第二百二十一話 明らかとなった事実
ベギアーデは倒れているパーシュに近づくと鼻で笑い、パーシュや周りで倒れているウェンフたちを見回す。
「混沌士だから少しは楽しませてくれると思っていたのだが、まさかこの程度だったとはな」
予想していたよりもパーシュたちが弱かったのかベギアーデは少しつまらなそうな口調で呟き、「やれやれ」と言いたそうに首を軽く横に振った。
パーシュたちはボロボロの状態だがベギアーデは傷一つ負っていなかった。それはベギアーデが一方的にパーシュたちを攻撃し、互いの力に大きな差があったことを物語っている。
(……パーシュ先輩たちが負けたのか? たった一人の相手に?)
目の前の光景が信じられないユーキは固まっている。現状からパーシュたちが全員でベギアーデと戦っていたのはすぐに理解できた。だからこそ、ユーキは現実を受け入れられずにいたのだ。
神刀剣の使い手で混沌士のパーシュだけでなく、同じ混沌士であるウェンフに通常のヒポラングよりも大きなグラトン、教師であり優れた魔導士でもあるリーファン、三人と一匹はメルディエズ学園でも実力のある存在だ。そんなパーシュたちが全員で戦い、相手に傷一つ負わせることができずに敗北したのだからユーキが驚くのも当然だった。
なぜパーシュたちが負けたのか、どんな戦いが繰り広げられたのかユーキは驚きながら考える。だが、すぐに状況を分析している場合ではないと気持ちを切り替え、パーシュたちを助けるために腰の月下を抜いてベギアーデの下へ走った。
「ベギアーデッ!」
ベギアーデに近づいたユーキは大きな声で呼びかける。ユーキの声を聞いたベギアーデはチラッと声が聞こえた方を向き、ユーキの姿を見ると楽しそうに笑い出す。
「ユーキか、意外と早かったな? この小娘どもからお前がバウダリーにいると聞いた時はいつ学園に戻って来るかと思っていたが、まさかこれほど早く戻って来るとは」
因縁の相手であるユーキを前にしてもベギアーデは余裕を崩さずに語り続ける。逆にユーキはベギアーデに対して強い警戒心を抱きながら鋭い目でベギアーデを睨んでいた。
「予想よりも早く戻って来たとは言え、既にボロボロなところを見るとアルティービの足止めは十分効果があったというわけだな」
「その言い方、やっぱり今回の襲撃はお前たちベーゼの仕業なんだな!」
「ハハハハハッ、相変わらず生意気な小僧だ」
感情的になるユーキが面白いのかベギアーデはロッドの先端をユーキに向けながら笑みを浮かべる。
ユーキは月下と月影を強く握りながら双月の構えを取る。今までベギアーデのことを後方から指示を出す司令塔のような存在と思っていたが、パーシュたちを相手に無傷で勝利したことから戦闘能力はかなり高いとユーキは感じていた。
「お前には色々言いたいことがあるけど、まず訊かせてもらう。……お前たち、どうやって学園に侵入した? 学園と町には結界が張られていてベーゼは侵入どころか近づくこともできないはずだぞ」
構えを崩さずにユーキは最も疑問に思っていたことを聞き出そうとする。
いくら考えてもベーゼへの対策が完璧なはずのメルディエズ学園とバウダリーの町にベーゼが侵入できた原因が分からないため、ユーキは首謀者と思われるベギアーデを問いただそう思っていた。
「我々が侵入できた理由か……フフフフ、そんなに知りたいのか?」
「ああ、とっても」
小馬鹿にする態度のベギアーデに内心腹を立てながらユーキは頷いた。
「それは私が説明してやろう」
突然聞こえてきた声にユーキとベギアーデは反応して声がした方を向く。そこには校舎の方から剣を握って歩いて来るアトニイの姿があった。
ユーキはアトニイの姿を見て軽く目を見開く。普通は後輩のアトニイが無事な姿を見れば安心するのだが、先程の言葉からアトニイはベーゼがメルディエズ学園に侵入できた原因を知っていると感じ、どういうわけか安心できず、逆に不安のようなものを感じていた。
アトニイはユーキを見つめながらゆっくりと不敵な笑みを浮かべて近づいて来る。そしてベギアーデの隣までやって来ると静かに立ち止まった。
「ご苦労だったな、ベギアーデ」
視線だけを動かし、アトニイはベギアーデに労いの言葉を掛け、ベギアーデはアトニイの方を向きながら小さく笑った。
ユーキはベーゼであるベギアーデと普通に、それも対等と言えるような口調で話すアトニイを見て更に驚く。ベーゼがメルディエズ学園に侵入できた疑問が残る中、バウダリーの町に行く直前に会った時と明らかに様子の違うアトニイと理解できない状況を目にしてユーキは混乱しかかっていた。
「……おっと、忘れていた。ベーゼが学園に侵入できた理由が知りたかったのだったな?」
アトニイはベギアーデの代わりにユーキの問いに答えることを思い出すとユーキの方を向く。ユーキもアトニイの言葉で我に返り、アトニイの話を聞くことに集中する。
「確かに学園に張られている結界によってベーゼは学園に近づくことすらできない。だがもし、その結界が消滅してしまえばどうなる?」
「結界が消滅?」
「そうだ。知ってのとおり、学園の地下には結界を張るための魔法陣、結界陣がある。その結界陣に異常が生じれば結界は消滅し、ベーゼは学園とバウダリーを自由に出入りできるようになる」
知っていることを分かりやすく説明するアトニイをユーキは黙って見つめる。
既に知っている情報ならわざわざ聞かず、知りたいことだけを説明するよう要求すればいいのだが、アトニイの話から自分の知らない情報が得られるかもしれないと考えていたユーキは要求などせずに話を聞いていた。
「私はお前と別れた後、スローネと共に地下へ行き、結界陣が描かれた部屋に向かった。そこでスローネたちを始末し、結界陣を起動させる石柱を破壊したのだ」
「何っ!?」
とんでもない発言を耳にしたユーキは愕然とする。アトニイが結界を消したことにも驚いたが、それ以上にスローネがアトニイに襲われたことに衝撃を受けていた。
スローネはユーキにとってアイカ以外に自分の正体を知る協力者、ある意味でスローネもユーキにとってアイカと同じ特別な存在であるため、そのスローネを襲ったアトニイに対してユーキは沸々と怒りが込み上がってきていた。
「……お前が結界陣を壊したことでベーゼたちは学園とバウダリーに侵入できるようになったってわけか」
「そのとおりだ」
悪びれる様子も見せずに答えるアトニイをユーキはキッと睨みつける。今のユーキはアトニイを優秀な後輩とは思っておらず、仲間たちを傷つけ、ベーゼに力を貸す裏切り者としか思っていなかった。
「なぜだ……なぜ俺たちを裏切ったんだ?」
「裏切る?」
ユーキの問いかけにアトニイは「何を言ってるんだ?」と言いたそうにキョトンとした顔をする。隣に立っているベギアーデも険しい顔のユーキを見ながら小さく鼻で笑っていた。
「誤解しているようだから教えてやろう。私はお前たちを裏切ってなどいない。最初からベーゼ側の存在だ」
「何? どういうことだ」
言っていることの意味が分からず、ユーキはアトニイに問い掛ける。すると会話を黙って聞いていたベギアーデが軽く上を向いて何かに気付いたような反応をし、やがてアトニイの方を向いて口を開く。
「リスティーヒから連絡が入りました。学生寮で目標と交戦、まもなく決着がつくとのことです」
「そうか……目標を片付けたら召喚の扉で外にいる奴らを呼び出し、学園を制圧するよう伝えろ」
ユーキを見つめたままアトニイはベギアーデに指示し、ベギアーデはアトニイを見ながら軽く頭を下げた。
「承知しました、大帝陛下」
「!!?」
ベギアーデの言葉にユーキは驚愕する。最上位ベーゼであるベギアーデがアトニイに敬語を使い、しかも大帝陛下と呼ぶのだから驚かない方がおかしい。
「大帝陛下って……まさか」
驚くと同時にユーキはある答えに辿り着き、それが間違いであってほしいと心の底から願う。しかしその願いはすぐに打ち砕かれることになる。
「流石に気付いたようだな。……私の真の名はフェヴァイング、お前たちの言うベーゼ大帝だ」
低い声を出しながらアトニイは自身の正体を明かし、真実を知ったユーキは固まった。
――――――
学生寮の前では傷だらけのアイカがプラジュとスピキュを構えながらチャオフーと向かい合っている。既にアイカは全身傷だらけになっており、腕や足、脇腹に無数の切傷と青あざが付いていた。額からも血が流れており、呼吸を乱しながらチャオフーを睨んでいる。
一方でチャオフーは無傷で呼吸も乱れておらず、笑みを浮かべながらアイカを見つめている。余裕なのか右手に持っている鉄扇を顔の前で何度も開閉しており、左手は開いた鉄扇を持ったまま腰に当てていた。
「随分辛そうだな? あまり無理をすると綺麗な顔と体がボロボロになってしまうぞ?」
「よ、余計な……お世話です……」
挑発するチャオフーにアイカは表情を僅かに歪ませながら言い返す。体中に傷を負っている上に疲れまで溜まっているためか声に力は籠っておらず弱々しかった。
既に心身ともに限界が近づいてきているアイカは動けなくなる前に決着をつけないといけないと思いながらチャオフーの様子を窺う。
チャオフーは必死な様子を見せるアイカを見て愉快に思ったのかクスクスと笑った。
「まさかこの状況でまだ私に勝つつもりでいるのか? お前なら既に分かっているはずだ。お前と私とでは力に差がありすぎる。しかもお前は私の混沌術がどんな能力なのかも分かっていない。いい加減無駄な抵抗はやめたらどうだ」
「力の差がありすぎるから、混沌術がどんな能力か分からないから負けを認めろと? そんなこと、絶対にしませんよ」
アイカはプラジュとスピキュを握る手に力を入れ、足の位置を変えて動きやすい体勢を取った。
「強くて未知の能力を持っている敵と戦うなんてことは戦場では当たり前のこと。戦士はそんな状況で敵と戦い、戦いながら勝機を見つけるんです」
戦場のあり方や厳しさを語りながらアイカは真剣な表情で語り、そんなアイカをチャオフーは黙って見つめている。
「自分が不利だからと言って戦うのを諦めてしまえばその瞬間、その戦士は命だけでなく、戦士としての誇りも失うことになります。私は最後まで一人の戦士として、メルディエズ学園の生徒として諦めずに戦います」
「立派な考え方だな。だが、精神論だけで乗り越えられるほど戦いは甘いものではない」
チャオフーは両手を横に伸ばして開いていた鉄扇を閉じる。その直後、チャオフーは混沌術を発動させ、両手に持っている鉄扇に能力を付与した。
鉄扇が薄っすらと光るのを見たアイカは緊迫した表情を浮かべる。アイカはチャオフーの混沌術の能力がどんなものか分かってない。ただ一つ分かっているのはチャオフーの混沌術がとんでもないくらい強力だと言うことだ。
チャオフーは光る鉄扇を握りながらアイカに向かって走り出し、アイカが間合いに入ると右手の鉄扇を右から横に振ってアイカを攻撃する。
アイカは素早くスピキュでチャオフーの鉄扇を防ぐ。しかし防いだ直後、チャオフーは左手の鉄扇を左上から斜めに振って攻撃し、アイカはもう一つの鉄扇もプラジュで何とか防御した。
奥歯を噛みしめながらアイカはチャオフーの鉄扇を止める。チャオフーは必死な顔で鉄扇を防ぐアイカを見ながら不敵な笑みを浮かべ、大きく後ろに跳んでアイカから離れた。
距離を取ったチャオフーは両手の鉄扇を開き、両腕を交差させると外側に向かって勢いよく振る。すると光る鉄扇からは拳ほどの大きさの石が無数に放たれてアイカに向かって飛んで行く。
「今度は石!?」
アイカは迫って来る大量の石を見ながら右へ走る。移動したことでアイカは飛んできた石をかわすことができた。
だがチャオフーは笑いながら両手の鉄扇を走るアイカに向けて振り、再び無数の石を放って攻撃する。アイカは足を止めず、走り続けて飛んでくる石を避け続けた。
チャオフーとの戦いが始まってからアイカは何度もチャオフーが混沌術を使用するのを見ており、いつかは能力の正体が分かるはずだと思っていた。
しかし未だに能力の正体は分かってない。理由はチャオフーが混沌術を使う際に鉄扇が光る以外に共通する点が見当たらないからだ。
最初にチャオフーが混沌術を使った際には鉄扇から真空波が放たれて生徒たちを切り裂いた。その後も混沌術が使われる度に鉄扇は刃物のように物を切り裂いたり、炎を纏ったりなどしてアイカを苦しめたのだ。
アイカは何度もチャオフーが混沌術を使うところを目にしたが正体が分からず徐々に追い詰められていき、今では戦いに集中するのが精一杯となっていた。
「どうした、既に攻撃する力も残っていないのか?」
両手の鉄扇から無数の石を飛ばしながらチャオフーはアイカへ攻撃し続けた。
アイカは挑発してくるチャオフーに悔しさを感じながら走り続けて反撃のチャンスが来るのを待つ。そんな中、飛んできた石の一つがアイカの左大腿部に命中してしまう。
「ううっ!」
足に攻撃を受けて体勢を崩したアイカはその場に倒れてしまう。そんなアイカにチャオフーの放った石は容赦なく襲い掛かり、アイカは飛んできた複数の石を全身に受けた。
「うあああああぁっ!!」
体中から伝わる痛みにアイカは思わず声を上げる。石は腕や腹部などにめり込むように当たり、中には額な頬に当たるものもあった。
苦しむアイカを見つめるチャオフーは楽しそうな顔で鉄扇を振り、石を放ち続ける。すると両手の鉄扇から光が消え、石も鉄扇から放たれなくなった。
「チッ、時間切れか」
不満そうに呟くチャオフーは鉄扇を振るのをやめてゆっくりと下ろし、倒れているアイカの方を向く。
全身に石を受けたアイカは苦痛の表情を浮かべながら倒れたままで彼女の周りには鉄扇から放たれた無数の石が転がっている。
アイカは痛みに耐えながらプラジュを杖にして立ち上がろうとする。チャオフーは戦い続けようとするアイカの姿を見て小さく鼻で笑った。
「まだ無意味な戦いを続ける気か? 根性があることは認めてやるが傷だらけの状態、それも私の混沌術の能力が分からない状態ではどう足掻いても勝てないぞ」
「……言ったでしょう? 不利な状態でも……私は決して諦めないと……」
立ち上がったアイカはプラジュとスピキュを構えながらチャオフーを睨む。
ダメージや出血で僅かに目眩がするがアイカは決して戦意を失ったりせず、宣言したとおり最後まで諦めずに戦い続けようと思っている。何よりも両親の仇であるチャオフーが目の前にいるのだから諦める気は最初からなかった。
アイカはチャオフーの動きや体勢などを確認しながら何とか混沌術の秘密を知ろうとするが、情報が少ないため未だに何も分からなかった。
チャオフーはアイカが自分の混沌術の能力を知ろうと必死になっているのを察したのか、クスクスと笑っていた。
「その様子だと、まだ私の混沌術のことは何も分かっていないようだな」
図星を突かれたアイカは小さく反応する。
「よし、悩んでいるお前に特別にヒントをやろう」
突然混沌術の情報を話し始めるチャオフーを見てアイカは何を考えているのだと疑問に思う。自分の情報を敵に教えるなど普通では考えられないことだからだ。
敵が自分の情報を話してそれらを全て鵜呑みにするのは愚行と言えるし、そもそも本当のことを言っているとも限らない。そのためアイカはチャオフーの話す情報は信用できないと思っている。
しかし今はチャオフーの混沌術に関する情報を何も持っていないため、例え嘘である可能性があったとしても情報を必要とするアイカはチャオフーの話に耳を傾けることにした。
「私の混沌術もお前の浄化と同じように別のものに付与する能力だ。ただ、私の混沌術は少々扱い辛く、本来の力を発揮するのにある条件をクリアしないとならない。そして、条件をクリアした時に私は一定時間の間、能力を使うことができるのだ」
右手の鉄扇を開閉させながらチャオフーは語り、アイカは説明を聞きながら頭の中で混沌術がどんな能力なのか考える。
(条件をクリアしないと発動できず、クリアした後に制限時間がある……確かにリスティーヒは混沌紋を光らせた後、すぐに能力らしい力を使わなかった。石を飛ばしていた時も『時間切れか』と言った後に能力を使わなくなったし……)
戦いが始まってからのチャオフーの行動を思い出しながらアイカは少しずつチャオフーの混沌術の推測していく。だがこの時点でまだ発動条件と制限時間があることしか分からなかった。
アイカは黙り込んで混沌術の推測するが、チャオフーの警戒も怠っておらず視界から外さないようにしながら動きを窺っていた。
チャオフーはアイカを見て小さく鼻で笑う。自分の与えた情報を元に必死に考えるアイカがおかしく見えたのだろう。
「さて、ヒントはこれぐらいにして戦いを再開しよう。さっきお前と戦っている最中にベギアーデに念話でもうすぐ決着がつくと伝えてしまったのでな。早くお前を片付けて次の行動に移らないとベギアーデに文句を言われてしまう」
鉄扇を構えながら話しかけてくるチャオフーを見てアイカは一歩後ろに下がる。混沌術の能力を考えるのも大切だが、今は襲ってくるチャオフーを何とかすることの方が重要だった。
チャオフーは自身の混沌紋を紫色に光らせ、両手の鉄扇も薄っすらと光らせる。
鉄扇が光るのを見たアイカはチャオフーが混沌術を発動したと知り、発動前の条件をクリアされる前に攻撃しようと考え、スピキュを握る左手をチャオフーに向けて伸ばした。
「光の矢!」
アイカは左手から光の矢をチャオフーに向けて放つ。傷だらけで激しい動きができない今の状態では距離を取って攻撃し、近づいて来た時に剣で戦うのが一番戦いやすい方法だった。
光の矢は真っすぐ真正面からチャオフーに向かって飛んで行く。だが普通の魔法、それも正面からの攻撃が五凶将に当たるはずがなく、チャオフーは軽く左に移動して光の矢をかわす。
光の矢を回避したチャオフーは両手の鉄扇を閉じ、手の中で横に回転させた。
(鉄扇を回している?)
チャオフーの行動を見たアイカは反応し、チャオフーが混沌術を使う前に取った行動を思い出す。
能力を使う前にチャオフーは必ず鉄扇を使って何かしらの行動を取り、その直後に真空波や石を飛ばしたりしていた。
チャオフーの行動を見た瞬間にアイカはある仮説を立て、もう少しでチャオフーの混沌術の能力が分かるかもしれないと感じる。
アイカがチャオフーの混沌術について考えているとチャオフーが鉄扇を回すのをやめ、アイカに向かって走り出す。
走って来るチャオフーを見てアイカは応戦するために再び光の矢を撃って攻撃する。
チャオフーは走りながら横に移動して光の矢をかわし、一気にアイカとの距離を詰めた。そして、近づかれて驚いているアイカに向けて右手の鉄扇を右から横に振って攻撃する。
左側から頭部に迫る鉄扇を見たアイカは咄嗟にスピキュで鉄扇を防ごうとする。だが次の瞬間、鉄扇はスピキュに止められることなく剣身を通過した。
スピキュを通り抜けた鉄扇を見てアイカは驚愕し、その直後に鉄扇で左側頭部を殴打された。
「うぐっ!」
こめかみ部分から伝わる痛みにアイカは歯を噛みしめた。頭部に攻撃を受けたことでアイカはふらついて意識を失いそうになる。しかしアイカは痛みに耐えながら倒れないよう意識を保ち、倒れないように足に力を入れた。
チャオフーは体勢を保ったアイカを見ると続けて左手の鉄扇を横から振り、アイカの右脇腹を鉄扇で殴打しようとする。
アイカはもう片方の鉄扇に気付き、プラジュで鉄扇を防ごうとするが左手の鉄扇もプラジュと剣身を通り抜け、そのままアイカの右脇腹に命中した。
頭部に続いて脇腹にも痛みが走り、アイカは苦痛の声を漏らしながら痛みに耐える。二度も攻撃を受けることになってしまったが、この時のアイカは何が起きたのか気付き、チャオフーの混沌術の正体にも勘付いていた。
体中の痛みを我慢しながらアイカは大きく後ろに跳び、チャオフーから離れた。
体勢を立て直そうとするアイカを見たチャオフーは追撃しようとする。だがチャオフーが走ろうとした瞬間に両手の鉄扇と混沌紋から光が消えた。
「フッ、もう時間が来たか。やはり強力なものほど時間も短いか」
チャオフーは光を失った鉄扇を見つめながら不満を口にする。
「そういう、ことですか……」
距離を取ったアイカはチャオフーを見つめながら呟き、チャオフーは視線を鉄扇からアイカに向ける。
「先程、貴女が混沌術を発動してから攻撃するまでの間……そして攻撃した直後の様子を見てようやく分かりました……」
アイカは鋭い目でチャオフーを見つめながらプラジュの切っ先をチャオフーに向けた。
「貴女の混沌術は付与してからある行動を取ることで、貴女の望んだ力を付与したものに与える能力ですね?」
僅かに力の入った声を出すアイカを見てチャオフーは「ほぉ」という表情を浮かべる。チャオフーの反応を見たアイカは自分の推測が当たっている可能性が高いと感じた。
「なぜそう思ったのか教えてもらおうか?」
「最初に貴女の混沌術を見た時は何の能力かまったく分かりませんでした。……ですが、貴女が教えてくれたヒントとここまで目撃した混沌術を思い出し、共通点があることに気付きました」
自分が感じたこと、気付いたことをアイカは一つずつ説明していく。
チャオフーはアイカが本当に自分の混沌術の能力が分かったのか気になっており、攻撃せずにアイカの説明を聞いている。
「貴女は混沌術を鉄扇に付与した直後、すぐには攻撃せず、攻撃する前に必ず何かしらの行動を取っていました。鉄扇を開閉させたり、手の中で回したり、そんな意味の無さそうな行動を取った後に貴女は攻撃に移りました。しかもその時、鉄扇には真空波や石を飛ばしたり、私の剣を通り抜けると言った特殊な力が付いていた。……この時点で私は鉄扇の力は混沌術によって付与されたものだと確信しました」
「……なかなか面白い推測だが、流石にそれだけでは混沌術が付与した力だと断言できないと思うぞ? 私の鉄扇には真空波や石を飛ばしたり、剣を通り抜ける効果が最初から付いているのかもしれない」
「もしそうなら、どうして同じ力を何度も使わなかったのですか? 私が貴女と再会してから貴女は真空波や石を飛ばして攻撃は一度ずつしか使っていませんでした。それだけではありません、私と戦っている時、貴女は何度も混沌術を発動して鉄扇に力を与えていましたが、同じ力は使いませんでした」
自信に満ちた口調でアイカは鉄扇に備わった力でないことを断言する。
アイカの言うとおり、チャオフーはアイカに攻撃する際、何度も混沌術を発動して鉄扇に様々な力を付与していた。だが、付与された力に同じものは無く、全てが違う力だったのだ。
「最初から鉄扇に備わっていた力なら何度でも使えるはずです。それなのに貴女は一度使ったらそれ以降同じ力は使わず、違う力を使っていました。……恐らく貴女の混沌術は同じ物に過去に付与した力をもう一度付与することはできないのでしょう」
「……」
「ですから私は鉄扇には最初から真空波を飛ばしたり、剣を通り抜ける力があったわけではないと思ったのです。そもそも一種類や二種類じゃなく、数種類の力が備わった武器があるなんてあり得ません」
「成る程。……で、分かったのはそれだけか?」
「もう一つあります。……貴女の混沌術は様々な力を付与することができますが、それには制限時間があります」
チャオフーは再び興味のありそうな表情を浮かべ、右手の鉄扇を顔の前に持って来てゆっくりと開閉する。
「石を飛ばす力を付与した時は数十秒攻撃していましたが、剣を通り抜ける力を付与した時は数秒でその力が消えました。そのことから、貴女の混沌術は付与する力が強力なほど付与できる時間が短くなる、と私はそう思っています」
時間に関しては確信は無いが、ここまで得た情報から時間の長さに関しても間違いはないとアイカは感じていた。
「貴女の混沌術は武器などに付与した後にある行動を取ることで一定時間付与した物には無い特殊な力を与える能力です」
アイカは改めてチャオフーの混沌術の能力を口にし、チャオフーはそんなアイカを黙って見つめている。すると、黙り込んでいたチャオフーは小さく笑い、鉄扇を持ったまま拍手をした。
「見事だ。私の混沌術の正体を短時間、それも戦闘中に見抜いたのはお前が初めてだ。流石はあのユーキ・ルナパレスの相棒、と言うだけのことはあるな」
チャオフーは否定せずに素直に認め、アイカは自分の推測が当たっていてよかったと思う。だがそれと同時に推測どおりの能力を持っているチャオフーが予想以上に厄介な敵だと感じていた。
「そう、私の混沌術は物や生物に付与した後に特定の行動を取ることで強力な力を決められた時間だけ与えることができる。それが私の混沌術、“制約”の能力だ」
「制約……」
混沌術の名前を聞いてアイカは呟く。
戦闘中に混沌術の能力が分かったのは大きい。だが制約にはまだ分からない箇所が幾つもあるため、例え能力が分かっても油断できなかった。
アイカはチャオフーを見つめながらプラジュとスピキュをゆっくり構える。するとチャオフーも不敵な笑みを浮かべながら鉄扇を構えた。
「制約の能力に気付いたことは褒めてやる。……だが、お前が不利な状況にあることに変わりはない。制約の能力を知ったことでこの状況を打開できるのか?」
「クッ……」
チャオフーの言うとおり、制約の能力を知っても現状は変わらず、打開策が思いつくわけでもない。アイカは微量の汗を流しながらどうするか考える。
「相手の能力を見抜く洞察力があるとしても、戦いで求められるのは力だ。……力が無ければソイツは犬死するだけの存在だ」
力の強い者が戦場で生き残る、そう呟いたチャオフーはアイカに向かって走り出す。
アイカは緊迫した表情を浮かべながら走って来るチャオフーに光の矢を放って応戦した。




