第二百二十六話 緊急会談
ベーゼの襲撃から四日後、メルディエズ学園ではバウダリーの町の大工たちによって校舎や倉庫の修繕作業が行われている。だが被害は大きく、完全に直るにはまだ時間が掛かる状態だった。
奇襲で負傷した生徒たちの傷は殆ど癒えており、大半が普通に活動することができるようになっていた。しかしまだ完治していない生徒もおり、そういった生徒たちは学生寮の自室で療養している。
メルディエズ学園の一室では三大国家の王族と皇族、各国の秘書官などが会談を行うために集まって自分たちの席に座っている。理由は勿論、今後のベーゼとの戦いの方針を決めるためだ。
ラステクト王国からは国王であるジェームズ・ロズ・エイブラスと軍事責任者でありカムネスの父親であるジャクソン・ザグロン。ローフェン東国からは帝のリー・ショウジュと秘書官と思われる三十代後半の男性。そしてガルゼム帝国からは皇帝のゲルマン・ゴルバチフと秘書官の二十代半ばの男性が会談に参加した。
メルディエズ学園からはガロデスが会談の進行役として参加し、生徒会長であるカムネスとラステクト王国王女のオルビィンが重要な立場から参加している。
四日前、ガロデスはメルディエズ学園がベーゼの奇襲を受けたこと、ベーゼ大帝が宣戦布告をしたことを知らせると同時に会談を開くことを伝えるために三大国家に手紙を送り、生徒たちを迎えに向かわせた。
手紙が届き、ベーゼの奇襲を知った王族と皇族は迷わずに会談に参加することを決意し、迎えの生徒たちと共にメルディエズ学園へ向かい現在に至る。
「皆様、今回は突然の会談に参加していただき、誠にありがとうございます」
ガロデスは立ったまま座っている参加者たちに頭を下げる。予め伝えてもいない会談に遅れることなく参加し、嫌な顔一つ見せていない参加者たちにガロデスは心の中で感謝した。
「気にすることは無いぞ、フリドマー伯。ベーゼがメルディエズ学園を襲撃し、宣戦布告をしたと聞けば参加するのは当然のことだ」
ジェームズはガロデスを見ながら感謝は不要だと語る。ショウジュも同じ気持ちらしくガロデスを見ながら無言で頷き、ゲルマンは若干落ち着かない様子でガロデスを見ていた。
「では、早速会談を始めさせていただきます」
顔を上げたガロデスは本題に入る前にもう一度参加者たちを見てから静かに口を動かす。
「既にご存じと思われますが、今回我が学園はベーゼの奇襲を受けて学園と生徒、その両方に大きな被害を受けました。しかも襲撃してきたベーゼの中には人間に成りすまし、各国の重役を任されていた存在、五凶将も含まれてしました」
ガロデスが五凶将の名を出した途端、真剣に話を聞いていた王族と皇族は表情を曇らせる。
五凶将の内、ルスレクはラステクト王国でS級冒険者、アイビーツはガルゼム帝国で将軍、チャオフーはローフェン東国で軍師という重要な役職を任されていた。
王族と皇族はメルディエズ学園からの手紙に書かれている内容を見るまで重役の中に上位ベーゼがいるなど予想もしていなかったため、真実を知った時には衝撃を受けていた。
「普通なら突然重役が五凶将だと書かれてもすぐには信じられないだろう。だが、あのような事件が起きた後に手紙を見れば信じるしかないな」
暗い表情を浮かべるジェームズはどこか悔しそうな声を出しながら呟く。
ジェームズの言うとおり、ゲルマンやショウジュも重役の中に五凶将がいたと知っても最初は驚いたがすぐに納得した。なぜなら手紙が届く直前に三大国家で大きな事件が起きていたからだ。
「突如、S級冒険者チームの黒の星がルスレクを除いて全滅し、生き残りと思われるルスレクも行方不明になった、などと言う話を聞けば手紙の内容も信用できる」
ガロデスはジェームズの言葉を聞いて目を見開き、カムネスとオルビィンも反応してジェームズを見る。
実はベーゼたちがメルディエズ学園を襲撃する直前、ラステクト王国の首都フォルリクトを拠点としていたS級冒険者チーム、黒の星が一名除いて全員殺害されたという事件が起きていたのだ。
最強の冒険者であるS級冒険者チームが殺害されたという話は瞬く間にフォルリクト中に広がって大騒ぎになり、国王であるジェームズの耳に入った。
事件が起きた直後にメルディエズ学園からS級冒険者のルスレクがベーゼだと書かれた手紙が届き、手紙を見たジェームズは行方不明のルスレクは本当にベーゼで黒の星のメンバーを殺害したのではと推測した。
大事件が起きたのはラステクト王国だけではなく、ガルゼム帝国とローフェン東国でも同じように大きな事件が起きていた。
ガルゼム帝国では帝国軍の将軍がアイビーツを除いて全員帝都サクトブークの中で何者かに殺害されたという事件が起き、事件が発覚する直前にアイビーツが姿を消した。
ローフェン東国でも東国軍の将軍や首都ぺーギントの管理を任された貴族たちが殺害され、同時に軍師のチャオフーが行方不明になると言う事件が起きていたのだ。
ゲルマンとショウジュは最初は帝国と東国を良く思わない者たちの犯行ではと思っていたが、メルディエズ学園の手紙を読んで姿を消したアイビーツとチャオフーが事件の犯人で二人がベーゼだと信じた。
王族と皇族は知らなかったとは言え、ベーゼを信頼して重要な役割を与えていた自分を情けなく思う。
参加者たちの反応を見たガロデスは嫌なことを思い出させてしまったと感じて若干複雑な気持ちになる。しかし会談を進めるためには五凶将のことも話さなければならないため、複雑な気持ちを押し殺して話を続けた。
「五凶将の圧倒的な力の前に大勢の生徒が命を落とし、神刀剣の使い手であるカムネス君たちも敗れてしまいました」
話を聞いていたジャクソンはカムネスが負けたという話を聞いて小さく反応し、チラッとガロデスの後ろで待機しているカムネスを見る。
カムネスはジャクソンの視線に気付くと表情を一切変えず、ジャクソンを見た後に無言だ前を向く。この時のカムネスはジャクソンが何を思って自分を見ていたのか気付いていたが、今は会談中であるため、何も言わずに黙っていた。
「強大な力を持つ敵が現れた以上、これまでどおりの方針で活動するのは得策ではないと感じ、皆様と新たな方針を決めるために今回の会談を開かせていただきました」
改めて会談を開いた理由を話し、ガロデスは真剣な表情を浮かべて参加者たちを見る。王族と皇族はまだ少し複雑そうな表情を浮かべながらガロデスを見た。
「今回のベーゼの行動でメルディエズ学園だけでなく、王国、帝国、東国も大きな被害を受けた。現状ではどの国もまともの活動することはできないだろう」
「恐らく五凶将は今後の戦いでベーゼが少しでも有利に立つため、各国の主戦力と言える冒険者と将軍、上層部を任されている貴族を手に掛けたのでしょう。彼らが亡くなれば各国は軍事的にも政治的に機能が低下しますから」
ジェームズの隣に座るジャクソンが五凶将が凶行に及んだ理由を語る。その場にいた全員がジャクソンの話を聞いてその可能性が高いと感じたのか、納得したような反応を見せた。
カムネスはジャクソンの推測を無言で聞いている。普通なら父親が可能性の高い答えを口にすれば感心するのだが、カムネスはジャクソンの洞察力の高さを理解しているため、今更驚いたりはしない。
「ザグロン侯、それならどうして貴方は無事なの? ベーゼたちが国に大打撃を与えるのが目的なら、ラステクトの軍事責任者である貴方も狙われると思うのだけれど?」
黙って会話を聞いていたオルビィンがジャクソンに声を掛け、部屋にいた全員が突然喋ったオルビィンに視線を向ける。
「殿下、いきなり質問するのは失礼ですよ?」
隣に立っているカムネスは前を向いたままオルビィンに注意し、ジェームズもオルビィンを呆れたような顔で見ている。
オルビィンは注意されたことが少し不満なのかチラッとカムネスの方を向きながらムッとしていた。
部屋に気まずい空気が漂う中、ジャクソンは問い掛けてきたオルビィンの方を向いて口を開く。
「恐らく、私が狙われなかったのは私が王城にいたからだと思います」
オルビィンは質問に答えたジャクソンの方を向き、周りにいる者たちも一斉にジャクソンの言葉に耳を傾ける。
「ラステクトに潜入していた五凶将、ルスレクはS級とは言え冒険者です。冒険者は特別な事情や許可がない限りは登城することはできません。黒の星が襲撃されたと思われる時間、私は王城にいました。ですからルスレクは私に手が出せず、黒の星だけを抹殺したのでしょう」
「成る程ね……」
説明を聞いたオルビィンは納得する。周囲の者たちもジャクソンの話を聞いて五凶将に狙われなかった理由を聞いて同じように納得の反応を見せた。
「……話が逸れてしまいました。とにかく、ベーゼによって三大国家は国としての機能が低下し、大きな戦力を失いました。いつ起きるか分からないベーゼとの戦争に備え、一秒でも早く回復させるべきでしょう」
「ウム、そのとおりだな」
各国の国民を護るためにもベーゼを迎え撃てる状態にしなくてはならないと言うジャクソンの考えにジェームズは同意する。他の者たちも同じ気持ちになりながらジェームスとジャクソンを見つめている。
「ところメルディエズ学園を襲撃したベーゼたちはどうなったのだ? 動く時が来るまで何処かに身を隠しているのか?」
メルディエズ学園と三大国家に被害を出した存在がどうなったのか気になるショウジュは周りにいる者たちに声を掛ける。
ベーゼとの戦いに備えることも重要だが、そのベーゼの情報が無ければ対策方法を練るのも難しい。少しでもベーゼの情報を得るため、ベーゼの居場所を確認しておく必要があった。
「我々も詳しくは分かっておりません。ただ、ベーゼ大帝が動いたとなるとゾルノヴェラに向かった可能性が高いと思われます」
ガロデスがベーゼたちの行き先を語ると一同は意外そうな反応を見せる。ただその中でゲルマンだけは目を大きく見開いて驚いたような顔をしていた。
「ゾルノヴェラとは、三十年前にこの世界とベーゼの世界を繋ぐ転移門が開かれた城塞都市の?」
「ハイ……」
ジェームズの問いにガロデスは僅かに表情を歪めながら返事をした。ベーゼとの戦いの切っ掛けを作り出した都市の話題が出たことで部屋の空気が若干重苦しくなる。
「フリドマー伯、貴公はなぜベーゼたちがゾルノヴェラに逃げ込んだと思うのだ?」
「陛下、正確には私ではなく生徒会長のカムネス君が推測しました」
そう言ってガロデスはチラッと後ろに控えていたカムネスの方を向く。
カムネスはガロデスの代わりに説明するため、静かに前に出てガロデスの隣まで移動した。
「カムネスよ、ガロデスの言ったことは真か?」
「ハイ」
「では、なぜゾルノヴェラにいると思ったのだ?」
改めてベーゼ大帝や五凶将たちがゾルノヴェラに移動した理由を尋ねると、カムネスはジェームズや会談に参加した者たちを見ながら口を開く。
「ゾルノヴェラは三十年前に転移門が開かれた場所で転移門が開いた際に大勢のベーゼが都市内にいる人々を次々と襲いました。その結果、ゾルノヴェラの住民たちは皆殺しにされ、都市その物がベーゼの物となり、ベーゼ大戦の時はベーゼたちの本拠地として利用されました」
詳しく説明するため、カムネスは三十年前のゾルノヴェラのついて語り、ガロデスたちは無言でカムネスの話を聞いている。
「当時のゾルノヴェラは私たち人類が近づけない場所であり、ベーゼたちにとって安住の地と言える場所でした。現在は帝国に監視されていますが、嘗てベーゼたちが棲みついていた場所ということで帝国軍も想定外の事態になることを警戒し、危険度の高い最深部までは踏み込んでいません」
「つまり帝国軍が近づけない都市の最深部に身を潜めている可能性が高いと言いたいわけか」
ジャクソンがカムネスの言いたいことを代わりに口にし、カムネスは表情を変えずにジャクソンに視線を向ける。
「ええ、確信はありませんが可能性は十分あると思います」
カムネスの返事を聞いたジャクソンは黙り込み、しばらくするとジェームズの方を向いた。
「陛下、私もベーゼ大帝と五凶将がゾルノヴェラに向かった可能性が高いと思います。あそこは我々人類にとって最も危険な場所であり、ベーゼ大戦以降未知の場所と言われている場所ですから」
「ウム、確かにな。……ベーゼ大戦から三十年、三大国家や周辺の小国はベーゼが棲み処として利用していそうな場所がないか常に国内を調べているが、それらしい場所は見つかっていない。現状では最も可能性が高いと言える」
ジェームズもカムネスとジャクソンの話を聞いてゾルノヴェラにベーゼ大帝たちがいると考えていた。早急に対処するべきだと判断したジェームズはゲルマンの方を向く。
「ゲルマン殿、聞かれたとおりベーゼ大帝と五凶将はゾルノヴェラに移動した可能性が高い。今回の会談が終わり次第、ゾルノヴェラを監視する帝国軍に都市内の探索させ、監視を強化をしていただきたい」
「か、監視か? ……ああぁ、そのぉ……」
落ち着きのない反応を見せるゲルマンにジェームズは不思議そうな顔をし、ガロデスたちも様子のおかしいゲルマンを見つめている。
「ゲルマン殿、どうかされたか?」
「……じ、実は、ゾルノヴェラなのだが……」
ゲルマンは僅かに声を震わせながら声を掛けてきたジェームズの方を向く。その表情からは不安と申し訳なさが感じられ、ゲルマンの顔を見たジェームズは少し驚いたような顔をする。
「……半月ほど前からゾルノヴェラを監視していた部隊から連絡が……途絶えているのだ」
「は?」
ジェームズはゲルマンの言葉に思わず聞き返し、ガロデスやオルビィン、ショウジュは目を見開く。
カムネスとジャクソンはガロデスたちのように驚いたような反応は見せていないが目を僅かに鋭くしてゲルマンを見ている。
「それはどういう意味なのだ?」
詳しく話を聞きたいジェームズは改めてゲルマンに尋ねる。ゲルマンは表情を曇らせながら俯き、ゲルマンが連れてきた秘書官も複雑そうな顔をしていた。
「実は二ヶ月前からゾルノヴェラの監視を“二十四時間体制で都市内を細かく巡回する”と言う内容から“監視時間を日の出から日の入りまで、巡回も正門と城壁の周辺のみ”という内容に変更したのだ……」
「何ですって!?」
ゾルノヴェラの監視を軽くしたと聞いたガロデスは驚きのあまり思わず大きな声を出す。
ジェームズとショウジュもガルゼム帝国で最も危険で警戒するべきゾルノヴェラを監視が軽くなったと聞いて驚いていた。
「ゴルバチフ陛下、なぜそのようなことを……」
「ゾ、ゾルノヴェラではこの数年間、ベーゼの姿も目撃されず、転移門が再び開く兆候も見られなかった。……そのため、ゾルノヴェラは最小限の監視でも問題無いと言われ、その提案を受け入れたのだ」
「最小限の監視を……いったい誰がそんな提案を?」
ゲルマンの信じられない行動に驚きながらもガロデスは提案した人物について尋ねる。するとゲルマンは数秒ほど黙ってから口を開いた。
「……アイビーツだ」
出てきた名前に一同は驚きの反応を見せる。ゾルノヴェラの監視を軽くしたのが五凶将だと知れば当然だ。
「監視を軽くすると言うのは、五凶将の提案だったのか?」
僅かに声を震わせるショウジュはゲルマンに確認するとゲルマンはショウジュと目を合わせられないのか何も言わずに俯く。
ゲルマンの反応を見たショウジュは本当にアイビーツの提案を受け入れたと知って愕然とする。
「まさか最も警戒すべき場所の監視を最小限にするとは……」
アイビーツの正体を知らなかったとは言え、五凶将の提案を聞いて監視を軽くするよう判断したゲルマンにショウジュは額に手を当てながら呆れ果てる。
ジェームズとガロデスは表情を曇らせ、カムネスとジャクソンは無言でゲルマンを見つめている。オルビィンはゲルマンを見ながら「情けない」と言いたそうな表情を浮かべていた。
元々ゲルマンは小心者で人の意見に左右されやすい性格をしている。皇帝としての職務を行う際、自分の考えや判断が間違っているのではと不安を感じた時は側近の貴族や将軍たちと相談し、彼らの意見を聞いて決定することが多かった。そのため、一部の貴族や国民からはゲルマンは貴族の傀儡と言われるようになっていたのだ。
当然、そんなゲルマンの性格を利用しようとする者もガルゼム帝国内には存在する。野心の強い貴族などはゲルマンが不安を感じていた時は自分に都合のいい提案を出し、ゲルマンにその提案を受け入れさせようにしていた。
ゲルマンを利用する存在の中にはアイビーツも含まれており、帝国将軍の立場を利用してベーゼの都合のいい状況を作っていた。
しかもアイビーツはゲルマンの性格をよく理解しており、ゲルマンが周りから利用されていると気付き始めた頃には自分だけはゲルマンの味方だと思い込ませ、他の将軍や貴族たちの提案よりも自分の提案を優先して受け入れさせる関係を築いたのだ。
その結果、ゲルマンは気付かない内にベーゼの都合のいいようにガルゼム帝国を動かし、ゾルノヴェラの監視も最小限にしてしまった。
ガロデスたちはベーゼにとって有利な状況であることを知って改めて厄介に思う。それと同時にアイビーツが監視を最小限にさせたことにも納得した。
ベーゼであるアイビーツにとってはベーゼ大戦の時に拠点としていたゾルノヴェラは重要な場所でそこが常に監視されていることは都合の悪いことだ。ゾルノヴェラでベーゼが少しでも動きやすい状況を作るためにも帝国軍の監視を軽くする必要がある。
アイビーツはいつか始まる戦争に備え、ベーゼの拠点を確保しておこうと考え、ゾルノヴェラの監視を最小限にしたのだとガロデスたちは確信する。
「ゴルバチフ陛下、ゾルノヴェラの監視部隊からの連絡が途絶えたと仰いましたが、ゾルノヴェラで何が起きたのか確認はされたのでしょうか?」
「あ、ああ……」
ガロデスの問いにゲルマンはハッキリ答えず、力の無い返事をするだけだった。自分の立場が悪くなっていることに気付き、上手く喋れない状態になっているようだ。
「皆様、皇帝陛下の代わりに私が説明させていただきます」
ゲルマンの隣に座っている秘書官が席を立って発言する。今のゲルマンではまともに話せず、このままでは会談が進まないと秘書官も感じていた。
ガロデスたちもゲルマンでは質問しても上手く説明できないと感じ、まともに話せる秘書官に説明を任せることにした。
「監視部隊から連絡が途絶えた後、我々はすぐにゾルノヴェラに部隊を送り込みました。ところがゾルノヴェラに向かう途中、部隊はベーゼの大群と遭遇してそのまま戦闘になりました。その結果、部隊は壊滅的な被害を受け、ゾルノヴェラに辿り着くことができなかったのです」
「ゾルノヴェラに向かう途中にベーゼの大群と遭遇……恐らくベーゼたちはゾルノヴェラの現状を知られないようにするため、我々を近づかせないよう防衛部隊を配置したのでしょう」
ジャクソンはベーゼたちの作戦を推測してガロデスたちに説明する。ガロデスやジェームズたちは現状と情報からジャクソンの推測に間違い無いと感じていた。
「壊滅した部隊の生き残りからベーゼと遭遇したと聞いた我々は新たに大部隊をゾルノヴェラに向かわせようとしました。ですがベーゼも数を増やしていたらしく、またしても我が軍は敗北してしまいました。しかもアイビーツによって優秀な将軍は全て殺され、部隊を上手く統率できる者がいないのです」
「まさかベーゼたちがそこまで計算していたとはな……」
ジェームスは自分たちが思っている以上にベーゼにとって都合いい状況になっていることを知り、緊迫した表情を浮かべる。
このままではベーゼの情報を何も得られずに時間だけが過ぎていき、ベーゼが動き出した時に抵抗もできず、一方的に攻められてしまうと感じたジェームズは小さな焦りを感じていた。
ゲルマンとショウジュもいつか始まるベーゼとの戦争に何もできずに敗北してしまうと感じて表情を曇らせていた。
「確かに現状から考えると我々はとても不利な状況と言えるでしょう。……ですが、まだ希望はあります」
ガロデスが暗くなっている王族と皇族たちに声を掛け、ジェームズたちは一斉にガロデスの方を向く。
「我が校の生徒たちです。ベーゼと戦うための技術と知識を学んできた彼らならベーゼたちと互角に戦うことができます。……子供である彼らに頼り、ベーゼとの戦いを任せるのは心が痛みますが、彼らの力を借りればベーゼに勝てるはずです」
メルディエズ学園の生徒たちに頼ることが最良の手であり、自分たちの残された希望だと語るガロデスをカムネスとオルビィンは黙って見つめる。
カムネスとオルビィンもガロデスが自分たちを信じ、頼りにしていることは知っている。だが逆に自分たちに縋るしかもう方法がないと思っていることにも気付いていた。
普通、大人が子供に縋るのはあってはならないことだが、メルディエズ学園の生徒たちは自らベーゼと戦う道を選んだ存在、例え縋られたとしても大人たちを見損なったりせず、自分たちの使命を全うしようと考えるだろう。現にカムネスとオルビィンはガロデスの発言に対して不快な気分にならなかった。
「待て、フリドマー伯。いくらメルディエズ学園の生徒たちがベーゼとの戦いを得意としているとは言え、彼らだけにベーゼとの戦いを任せるわけにはいかんだろう。そもそもメルディエズ学園は現在大きな被害を受けているはずだ」
ジェームズは現状からメルディエズ学園の生徒たちだけではベーゼに対抗できないと感じてガロデスを止める。
他の者たちは生徒たちだけに任せるのは酷だと思いながらガロデスを見ていた。
「分かっております。当然彼らだけにベーゼとの戦いを任せるつもりはありませんし、被害を受けた今の状態で戦わせるのは酷です。ですから各国の軍を使い、生徒たちを中心にベーゼと戦うための部隊を結成して戦うべきだと思っています」
「だが、メルディエズ学園は今回の奇襲でベーゼたちに手も足も出なかったのであろう? 例え戦える部隊を結成しても五凶将のような強力なベーゼと戦ったら敗北する可能性が高いのではないか?」
メルディエズ学園が奇襲されたことからショウジュは再戦しても負けるだろうと考え、ガロデスの案に反対するような素振りを見せる。
ジェームスやゲルマンもメルディエズ学園の主戦力である生徒たちが五凶将に敗北したことから今のままでは勝てないだろうと感じていた。
「分かっております。そこで生徒たちの力を高めるため、五聖英雄を召集しようと思っております」
「五聖英雄を?」
先の大戦で自分たちを勝利に導いた存在の名を聞いてジェームズは反応し、他の二人も驚いたように目を見開く。
「メルディエズ学園の前身組織であるメルディエズの元メンバーであり、三十年前に世界を救った彼らに生徒たちを鍛えてもらうのです。彼らから技術や知識を教われば生徒たちの力は大きく向上するでしょう」
「確かに彼らはメルディエズでも飛び抜けた実力を持った存在だ。彼らの訓練を受ければベーゼとも互角以上に戦えるようになるかもしれんな……」
嘗てメルディエズと共にベーゼと戦っていたジェームズは五聖英雄のことをよく知っているため、彼らに鍛えてもらえば例えメルディエズ学園が被害を受けた状態であっても問題無いのではと感じる。
ゲルマンとショウジュも今の状況で勝率を上げるのなら五聖英雄に救援を求めるべきだろうと思っていた。
ジェームズは考え込み、しばらくすると何かを決意したような顔をしながらガロデスの方を見る。
「フリドマー伯、五聖英雄に生徒たちを鍛えさせ、少しでもベーゼたちとまともに戦えるようにしてくれ。必要な物資などがあれば用意しよう」
「ありがとうございます。……ただ、一般の生徒たちを鍛える前に神刀剣の使い手と言った学園の主力と言える生徒たちの特訓を先に行い、それが終わり次第、他の生徒たちの訓練を行ってもらうつもりです」
「何?」
主力の生徒を先に鍛えると言うガロデスの言葉にジェームズは思わず訊き返す。他の者たちもどうして一緒に訓練を受けさせないのかと疑問に思っていた。
「なぜ主力の生徒たちと他の生徒たちを共に訓練させないのだ?」
「ベーゼには五凶将と言う強大な力を持った存在がおり、並の生徒では彼らに太刀打ちできません。五凶将に対抗できる生徒は神刀剣の使い手を含む主力の生徒のみです。しかしその主力の生徒も今回の奇襲で敗北してしまいました」
ガロデスは理由を説明するために主力である生徒たちのことを話し、隣ではカムネスが黙ってガロデスの話を聞いている。
「主力の生徒たちが五凶将に勝つためには彼らを限界まで強くする必要があります。そのためには五聖英雄が他の生徒たちには関わらず、彼らだけを鍛えられる環境を作る必要があるのです」
「……五聖英雄が主力の生徒たちの特訓に集中できるようにするため、他の生徒たちとは別々に特訓させようというわけか」
「ハイ。共に訓練を受ければ効率が良く、短時間で大勢の生徒を強くすることができますが、一度に大勢の生徒を鍛えるとなると全ての生徒たちを限界まで強くすることができなくなりますので」
生徒を分ける理由を聞いたジェームズは納得したような反応を見せる。
一般の生徒たちは神刀剣の使い手と比べると力は弱く、五聖英雄の訓練を受けても五凶将と戦えるほど強くなる可能性は低い。
ガロデスは五凶将を確実に倒すためにもまずは主力の生徒たちを鍛えて五凶将と戦えるようにすることも大切だと考えていた。
「五聖英雄から特訓を受けることはカムネス君たちも承諾しております。陛下、ご許可をいただけますでしょうか?」
「……よかろう。まず神刀剣の使い手と主力の生徒たちに五聖英雄の特訓を受けさせ、それが済み次第、他の生徒たちに訓練を受けさせることにしよう」
ジェームズの許可を得たガロデスは頭を軽く下げて心の中で感謝する。
「因みに特訓を受ける主力の生徒は何人いるのだ?」
「此処にいるカムネス君を含めて六人です。三人はカムネス君と同じ神刀剣の使い手で、残る二人はユーキ・ルナパレス君とアイカ・サンロードさんです」
「ユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロード……以前少しだけ話題になった生徒たちか」
数ヶ月前にベーゼになりかかって注目を集めていたユーキとアイカのことを思い出したジェームズは興味のありそうな顔をする。
ジェームズも詳しくは知らないがユーキとアイカがメルディエズ学園で二人しかいない二刀流使いであり、混沌士であることからかなり優秀な生徒だということは分かっていた。
「では、生徒たちのためにもできるだけ早く五聖英雄に召集の連絡を……」
「陛下、よろしいでしょうか?」
突然カムネスが発言し、ジェームズやジャクソン、他の者たちが一斉にカムネスに視線を向けた。
「どうした、カムネス?」
「もう一つ重要なお話が……」
カムネスの発言から他にも重要な話があると感じたジェームズはカムネスを見つめる。
ジャクソンも息子のカムネスが何を発言するのか気になっているのか無言でカムネスを見ていた。
「何だ? 申してみろ」
ジェームズたちが注目する中、カムネスはチラッとガロデスの方を向く。ガロデスはどこか不安そうな顔をしており、ガロデスの表情を見たカムネスはジェームズの方を向いた。
「ユーキ・ルナパレス、アイカ・サンロードを半ベーゼ状態に戻す許可をいただきたいのです」
目を鋭くするカムネスの口から出た言葉にガロデスとオルビィン以外の全員が目を大きく見開いた。
突然ですがここで登場人物の名前の由来を説明させていただきます。
最終章はまだ先が長く、新しいキャラクターも出す予定です。全員登場してから一度の紹介すると面倒なことになるので今登場しているキャラクターの紹介だけいたします。
今回はベーゼ側の登場人物の説明です。
まずアトニイはロシア語で「絶望」を意味する「アトチャーヤニイェ」から来ています。
そしてその正体であるフェヴァイングもドイツ語の絶望である「フェアツヴァイフルング」が由来です。
お気づきかもしれませんが五凶将も人間の時とベーゼの時の名前は同じ意味が由来です。
最後に最強の中位ベーゼであるアルティービはドイツ語で「万能」を意味する「アルメヒティヒ」から来ています。
今回は以上です。
引き続き、児童剣士のカオティッカーをよろしくお願いします。




