第二百二十八話 強くなるために
三大国家の会談から一週間、メルディエズ学園はベーゼの奇襲前の雰囲気に戻っていた。生徒たちの顔からは不安などは見られず、今までどおり授業や訓練、依頼を受けている。
破壊された建造物もいくつかは修繕されている。しかし校舎や闘技場と言った大型の建造物の修繕は終わっておらず、今でも大工や学園の用務員たちが直していた。
生徒の中には授業よりも戦いの訓練や依頼を優先して受ける者が多くいる。いつか始まるベーゼとの戦いに備えて少しでも戦闘の経験を積んでおこうと思っているのだろう。
ベーゼに襲撃された後にもかかわらず、メルディエズ学園には多くの依頼が入って来ている。ただその殆どがベーゼの討伐依頼だった。
学園が奇襲を受けた後、大陸のあちこちでベーゼが出没するようになり、討伐依頼が殺到するようになった。突然増えた討伐依頼に教師たちも最初は驚いていたが、奇襲を受けた直後のことからベーゼ大帝の復活が関わっていると確信する。
これから起きるベーゼとの戦争に関係しているかもしれないと予想した教師たちは生徒たちにベーゼの討伐依頼を優先して受けるように指示する。しかし今の状態で討伐依頼を優先するのは難しかった。
ベーゼと戦える中級生以上の生徒は学園の奇襲で大勢戦死してしまい、ベーゼ討伐の依頼を受けられる生徒は限られている。勿論、学園にはまだ中級生や上級生、生徒会の生徒もいるため依頼を受けられないというわけではない。だが、それでも全ての依頼を効率よく受けることはできなかった。
下級生はベーゼが関わる依頼を受けることができず、簡単な依頼や下級モンスターの討伐依頼しか受けられない。ベーゼ討伐の依頼を受けられる生徒が少ないことから、学園が依頼を受ける前にベーゼに襲われる村や人々が増え、生徒か駆けつける前に村が壊滅すると言った最悪の結果になることも増えていた。
今のままではベーゼによる犠牲者が増えるだけでなく、メルディエズ学園の信頼も失われると考えた教師たちは今学園にいる生徒たちに何とかベーゼと戦えるほどの実力を身につけてもらい、ベーゼの討伐依頼を受けられるようにしようと思っていた。
「ああ~~~今日も暇だなぁ~」
メルディエズ学園の学生寮前にあるガゼボでフレードが大きな声を出す。向かいにはユーキが座っており、フレードを見ながら複雑そうな表情を浮かべていた。
「授業は受ける気にならねぇし、剣と魔法の訓練も飽きちまった……あぁ~~! 依頼を受けてぇ~!」
「仕方がありませんよ。俺たちは五聖英雄の特訓を受けるために依頼を受けることができないんですから」
ユーキは座りながら文句を言うフレードを宥めるように声を掛け、フレードは不満そうな顔で腕を組みながら鼻を鳴らす。
三大国家の会談の後、ユーキたちは五聖英雄がメルディエズ学園を訪れた際にすぐに特訓を受けられるよう依頼を受けることを禁じられている。依頼を受けられない状況でユーキたちにできることは授業か教師たちの訓練を受ける、もしくは学園内でのんびり時間を潰すことぐらいだった。
ただ、それも三日ほどで飽きてしまい、ユーキたち、特にフレードは退屈な時間に不満を感じていた。
「いつ来るか分からねぇ英雄様たちを待つよりは依頼を受けた方がいいだろう。ただでさえ今は大陸のあちこちにベーゼが現れて厄介な状況になってるんだからな」
「それはそうですけど、会長や先生たちが決めた以上はそれに従うしかありませんよ」
納得できないフレードを見ながらユーキは困ったような表情を浮かべた。
ユーキも最近ベーゼの討伐依頼やベーゼの数が増えていることは知っており、ベーゼの被害が増えている今こそ自分たちが依頼を受けるべきだと思っている。
しかし特訓を受ける自分たちが依頼を受け、その間に五聖英雄がメルディエズ学園を訪れたら特訓を受けられる時間が短くなり、他の生徒たちの特訓にも影響が出る。
時間を無駄にできない現状では依頼を受けず、五聖英雄の特訓を受けて少しでも強くなり、その後に討伐依頼を受けるべきだとユーキは思っていた。
「俺もできるのなら今すぐにでも依頼を受けたいです。ですけど、これから起きるベーゼとの戦争に勝つためには強くならないといけません。今は我慢して五聖英雄の特訓を受けることだけ考えましょう?」
「チッ……」
フレードは舌打ちをするがそれ以上は何も言わなかった。ユーキはフレードの反応を見てとりあえず納得してくれたと感じる。
「それに学園には俺たち以外にもベーゼと戦える生徒がいます。今は彼らにベーゼの討伐を任せましょう」
「ユーキの言うとおりだよ」
何処からかパーシュの声が聞こえ、ユーキとフレードは声が聞こえた方を向くとパーシュがアイカを連れて歩いてくる姿が目に入った。
「あたしらにはあたしらのやるべきことがあるんだ。依頼は別の子たちに任せて一番大切なことだけを考えな」
「ケッ、お前に言われると何かスッゲェ腹立つな」
「正論を言われたからって機嫌を悪くするんじゃないよ。子供じゃあるまいし」
「誰がガキだってぇ?」
馬鹿にされたフレードは立ち上がり、鋭い目でパーシュを睨む。
パーシュはフレードの顔を見るとそっぽを向きながら鼻で笑い、パーシュの反応を見てフレードは軽く歯ぎしりをした。
いつものように喧嘩を始めるパーシュとフレードを見たアイカは苦笑いを浮かべながらユーキの隣へ移動する。
「ユーキはどう? 学園から出られなくて退屈してる?」
「退屈じゃないって言えば嘘になるけど、それほど不自由には感じてないよ。依頼を受けずにのんびり訓練したり、図書室で自習したりするのもたまには悪くないと思ってる」
「ウフフ、貴方らしいわね。……そう言えば、グラトンはまだ怪我が完治してないの?」
普段ユーキと一緒に行動するグラトンの姿が無いことに気付いたアイカはグラトンがまだ本調子ではと感じてユーキに尋ねる。
「いや、モンスターは野生動物と同じで傷の治りが早いからもういつもの調子に戻ったよ。今は厩舎で寝てるはずだ」
「そう……」
グラトンが完全に回復したことを知ってアイカは微笑みを浮かべる。モンスターとは言えグラトンもメルディエズ学園で暮らす仲間であるため、元気になったことでアイカは安心した。
「ところで、昨日からウェンフの姿を見てないけど、もしかして依頼で外に?」
「まぁね……最近ベーゼの討伐依頼が増えてるからベーゼと戦える生徒の殆どが討伐依頼を任されてるんだ。特にウェンフやオルビィン様のような混沌士は他の生徒よりも多くの依頼を任されてるみたいなんだ」
ユーキの話を聞いたアイカはウェンフたちが一般の生徒よりも苦労していると知って若干気の毒そうな顔をする。
ベーゼの奇襲で大勢の中級生以上の生徒を失った現状では通常の生徒よりも力の強い混沌士が重宝されている。そのため、他の生徒よりも多くの依頼を任されるのでほぼ毎日依頼を受けていると言っても過言ではない。
ウェンフも依頼を任されるようになり、この数日幾つもの依頼を受けている。そして昨日も新しい討伐依頼を任され、オルビィンと共にベーゼが出現した場所へ向かったのだ。
「ウェンフたちが少しでも楽できるよう、早く五聖英雄の特訓を終えないといけないな」
「そうね。……そう言えば、五聖英雄ってどんな人たちなのかしら?」
名前は知っているが人物像が分かってないアイカは小首を傾げ、ユーキは過去に見たり聞いたりした五聖英雄の情報を思い出す。
「確か二人は亡くなって、今は三人だけだったな?」
「ええ、その内の一人が私たちの体を治してくれたスラヴァさんよね」
アイカは自分とユーキが半ベーゼ化した時に助けてくれたスラヴァ・ギクサーランのことを思い出す。
当時は五聖英雄にそこまで関心が無かったため、詳しく知ろうとは思っていなかったが今は五聖英雄のことが少しでも知りたいと思っていた。
「スラヴァさん以外の二人はどちらも近接戦闘を得意としてる人だったはずだ。一人は剣士でもう一人はハンマーを扱い、回復魔法も使える人だって図書室で見た本に書いてあった」
「接近戦が得意で回復魔法まで使えるなんて、そのハンマーを使う人、凄いわね」
スラヴァともう一人の剣士よりも回復魔法が使える五聖英雄に興味が湧いたアイカは意外そうな顔をする。
本来、回復魔法は魔導士のように後方支援に就く者が使うため、前線で敵と戦いながら仲間の傷を癒せるというのは今の時代では非常に珍しかった。
「亡くなってる二人はどんな人たちだったんだっけ?」
残る二人の英雄のことが気になるユーキはアイカに尋ねる。図書室の本には生きている三人のことは詳しく載っていたが、亡くなった二人については簡単な情報しか書かれていなかったのでユーキも詳しくは分かっていなかった。
「確か一人は弓を使う人だったそうよ。一度に三本の矢を放ったり、矢に魔法の付与して撃つこともできたとか」
アイカは自分の知っている情報をユーキにできるだけ細かく話す。
この世界の住人であるアイカはユーキよりも多くの依頼を受けて大陸に存在する国々に足を運んだことがある。そこで五聖英雄に関する書物を見たり、話を聞いたことがあるのでユーキよりも五聖英雄の情報を持っていた。だがそれでもどんな姿でどんな性格をしているのかまでは分かっていない。
「弓使いか……そう言えば、副会長の混沌術の浮遊も以前はその人が使っていた混沌術だったんだよな」
メルディエズ学園に入学したばかりの時に得た情報を思い出したユーキは小さく俯く。
「最後の一人は五聖英雄のリーダーで優れた潜在能力を持った人だったそうよ。優れた剣術を使い、ベーゼ大戦の時にはベーゼ大帝と戦って亡くなってしまったけど、ベーゼ大帝にも瀕死の重傷を負わせた人だったって聞いたわ」
「自分の命を懸けてベーゼ大帝と戦ったのか……立派な人だな」
直接会ったことは無いが話を聞いたユーキは亡くなったリーダーは本当の英雄だと感じていた。
五聖英雄のリーダーのおかげでこの世界は護られ、人々はベーゼに支配されることなく生きている。今度は自分たちが五聖英雄の護った世界を護る番だ、ユーキはそう思いながら五聖英雄の特訓で強くなってやると心に誓った。
ガゼボの中でユーキはアイカと喋り、パーシュとフレードは口喧嘩をする。それは傍から見れば平和な光景と言えた。
「全員集まっているとは好都合だ」
再び声が聞こえ、ユーキたちは口を閉じて声がした方を向くと校舎の方からカムネスがフィランを連れて歩いてくるのが見えた。
「会長、どうしたんですか?」
ユーキは声を掛けるとカムネスはチラッとユーキの方を向く。
「五聖英雄がいらっしゃった」
カムネスの言葉にユーキたちは一斉に反応する。ようやく自分たちを鍛えてくれる存在が来たことを知ってユーキ、アイカ、パーシュは軽く目を見開き、フレードは「やっとか」と不満そうな表情を浮かべた。
「ようやく来たか。随分待たせやがるんだなぁ、英雄様たちは?」
「正確には昨日の内に二名がバウダリーに到着された。そして先程最後の一人が到着され、全員で学園に来られたのだ」
「何だよそりゃあ? まさか全員が集まるまでバウダリーで待ってたってことか?」
「そのとおりだ」
若干興奮するフレードにカムネスは落ち着いた口調で答えた。
一秒でも時間を無駄にできない状況だというのに先に来た二人は学園に来て特訓もせず、全員揃うまで待機していたと知ってフレードは再び不満そうな顔をする。
「何で先に来た二人は学園に来なかったんだい?」
パーシュもフレードと同じ気持ちなのか先に来た五聖英雄たちがメルディエズ学園に来なかった理由を尋ねる。
「特訓の準備などをしていたそうだ。僕らを効率よく、そして確実に強くするために道具などを揃え、特訓の内容などを決めていたんのだろう」
「最後の五聖英雄はついさっき来たんだろう? と言うことはその人は準備とかをする必要は無いってことかい?」
「恐らくな」
理由を聞いたパーシュは納得した反応を見せる。ユーキとアイカは自分たちのために五聖英雄が準備をしていた知って感心していた。
「今、五聖英雄は学園長に挨拶をされているそうだ。僕らも挨拶に行くぞ」
「分かりました」
いよいよ五聖英雄に会うのだとアイカは緊張した様子で返事をする。ユーキも真剣な表情を浮かべており、パーシュとフレードはスラヴァ以外の五聖英雄がどんな人物か気になるのか興味があるような顔をしていた。フィランは相変わらず無表情のままカムネスを見ている。
五聖英雄の下へ向かうため、ユーキたちはカムネスに連れられて校舎へ向かう。嘗てこの世界を救った英雄たちがどんな人物で彼らがどんな特訓をするのか、ユーキたちは想像しながら移動する。
校舎の前までやって来るとユーキたちは五聖英雄に会うために中に入ろうとする。すると入口前にガロデスが立っているのが視界に入った。ガロデス以外にもスローネとミスチアの姿もあり、スローネはユーキたちを見ながら軽く手を振る。
どうしてガロデスたちがいるのかユーキは不思議に思うが、現状から五聖英雄と彼らの特訓に関係することだと確信する。
ユーキだけでなくアイカたちも何か問題が起きたのか思いながらガロデスたちの方へ歩いて行く。
「全員揃っているようですね」
ガロデスは小さく笑いながらユーキたちに声を掛ける。どうやらカムネスがユーキたちを連れてやってくるのを待っていたようだ。
スローネも笑ったままユーキたちを見ていた。ただミスチアだけは暗い顔をしながら軽く俯いている。
「学園長、五聖英雄の皆様はどちらです? 特訓を始める前に一言ご挨拶しようと思っていたのですが……」
カムネスが五聖英雄の居場所を尋ねるとガロデスはカムネスを見ながら口を開く。
「五聖英雄はすぐに特訓を始められるようそれぞれの訓練場所へ移動しました。皆さんには此処でご自分が特訓を受ける場所へ向かっていただきます」
「特訓を受ける場所って、此処であたしらはバラバラになるってことですか?」
全員が一緒に特訓を受けるわけではないと知ったパーシュは意外そうな顔をする。ユーキたちもてっきり全員で三人の五聖英雄から特訓を受けるとばかり思っていたので驚いたような反応をしていた。
「ええ、特訓を受けると言うことで挨拶の時に皆さんの情報を五聖英雄に話したのですが、どうやら皆さんは鍛えなくてはいけないところがそれぞれ異なっているそうです。皆さんには三つに分かれ、ご自分の担当をされる五聖英雄から鍛えるべき箇所を集中的に鍛えてもらうことになりました」
「僕らには強くなるために最も鍛えなくてはならない箇所があり、五聖英雄の方々にはそれぞれ鍛え方に得意不得意がある。効率よく力を底上げをするために相性のいい者同士で訓練を行うと言うことですか」
「そのとおりです」
特訓のやり方に間違いは無いと感じたカムネスは納得した様子を見せる。ユーキたちも強くなるために一点を集中的に鍛えるのも一つの方法だと思っていた。
「五聖英雄は今頃準備を終えて皆さんを待っているはずです。訓練場所へは私たちが案内します」
わざわざ案内するためにガロデスたちが待っていてくれたのだと知ったユーキは忙しい中、自分たちのために時間を作ってくれたガロデスたちに心の中で感謝した。
「カムネス君とフィランさんは私と一緒に来てください」
「分かりました」
「……ん」
カムネスはガロデスの方を向きながら返事をし、フィランも小さく声を出しながら頷く。ユーキたちはカムネスとフィランの鍛えるところが同じだと知り、二人は何を鍛えるのだろうと想像する。
「短時間で力をつけるとなると過酷な特訓になるはずだ。お互い覚悟しておいた方がいいだろう」
ユーキたちの方を向いたカムネスは忠告するように声を掛け、フィランも無表情だがその目からは「しっかりやれ」という意思が伝わってきた。
厳しい特訓が待っていると聞かされたユーキたちは若干緊張した様子でカムネスとフィランを見つめる。
挨拶を済ませたカムネスとフィランはガロデスと共に闘技場のある方へ歩いて行く。ユーキたちはカムネスたちの向かった方角から五聖英雄の一人は闘技場にいるのだと悟った。
「さてと、それじゃあ私らも行くかねぇ」
スローネが笑いながらユーキたちに声を掛けるとユーキたちは一斉にスローネの方を向いた。
「クリディック、ディープス、アンタたちは私と一緒に来てもらうよ」
「はぁ? 俺とパーシュは一緒に特訓を受けんのか?」
フレードは目を見開きながら確認し、パーシュも驚きの反応を見せながらスローネを見る。
仲の悪いパーシュとフレードにとって一緒に特訓を受けると言うのは避けたいことだった。しかし自分たちが一番望んでいない状況となったことで二人は衝撃を受ける。
「ああ。アンタたちは剣と魔法を使って戦うマナード剣術の使い手なんだろう? アンタたちを強くするなら魔法の力を高めるのが一番だからアンタたちは先生の所で特訓するんだよ」
「先生ってことは、あたしらはスカヴァさんから特訓を受けるのかい?」
「そう言うこと」
五聖英雄最強の魔導士であるスカヴァから特訓を受けると知ったパーシュはマナード剣術の使い手であり、よく魔法を使う自分にはピッタリの師だと思った。
しかしそれでも不仲なフレードと共に特訓を受けることには抵抗を感じている。
「俺は嫌だぜ! こんな無駄に態度と乳のデカい女と一緒じゃあ気分が悪くて特訓なんて受けられねぇ」
「それはあたしも同じだよ。アンタみたいな不真面目って言葉が最も似合う男なんか一緒なんてお断りだよ」
「んだとぉ!?」
「何だい!?」
パーシュとフレードは険しい顔をしながら睨み合う。ユーキたちはこれから五聖英雄から特訓を受けるというのにいつものように口喧嘩を始める二人を見て内心呆れていた。
「コォラ、特訓を受ける前に喧嘩をするんじゃなよ。アンタたちが不仲だってことは知ってるけど、ベーゼとの戦いに勝つためには先生の特訓を受けてもらわないといけない。我慢して一緒に特訓を受けてくれ」
『ヌゥ~~、フンッ!』
スローネの言葉を聞いて睨み合っていたパーシュとフレードは同時にそっぽを向く。ベーゼとの戦いに備えて強くならないといけないことを自覚しているため、二人は渋々共に訓練を受けることを受け入れた。
口喧嘩をやめたパーシュとフレードを見たスローネは軽く溜め息をつき、同じように二人の喧嘩を見ていたユーキとアイカの方を向いた。
「そんじゃあ、私たちも行くからアンタたちも頑張るんだよぉ?」
「ハイ」
ユーキが返事をするとスローネはニッと笑ってから歩き出す。
「ほら、アンタたち行くよ? 私は早く先生に挨拶したいし、アンタたちを連れて行かないと私が先生に怒られちゃうんだからねぇ」
スローネは歩きながら後ろを向いてパーシュとフレードに声を掛けた。パーシュとフレードはお互いに顔を合わせないようにしながらスローネの後をついていく。
機嫌の悪いパーシュとフレードの後ろ姿を見ながらユーキとアイカはあれで大丈夫なのかと不安を感じていた。
パーシュたちがいなくなり、残っているのはユーキとアイカのみ。二人は現状から同じ何かを鍛えるために残りの五聖英雄の下へ向かうのだと理解していた。
「それじゃあ、俺たちも五聖英雄の所へ行こうか?」
「ええ、そうね」
ユーキとアイカは残っているミスチアの方を向く。ガロデスとスローネがパーシュたちを案内したことから、ミスチアが自分たちを五聖英雄の下へ案内してくれるのだと察していた。
「ミスチアさん、貴女が私たちを五聖英雄の所まで連れて行ってくださるのでしょう?」
「……え? え、ええ、そのとおりですわ」
「それじゃあ、早速案内してくださいませんか?」
アイカは微笑みながらミスチアに案内を頼む。だがミスチアは暗い顔で俯きながらその場を動かず、なかなか案内してくれなかった。
「ミスチア、どうしたんだ?」
「い、いえ……何でもありませんわぁ」
顔を上げたミスチアは苦笑いを浮かべながら首を軽く横に振る。苦笑いを浮かべ、声にも若干元気が無いミスチアをユーキとアイカは不思議そうに見ていた。
「そ、それでは五聖英雄がいらっしゃる所まで案内いたします。お二人とも、ついて来てくださいませぇ」
ミスチアは二人に背を向けて歩き出し、ユーキとアイカはその後を静かについていく。
「……ねぇユーキ。ミスチアさん、さっきから何か様子がおかしくない?」
「ああ、俺もいつものミスチアらしくないと思ってたよ」
目の前を歩くミスチアを見ながらユーキとアイカは小声で話し合う。いつものミスチアは無駄に元気が良く、必要以上にユーキに近づいてきたりするのだが、今のミスチアは明らかにいつもと態度が違っていた。
普段明るく、どんな状況でも暗くなったりしないミスチアが今回はなぜか暗くて大人しい。ユーキとアイカはミスチアが何か悩みを抱えているのではと思っていた。
「……ミスチア、何か悩みでもあるのか?」
ユーキが声を掛けるとミスチアは前を向いたまま目を大きく見開いて立ち止まる。
突然足を止めたミスチアを見てユーキとアイカは思わず立ち止まった。それと同時にミスチアは何かに悩んでいると確信する。
「もし悩みがあるなら言ってみろよ。何か力になれるかもしれないからさ」
「そうですよ。これから私たちは五聖英雄と会って特訓を受けることになります。もしかするとしばらく会えなくなるかもしれませんから、悩みがあるのでしたら今話してください」
小さく笑いながらユーキとアイカはミスチアの後ろ姿を見つめる。
普段ミスチアは必要以上にユーキに馴れ馴れしてくるため、ユーキとアイカは鬱陶しく思うことがあったが、そんなミスチアのことを二人は仲間だと思っている。だから五聖英雄の特訓を受ける前に相談に乗ろうと思っていたのだ。
声を掛けられたミスチアはゆっくり振り返ってユーキとアイカを見る。その顔には二人に同情するような表情が浮かんでいた。
「私は別に悩んでなどいませんわ。ただ、小さな不安とお二人に同情の念を抱いていただけです」
「え? 俺たちに同情?」
ミスチアに悩みがあるわけではなく、自分とアイカに同情していると知ったユーキは目を丸くする。アイカもどういう意味か分からずにまばたきをしていた。
理解できていないユーキとアイカを見たミスチアは静かに深呼吸をしてから真剣な顔で二人を見た。
「お二人とも、一つご忠告させていただきますわ。……これから会う五聖英雄は三人の中で最も問題のある存在です。気を付けてください?」
「も、問題がある? どういうことですか?」
言葉の意味が分からずにいるアイカはミスチアに訊き返す。するとミスチアは振り返って再び二人に背を向ける。
「詳しいことは歩きながらお話ししますわ」
そう言うとミスチアは移動を再開し、ユーキとアイカはお互いの顔を見合ってからミスチアの後をついていく。




