第二百二十二話 悪戦苦闘
学園の北西ではフレードがアイビーツと向かい合っていた。フレードは険しい顔でリヴァイクスを構え、アイビーツは余裕の笑みを浮かべながらフレードを見ている。
フレードは全身に無数の切傷を負い、呼吸も僅かに乱れているため、アイビーツに苦戦を強いられているのが一目で分かる。
一方でアイビーツは呼吸も整っており傷一つ負っていない無傷の状態だった。それどころか着ている服や鎧に汚れすらついていない。
余程の強者であれば無傷で戦いを終わらせることはできる。しかしそんな強者でも戦闘中に着ている衣服に汚れをつけずに戦いを終えるなんて言うのは難しい。増してや前線で敵と剣を交える存在なら余程運が良くない限り不可能だ。
フレードとアイビーツの戦いが始まってからそれなりに時間が経過しているが、アイビーツは戦闘が始まる前の状態のままでフレードだけがボロボロになっている。普通に考えればあり得ないことだった。
「おいおい、どうしたんだ? 戦う前の勢いは何処行ったんだ?」
「テメェ、調子に乗るんじゃねぇぞ!」
八相の構えを取るフレードはアイビーツに向かって走り出す。アイビーツは安い挑発に乗って突っ込んでくるフレードを見ながら小さく鼻で笑った。
フレードは走りながらリヴァイクスの剣身に水を纏わせ、刃に沿って水を高速回転させて切れ味を高める。アイビーツの迎撃を警戒しながらフレードは距離を詰めていき、間合いに入った瞬間、アイビーツに袈裟切りを放つ。
アイビーツは迫って来るリヴァイクスを見るとニヤリと笑い、自身の混沌紋を光らせて混沌術を発動させる。するとリヴァイクスはアイビーツの数cm手前で見えない何かにぶつかったように止まった。
「クッソォ、またかよ!」
当たる寸前で止まったリヴァイクスを見ながらフレードは悔しそうにする。
実はフレードは戦いが始まってから何度もアイビーツに攻撃を仕掛けたのだが、全ての攻撃がアイビーツに当たる直前に止められてしまい一撃も攻撃を当てることができずにいた。それだけではなく、攻撃が止められた時にリヴァイクスの刃に沿って回転している水のしぶきすらもアイビーツに当たらなかったのだ。
フレードは奥歯を噛みしめながら何度もリヴァイクスを振ってアイビーツに攻撃する。だがフレードの攻撃は当たることなく、アイビーツの手前で見えない何かに防がれるかのように全て止められてしまう。
この時点でフレードは攻撃が当たらないのはアイビーツの混沌術が原因だと気付いていた。
しかしまだどんな能力かは分かっていないため、対策の方法も思いつかずにいる。何とか攻略のヒントを得ようと思ったフレードはひたすら攻撃を続けて情報を集めるしかなかった。
「いつまでも意味のねぇ攻撃なんかしねぇで戦い方を変えたらどうなんだよ」
「意味がねぇかを決めるのはテメェじゃねぇ、俺だ!」
フレードはリヴァイクスを振り続けてアイビーツに攻撃を当てようとする。そんなフレードの姿が次第に鬱陶しくなってきたのか、アイビーツは軽く溜め息をついた。
「無駄だって、言ってるんだよ!」
アイビーツが声を上げた瞬間、フレードな突然大きく後ろに飛ばされ、背中から地面に叩きつけられてそのまま数m先まで飛ばされる。
「っつ~! 何だ今のは……」
突然の出来事にフレードは驚きながら上半身を起こす。まるで見えない力で前から押されたような感覚がし、何が起きたのか考えながら立ち上がる。状況から今の見えない何かもアイビーツの混沌術の力だとフレードは確信していた。
フレードは立ち上がると急いで体勢を整えようとする。しかしアイビーツは反撃の隙を与えようとは思っておらず、立ち上がっている間に一気に距離を詰めてフレードの目の前まで近づいた。
目の前まで迫って来ていたアイビーツにフレードは目を見開き、アイビーツは驚いているフレードに向けて右手の剣を振り下ろした。
頭上の剣を見たフレードは咄嗟にリヴァイクスを横にして振り下ろしを防ぐ。しかしアイビーツの一撃は重く、フレードは腕と足に力を入れて攻撃に耐えていた。
「あの状態で俺の攻撃を防ぐとは、神刀剣に選ばれただけはある。……まぁ、俺にとっちゃあ何の意味もねぇことだがな」
「な、んだとぉ?」
「混沌術を開花させ、神刀剣に選ばれたとしても敵を倒せないようじゃあ、そこら辺にいる普通の生徒と変わらねぇってことだ」
「テメェ……調子に乗んじゃねぇぞぉ!」
腕の力を入れるフレードはリヴァイクスでアイビーツの剣を押し上げ、その直後に後ろに二度跳んでアイビーツから離れる。
距離を取った直後、フレードはリヴァイクスを両手でしっかり握り、剣身に水を纏わせた。
「激流の礫!」
リヴァイクスを勢いよく振り、フレードは剣身に纏われている水を無数の小さな水球に変えてアイビーツに向けて飛ばす。水球を飛ばした攻撃ならアイビーツに通用するかもしれないとフレードは予想していた。
アイビーツはもの凄い速さで飛んでくる複数の水球を前にしてもなぜか回避行動を取ろうとしない。
フレードは何もしないアイビーツを見て何を考えているのだと疑問に思う。だが次の瞬間、フレードの抱いていた疑問が明らかになった。
水球が迫る中、アイビーツは不敵な笑みを浮かべて再び混沌術を発動させる。その直後、目の前まで近づいて来た水球が空中で急停止した。
「何っ、飛ばした水球まで止まっただと!?」
今までリヴァイクスの攻撃しか止められなかったため、水球は止められることは無いと思っていたフレードは目の前の光景に衝撃を受ける。
水球が止まったのを見て、アイビーツの混沌術は物理攻撃だけでなく、魔法攻撃も止めることが可能なのだとフレードは知った。
「ハハハハッ! 随分マヌケな面で驚くんだな。……なら、次の攻撃でもっとマヌケな面にしてやるよ」
反撃してくると知ったフレードは咄嗟に身構える。再び接近して剣で攻撃してくるのか、斬撃を飛ばして攻撃してくるのか、フレードはアイビーツがどんな攻撃をしてくるのか予想しながら警戒した。
構えるフレードを見たアイビーツは自身の混沌紋の光を強くし、混沌術の力を高める。すると空中で停止していた水球が一斉に小さく震え出す。次の瞬間、全ての水球がもの凄い勢いでフレードの方へと飛んで行く。
「なっ!?」
自分が放った水球が戻って来る光景にフレードは驚愕する。予想外の出来事に驚いたフレードは反応の遅れ、回避行動が倒れずに飛んできた水球を全身に受けてしまう。
「ぐわああああぁっ!」
水球をその身に受けたフレードは体勢を崩し、後ろの飛ばされながら声を上げる。
激流の礫の水球はベーゼやモンスターの体を易々と貫通するほどの威力があるため、フレードはかなりのダメージを受けてしまった。
フレードは激痛を感じながら仰向けに倒れる。水球は運良く急所を外れたため、致命傷を負うことはなかった。だがそれでも腕や足を掠め、肩や脇腹も貫かれてしまっているので今までのように体を動かすのは難しい。
痛みに耐えながらフレードは上半身を起こしてアイビーツを見る。アイビーツは倒れるフレードを見ながら愉快に笑っていた。
「ハッ、良い様だな? さっきまで調子に乗るなとか言っていたガキが見っともねぇ姿で倒れるとは、情けねぇしか言いようがねぇ。……どうだ、自分で自分の技を受けた気分は?」
「テ、テメェ……」
見下すアイビーツを睨むフレードはリヴァイクスを杖代わりにしてなんとか立ち上がる。
動く度に全身に痛みが走るが、痛いからと言って何もしないわけにはいかない。アイビーツを何とかするため、フレードは痛みを我慢しながらリヴァイクスを構えた。
「ほぉ? その状態でまだ立ち上がるのか。根性だけは認めてやるが、俺には敵わねぇ。何しろ俺の混沌術の前ではどんな攻撃を無意味だからな」
自分の混沌術を自慢するように語るアイビーツを見てフレードは奥歯を噛みしめる。
本当は混沌術の力を過信するなと言ってやりたいが、アイビーツの混沌術によってボロボロにされているフレードには何も言えなかった。
「いったい何なんだ、テメェの混沌術は……」
フレードが低い声で話しかけると、アイビーツは剣を持つ右手を顔の前に持ってくると手の甲に入っている混沌紋をフレードに見せる。
「相手の攻撃に力を加えることでそれを止め、それを相手に跳ね返す。更に敵に力を加えればそのまま吹き飛ばすことも可能。攻撃と防御、両方に活用することができる。それがこの“斥力”の力だ」
「斥力……」
アイビーツの混沌術の正体を知ったフレードは小さな声を出す。
いつものフレードなら自慢げに混沌術の秘密を話すアイビーツを馬鹿にしているところだが、苦戦を強いられている今の状況ではアイビーツが喋ってくれたことをラッキーだと思っていた。
「ホントはお前が自分の力で俺の斥力の正体に気付いてくれると思ってたんだが、この状況じゃあ気付く前に死んじまうと思ったから、死ぬ前に教えてやることにしたんだ。有難く思えよ?」
「この野郎、言いたい放題言うんじゃねぇ!」
リヴァイクスの切っ先をアイビーツの向けたフレードは伸縮を発動させて能力をリヴァイクスに付与し、アイビーツに向けてリヴァイクスの剣身を勢いよく伸ばす。
槍のように迫って来るリヴァイクスを見たアイビーツは見下すように鼻で笑った。
――――――
北東にある闘技場の前ではカムネスがルスレクと攻防を繰り広げている。ルスレクの短剣を避けたり、フウガで防御しながら隙を窺い、チャンスができれば反撃した。
ルスレクも同じように回避や防御を行ってカムネスの攻撃を凌いでいる。お互い一歩も引かずに戦い続けていた。
カムネスはルスレクに袈裟切り、逆袈裟切り、右横切りを連続で放ち攻撃する。ここまでまだ一度もルスレクに攻撃を当たられていないが、焦りなどは一切見せず鋭い表情を浮かべたまま攻撃した。
ルスレクはその全てを回避し、横切りをかわした瞬間に右手の短剣で突きを放ち反撃する。
カムネスは迫って来る短剣をフウガで払い、ルスレクの左脇腹に蹴りを入れようとした。だがルスレクは蹴りを受ける直前に混沌術を発動させたため、カムネスの蹴りはルスレクの体を通り抜けてしまう。
攻撃に失敗したカムネスは一度態勢を整えるため、大きく後ろに跳んで距離を取る。ルスレクも離れたカムネスを追撃しようとせず、混沌術を解除して構え直した。
「まさかここまで休まずに戦い、全ての攻撃を凌ぐとはな。てっきり身の程知らずの虫けらとばかり思っていたのだが……どうやらお前はそこらの生徒とは違うようだな」
「そっちも僕の攻撃を一撃も受けずにここまで耐えるとは思っていなかった。流石は五凶将だ」
笑みなどは浮かべず、互いに鋭い目で敵を見つめながら戦闘能力を評価し合う。カムネスとルスレクは目の前の相手を実力者として認めているようだ。
「まさか私にここまで”透過”を使わせる者がいるとはな。褒めてやるぞ?」
「透過、それがお前の混沌術の能力か」
「そのとおり、自身の体や触れている物に通り抜ける力を与える能力だ。単純だが色々と使い道がある」
ルスレクの混沌術の正体を知ったカムネスは無言でルスレクを見つめる。混沌術が分かったことで少しは戦いやすくなったがルスレクの実力はまだ未知数なので油断はできなかった。
「これほどの生徒を放っておけば、何時か我々に甚大な被害が出る。お前にはベーゼの未来のために今日此処で消えてもらう」
「生憎だが侵略者のために命を捨てる気は無い。僕もこの大陸に住む人々とその未来を護るためにお前たちを倒さなければならないのだ」
「護るだけの価値があるのか? お前のように優れた力と才能を持つ者ならまだしも、才能も力も無い虫けらなど救う価値は無いと私は思うのだがな」
「この世界で生きている以上、その存在を必要とする者は必ずいる。護る価値の無い存在などこの世にはいない」
「ほぉ、ならばその侵略者から護ってみせろ。この世界をな」
両手の短剣を順手で持ちながらルスレクはカムネスに向かって走り出す。向かってくるルスレクを見たカムネスは素早くフウガを鞘に納め、居合切りの体勢を取った。
カムネスは意識をルスレクに集中させ、間合いに入るのを待つ。しかしルスレクにはこちらの攻撃をすり抜ける透過があるため、普通に攻撃しても当てられない。カムネスはルスレクを見つめながら攻撃を当てる作戦を考えた。
考え込んでいるとルスレクが間合いに入り、カムネスは素早くフウガを抜いてルスレクに居合切りを放った。
刀身を光らせるフウガはもの凄い速さでルスレクに迫る。並の人間やベーゼでは見極めることすら困難と言われている一撃だ。しかしルスレクは慌てる様子は見せず、冷静に透過を発動させた。
透過によってルスレクの体は薄っすらと紫色に光り、フウガはルスレクの体を斬ることなく通り抜ける。
居合切りが効かないのを見たカムネスは僅かに目を細くし、ルスレクが居合切りを目で追えるほどの動体視力を持っていることを知った。
攻撃を凌いだルスレクはカムネスに向かって走り続け、そのままカムネスの体を通過して背後に回り込んだ。
ロギュンと戦った時と同じ戦術で背後に回り込んだルスレクは透過を解除して振り返り、カムネスも素早く背後に回り込んだルスレクの方を向く。
ルスレクは振り返りながら右手の短剣で攻撃する。背後に回り込んだ直後に攻撃を仕掛けたため、常人は絶対に避けることはできないだろう。しかしカムネスには何の問題も無い攻撃だった。
カムネスは短剣を見つめながら反応を発動させ、脳が命じるよりも先に体を後ろに反らして短剣を回避する。
回避に成功したカムネスは反撃するため、反応を発動させたままのルスレクを見つめ、右手で握っているフウガを振ろうと考えるよりも早く腕を動かしてルスレクに横切りを放った。
「何?」
予想していたよりも早いカムネスの反撃にルスレクは初めて驚きの反応を見せる。
フウガはルスレクの脇腹に迫り、回避が間に合わないと感じたルスレクは再び透過を発動させた。
透過が発動したことでフウガはルスレクの体を通り抜け、カムネスの反撃は失敗する。反撃を凌いだルスレクは距離を取るため、後ろの跳んでカムネスから離れた。
カムネスはルスレクが離れると体勢を直してルスレクを見つめる。
「今のはきわどかったぞ? あの状態で反撃してくるとは、これもお前の混沌術、反応の力というわけか」
「……僕はクロントニアでお前と共に依頼を受けた時、反応を見せたことは無かったはずだ。どうしてお前が反応のことを知っている?」
ルスレクが反応の能力を知っていることに違和感を感じたカムネスは尋ねる。ルスレクはカムネスを見つめながら左手の短剣を顔の近くに持ってきて剣身を光らせた。
「私に勝つことができたら教えてやろう。……もっとも、私もここから少し本気を出させてもらうので、勝つのは難しくなるだろうがな」
短剣を構え直すルスレクを見たカムネスは万全の状態で迎え撃つためにフウガを鞘に納めて膝を軽く曲げる。
本気を出したルスレクがどんな攻撃を仕掛けてくるか分からないが抜刀の体勢を取れば大抵の攻撃には対処できるため、カムネスはまずは出方を窺うことにした。
ルスレクは左手の短剣を強く握り、カムネスに向けて右上から斜めに振った。すると短剣から真空波が放たれ、勢いよくカムネスに向かって飛んで行く。
「何っ!」
予想外の攻撃にカムネスは思わず驚きの言葉を口にする。だがすぐに平常心を取り戻し、フウガを素早く抜いて迫って来る真空波に居合切りを放つ。
真空波はフウガによって真ん中から両断し、空中で消滅する。
何とか真空波を防いだカムネスはフウガを軽く払ってからルスレクの方を向く。ルスレクは左手の短剣を手の中で回しながらカムネスを見ていた。
「流石だな。突然の真空波に慌てず、反応も使わずに対処するとは」
「……その短剣、魔法の武器だったのか」
真空波を飛ばしたことからカムネスはルスレクの持つ短剣が魔法武器だと推測する。するとルスレクは小さく首を横に振った。
「残念ながらこれはただの短剣だ。今の真空波は私自身の能力だ」
「能力?」
「そうだ。我々五凶将は人間の姿のままでもベーゼの能力を使用することができるのだ。……まぁ中にはベーゼの能力も使わず、真の姿で戦っても負けた愚かな奴もいるがな」
倒された仲間のことを見下す発言をするルスレクをカムネスはジッと見つめる。別にベーゼの関係にとやかく言うつもりはないが、仲間のことを見下す発言には少し気分を悪くした。
「さて、最初の攻撃を防ぐことができたようだが、次の攻撃は防げるか?」
ルスレクは両手の短剣を連続で振り、複数の真空波をカムネスに向けて放つ。
カムネスは後ろに跳びながらフウガを納刀し、足が地面に付くと抜刀の体勢を取って真空波が間合いに入るのを待った。そして間合いに入った瞬間、カムネスは抜刀し、もの凄い速さでフウガを振る。
飛んでくる真空波をカムネスはもの凄い速さで一つずつ切って消滅させていく。真空波自体は目で追えないほど速くはないため、落ち着いて対処すれば問題無かった。
真空波を問題無く防いでいくカムネスを見たルスレクは真空波を放つのをやめて混沌紋を光らせて透過を発動させ、自身と持っている短剣に透過能力を付与した。
ルスレクは左手の短剣をカムネスに向かって投げ、投げた直後に両足で地面を強く蹴ってカムネスに向かって走り出す。ルスレクの速度は少し前とは比べものにならないくらい速く、投げた短剣を簡単に追い越してしまうほどだった。
(速い! さっきとはまるで違う。これもベーゼの能力を使ったことが原因なのか?)
真空波の対処をしていたカムネスはルスレクの異常な速さに驚く。しかしカムネスは驚きながらフウガを素早く振って視界に入っている真空波を全て切り、そのままルスレクと投げられた短剣の迎撃に移る。
状況から居合切りをするための納刀が間に合わないと判断したカムネスはフウガを鞘に納めずに中段構えを取り、ルスレクを見つめる。
ルスレクと投げられた短剣は薄っすらと紫色に光っており、それを見たカムネスはルスレクが透過可能な状態であること、透過の能力を付与された物はルスレクの手を離れても透過能力が付与され続けることを知った。
(何のために透過を付与した短剣を投げたのかは分からないが、カルヘルツィは間違い無く何か企んでいるはずだ)
警戒するカムネスはルスレクと短剣を見つめる。普通なら間合いに入った瞬間に斬るのだが、ルスレクは透過の影響を受けているため攻撃を当てることができない。カムネスはルスレクが透過を解除した瞬間が攻撃のチャンスだと考え、身構えながら解除されるのを待った。
カムネスが警戒する中、ルスレクは走り速度を更に上げてカムネスに接近する。目の前まで近づいて来たルスレクを見て、カムネスは透過が解除される瞬間を待つ。
ところがルスレクは透過を解除せず、そのままカムネスの体を通り過ぎて背後に移動した。
攻撃せずに背後に移動したルスレクにカムネスは驚いたような反応を見せる。だがすぐに背後に回り込んで攻撃してくるのだと予想し、迎撃するために振り返ろうとした。そんな時、ルスレクが投げた短剣が視界に入り、視界に入った瞬間に短剣から紫色の光が消える。
短剣から光が消えたのを見てカムネスは反応し、光が消えたことで透過の能力も消え、短剣は自分を傷つけることが可能になったと知る。
このままでは短剣が自分に刺さると直感したカムネスは先に短剣を対処をしようと考えた。
「選択を誤ったな」
背後からルスレクの声が聞こえ、カムネスは思わず目を見開く。この時、ルスレクは透過を解除してカムネスに触れることが可能になっていた。
「防御するのではなく、移動して体勢を立て直すべきだったな」
低い声で呟きながらルスレクはカムネスの背後から右手に持っている短剣を振り上げる。カムネスはルスレクの方を向くと攻撃をかわすために反応を発動させようとした。
しかし速度が増しているルスレクはカムネスが反応を発動させるより先に短剣でカムネスの背中を切り、同時に正面から飛んできた短剣もカムネスの左肩に刺さってしまった。
――――――
南東にある教師寮の近くの広場でフィランがアローガと激闘を繰り広げている。アローガが放つ魔法を素早く動いて避け、回避した直後に近づいて攻撃したり、魔法やコクヨの能力を使ったりしているが全てかわされたり、魔法で防御されてしまう。
暗闇を使ってアローガの視界を奪い、その隙に攻撃しようともした。だがアローガは前回の戦いで暗闇の対処方法を得ていたため、暗闇を使っても攻撃を当てることはできなかったのだ。
フィランはコクヨを中段構えに持ちながら数m先に立っているアローガを見つめる。幸いフィランもアローガと同じで無傷のため、互角と言える状況だった。
「ここまで攻撃しても一撃も当てられないなんて、だらしない女ね?」
「……それは貴女も同じ」
「ハッ、あたしにはまだアンタに見せていない魔法や奥の手もあるの。万策尽きたも同然のアンタとは違うのよ」
「……戦場でハッタリは殆ど役に立たない」
アローガが嘘をついていると考えるフィランは構えを崩さずに無表情のまま呟く。強がっていると思われたアローガは舌打ちをしながらフィランを睨み、右手を顔の前まで持ってきた。
「どこまでもナメた口を利くガキね。……いいわ、そんなに言うなら見せてやるわよ。そして、あたしを弱いと思ったことを後悔しなさい」
目の前の少女の顔を必ず絶望で染めてやる、そう思いながらアローガは右手で地面を強く叩く。するとフィランの足元に緑色の魔法陣が展開された。
「破砕の塵旋風!」
アローガが中級魔法を発動させるとフィランの足元に風が集まり始め、足元の異変に気付いたフィランは咄嗟に後ろに跳んでその場から離れた。その直後、フィランが立っていた場所に轟音を立てながらつむじ風が発生し、周囲に突風と砂煙を広げる。
直撃は避けられたとは言え、つむじ風の勢いは強くフィランが立っている場所まで風と砂煙は届いている。フィランは巻き込まれないよう更に後ろに跳んで離れるが、その直後に右から真空波がフィランに向かって飛んできた。
「……石の弾丸」
真空波に気付いたフィランは左手を真空波に向け、手の中から拳ほどの大きさの石を真空波に向かえて放つ。真空波は石とぶつかると空中で静かに消滅した。
フィランは無表情のまま真空波が飛んできた来た方角を確認する。すると10mほど離れた所で右手を自分に向けて伸ばすアローガの姿があり、それを見たフィランはアローガがつむじ風を避けている間に右側に回り込み、風刃で攻撃してきたのだと知った。
不意打ちが失敗したのを見てアローガは不満そうな表情を浮かべ、今度は両手をフィランに向ける。それと同時に混沌紋も光らせて反射も発動させた。
「今度は逃がさないわよ。水圧の砲!」
アローガの両手の前に大きめの青い魔法陣が展開され、そこから直線状の水が勢いよくフィランに向かって放たれた。
水は勢いを落とすことなく真っすぐフィランに向かって行き、フィランは表情を変えずに右へ跳んで水をかわす。
回避に成功したフィランはコクヨを地面に近づけ、落ちている小石や砂を刀身に纏わせた。
「……砂石嵐襲」
魔法を発動して隙ができたアローガに向けてフィランはコクヨを振り下ろし、刀身に纏われていた小石や固められた砂をアローガに向けて飛ばす。アローガは魔法を発動している最中なので回避行動は取れないとフィランは思っていた。
「甘いのよ! 岩壁!」
大きな声を出しながらアローガは左足で強く地面を踏む。すると地面に魔法陣が展開され、岩の壁が浮き上がるようにアローガの前に出現して飛んできた石や砂からアローガを護った。
フィランは砂石嵐襲を防いだアローガを見て、両手が使えない状態でも魔法が使えることを知って厄介に思う。だがすぐ次の攻撃に移るため、余計なことは考えずに戦いに集中した。
アローガを倒すにはやはり接近戦に持ち込むのが一番だと考えるフィランはコクヨを脇構えに持ち、岩の壁の後ろにいるアローガに近づくために走り出す。
だがその時、背後から何かが近づいてきている気配を感じ、フィランは足を止めて振り返る。振り返ると直線状の水が自分に迫って来ているのが目に入り、驚いたフィランは表情を変えずに小さく声を漏らす。フィランが目にしたのは先程回避したアローガの水圧の砲だった。
フィランがかわした後、水は飛んで行った先にあった教師寮の壁に命中した。だが水には反射が付与されていたため、壁に当たった後に別の方角に反射し、飛んで行った先に生えていた木に命中して再び反射、走っているフィランの背後に向かって行ったのだ。
勢いよく飛んでくる水を見たフィランは左へ移動し、ギリギリで水を回避する。回避した直後、フィランは水がどうなるのか確認するために水が向かっていた方を見た。
水はアローガが作り出した岩の壁に命中し、そのまま粉々に破壊する。
破壊された岩の壁を見てフィランは直撃したらひとたまりも無いと感じる。そんな時、岩の壁の後ろにアローガの姿が無いことに気付き、フィランはコクヨを構え直して周囲を確認した。しかし何処にもアローガの姿は無い。
「何処見てんのよ」
突然アローガの声が聞こえ、フィランは振り返って上を向く。そこには3mほどの高さから自分を見下ろしているアローガの姿があった。
再会した時と同じように宙に浮いているアローガを見たフィランは空中にいられては普通に攻撃しても当てるのは難しいと考え、アローガに攻撃を当てる状況を作らなければと思った。
フィランはアローガに向かってまっすぐ走り、同時に暗闇を発動させた。
走るフィランを中心にドーム状の闇が広がってアローガに迫っていく。しかしアローガは暗闇を恐れておらず、近づいてくる闇を見て余裕の笑みを浮かべ、飛んだまま闇に飛び込んだ。
自分から暗闇の世界に入ったアローガを見てフィランは驚いたのか軽く目を見開き、アローガが侵入すると急停止して飛んでいるアローガを見上げる。
フィランは闇の中でコクヨを構えながらアローガを見つめている。アローガは黒一色しか見えない空間で笑い続けており、宙に浮いたまま辺りを見回す。
「アンタも懲りないわね? 戦い始めてから何度もこの闇を展開させてたけど、あたしに通用しないのがまだ分からないの?」
闇の中でアローガは近くにいるはずのフィランに声を掛ける。フィランは返事をすることなく、黙ってアローガを見つめていた。
アローガの言うとおり、フィランは戦い始めてから何度も暗闇を使ってアローガの隙を突こうとした。だがアローガは闇に呑まれる度に反射を発動させながら音を出し、その反響を利用した闇の中にいるフィランを見つけ出している。
居場所を突きとめるとアローガは攻撃される前にフィランがいる場所に魔法を放って攻撃し、暗闇の発動限界時間が来るまで耐えたのだ。
フィランもアローガに暗闇が通用しないことを理解している。しかしそれでも視覚を封じることはできるので、対策方法を知られていても使うことにしていた。
「……居場所を知られても問題は無い。寧ろこっちの居場所を知るために音の聞き取りに神経を使うから、その分こっちが有利」
小声で呟きながらフィランは浮いているアローガに向かって走り出す。フィランは浮いているアローガの真下まで移動した後にジャンプし、コクヨで渾身の一撃を叩き込もうと思っていた。
アローガはフィランが走る音を聞くと反射を発動して音を鳴らし、その反響でフィランの位置を知る。
視線を動かしてフィランがいる方角を見たアローガは不敵な笑みを浮かべた。
「丁度いいわ。今からアンタに面白いものを見せてあげる。そして、こんな闇はあたしにとって何の障害でもないことを証明してやるわ」
そう言ってアローガは両手を横に伸ばし、両手を薄い緑色に光らせる。その直後、浮いているアローガの周りに無数の薄い緑の光球が出現した。
「……ッ!?」
突如現れた大量の光球にフィランは思わず声を漏らす。そして、アローガは見えないフィランの方を向きながら口を開く。
「吹き飛べ、人形娘」
呟いた次の瞬間、全ての光球が緑色の光を放ちながら爆発し、闇の中で大きな爆音を響かせる。
アローガに近づいていたフィランは緑色の光に呑み込まれてしまった。




