したという報告を受けてからは結界の力を以前よりも強くしたとガロデスから聞いたわ」
ペーヌの話を聞いたユーキとアイカは結界の力が強くなったことを思い出してフッと反応する。
「きっと貴方たちが半ベーゼ状態になったばかりの時はまだ結界の力が強化されていなかったから結界内にいても影響を受けなかったんでしょうね。あと、貴方たちは半分ベーゼで半分人間だから結界の影響も弱かったって言うのもあるかも」
「成る程、そう言うことか」
自分の右手を軽く握りながらユーキは納得した。半ベーゼの自分でも気分が悪いのだから、奇襲を受けた時に学園内にいたベーゼたちはもっと不快な気分になっていただろうと予想する。
「あの、もしかして特訓って結界の影響を受けた状態でやるのですか?」
「ええ、勿論よ」
即答するペーヌを見てアイカは「ええぇ」と若干不満そうな顔をする。
「さっきも言ったように貴方たちにはベーゼの力をコントロールできるようになるために私の特訓で精神力を強くしてもらうわ。精神力を鍛えるのだから結界による不快感ぐらいは我慢しないと」
不快な気分の中で精神力を鍛えれば効率よく強くすることができるというペーヌの言葉にユーキとアイカは一理あると感じる。
少しでも早く精神力を強化し、ベーゼの力を扱えるようになるためにも自分を追い詰める状況で特訓をするのが一番かもしれないと二人は思っていた。
少しでも不快感を和らげるため、ユーキとアイカは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。気分が楽になったと感じたユーキとアイカはペーヌの方を向き、二人と目が合ったペーヌは再び笑みを浮かべた。
「落ち着いたようね。……じゃあ特訓を開始するけど、その前に幾つか貴方たちに質問するわ」
「質問ですか?」
「そう」
ペーヌは持っている木剣を右肩に掛けながら二人の前を歩き出す。ユーキとアイカは自分たちの前を歩き回るペーヌを黙って見つめながら質問してくるのを待った。
「今の貴方たちは人間だった時よりも身体能力が高くなっていて、強い怒りを感じた時は体の一部がベーゼ化し、今の状態より更に強い力を使えるようになる。それは貴方たちも理解しているわよね?」
『ハイ』
声を揃えて返事をするユーキとアイカを見たペーヌは笑いながら「よろしい」と言いたそうに頷く。
「これから起こるベーゼとの戦いで貴方たちが勝つためには自分の意思で自由に体をベーゼ化できるようにならないといけないわ。そのためにも精神力を今以上に強くし、ベーゼ化をコントロールできるようにならないといけない」
歩いていたペーヌはユーキの前で立ち止まると彼の方を向き、笑いながらユーキの顔を見つめる。
「それじゃあユーキ、貴方に訊くけど、ベーゼ化をコントロールできるようになるために真っ先にやらないといけないことは何?」
「真っ先にやらないといけないこと? ……どんな痛みを感じても、心理的揺さぶりを受けても平常心を保てるようなることですか?」
正解を考えたユーキは真面目な表情を浮かべてペーヌの質問に答える。
ペーヌは笑顔を崩さずにユーキを見つめており、ユーキの答えを否定しないことから正解なのかとユーキとアイカは思った。
だが次の瞬間、ペーヌは持っていた木剣でユーキの右頬を強く殴った。
(……なっ?)
突然の出来事にユーキは一瞬理解できず、背中から地面に叩きつけられる。ユーキが殴られた光景を見てアイカは驚愕の表情を浮かべた。
「ぶっぶ~、ハズレ♪」
仰向けになっているユーキを見ながらペーヌは笑顔で答えを否定する。
ペーヌの声を聞いたユーキは先程の回答は間違いで、違う答えを言った自分を罰するために殴ったのだと知った。
「平常心を保てるようになるなんて、精神力を鍛えるって言った時点で分かり切ってることでしょう?」
笑顔を浮かべているペーヌだが、その笑顔からは当たり前のことを言ったユーキに対する苛立ちが感じられた。
ユーキは殴られた右頬を擦りながらゆっくりと起き上がってペーヌを見る。
「アイカ? 貴女は何するべきだと思う?」
ペーヌは質問する相手をユーキからアイカに変えて同じ質問をする。アイカはペーヌが自分の方を向くとピクッと反応する。
ユーキを木剣で殴った光景を見たアイカは満面の笑みを浮かべるペーヌに寒気を感じていた。
「え、えっと……すみません、分かりません」
答えが思いつかないアイカは申し訳なさそうな顔で呟く。その直後、ペーヌは木剣でアイカの左脇腹を殴打した。
「ああぁっ!?」
「何か言えよ、ボケ」
笑顔を浮かべるペーヌはアイカを間違いを指摘する。
アイカは殴られた箇所を両手で押さえながら軽くふらつき、ユーキは殴られたアイカを見て表情を歪めた。
先程笑いながら自分たちと会話をしていたペーヌとは明らかに様子が違うため、ユーキだけでなくアイカも驚きを隠せずにいる。
ペーヌは木剣で左手を叩きながらユーキとアイカを見た。
「正解は怒りを抑え込めるようになること」
答えを聞いたユーキとアイカは痛みに耐えながらペーヌの方を向く。
「貴方たちは強い怒りを感じた時、体が無意識にベーゼ化してしまい、力の加減もできなくなる。それを防ぐためには怒りを感じてもベーゼ化しないようならないといけないわ」
何が重要なのかをペーヌは木剣で肩をトントンと叩きながら説明する。説明を聞いていたユーキは殴られた箇所の痛みが引いたのかゆっくりと立ち上がり、アイカも脇腹から手を離して体勢を直す。
「私はこれから貴方たちの精神力を強くするために厳しく鍛え、しごいていくわ。それこそ強い怒りを感じるほど無茶苦茶なやり方でね」
「そう言うことですか……」
普通ではあり得ないほど厳しく特訓をし、精神力を鍛えながら怒りでベーゼ化しないように体を慣らしていくのがペーヌの特訓の内容だと知ったユーキは荒いやり方だが精神を鍛えるには効率がいいと感じていた。
ユーキは特訓の内容を理解すると同時にミスチアがペーヌの性格に問題があると言っていたことにも納得する。アイカも予想以上に厳しい特訓内容とペーヌの恐ろしい教え方に息を飲んだ。
(転生前にも爺ちゃんから厳しい特訓を受けていたけど、ペーヌさんの特訓はある意味で爺ちゃんの特訓よりもキツイかもな……)
祖父の特訓を思い出したユーキは複雑そうな表情を浮かべた。
「さてと、じゃあ本格的に特訓を始めましょうか。……二人とも、かかってらっしゃい」
木剣をユーキとアイカに突きつけながらペーヌは攻撃するよう言い出し、ユーキとアイカは軽く目を見開いてペーヌを見た。
「かかって来いって、戦闘の特訓もするのですか?」
「そんなの当たり前でしょう? 戦いの技術も叩き込みながら精神を徹底的に鍛えていくわ。分かってると思うけど手加減は一切しないから全力で戦いなさい?」
木剣を構えながら本気で来るよう忠告するペーヌを見て、ユーキとアイカはお互いの顔を見合う。
五聖英雄であるペーヌを相手に手を抜いたり、甘く見たりすれば大怪我をする可能性だってある。自分たちが強くなるため、自分たちが怪我をしないためにも本気で挑まなければならないと二人は思った。
ユーキは腰の月下と月影を抜き、アイカもプラジュとスピキュを抜いて構える。得物を抜いた二人を見てペーヌは微笑みながら木剣を強く握った。
「さぁ、半ベーゼ状態の貴方たちの力、見せてちょうだい♪」
ペーヌが喋った直後、ユーキとアイカは地面を蹴ってペーヌに向かって走り出す。半ベーゼ化して身体能力が強化された二人は普段よりも速さで走ることができた。
距離を詰め、ペーヌが間合いに入った瞬間、ユーキとアイカは同時にペーヌに攻撃し、ペーヌも笑いながら応戦する。
「……」
離れた所ではミスチアが無言でユーキたちの特訓を見物しており、笑いながらユーキとアイカの相手をするペーヌを見たミスチアは溜め息をつく。
「あの二人のことも私と同じようにしごくつもりですわね、あの馬鹿師匠……」
ミスチアは呆れた表情を浮かべながら呟き、ペーヌの相手をするユーキとアイカに再び同情の眼差しを向けた。




