表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
221/270

第二百二十話  黒い刃の猛攻


 ベギアーデの姿にパーシュたちは一斉に身構えた。パーシュはヴォルカニックを構え、ウェンフも腰の剣を抜き、リーファンはベギアーデから距離を取ると両手を前に出していつでも魔法が使える体勢を取る。グラトンも姿勢を僅かに低くしながらベギアーデを睨みつけた。

 構えるパーシュたちを見てベギアーデは不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと彼女たちに近づく。近づいて来るベギアーデをパーシュたちは目を鋭くして睨んだ。


「また会えたな、赤髪の小娘」

「まさかアンタまで来てるとはね。てっきり五凶将だけかと思ってたんだけど……」


 五凶将以外の最上位ベーゼが襲撃してくるとは予想もしていなかったパーシュは内心驚いている。しかし驚きをベギアーデに悟られないようにするため、パーシュは小さく笑みを浮かべて自分が余裕を持っていることをアピールした。


「我らベーゼが野望を成就させるためにはお前たちは邪魔な存在だからな。メルディエズ学園の壊滅を成功させるために私も参加しているのだ」

「野望のためにあたしらを始末しようだなんて、迷惑な話としか言えないね」

「フッ、貴様ら虫けらの都合など私たちには関係無い。虫けらは虫けららしく、踏みつぶされていればいいのだ」


 人間の命を虫同然と考えるベギアーデに改めて腹を立てるパーシュはヴォルカニックを強く握って剣身に炎を纏わせる。

 ベーゼたちがどのようにメルディエズ学園に侵入したのかは分からない。だが目の前にいる最上位ベーゼを倒さなければ被害がより大きくなることだけはハッキリしているため、パーシュは此処でベギアーデを倒さなければならないと思っていた。

 パーシュだけでなく、ウェンフも剣を構えながら混沌術カオスペルを光らせ、雷電サンダーボルトの力を剣に付与する。目の前にいるベーゼは間違い無く自分が今まで戦ってきたどのベーゼよりも強いとウェンフは本能で理解していた。

 正直、戦うことに少し恐怖を感じていた。しかし怖いからと言って逃げるわけにはいかない。学園にいる仲間のため、そして姉のリーファンを護るためにもウェンフはパーシュと一緒に戦うことを決意する。


「それにしても、まさかユーキが町にいるとはな」


 ベギアーデの言葉にパーシュとウェンフはフッと反応した。どうやらベギアーデは先程のパーシュとウェンフの会話を聞いていたようだ。


「フフフッ、これほどこちらの都合のいいように事が運ぶとはな」

「さっきから何を言ってるんだい?」


 言葉の意味が理解できないパーシュはベギアーデに声を掛ける。するとベギアーデは笑いながら静かに口を開いた。


「学園を壊滅しやすくするため、我々は学園とバウダリーを同時に襲撃することにしたのだ。バウダリーが襲撃されればお前たちは襲撃してきたベーゼを倒すために実力のある生徒をバウダリーに派遣するだろうと思ってな」

「こっちの戦力を削ぐために町を襲撃したってわけかい」

「そのとおり。……ただ、バウダリー襲撃の対処についたのがユーキ・ルナパレスだと言うのは想定外だった。まぁ、こちらにとってはその方が好都合だがな」


 ベギアーデの言うとおり、ベーゼたちにとって都合のいい状況になっていることを知ってパーシュは悔しさと焦りを感じる。

 このままでは本当にメルディエズ学園がベーゼたちによって壊滅させられるという最悪の結末になってしまうかもしれない。そんな考えがパーシュの頭に浮かんでしまう。


「……あたしらがこの窮地を脱するには、町から戻ってきたユーキと一緒にアンタたちを倒すしかないってことか」


 自分たちが生き残る方法を口にしながらパーシュは炎を纏わせるヴォルカニックをゆっくりと振り上げる。ウェンフも剣身に電流を纏わせた剣を構えながらいつでもベギアーデと戦える体勢を取った。

 パーシュの言葉を聞いたベギアーデは笑みを消し、目を細くしながらパーシュを見つめる。


「私の聞き違いか? こんな戦況でも私たちに勝つつもりでいると言っているように聞こえたのだが?」

「そう言ってるんだよ」


 若干低い声を出しながら自分たちが勝つことを宣言するパーシュを見てベギアーデは黙り込む。だがしばらくすると見下したような笑みを浮かべながらパーシュや周りにいるウェンフたちを見た。


「これほど自分の力を過信するとは、やはり人間は知能の低い虫けらだな」

「ヴァーズィンも似たようなことを言ってたよ。人間を弱い、虫けらだと言って相手を見下し、その結果あたしとユーキに負けた。……自分の力を過信してるのはアンタたちベーゼなんじゃないかい?」

「フッ、口の減らない小娘が」


 挑発に乗ることなくベギアーデは鼻で笑い、持っているロッドの石突の部分で足下を軽く叩く。叩いた瞬間、ロッドの先端にある赤い水晶から紫色の炎が燃え上がり、炎を目にしたパーシュたちは警戒を強くした。

 

「いいだろう。ならば本当に力を過信しているのはどちらか、今此処で分からせてやろう」


 ベギアーデは炎を纏った状態のロッドを自分の前で左から右に振り、目の前に五つの紫色の火球を作り出す。

 火球が作られたのを見たパーシュは攻撃してくると直感し、ベギアーデの方を見たまま隣にいるウェンフに声を掛ける。


「ウェンフ、アイツはあたし一人は勝てないくらい強い。先輩のあたしが後輩であるアンタにこんなことを言うのはおかしなことだけど、一緒に戦ってくれ」


 上級生であり、神刀剣の使い手であるパーシュが助力を求めてきたことにウェンフは一瞬驚いたような表情を浮かべる。

 普通なら神刀剣の使い手が下級生に助けを求めることなど無い。だが、今はメルディエズ学園が危機的状態にあり、これから戦おうとする相手は最上位ベーゼだ。

 立場を気にしていたら護る物も護れないと考えたパーシュが学園を救うために協力を要請したのだとウェンフは気付き、真剣な顔でパーシュを見つめる。


「勿論です。全力でお手伝いします!」


 ウェンフの返事を聞いたパーシュは頼もしく思ったのか小さく笑う。


「リーファン先生は後方から魔法で援護をしてくれ」

「え、ええ、分かったわ。……ただ、無茶だけはしないで?」

「約束はできないけど、忘れないようにするよ」


 パーシュはリーファンの方を見ることなく笑いながら返事をした。表情はリーファンの心配を気にしていないのか余裕そうな笑みを浮かべている。しかし内心では心配してくれていることに感謝していた。


「ウェンフ、貴女も気を付けて?」

「ありがとう。お姉ちゃんも無理だけはしないでね」


 お互いに最も大切な存在の無事を祈るウェンフとリーファンは戦いに気持ちを切り替え、家族と学園のために必ず目の前のベーゼに勝つと誓った。


「グラトン、お姉ちゃんを護ってあげて。お姉ちゃんの傍を離れちゃダメだよ?」

「ブォ~~!」


 指示されたグラトンは大きく口を開けて返事をするように鳴き声を上げる。グラトンはウェンフに言われたとおりリーファンの隣まで移動し、遠くにいるベギアーデを睨みつけた。


「準備は整ったか? ……では、見せてもらおうか。虫けらの実力とやらを」


 ベギアーデは目を薄っすらと赤く光らせるとロッドを勢いよく振り下ろして先端をパーシュたちに向ける。その直後、ベギアーデの前に浮いていた五つの火球が一斉にパーシュたちに向かって飛んで行く。

 パーシュとウェンフは飛んでくる火球を睨みながら走り出し、リーファンは得意の水属性魔法を発動させた。


――――――


 バウダリーの町の商業区にある休憩場の広場、少し前までは野次馬の住民が大勢集まって騒がしかったが、今では住民は一人もおらず、十数人の警備兵が広場の端で中央を見つめている。

 広場の中央ではユーキとアルティービが攻防を繰り広げていた。ウェンフと別れてからユーキは戦い続けているが、まだ一撃もアルティービに攻撃を命中させていない。アルティービはまだ無傷だが、ユーキ自身も攻撃を受けておらず無傷の状態を保っている。


「くうぅ! 何て奴だ!」


 僅かに呼吸を乱しながらユーキは月下と月影を交互に振って目の前に立つアルティービに攻撃する。

 アルティービは大きな動きは取らず、軽く左右に移動したり、後ろに下がったりしながら左腕に付いている盾でユーキの攻撃を全て防いだ。

 このまま普通に攻撃しても全て防がれてしまうと感じたユーキは大きく後ろに跳んでアルティービから距離を取る。

 後退したユーキを見たアルティービは四つの目を赤く光らせながら右手のサーベルを構えた。

 アルティービが構えるのを見たユーキは攻撃される前に自分が仕掛けなくてはと感じ、強化ブーストで両足の脚力を強化した。そして、強く床を蹴ると素早くアルティービの左側面に移動して双月の構えを取る。

 構え直したユーキは月影でアルティービに袈裟切りを放って攻撃し、アルティービはユーキの攻撃を盾で難なく防ぐ。だが防いだ直後、ユーキは続けて月下を右から横に振ってアルティービの脇腹に横切りを放った。

 しかしアルティービは盾で止めていた月影を素早く払い、そのまま月下の攻撃も盾で防いだ。


(何て奴だ、初撃の直後に来る攻撃を簡単に防ぐなんて! これが最強の中位ベーゼの実力かよ)


 双月の構えによる連続攻撃を回避せずに盾で防御したアルティービの反応速度にユーキは心の中で驚く。最初は情報の少ないアルティービが上位ベーゼに匹敵すると言われている点に半信半疑だったが、実際に戦って苦戦しているため、ユーキは上位ベーゼに匹敵するという情報が本当だと知った。

 相手が上位ベーゼに匹敵するとなるともう少し戦い方を変えた方がいいユーキは感じ、脚力を強化したまま右に移動してアルティービの右斜め後ろに回り込み、強化ブーストで脚力だけでなく両腕の腕力も強化した。


「ルナパレス新陰流、朏魄ひはく!」


 アルティービに向かって踏み込みながらユーキは月下と月影で袈裟切りを放つ。右斜め後ろからの攻撃なら盾の防御が間に合わず命中する可能性が高い。万が一アルティービが攻撃を避けたとしても、回避を行って体勢を崩した直後に追撃すれば攻撃を当てることも可能だった。

 この攻撃なら当たる、ユーキはそう思いながらアルティービを睨む。だが次の瞬間、アルティービは盾ではなく右手に持っているサーベルで月下と月影をいとも簡単に防いだ。


「なっ!?」


 目の前の光景に驚いたユーキは声を漏らす。盾ではなく、細長いサーベルで月下と月影の同時攻撃を防がれたことに衝撃を受けた。

 しかも攻撃する際に強化ブーストで腕力を強化しているため、普通よりも重いはずの攻撃をサーベル一本、それも右腕の力だけで止めたのだからユーキは驚愕した。


(おいおい、マジかよ!? 腕力を強化した状態の朏魄をレイピアと同じくらいの細さの剣で防ぐなんて……)


 中位ベーゼでも体勢を崩すほどの重い攻撃を殆ど動かずに防いだアルティービを見てユーキは改めて驚く。それだけでなく攻撃を防ぐ際に使ったサーベルも傷一つ付いていないため、アルティービだけでなく使っている武器も厄介な物だと感じていた。

 朏魄を防いだアルティービは右腕に力を入れ、サーベルで月下と月影を押し返す。

 刀を押されたことでユーキは僅かに後ろに下がって態勢を崩した。その隙をついてアルティービは左手でユーキにストレートパンチを打ち込む。

 迫って来るアルティービの拳を見たユーキは表情を歪ませ、今の体勢では刀で防ぐのは難しいと感じ、後ろに跳んでパンチをかわす。するとユーキが回避行動を取った直後にアルティービはサーベルの剣身に青く光る黒炎を纏わせた。


「何だ?」


 サーベルが纏う黒炎を見たユーキは疑問を抱くと同時に警戒する。現状からアルティービが何かしらの攻撃を仕掛けてくるのは間違い無いと直感していた。

 ユーキが警戒する中、アルティービはユーキに向かって黒炎を纏ったサーベルを振る。その瞬間、剣身の黒炎が火球となり、ユーキに向かって飛んで行く。

 飛んできた黒炎を見てユーキは思わず目を見開く。てっきり纏ったままサーベルで斬りかかって来るのではと思っていたため、火球としてはなって来るのを見て驚いた。

 パンチを避けるために後ろに跳んでいたユーキは黒炎をかわすことができなず、咄嗟に月下と月影を交差させて黒炎を防ごうとする。黒炎は月下と月影に当たった瞬間に爆発した。


「うわああぁっ!」


 爆発を受けたユーキは声を上げ、大きく後ろに飛ばされる。広場に背中から叩きつけられ、背中を擦りながら数m飛ばされるが体を後ろに回して体勢を整え、足が床に付くと力を入れて何とか停止した。

 ユーキは立ち上がると双月の構えを取ってアルティービを警戒する。爆発を受けて体中に痛みが残っているが動けないほどの痛みではない。余裕があればアルティービと戦いながら強化ブーストを治癒力の強化に回して傷を癒そうと思っている。


「アイツ、遠距離攻撃もできるのか。思った以上に面倒な奴だな……」


 一刻も早くメルディエズ学園に戻って何が起きたのか確かめなければならないが、目の前にいるベーゼを放っておいて戻ることはできない。ユーキは学園に早く戻るため、バウダリーの町の安全を確保するために急いでアルティービを倒さなくてはと思っていた。

 アルティービはゆっくり歩いて体勢を立て直したユーキに近づき、ユーキの3mほど前に近づいた瞬間、勢いよく床を蹴ってユーキとの距離を縮め、サーベルで袈裟切りを放つ。

 ユーキは一気に距離を詰めてきたアルティービに一瞬驚きの反応を見せるが、素早く月影でサーベルを止めた。

 月影でサーベルを止めながらユーキは月下で反撃しようとする。だがユーキが動こうとした時、アルティービは左足でユーキの右脇腹に蹴りを入れた。


「ぐぅっ!」


 奥歯を噛みしめ、痛みに耐えながらユーキは月下を振って反撃する。しかしその攻撃はアルティービの盾で防がれてしまった。


(普通の盾よりも小さく、腕に固定されて扱いやすいから突然の攻撃にも問題無く対処できるってことか!)


 体勢を立て直すためにユーキは後ろに跳ぶ。脚力を強化したままの状態だったため大きく距離を取ることができた。

 離れたユーキはアルティービの左側面に回り込むように走り出し、走りながら月影を握る左手をアルティービに向けて伸ばす。

 

闇の射撃ダークショット!」


 ユーキは走りながらアルティービに闇の弾丸を三発放って攻撃する。普通の接近戦では倒すのは難しいと感じ、魔法で攻撃しながら隙を狙う作戦に変えた。

 飛んでくる闇の弾丸を見たアルティービはその場を動かず、左腕の盾で全ての闇の弾丸を防いだ。

 防御に成功したアルティービはサーベルに再び黒炎を纏わせ、ユーキに向けて連続で三回振る。サーベルが振られたことで剣身から三つの黒炎の火球はユーキに向かって放たれ、ユーキの真横を通過したり走る先の床に命中して爆発した。


「おいおいおい、あの火球って連続で撃つこともできるのかよ!」


 攻撃にも防御にも隙の無いアルティービを見てユーキは微量の汗を流す。何度も攻撃を仕掛けてもまだ一撃も命中させることができず、自分だけがダメージを受けている。流石は上位ベーゼに匹敵する中位ベーゼだと感じた。

 黒炎の爆発にユーキは一瞬怯んだが足は止めず、アルティービの隙を見つけるために走り続ける。そんな時、アルティービが走り出して一気にユーキに近づき、サーベルで逆袈裟切りで攻撃してきた。

 ユーキはいきなり接近してきたアルティービに驚きの反応を見せるが冷静さを失わずに停止し、姿勢を低くしてサーベルをギリギリでかわした。

 回避した直後、月下と月影を構え直したユーキはアルティービの懐に向かって大きく跳んだ。


「ルナパレス新陰流、繊月せんげつ!」


 踏み込んだユーキはアルティービの左側を通過すると同時に月影で左脇腹を切ろうとする。

 アルティービは懐に入り込んだユーキを見て咄嗟に右へ跳ぶ。その結果、月影はアルティービの左脇腹を僅かに切っただけとなった。


(浅い! 斬られる瞬間に反対側に移動して致命傷を避けたか……スゲェ反応速度だ)


 アルティービの背後に移動したユーキは素早く振り返ってアルティービの方を向き、反撃に備えて構え直した。だが振り返った瞬間、目の前まで距離を詰めたアルティービの姿が目に入り、ユーキは目を大きく見開く。

 振り返ったユーキにアルティービはサーベルを連続で振って攻撃する。ユーキは驚きながらも月下と月影でアルティービの攻撃を防いでいく。強化ブーストで腕力を強化し続けているのにサーベルを防ぐ度に衝撃が腕に伝わってくる。


(何て攻撃だ! これじゃあ攻撃を防ぐだけで体力が削られちまう!)


 必死な表情を浮かべるユーキは猛攻を防ぎながら後退する。

 アルティービの重い攻撃を防ぐだけでなく、強化ブーストの連続使用でも体力と精神力を使っているため、ユーキの体力は限界が近づいていた。

 ユーキは二本の愛刀を器用に扱って攻撃を防いでいく。しかし腕力や脚力の強化に強化ブーストの能力を回しているため、動体視力を強化することができず全ての攻撃は防ぐことができなかった。

 防げなかった攻撃によって腕や脇腹、腹部などに無数の切傷を付けられ、体中を斬られるユーキは表情を歪ませて痛みに耐えた。


(クソッ、このままだと何時かやられる! コイツを倒すにはやっぱり湾月わんげつを使うしかないか!)


 不利な状況を打開するためユーキは切り札を使うことを決める。しかしアルティービの実力を考えると普通に攻撃しても回避されるか防御されるだけなので、何とか隙をついて攻撃しなくてはならなかった。

 ユーキはアルティービの連撃の隙をついて大きく後ろに跳んで距離を取り、素早く月下を鞘に納めた。右手が空くとユーキは周囲を見回し、アルティービによって破壊された広場の瓦礫の一部を手に取って持ち上げる。腕力を強化しているユーキは瓦礫を軽々と持ち上げ、アルティービに向けて勢いよく瓦礫を投げつけた。

 飛んでくる瓦礫を見たアルティービはサーベルの剣身に黒炎を纏わせるとサーベルを振って黒炎の火球を瓦礫に向けて放つ。

 黒炎は瓦礫に当たると爆発して粉々にする。瓦礫が破壊されたことで砂埃が上がり、爆炎と砂埃によってアルティービの視界からユーキが消えた。

 アルティービはユーキを見失うと不意打ちを警戒したのか後ろに跳んでユーキがいた場所から距離を取って周囲を確認する。

 するとアルティービはユーキを最後に見た場所の上空、約6mの高さから見下ろしているユーキを見つける。ユーキは破壊された瓦礫の砂ぼこりによってアルティービの視界から消えた直後にアルティービを見下ろせる高さまでジャンプしたのだ。

 跳び上がったユーキは月影を両手で握りながら上段構えを取り、強化ブーストの能力を両腕と両肩の筋力の強化に回し、地上から自分を見上げているアルティービを見つめた。


「ルナパレス新陰流、湾月!」


 ユーキは振り上げた月影を勢いよく振り下ろし、刀身から月白色の斬撃をアルティービに向けて放つ。

 アルティービは勢いよく迫って来る斬撃を見て回避が間に合わないと感じたのか左腕の盾を前に出して斬撃を止めようとする。だが中位ベーゼの盾では斬撃は防ぎ切れず、アルティービは盾ごと左前腕部を両断され、そのまま体も切り裂かれた。

 斬撃によってアルティービは左肩から左脇腹までを斬られ、上半身の左半分を失う。体に致命的なダメージを受けたアルティービは苦痛の声を漏らしながらよろめくがまだ意識は保っている。

 倒れないアルティービを見たユーキはとてつもない生命力だと感じ、確実に倒しておかないといけないと思う。

 ユーキは月影を左から勢いよく横に振り、再び湾月を放つ。今度は先程とは違って横になった斬撃をアルティービに向けて飛ばした。

 致命傷を負って完全に隙だらけの状態だったアルティービはユーキの二発目の斬撃に対処できず、斬撃をまともに受けて腹部から両断され、崩れるように倒れる。その直後、アルティービは黒い靄となって消滅した。

 アルティービが消滅するとユーキは広場に着地し、他にベーゼがいないか周りを確認してから強化ブーストを解除する。その直後、ユーキは疲れを感じたのか深く溜め息をついた。


「……何とか勝てたな。まさかここまで苦戦するなんて……こんなことなら最初から湾月を使うんだった」


 急いでメルディエズ学園に戻らないといけないのだからすぐに湾月を使うべきだったのだが、学園にはアルティービの情報が殆ど無いため、情報を得るために観察しながら倒そうとユーキは思っていた。

 ただ情報収集だけではなく、相手は中位ベーゼだから切り札を使わなくても倒せるだろうという油断もあった。その結果、苦戦を強いられて勝利するのに時間が掛かってしまい、ユーキは自分の力を過信していたことを深く反省する。


「情報が無い状態であんな奴を一人で倒せたなんて、運が良かったとしか言えないな」


 アルティービとの戦いを振り返りながらユーキは勝利できたことに胸を撫で下ろす。すると緊張が解けたせいか体中に痛みが走った。

 自分が傷だらけなことを思い出したユーキは強化ブーストで自分の治癒力を強化し、傷を治し始めた。そこへ戦いを見守っていた警備兵が数人駆け寄って来る。


「おい、大丈夫か?」

「ええ、何とか」


 ユーキの傷だらけの姿を見た警備兵たちは「本当に無事なのか」と疑うような顔をする。だが強化ブーストで治癒力を強化しているユーキの傷は少しずつ塞がっていき、その光景を見た警備兵たちは目を見開いた。

 体中の傷が治るとユーキは強化ブーストを解除し、驚いている警備兵たちの方を向いた。


「此処の後処理とかは任せていいですか? 俺、メルディエズ学園に戻らないといけないんで……」

「あ、ああ、構わないぞ」


 警備兵の許可を得たユーキはメルディエズ学園に戻るため、街道に向かって走り出す。警備兵たちは激しい戦いの後に全速力で走るユーキを見て呆然としていた。

 ユーキ自身、アルティービとの戦闘と混沌術カオスペルの使いすぎで疲労が溜まっている。本来なら少し休むべきなのだが、ベーゼの侵入やメルディエズ学園での爆発と言った問題が起きた状況で休んでなどいられない。ユーキは何が起きたのかを確認するために急いで学園へ向かった。


――――――


 街道を全速力で走り、ユーキはメルディエズ学園に続く西門までやって来た。そこには学園から避難した受付嬢や清掃員、戦闘経験の浅い下級生たちが大勢集まっており、ユーキは西門の状況に驚きながらも近くにいる生徒に学園の現状を尋ねる。

 下級生から学園が何者かに襲撃されていること、襲撃者が複数人いること、そして既に大勢の死者が出ていることを聞かされたユーキは愕然とした。

 最初の爆発から既に三十分ほど経過しており、広場にいる下級生や清掃員の中にはもう学園の問題は解決したと思っている者もおり、安心したような表情を浮かべていた。

 しかしユーキは解決したと思っておらず、学園の被害が大きくなっているのではと言うまったく逆の状況を予想していた。

 アイカたちが襲撃者に襲われたという最悪の事態を頭に浮かべたユーキは西門を通過し、急いでメルディエズ学園に向かう。解決していようが被害が拡大していようが、自分の目で確認しないと納得できなかった。

 バウダリーの町からメルディエズ学園まで続く一本道を走りながらユーキは遠くにある学園を見る。学園からは黒煙が幾つも上がっており、ユーキは一秒でも早く学園に行くため走る速度を上げた。

 メルディエズ学園の正門前までやって来たユーキは全開状態の正門を通って学園の敷地内に入る。

 敷地内に入った瞬間、焦げた臭いと小さな爆音のような音が聞こえ、一部が破壊された建造物が目に入った。状況からユーキは問題は解決していないと知る。


「マジかよ……どうして学園がこんな状態に……」


 目の前の惨状に驚きを隠せないユーキは動揺する。

 アルティービがバウダリーの町に現れたため、学園がボロボロになっているのはベーゼの仕業である可能性が高いとユーキは思っている。しかし、最も知りたい学園の状態や生徒や教師たちの被害状況などは何も分からなかった。


「とにかく、誰かを見つけて詳しい状況を聞いた方がいいな……」


 周囲を見回しながらユーキは近く生徒か教師がいないか探す。そんな時、中庭の方から爆音が聞こえ、ユーキはフッと中庭がある方角を向いた。


「中庭で誰かがベーゼと戦ってるのか?」


 ユーキは爆音の原因を確かめるために走って中庭へ向かう。この時のユーキはとてつもなく嫌な予感がしていた。

 正門から真っすぐ中庭にやって来たユーキは中庭の光景を見て固まる。中庭に芝生の至る所が焦げており、爆発が起きたのか一部がえぐれるように吹き飛んでいた。

 ユーキは目を見開きながら中庭を見回す。すると中庭の真ん中で傷だらけの状態で俯せに倒れるパーシュとウェンフ、少し離れた所で同じように無数の傷を負って横に倒れているグラトン、仰向け状態のリーファンの姿が目に入った。

 そしてパーシュとウェンフの前にはロッドを握ったベギアーデでが笑いながら立っている。


「あれは……!」


 ベギアーデの姿を見たユーキは驚くと同時に緊迫した表情を浮かべる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ