第二百二十七話 護るための決断
以前半ベーゼ状態となった生徒たちを再び半ベーゼ状態にすると言われれば驚くのは当然だった。ジェームズたち三大国家の代表が驚く中、カムネスは表情を変えずにジェームズたちを見ている。
「半ベーゼ状態に、戻す?」
「ハイ」
確認するジェームズの方を向いてカムネスは頷く。聞き間違いではないと知ったジェームズは困惑したような表情を浮かべてガロデスの方を見た。
「フリドマー伯、いったいどういうことだ?」
「ハ、ハイ……実は今回の会談の予定を立てる時に我々は五聖英雄に特訓を要請すること決めたのですが、その時にカムネス君がユーキ君とアイカさんを半ベーゼ状態に戻すことを提案したのです」
複雑そうな表情を浮かべながらガロデスが説明するとジェームズたちは再び驚きの表情を浮かべる。その中でジャクソンだけは落ち着いた様子でガロデスを見ていた。
ユーキとアイカはリスティーヒの高濃度の瘴気を取り込んだことで半ベーゼと化し、強い怒りを感じた時にベーゼ化する体になってしまった。しかし五聖英雄の一人、スカヴァ・ギクサーランの調合した薬を使用したことで怒りを感じてもベーゼ化を抑えることができるようになり、普通の生活を送れるようになったのだ。
怒りで二人の意思とは関係無くベーゼ化するのは非常に危険なことであるため、ベーゼ化を抑えることができたのはメルディエズ学園だけでなく、王族や貴族にとっても安心できることだった。
しかしカムネスはユーキとアイカを再びベーゼ化できる状態に戻すと言ったため、ジェームズたちはカムネスが何を考えているのか理解できずにいる。
「……カムネス、なぜ危険と見られているベーゼ化を戻そうと考えたのか話してもらおう」
冷静にカムネスの話を聞いていたジャクソンはユーキとアイカを半ベーゼ化状態に戻す理由を尋ねる。
ジャクソンもラステクト王国の軍師責任者として王国を護るべき立場であるため、王国に危険が及ぶ可能性がある行動を見逃すことはできない。そのため、カムネスの話す理由に納得できなければ断固反対するつもりでいた。
カムネスは目を鋭くして自分を見る父親に怯まず、表情も変えずにジャクソンの方を向いて口を動かした。
「ご存じのとおり、学園は今回の奇襲でベーゼと戦うことが可能な中級生以上の生徒を失い、甚大な被害を受けました。幸い下級生には殆ど被害は出ておらず、無事だった中級生もいます」
ジェームズたちが注目する中、カムネスはメルディエズ学園の現状を細かく説明し、ジェームズたちはカムネスの話を黙って聞いている。
「ですが、下級生はベーゼと戦うことができず、無事だった中級生もベーゼと戦うことが可能になったばかりの生徒や中位以上のベーゼと戦えるほどの実力を持っていない生徒ばかりです。中位以上と戦える生徒は奇襲で大勢死亡してしまいました」
「つまり今の学園には強いベーゼと戦える実力を持った生徒が殆どいないというわけか」
カムネスの言いたいことを察したジャクソンが確認するように声を掛けると、カムネスはジャクソンを見ながら小さく頷く。
「ええ。ですので現在学園にいる生徒たちに五聖英雄の訓練を受けさせ、ベーゼと戦える実力をつけてもらうと考えました。……ですが、それでも学園には十分と言える戦力は揃いません」
「確かに戦闘経験の浅い下級生などは五聖英雄の訓練を受けたとしても中位以上のベーゼと戦えるだけの力を得られる可能性は低いな」
「ハイ……そこで私はユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードを半ベーゼ状態に戻し、その力を使いこなしてもらおうと考えました」
メルディエズ学園の戦力を整えるためにユーキとアイカを以前の状態に戻すと語るカムネスにジャクソン以外の全員が目を見開く。力を得るためとは言え、ベーゼの力を利用しようなんて普通では考え付かないことだからだ。
「今のルナパレスとサンロードは人間の状態に戻っているため、常人の身体能力しか持っていません。ですが半ベーゼ状態だった時の二人は人間だった時以上の身体能力と感覚を得ていました。もし彼らがベーゼ化をコントロールできるようになり、半ベーゼ化した時の身体能力を問題無く使えるようになれば大きな戦力となります」
「要するにお前はベーゼと戦える戦力を得るためにその二人をもう一度半ベーゼ状態に戻そうと考えたということか」
なぜユーキとアイカを半ベーゼ状態に戻そうと考えたのか理解したジャクソンをカムネスに確認するように声を掛け、カムネスは何も喋らずにジャクソンを見つめる。
カムネスの案を聞かされたジェームズは難しい表情を浮かべている。ゲルマンは不安そうな、ショウジュは信用できないような顔をしながら自分の秘書官と小声で話していた。
「少しでもこちらの戦力を強化するためにはルナパレスとサンロードが持つベーゼの力が必要です。陛下、二人を半ベーゼ状態に戻す許可をいただけないでしょうか」
「わ、私は反対だ」
不安を露わにしていたゲルマンが若干震えた声を出し、カムネスや周りにいる者たちはゲルマンに視線を向ける。
「もしもその二人の生徒がベーゼの力を使いこなせずにベーゼ化したらどうなる? 戦力を得るどころかベーゼ側に寝返って我々の敵となってしまうかもしれんのだぞ?」
「私も同意見だ」
理由を話すゲルマンに続き、ショウジュもユーキとアイカを半ベーゼ状態に戻すことに反対する。ショウジュはゲルマンと違って声は震えておらず、真剣な表情を見せていた。
「そのユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードがどれ程の実力を持ち、以前はどのようにしてベーゼ化を抑えていたかは知らんが、わざわざ危険を冒してまで戦力を得る必要は無い。そもそも彼らがベーゼの力を使いこなせるかどうか分からんし、共に戦う者たちも近くにベーゼの力を持つ存在がいると知って不安になって士気が低下する可能性もある」
「そ、そのとおりだ。それにその者たちをベーゼ化させなくても三大国家の軍や冒険者ギルドを使えば問題無かろう」
ショウジュとゲルマンはユーキとアイカにベーゼの力を持たせる必要は無いと考え、カムネスの提案を却下しようとする。
周りにいる者たちはショウジュとゲルマンを見ながら彼らが反対するのも無理は無いと感じていた。
ガルゼム帝国とローフェン東国の上層部にはそれぞれ五凶将が潜入していて、五凶将は姿を消す前に両国の将軍や貴族を大勢殺害している。そのせいで帝国と東国はベーゼに対して不安や怒りを感じており、ユーキとアイカがベーゼの力を得ることに反対していた。
「……私は帝国軍と東国軍ではベーゼに抵抗できないと思いますがね」
話を聞いていたジャクソンが低い声で呟き、ゲルマンとショウジュはフッとジャクソンに視線を向ける。
「ザグロン侯、それはどういうことだ?」
ジェームズが尋ねるとジャクソンはチラッとジェームズの方を向いた。
「帝国と東国には五凶将が将軍、軍師として上層部に潜入していました。潜入していたとは言え、彼らは与えられた職務を全うしていた。つまりベーゼたちは帝国軍と東国軍の力や戦術などを把握しているということになります」
説明を聞いたジェームズはハッとし、ゲルマンとショウジュも目を大きく見開いている。
ジャクソンの言うとおり五凶将のアイビーツとチャオフーは両国で軍の重役を任されており、両国がどんな戦況でどのように行動するのかなどを理解していた。それはベーゼに帝国軍と東国軍の全てを知られていると言っても過言ではない。
情報を知られている戦力で挑んでもベーゼに裏をかかれることになるため、帝国軍と東国軍はベーゼとの戦いで戦力として使えるかは微妙な立場にあった。
「更に三大国家の軍や冒険者ギルドはベーゼとの戦いに慣れていないため、これまでのベーゼとの戦闘では必ずと言ってもいいほど苦戦を強いられていました」
「そ、それは……」
ジャクソンに続いてカムネスにまで痛いところを突かれたゲルマンは言い返せずに俯く。ショウジュも若干不満そうな顔をしながら黙り込んだ。
「軍と冒険者ギルドはベーゼとの戦いに不慣れ、学園は奇襲で大きな被害を受けている。……断言しましょう。今のままでは我々はベーゼに勝つことは愚か、まともに戦うことすらできません」
現状を語るカムネスを見てジェームズは深刻な表情を浮かべ、ゲルマンとショウジュは現実を突きつけられて何も言い返せない状態となった。
「私たちがベーゼに勝つには彼らが情報を掴んでおらず、ベーゼと互角以上に戦える大きな戦力を得る必要があります。そのためにもルナパレスとサンロードが持つベーゼの力が必要なのです」
改めてユーキとアイカを半ベーゼ状態に戻すことの重要さを語るカムネスは二人を半ベーゼ状態に戻す許可を求める。ジェームズたちはどうするべきか黙り込みながら考えた。
「……フリドマー伯、そなたの考えを訊かせてくれぬか?」
ジェームズはここまで黙っていたガロデスに意見を聞くために声をかける。ガロデスは不安そうな顔で俯き、しばらくすると顔を上げてジェームズの方を見た。
「私も、最初にユーキ君とアイカさんを半ベーゼ状態に戻すと聞かされた時は反対でした」
「反対でした、つまり今は賛成だと?」
「ハイ……始めは二人にベーゼの力を戻さなくても対抗できると思っていましたが、ベーゼ大帝や五凶将のような強大な力を持つ敵が現れた現状では、今我々の手元にある力では対抗できないことを再認識しました」
ベーゼの攻撃に耐えられないことをガロデスは暗い顔で語り、ジェームズはガロデスの考えを知ると低い声を漏らす。
「彼らに勝つため、この大陸を護るためにもユーキ君とアイカさんの力を借りようと考えました」
「……半ベーゼ状態は怒りを感じることで体がベーゼ化し、完全にベーゼになれば理性を失ってベーゼと同じ思考を持つようになると聞いた。それでもそなたは半ベーゼ状態に戻すのか?」
「ユーキ君とアイカさんは強い心を持っています。あの二人は決してベーゼになりません。私は信じています」
普通なら信じているから、という何の根拠も無い理由を言われても納得できないだろう。だがガロデスの目にはユーキとアイカを心の底から信じているという意思が宿っており、ジェームズはガロデスは本気だと感じていた。
「因みにユーキ君とアイカさんにはこのことは既に伝えてあります。二人もベーゼに勝つためと言って提案を受け入れてくれました」
ベーゼ化する本人たちが承諾していると聞いたジェームズは意外そうな顔をする。
てっきり敵であるベーゼの力を使うことや再び半ベーゼ状態で生活することを拒むと思っていたため、ガロデスの言葉を聞いて少し驚いていた。
「陛下、私は賛成です」
隣に座っているジャクソンの言葉を聞いてジェームズはジャクソンの方を向き、ゲルマンとショウジュもジャクソンに視線を向けた。
「彼らはスラヴァ・ギクサーランの薬を服用する前から自身の精神力で怒りを抑え、ベーゼになるのを防いだと聞いています。彼らなら例え半ベーゼ状態に戻しても問題無いかと」
ジェームズはジャクソンの意見を聞くと無言で彼を見つめる。
ジャクソンの性格から息子であるカムネスの後押しをするために賛成しているわけではないと言うことは分かっている。
結果主義者であるジャクソンはユーキとアイカの力があればベーゼに勝てると思って賛成したのだとジェームズは予想した。
「お父様、私も先輩たちを信じています」
難しい顔でジャクソンを見ていたジェームズにオルビィンが声を掛け、ジェームズはオルビィンに視線を向ける。
「ルナパレス先輩とサンロード先輩は学園でも多くの生徒から信頼されており、強い力と精神力を持っています。あの二人なら例えベーゼ化する体に戻っても必ずベーゼ化をコントロールできるようになり、大陸を護るためにベーゼと戦ってくれるはずです」
「オルビィン……」
実の娘でありラステクト王国の王女であるオルビィンの言葉にジェームズは軽い衝撃を受ける。
以前はお転婆で後先考えずに行動するなど、幼さが感じられたオルビィンが他人を信じ、現状を考えて発言するという大人らしい一面を見せるのを目にしてジェームズは娘が大きく成長したと思っていた。
成長した娘が信じると言うのだから、自分もユーキとアイカを信じるべきなのではとジェームズは感じ始める。
いったいどうするべきか、ジェームズ、ゲルマン、ショウジュは黙り込んで考える。部屋が静まり返る中、賛成派のカムネスたちは王族と皇族が答えを出すのを待つ。すると、ジェームズが何かを決断したような顔をして口を開けた。
「……分かった。ユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードを半ベーゼ状態に戻すことを許す」
ジェームズが許可するとカムネスは表情を変えずにジェームズを見つめる。現状からカムネスはジェームズが間違い無く許可すると思っていたようだ。
「ジェームズ殿、本気か?」
ショウジュはジェームズを見ながら尋ね、ゲルマンも心配するような顔でジェームズの方を見た。
「ショウジュ殿、カムネスの言うとおり帝国と東国の戦力はベーゼに知られている。我が王国もS級冒険者として活動していたルスレクを依頼で何度も王城に招いた。そして、その時に上層部の者が軍の情報をルスレクに話している」
「つまり、王国軍の情報もベーゼたちに筒抜けになっている状態ということか?」
深刻そうな顔をしながら頷くジェームズを見たショウジュは意外そうな顔する。
ジャクソンは自分と同じ王国軍の関係者が潜入していたベーゼに情報を話してしまったことに悔しさを感じているのか黙ったまま表情を鋭くしていた。
ガロデスとオルビィンもいつの間にかベーゼに王国軍のことを知られていたと知って驚きの反応を見せており、カムネスも表情は変わっていないが想像以上に三大国家は不利な状況にあることを知って厄介に思う。
「このまま戦えば我々はベーゼに勝つことはできない。勝つためには強力でベーゼたちの知らない戦力を用意するしかないだろう」
ジャームの考えを聞いたショウジュは俯いて考え込む。確かに軍の戦力や情報が知られている現状では自分たちに勝つ目は無い。勝利するためには多少はリスクを冒さないといけないのかもと思っていた。
「……確かにそうだな。我々がベーゼに勝つには奴らと同等の力を手にする必要がある」
「では……」
ショウジュはジェームズの方を見て無言で頷く。ショウジュもユーキとアイカが半ベーゼ状態に戻ることに納得したようだ。
危険だがユーキとアイカがベーゼの力を使いこなせれば大陸に住む人々を護ることができる。ショウジュは大勢の命を救うためには危険を冒す覚悟も必要だと判断したのだ。
「ゲルマン殿、貴殿の考えを聞かせてくれるか?」
ショウジュが納得するとジェームズは次にゲルマンに声を掛ける。
ゲルマンは落ち着きの無い態度を見せながら暗い顔をしており、ゲルマンの顔を見たジェームズはまだ悩んでいるのだと察した。
「ゲルマン殿、ベーゼの力を恐れるのは分かる。しかし今のままではベーゼには勝てず、敗北すれば多くの国民が命を落とすことになってしまう」
言い聞かせるようにジェームズは静かに語り、ゲルマンは不安そうにしながらジェームズの話を聞いている。
「我々は国を治める者として国民を護る義務がある。ゲルマン殿も皇帝として何をするべきなのか、最も重要なことは何なのか考えてもらいたい」
「こ、皇帝として何をするべきか……」
俯くゲルマンは黙り込んで考えた。メルディエズ学園の生徒にベーゼの力を使わせるのは危険だが、そのベーゼの力が無いと大陸やガルゼム帝国の民を護れない。
小さな危険を冒してベーゼから人々を護れるようにするか、危険を冒さずに不利な状況で戦うか、ゲルマンは必死に考え、やがて真剣な表情を浮かべてジェームズとショウジュを見た。
「わ、私は皇帝として、国と民を護りたい。あんな卑劣な侵略者どもに好き勝手にされるなどもう沢山だ」
「ということは……」
「そ、そのメルディエズ学園の生徒がベーゼの力を使うことに……賛成する!」
答えを聞いたジェームズは小さく笑い、ゲルマンの隣にいた秘書官は意外そうな顔でゲルマンを見ている。
今までゲルマンは重要なことは自分で決断せず、将軍や貴族の意見を聞いて決めてきた。だがこの時はゲルマンも皇帝としての責務を果たさなくてはいけないと考えて、自分の意思で決断した。
今まで他人に縋ってばかりいたゲルマンを見てきた秘書官も皇帝らしい一面を見せたゲルマンを見て小さな驚きを感じていた。
全員の意見を聞いたジェームズは黙って話を聞いていたカムネスの方を向く。
「聞いてのとおり、我々はユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードがベーゼの力を手にすることに賛成する。大陸を護るために全力を尽くしてほしい」
「ありがとうございます、陛下」
会談に出席している王族と皇族全員の許しを得たカムネスは小さく頭を下げる。ガロデスもユーキとアイカを信じてくれるジェームズたちに頭を下げながら心の中で感謝していた。
「それでカムネスよ、ここまでの流れから察してはいるのだが、ユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードはまだベーゼの力を使いこなせていないのだろう?」
「ハイ」
「何かベーゼの力を使いこなせるようになるための策はあるのか?」
いくら半ベーゼ状態に戻すことを許してもベーゼの力を使いこなせるようにならなくては何の意味も無い。どうするのか気になるジェームズたちはカムネスに注目した。
「ルナパレスとサンロードのことは五聖英雄の方々に任せるつもりです」
「五聖英雄に?」
「ハイ、ベーゼ化を抑える薬を調合したスラヴァ・ギクサーラン殿は薬を調合した際にベーゼ化をコントロールできる方法を調べると仰いました。ギクサーラン殿や他の五聖英雄の協力があれば使いこなせるようになると思っています」
「成る程。……それで、コントロールする方法についてスラヴァ・ギクサーランから連絡はあったのか?」
「いえ……」
かなり時間が経っているがスラヴァからはまだ何の連絡も無い。ジェームズたちは進展が無いことを知って「大丈夫なのか?」と言いたそうな表情を浮かべた。
「薬を調合してもらった日から未だに何の連絡はありませんが、五聖英雄なら必ずコントロールする方法を見つけ出してくれると私は信じています」
「確かに五聖英雄はベーゼとの戦いだけでなく、ベーゼに関する知識も豊富だ。……彼らなら何かしらの方法を見つけ出してくれるかもしれんな」
カムネスが五聖英雄を信じるのなら自分たちも五聖英雄の技術と知恵を信じよう、そう思ったジェームズはユーキとアイカのことを五聖英雄に託すことを決める。
ゲルマンとショウジュも嘗てベーゼから大陸を護った者たちならやってくれると考え、五聖英雄に任せることにした。
ユーキとアイカの件がまとまるとジェームズたちは今後の方針の細かい話を始める。いずれベーゼとの激しい戦いが始まるため、今までの会談以上に時間を掛けて決めた。
数十分後、方針が決まって会談は終了した。普段なら少し休憩してからそれぞれの国へ戻るのだが、ベーゼがいつ動き出すか分からない状況なので時間を無駄にすることはできない。
ジェームズたちは会談が終わるとすぐに馬車に乗り込んで各国の首都へと戻っていった。
――――――
会談が終わるとカムネスはすぐにユーキたちを生徒会室に呼び出し、五聖英雄の特訓を受けること、ユーキとアイカを半ベーゼ状態に戻す許可を得たことを伝えた。
ベーゼの奇襲から既に四日が経過しているため、ユーキたちの傷は完治しており、包帯やガーゼは全て取れている。アイカの髪もいつものツインテールに戻っていた。
カムネスから話を聞いたパーシュとフレードは他の生徒たちよりも先に五聖英雄の特訓を受けることに最初は驚いていたが、五聖英雄の特訓が楽しみなのか笑みを浮かべる。フィランは無表情だがどんな特訓が気になるのか興味のありそうな素振りを見せていた。そしてユーキとアイカは再び半ベーゼ状態に戻ることに対して少し緊張した様子を見せている。
ユーキとアイカは三大国家の会談が行われる数日前に半ベーゼ状態に戻り、その力を使いこなせるようにならなければいけないとカムネスから聞かされていた。
最初は驚きと抵抗を感じてい二人だったが、現状ではベーゼ大帝にもチャオフーにも勝てず、ベーゼから大陸を護ることはできないと感じていたため、人々を護れる力を得るためにもベーゼの力を使いこなすようになろうと決意して半ベーゼ状態に戻ることに納得した。
カムネスは五聖英雄がメルディエズ学園を訪れてユーキたちを鍛えてくれることや何時ごろ学園に来るかなどを話す。そして、五聖英雄の特訓を終えるまでは学園から出ないよう伝えて解散させた。
「まさか、俺らが五聖英雄から直接特訓を受けることになるとはなぁ」
フレードは両手を後頭部に当てながら廊下を歩き、ユーキたちもフレードの速度に合わせながら歩いた。
「でも、どうして私たちだけ先に特訓を受けることになったのかしら……」
「大勢の生徒たちと一緒に特訓を受けるよりも少人数で受けた方が短時間で強くなれるから先に俺たちだけ受けさせるって会長は言ってたぞ?」
ユーキがアイカの疑問に答えるとアイカは歩きながらユーキを見て納得した表情を浮かべる。
「今学園にいる生徒の中で五凶将とまともに戦えるのはあたしらだけだからね。敵の幹部を倒せるようにするため、最初に主力として使えるあたしらを強くしておこうって考えだろう」
「……賢明な判断」
前を向きながら呟くフィランを見てパーシュは「うんうん」と頷く。ユーキはパーシュの話を聞いて自分たちが頼りにされていることを心の中で素直に嬉しく思う。だが自分たち以外の生徒はあまり期待されていないのではと感じて少し複雑な気分になった。
ユーキたちが固まって廊下を歩いていると曲がり角から何かがユーキたちの前に飛び出す。ユーキたちが足を止めて飛び出したものを確認すると薄い橙色のサイドテールヘアをしたハーフエルフの女子生徒、ミスチアの姿が視界に入った。
「ユーキ君、此処にいたんですのねぇ~♪」
ミスチアは楽しそうな笑みを浮かべながらユーキに駆け寄り、ユーキは近づいて来たミスチアを見ながら苦笑いを浮かべる。
アイカはミスチアを見るとムッと不機嫌そうな顔をした。
「ユーキ君、怪我の方は大丈夫ですの? 痛いところはありませんか?」
「あ~えっと……大丈夫」
「そう、よかったですわぁ。奇襲された時に私が学園にいればユーキ君が大怪我を負うこともなかったのに」
口元で両手を合わせながらミスチアは申し訳なさそうな口調で語る。
実はミスチアはメルディエズ学園がベーゼたちの奇襲を受けた時、依頼を受けてローフェン東国へ出向いていたため、学園にはいなかった。
奇襲の二日後に依頼を終えて学園に戻り、その時に学園が奇襲を受けたことやユーキたちが重傷を負ったことを知ったミスチアはベーゼに出し抜かれたことを悔しく思い、同時にユーキを傷つけたベーゼたちに怒りを感じていた。
「私の大切なユーキ君を傷つけるなんて絶対に許しませんわ。もし今度襲撃して来たら私の手でボコボコにしてやりますわ」
「おいおい、俺らのことは心配してくれねぇのかよ?」
ユーキのことだけを考えるミスチアをフレードはジト目で見つめ、アイカは不機嫌そうな顔のままミスチアを見つめる。パーシュは相変わらずのミスチアが面白いのか笑っており、フィランは黙って騒いでいるミスチアを見ていた。
「ハイハイ、先輩たちも無事でよかったですわぁ」
「テメェなぁ……」
軽い態度を取るミスチアにフレードは低い声を出す。ミスチアにとってはユーキ以外の生徒はあまり興味が無かった。
「それはそうと皆さん、ご一緒でどうしたんですの?」
メルディエズ学園でも上位の実力を持つユーキたちが一緒にいるのを珍しく思ったミスチアはユーキたちに尋ねる。
ユーキたちはミスチアの問いに答えるか悩んだが、カムネスから口止めされているわけではないので、話しても問題無いと考えた。
「五聖英雄の話を聞くために会長に会いに行ってきたんだよ」
「五聖英雄の?」
ユーキの言葉にミスチアは意外そうな顔をする。
「ああ、近いうちにベーゼとの戦争が起こるから五聖英雄が俺たちを鍛えるために学園に来ることになったんだ」
「そうですの……それで五聖英雄のどなたがいらっしゃるんですの?」
「どなた? 会長からは全員来るって聞いたけど……」
「全員!?」
ミスチアは目を大きく見開きながら声を上げ、突然大きな声を出したミスチアにフィラン以外の全員が驚く。
「ど、どうしたんですか、ミスチアさん?」
「え? あ~いえ、なんでもありませんわ。……そ、それじゃあ私、用事がありますのでこれでぇ……」
苦笑いを浮かべるミスチアはユーキたちに背を向けて立ち去る。ユーキたちはいきなりやって来たかと思ったらすぐに帰ってしまったミスチアを不思議そうに見ていた。
(全員来る……と言うことは“あの女”も来るってことですわよね……)
何かを恐れるような表情を浮かべるミスチアは歩きながら心の中で呟く。
この時ミスチアはユーキたちに背を向けているため、ミスチアの顔はユーキたちには見えなかった。




