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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百二十三話  ユーキvsアトニイ


 アトニイの正体がベーゼ大帝だと聞かされたユーキは驚きのあまり動くことができずにいる。その様子をアトニイは無言で見つめ、ベギアーデもアトニイの隣で笑っていた。


「お前が……ベーゼ大帝?」


 僅かに震えた声を出しながらユーキは呟く。アトニイの言動から彼がベーゼの仲間だと言うことは分かっていたが、アトニイがベーゼ大帝本人だとはまったく予想していなかったのでユーキは大きな衝撃を受けていた。

 ただ、これまでに得た情報からアトニイがいい加減なことは言っていないことだけは分かっていた。


「流石に驚いたようだな? まぁ、状況から考えて驚かない方がおかしいというものだ」


 アトニイはベギアーデのように笑ったりせずにユーキをジッと見つめながら喋る。しかし内心では自分の正体に気付かなかったユーキを哀れに思っていた。

 ユーキはしばらく驚きの表情を浮かべていたが時間が経つにつれて落ち着きを取り戻し、静かに深呼吸をする。そして、冷静さを取り戻すとアトニイを見つめながら口を開く。


「……お前がベーゼ大帝なら、どうしても訊きたいことがある」


 鋭い目で睨んでくるユーキを見ながらアトニイは「ほぉ?」と言う顔をする。すぐには自分がベーゼ大帝だと信じないと思っていたが、ユーキの発言から信じていると知って意外に思った。


「お前はさっき、結界陣を破壊して結界の機能を止めたと言っていたな? お前が結界を消したから、ベギアーデたちは学園に侵入できるようになったと」

「そのとおりだ」

「つまり、お前が破壊するまでは結界は問題無く機能していたと言うことだ。そして、お前は新入生アトニイとして、メルディエズ学園に入学した……」


 僅かに低い声を出しながらユーキは語り続け、アトニイは何も言わずにユーキの話に耳を傾ける。


「結界が機能していたのなら、どうしてベーゼの王であるお前は普通に学園に入ることができた? ベーゼなら結界の影響を受けて学園やバウダリーに近づくことすらできないはずだろう」


 ベギアーデや五凶将がメルディエズ学園に侵入できた理由はアトニイが結界陣を破壊したからだと言うのは分かった。しかし、アトニイ自身は結界が張られている状態にもかかわらず、今日まで学園の敷地内で問題無く行動している。

 なぜベーゼ大帝のアトニイが結界の中で活動できたのかユーキは理解できず、本人に直接訊こうと思ったのだ。


「私が結界内に入れた理由か。……フッ、いいだろう、説明してやる」


 本来は敵であるユーキに話す必要は無いのだが、計画が驚くくらい順調に進んでいたのでアトニイは機嫌を良くしており、ユーキの疑問に答えてやろうと思っていた。


「お前の言うとおり、学園とバウダリーには結界が張られており、ベギアーデたち上位ベーゼも近づくことができない。それは私も同じことだ。私も対ベーゼ用の結界が張られている学園には近づくことはできない。しかし、現に私はアトニイ・ラヒートを名乗り、メルディエズ学園に入学……いや、潜入することに成功した」


 アトニイはメルディエズ学園とバウダリーの町に張られている結界は自分にも効果があることを語る。

 話を聞いたユーキはベーゼ大帝であるアトニイが自分で結界の影響を受けていると言うのだから、間違い無く結界はアトニイにも効き目があると感じていた。

 だが、それならどうしてアトニイは学園に入学できたのか、ユーキは改めて疑問に思う。


「結界の影響を受けているのになぜ私がメルディエズ学園に潜入できたのか……それは、今の私がベーゼではなく人間だからだ」

「何?」


 予想外、そして理解できない言葉を聞いたユーキは思わず訊き返す。

 全てのベーゼを支配する存在が人間だと言われれば他の生徒もユーキと同じ気持ちになるだろう。だが、ユーキと話すアトニイはふざけているようには見えないため、アトニイはいい加減なことは言っていないのではとユーキは思っていた。


「人間ってどういう意味だよ?」

「言葉どおりだ。私はベーゼとしての力を完全に封印し、人間となったのだ」


 未だにアトニイの言っていることの意味が理解できないユーキは眉間にしわを寄せながらアトニイを見つめる。

 アトニイの隣に立っているベギアーデは言っていることを理解できていないユーキを見ながら小さく鼻で笑う。


「先の大戦で私は憎き五聖英雄によって深手を負わされた。その結果、傷が癒えるまでに二十年も掛かってしまった」


 突然ベーゼ大戦のことを話し始めるアトニイにユーキはピクリと反応する。別に前の戦争のことなど訊いていないため、話を戻してほしいとユーキは思っていた。

 だがベーゼ大戦の話が結界の中で行動できた理由を話すのに関係あるのかもしれないと思ったユーキは我慢して話を聞くことにした。何より、自分の知らない情報をアトニイから聞き出せるかもしれないため、ユーキはアトニイの説明に耳を傾ける。


「傷は癒えたが、このまま復活して奴らに戦いを挑んでも前回と同じ結果になる可能性がある。そう考えた私は五聖英雄の後継者たちが集うメルディエズ学園の情報を得るため、そしてメルディエズ学園を護る結界の秘密を探るために自らベーゼの力を封印して人間となり、メルディエズ学園に潜入することにしたのだ」

「学園に入学したのは今回の襲撃を成功させるためだったというわけか」

「それだけではない。潜入すれば学園の情報を得られるだけでなく、多少は自分に力をつけることができると思ったからだ」

「自分を強くするために生徒として活動してたってことか」

「もっとも、こちらが思っていたほど力をつけることはできなかったがな。……所詮はベーゼよりも力の劣る人間どもの組織というわけだ」


 情報を得るため、強くなるために生徒や教師たちを騙しておきながら言いたいことを言うアトニイをユーキは睨みつける。

 アトニイの発言は今までアトニイを仲間だと思って親しくしてくれた者たちの気持ちまで踏みにじったことになるため、ユーキは気分を悪くしていた。


「本当はもう少し情報を集めてから奇襲を仕掛けるつもりだったのだが、お前たちがヴァーズィンを倒したため予定を早めることにしたのだ」

「それで結界を消し、ベギアーデたちに奇襲を仕掛けさせたってことか」


 ようやく繋がりが見えてきたユーキはベーゼ大帝と呼ばれた存在の狡猾さを知る。

 この世界を征服しようとしていた侵略者たちの頂点に立つ存在なら自ら敵地に潜入し、奇襲の機会を窺うくらいのことはしても不思議じゃない、ユーキはアトニイを見ながらそう思った。


「さて、説明はここまでだ。こちらにはまだ学園を壊滅させるという最も重要な目的が残っているのでな」


 ユーキはアトニイの言葉に目を見開き、思わず月下と月影を構える。

 アトニイとベギアーデはこれから学園にいる生徒や教師を皆殺しにし、それが終わり次第メルディエズ学園その物を破壊すると直感したユーキは此処でアトニイとベギアーデを止めなくてはいけないと思っていた。


「何だ? まさか我々と戦うつもりか? やめておけ、虫けらのお前では大帝陛下は勿論、私にすら勝てん」


 身構えるユーキを見たベギアーデは笑いながら見下す。ユーキは挑発してくるベギアーデを睨みながら月下と月影を強く握った。


「勝てないからって敵であるお前たちをこのまま見過ごすつもりは無い。このままお前たちを放っておけば間違い無く学園はお終いだ。学園や仲間、そしてこの世界に住む人たちのためにも俺は戦う!」


 戦意の宿った目でアトニイとベギアーデを睨みながらユーキは力の入った声を出す。

 ユーキの言葉を聞いたベギアーデは一歩前に出ると目を薄っすらと赤く光らせながらユーキを見つめる。


「相変わらず口だけは達者な虫けらだな。意志だけで勝てるほど殺し合いは甘いものではないぞ?」

「そんなことはお前に言われなくても分かってるよ」


 表情を鋭くするユーキを見てアトニイは目を僅かに細くし、ベギアーデも鼻で笑いながらロッドの石突部分で床を叩く。


「虫けらめ、運よくヴァーズィンに勝ったからと言って調子に乗るな? お前たちでは我々ベーゼに勝つことはできん。お前たちには我々がこの世界を支配するための踏み台、もしくは餌になるという惨めな未来しかないのだ」

「勝手に俺たちが負けるなんて決めつけるな! 例え力でベーゼに劣っているとしても、諦めなければ勝つことはできる。ベーゼ大戦の時だってこの世界の人たちは諦めずに戦ったからお前たちベーゼに勝つことができたんだ」

「フッ、面白い。……ならば私に勝ってみせろ」


 ベギアーデはもう一度ロッドで床を叩いてから杖の先端をユーキに向ける。

 戦闘態勢に入ったベギアーデを見たユーキは両膝を曲げ、ベギアーデがどんな動きをしてもすぐに対応できる体勢を取った。


「待て」


 ユーキとベギアーデが戦いを始めようとした時、アトニイが口を開く。ユーキは突然止めに入ったアトニイの方を向き、ベギアーデは視線だけを動かしてアトニイを見る。


「その小僧は私がやる」

「大帝陛下?」


 持っている剣を前に出しながらユーキの方へ歩くアトニイを見てベギアーデは意外そうな顔をする。ユーキもベギアーデではなくアトニイが自分と戦うと知って思わず目を見開いた。


「どの道、この学園は今日壊滅するのだ。最後にお前が一目置くユーキ・ルナパレスがどれ程の実力を持っているのか、私自ら確かめてみることにしよう」

「しかし、このような虫けらに大帝陛下が自ら手を下すなど……」

「別に問題は無かろう。それに絶望的な状態で大帝である私を倒すチャンスを与えてやるのもいいだろう」


 敵にチャンスを与えようとするアトニイを見てベギアーデは寛大であると同時に意地の悪い方だと感じながらニッと笑って後ろに下がる。どうやらアトニイがユーキと戦うことに納得したようだ。

 ユーキはアトニイが自分と戦おうとする理由を聞いて僅かに表情を険しくする。メルディエズ学園が負けること、自分が死ぬことを前提で話しているアトニイに内心腹を立てていた。

 正直、たった一人でベーゼ大帝を倒すのは非常に難しい。だが此処でベーゼ大帝と戦い、倒すことはできなくても撃退させることができれば戦況を覆すことができるかもしれないため、ユーキはこのまま戦うべきだと思っていた。

 しかも今のアトニイはベーゼの力を完全に封印して人間となっているため、通常よりも有利に戦える状況だった。


(此処で戦わずに逃げたとしても、ベーゼ大帝は俺を逃がす気なんて無いはずだ。なら勝率が低くても戦くしかないだろう。何よりもパーシュ先輩たちを残して逃げるなんてできない)


 現状から戦う以外選択肢は無いと考えるユーキは改めてアトニイと戦うことを決意した。

 アトニイは自分を見つめるユーキを見ながら不敵な笑みを浮かべると剣を外側に向かって勢いよく振った。


「私が戦うと知っても逃げないか。……まぁ、お前なら必ずそうすると思っていたがな」

「まるで俺のことを何もかも知ってるような言い方だな?」

「知っているつもりだ。短い間とは言え、お前の戦い方や依頼を受ける際の判断の仕方などを何度も見てきたからな」


 メルディエズ学園に潜入している間に目撃したユーキの行動や思考などを思い出しながらアトニイは剣を両手で握りながら中段構えを取る。

 ユーキは自分の全てを見透かしたような口を利くアトニイを見ながら軽く奥歯を噛みしめた。


「お前のルナパレス新陰流と言うのは学園に潜入した時から興味があった。大陸に存在するどの国でも、見たことも聞いたこともない未知の剣術だからな。一度本気で戦いたいと思っていた」

「フン、大帝なんて言っても所詮お前もベーゼ、戦いを楽しむ戦闘狂ってわけか」

「否定はしない。と言うより、生き物なら誰もが闘争本能と言うものを持っている。我々ベーゼだけでなく、お前たち人間も持っているものだ」


 アトニイの言葉にユーキは思わず反応する。


「敵と遭遇したら戦いたいと思い、戦いを楽しみたいと思うのは闘争本能を持つ生物にとって当然のことだ」

「戦いを楽しもうなんて考えるのは人を平気で傷つけるお前たちベーゼと理性を持たないモンスターだけだ。俺たちをお前たちと一緒にしてほしくないな」

「フッ、そうやって自分たちは戦いを好まない生物だと思い込み、我々ベーゼだけが悪だと決めつける。何とも単純で幼稚な考え方だな?」

「実際お前たちはこの世界を支配しようとする悪党じゃないか」


 一歩も引かずに言い返すユーキを見てアトニイは再び笑みを浮かべる。その姿はユーキとの言い合いを楽しんでいるようにも見えた。


「戦いを楽しめない存在は戦いを楽しむ存在には勝てん。楽しむ意思と生き残る喜びを感じられる存在こそが戦場では生き残るのだ」

「確かに生き残ろうという意思を持つことは大切だ。だけど、戦いを楽しむことは生き残ることには関係無いだろう」

「そうか? ……なら私を倒し、戦場で戦いを楽しむ意思など不要だと言うことを証明してみせろ」

「言われなくても、証明してやるよ!」


 ユーキは強化ブーストを発動させて自身の腕力と脚力を強化する。

 目の前に立っているのは今まで優秀な後輩と思っていたアトニイではなく、正体と本性を隠していたベーゼ大帝だ。ベーゼの力を封印しているとは言え、手を抜いて勝てるような相手ではないと思っているユーキは最初から本気で戦うつもりでいた。

 戦闘準備が整うとユーキは地面を強く蹴ってアトニイに向かって跳び、正面から月下で袈裟切りを放って攻撃する。

 正面から攻撃するなど単純で簡単にかわされてしまうと思われそうだが、相手がどのように戦うかを観察するなら読まれやすい攻撃をするのが一番だった。

 アトニイはその場を動かずに剣でユーキの袈裟切りを止めた。防御に成功したアトニイを見たユーキは軽く目を見開く。

 強化ブーストで腕力を強化し、普段よりも重い攻撃を一撃を放ったにもかかわらず、アトニイは難なく攻撃を防いでいたためユーキは少し驚いた。

 驚いていたユーキは落ち着きを取り戻すと反撃の隙を与えまいと月影で左から横切りを放つ。だがアトニイは素早く剣で月下を払い、迫ってきた月影も剣で防御する。

 再び攻撃を防がれたのを見てユーキは悔しそうな表情を浮かべながら後ろの跳んで一度距離を取る。アトニイは追撃することなく、剣を払いながら離れたユーキを見つめた。


(どうなってるんだ? ベーゼの力を封印してるってことは今のフェヴァイングは人間としての力しか持っていないってことになる。それなのに魔法なんかも使わずに強化ブーストで強化された攻撃を簡単に防いだなんて……)


 もし今のアトニイが正体を隠していた時のようにメルディエズ学園の生徒としての力しか持っていないのであれば、強化ブーストを使った攻撃を防げるはずがない。ユーキはアトニイが何かしらの方法で以前よりも強い力を得ているのではと考えた。


(もしかして、結界が消滅したから封印していたベーゼの力を解放したのか? それなら俺の攻撃を防げたのも説明がつく……)


 月下と月影を構え直しながらユーキはアトニイの力が強い原因を予想する。その間、アトニイの動きもしっかり警戒していた。


「どうした、二回剣を振っただけで休憩か? まさか連続攻撃ができないほど疲弊しているのではなかろうな?」


 アトニイは剣を構え直しながら黙り込むユーキに声を掛ける。ユーキは声を聞くと眉間にしわを寄せながらアトニイを睨んだ。

 ユーキはバウダリーの町でアルティービと戦った時に何度も強化ブーストを使ったのでアトニイの言うとおり、肉体的にも精神的にもかなり疲労が溜まっていた。

 しかしアトニイと戦うには強化ブーストを使わなければならないので、疲れているからと言って使わないわけにはいかなかった。


「そんなわけないだろう。こっちはまだ余裕で戦える」


 疲弊していることを悟られないようユーキは強がって見せる。体力が尽きる前に何とかアトニイに渾身の一撃を叩き込んで撤退させなければ、そう思いながらユーキは両足を軽く曲げた。

 ユーキはアトニイを見つめながら勢いよく走り出し、アトニイの左側面に回り込むと月下と月影を振り上げる。


「ルナパレス新陰流、朏魄ひはく!」


 アトニイに向かって踏み込んだユーキは月下と月影を同時に振って袈裟切りを放つ。だがアトニイは素早くユーキの方を向くと右手に持つ剣で月下と月影を防いだ。

 攻撃を防がれたユーキはすぐに次の攻撃に移った。僅かに後ろに下がってアトニイから離れ、両腕を交差させるとそのまま外側に向かって振り、アトニイを月下と月影で左右から挟むように斬ろうとする。

 アトニイは表情を一切変えずに後ろに跳んでユーキの攻撃をかわす。だがその直後、ユーキは月影を握ったまま左腕をアトニイに向けて伸ばした。


闇の射撃ダークショット!」


 距離を取ったアトニイに向けてユーキは左手から紫色の闇の弾丸を放つ。

 アトニイは飛んでくる闇の弾丸を見ると上半身を左に反らして闇の弾丸を回避する。距離を取った直後の魔法攻撃もアトニイは問題無くかわすことができるようだ。

 回避に成功したアトニイはすぐにユーキの方を向いて次の攻撃に備えようとする。だがユーキの方を向いた瞬間、走ってくるユーキの姿が視界に入った。


「ルナパレス新陰流、上弦じょうげん!」


 ユーキはアトニイが間合いに入ると月下と月影で連続切りを放つ。回避行動を取ったことでアトニイの意識が一瞬自分から逸れ、その直後に連続で攻撃を仕掛ければ必ず命中するはずだとユーキは思っていた。

 強化ブーストで腕力を強化した状態のままユーキは月下と月影で攻撃する。ところがアトニイはユーキの攻撃を全て剣で防いだ。しかも連続攻撃を受けているに体勢を一切崩していない。


「なっ、何だと……」


 自分の連撃を難なく防いだアトニイにユーキは驚愕する。腕力を強化した状態による連続切りを殆ど動かずに防いだのだから当然だった。

 驚くユーキを見たアトニイは小さく笑うと剣を右から横に振って反撃する。ユーキは咄嗟に月下と月影を縦にして横切りを防ぐ。だがアトニイの攻撃はとてつもなく重く、ユーキは耐えきれずにそのまま大きく飛ばされてしまった。

 飛ばされたユーキは飛んでいった先にある木に背中から叩きつけられた。背中の痛みに思わず声を漏らし、背中を木の幹に擦り付けながらその場に座り込む。

 ユーキの姿を見てアトニイはつまらなそうに鼻を鳴らし、戦いを見物していたベギアーデも笑みを浮かべる。


「軽く剣を振っただけなのに耐えきれず飛ばされてしまうとは……思っていたより力が無いな」

「クゥゥ……」


 背中の痛みと剣を止めた時の腕の痺れに耐えながらユーキは立ち上がって双月の構えを取る。立ち上がったユーキを見たアトニイは戦意は残っていることを知ると剣を構え直した。


「そうでなくては面白くない。折角私自ら相手をしてやっているのだ、もう少し楽しませてくれ」

「こっちが必死に、それも命懸けで戦ってるって言うのに楽しませろなんて、とんでもない戦闘狂だな。……それにしても、軽く剣を振っただけでこの力なんて、やっぱりベーゼの力を解放していたのか」


 予想どおりアトニイがベーゼの力を使っていると知ったユーキは次はどのように攻めるか考えようとする。するとアトニイは目を細くしながら構えていた剣を下ろした。


「……何か誤解しているようだが、私はベーゼの力を使ってなどいない」

「何?」


 アトニイの口から出た言葉にユーキは思わず訊き返した。アトニイは驚くユーキを見つめながら左手を腰に当てる。


「私は今でもベーゼの力を封印し続けている。今の力は人間としての力だ」

「人間としての力? ……そんな馬鹿な! 人間の力だけで人一人を数m先前まで吹っ飛ばせるはずがないだろう!」

「それができるから、お前は吹き飛んだのではないのか?」


 先程の出来事を指摘されたユーキは黙り込む。実際にアトニイの力に耐えられず吹き飛ばされてしまったのだから否定することはできなかった。


「じゃあ、ベーゼの力を使ってないのにどうやってそれだけの力を手に入れたんだよ?」

「……そこまでお前に教えてやる気は無い」


 低い声で呟いたアトニイは地面を蹴り、ユーキに向かって跳んだ。

 迫って来るアトニイを見たユーキは急いで移動しようとするが、動く前に距離を詰められてしまい、目の前まで近づいたアトニイを見て表情を歪める。

 アトニイは態勢を整える隙を与えないようユーキに近づくと剣を振り落として攻撃した。

 状況から回避は不可能と感じたユーキは咄嗟に月下と月影を頭上で交差させて振り下ろしを防ぐ。アトニイの剣を止めた瞬間、強い衝撃と重さがユーキを襲った。


「グウウゥ!」


 ユーキは奥歯を噛みしめながら攻撃に耐える。強化ブーストで腕力と脚力を強化し続けているのに衝撃と重さが感じ、ユーキはアトニイの力の強さに改めて驚かされた。

 剣を止められたアトニイはユーキの左脇腹に右足で蹴りを入れようとし、蹴りに気付いたユーキは蹴りをかわそうとするが後ろには木があるため避けられず、月下と月影も剣を止めているため使えない。

 攻撃も回避もできないと知ったユーキは咄嗟に右へ跳ぶ。その直後に左脇腹にアトニイの蹴りが入った。


「ガアァッ!」


 脇腹の痛みにユーキは苦痛の声を出す。蹴りを受ける直前に蹴りが来る方角と反対に跳んだことでダメージを最小限に抑えることができたが、それでも強い痛みに襲われた。

 強烈な一撃を受けたユーキは蹴り飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。背中の痛みに耐えながらユーキは上半身を起こすが、アトニイが追撃するために走って距離を詰めてきた。

 アトニイは倒れているユーキに向けて剣を勢いよく振り下ろす。だがユーキは咄嗟に右へ体を転がしてアトニイの攻撃をギリギリで回避する。

 回避したユーキは素早く立ち上がって双月の構えを取り、アトニイに近づくと月影で袈裟切りを放つがアトニイは月影を剣で簡単に防いだ。

 月影が防がれた直後、ユーキは月下を右から横に振って攻撃する。だがアトニイは剣で月影を払い上げてから素早く月下を止めた。

 アトニイに反撃の隙を与えないため、ユーキは続けて攻撃を仕掛けようとするが、アトニイが先に剣を左下から斜めに振り上げて攻撃してきた。

 ユーキは咄嗟に月下で剣を防ぐが攻撃を止めることができずに月下は払い上げられ、そのままユーキの手から離れてしまう。

 宙を舞う月下を見上げながらユーキは「しまった」と言う表情を浮かべる。

 隙だらけのユーキにアトニイは剣で袈裟切りを放ち、気付いたユーキは後ろに跳んでかわそうとした。しかし回避するのが遅れてしまい、ユーキは体を斬られてしまう。

 胴体に切傷を付けられたユーキは奥歯を噛みしめながら痛みに耐え、大きく後ろに跳んでアトニイから離れる。

 ある程度距離を取るとユーキは月影を両手で握りながら振り上げ、強化ブーストの能力を腕力と肩の力の強化に回した。


湾月わんげつ!」


 ユーキはアトニイに向けて月影を勢いよく振り下ろし、刀身から月白色の斬撃を放つ。普通の攻撃ではアトニイに傷を負わせるどころか攻撃を当てることができないため、ユーキは最強の技で攻撃することにした。

 アトニイは飛んでくる斬撃を見ると「ほぉ」と一瞬興味のありそうな表情を浮かべた。だがすぐに鋭い表情を浮かべて飛んできた斬撃を剣で切る。剣と斬撃がぶつかった瞬間に大きな音が中庭に響いた。

 斬撃と剣がぶつかる光景を見たユーキはこれならアトニイに傷を負わせることができると思った。ところが次の瞬間、斬撃はアトニイの命中することなく掻き消されてしまう。

 アトニイの剣も高い音を立てて真ん中から真っ二つに折れる。斬撃はアトニイの力に負けて消滅し、剣は斬撃の力に耐えられずに折れた。つまり相打ちと言う結果となったのだ。


「な、何だと……」


 ユーキは湾月が通用しないのを見て愕然とする。湾月は上位ベーゼにも通用する強力な技、それが効かなかったという結果はユーキの精神に大きなダメージを与えた。

 更にユーキは湾月を防いだベーゼ大帝は上位ベーゼとは比べ物にならない力を持っていると思い知らされて固まってしまった。


「チッ、やはり学園が支給するナマクラでは耐えられんか」


 アトニイは不満そうにしながら持っている折れた剣を投げ捨て、右手を驚いているユーキに向ける。するとアトニイの右手から無数の闇の弾丸が放たれてユーキに向かって飛んで行く。

 剣が使えなくなったため、アトニイはメルディエズ学園で教えられた闇の射撃ダークショットで攻撃することにしたようだ。

 驚いていたユーキは迫って来る闇の弾丸を見ると我に返り、強化ブーストで自身の動体視力を強化する。動体視力が強化されたことで飛んでくる闇の弾丸の速度はゆっくりになり、ユーキは近づいて来る闇の弾丸を一つずつかわしていく。

 全ての魔法をかわしたユーキは湾月が通用しない相手とこの後どう戦うか考えながら構え直そうとした。すると遠くにいたアトニイがいつの間にかユーキの真正面まで距離を詰めてユーキを見つめる。

 ユーキは一瞬で目の前まで近づいたアトニイを見て目を大きく見開く。


「なかなか面白い技を使えるようだが、所詮は人間の技……私には通用しない」


 無力さを突き付けるかのように冷たい言葉を口にしたアトニイはユーキの頭部を鷲掴みにして投げ飛ばす。

 ユーキは投げ飛ばされた先にあったベンチに勢いよく叩きつけられる。ユーキがぶつかったことベンチは大きな音を立て、薄い砂埃を上げながら粉々になった。


「ぐぅ……ううぅ……」


 壊れたベンチの上でユーキは苦痛の声を漏らす。体中傷だらけで額からも血が流れており、誰が見ても重傷と言える状態だった。


「この程度、か。正直もう少し楽しませてくれると思ったのだがな」


 倒れているユーキを見つめながらアトニイはつまらなそうな表情を浮かべた。


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