第二百二十四話 敗北
アトニイがユーキを見ていると後方にいたベギアーデがやって来る。それに気付いたアトニイは振り返ってベギアーデの方を見た。
「ベギアーデ、神刀剣の使い手と言った敵主力の排除はどうなっている?」
「ハッ、先程五凶将たちから念話で決着をつけたという報告がありました。ただ、戦闘不能にしたものの、まだ息の根は止めていないそうです」
「ならすぐに止めを刺すよう指示しろ。ついでに外にいる奴らも呼び出して一気に学園の虫けらどもを始末させるのだ」
ベギアーデは無言で一礼すると軽く上を向きながら五凶将たちに念話で指示を出す。ベーゼたちはユーキを始め、メルディエズ学園の主戦力と言える生徒を倒したため、最後の仕上げに入るようだ。
倒れているユーキはアトニイとベギアーデの会話を聞いて痛みに耐えながら体を起こす。カムネスたちがベーゼたちに負けたなど当然信じておらず、今でもベーゼと戦っていると思っていた。
ユーキは月影を杖にして何とか立ち上がる。ユーキの体はアトニイとの戦闘で受けた傷と混沌術の使いすぎによる疲労で既に限界が来ており、まともに戦うことができない状態だった。
しかし何もせずにいれば間違い無く殺されるため、生きるという意思を捨てずにボロボロの体を必死に動かす。
「……ほぉ? その状態でまだ動けるのか」
立ち上がったユーキに気付いたアトニイは腕を組みながら呟く。先程の攻撃でもう戦えなくなったと思ったため、立ち上がったユーキを見て意外に思っていた。
「死にかけの状態で私に挑もうとする根性は大したものだ。……だが無駄な足掻きはやめた方がいいぞ? これ以上やっても死に方が惨めになるだけだ」
「勝手に……決めつけるなよな。こっちは死ぬ気なんて無いし……惨めかどうかを決めるのはお前じゃない……」
月影を両手で握り、中段構えを取るユーキはアトニイを睨みつける。
「俺にとっては……戦うのをやめて……死ぬのを待つ方がよっぽど惨めだ……」
「フッ、私からして見ればそんなのはただの悪足掻きだ。……ベギアーデが一目置くほどの存在だからもう少し利口な小僧だと思っていたのだが、まさかこんな愚劣な奴だったとはな」
「何とでも言え……死ぬ時まで諦めない、それが俺の信念だ……!」
体中が痛む中、ユーキは戦意の籠った目でアトニイを見つめながら自分が正しいと思っていることを話す。
戦う意思を失っていないユーキを見たアトニイは不愉快に思ったのか目を僅かに細くする。
「戯言は地獄で言うのだな」
アトニイは地面を蹴ってユーキに向かって勢いよく跳ぶ。迫って来るアトニイを見たユーキは構えを崩さずに緊迫した表情を浮かべる。
――――――
メルディエズ学園の北西にいるアイビーツは左手を左耳に当てながら軽く上を向いている。ベギアーデから念話が入り、主戦力と言える生徒の始末と学園を壊滅させろと言う指示を受けていた。
この時、アイビーツだけでなく、ルスレクやチャオフー、アローガも念話で同じように指示を受けている。
「排除対象に止めを刺し、外のベーゼを学園に召喚しろか。……もう少し楽しみたかったんだが、こんな状況でそれも無理だよな」
アイビーツは呟きながらフレードに視線を向けた。
フレードはアイビーツの前で仰向けの状態で倒れている。体中傷だらけでダメージが大きいのかフレードには意識が無かった。
戦い始めてからフレードは必死に抵抗したが、結局アイビーツに傷一つ付けることもできずに敗れてしまったのだ。
気絶しているフレードを見たアイビーツはこれ以上はもう戦いを楽しめないと判断し、ベギアーデの指示どおりメルディエズ学園の壊滅に取り掛かることにする。そもそもベギアーデの指示はベーゼ大帝の指示でもあるため、逆らったりせず素直に従うつもりでいた。
アイビーツは地面に刺さっている剣を左手で引き抜くと逆手に持ち、強く地面に突き刺す。すると刺さった剣から濃紫色の闇が出現して円形に広がる。
闇は半径4mほどの大きさになると停止し、闇を見たアイビーツに小さく笑う。
「召喚の扉!」
アイビーツが叫んだ直後、闇から十五体のベーゼがアイビーツの周りにせり上がるように出現した。
現れたベーゼはベギアーデたちがメルディエズ学園を襲撃する前に学園から離れた所に待機させていた存在で、主力と言える生徒を倒した後に学園と他の生徒を始末するために連れてきた。
召喚されたベーゼはモイルダーが八体、フェグッターが三体、ユーファルが四体となっている。短時間で学園を壊滅させるため、機動力のあるベーゼを多く用意したようだ。因みにこの時、アイビーツ以外の五凶将も召喚の扉を発動して同じ数、同じ種類のベーゼを召喚していた。
「さぁお前ら、最後の仕上げに取り掛かるぞ。此処にいる虫けらどもを皆殺しにしろ!」
アイビーツが命令した瞬間、周りにいたベーゼたちは一斉に学園内にいる生徒や教師の襲撃に向かう。同時刻、他の五凶将が召喚したベーゼたちも同じように散開した。
数は六十体で学園内にいる生徒たちよりも少ないが突然の襲撃で生徒たちの多くは混乱しているため、少ない数でも生徒たちを圧倒することができる状況だった。
学園中に広がったベーゼたちは生徒を発見すると威嚇などの警告行動は一斉せずに襲い掛かった。
生徒たちは学園内にベーゼがいることに驚き、状況を把握する前に攻撃を受けて倒れてしまう。しかも生徒の多くは武器を持ち歩いていなかったため、ベーゼと遭遇しても応戦できなかった。
武器を持ち歩いていた生徒も応戦するが抵抗も虚しく次々と犠牲になってしまう。ベーゼが召喚されてから僅かな時間で学園内は地獄と化した。
「少数のベーゼを相手に抵抗もできずに命を落とすとは……学園にいれば安全だと思い込んでいた結果がこれか」
遠くから聞こえてくる生徒たちの悲鳴や断末魔を聞きながらルスレクは呟く。ベーゼであるルスレクにとって人間の苦痛の叫び声は心地よいものだった。
「これからは例え拠点の中でも最低限の警戒だけはしておいた方がいいと他の奴らに忠告しておいた方がいいぞ? もっともそんな機会は二度と訪れないだろうがな」
そう言いながらルスレクは目の前にいるカムネスに語り掛ける。カムネスは背中や肩、頭部などに複数の切傷と刺傷を付けながら片膝をついてルスレクを見つめている。
幸い意識は保っていたため、カムネスは抵抗もできずに殺されてしまうような状態ではない。しかしそれでもダメージは大きく、まともに戦うことはできなかった。
「生憎だが、僕は此処で死ぬつもりはない」
「この状況でまだ自分が生き残れると思っているのか。私は既にお前の技も反応も見切っている。お前に勝ち目は無い」
「勝ち目が無いからと言って抵抗するのをやめろと? 例え不利な状況だとしても戦い続ける。それが戦士というものだ」
「私には諦めの悪い愚か者にしか見えないな」
ルスレクはそう言うと右手の短剣を右から勢いよく横に振ってカムネスに真空波を放つ。カムネスは素早く左脇構えを取ってフウガを右上に振り上げ、飛んできた真空波を両断した。
真空波を消滅させるとカムネスはルスレクの追撃に備えて構え直す。だがカムネスが構え直した時、ルスレクはカムネスの右側面まで移動していた。
ルスレクは視線を動かしてカムネスを見ると右手の短剣で左から横に振ってカムネスを攻撃する。カムネスは僅かに表情を歪めながら反応を発動させて、上半身を後ろに倒してギリギリで短剣をかわした。
ところが反応で体を大きく動かしたことで全身の傷から痛みが伝わり、カムネスは思わず動きを止めてしまう。しかも反応も解除されてしまい、カムネスは無防備状態となってしまった。
カムネスが見せた隙をルスレクは見逃さず、左手の短剣でカムネスに逆袈裟切りを放った。隙だらけとなっていたカムネスはルスレクの攻撃をまともに受けてしまい、胸部に大きな切傷を負ってしまう。
斬られた痛みでカムネスは奥歯を噛みしめ、同時に体勢を崩して仰向けに倒れてしまう。倒れた拍子にフウガもカムネスの手を離れ、高い音を立てながら地面に落ちた。
「言ったはずだ。お前には勝ち目は無いとな」
倒れるカムネスを見下ろしながらルスレクは冷たく言い放つ。カムネスは全身の痛みに表情を歪ませながらルスレクを見つめ、そのまま意識を失う。
――――――
メルディエズ学園の至る所で生徒たちがベーゼの犠牲となり命を落としていく。既に学園内には多くの死体が倒れており、その中には生徒会の生徒や教師の死体もあった。
まだ生き残っている生徒もおり、武器を手に襲ってきたベーゼと戦っている。しかし肉体的にも精神的にも疲労が溜まっており、いつ限界が来てもおかしくない状態だ。
中庭ではベギアーデが校舎がある方を見ながら遠くから聞こえる生徒たちの騒ぐ声やベーゼたちの鳴き声を聞いている。聞こえてくる声からベーゼたちが生徒たちを追い詰めているのが分かるため、ベギアーデは楽しそうに笑みを浮かべた。
「これでメルディエズ学園も終わりだな。長い間我々の邪魔をしてきた忌まわしき存在が消え去る。……フフフフ、これほど愉快なことは無い」
気分を良くするベギアーデは笑いながら振り返った。そして、視界に入った光景を見て更に上機嫌になる。目の前にはボロボロのユーキと彼の胸倉を右手で掴んで持ち上げるアトニイの姿があった。
ユーキはあの後、襲ってきたアトニイを迎え撃つために出せる力を全て使って戦ったが、体力的に限界が来ていたユーキは動きが鈍く、攻撃に力も入らなかったため、アトニイに傷を負わせることができなかった。
逆にアトニイは圧倒的な力で一方的に攻撃し、ユーキを瀕死の状態にまで追い込んだ。
「これで分かっただろう。お前の力では丸腰状態の私にすら勝てない。これが人間であるお前とベーゼの大帝である私との力の差だ」
「うぅ……」
掠れた声を出しながらユーキはアトニイを睨む。その目にはアトニイに対する敵意が宿っているが体にはもう力が入らず、握っている月影を振ることもできなかった。
アトニイはユーキの目を見ると鼻を鳴らして前に投げつけた。ユーキは体を地面に叩きつけられて俯せに倒れ、持っていた月影も離してしまう。
「いい加減に理解したらどうだ? いくら諦めずに戦っても力が無ければ勝てない。諦めない意思などは何の役にも立たないのだ」
ユーキを見つめながらアトニイは語り、ユーキは力が全てだと言うアトニイは倒れたまま睨みつける。ボロボロの状態である今のユーキには睨むことしかできなかった。
戦えない状態となったユーキをアトニイは黙って見下ろす。するとそこへ二人のやり取りを見ていたベギアーデがアトニイの後ろまでやって来た。
「陛下、生徒の排除は順調に進んでおります。この調子ならあと一時間ほどで学園を完全に制圧できるかと」
「一時間か……あまり時間を掛けるわけにもいかん。五凶将たちにも生徒の排除に就くよう伝えろ」
「その点は問題ありません。排除対象を片付け次第、他の虫けらどもの始末もするよう既に指示を……」
制圧状況を話していたベギアーデが突然口を閉じ、立ち眩みでもしたかのように軽くふらつく。ベギアーデの異変に気付いたアトニイは目元をピクリと動かした。
「どうした?」
「……陛下、どうやら時間切れのようです」
ベギアーデの言葉にアトニイは目を鋭くする。ベギアーデは左手をこめかみ部分と思われる箇所に当てながら気分の悪そうな様子を見せ、アトニイはベギアーデを見て何が起きたのか察して目を軽く見開く。
「奴ら、結界を再起動させたのか」
アトニイは校舎を見ながら鬱陶しそうな顔をする。そう、メルディエズ学園を護る結界が再び張られたことで結界の内側にいるベギアーデは気分を悪くしていたのだ。
ベギアーデだけでなく、五凶将や召喚されたベーゼたちも結界の影響を受けて軽い頭痛や目まいなどを感じていた。
実はこの時、結界陣の部屋でアトニイに襲われたスローネが意識を取り戻し、瀕死の状態で結界陣に自分の魔力を送り込んで結界を張っていたのだ。
スローネは目を覚ました時にアトニイに襲われたことを思い出し、同時に破壊された結界陣を目にしてベーゼがメルディエズ学園を襲撃するかもしれないと予想した。
もしかすると自分が気絶している間に既にベーゼが学園やバウダリーの町を襲撃しているかもしれないと考えたスローネは学園の現状を確認しよとしたが、背中を切られてまともに動けないスローネはまず結界を張り直すことにしたのだ。
結界には近づいたベーゼを不快な気分にさせる効力があるため、もしベーゼが学園を襲撃していたら結界を張ることで学園内に侵入したベーゼを大人しくさせ、生徒たちが討伐しやすい状況を作ることができる。スローネは学園が襲撃されていようがいまいが、生徒を護るためにも結界を張るべきだと思っていた。
「まさか再び結界が張られることになるとはな……」
予想外の現状にアトニイは小さく舌打ちをした。
アトニイはベーゼ大帝としての能力を封印しているため、結界の影響は受けないがベギアーデや五凶将は結界のせいで力が低下している。このまま結界の内側に居続ければベギアーデたちはいつかは動くことすらできなくなるとアトニイは予想した。
既にメルディエズ学園の一部を破壊し、大勢の生徒を始末しているため、学園はベーゼとまともに戦える状態ではなくなっている。
ベギアーデと五凶将が動けなくてもベーゼ大帝であるアトニイが動ければ学園を制圧できるのではと思えるが、いくらアトニイでもベーゼの力を封印した状態で、それも一人で制圧するのは難しかった。
何よりも制圧した後は上位ベーゼの転移で離脱するつもりでいるため、ベギアーデたちが動けなくなったら離脱できない。それ以外にも生き残っている生徒たちによってベギアーデたちが倒される可能性もあった。
アトニイは結界が再起動した状況で学園に居続けるのは得策ではないと感じる。
「……ベギアーデ、五凶将たちに撤退するよう伝えろ」
「撤退、ですか?」
ベギアーデは若干気分の悪そうな様子でアトニイに訊き返す。
「結界が再び張られた以上、お前たちは全力では戦えない。今から再び結界陣を止めに行くのも無理だろう。何より、このまま此処に居続ければ色々と面倒なことになる」
「しかし……」
「今回の襲撃で学園には十分被害を与えることができた……引き上げるぞ」
アトニイを見ながら、ベギアーデは自分や五凶将が結界の影響を受けたのが撤退の原因だと知って悔しさを感じる。
本心では結界の影響を受けてでも学園を壊滅させたいと思っていたが、アトニイが撤退を指示したのであればそれに従うしかない。ベギアーデは念話で五凶将たちに撤退するよう指示を出した。
五凶将はベギアーデの指示を聞くと納得できない結果に不満を感じながらも足元に紫色の魔法陣を展開させた。
アイビーツ、ルスレク、アローガは指示どおり転移して学園の外へ撤退する。転移した三人の近くでは傷だらけで倒れているフレード、カムネス、フィランの姿があった。
チャオフーも軽い頭痛を感じながら足下に紫色の魔法陣を展開させていつでも転移できる状態に入っていた。チャオフーがふと右側を見ると、そこにはボロボロのアイカが仰向けで気絶している。
激しい戦いだったのかアイカのツインテールは解けており、近くにはプラジュとスピキュが転がっていた。
チャオフーはアイカに止めを刺せなかったことを不満に思い、倒れているアイカを鋭い目で見つめながら転移する。
アイカや神刀剣の使い手は全員ボロボロになってしまったが誰も死なずに生き延びることができた。
五凶将が撤退する中、アトニイもベギアーデと共に転移するためにユーキから離れる。ユーキは痛みに耐えながら上半身を起こしてアトニイの後ろ姿を見つめていた。
ユーキから一定の距離を取るとベギアーデは足下に転移の魔法陣を展開させ、アトニイも魔法陣の中に入る。魔法陣に入るとアトニイはゆっくりと倒れているユーキの方を向いた。
「運のいい奴だ。もし結界が再起動していなかったら今頃お前は短い生涯を終えていたぞ?」
「……ッ」
挑発的な笑みを浮かべるアトニイはユーキは奥歯を噛みしめながら睨みつける。
「今回の襲撃で我々は学園を壊滅させるつもりだったが、それは失敗に終わった。再び同じような襲撃を実行しようにも不可能だろう。……まぁ、それでも学園を半壊させ、多くの生徒を葬ることができたから良しと思っている」
「こ、この野郎……」
「メルディエズ学園が甚大な被害を受けたことで我々は今まで以上にこの大陸を支配しやすくなった。ここからが本当の戦いの始まりだ」
低い声で意味深な言葉を口にするアトニイを見てユーキは反応し、同時に寒気のようなものを感じた。
「各国の王に伝えておけ。我々ベーゼは近いうちに三大国家を始め、大陸に存在する全ての国を襲撃し、この大陸を手に入れる。三十年前と同じ、互いの存亡を懸けた戦いが始まるとな」
嘗てこの世界で起きた大戦争、ベーゼ大戦と同じ出来事が起きると聞かされたユーキは緊迫した表情を浮かべる。ユーキはベーゼ大戦のことを詳しくは知らないが、とてつもなく激しい戦争だったことは書物とかを見て理解していた。
メルディエズ学園の生徒である自分もいずれ起きる戦争に参加することになる、そう考えるユーキは緊張で鼓動を早くしていた。
「さて、私たちはこれで失礼させてもらう。……ああぁ、それともう一つ、お前に言っておかなければならないことがある」
何かを思い出したアトニイはユーキを見ながら不敵な笑みを浮かべ、ユーキは突然笑うアトニイを無言で見つめる。
「ヴァーズィンを倒してくれて感謝する」
意味不明な言葉にユーキは耳を疑う。自分の仲間を倒したことに感謝するなんて普通では考えられないことだ。ユーキはなぜアトニイが礼を言ったのか全く理解できなかった。
礼を言った直後、アトニイはベギアーデと共に転移し、ユーキの視界から消える。中庭にはユーキと気絶するパーシュたちだけが残った。
アトニイたちが撤退すると同時に雨が降りだし、メルディエズ学園は雨音に包まれる。雨によって殺された生徒たちの血が流れ、学園の敷地は徐々に血が混ざった雨水で薄っすらと赤く染まっていく。
「……クッソォ」
ユーキは倒れたまま拳を強く握り、ベーゼたちに敗北したことを悔しがる。もっと力があれば学園を護れたのに、ユーキはそう思いながら自分の力の無さを情けなく思った。
アトニイたちが撤退して緊張が僅かに緩むとユーキは雨に打たれながらその場に倒れ込んで意識を失った。
その後、バウダリーの町に避難していた下級生や教員、依頼で外に出ていた生徒が学園に戻り、学園の状態を知って愕然とする。更に学園内にはアトニイたちが召喚したベーゼたちが残っていたため、生徒たちは協力してベーゼを討伐した。
ベーゼを全て倒すと生徒たちは襲われた生徒たちの安否を確認し、息がある生徒を校舎に運び手当てを行う。その後、生徒や教師たちは負傷者の手当てをしながら状況確認を行った。
――――――
ベーゼが撤退してから二時間後、生徒や教師たちは少しずつ落ち着きを取り戻し、死傷者の数や破壊された校舎などの確認を全て終えた。
メルディエズ学園は校舎と闘技場の一部、倉庫や厩舎などの建物が複数破壊され、倉庫に保管されていた武器や魔導具、ポーションなど依頼で使用される道具の多くを失う被害が出た。更に校舎の地下に設置されていた結界陣も破壊されてメルディエズ学園の防衛力は大きく低下している。
教師たちは再びベーゼが襲撃してくることを警戒し、早急に結界陣の修復を開始する。修復にはスローネも参加し、負傷した身でありながらスローネは学園のために修復に全力を尽くした。
ベーゼの襲撃によってメルディエズ学園は大きな被害を受けたが、それ以上に生徒たちの被害の方が深刻だった。
襲撃を受けた直後、教師たちは戦闘経験の浅い下級生や一部の教員をバウダリーの町に避難させたが、学園に残っていた中級生以上の生徒たちはベーゼの襲撃で大勢命を落としてしまった。
死亡した生徒の中には生徒会に所属している生徒や上級生も含まれており、教師の中にも殉職した者もいる。
建造物は修理することが可能だが命は失ったら二度と戻らないため、生徒たちは最も大きな被害を受けたと言ってもいいだろう。
生徒や教師の中には運よく生き延びることができた者もいたが、大半が重傷を負っており、軽傷や無傷の者は少ない。
医務室担当教師のナチルンや他の教師たちは重傷者を優先して傷の治療を行うが、ベーゼによってポーションや薬草を保管していた倉庫が破壊されたため、使えるポーションには僅かしかなかった。
ナチルンたちは残っているポーションを命を落とす可能性が高い者に優先的に回し、足りなければバウダリーの町にポーションの調達に向かった。回復魔法も危険な状態の者を優先して使用し、回復魔法も使えなくなったら包帯や塗り薬などを使って治療を行う。
結局、今回の襲撃でメルディエズ学園は生徒と教師を合わせて八十人以上の死傷者を出し、その内の半分以上が戦死したというメルディエズ学園設立以来最大の被害を出すこととなってしまった。
「……まさか、こんなことになってしまうとは」
学園長室の窓からガロデスが暗い表情を浮かべながら外を見ており、部屋の中央ではオーストがガロデスの後ろ姿を黙って見ている。
ガロデスはベーゼが襲撃してきた時、学園長室で職務を全うしていた。ベーゼの襲撃を知ったガロデスは危険を覚悟で校舎の外へ行き、避難誘導や教師に指示を出そうとしたが教師たちから安全な場所に連れて行かれ、結局何もできずにベーゼたちが撤退するまで避難していたのだ。
ベーゼが撤退した後は外に出て惨状を目の当たりにし、生徒たちが死んだことにショックを受ける。だが、学園長と言う立場から嘆いている暇は無いと自分に言い聞かせ、辛さを押し殺してやるべきことをやることにした。
学園長室に戻り、教師たちから学園と生徒たちの現状を聞かされた。今もオーストから報告を受け、今後の方針について考えている。
「現在は動ける生徒や教師が破壊された建造物の残骸などの処理や負傷者の手当てをしています。あと、ベーゼたちが再び襲撃してくることを警戒し、動ける生徒たちに学園周辺の警備もさせています」
「警備についているのは中級生以上の生徒なのですか?」
「いえ、中級生の大半はベーゼの襲撃で死傷し、まともに動くことができない状態です。今は被害の受けていない下級生を就かせています」
オーストの報告を聞いたガロデスは反応し、振り向いてオーストの方を見た。
「下級生は戦闘経験が殆ど無い生徒ばかりです。そんな子たちにベーゼの警戒に就かせるのは少々酷ではないでしょうか? 増しては学園が直接襲撃されたという予想外の事件が起き、生徒たちは精神的に不安定な状態のはずです」
「分かっています。ですが、中級生や上級生を大勢失ってしまった現状では下級生に任せるしかありません……」
真剣な表情を浮かべるオーストはガロデスを見つめながら語る。オーストも下級生に重要、それも危険な仕事を任せることに抵抗を感じているが、人手不足の現状では戦闘経験が浅い下級生に頼るしか方法が無い。オーストや他の教師たちも学園や負傷した者たちを護るために苦肉の策を使うことを決断した。
オーストの顔を見たガロデスはオーストも下級生を危険な任務に就かせていることに心を痛めていると知り、これ以上オーストたちの考えを否定することはできないと感じて何も言わなくなった。
ガロデスは自分の机に座ると静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「負傷した方々は今どうなさっているのですか?」
「命に関わるほどの重傷を負っていた生徒もいましたが、ポーションや回復魔法を使って何とか助かったようです。ただ、重症者たちを助けるために残っているポーションは殆ど使ってしまい、回復魔法が使える生徒も魔力に限界が来ています。場合によってはバウダリーや他の町に救援を要請することになるかもしれません」
「そうですか。ベーゼたちはこうなることを予想してポーションや薬草を保管していた倉庫を破壊したのでしょうね」
「ええ……ですが今のところ、負傷者たちは安定した状態を保っています。容体が悪化することは無いでしょう」
手当てを受けた生徒たちが危険な状態になる可能性は低いと聞かされたガロデスは安心したのかオーストを見ながら小さく笑う。
ベーゼたちに襲われた大勢の生徒が命を落としてしまった状況で笑うのはおかしなことかもしれないが、危険な状態だった負傷者たちが助かったのだから、それは素直に喜ぼうとガロデスは思っていた。
「そう言えば、負傷者の中に神刀剣の使い手も含まれていたそうですが、彼らはどうなのですか?」
「重傷だったそうですが、全員一命を取りとめ、手当ても済んで落ち着いているようです。当時、彼らの傍にいた生徒の話では人間に化けた上位ベーゼ、五凶将たちと直接戦ったそうですが、倒すことができずにボロボロにされたとか……」
「ボロボロに……その中にはカムネス君も含まれているのですか?」
「ええ……」
メルディエズ学園最強のカムメスまでもが惨敗したと聞いてガロデスは驚愕する。オーストもカムネスが負けたと聞かされた時は信じられず、情報に間違いはないか確認したくらいだった。
カムネスだけでなく、他の神刀剣の使い手であるパーシュ、フレード、フィランも敗北して重傷を負い、それを知った生徒の中にはベーゼに勝てるのかと不安に思う者も現れていた。
教師たちはただでさえ学園が襲撃されて生徒たちが不安に思う中、神刀剣の使い手が負けたという情報を聞いて生徒たちの士気が低下しているのを感じ取り、生徒たちを勇気づけて気持ちを安定させた。
「あと、神刀剣の使い手だけでなく、ユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードも同じように上位ベーゼと交戦して重傷を負ったそうです。この二人も既に手当てを受け、状態は安定しているようです」
「そうですか、あの二人も……」
メルディエズ学園の主戦力と言える生徒の殆どが重傷を負ったことを知ってガロデスは深刻な表情を浮かべた。ユーキたちでも倒すことができない存在がベーゼの中にいるため、その対策方法も考えなければいけない。
問題が増えたことでガロデスは頭を抱える。そんな時、学園長室の扉をノックする音が聞こえ、ガロデスとオーストは扉の方を向いた。
「ハイ?」
「カムネスです。学園長、少々よろしいでしょうか」
扉の向こうからカムネスの声が聞こえ、ガロデスとオーストは反応する。
「……どうぞ」
入室を許可すると扉が開いてカムネスが入室する。カムネスは重傷を負っていたがポーションや回復魔法を使って何とか動けるようになった。
だがそれでも全ての傷は治っておらず、額には包帯を巻き、左の頬にはガーゼが張られている。ベーゼとの戦闘でボロボロになっていた制服も新しいものに変わっていた。
カムネスは静かにガロデスの方へ歩いて行き、ガロデスはカムネスの顔を見て痛々しく思い表情を曇らせる。しかし学園長である自分が生徒の前で暗い顔をするわけにはいかないと自分に言い聞かせ、静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「傷の方はどうですか?」
傷の状態が気になるガロデスはオーストの隣までやって来たカムネスに声を掛ける。カムネスは表情を一切変えずにガロデスの方を見た。
「まだ若干痛みが残っていますが、問題ありません」
「そうですか……ユーキ君や他の神刀剣の使い手の皆さんはどうしていますか?」
「此処に来る前に確認しましたが、サンロード以外は覚ましていました。ルナパレスたちは問題無く歩けますし、サンロードも命に別状はありません」
ユーキたちも大丈夫だと知ったガロデスは改めて安心する。オーストからユーキたちは安定していると聞いていたが、直接カムネスの姿を確認し、ユーキたちに会ってきたカムネスから目を覚ましたと聞いた方が本当に大丈夫なのだと実感できた。
「ところでザクロン、学園長に何か用があったのではないのか?」
オーストはカムネスに学園長室を訪れた理由を尋ねるとカムネスは視線だけを動かしたオーストを見る。
「ええ、ルナパレスから重要な話を聞きましたのでそれを報告するために……」
カムネスの言葉にオーストは反応し、安心の笑みを浮かべていたガロデスも顔を上げてカムネスを見る。先程までと違って学園長室の空気が変わり、全員が真剣な表情を浮かべていた。
「重要な話とは、どのようなお話ですか?」
ガロデスが尋ねるとカムネスは静かに口を開いた。
「ルナパレスの話によると、彼はバウダリーから学園に戻った直後にアトニイ・ラヒートと会ったそうです」
「アトニイ・ラヒート、前回入学し、短い期間で多くの実績を上げた男子生徒ですか?」
「ハイ……」
返事をしたカムネスは僅かに声を低くする。まるで嫌なことを思い出して気分を悪くしたようだった。
ガロデスとオーストはカムネスの声の変化に気付いて不思議そうな顔で見ていた。二人が見つめる中、カムネスは説明を続ける。
「アトニイ・ラヒートは上位ベーゼのベギアーデと行動を共にしており、ルナパレスに自分が結界陣を破壊してベーゼたちが学園に侵入する隙を作ったと話したそうです」
「何ですって!? 彼が結界陣を破壊した?」
話の内容にガロデスは思わず席を立ち、オーストも目を見開く。二人はまだ結界陣を破壊したのがアトニイだと聞いていなかったた、カムネスの話を聞いて初めて知ったのだ。しかも上位ベーゼと一緒にいたと聞いてより大きな衝撃を受けた。
「ルナパレスはどうしてアトニイ・ラヒートが結界陣を破壊したのか理解できずにいたそうです。そんな時、ベギアーデがアトニイ・ラヒートをこう呼んだそうです。……ベーゼ大帝、と」
「なぁっ!!?」
予想外の内容にガロデスは言葉を驚愕する。オーストも驚きのあまり自身の耳を疑った。




