第二百十九話 血で染まるS級冒険者
学園の北東にある闘技場、その前ではロギュンと四人の生徒会の生徒、オルビィンが一ヵ所に固まって自分の得物を構えており、ロギュンたちの数m先には一人の男が立っていた。
男は二十代半ばくらいで身長は170cm強、青い目に薄い紫色の髪を持ち、前髪で左目を隠していた。服装は灰色の長袖長ズボンで黒いハーフアーマーを装備して革製のロングブーツを履いている。そして両手には短剣が握られており、ロギュンたちを見つめていた。
ロギュンたちの前にいたのはラステクト王国を拠点に活動しているS級冒険者チーム、黒の星のリーダー、ルスレク・ハインリヒだった。
無言で立っているルスレクをロギュンたちは目を鋭くしながら見つめる。彼女たちの様子からルスレクに敵意を向けているのが一目で分かった。
「まさか、貴方ほどの人がこのようなことをするとは思っていませんでした」
「……何のことだ?」
「今更とぼけないでください」
ルスレクの返事を聞いたロギュンは少しだけ力の入った声を出し、投げナイフを持つ手に力を入れる。オルビィンや生徒会の生徒たちも冷静な態度を取るルスレクを警戒しながら構え続けていた。
数分前、たまたま闘技場の近くにいたロギュンと生徒会の生徒たちは闘技場で原因不明の爆発が起き、爆発の原因を調べるために闘技場に近づいた。ロギュンたちが駆け付けた時には闘技場の一部が損壊し、その光景にロギュンたちは愕然とする。
オルビィンも爆発が起きた時、槍の訓練をするために偶然近くにおり、闘技場にやって来てロギュンたちと合流した。その後、オルビィンはロギュンたちと共に原因を調べるために闘技場に入ろうとしたのだが、その時に闘技場の前にいたルスレクを目撃したのだ。
ロギュンたちは最初、冒険者であるルスレクがどうしてメルディエズ学園にいたのか疑問に思っていた。だが、爆発が起きた闘技場の前に立ち、闘技場を見上げている姿からルスレクが爆発に関わっていると推測したロギュンはルスレクに声を掛けようと考えて近づいた。
以前依頼でルスレクと会っていたロギュンは問題無く話を聞けると思っていた。しかしルスレクはロギュンに声を掛けられた直後に短剣を抜き、それを見たロギュンたちはルスレクが自分たちに敵意を抱いており、闘技場の爆発はルスレクが起こしたのだと確信する。
「どうしてS級冒険者の貴方が破壊工作などしたのですか?」
「……理由は単純だ。お前たちが目障りな存在だからだ」
「目障り……まさか、我々を良く思わない冒険者ギルドから命令されたのですか?」
ロギュンはルスレクを警戒したまま闘技場を破壊した動機について尋ねる。
S級冒険者は他の冒険者と違ってメルディエズ学園に対して友好的な考え方を持つ存在だ。そのS級冒険者であるルスレクはどうして破壊工作を行ったのかロギュンは理由が気になっていた。
「冒険者ギルド? くだらない、私があんな連中のためにこんなことをするはずがないだろう」
「ではなぜ……」
ルスレクはロギュンたちを見つめながら両手に持っている短剣の内、右手に持っているの短剣を順手のまま持ち、左手に持っている短剣を逆手に持ち替えた。
「ベーゼがこの世界に君臨するためだ」
低い声でそう呟いたルスレクはロギュンたちに向かって走り出し、迫って来るルスレクを見たロギュンたちは驚きながらも戦いやすいように移動する。
オルビィンは左へ移動してショヴスリを構えながらルスレクを睨みつける。二人の生徒会の生徒はオルビィンの警護をするために彼女に近づく。
ロギュンはルスレクの正面から移動せず、二人の生徒もロギュンと両隣で構えている。
徐々に距離を詰めて来るルスレクを見つめるロギュンは右手に持っている二本の投げナイフをルスレクに投げて応戦した。
ルスレクは正面から飛んできた投げナイフを右手の短剣でいとも簡単に弾き、そのまま一番前にいるロギュンとの距離を縮める。そしてロギュンが間合いに入った瞬間、ルスレクは左手の短剣を横から振ってロギュンを攻撃した。
ロギュンは僅かに表情を歪ませながら後ろに跳んでルスレクの攻撃を回避し、距離を取ると右大腿部のホルスターから新しい投げナイフを抜く。
ルスレクは後退したロギュンを見つめながら追撃しようとする。だがルスレクが動くより先に左右から生徒会の生徒たちが剣を振り上げてルスレクを攻撃を仕掛けようとした。
「……甘い」
視線だけを動かして生徒たちを見たルスレクは呟き、素早く両手の短剣で生徒たちを斬る。生徒たちは体に大きな切傷を付けられ、苦痛の声を上げながら同時に倒れた。
とてつもない速さで生徒たちを斬ったルスレクにロギュンやオルビィンたちは驚いて目を見開く。伊達にS級冒険者として冒険者たちの頂点に立っているわけではないと知り、ロギュンたちは改めてルスレクの実力に衝撃を受ける。
「こんな小物では私を倒すどころか相手を務めることすらできない。やはり上級生や混沌士でなければ戦いを楽しめないな」
「戦いを楽しむ、まるでベーゼのような考え方ですね」
「……何だ、まだ気づいていないのか?」
ロギュンはルスレクの言葉の意味が理解できずに小首を傾げ、ルスレクはロギュンの反応を見て本当に気付いていないことを知ると呆れたような顔をする。
「私はさっきベーゼが世界に君臨するために学園を襲撃したと言ったのだぞ?」
「それがどうしたと言うので……ッ!?」
ルスレスの言葉の意味が分からず詳しく訊こうとしたロギュンは何かに気付いて驚きの表情を浮かべる。それを見たルスレクはようやく理解したか、と言いたそうに鼻を鳴らす。
「理解したようだから、一応名乗っておこう。……S級冒険者ルスレクと言うのは仮の姿。私の真の名はカルヘルツィ、誇り高き最上位ベーゼ、五凶将の一人だ」
「五凶将……」
S級冒険者であるルスレクがベーゼの幹部の一人だと知ったロギュンは緊迫した表情を浮かべる。
ユーキとパーシュが手に入れた情報でロギュンたち生徒会は五凶将という人間に成りすましている上位ベーゼが存在していることを知り、機会があれば五凶将が成りすましている可能性がある人物の捜索をしようと思っていた。
しかし五凶将の情報を得てそれほど時間が経っていない時に五凶将と遭遇し、しかもS級冒険者であるルスレクがその一人だと知ってロギュンは驚きを隠せずにいた。
オルビィンもラステクト王国で最も実力のある冒険者が五凶将だと知って驚愕している。S級冒険者は王族や上級貴族とも繋がりがある存在なため、重要な情報がベーゼに知られてしまったのではないかとオルビィンは驚くと同時に不安を感じていた。
「まさか貴方が五凶将だとは思いませんでした」
「先に言っておくが気付けなかったことを恥じることは無いぞ? 我々はお前たち虫けらに気付かれないように完璧に人間を演じていたからな」
「自分で言いますか……クロントニアで会った時は誠実な存在だと思っていましたが、意外と傲慢なのですね」
「フッ、誉め言葉として受け取っておこう」
鼻で笑ったルスレクは短剣を構え直すと再びロギュンに攻撃を仕掛けようとする。ロギュンは攻撃態勢に入ったルスレクを見ると自分の混沌紋を光らせた。
「最初は貴方を人間だと思っていたため、何とか生け捕りにしようと思っていましたが、貴方が五凶将だと分かった以上手加減する必要はありません。こちらも本気で戦わせていただきます」
全力で討伐することを語ったロギュンは両手に持っている投げナイフに浮遊を付与して宙に浮かせる。ロギュンの周りには四本の投げナイフが浮いており、薄っすらと紫色に光りながら切っ先をルスレクに向けた。
ロギュンが混沌術を使ったことを知ったルスレクはより楽しい戦いになると感じて小さく笑い、地面を強く蹴って走り出した。
走って来るルスレクを見て、ロギュンは右手をルスレクに向けて伸ばし、浮いている四本の投げナイフをルスレクに向けて飛ばした。
ルスレクは走りながら両手の短剣を素早く振って飛んできた投げナイフを全て弾き飛ばす。表情一つ変えずにロギュンの攻撃を防いだルスレクはそのままロギュンに向かって行く。
ロギュンはその場を動かずに手首を捻りながら右手を動かす。すると弾かれた四本の投げナイフは空中で停止し、切っ先をルスレクの背中に向けて真っすぐルスレクに向かって行く。
ルスレクはロギュンに近づくと右手の短剣で攻撃しようとする。だがその時、背後から何かが近づいて来ていることに気付いて振り返り、先程弾いた投げナイフが自分に迫って来ているのを目にした。
一瞬驚きの表情を浮かべるルスレクだったがすぐに目を鋭くし、再び短剣で飛んできた投げナイフを全て防ぐ。その隙にロギュンはホルスターから新しい投げナイフを抜いて背を向けているルスレクに攻撃を仕掛けようとした。
ルスレクは背後からの殺気に気付くと振り返ることなく前に跳んでロギュンから離れる。ルスレクが跳んだことでロギュンの投げナイフは空を切り、攻撃に失敗したロギュンは悔しそな顔をした。
「なかなか面白い混沌術だな」
距離を取ったルスレクは振り返ってロギュンの方を向く。
クロントニアで共に依頼を受けた時、ルスレクはロギュンの混沌術を見ていなかったため、どんな能力なのか分からない状態だった。だがルスレクは能力が分からない混沌術を目にしても驚きの反応などは見せずに冷静さを保っている。
ロギュンはルスレクの動きに警戒しながら弾かれた四本の投げナイフを浮遊で操って自分の下に集める。
投げナイフは宙に浮いたまま切っ先をルスレクに向けており、ロギュンも接近戦に備えて投げナイフを強く握った。
「思っていたよりはできるようだな。流石はメルディエズ学園の生徒会副会長と言うだけのことはある」
「当然です。私は会長と共に学園の生徒たちを束ね、学園の秩序を護る存在。上位ベーゼとも互角に戦える実力を持っているつもりです」
「フッ、大した自信だな。あまり自分の力を過信すると取り返しのつかないミスを犯すことになるぞ」
忠告のような言葉を口にしたルスレクは再び正面からロギュンに向かって走り出した。
ロギュンは先程と同じような行動を取るルスレクを見て何を考えているのか疑問に思うが、五凶将であるルスレクが何も考えずに同じ攻撃を仕掛けてくるとは思わず、警戒を強くしながら浮いている投げナイフの内、二本をルスレクに向けて飛ばした。
投げナイフは真っすぐルスレクに向かって行き、ルスレクは飛んできた投げナイフを右手の短剣で叩き落す。
ロギュンは投げナイフが防がれたのを見ると左手を前に出し、防がれた二本の投げナイフを操って切っ先をルスレクに向け、右斜め後ろ、左斜め後ろからルスレクの背中に向けて飛ばす。
更にロギュンは投げナイフを持った右手を前に出し、自分の近くに浮かせたままの二本の投げナイフを走って来るルスレクに向けて飛ばした。
ルスレクは正面から飛んでくる二本の投げナイフを見て叩き落そうと短剣を構える。だが斜め後ろから何かが迫って来ていることに気付き、走りながら振り向いて投げナイフが飛んで来ているのを目にした。
投げナイフを見て鬱陶しそうな顔をするルスレクは前を向き直すと走りながら自身の混沌紋を光らせて混沌術を発動させた。
ロギュンはルスレクが混沌術を発動させたことに気付くと大きく後ろに跳んで距離を取る。その間、四本の投げナイフはルスレクとの距離を縮めていく。
混沌術を発動させたルスレクの体は薄っすらと紫色に光り、ルスレクは体を光らせたままロギュンに向かって走り続けた。そんなルスレクに四本の投げナイフは三方向から迫り、一斉にルスレクの体を貫こうとする。
ところが四本の投げナイフはルスレクに触れるも刺さることなく体を通過してしまった。
「なっ! 体を通過した?」
目の前の出来事にロギュンは驚き、オルビィンたちも言葉を失う。ロギュンたちが驚いている間もルスレクは走る速度を落とさずに一気にロギュンに近づく。
投げナイフがルスレクの体を通過したのは間違い無く混沌術が原因だとロギュンは確信している。だが、どんな能力なのかは分からないため、能力が分かるまで何とか攻撃に耐えなくてはいけないと思っていた。
ロギュンは左手を動かしてルスレクの体を通過した投げナイフを操り、四本全てをルスレクの背中に向けて飛ばす。
ルスレクは背後から再び投げナイフが飛んで来ていることに気付くが、迎撃態勢を取ることなくロギュンに向かって走り続ける。そしてロギュンの目の前まで近づくと右手の短剣を光らせた。
接近を許してしまったロギュンは驚きながら防御態勢を取る。ところがルスレクはロギュンに攻撃せず、短剣を構えたままロギュンの体を通過して彼女の背後に移動した。
予想外の状況にロギュンは驚きながら背後に移動したルスレクの方を向く。その瞬間、ルスレクは体の光を消して振り返り、左手の短剣でロギュンの背中を切り裂いた。
「あああぁっ!」
背中を斬れたロギュンは声を上げながら前に倒れる。それと同時に四本の投げナイフからも浮遊の効力が消えて地面に落ちた。
「副会長!」
ロギュンが倒れる光景を見て生徒会の生徒は思わず声を上げる。オルビィンともう一人の生徒もメルディエズ学園でも指折りの実力者であるロギュンがやられたことが信じられずに驚愕していた。
ルスレクは苦痛の声を漏らしながら倒れるロギュンを見下ろしてつまらなそうな顔をしながら短剣を下ろす。生徒会副会長なので少しは楽しませてくれると思っていたのに簡単に倒されてしまったためガッカリしていた。
「この程度か。生徒会副会長だから少しは本気を出させてくれると思っていたのだがな」
戦いを楽しめなかったことに文句を言いながらルスレクは逆手持ちをしている短剣を振り上げ、ロギュンに止めを刺そうとする。その時、ルスレクの左側面にオルビィンが回り込み、ショヴスリを勢いよく突き出してルスレクを攻撃した。
オルビィンに気付いたルスレクは視線を動かしてオルビィンを見ると後ろに軽く跳んでショヴスリをかわす。だがかわした直後に背後から全身を薄っすらと紫色に光らせたもう一人のオルビィンが現れてショヴスリで突きを放ってきた。
実はオルビィンはルスレクを攻撃する直前に双児を発動させ、分身をルスレクの背後に回り込ませていたのだ。
もう一人のオルビィンを見てルスレクは初めて驚きの表情を浮かべ、咄嗟に混沌術を発動させる。混沌術が発動したことでルスレクの体も薄っすらと紫色に光り、背後からのショヴスリはルスレクの体を通過した。
背後の攻撃を凌いだルスレクは二人のオルビィンの方を向き、オルビィンたちを視界に入れた状態で後ろに跳んで距離を取る。
オルビィンは奇襲に失敗したことを悔しく思いながらルスレクを睨んだ。
「おや、誰かと思えばラステクト王国王女、オルビィン・ロズ・エイブラスではないか。メルディエズ学園に入学したという噂を聞いていたが、本当に入学していたとは思わなかった」
「こっちもまさか我が国の最高の冒険者がベーゼだったとは思わなかったわよ」
力の入った声を出しながらオルビィンをショヴスリを強く握った。
この時のオルビィンは微量の汗を流しており、ショヴスリを握る手も僅かに震えている。上級生であり、生徒会副会長であるロギュンを倒した五凶将に対してオルビィンは恐怖を感じていた。
ルスレクはオルビィンを見つめ、震えている手を見て小さく鼻で笑う。S級冒険者として活動していたルスレクは観察力が高かったため、オルビィンの状態をすぐに知ることができた。
「手が震えているな。私が怖いか?」
「ば、馬鹿言うんじゃないわよ!」
「強がるな。いくら世間知らずの王女様でも、一度戦場に出れば無意識に敵の強さを感じられるようになる」
「こ、このぉ!」
「別に恥じることではない。相手の怖さを理解できるのも強さの一つだ。真の戦士とは敵を恐れ、警戒しながら戦う者のことを言う」
戦士の心得を教えるかのようにルスレクは語り、オルビィンともう一人のオルビィンは突然強さについて話し始めたルスレクを警戒しながら動きを窺っている。
「オルビィン殿下ぁ!」
オルビィンの警護に就いていた二人の生徒会の生徒は一人でルスレクに戦いを挑んだオルビィンを助けるため、持っている剣や細剣を構えながらルスレクに向かって走る。
加勢しようとする生徒たちを見たオルビィンは彼らと協力して戦えば何とかなるかもしれないと感じた。
一方でルスレクは生徒会の生徒たちを見て舌打ちをし、両足に力を入れて生徒たちに向かって勢いよく走る。そして生徒たちの前まで近づくと両手の短剣で生徒たちの体を素早く斬った。
斬られた生徒たちは痛みで表情を歪ませながら声を漏らし、ゆっくりとその場に倒れる。傷が深かったのか生徒たちはそのまま動かなくなった。
二人のオルビィンは生徒会の生徒をいとも簡単に殺してしまったルスレクに更に恐怖を感じて青ざめる。
「コイツらのように敵を恐れず、警戒もせずに突っ込んでくる奴らは戦士とは言わない。無知なゴブリンと同等、いやそれ以下だ」
先程オルビィンに話していた内容の続きを語りながらルスレクはオルビィンの方を向く。その目はとてつもなく冷たいもので二人のオルビィンはルスレクから距離を取ってしまう。
ルスレクはオルビィンたちの方へゆっくりと歩き出し、近づいて来るルスレクを見た二人のオルビィンはショヴスリを構え直す。その直後、ルスレクは地面を強く蹴り、オルビィンたちの目の前まで跳んだ。
「なっ!?」
「は、速い!」
驚くオルビィンたちは同時にショヴスリを突き出してルスレクを迎撃しようとする。だがルスレクはショヴスリが触れる直前に混沌術を発動させて自分の体を光らせた。それによりショヴスリの槍先はルスレクに刺さらずに体を通り抜けてしまう。
ルスレクは混沌術を発動させたまま二人のオルビィンに近づいて彼女たちの体を通過する。背後に回り込んだルスレクは混沌術を解除しながら振り返り、右手の短剣で右側のオルビィンを背後から斬った。
斬られたオルビィンを声を上げることなく苦痛の表情を浮かべながら前に倒れ、紫色の光の粒子となって消滅する。ルスレクが斬ったのは双児で作られた分身だった。
分身を倒されて自分が不利になったと直感した本物のオルビィンは急いで後ろに跳んでルスレクから距離を取ろうとする。だがルスレクがそれを許すはずがなく、左手に持っている短剣をオルビィンに向かって投げ、オルビィンの左肩に刺した。
「ああああぁっ!」
肩の痛みにオルビィンは声を上げる。更に痛みで体勢を崩してしまい、そのまま仰向けに倒れてしまった。オルビィンは今まで感じたことの無いた激痛に涙目となり、奥歯を強く噛みしめる。
ルスレクは倒れているオルビィンを見つめながらゆっくりと近づき、オルビィンに刺さっている短剣を引き抜く。
短剣を引き抜かれる瞬間、オルビィンは再び強い痛みに襲われて思わず声を漏らした。
「メルディエズ学園の生徒になったとして所詮は幼い小娘、刺された時の痛みに耐えられるほどの精神力と体力は持っていなかったと言うことか」
「うううぅ……」
冷たい表情を浮かべるルスレクをオルビィンは涙目で睨みつける。
「王女を殺害すれば大罪となるがベーゼである私には関係無い。ラステクトの未来を断つという意味でも、此処でお前を始末しておくとしよう」
ルスレクはオルビィンに止めを刺すため、右手の短剣を振り上げる。オルビィンは自分を殺そうとするルスレクを見上げながら悔しさを感じていた。だが同時にこれから自分は殺されてしまうと恐怖して小さく震える。
オルビィンを冷たい目で見下ろすルスレクは勢いよく短剣を振り下ろした。その時、ルスレクの短剣は何かに止められて高い金属音を上げる。
短剣を止められたことにルスレクは意外そうな表情を浮かべ、オルビィンも目を見開く。何が起きたのか確認すると二人の視界に短剣を止めるフウガとそれを握るカムネスの姿が目に入った。
カムネスはルスレクを鋭い目で睨みつけ、カムネスと目が合ったルスレクは後ろに跳んで距離を取った。
「カ、カムネス……」
「殿下、大丈夫ですか?」
ルスレクを見つめながらカムネスはオルビィンに声を掛け、オルビィンは自分を助けてくれたカムネスを見て嬉しさを感じたのか涙を流しながら笑みを浮かべる。
「だ、大丈夫よ。こんなの、大したことないわ」
起き上がったオルビィンは腕で涙を拭い、落ちているショヴスリを拾って立ち上がる。体を動かす時に肩から痛みが走るが攻撃を受けた直後と比べると痛みは軽いので耐えることができた。
カムネスは立ち上がるオルビィンを見ると倒れているロギュンに視線を向け、彼女にまだ意識があるのを確認する。
「殿下、動けるのでしたらロギュンを安全な場所へ連れていってください。僕は奴の相手をします」
「相手をするって一人で? 無理よ、アイツは最上位ベーゼなのよ!?」
オルビィンの言葉を聞いてカムネスは小さく反応する。最上位ベーゼということからカムネスは目の前にいるルスレクが五凶将の一人だとすぐに理解した。
同時にどうしてベーゼが結界で護られたメルディエズ学園に侵入できたのか疑問に思うが、今は目の前の敵を倒すことに集中しなくてはいけないと感じ、余計なことは考えないことにした。
「最上位ベーゼなら尚更です。最強のベーゼを相手に殿下と負傷したロギュンを護りながら戦うのは難しいです。それにロギュンは早く手当てしないと手遅れになる可能性があります」
ロギュンを助けるため、そして全力でルスレクと戦うためにもオルビィンにはロギュンと共に避難してもらわないといけないとカムネスは説明し、オルビィンは倒れているロギュンに視線を向ける。
確かにロギュンは背中を斬られて重傷を負っているため、このまま放置するわけにはいかない。それにカムネスを一人で戦わせるわけにはいかないからと言って自分が加勢してもルスレクとまともに戦うことはできず、カムネスの足を引っ張ることになるかもしれないとオルビィンは感じていた。
ルスレクを倒すため、そしてロギュンを助けるためにはカムネスの言うとおりにするのが一番だと考えるオルビィンは真剣な表情を浮かべながらカムネスの方を向いた。
「分かったわ、アンタの言うとおりにする。……その代わり、絶対に勝ちなさいよ?」
「勿論、そのつもりです」
カムネスの返事を聞いたオルビィンはショヴスリを捨て、倒れているロギュンを起こして背負った。
ロギュンはまともに歩ける状態ではない上にオルビィンよりも背が高い。オルビィンはショヴスリを持ったままではロギュンを運ぶことはできないと感じ、ショヴスリを捨ててロギュンを運ぶことにしたのだ。
オルビィンはロギュンを重く感じながらも必死に校舎の方へ移動する。カムネスはオルビィンがロギュンを連れて行くのを確認するとフウガを鞘に納めてから足を軽く曲げる。ルスレクも構えるカムネスを見て短剣を構えた。
「先に言っておくが、殿下の後は追わせない」
「フッ、言われなくてもあんな小娘どもを追う気など無い。アイツらよりも神刀剣の使い手であるお前の始末を優先するべきだからな」
ルスレクの目標がオルビィンとロギュンから自分に変わったことを知ったカムネスは二人が追撃されることは無いと知り、周囲を気にせずにルスレクと戦えると感じてながらフウガの柄に手を掛ける。
「まさかお前が五凶将だとは思わなかった。クロントニアで見せた友好的な態度も演技だったというわけか」
「人間どもを欺くためには必要なことだ。……もっとも虫けらである人間たちに愛想良くするのは非常に不快なことだった。だが、ようやくそれから解放されるわけだから今は非常に心地よい気分だ」
本性を口にするルスレクをカムネスは無言で睨み、同時にクロントニアで出会った時にルスレクの本性に気付かず、友好的な関係を持とうとする冒険者と思い込んでいた自分を情けなく思っていた。
「さて、そろそろ戦いを始めるとするか。……メルディエズ学園生徒会長の実力、見せてもらうぞ?」
「こちらも五凶将が力がどれ程のものか確かめさせてもらう」
もう言葉を交わす必要は無い、お互いにそう思ったカムネスとルスレクは地面を強く蹴り、目の前にいる相手に向かって全速力で走った。
――――――
メルディエズ学園の中庭では生徒たちとは違う受付嬢、清掃員など大勢の非戦闘員が正門に向かって走っている姿があった。
既に至る所で爆発が起きて学園内は大騒ぎになっている。しかもそんな状態で帝国将軍や東国軍師などが現れて生徒たちを襲撃しているため、学園にいる者の多くがパニック状態となっていた。
教師や中級生以上の生徒は混乱する者たちを落ち着かせながら避難誘導を始め、戦えない者たちを優先的に学園から出してバウダリーの町へ移動させている。
中庭で避難誘導をしている者の中にはパーシュの姿があり、トムリアのように自分を慕う女子生徒たちと共に戦えない者たちを正門まで移動させていた。
「学園を出れば大丈夫だ! 落ち着いてバウダリーの町まで行きな! 戦えない職員だけじゃなくて戦闘経験の浅い下級生たちも町へ行って現状を警備兵たちに伝えるんだよ!」
パーシュは大きな声を上げながら避難している者たちに指示を出す。パーシュが的確に避難誘導しているおかげなのか、下級生や非戦闘員は混乱することなく正門がある方へ移動していた。
中庭にいた者の殆どが正門へ移動するとパーシュは軽く深呼吸をして周りにいるトムリアたちを集めた。
「此処はひとまず大丈夫だ。アンタたちは別の場所へ行って避難できてない連中を誘導してきてくれ。それが済んだら学園内で暴れている連中の対処に行くんだ。あたしも襲撃者の相手をしに行く」
『ハイッ!』
トムリアや女子生徒たちは声を揃えて返事をすると一斉に走って避難誘導に向かう。
パーシュはトムリアたちが走っていく姿を確認すると腰のヴォルカニックを抜いて爆発が起きた方角を向いて現場に向かおうとする。するとそこへ一人の教師が駆け寄って来た。
二十歳くらいで銀色の長髪を持ち、同じ色の狐耳と狐の尻尾を生やした亜人の女性。メルディエズ学園で唯一のフォクシルトの教師でありウェンフの義姉、リーファンだった。
「パーシュさん!」
「リーファン先生、そっちはどうだい? 怪我とかは?」
「私は大丈夫。だけど、学園では既に多くの生徒が侵入してきた人に殺されたそうよ。先生方の中にも負傷した人が出たとか……」
「クソォ、状況が良くなるどころかますます悪くなってやがる」
メルディエズ学園が最悪な状態にあることを聞かされたパーシュはヴォルカニックを持っていない左手を強く握って苛立ちを露わにする。
リーファンも学園内で戦死者が出ている状況に深刻な表情を浮かべていた。
「目撃した生徒たちの話では襲ってきた奴の中に帝国と東国の要人がいるって話だけど、先生は何か知ってるかい?」
「詳しくは分からないけど……S級冒険者が襲撃して来たり、侵入者は最上位ベーゼだって生徒たちが話しているのを聞いたの」
「最上位ベーゼ? もしかして、例の五凶将って奴らかい?」
「た、多分そうだと思うわ……」
正確な情報が何も分からない現状にパーシュは俯いて表情を歪ませる。
どんな存在が襲撃してきたのか、ベーゼが侵入してきたのならどうして結界の中に侵入できたのか、知らなければならない情報が何一つわかっていない状態だった。
「……ところで、ウェンフは何処にいるか知ってる?」
「ウェンフ? いや、少し前に会ってから見てないよ」
義妹の安否が分からない状態にリーファンは更に表情を曇らせる。もしかすると既に襲撃して来た者たちに襲われてしまったのでは、リーファンは最悪の結果を想像しながら僅かに肩を震わせた。
「クリディックせんぱーい!」
正門がある方角から聞き覚えのある少女の声が聞こえ、パーシュとリーファンは声がした方を向く。二人の視線の先にはグラトンの背中に乗って近づいて来るウェンフの姿がった。
グラトンは中庭に入るとパーシュとリーファンの前で止まり、グラトンが止まった直後にウェンフはグラトンから降りた。
「先輩、お姉ちゃん」
「ウェンフ、無事だったのね」
「うん、さっきまで先生と町へ行ってたの」
リーファンはウェンフが無事だったことを知って笑みを浮かべ、パーシュも微笑みを浮かべながら静かに息を吐く。
ウェンフもパーシュとリーファンが無事なのを知って安心し、笑いながら二人を見ている。だがすぐに真剣な表情を浮かべてパーシュの方を向いた。
「先輩、学園は今どんな状態なんですか?」
「正直言ってかなり悪い。襲撃されて既に大勢の生徒が犠牲になっている。襲撃してきたのは最上位ベーゼの五凶将だって情報もあるんだけど、それが本当なのかも分かってないんだ」
予想していた以上に悪い現状だと知ったウェンフは目を見開く。バウダリーの町にベーゼが現れただけでなく、ユーキが予想していたとおり学園が襲撃を受けていたと知ってウェンフは愕然としていた。
「……実は、バウダリーの町にもベーゼが現れたんです」
「何だって!? 町にも?」
「ハイ……ユーキ先生が自分がベーゼの相手をするから、私に学園に戻るようにって言ったんです」
バウダリーの町でも問題が発生していることを知ったパーシュと驚き、リーファンも次々と問題が発覚する現状に混乱しかかっていた。
「いったい学園と町で何が起きてるんだ?」
「終わりが始まろうとしているのだ」
突然聞こえてきた中年男性の声に三人は一斉に反応して声が聞こえた方を向く。校舎がある方から身長180cmほどで前後に伸びた黄土色の頭部と赤茶色の目、四本指の手を持ち、深緑の装飾が入った黒いローブを着た人型のベーゼの姿があった。
ベーゼの右手には先端に赤い水晶が付けた身長と同じくらいの長さの黒いロッドを握られており、ベーゼはパーシュたちの方へゆっくりと歩いて来る。
パーシュたちの前に現れたのは五凶将以外で唯一の最上位ベーゼ、ベギアーデだった。
「アンタは……」
現れたベギアーデを見てパーシュは緊迫した表情を浮かべる。以前遭遇したことがあるベーゼを前にパーシュは警戒心を強くした。
「まもなくこの学園は崩壊し、虫けらどもの世界が終わる時が来るのだ」
右手にロッドを持ったままベギアーデは両手を広げて誇らしげに語る。




