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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百二十五話  次の戦いに備えて


「あのアトニイ・ラヒートが……ベーゼ大帝?」


 若干震えた声を出しながらオーストは再確認し、カムネスはオーストの方を向いて小さく頷く。

 カムネスの反応を見てガロデスとオーストは改めて信じられないような反応を見せる。優秀な新入生がベーゼ大帝だったと聞かされれば驚くのは当然だ。しかもベーゼから学園を護る結界の中に入っていたのだから衝撃を受けていた。


「いったいどういうことですか? どうしてベーゼ大帝が学園に? それも結界の影響を受けずにいたなんて……」

「ルナパレスによるとベーゼ大帝は学園に潜入するため、そして今回の奇襲を成功させるためにベーゼとしての力を封印し、人間として学園に入学したそうです」


 ベーゼ大帝が人間に成りすましていたと知ってオーストは目を見開く。驚くと同時にいったいどのような手を使ったのかと疑問を抱いていた。


「奇襲を成功させるため、と仰いましたがベーゼ大帝は今回の奇襲を仕掛けるために何かをしたのですか?」

「ルナパレスの話では校舎の地下にある結界陣を破壊して結界を消したそうです。しかも結界が消えた直後にベーゼたちは奇襲を仕掛けたので念入りに計画を練っていたと思われます」

「ですが、結界陣がある部屋には生徒会の生徒しか入れないようになっているはずです。彼はどうやって……」

「アトニイ・ラヒート……いえ、ベーゼ大帝は生徒会のメンバーでした」


 カムネスの口から出た言葉にガロデスは軽く目を見開く。どうやらガロデスはアトニイが生徒会に入っていたのを知らなかったようだ。しかしそれは無理のないことだった。

 生徒会の管理は生徒会長であるカムネスに一任されているため、誰を何時生徒会に入れるかなどはカムネスが決めることで学園長への報告や許可を求める必要は無い。アトニイが優秀とは言え、生徒会に入ったという情報をいちいちガロデスに報告する必要はなかった。

 そもそも学園長とは言え、全ての生徒がどこに所属しているのかなど理解することなんてできなかった。


「恐らくベーゼ大帝は結界陣の部屋に入れる生徒会のメンバーになるために学園での実績を上げたのでしょう」

「まさかそこまで計算していたとは……ベーゼ大帝はこちらが思っていた以上に頭の切れる奴だったようだな」


 力だけでなく知能までもが並のベーゼよりも高いことを知ったオーストは出し抜かれたことを悔しく思う。

 カムネスも正体を知らなかったとは言え、ベーゼ大帝を生徒会に入れて結界陣を破壊する機会を与えてしまったことに責任を感じていた。


「済んでしまったことは仕方がありません。今後同じような事態にならないよう学園にやって来る人たちの身元確認や学園の管理方法を改善しましょう」


 反省することが大切だと語りながらガロデスは椅子に座る。

 オーストはガロデスを見ながら頷き、カムネスも無言でガロデスを見つめた。


「オースト先生、結界陣の方はどうなっていますか?」

「現在は破壊された箇所の修復を行っています。損傷はそれほど酷くは無いので二日ほどで元に戻るそうです」

「そうですか……」


 ベーゼたちがまた攻めてくる可能性がある状況が結界陣がすぐに修復されると聞いたガロデスは少し安心する。


「確かベーゼたちが学園を襲撃している最中にスローネ先生が自分の魔力を使って結界陣を再起動してくれたのでしたね?」

「ええ、もし彼女が結界を張ってくれなければ我々は全滅していたでしょう……」


 最悪の結末を想像したオーストは小さく俯きながら呟く。実際ベーゼたちはメルディエズ学園の生徒を大勢殺害し、学園内の建造物を幾つも破壊して甚大な被害を与えている。結界が張られなければ学園が壊滅していた可能性は高かった。


「スローネ先生が結界を張ってくれたおかげで我々は助かりました。彼女が学園を救ったと言ってもいいでしょう」

「そうですね。……それでそのスローネ先生は?」

「ベーゼ大帝に背後から斬られて重傷を負っていましたが一命は取り留めました。傷は回復魔法で癒えたそうですが疲労が大きくて今は休んでいます」


 ガロデスはスローネが無事だと知って静かに息を吐く。スローネが無事なことは当然心から喜んでいるが、ガロデスたちにとってはスローネの役職も重要だった。

 スローネは教師としてだけでなく、魔導士としても魔導具の開発者としても優秀な人材でスローネが死ねばメルディエズ学園はベーゼと戦う組織としての力を大きく低下させることになる。学園のためにもスローネには生きていてもらわなくてはいけなかった。


「……今回の襲撃で我が学園は大きな被害を受けました。これを機にベーゼたちは大陸に存在する国々を襲撃するでしょう。しかもベーゼ大帝が復活したことでこれまで以上に活発的に行動するはずです」

「学園長、いかがいたしますか?」


 ベーゼが本格的に動く前に何かしらの対策を練る必要があると考えるオーストはガロデスに尋ねる。

 ガロデスは小さく俯いてしばらく考えた後、顔を上げて目の前で立ているカムネスとオーストを見た。


「まず三大国家の王族、皇族に今回の一件を報告し、数日以内に学園で会談を行います。そこでベーゼへの対策や今後の方針を話し合い、その後にドリアンド共和国のような周辺の小国に会談で決定した内容を知らせるつもりです」


 オーストはガロデスの話を聞いて「それがいいでしょう」と言うような顔をしながら頷く。

 今後のベーゼとの戦いで少しでも有利に立つためにもメルディエズ学園と繋がりを持ち、支援している三大国家には真っ先に報告するべきだとオーストも思っていた。


「数日以内に会談を行うためにも短時間で三大国家に報告し、陛下たちに学園へ来ていただく必要があります。……カムネス君、生徒会には会談を開くことが書かれた手紙を届けていただき、その後に王族と皇族の警護に就いて学園に戻ってきてもらいたいのですが、可能ですか?」


 黙って話を聞いているカムネスの方を見ながらガロデスは尋ねる。

 今回の襲撃で大勢の生徒が死亡し、生徒会も被害を受けている。そんな状態で仕事を頼むのには抵抗があるが、王族と皇族の護衛と言う重要な仕事は生徒会にしか任せられなかった。


「問題ありません。現在動けるメンバーたちを使って陛下たちの護衛を務めます。勿論僕も参加します」

「えっ、大丈夫なのですか? 貴方はまだ傷が癒えていないのでは……」

「先程もお話ししましたが、若干傷む程度ですので警護を務めるのには問題ありません」

「そうですか……ではお願いします。くれぐれも無茶だけはしないでください」


 ガロデスは軽く頭を下げながら改めてカムネスに警護を依頼した。

 それからガロデスたちはメルディエズ学園が現状で何を優先して行動するべきかなどを話し合い、それが済むと解散して自分たちのやるべきことをやるために行動に移った。


――――――


 メルディエズ学園の一階にある教室の一つ。教室内では授業で使う机や椅子が隅に移動させられ、広くなった場所で負傷した生徒たちが横になっている。近くには数人の生徒が負傷した生徒たちを心配そうにしながら様子を見ていた。

 横になっているのはベーゼの襲撃で負傷した生徒たちで手当てを終えて教室で休んでいる。医務室のベッドには既に他の生徒たちを休ませるために全て使われているので仕方なく教室で横になっているのだ。

 寝かせるのなら学生寮の部屋のベッドで寝かせるべきだと思われるが、負傷した生徒の中にはまだ安心できない状態の生徒もいるため、学生寮で寝かせれば傷が悪化した時などにすぐに処置できない。そのため、医務室が近い一階の教室で寝かせ、いつでもナチルンや教師が状態を診れる状況にしている。

 教室の隅ではユーキが椅子に座りながら雨が降る薄暗い外を眺めていた。ユーキもアトニイとの戦闘で負傷し、額や足に包帯を巻き、頬にはガーゼを張っている。制服も汚れ一つ付いていない新しい物に変わっていた。

 強化ブーストで治癒力を強化すればあっという間に傷を癒せるのだが、長時間発動していたせいで精神的疲労がたまり、強化ブーストを使うことができない。そのため少量のポーションを使って深い傷を治した後、浅い傷は包帯などで処置したのだ。


「学園をここまで壊されちまうなんてな……」


 ユーキは外を見つめながら呟く。相手が上位ベーゼとは言え、学園にはカムネスたち神刀剣の使い手や大勢の生徒がいるのだから上位ベーゼが相手でもなんとかなると最初は思っていた。

 だがユーキたちはアトニイや五凶将の圧倒的な力の前に惨敗し、大勢の生徒が命を落とす結果となり、ユーキは自分たちがどれだけ弱いのかを思い知らされる結果となった。


「今のままじゃ戦術や戦略を変えてもアイツらには勝てない。何か方法は無いのか?」


 俯くユーキは右手を握りながらベーゼに勝つ方法が無いか考える。

 通常のベーゼなら問題無いが、五凶将のような混沌術カオスペルを使う上位ベーゼにはまず勝てない。アトニイもベーゼ大帝でベーゼの力を使っていないにもかかわらず圧倒的な戦闘能力を持っている。

 どんなに考えても今の状態では自分たちに勝ち目は無い、ユーキはそう思っていた。

 ユーキが勝つ方法が無いか考えていると教室にフレードが入ってきた。フレードは教室を見回してユーキを見つけると彼の方へ歩いて行く。

 フレードも頬にガーゼを張って両腕に包帯を巻いており、新しい制服を着ている。フレードも五凶将との戦いで重傷を負っていたが、手当てを受けて動けるまでに回復した。


「ルナパレス、調子はどうだ?」

「大丈夫です、痛みも少しずつ引いてきました。……ただ、混沌術カオスペルを使いすぎたせいか少し倦怠感があります」

「俺もだ。あのアイビーツとか言う野郎と戦う時に伸縮エラスティックを使いまくったせいで体が怠くて仕方がねぇ」


 自身の右手の甲に入っている混沌紋を見つめながらフレードはどこか不満そうな顔をする。自分が負けただけでなく、自慢の伸縮エラスティックが通用しなかったことに内心腹を立てているようだ。

 ユーキはフレードの態度を見て傷の方は大丈夫だと感じて安心する。だが同時にアイビーツがフレードを負かすほどの力を持っていることを知り、改めて五凶将が手強い相手なのだと思った。


「それで先輩、俺に何か用ですか?」

「ん? ……ああぁ、そうだったそうだった」


 フレードはユーキの下を訪ねた理由を思い出すと表情を僅かに和らげる。


「サンロードが意識を取り戻したぞ」

「アイカが!?」


 ユーキは目を見開きながら立ち上がって大きな声を出す。ユーキの声は教室に響き、負傷した生徒の手当てや様子を見ていた生徒たちは驚きの反応を見せながら一斉にユーキの方を向いた。

 教室にいる生徒たちを驚かせてしまったことに気付いたユーキは「ハッ!」とした後に生徒たちに頭を下げて謝罪する。

 生徒たちはユーキを見た後、再び負傷した生徒たちの手当てに戻った。


「アイカが目を覚ましたんですか?」

「ああ、今はパーシュたちと一緒にいるぜ」


 フレードの話を聞いてユーキは深く息を吐いて安堵の表情を浮かべる。ユーキが手当てを受けた時、アイカは傷が酷く、意識も無い状態だった。

 回復魔法で重傷と言える傷は治り、命に別状はないと魔法を使った生徒から聞かされたが、アイカの意識は戻らず、いつ目を覚ますか分からないと言われたユーキはアイカの意識が戻ることを祈りながら待っていた。

 そんな中、アイカが目を覚ましたとフレードから聞かされてユーキは安心すると同時に喜びを感じた。


「会いに行って来いよ。サンロードも愛しいお前に会いたがってるはずだぜ?」

「い、愛しいって、先輩」


 からかうフレードを見上げながらユーキは少し頬を赤く染め、ユーキの反応が面白いのかフレードはニヤニヤと笑う。

 ユーキは笑うフレードを見ると「まったくもう」と若干不満そうな顔をしながらアイカに会いにいくため教室を出ていき、フレードもその後に続く。

 廊下には情報整理や戦闘の後始末をする生徒や教師、職員が大勢おり、ユーキとフレードは生徒たちの間を通りながらアイカがいる教室へ向かう。

 生徒や教師たちは皆慌ただしくしており、それを見たユーキはまだ片付いていない問題が沢山あるのだと感じていた。


「そう言やぁ、グラトンの奴はどうしてるんだ? アイツもベーゼどもと戦って大怪我したんだろう?」


 ユーキの後ろを歩くフレードが姿を見ていないグラトンについて尋ねる。

 グラトンもパーシュたちと共にベギアーデと戦った結果、敗北してボロボロになってしまった。フレードは生徒と違ってモンスターであるグラトンがちゃんと手当てを受けたのか気になっていたのだ。


「グラトンも大丈夫です。俺やパーシュ先輩たちが中庭で倒れているのを発見された時、見つけた生徒たちがグラトンに回復魔法をかけて治してくれたそうです」

「マジかよ、アイツが先に手当てを受けたのか?」

「ええ、話によるとグラトンは傷の数は少なかったんですけど、その殆どが深いもので俺たちよりも重傷だったから優先的に手当てしたそうです」


 グラトンの方がユーキたちよりも酷い状態だったと知ってフレードは意外そうな顔をする。てっきりモンスターであるグラトンの方が人間のユーキたちよりも丈夫で体力もあるため、傷は浅く自分の力で動けるのではと思っていた。


「あと、手当てをした生徒の中にグラトンを可愛がっていた女子生徒がいたからグラトンの傷を治すために回復魔法を使ったって聞きましたよ」

「ファンだから回数の限られている魔法を使って治したってことかよ。他人から好かれてる奴はいいよなぁ」

「他にもあのデカい体を移動させることができないから、自分で動いてもらうために先に治療したとか……」

「ちょっと待て……」


 最後の理由には納得できないのかフレードは若干低い声を出す。フレードが機嫌を悪くしたのを感じ取ったのか、ユーキは前を向きながら苦笑いを受けべて歩き続けた。

 それからユーキたちはしばらく廊下を移動し、アイカが休んでいる教室の前までやって来る。ユーキは中にいる生徒たちを脅かさないよう静かに扉を開けた。

 中を見るとユーキがいた教室と同じように大勢の負傷した生徒が横になった休んでおり、そんな生徒の近くには手当てをする生徒や教師の姿があった。

 ユーキとフレードが教室の中を見回すと教室の窓側で髪を解いて頬にガーゼを張り、腕と足に包帯を巻いたアイカが椅子に座っている姿が目に入った。

 アイカの隣には額と足に包帯を巻いたパーシュと左右の頬にガーゼを張ったフィランが立っている。そしてアイカたちの近くでは額に包帯を巻いたリーファンが床に座っており、頬にガーゼを張って両腕の包帯を巻いたウェンフに膝枕をしていた。


「アイカ、大丈夫か?」

「ユーキ……」


 ユーキの顔を見たアイカはユーキが無事だったことに安堵したのか微笑みを浮かべる。パーシュとリーファンをユーキの方を向いて笑みを浮かべ、フィランは無表情でユーキを見た。

 アイカの状態を詳しく確認するため、ユーキはフレードと共にアイカたちの下へ向かい、アイカの前まで来ると怪我を確認する。


「傷は痛むか?」

「大丈夫よ。ポーションや回復魔法で大きな傷は治ってるし、腕と足の傷も殆ど痛みを感じ無いわ」

「そうか……」


 想い人が大丈夫だと知ったユーキは小さく笑う。


「パーシュ先輩たちも重傷だったようですけど、大丈夫ですか?」

「ああ、何とかね。あたしとフィランも運よく致命傷を負わなかったから回復魔法をかけてもらったらすぐに動けるようになったよ」

「……ん」


 パーシュの言葉に同意するフィランは小さな声を出しながら頷く。相変わらず感情を殆ど表に出さないが、立ち上がることができる点からパーシュの言うとおり大丈夫だとユーキは感じていた。


「まあ、お前は死んでもゾンビみてぇに生き返りそうだから心配する必要もねぇか」

「あたしをアンデッドと一緒にするんじゃないよ」


 笑いながら小馬鹿にするような発言をするフレードをパーシュは鋭い目で睨む。ユーキたちはいつものように口喧嘩を始めようとする二人を見てやれやれと言いたそうな反応をしていた。


「お二人とも、此処には他にも負傷した生徒が沢山いるんですから喧嘩しないでくださいね?」


 アイカが止めに入るとパーシュとフレードは現状を思い出し、それ以上は口を開かなかった。流石に傷だらけの生徒たちが近くにいるのに騒ぎを起こすわけにはいかないと思ったようだ。

 パーシュとフレードが大人しくなったのを確認したユーキはリーファンの方を向く。ユーキと目が合ったリーファンは眠っているウェンフの頭を撫でながら再び微笑みを浮かべる。


「リーファンさんはどうですか? まだ痛みます?」

「大丈夫、アイカさんたちと同じで痛みは殆ど無いわ」


 リーファンの様子から大丈夫なことを知ったユーキは安心する。だが眠っているウェンフを見ると少しだけ表情を曇らせた。


「ウェンフはまだ目を覚まさないんですか?」

「ええ、ナチルン先生の話では命に別状は無いけど、かなり疲れてるみたいだからしばらくは目を覚まさないみたい」

「そうですか……やっぱり最上位ベーゼと戦ったんですから、かなり体力を使ったんでしょうね」


 寝息を立てるウェンフを見ながらユーキは呟く。幼いウェンフが上位ベーゼとの戦いで傷ついたことにユーキは心を痛めた。

 しかし言い方を変えれば上位ベーゼと戦って生き延びることができたので、弟子のウェンフが生き延びれるほどの技術と生存本能を持っていたことをユーキは誇らしく思った。


「学園に入学してからウェンフは私に甘えたりせず、生徒としての役目を全うしてきたわ。私もこの子が頑張ってるんだから教師としてこの子を支えてあげようと思っていた……」


 入学した当初のことを思い出すリーファンは懐かしそうな口調で語り、ユーキは黙ってリーファンの話を聞いている。

 確かにウェンフはメルディエズ学園に入学してからリーファンと一緒にいることはあっても甘えることは無くなった。それは幼い頃、自分を護ってくれたリーファンを今度は自分が護ろうとウェンフ自身が自分に言い聞かせたためである。

 強くなるためには甘えず、メルディエズ学園の生徒として力をつけようと考えたウェンフはリーファンに甘えず、教師であるリーファンに生徒として接しようと思ったのだ。


「でも、この子は今学園を護るために傷つき、疲れ果ててしまっている。……今だけは姉に戻ってウェンフの傍にいようと思ってるわ」

「それがいいと思います」


 優しい表情を浮かべるウェンフの寝顔を見つめるリーファンを見てユーキも小さく笑う。血が繋がっていないとは言え、姉に愛されているウェンフをユーキは少しだけ羨ましく思った。

 ユーキたちがそれぞれ仲間と話していると教室の扉が開いてロギュンが入室してきた。ユーキたちはロギュンに気付くと一斉に彼女の方に視線を向ける。


「此処にいたのですね」


 ロギュンはユーキたちに気付くと静かにユーキたちの方へ歩いて行く。

 ユーキたちと違ってロギュンは包帯などは巻いていない。彼女の場合はルスレクに背中を斬られただけで顔など目立った箇所には傷は負っていないので背中以外の手当てを受ける必要は無かった。


「副会長、どうしたんですか?」


 目の前までやって来たロギュンにユーキが尋ねると、ロギュンは視線だけを動かしてユーキや周りにいるアイカたちを見た。


「お疲れのところ申し訳ありませんが、一緒に生徒会室まで来てください。会長が大切なお話があるそうです」


 現状から今後の自分たちの活動についての話だと予想したユーキはロギュンに詳しいことは聞かずに表情を鋭くする。アイカ、パーシュ、フレード、フィランも視線を向けられたことで自分たちも呼ばれていると感じていた。

 ロギュンはユーキたちの反応を見ると背を向けて教室に出入口の方へ歩き出した。

 ユーキはリーファンに「行ってきます」と目で伝えてからロギュンの後をついていき、アイカたちもユーキと共に教室を出て行く。

 教室を出たユーキたちはざわついている廊下を歩いて生徒会室へ向かう。未だに学園内は落ち着きを取り戻しておらず、あちこちで生徒や教師の会話や騒ぐ声などが聞こえてきた。

 しばらく廊下を移動しているとアイカが深く息を吐いて疲れているような様子を見せる。それに気付いたユーキは立ち止まり、パーシュたちもつられるように止まった。


「アイカ、大丈夫か?」

「ええ、ちょっと疲れただけよ」

「さっき目を覚ましたばかりだかまだ疲れが残ってるんだな……」


 アイカの状態を察したユーキはアイカに近づくと彼女の膝の間と背中の腕を回してアイカを抱き上げ、いわゆるお姫様抱っこをした。


「ちょ、ちょっと、ユーキ?」


 いきなり抱き上げられたアイカは頬を赤く染めながら動揺する。

 パーシュはアイカを見て「おっ?」と言う顔をし、フレードはからかうような笑みを浮かべている。フィランは相変わらずの無表情だった。


「生徒会室までは俺が連れて行くから無理するな」

「えっと、そのぉ……あ、ありがとう」


 ユーキと目を合わさないよう俯きながらアイカは礼を言う。この時、アイカは二つの羞恥心を抱いていた。一つは恋人であるユーキに抱きかかえられる恥ずかしさ、もう一つは中身は十八歳だが十歳の児童に抱きかかえられている恥ずかしさだ。

 恥ずかしさでアイカは顔を赤くし、そんなアイカの羞恥心に気付いていないユーキはまばたきをしながらアイカを見ている。廊下にはユーキたち以外にも生徒が大勢おり、ユーキがアイカを抱き上げている姿を見てキョトンとしていた。


「何をなさっているのですか? 行きますよ?」


 少し離れた所でロギュンがユーキたちに声を掛け、ロギュンの声を聞いたユーキはアイカを抱きかかえながら歩き出す。

 パーシュとフレードはユーキに抱きかかえられているアイカを見て笑いながらユーキの後をついていき、フィランも無言でついていった。

 それからしばらく廊下を歩いてユーキたちは生徒会室の前までやって来た。ユーキは生徒会室の扉の前でアイカを下ろし、アイカもようやく羞恥心から解放されて頬を染めながら静かに息を吐く。

 ユーキがアイカを下ろした直後、ロギュンは学園長室の扉をノックした。


「会長、五人を連れてきました」

「入ってくれ」


 中からカムネスの声が聞こえるとロギュンは扉を開けて生徒会室に入り、ユーキたちもそれに続いて入室する。

 部屋ではカムネスが自分の机の前で腕を組みながら立っており、他に生徒会の生徒の姿は無い。ユーキは部屋に自分たちしかいないことから、他の生徒には聞かせられない内容なのかと思った。


「急に呼び出してすまなかった」

「ホントだぜ、こっちは疲れてるって言うのによぉ」


 フレードはカムネスを見ながら不満を口にし、ロギュンは目を細くしながらカムネスに対して相変わらず態度の悪いフレードを睨んでいる。


「そう言うな。僕らの今後に関わる大切な話なのだからな」

「今後に関わるっていうと、やっぱりベーゼとの戦いについてかい?」


 パーシュが尋ねるとカムネスは視線をパーシュに向けて小さく頷く。そして、ユーキたちを見ながら静かに口を開いた。


「今回の襲撃で僕らはベーゼ大帝や五凶将を相手に惨敗した。理由は相手が圧倒的な力を持っているに加え、混沌術カオスペルを使っていたからだ」


 カムネスの話を聞きながらユーキ、アイカ、パーシュはカムネスを見つめ、フィランは無表情を変えずにカムネスを見ている。フレードは負けたことを思い出して若干不機嫌そうな顔をしていた。


「既に聞いていると思うが、アトニイ・ラヒートの正体はベーゼ大帝で今回の奇襲を成功させるために学園に潜入した。そして、今回の奇襲をきっかけにベーゼたちは僕らに改めて宣戦布告をしてきた。再びベーゼ大戦の時のような激しい戦いを始めるとな」


 間も無く三十年前の戦争と同じことが起きる、緊迫した内容にユーキたちは真剣な表情を浮かべる。

 ここまでの流れとカムネスの話す内容からユーキたちは自分たちがベーゼとの戦争に参加することになると確信していた。

 大戦当時はまだこの世界にすら存在していなかったユーキたちは戦争に参加することに対して緊張や不安を感じている。


「各国が今後どのように対策を練るかは近々行われる三大国家の会談で決定される。ただ、僕ら神刀剣の使い手とルナパレス、サンロードは学園の主戦力であるため、各国がどんな決断をするにしても戦いに参加することになるだろう」

「だろうな。各国の王様やお偉いさんたちが俺らを前線に出さずに後方支援とかに回すはずがねぇ」

「……ん」


 納得するフレードに続いてフィランも頷く。ユーキたちも二人と同じ気持ちなのか納得しているような反応を見せていた。


「今度の戦いでは間違い無く五凶将が前線に出てくる。そして、彼らが現れた際には僕らが彼らと戦うことになるだろう。……ただ、今の僕らでは並のベーゼは倒せても五凶将には敵わない。それはお前も分かっているはずだ」

「ああ、悔しいけどそのとおりだよ。正直、今の力じゃあ連中に勝つ自信が無い」


 パーシュは自分の力の弱さを痛感し、ユーキたちも戦ったベーゼの力を思い出しながら僅かに表情を曇らせた。


「五凶将に勝つために力をつけなければならない。そこで、僕らは力をつけるためにある人物たちから特訓を受けることになった」

「特訓?」


 ユーキは小首を傾げながら訊き返し、アイカたちも気になるような表情を浮かべてカムネスを見つめる。


「その人物たちと言うのは……」


 カムネスはユーキたちが見ている中、詳しく話し始めた。


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