第二十二話 優勢な若者たち
ユーキとディベリが睨み合っている頃、アイカたちはディベリが引き連れてきた盗賊と睨み合っていた。盗賊たちに囲まれる三人は得物を握り、仲間に背を向けて背後を護り合うように構えている。囲まれているにもかかわらず、三人は慌てることなく落ち着いて盗賊たちと向かい合っていた。
盗賊の数は確認できるだけでも全部で十八人、三人で戦うには数が多すぎると普通なら考えるが、アイカたちは全員が混沌士、そしてパーシュとフレードは神刀剣を扱うため、アイカたちは自分たちが圧倒的に不利だとは思っていなかった。
「盗賊たちの数からして、一人あたり五六人は倒さないといけませんね」
「そうだね。でも、無理するんじゃないよ? 盗賊を倒すことがあたしたちの仕事だけど、一番大事なのは自分の命なんだから」
「ハイ」
アイカは盗賊たちに隙を付かれないように、盗賊たちを視界から外さずに返事をする。アイカの返事を聞いたパーシュはヴォルカニックを強く握り、いつでも戦える体勢を取った。すると、フレードがリヴァイクスを構えているニヤリと笑みを浮かべる。
「お前らが自分から盗賊に向かって行く気がねぇなら、お前らが相手にしない奴も俺が倒すが、構わねぇよな?」
「……勝手にしな。だけど、油断して大怪我してもあたしは知らないからね?」
「ああ、結構だ」
パーシュの忠告を気にもせずにフレードは楽しそうに盗賊たちを見つめる。そんなフレードを見ていた盗賊たちは自分が弱いと思われていると感じたのか、表情を険しくしながらフレードを睨んだ。
「それから、もしアイカやユーキが危険な状態になったら二人を助けることを優先するんだよ?」
「へぇへぇ、分かったよ」
面倒くさそうに返事をしたフレードは左脇構えを取り、目の前にいる盗賊たちに向かって走り出す。真正面から突っ込んでくるフレードを見て盗賊たちは軽く目を見開いた。
「大勢の敵に正面から突っ込んで来るとは、馬鹿なガキだ」
「所詮は大人の世界の厳しさを知らねぇ子供ってことだな」
フレードが何も考えずに突っ込んで来たと思っている盗賊たちは笑いながら持っている剣や手斧を構えてフレードを迎え撃とうとする。そんな盗賊たちを見たフレードは小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
盗賊たちの数m前まで近づいたフレードはリヴァイクスを強く握り、それと同時に彼の右手の甲に入っている混沌紋が薄っすらと光り出す。フレードはリヴァイクスを盗賊たちに向かって勢いよく右斜め上に振り上げた。すると、振り上げられたリヴァイクスの剣身が突然伸びて離れた所にいる盗賊たちの体を切り裂く。
フレードの前には七人と盗賊がおり、その内の三人は剣身が伸びたリヴァイクスで斬られ、その場に崩れるように倒れた。斬られた盗賊たちは何が起きたのか理解することもできずに絶命し、生き残っている盗賊も呆然としながら斬られた仲間を見ている。
驚いている盗賊たちを見たフレードは笑いながら走り続けて一気に盗賊たちとの距離を縮める。盗賊たちの前まで来るとフレードはリヴァイクスを右手に持ち、空いた左手を目の前にいる盗賊の腹部に近づけた。
「魔力掌打!」
低い声で呟いた直後、フレードの左手に水球が現れて勢いよく弾け、その衝撃で盗賊を大きく後方に吹き飛ばした。飛ばされた盗賊は背中から地面に叩きつけられて意識を失う。
吹き飛ばされた仲間を見て残っている三人の盗賊は目を見開く。フレードな吹き飛ばして敵を見ながら「よく飛んだなぁ」と意外そうな顔をしていた。
「こ、このガキィ!」
驚いていた盗賊の一人がフレードの左側から剣で袈裟切りを放ち襲い掛かる。フレードは攻撃してきた盗賊を見ると素早く盗賊の方に向き、リヴァイクスで袈裟切りを防ぐ。不思議なことに先程まで数mの長さまで伸びていたリヴァイクスの剣身は元の長さに戻っていた。
いつの間にか伸びていた剣が戻っていたことに盗賊は驚き、フレードは驚いている盗賊の隙をついて左手を盗賊の腹部に近づける。そして、再び左手の中に水球を作り出し、それを破裂させて盗賊を吹き飛ばす。盗賊は腹部から伝わる衝撃に声を上げながら飛ばされ、飛ばされた先にあった木箱に突っ込んだ。
フレードは“マナード剣術”と呼ばれる剣と魔法の両方を使って戦う剣術を使い、先程の魔力掌打はマナード剣術の技の一つで手の中に魔力で作った物質を破裂させ、その衝撃で敵にダメージを耐えるのと同時に後方へ吹き飛ばす技だ。
魔力掌打は使用者の魔力によって作られる物質が変わり、フレードは水属性が得意魔力であるため、手の中に水球が作られたのだ。
吹き飛んだ盗賊を見てフレードは笑いながら軽く鼻を鳴らす。あまりにも盗賊たちが弱いため、大したこと無いと思っているのだろう。そんなフレードの背後から二人の盗賊が剣と手斧を振り上げて襲い掛かろうとした。
背後の気配に気付いたフレードは視線だけを動かして後ろを確認すると素早く振り返ってリヴァイクスを横に振り、盗賊たちの腹部を横から両断する。腹部を斬られた盗賊たちは苦痛の表情を浮かべながら前に倒れて動かなくなった。
「何だよ、もうお終いか? 戦いが始まってからまだ十分も経ってねぇぞ?」
倒れている盗賊たちを見下ろしながらフレードはつまらなそうな口調で呟く。もっと楽しい戦いにあると思っていたのに呆気なく勝負がついてしまい、フレードはガッカリしていた。
自分の前にいた盗賊が全て倒したため、フレードはアイカとパーシュの下に集まっている盗賊たちを倒しに行こうとする。すると、一本の矢がフレードに向かって勢いよく放たれ、それに気付いたフレードは咄嗟に上半身を反らして矢をかわした。
「あっぶねぇ~!」
突然の矢にフレードは驚かされたが、取り乱したりはせずに矢が飛んで来た方角を確認した。40mほど離れた場所に物置と思われる小さな建物があり、その上に弓矢を持つ盗賊が立っている。フレードは矢を放ったのがその盗賊だと確信し、小さく舌打ちをした。
「あんな所にもいたのか……遠くから矢なんか撃ってきやがって、セコいことすんじゃねぇよ」
盗賊に文句を言いながらフレードはリヴァイクスの切っ先を物置の上にいる盗賊に向ける。盗賊は自分の存在に気付いたフレードを見ると慌てずに弓矢を構えてフレードを狙う。
剣士が攻撃するには敵に近づかないといけないため、盗賊は剣を持つフレードが遠くにいる自分を攻撃できず、近づいて来ても簡単に射抜くことができると考えていた。仮に下級魔法で攻撃してきたとしても、警戒していれば回避は簡単だと思い安心していたのだ。
自分が一方的に攻撃できると盗賊は余裕の笑みを浮かべていた。だが、盗賊はすぐに自分の考えが愚かだったと思い知らされることになる。
フレードは弓矢を構える盗賊を睨みながら混沌紋を光らせる。その直後、リヴァイクスの剣身は盗賊に向かって勢いよく伸び、盗賊の腹部を刺し貫いた。
「があぁっ!? な、何だ……と……」
盗賊は驚きながら体に刺さっているリヴァイクスを見る。刺さっていたリヴァイクスは盗賊の体から引き抜かれ、伸びた時と同じ速度で縮んでいき、元の長さに戻った。盗賊は持っていた弓と矢を落とし、よろめきながら物置の上から落ちる。
フレードは盗賊が落ちたのを確認するとリヴァイクスを振って剣身に付着していた血を払い落とし、呆れたような顔で落ちた盗賊を見つめる。
「どんなに遠くにいようが、俺の“伸縮”の前じゃ意味なんてねぇんだよ」
距離を取って油断していた盗賊を哀れむようにフレードは低い声で呟いた。そう、リヴァイクスの剣身が伸び縮みしたのはフレードの混沌術の効力だったのだ。
フレードの混沌術はその名のとおり伸び縮みが関係する能力だ。実体がある無生物の長さを自由に変えることができ、自分の好きな速度とタイミングで伸縮させることができる。しかも長さを変えた物の性能や重さには変化が無いため、武器の長さを変えても扱い辛くなるわけではない。ただし、長さを変えても実体があることは変わらないため、狭い場所で長くすると不利になる場合がある。
盗賊を倒したフレードは周囲を見回して他に盗賊がいないか確かめ、誰もいないのを確認すると別の盗賊を倒すために場所を移動した。
――――――
アイカとパーシュはお互いに離れ過ぎず、一定の距離を保ちながら盗賊たちと戦っていた。盗賊たちは二人の少女相手に自分たちが負けるはずないと思っているのか、余裕の笑みを浮かべていた。中には二人の体を見て良からぬことを考えているのか、不敵な笑みを浮かべる盗賊もいる。
パーシュはヴォルカニックで中段構えを取り、目の前にいる二人の盗賊と睨み合っている。盗賊たちは剣と棍棒を構え、笑いながらパーシュを見ていた。
「どうしたんだい? さっきから笑ってるだけで何もしてこないじゃないか? あたしが怖いのかい?」
「ハハハッ、強気な嬢ちゃんだな? そういうところ、俺らの好みだぜ」
「悪いことは言わねぇから、戦いなんかやめて降参しな? そうすれば悪いようにはしねぇよ」
盗賊たちはパーシュの美しい顔とスタイルを見ながら楽しそうに語る。パーシュは盗賊たちの様子と言葉から彼らが何を考えているのはすぐに理解した。同時に目の前の盗賊は不潔で愚かな存在だと心の中で呆れ果てる。
「……悪いけど、あたしはアンタらみたいな馬鹿でガサツな男はタイプじゃないんだよ。そういう誘いは他所でやりな」
「ほぉ、言うじゃねぇか。……なら仕方ねぇな。お前をとっ捕まえてから一方的に楽しませてもらうぜ!」
そう言うと剣を持った盗賊はパーシュに向かって走り出し、棍棒を持った盗賊もそれに続く。パーシュは油断した上に何も考えずに走ってくる盗賊たちを見ながら小さく溜め息を付く。
(大勢の仲間が倒されたって言うのに、どうしてコイツらは警戒もせずに突っ込んで来るんだろうね……)
警戒心が全くない盗賊たちを哀れに思いながらパーシュは心の中で呟く。いくら爆破の力やパーシュたちが戦う姿を見ていないとは言え、先に戦っていた仲間が全滅しているのに突撃しようとかする盗賊たちの考えが理解できなかった。
パーシュが哀れに思っていることに気付かない盗賊たちは走る速度を落とすことなくパーシュとの距離を縮めていく。徐々に近づいて来る盗賊たちを見ながらパーシュはヴォルカニックを強く握る。
盗賊たちは余裕の表情を浮かべながらパーシュとの距離を縮め、パーシュの目の前まで近づくと最初に剣を持っている盗賊が袈裟切りを放って攻撃を仕掛けた。パーシュはヴォルカニックで盗賊の袈裟切りを防ぎ、そのまま剣を払ってから上段構えを取る。
すると、ヴォルカニックの剣身が炎に包まれ、それを見た盗賊たちは目を大きく見開く。パーシュは盗賊たちが驚いていることなど気にせず、剣身に炎を纏ったヴォルカニックを勢いよく振り下ろし、剣を持っている盗賊を両断する。斬られた盗賊は全身を炎に呑まれ、熱さと痛みに声を上げながら倒れた。
火だるまになった仲間を見て棍棒を持った盗賊は驚愕し、そんな盗賊にパーシュはヴォルカニックを横に振って攻撃する。驚いていた盗賊は咄嗟に後ろに下がってパーシュの攻撃をギリギリで回避した。しかし、ヴォルカニックを横に振るのと同時に剣身を包み込んでいた炎が前方に扇状に広がって回避した盗賊に襲い掛かる。
攻撃を回避した直後に炎が襲い掛かり、盗賊は回避することもできずに炎に呑まれた。全身の激痛に声を上げながら盗賊はのたうち回り、最後には倒れたまま動かなくなる。
「考えも無しに神刀剣を持つ奴に襲い掛かるからそうなるんだよ」
パーシュは剣身を炎で包まれたままのヴォルカニックを下ろしながら呟く。
神刀剣の一つである炎闘剣ヴォルカニックは剣身から炎を発生させ、その炎を剣身に纏わせたり、周囲に広げて攻撃したりすることができる魔法剣だ。炎の熱は高く、使用者の意思で炎の大きさを自由に変えることができる。更に使用者の周りに炎を広げて壁を作ったりすることもできるため、防御力も高い。
目の前の盗賊たちを倒したパーシュは周囲を見回して他に盗賊がいないか確認する。すると、後方から声が聞こえて来たので振り返ると、五人の盗賊が武器を持って走ってくる姿が見えた。
「アイツら、一人や二人ではあたしに勝てないと考えて大勢で突っ込んで来たのか……」
パーシュは自分の戦いを見て、数で押し切ろうとする盗賊たちを見ながら目を細くする。人数を増やしたからといって爆破とヴォルカニックの攻略法も分からずに突撃して来る盗賊たちが愚かに思えてきた。
しかし、襲い掛かってくる以上、相手が愚かな盗賊でも手加減をすることはできず、見逃すこともできない。パーシュは炎を纏ったヴォルカニックを右脇構えに持ち、同時に混沌紋を光らせて混沌術を発動させる。
「突き出す爆炎!」
パーシュはヴォルカニックを勢いよく左上に振り上げ、それと同時に剣身の大きな炎を一直線に走ってくる盗賊たちに向かって放つ。そして、炎は五人の盗賊を呑み込んだ直後に爆発して盗賊たちを吹き飛ばした。
轟音と共に爆風が広がってパーシュの長い髪は大きく揺れる。爆風が治まると炎も消え、そこには丸焦げになったり、体の一部が失われた盗賊たちの死体だけが転がっていた。
「これで近くにいる敵は片付けたね。あとはアイカの近くにいる奴らだけだ」
周囲に盗賊がいないのを確認したパーシュはアイカがいる方を向き、アイカが大勢の盗賊たちと戦っている姿を目にする。パーシュはアイカに加勢するため、彼女に下に向かって走った。
――――――
アイカはプラジュとスピキュを構えながら視線だけを動かして盗賊の立ち位置を確認する。アイカの周りには五人の盗賊がおり、一人は槍を持ってアイカの正面に立ち、残りは剣と手斧を持った盗賊たちが二人一組になって左右からアイカを挟んでいた。
盗賊たちはアイカ一人に余裕の表情を浮かべているが、中にはパーシュとフレードの戦いを見て警戒している者もいる。アイカは動かない盗賊たちに注意しながら足の位置を僅かにずらし、いつでも対応できる体勢を取っていた。
「おい、向こうのガキどもは派手な戦い方してるけどよ、この女も同じくらいつえぇのか?」
「分かんねぇ、少なくとも普通のガキではないだろうな」
アイカの左側にいる二人の盗賊はパーシュとフレードの戦いを目にしており、目の前にいるアイカも同じくらいの強さを持っているのではと警戒している。少女と言えど、メルディエズ学園の生徒である以上は油断できないと感じているようだ。
「お前ら、さっさとこの女をとっ捕まえるぞ! 戦いが終わった後はこの女を好きにしていいって姐御の許可も得てるんだ。気合い入れろよ!」
左側の盗賊たちが警戒する中、アイカの正面にいる槍を持った盗賊が仲間たちに呼びかけ、それを聞いてアイカの右側にいる盗賊たちも笑いながら剣と手斧を構える。
盗賊たちの反応を見たアイカは目を鋭くして槍を持った盗賊を睨む。目の前にいる盗賊たちは女を遊びのための道具としか見ていないと感じて不愉快な気分になっていた。
「私を女だと思っていると痛み目に遭いますよ?」
「ヘッ、それなりに自信があるみてぇだな? せいぜい頑張って抵抗してみな!」
槍を持った盗賊はアイカに向かって走り出し、アイカに向かって勢いよく槍を突き出して攻撃する。アイカは表情を変えることなく左へ移動して突きをかわす。真正面からの攻撃をかわすなど、アイカにとっては簡単なことだった。
突きをかわして盗賊の右側に回り込んだアイカは素早くプラジュで槍先を切り落とす。盗賊が持っていた槍は柄の部分が木製だったため、簡単に切り落とすことができた。
槍先を失った槍を見て盗賊は目を見開いて驚く。その隙にアイカはスピキュを右から横に振って驚いている盗賊を斬り捨てた。斬られた盗賊は声を上げる間もなく倒れ、そのまま絶命する。
アイカは一人目の盗賊を倒すとすぐに周囲を見回し、近づいて来る敵がいないか確認する。すると、前から剣と手斧を持った盗賊たちが横に並びながら走ってくるのが見え、アイカは走ってくる盗賊たちを見ながらプラジュとスピキュを構え直す。その直後、アイカの目の前まで近づいて来た盗賊たちは持っていると武器を同時に振り下ろしてきた。
振り下ろされる剣と手斧をアイカは後ろに軽く跳んで回避し、回避してすぐに両腕を横に伸ばしながら地面を蹴り、盗賊たちに向かって大きく踏み込んだ。
「仄日斬!」
踏み込んだアイカはプラジュで袈裟切りを放ち、スピキュで逆袈裟切りを放って盗賊たちを攻撃する。右側の手斧を持った盗賊はプラジュで斬られ、左側にいる剣を持った盗賊をスピキュで斬られた。
盗賊たちは態勢を立て直す前に斬られたことが信じられないのか、驚きながら崩れるように倒れる。アイカは盗賊たちが死んだのを確認すると振り返って残っている二人の盗賊の方を向く。
残っているのはアイカの力を警戒していた盗賊たちで、アイカが仲間を倒す光景を見ていたため、更に警戒心を強くし、アイカから少し距離を取っていた。
「残りは貴方たちだけです。まだやりますか?」
「クッ、やっぱり普通のガキじゃなかったか……だがな、俺らだって血を吸う天使の一員だ。例え相手が普通のガキじゃねぇとしても、このまま引き下がる気はねぇ!」
そう言って剣を持つ盗賊は険しい顔をしながらアイカを睨み、もう一人の手斧を持った盗賊も構えながらアイカを睨んでいる。
アイカは戦意を失っていない盗賊たちを警戒しながらプラジュを振りかぶり、スピキュを前に出して横に構える。盗賊たちは仲間たちと同じように真正面から攻撃しても返り討ちに遭うと考え、別の方法で攻撃しようと考えた。
剣を持った男はゆっくりとアイカの右側に回り込み、手斧を持った男はアイカの左側に回り込む。盗賊たちの動きを見たアイカは挟み撃ちを仕掛けてくると気付き、素早くどちらかを倒さなければならないと考える。すると、右側に回り込んでいた盗賊がアイカが動く前に攻撃を仕掛けてきた。
盗賊はアイカに向かって剣を左から横に振って攻撃し、アイカは右を向くと素早くスピキュを動かして横切りを防ぎ、そのままプラジュで反撃しようとする。だが、アイカが反撃しようとした時、手斧を持った盗賊がアイカの背後から手斧を振り落として攻撃してきた。
背後からの攻撃に気付いたアイカは振り返りながらプラジュを横に振って背後にいる盗賊の胴体を斬る。手斧を振り上げていた盗賊は胴体がガラ空きだったため、アイカの攻撃を防ぐことができなかった。
手斧を持った盗賊は仰向けに倒れた息絶え、アイカは盗賊が倒れるのを見ると急いで剣を持つ盗賊の対応に戻ろうとする。だが、アイカが盗賊の方を向いた直後、剣を持つ盗賊はスピキュを払い、剣を振り上げてアイカに攻撃を仕掛けようとしていた。
盗賊の振り上げを見たアイカは目を見開き、咄嗟にプラジュで振り下ろしを防ぐ。ギリギリで防御が間に合ってアイカはホッとし、盗賊は悔しそうな顔をする。アイカはプラジュで盗賊の剣を払うとスピキュを横に振って反撃した。
スピキュは盗賊の体を切り裂き、斬られた盗賊は膝から崩れるように倒れて動かなくなる。周りにいた盗賊を全て倒したアイカは疲れを感じたのか軽く息を吐く。そこへ離れた所で戦っていたパーシュが合流する。
「アイカ、大丈夫かい?」
「ええ、何とか。ちょっと危なかったですが……」
アイカが無事なことを確認したパーシュは小さく笑う。だがすぐに真剣な表情を浮かべて周囲を見回し、近くに盗賊がいないか確認する。
「……近くに盗賊はいないね」
「ええ、でも少し離れた所にまだ残っています。あと、フレード先輩の近くにも……」
「アイツの近くにいる連中は放っておきな」
「は、はあ……」
アイカが複雑そうな顔をしながらパーシュを見ていると、数本の矢がアイカとパーシュに向かって飛んできた。
矢に気付いたアイカは矢をかわそうとするが、アイカが動く前にパーシュがアイカと飛んでくる矢の間に入り、迫ってくる矢に向かってヴォルカニックを大きく横に振った。
ヴォルカニックの剣身から勢いよく炎が吹き出し、小さめの炎の壁を作って飛んで来た矢を全て焼き尽くす。矢が灰になると炎も消え、アイカはヴォルカニックの炎に驚いて目を見開く。
「相変わらず凄いですね、パーシュ先輩のヴォルカニックは……」
「まぁね。でも、感心するのは後だよ」
パーシュは目を鋭くしながら矢が飛んで来た方を見る。30mほど離れた所に剣と手斧を持った盗賊が四人おり、その後ろには弓矢を持った盗賊が五人立っている。全員がアイカとパーシュを睨んで武器を構えていた。
「弓を持った奴が五人、戦う前に見た時は弓矢を持っている奴はいなかったけど……どうやらこの隠れ家にはまだ盗賊が隠れてるみたいだね」
「……もしかして、ディベリが弓矢を持っている盗賊を連れて現れなかったのは、他に盗賊がいないと私たちに錯覚させるため?」
「かもね。あの女、思ってた以上に頭が回るみたいだ……」
最初に見た十数人の盗賊が全てだと思い込んでいたパーシュは自分の考えが甘かったと反省し、同時にディベリは頭がいいのかもしれないと予想する。
弓矢を持つ盗賊たちは再びアイカとパーシュに狙いを付け、それに気付いたアイカとパーシュは目を鋭くして得物を構える。
「アイカ、あの弓矢を持つ奴らを片付けるよ。アイツらがいちゃまともに戦えない」
「分かりました」
「あたしがヴォルカニックの炎で飛んでくる矢を防ぎながら移動するから、アンタはあたしの後をついて来るんだ」
「ハイ!」
アイカが返事をするとパーシュは弓矢を持つ盗賊たちに向かって走り出し、アイカもそれに続く。
盗賊たちは向かって来るアイカとパーシュに向かって矢を放ち、先頭のパーシュは再びヴォルカニックの剣身に炎を纏わせた。
――――――
時は少し遡り、盗賊たちがアイカたちに攻撃を始めた頃、ユーキは月下と月影を構えながらディベリと睨み合っていた。盗賊たちの騒ぐ声が聞こえる中、ユーキはディベリの出方を窺っている。ディベリもユーキが動くのを待っているのか、右手で剣を構えながら立っていた。
「どうした? あれだけ偉そうなことを言っておきながら攻めてこないのかい?」
ディベリが動かないユーキを挑発するが、ユーキは挑発に乗ることなく、落ち着いてディベリを見ていた。
「挑発しても無駄だぞ? 俺はアンタみたいな危ない人を相手にする時は慎重に戦うことにしてるんだ。しかもアンタは混沌士だからね」
「フン、何が慎重に戦うだ。要はあたしが怖いってことじゃないか。そんなんでよくあたしを弱いと言えたもんだね」
先程の言動と違い、慎重になっているユーキを臆病に思いながらディベリは不愉快そうな顔をする。ユーキはディベリを無言で見つめ続けた。
ユーキが攻撃をしない理由はディベリが混沌士なので慎重に戦おうとしているという理由以外に、相手を苛つかせて先に攻撃を仕掛けさせようという狙いがある。敵の情報を得るのなら、護りを固めた状態にして敵に攻撃させるのが一番だとユーキは考えていたのだ。
ディベリに先手を打たせるため、ユーキは動かずに構え続ける。そんなユーキに見ていたディベリは狙いどおり、徐々に苛立ちを見せ始めた。
「このガキ、そんなにあたしが怖いのなら本当に何もせずに大人しくしてればいいよ。その方があたしにとっても都合がいいしねっ!」
勘違いするディベリは地面を蹴り、ユーキに向かって走り出す。ディベリが自分の思いどおりに動いてくれたディベリを見てユーキは気の短い女だと感じ、自分に都合のいい展開になってくれて運がいいと思った。
ユーキに近づいたディベリは真上から剣を振り下ろしてユーキに攻撃を仕掛ける。ユーキは右へ移動して振り下ろしをかわし、そのままディベリの左側面に素早く回り込んで月下と月影を斜めに振って反撃した。ディベリはユーキの素早い反撃に一瞬驚くも、咄嗟にユーキがいる方角とは逆の方角に跳んでユーキの攻撃をギリギリで回避する。
距離を取ったディベリは体勢を立て直し、不満そうな顔でユーキを睨む。幼い子供が予想外の行動を取ったことに驚き、同時に不愉快に思っていた。
(何てガキだい、攻撃をかわした直後に素早く反撃してくるなんて。あと少し反応が遅かったら斬られてたかもしれない……)
ディベリは心の中でユーキの素早い動きに驚いており、ユーキはディベリを見ながら双月の構えを取る。ディベリは自分の知らない構えを取るユーキを見てより不満そうな表情を浮かべた。
これ以上、ユーキに出し抜かれたくないと考えるディベリは構え直すとすぐにユーキに向かって走り出す。ユーキは正面から走ってくるディベリを無言で見つめていた。
ユーキの目の前まで近づいたディベリは剣を斜めに振って袈裟切りを放つ。ユーキは迫ってくる剣を見つめ、僅かに左に動きながら月下と月影を弧を描くかのように動かしてディベリの袈裟切りを受け流す。ユーキは輪之太刀を使って攻撃をかわしたのだ。
攻撃を受け流したユーキはそのまま月下と月影を同時に振って逆袈裟切りを放つ。再び反撃してきたユーキを見てディベリは驚きながらも後ろに下がってかわそうとするが、今度は間に合わずに右上腕部を斬られてしまう。
月下と月影で腕を斬られたディベリは痛みで表情を歪ませながらも後ろに跳んでユーキから離れる。斬られる直前に少しだけ後ろに下がったため、傷はそれほど深くなく、動かせなくなるような傷にはならなかった。
「輪之太刀による反撃を凌ぐなんて、やるじゃないか」
ユーキは致命傷を避けたディベリを見ながら感心する。輪之太刀による反撃を受けて軽い傷だけで済ませるなど、普通の人間には難しいことだ。伊達に元B級冒険者だったわけではないとユーキは感じていた。
(な、何だい今の攻撃は? あんな剣、今で見たことが無いよ……)
右腕の傷を左手で押さえながらディベリは目を大きく見開く。盗賊になってから多くの冒険者と戦って勝利してきたが、ユーキのような敵とは戦ったことが無かったので衝撃を受けていた。
傷は深くなかったものの、児童の攻撃で腕を斬られたことはディベリのプライドにも傷を付けていた。しかし、恐怖などは感じておらず、寧ろ傷つけられたことに対して怒りを感じている。
「……このあたしに傷をつけるとは、どうやらアンタは雑魚じゃなかったみたいだね?」
「自分じゃよく分かんないよ」
肩を竦めながらユーキは複雑そうな表情で語る。剣の腕には自信があるが、この世界にはパーシュやフレードのような優れた剣士がまだ大勢いると思っているため、ユーキは自分がこの世界でどれほど強いのか分からなかった。
「あたしに傷を付けた以上、あたしも全力で戦わないといけないね」
「何だよ、今まで全力じゃなかったの?」
「当たり前だよ。アンタみたいなガキに最初から全力で戦うわけないだろう」
(何だよそれ、言い訳にしか聞こえないぞ?)
ディベリの答えに呆れながらユーキは目を細くする。ユーキは過去に似たような状況を何度も見てきたため、ディベリの答えも自分の弱さを隠す言い訳に聞こえてしまっていた。
ユーキが呆れる中、ディベリは剣を両手で握って中段構えを取り、ユーキも再び双月の構えを取ってディベリを見つめる。
「またさっきと同じ構えか。だが、今度はさっきのようにはいかないよ!」
大きな声を出しながらディベリはユーキに向かって行く。ユーキはディベルに何か秘策があるのかもしれないと考え、ディベリが何をしてきてすぐに対応できるように注意した。
ディベリは走りながら剣の切っ先をユーキに向け、それを見たユーキはディベリが突きを放ってくると読み、攻撃してきたら横に跳んでかわそうと考える。そして、ディベリはユーキが間合いに入ると突きを放つ体勢を取った。
予想どおり突きを放とうとするディベリを見たユーキは右へ跳んで突きをかわそうとする。だが、ユーキが跳ぼうとした瞬間、ディベリの剣の剣身が黄色く光り出して形を変え、光が消えるとディベリの剣は三叉槍のような形状になっていた。しかも三つの穂の部分は剣のようになっており、左右の穂も外側に向かって斜めに広がった形をしている。まるで横に回避する敵に確実に攻撃を当てるかのような形状だった。
「何ぃ!?」
突然形を変えた剣身に流石のユーキも驚きを隠せず、驚くユーキを見たディベリは愉快そうに笑っていた。
剣身の形状から横に回避するのは危険だと感じたユーキは後ろに跳んでディベリから距離を取る。すると、ディベリの剣が再び光り出し、今度は三つの穂のうち、真ん中の穂だけが長くなった。再び形を変えた剣にユーキは大きく目を見開く。
ディベリは後ろに跳ぶユーキに向かって突きを放つ。真ん中の穂だけが長くなっているため、後ろに跳んでいるユーキに突きが届くようになっていた。ユーキは突きの直撃から逃れるために月影で迫ってくる穂を左に払う。しかし、タイミングが遅かったのか回避が間に合わず、穂はユーキの左脇腹を掠った。
「ぐうぅっ!」
脇腹から伝わる痛みにユーキは奥歯を噛みしめながら声を漏らす。




