第二百二十九話 五聖英雄
カムネスとフィランはガロデスに案内されて闘技場にやって来た。闘技場はまだ修繕が済んでおらず一部が損壊したままだ。少しでも早く直すため、大工や用務員たちは協力し合って作業をしている。
修繕作業をしている大工たちを見ながらカムネスたちは闘技場の入口へ向かう。大工たちはカムネスたちと目が合うと手を振ったり、軽く頭を下げたりして挨拶する。
ガロデスは笑いながら挨拶を返し、カムネスは小さく頷く。フィランは挨拶せずに前を向いたまま移動した。
闘技場の中に入ったカムネスたちは試合が行われる広場に出た。広場は奇襲の被害は出ておらず綺麗なままで大工など修繕作業をする者の姿は無い。ただ、広場の中央には無数の何かが置かれており、その真ん中では一人の男が目を閉じたなら胡坐をかいていた。
男は四十代後半ぐらいで黄色い目と肩まである茶色い長髪をしており、右手の甲には混沌紋が入っていた。身長は175cmほどで白いYシャツのような長袖を着て薄い茶色の長ズボンを穿いており、左側には黒い鞘に納められた刀が置いている。背筋を伸ばし、姿勢を良くしながら胡坐を掻いているその姿は戦いに慣れている貴族のように見えた。
「学園長、あの方が……」
「そのとおりです。五聖英雄の一人にして、貴方とフィランさんを鍛えてくださる、ハブール・バヨネットです」
広場にいるのが五聖英雄だと知ったカムネスは歩きながら胡坐をかいているハブールを見つめる。刀を持っている点からハブールが五聖英雄最高の剣士であり、自分とフィランに剣を教えるのだと直感し、自分たちにピッタリの師だと感じた。
フィランも剣士が自分を鍛えてくれると知って都合がいいと思っていた。ただ相変わらずの無表情で傍からはフィランがハブールをどう思っているのか全く分からなかった。
カムネスたちは座っているハブールの前までやって来るとゆっくり立ち止まる。足を止めたカムネスとフィランは視線だけを動かした周囲を確認した。
ハブールの周りには黒光りする全身甲冑を着せた木人形や銀色に光るタワーシールド、メルディエズ学園の生徒に支給される剣が数本あり、カムネスとフィランは周りの物が特訓で使われる物だとすぐに気付く。
「ハブール殿、お待たせしました」
「……うむ」
声を掛けられたハブールはゆっくりと目を空け、前にいるガロデスと彼の後ろに立っているカムネスとフィランを見る。
ハブールは地面に置いてある刀を左手で拾うと立ち上がり、鋭い目で自分を見るカムネスと隣で無表情を浮かべているフィランをもう一度見た。
「その二人か?」
「ええ、今回貴方に鍛えてもらう生徒会長のカムネス・ザグロンくんとフィラン・ドールストさんです。ご存じだと思いますが、お二人は神刀剣に選ばれた生徒です」
既にカムネスとフィランの情報を聞いているのか、ハブールは二人が神刀剣の使い手だと聞いても驚いたりせずにカムネスとフィランを見続ける。その姿は二人の性格や人間性や見極めようとしているように見えた。
ガロデスはカムネスとフィランを見つめるハブールを見て、ハブールならカムネスとフィランを確実に今以上に強くしてくれるはずだと確信し、小さく笑みを浮かべた。
「では、あとはよろしくお願いいたしますね?」
「承知した」
低い声で返事をするハブールを見たガロデスはカムネスとフィランの方を向く。
「お二人とも、頑張ってください」
応援の言葉を掛けたガロデスはカムネスたちに背を向けて闘技場の出口の方へ歩いて行く。カムネスたちは離れていくガロデスを無言で見送った。
ガロデスが闘技場の広場から去るとカムネスとフィランはハブールの方を向き、ハブールもカムネスとフィランを見ると目を僅かに鋭くしながら口を開く。
「改めて名乗らせてもらおう。私はハブール・バヨネット、五聖英雄の一人だ」
「カムネス・ザグロンです」
「……フィラン・ドールスト」
三人は目の前に立っている相手に簡単な自己紹介をする。短い間とは言え行動を共にするのだからしっかり挨拶はしなくてはいけなかった。
「早速だが、すぐに特訓を開始する。問題無いな?」
「ハイ」
カムネスは返事をしながら小さく頷く。一秒でも早く強くならないといけないと考えているカムネスは出会ってすぐに特訓を行うことになっても不満を感じていなかった。
フィランもカムネスと同じ気持ちなのか不満を露わにはしていない。ただ、彼女の場合は感情を表に出さないため、不満などを感じているのかどうかは分からなかった。
ハブールは持っている刀を腰に差して歩き出し、カムネスとフィランから離れていく。二人はハブールからついて来るよう指示されていないことから、自分たちはその場を動いてはいけないと感じ、動かずに離れていくハブールを見ていた。
カムネスとフィランから数m離れた位置まで移動したハブールは振り返って二人の方を向く。そして、腰の刀を抜くと中段構えを取った。
「まずはお前たちの実力を確かめさせてもらう。かかって来い」
突然攻撃してくるよう言い出すハブールにカムネスは反応し、フィランもまばたきをしたままハブールを見ていた。
カムネスとフィランの反応から二人が理解できていないと知ったハブールは説明不足だったと感じ、構えを崩さずに分かりやすく説明する。
「お前たちには私との特訓を受け、今以上の剣術と身体能力を身につけてもらう」
「剣術と身体能力ですか……」
特訓で自分とフィランが鍛える箇所を知ったカムネスは呟く。てっきり複雑で厳しい特訓内容になると思っていたが、予想していたよりも単純なものだったため少し意外に思っていた。
「お前たちは自分たちの剣術と混沌術を組み合わせて戦う戦法を得意としていると聞いた。お前たちは既に自身の混沌術を使いこなしており、混沌術の力を強化する必要は無い。そのため、剣術と体力を強化してより強い戦闘能力を得られるようにするべきだと我々は判断し、剣術を得意とする私がお前たちの担当となったのだ」
「成る程、僕らの剣術と体力をどのように強化するか方針を決めるため、まず直接戦って実力を確かめようというわけですね?」
「流石は生徒会長にしてザグロン侯爵の息子、察しがいいな」
自分の考えていることを理解したカムネスにハブールは感心する。理解の早いことからカムネスは頭が切れると知ったハブールは効率よく鍛えることができるだろうと考えた。
「方針を決めるためにもお前たちの全力を見たい。神刀剣の能力は勿論、魔法も混沌術も遠慮なく使ってかかって来い」
手加減せずに戦うよう指示したハブールは刀を回転させて峰の部分をカムネスとフィランに向ける。万が一斬ってしまったら大事になるため、ハブール自身は二人に重傷を負わせないよう峰打ちで迎え撃つことにした。
カムネスは構えるハブールを鋭い目で見つめながら、そっとフウガの柄に手を置いて膝を軽く曲げ、チラッと右隣にいるフィランの方を向いた。
「ドールスト、今以上の力をつけるためにもバヨネット殿に僕らの力の全ての見てもらわなければならない。全力で戦え」
「……分かった。殺害するつもりで挑む」
表情を変えずに恐ろしいことを口にするフィランを見たカムネスは何も言わずにハブールの方を向く。
ハブールに力の全てを理解してもらうためにはフィランの言うとおり殺すつもりで戦わないといけないとカムネスも感じ、フィランと同じようにハブールを手に掛けるつもりで挑んだ方がいいと思っていた。
フィランは腰のコクヨを抜くと右脇構えを取り、カムネスも抜刀の体勢を取る。いつでも攻撃できる体勢に入ったカムネスとフィランを見たハブールも足を僅かに動かして動きやすい体勢を取った。
「では始めよう。折角だから二人同時にかかって来い。仲間と共に戦う状況でどのように動くかも見ておきたいからな」
「勿論、そのつもりです。……行くぞ、ドールスト」
「……ん」
小さな声で返事をしたフィランは走り出し、カムネスもほぼ同時に走る。今の自分たちの実力が五聖英雄最高の剣士にどこまで通用するのだろう、そう思いながら二人はハブールに向かって行った。
――――――
メルディエズ学園の北にある大訓練場の中をパーシュとフレードがスローネと共に歩いている。パーシュを腕を組みながら眉間にしわを寄せ、フレードはズボンのポケットに両手を入れながら険しい顔をしていた。
ユーキたちと別れてから大訓練場に来るまでパーシュとフレードは口を利くことなく不機嫌なまま移動し、二人の前を歩くスローネは前を向いたまま疲れたような顔で溜め息をつく。
これから一緒に五聖英雄の特訓を受けるのにこんな調子で二人は大丈夫なのだろうかとスローネは歩きながら不安に思っていた。
静かな大訓練場の中を歩き、パーシュたちは大訓練場の中央にやって来る。三人の前にはパーシュとフレードを鍛えるためにガルゼム帝国からやって来た五聖英雄、スラヴァ・ギクサーランが立っていた。
身長170cm強で四十代半ばくらい、肩まである小豆色の髪に同じ色の顎髭と茶色い目、右手の甲には混沌紋も入っており、以前会った時と同じ外見をしていた。だが格好はガルゼム帝国出会った時と違って紺色の長袖に黒い長ズボン、濃い茶色のマントを羽織り、右手には身長と同じくらいの長さの木製の杖が握った魔導士らしい姿をしている。
「スラヴァ先生、お久しぶりで~す」
先程まで暗い顔をしていたスローネはスラヴァを見ながら笑顔を見せる。久しぶりに恩師と再会したことで少しだけ気分が良くなったようだ。
「久しぶりですね、エンジーアさん。教師として頑張っていますか?」
「ええぇ、毎日毎日忙しくてたまりませんよぉ」
「アハハハ、そうですか」
苦笑いを浮かべながら話すスローネを見てスラヴァは楽しそうに笑う。スラヴァも弟子であるスローネと会えたことで嬉しさを懐かしさを感じていた。
不機嫌そうな顔をしていたパーシュとフレードは笑い合うスローネとスラヴァを見て少し表情を和らげる。だがお互いに目が合うとすぐにムッとした顔をしてそっぽを向く。
パーシュとフレードに気付いたスラヴァは「おっ?」という反応を見せてから二人を見て小さく笑う。
「またお会いしましたね。クリディックさん、ディープス君?」
「ああ、久しぶりだね、スラヴァさん」
わざわざ自分とフレードを鍛えるために遠くから来てくれたスラヴァにパーシュは挨拶した。フレードも自分たちの先輩であり五聖英雄であるスラヴァをジッと見つめる。
「帝国で会って以来ですが、お元気でしたか?」
「ああ、問題無くやってるぜ。時々隣の馬鹿女がうるさくて気分が悪くなる時があるがな」
フレードはそう言うとチラッとパーシュの方を向いて嫌味を口にする。それを聞いたパーシュは視線だけを動かしてフレードを睨みつけた。
「気分を悪くさせてるのはアンタだろう。つまらないことでいちいち喧嘩売って来やがって、その度にこっちは疲れていい迷惑なんだよ」
「はあぁ? 俺はテメェが先に売って来たから買ってやってるだけだ。自分のことを棚に上げて人にせいにしてるんじゃねぇよ!」
「何だってぇ!? それはアンタだろうが!」
「んだとぉ!」
五聖英雄の前にもかかわらずパーシュとフレードはいつものように口喧嘩を始める。
スラヴァの前で見っともない姿を見せる二人を見たスローネは困り果てて表情を曇らせた。すると、言い合いをするパーシュとフレードを見たスラヴァはクスクスと笑い出す。
「お二人は仲が良いですね」
『はあぁ!?』
パーシュとフレードは大きく目を見開きながらスラヴァの方を向く。スローネも目を丸くしながら笑って二人を見ているスラヴァを見た。
「仲が良い!? 今のやり取りを見てどうしてそう思うんだよ」
「そうだよ! どう見ても犬猿の仲じゃないか」
「そうですか? 私は喧嘩する男女ほど強い絆を持っていると思っているのですが……」
必死に仲が良いことを否定するパーシュとフレードを見て、スラヴァは不思議そうな表情を浮かべる。
パーシュとフレードはユーキみたいなことを言うスラヴァを見て調子が狂ったのか少しだけ表情を歪ませる。スローネはパーシュとフレードの口喧嘩を簡単に止めてしまったスラヴァを見て「流石は先生」と心の中で感服していた。
何も言わなくなったパーシュとフレードをスラヴァは笑いながら見つめている。だがしばらくすると笑顔を消し、真剣な表情を浮かべながら持っている杖で自分の左手を軽く叩く。
「さて、本当はもう少しお二人とお話をした良かったのですが、今は時間が限られていますからね。早速特訓を始めましょう」
特訓の話に入るとパーシュとフレードは同時に反応する。自分たちの周りの空気が変わったことを感じ取った二人は目を鋭くしてスラヴァを見つめた。
「……それじゃあ、特訓の邪魔にならないよう、私はここで失礼しますねぇ」
「エンジーアさん、ご苦労様でした」
スラヴァがパーシュとフレードを連れてきてくれたスローネに労いの言葉を掛けるとスローネはニッと小さく笑う。そして、パーシュとフレードの方を向き、「頑張れよ」と目で伝えてから大訓練場の出入口の方へ歩いて行った。
スローネが去るのを見届けたパーシュとフレードは再びスラヴァの方を向く。スラヴァも二人を見ながら杖の石突部分で地面に軽く叩いた。
「エンジーアさんから聞いていると思いますが、お二人には魔法の力を高めるため、私の特訓で魔力の強化と複数の魔法を習得していただきます」
「魔力の強化?」
フレードが訊き返すとスラヴァは小さく頷く。
「お二人はマナード剣術と言う剣と魔法を組み合わせた剣術をお使いになると聞きました。剣と魔法を別々に使って攻撃し、時には剣に魔法を付与して戦う。私が思うにこの世界に存在する剣術の中でも上位に位置するほど優れたものだと思います」
突然自分たちの剣術を褒めるスラヴァにパーシュとフレードをキョトンとしており、そんな二人にスラヴァは杖の先を向けた。
「ですが、魔力が弱ければ攻撃や付与に使われる魔法の威力も小さく、敵に与えるダメージは少なくなります。お二人が今以上に強くなるには魔力を強化し、今使える魔法よりも優れた魔法を使えるようにならなければなりません」
「そう言えばスローネ先生もそんなこと言ってたね……」
「魔力が強くなれば今使える魔法の威力も上昇し、使用できる回数も増えます。そして剣に付与する魔法も強化され、剣による攻撃もより強力になるでしょう」
強くなるなら魔力を強化するのが一番だというスラヴァの言葉にパーシュとフレードは黙り込む。
確かに自分たちの魔力が強化されればマナード剣術の力を最大限まで活かすことができるため、二人にとってスラヴァの特訓はとても好都合なものだ。
ただ、二人にはマナード剣術を活かせるようになる以外に気になっていたことがあった。
「なぁ、魔力が強化されれば神刀剣の能力も強くなるのか?」
フレードは真剣な表情を浮かべてスラヴァに問い掛け、フレードの言葉を聞いてパーシュはチラッとフレードを見る。そう、パーシュとフレードが気になっていたこととは、魔力が強くなれば神刀剣の力も強化されるのかと言うことだ。
神刀剣の使い手は自身の剣術や混沌術以外にも神刀剣に備わっている能力も使って戦う。その能力は使用者の魔力を利用して発動するため、魔力が強化されればその能力も強くなるのかとパーシュとフレードは疑問に思っていた。
「ええ、勿論です。魔力が強くなれば神刀剣の能力もより強くなり、今まで以上に強力な力を発揮できるでしょう」
「そうか。……なら、今回の特訓で魔力を徹底的に強化しねぇとな!」
神刀剣の能力も強くなると聞かされたフレードはやる気が出たのかニッと笑う。パーシュも今回はフレードと同じ考えなのか、ヴォルカニックの力を今以上にするために魔力を可能な限り強化しようと思っていた。
スラヴァは二人の顔を見てやる気が出たと知ると、鍛え甲斐があると感じたのか小さく笑った。
「では始めましょう。先に言っておきますが、私の教えは厳しいですよ?」
忠告を聞いたパーシュとフレードは「上等だ」と心の中で思いながらスラヴァを見つめる。
――――――
ユーキとアイカはミスチアと共に学園の北西に向かっていた。北西には厩舎や倉庫があるが、その近くには大きめの広場があって生徒たちが自習や休憩などによく使っている。
今回はユーキとアイカが五聖英雄の特訓を受けるために使われるので他の生徒はしばらく近寄れないようになっている。だから今は広場やその周辺には誰もいない。特訓をするにはうってつけと言える状態だった。
「つまり、俺たちを鍛えてくれる五聖英雄は短気で他の二人よりも性格が悪いってこと?」
「そうですわ……」
ミスチアが歩きながら頷き、その後をついていくユーキは「本当か?」と言いたそうな顔をし、アイカも軽く目を見開きながらユーキとミスチアの会話を聞いていた。
ユーキとアイカは五聖英雄が待つ広場に向かうまでの間にミスチアから五聖英雄のことを聞かされた。ミスチアの話によるとユーキとアイカの担当である五聖英雄は五聖英雄の中でも上位の実力者でベーゼ大戦の時も前線に出て多くのベーゼを倒したらしい。ただ、実力は英雄と呼ぶにふさわしいがその性格に問題があった。
話によるとその五聖英雄は普段は明るい態度を取っているが、実際は気が短く自分のことを優先して行動するらしく、話を聞いたユーキとアイカは驚いた。
ベーゼ大戦時も同じメルディエズに所属する少年少女とよく問題を起こし、指揮官たちは何度も問題行動を取る五聖英雄をメルディエズから追放しようなどと考えていたそうだ。
だが優れた戦闘能力を持ち、更に混沌士であったため、貴重な戦力を失いたくない指揮官たちは追放しなかった。
自分たちの担当である五聖英雄が問題ありと聞いたユーキとアイカはどんな特訓を受けるのだろうと不安になり、表情を曇らせながら移動した。
「そんなに怒りっぽい人がまともに教えることができるのですか?」
「絶対にできませんわ。過去にもその人の訓練を受けた人が大勢いたそうですが、その殆どがその厳しすぎる内容とその人の性格に耐えられずに逃げ出したそうです」
「そ、そんなに厳しい特訓なんですか……」
アイカはこれから過酷な特訓が待ち受けていると知って僅かに顔色を悪くする。振り向いたミスチアはユーキとアイカを見ながら同情の眼差しを向けた。
五聖英雄の話をするユーキたちは目的地である広場のすぐ近くまでやって来た。三人は広場に向かうため、近くにある物置の横を通過しようとする。
「お二人とも、もう一度言いますがこれから会う奴はひっじょーに問題のある性格をしていますわ。ですからヤバいと感じたらすぐに特訓をやめることをお勧めします。強くなる前に体が壊れてしまったら何の意味もありませんから」
ユーキとアイカの方を向いたまま歩き、少し力の入った声で忠告するミスチアを見てユーキとアイカは思わず苦笑いを浮かべる。
「あ、ああ、分かったよ。……それにしてもお前は随分その五聖英雄のことに詳しいんだな?」
「そ、そうね、口調から直接会ったことがあるような感じだし……」
五聖英雄との関係を指摘されたミスチアは目元をピクリと動かし、しばらくすると呆れ顔になりながら小さく息を吐く。
「そりゃあそうですわぁ。何しろその五聖英雄は私の――」
ミスチアが喋りながら物置の左側を通過しようとした次の瞬間、物置の陰から腕が飛び出してミスチアの胸倉を掴み、そのまま広場のある方へ投げ飛ばした。
「な、なああああぁっ!?」
突然の出来事にミスチアは声を上げ、ユーキとアイカも立ち止まって飛ばされたミスチアを驚きながら見上げる。
ミスチアは頭から勢いよく広場に落下し、数回体を地面に叩きつけられてから止まった。
遠くで倒れるミスチアを見つめながらユーキとアイカは愕然とする。すると今度は物置の方から女性の声が聞こえてきた。
「知らなかったわぁ、陰で私のことをそんな風に言ってたのね~?」
物置の陰から人影が現れ、ユーキとアイカは驚きの表情を浮かべたまま声の主と思われるその人物に視線を向けた。
ユーキとアイカの前に現れたのは身長165cmほどで濃い橙色のウェーブがかったミディアムヘアに青い目をした十代半ばくらいの少女だった。服装はメルディエズ学園の女子生徒の制服を着ており、右手には混沌紋が入っている。そして少女はミスチアと同じエルフの証である尖った耳をしていた。
目の前に現れた女子生徒を見てユーキとアイカは驚きながら疑問を抱く。今いる広場は自分たち以外の生徒は近づけないことになっているのにどうして無関係な生徒がいるのか不思議に思っていた。それ以前に二人は目の前にいる女子生徒を今回初めて見たため、何者なのかも分からない。
笑顔を浮かべる女子生徒は倒れているミスチアを見つめながら両手をパンパンと払う。そんな中、ユーキとアイカに気付いた少女は一瞬意外そうな顔をするがすぐに笑みを浮かべて二人の方を向く。
「貴方たちがユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードね?」
「え? あ、ハイ……」
女子生徒の問いかけにアイカは戸惑いを見せながら返事をする。どうやら女子生徒はユーキとアイカのことを知っているようだ。
「初めまして。私が貴方たちを鍛えるリャン・ペーヌよ」
女子生徒が右手を腰に当てながら自己紹介するとユーキとアイカは大きく目を見開く。
「えええぇっ!? そ、それってつまり、貴女が俺たちを鍛える五聖英雄?」
「そっ♪」
ユーキを見ながらペーヌは笑顔で頷き、ユーキとアイカは改めて驚きの反応を見せる。
五聖英雄は三十年前にベーゼと戦った戦士でその全員が当時十代の子供だった。大戦から三十年経ち、当時十代だった少年少女は全員が四十代になっている。現に五聖英雄の一人であるスラヴァも今は四十代半ばだ。
ところが目の前にいるペーヌはどう見てもアイカと同じくらいの若さでとても三十年前にベーゼと戦った戦士には見えなかった。
「本当に五聖英雄の一人なんですか?」
「あら、信じてないの?」
「そ、そりゃあ、どう見ても十代半ばくらいの外見ですから……」
「あらそう、私もまだまだいけるわねぇ~」
若く見られていることが嬉しいのかペーヌは右手を頬に当てながら満面の笑みを浮かべた。ペーヌはユーキとアイカを見ながら右手で自分の尖った耳に触れる。
「見て分かると思うけど私はエルフなの。だから普通の人間よりも寿命が長く、肉体の老化も遅いのよ。だから三十年経った今でも外見は昔と変わってないってわけ」
エルフであるため若い見た目をしていると聞いてユーキとアイカは納得する。ミスチアを投げ飛ばした光景とペーヌの若い外見に衝撃を受けていたため、二人はペーヌのエルフ耳に気付かなかったのだ。
ここまでのやり取りからユーキとアイカは目の前にいるペーヌが五聖英雄の一人で間違い無いと考えていた。ただミスチアから聞いた話とは随分雰囲気が違うため、本当に性格に問題があるのかと疑問に思う。
しかし先程ミスチアを投げ飛ばしたことから気が短いという点は間違っていないと二人は感じていた。
「さてと、挨拶はこれぐらいにしてミッちゃんの所へ行きましょうか」
「ミッちゃん?」
「ミスチアのことよ。さぁ、行きましょう」
そう言うとペーヌは笑顔で倒れているミスチアの下へ歩き出し、ユーキとアイカはお互いの顔を見合ってからペーヌの後を追う。
これから自分たちはどのような特訓を受けるのか、ユーキとアイカは想像しながらミスチアの下へ向かう。それと同時に頭から地面に叩きつけられたミスチアのことを心配するのだった。




