第二十一話 元冒険者の女
ユーキたちが警戒する中、ディベリと盗賊たちは少しずつ距離を縮めていき、ユーキたちの二十数m前まで近づくと一斉に立ち止まって怒りの籠った視線を向ける。ユーキたちはディベリたちの視線に屈することなく睨み返した。
「アンタたちがあたしらの隠れ家を襲撃した連中かい?」
「そんなの見れば分かるだろう?」
現状確認をするディベリをパーシュは挑発し、ディベリはパーシュを睨みながら剣を強く握る。ただでさえイライラしているのに挑発され、ディベリの額には薄っすらと青筋が浮かんでいた。しかし、まだ堪忍袋の緒が切れていないのか、険しい顔をしながらも落ち着いた様子でユーキたちを睨み付ける。
「どういうつもりか知らないけど、盗賊であるあたしらにこんなことをするなんていい度胸だね? あたしらを倒して有名になろうと思ってるのかい? それとも何も考えずに突っ込んできた馬鹿なのかい?」
「そのどちらでもねぇよ。俺らはただ依頼を受けてテメェらをぶっ倒しに来たんだ」
フレードが余裕の笑みを浮かべながら自分たちの目的を話し、それを聞いたディベリは目元を僅かに動かす。盗賊たちもユーキたちの目的を知ってざわつき出した。
普通ならたった四人で二十人以上の盗賊団を倒しに来たと言えば馬鹿にされるが、既にユーキたちは十人以上の盗賊を倒しているため、盗賊たちはユーキたちがただの身の程知らずとは思っていなかった。勿論、ディベリもユーキたちがただの子供ではないことは既に理解している。
ディベリは苛立ちを感じながらユーキたちを無言で観察する。すると、ユーキたちの格好を見たディベリは目を細くし、倒れている部下の盗賊、焦げている地面を確認してから視線をユーキたちに戻す。
「そうかい、アンタたちメルディエズ学園の生徒だったのかい」
ユーキたちの正体に気付いたディベリは意外そうな反応をし、彼女の後ろにいた盗賊たちも驚きの反応を見せる。
てっきり冒険者か軍の兵士かと思っていたのに奇襲を仕掛けてきたのがメルディエズ学園の生徒だったのだから盗賊たちが驚くのも無理は無かった。
「ほぉ? たかが盗賊が俺らのことを知ってるとは意外だな」
「……ナメるんじゃないよ、ボウヤ? これでも昔は冒険者だったんだ。アンタらのことも理解してるつもりだよ」
再び挑発的な態度を取るフレードに鋭い視線を向けながらディベリは自分の過去を語る。ユーキたちは目の前にいる女盗賊が冒険者だったことを知ると意外そうな反応を見せた。
もし冒険者だったということが真実で、目の前の女盗賊がリーダーである混沌士なら、もう少し情報を聞き出せば正体が分かるかもしれない。パーシュとフレードは何とかして情報を聞き出せないかと考えていた。
「まさか元冒険者だったとはねぇ。ということは、アンタが盗賊たちのリーダーである混沌士かい?」
パーシュが情報を聞き出すためにディベリに問いかける。だが、敵から質問されて素直に答えるはずもなく、ディベリは目を細くしながらパーシュを見つめた。
「そう訊かれて『ハイ、そうです』って正直に言うと思ってるのかい?」
「いや、思ってないさ。でも、アンタが素直に答えてくれるほど単純で馬鹿な女だったらいいな、とは思ってたよ」
「目上の人間に対して態度がなっちゃいないね? ……まあ、いい。アンタらみたいな生意気なガキはお姉さんがこれからしっかりと躾てやるよ」
ディベリはパーシュを生意気に思いながら持っている剣の切っ先をユーキたちに向ける。待機している盗賊たちもユーキたちを睨んだり、見下すような笑みを浮かべながら持っている武器を構えた。
パーシュとアイカは構える盗賊たちを見て警戒を強くし、フレードはいよいよ戦いが始めると感じて笑みを浮かべる。ユーキは月下と月影を下ろしたまま目を細くしてディベリを見つめていた。
「それにしても、冒険者の次はメルディエズ学園の生徒を送り込んで来るとは。こんなガキどもに依頼するとは、モルキンの町の連中にはプライドと言うものが存在しないみたいだね」
自分たちの討伐に何度も失敗し、最後には少年少女に依頼を出すロイガントやモルキンの町の住民たちをディベリは小馬鹿にする。ディベリの後ろにいる盗賊たちの中にも笑い出す者がおり、それを見たアイカは不快な気分になったのかディベリたちを睨んだ。
「プライドよりも、町の人たちを護ることが重要だから俺たちにアンタらの討伐を依頼しただろう?」
笑っているディベリたちにユーキは僅かに力の入った声で言い放ち、それを聞いたアイカは軽く目を見開きながら視線をユーキに向け、パーシュとフレードもユーキの方を向いた。
ディベリと盗賊たちは他の三人と違い、幼く場違いな存在であるユーキに一斉に視線を向ける。盗賊たちは何で児童が此処にいるのか不思議に思っていたが、中には児童を生徒にするほどメルディエズ学園は人手不足なのか、見下して笑っている盗賊もいた。
盗賊たちの反応を見たユーキは彼らが何を考えているのか察するが、下っ端の盗賊にいちいち構っていられないため、表情を変えずにディベリだけを見つめていた。
「町の連中を護ることが重要、ねぇ……だからってアンタらみたいなガキしかいないメルディエズ学園に依頼するかねぇ? あたしだったら絶対にしないよ」
ディベリはロイガントとモルキンの町の住民たちの判断を馬鹿にし続け、盗賊たちも再び愉快そうに笑い出す。ユーキは笑うディベリたちを見ると哀れむような顔をしながら首を左右に振る。
「アンタらみたいに平気で他人を傷つけたり、見下せるようなおめでたい連中には一生分からないことさ」
「何だって?」
ユーキの言葉に反応し、笑っていたディベリの表情が僅かに鋭くなる。幼いユーキに馬鹿にされたと感じて再び苛立ちが込み上がってきたようだ。
「ボウヤ、子供だからって調子に乗らない方がいいよ? お姉さんはこれまで何人もの人間を殺してきたんだ。子供に手を出さない、なんて優しい考え方は持っちゃいないよ」
「そんなの言われなくても分かってるよ。というか、アンタも調子に乗って自分を若く思わない方がいいと思うけど?」
月下を肩に掛けながらユーキは呆れ顔で言い放ち、それを聞いたディベリは目元を僅かに動かし、額に薄っすらと青筋を浮かべる。ディベリの近くにいた数人の盗賊はディベリの反応を見ると驚きの表情を浮かべ、僅かにディベリから距離を取った。
「……今の言葉、まるであたしが若くないって言ってるように聞こえたんだけど?」
「いや、言ったようにっていうか、そう言ったつもりなんだけど」
不思議そうな様子で答えるユーキにディベリは目を大きく見開く。その表情からは強い怒りが感じられ、盗賊たちはディベリの迫力に驚いて更に距離を取る。
一方でアイカたちはユーキは見ながら色々な反応を見せていた。アイカはユーキが挑発的な発言をすることがあると知って意外そうな顔を知、パーシュとフレードはユーキの挑発する姿を見て楽しそうな表情を浮かべている。三人とも、ユーキの意外な一面を見て驚きと頼もしさを感じていた。
「こ、このガキィ! このディベリ様を年増扱いするとはいい度胸じゃないか。どうやら相当痛い目に遭いたいみたいだねぇ?」
「へぇ、アンタの名前、ディベリって言うんだ」
ユーキは興奮するディベリに対して冷静な態度を取り、ディベリはそんなユーキを見てますます不快になったのか奥歯を噛みしめる。今のディベリは怒りで冷静さを失っているせいか、自分の名を口にしてしまったことに気付いていない。
(挑発されて感情的になった挙句、自分の名前までポロリと口にするなんて、どんだけ単純なんだよ、あの女盗賊は……)
険しい顔で自分を睨むディベリを見ながらユーキは心の中で呆れていた。もし彼女が本当に冒険者だったのなら、きっと位が下の方だとユーキは想像する。
「ディベリ? ……もしかして、あのディベリか?」
「ああ、そうみてぇだな」
ディベリの名前を聞いたパーシュとフレードは表情を鋭くしながら呟く。どうやら二人はディベリのことを何か知っているようだ。
「お二人は彼女を知っているのですか?」
アイカはパーシュとフレードにディベリのことを尋ね、ユーキも二人の話を聞くため、ディベリを視界から外さずに耳だけを傾ける。パーシュはアイカを見た後に視線をディベリに向けて口を動かす。
「昔、王都を拠点に活動していたB級女冒険者の話を聞いたことがある。その女は戦況や敵に応じて形状の異なる剣を使い、敵を圧倒していたみたいだよ」
パーシュの説明を聞いたアイカは話の中の冒険者が強いと感じて目を僅かに細くし、ユーキも視線をそのままにして目を鋭くする。
異世界の冒険者はメルディエズ学園の生徒と同じで階級が存在しており、下からE級、D級、C級、B級、A級、S級という階級が存在している。階級が上であればあるほど冒険者の実力は高く、難易度や報酬が高い依頼を任されるのだ。
E級は冒険者になったばかりの新人で危険度が最も低い簡単な依頼を任される。D級とC級は冒険者の活動に慣れ、ゴブリンやオークなど簡単なモンスターの討伐を任される存在でラステクト王国ではD級とC級の冒険者が多い。
B級とA級は冒険者の中でも優れた実力者に与えられる階級でドラゴンのような強力なモンスターの討伐や金品の護送、要人の護衛などの依頼を任されており、その中には何人が混沌士も存在している。そして、S級はラステクト王国だけでなく、周辺国家でも数えるくらいしか存在せず、その殆どが混沌士なのだ。
メルディエズ学園の階級で例えるのなら、E級の実力は下級生ほどでD級、C級の冒険者は中級生ほどの実力者となっている。B級は中級生でも上位の実力者、A級は上級生となっており、S級は五聖英雄に匹敵する実力者と言われているのだ。
ユーキとアイカも冒険者の階級や実力をある程度は理解しているため、パーシュの話すB級冒険者がどれ程強いのかは想像できた。
「複数の形状の剣を使って戦うことから、その女冒険者は“千刃”の二つ名で呼ばれていたそうだ。恐らく、混沌術の能力が関係してるんだろうね。そして、その女冒険者の名前は、ディベリ・シュッスラ」
「ディベリ・シュッスラ、では、やはり彼女が……」
「ああ、盗賊たちのリーダーであり、“千刃のディベリ”と呼ばれた冒険者だよ」
アイカは僅かに驚いたような顔でディベリの方を向き、ユーキとパーシュも目を鋭くする。フレードは自分の読みどおり、ディベリが混沌士だと知ってニヤリと笑みを浮かべながらディベリを見ていた。
「……あたしのことは知っているみたいだね? なら、あたしがそこらの冒険者よりも強いってことも分かってるだろう? 元B級冒険者であるあたしを怒らせたんだ、此処から逃げられる思うんじゃないよ」
パーシュの説明が聞いて誤魔化せないと感じたのか、ディベリは否定せずに認めたような口調で語り、ユーキたちに逃げることはできないと警告する。同時に自分が強者であることをアピールし、そんなディベリの言葉を聞いたユーキは再び呆れ顔になり、フレードは楽しそうな表情を浮かべた。
「だから、俺たちはアンタらを倒すために来たんだ。逃げるつもりなんてないよ」
「つーか、そっちこそ俺らがどれ程の力を持ってるかも知らねぇのにデカい口叩かない方がいいぜ? 負けた時に大恥をかくだけだからな」
面倒くさそうな顔で逃亡しないと宣言するユーキと笑いながら挑発するフレードを見て、ディベリは再び表情を険しくする。ディベリにはユーキとフレードが自分の方が強いと言っているように聞こえたのだ。
鬼の形相となったディベリに盗賊たちは黙り込んでしまい、その中にはディベリに対して恐怖する盗賊もいた。盗賊たちが怯えていると、ディベリは持っている剣を大きく横に振り、それを見た数人の盗賊は小さく体をビクつかせる。
「アンタたち! どんな手を使ってもあのガキどもを殺しな。一人もこの森から出すんじゃないよ!」
「ヘ、ヘイ!」
怒鳴るように命じるディベリを見ながら近くにいた剣を持つ盗賊が返事をし、別の盗賊たちも武器を構えながらユーキたちの方を向く。アイカとパーシュも盗賊たちの様子を見ると警戒心をより強くして剣を構える。
「……あのぉ、姐御、もし生け捕りにできたら女どもを俺らが貰ってもいいスか?」
ディベリの近くにいた槍を持つ盗賊がアイカとパーシュを見ながら小声で尋ねる。
盗賊たちの身近にはディベリ以外に女はおらず、女を楽しむことができない彼らにとってアイカとパーシュは殺すには勿体ない存在だった。しかもアイカとパーシュは美しく、スタイルも良いため、盗賊たちの中にはその体を堪能したいと考える者も少なくないはずだ。
尋ねてきた盗賊の本心を理解したディベリはユーキたちの見つめ、しばらくすると険しい顔のまま口を開く。
「好きにしな、あたしは女に興味はない。」
「へへぇ、ありがとうございやす」
「ただし、あのちっこいガキには手を出すんじゃないよ? アイツはあたしの獲物だ。じっくり甚振ってから殺してやる」
「分かりやした」
ディベリの許可を得た盗賊は槍を握りながら不敵な笑みを浮かべる。彼の近くにいる別の盗賊たちも話を聞いてアイカとパーシュを生け捕りにしてやると思っているのか、先程までと違いその表情はやる気で満ちていた。
盗賊たちが笑う中、ディベリだけは険しい表情を崩さずにユーキを睨んでいる。ディベリは自分の強さと美しさに自信があったため、自分のことを強くない、若くないと考えているユーキに対して殺意しか懐いていなかった。
「姐御、あのチビは姉さんの獲物として、もう一人の男はどうしますか?」
「知るか、アンタらで好きにしな」
フレードのことを盗賊に押し付けるディベリは剣を構え直し、そんなディベリを見た盗賊はやれやれと言いたそうに苦笑いを浮かべる。
盗賊たちが何時襲い掛かってきてもおかしくない状況でユーキたちも自分の得物を構え、いつでも戦いを始められる体勢に入った。盗賊たちの方が人数は上だが、ユーキたちは負ける気がしないのか落ち着いた様子で盗賊たちを見ていた。
「さてと、いよいよ盗賊の本隊と戦う訳だけど、全員無理をしたり、一人で突っ込むようなことは絶対にするんじゃなよ?」
パーシュはヴォルカニックを両手で握り、中段構え取りながらユーキたちに忠告する。ユーキとアイカは刀と剣を構え、前を見ながら小さく頷いた。
「雑魚どもの相手はお前らに任せる。俺はディベリの相手をさせてもらうぜ」
フレードは右手でリヴァイクスを構えながらディベリと一騎打ちをすることを告げ、それを聞いたパーシュは不快そうな顔をしながらフレードに視線を向けた。
「また、そうやって勝手なことを……混沌士であるあの女は後にして、まずは周りにいる盗賊たちを倒した方が戦いやすいだろう。あたしらはアイツがB級冒険者であることは分かっていても、アイツの混沌術がどんなものかは知らないんだ。能力が分からない相手に一人で挑むのは馬鹿のやることだよ」
「お前にとっちゃそうかもしれねぇが俺は違う。例え混沌術の能力が分からなくても、俺は一人であの女を倒すことができる」
「ハァ、分かってないねぇ。アンタがやろうとしてるのは勇気じゃなくて無謀だ。自分から『この首を斬ってください』って首を差し出しているようなもんだよ。そんなことも分からないくらいアンタの脳ミソは小さいのかい?」
「そうだな。確かに俺の脳ミソは小さいかもな? お前のその無駄乳と比べたら」
盗賊たちを前にして口論を始めるパーシュとフレードにアイカは『ええぇ』という表情を浮かべる。敵との戦闘が始まるのに口論を始めるなんて、どういうつもりなのだとアイカは心の中で愕然としていた。
パーシュとフレードが口論する間も盗賊たちは剣や手斧、槍や棍棒を構えて戦いを始められる態勢に入っていく。ディベリも構えを変えずにユーキたちを睨んでおり、ユーキはディベリと盗賊たちを無言で見つめた。
「もう一度言うけど、今回はあたしが指揮を任されてるんだから、あたしの指示に従ってもらうよ。まずは盗賊たちを倒してから、四人でディベリと戦うんだ」
「チッ、都合が悪くなったらすぐそれかよ。汚ねぇ奴だな」
フレードは不満そうな顔で文句を言いながら盗賊たちの方を向く。その目はとても鋭く、戦闘で盗賊たちに八つ当たりしてやろうと思っているような顔だった。
口論を止めた二人を見てアイカはとりあえず安心する。だが、まもなく盗賊たちとの戦闘が始まるため、すぐに真剣な表情を浮かべてプラジュとスピキュを構え直す。そんな時、ディベリだけが一歩前に出てきた。
前に出たディベリを見てユーキたちは意外そうな反応を見せる。すると、ディベリが持っている剣の切っ先をユーキに向けた。
「そこのガキ、アンタはあたしがこの手で殺してやる。前に出な!」
ディベリの要求にアイカは驚き、パーシュとフレードも目を軽く見開きながらディベリの方を見る。指名されたユーキはまばたきをしながら険しい顔のディベリを見ていた。
「ちょっと待ちな。いきなりユーキに前に出ろなんて、どういうつもりだい?」
パーシュはディベリが何を考えているのか理解できず、詳しい説明を求める。すると、ディベリは奥歯を噛みしめながら鋭い視線をパーシュに向けた。
「そのガキはあたしをさんざんコケにしやがったんだ。だからあたし自身の手で八つ裂きにしてやるって言ってるんだよ」
「子供相手にムキになるなんて、随分と大人げない女だね?」
「何とでも言え。あたしは自分を馬鹿にしたやつは相手が子供だろうが老いぼれだろうが容赦しない。一度殺すと決めた奴はこの手で甚振ってやる」
まるで自分のことしか考えない子供のような発言にパーシュは呆れ顔になり、フレードも汚いものを見ているかのような顔をしていた。
元冒険者とは言え、盗賊に落ちぶれた時点でディベリがまともな人間でないことは分かっていたが、想像以上に酷い性格をしていると知り、ユーキたちは心の中でディベリを哀れな人間だと感じていた。
「さぁガキ、さっさと前に出てあたしと一騎打ちをしな!」
「……生憎だけど、可愛い後輩をアンタみたいな危険な奴と戦わせる気はあたしには無い。アンタは周りの盗賊を倒してから――」
「俺は構いませんよ?」
パーシュの発言を止めるようにユーキは自分が戦うと進言し、それを聞いたアイカたちは目を見開いてユーキの方を向き、ディベリは無言でユーキを睨んだ。
「ユーキ、本気かい?」
「ええ、あっちも俺をご指名みたいですし、向こうが望むなら相手してやりますよ」
「相手は混沌士だよ? 今まで戦ってきた盗賊やモンスターとは訳が違う。いくらアンタが優秀な剣士でも荷が重い相手だ」
経験不足のユーキでは危険だと感じたパーシュは一騎打ちをやめるよう説得する。ユーキはパーシュが自分を心配して言っていることを理解しているため、嫌な顔などはせずに静かにパーシュの話を聞いた。
「ここはやっぱり盗賊どもを片付けてから全員でアイツと戦うべきだよ」
「待てよ、一騎打ちを要求してるならやっぱり俺にやらせろ。千刃って呼ばれたアイツがどんな戦い方をするが興味があんだ」
ユーキとパーシュの会話にフレードが割り込み、再び自分がディベリと戦うと言い出す。パーシュは話を蒸し返すフレードを鬱陶しそうな顔で見つめ、フレードはそんなパーシュを見て「文句あるか?」と言いたそうな顔で睨んだ。
敵を前にして睨み合うパーシュとフレードを見たディベリは不愉快そうに二人を見ている。自分はユーキと戦いたいのに勝手に話を進められていることに腹を立てていた。
「すみません、先輩たち。この勝負は俺にやらせてください」
パーシュとフレードを見ながらユーキは小さく笑い、二人は睨み合うのを止めてユーキの方を向く。アイカも落ち着いているユーキをまばたきしながら見ていた。
「メルディエズ学園の生徒になった以上、危険な依頼を多く受けることは覚悟していましたし、混沌士である敵と戦うことになることも予想していました。これから先、強敵と遭遇した時に生き残れるよう、今の内に混沌士との戦いを経験しておきたいんです」
「自分が強くなるために奴と戦いたいってことか?」
フレードが僅かに低い声を出して尋ねると、ユーキはフレードを見ながら無言で頷く。
「どの道、何時かは混沌士と戦うことになるんです。だったら今のうちに戦っておこうかなって思ったんです」
「経験を積んでおきたいっていのは分かるけど、アンタはまだ下級生なんだ。ゴブリンみたいな弱いモンスターとしか戦ったことのない生徒をいきなり混沌士と戦わせることなんてできないよ」
ユーキの身の安全を考えるパーシュはやはりユーキとディベリを戦わせることができず、ユーキとディベリの戦いに反対する。ユーキはパーシュを見ながら残念そうな表情を浮かべた。
「……そう言うことなら仕方ねぇな。今回は譲ってやるよ」
「はあっ?」
先程まで自分が戦いたいと言っていたフレードが手のひらを返してユーキに戦わせてもいいと言い出し、それを聞いたパーシュは声を上げ、アイカは目を見開いてフレードの方を向いた。
「フレード、アンタ本気かい?」
「ああ、勿論だ。コイツが強くなるために経験を積んでおきてぇって言うんなら戦わせてやればいい。コイツが強くなりゃ、学園にとっても都合がいいだろうし、俺も強くなったコイツと手合わせができるからな」
「だからって、いきなり戦わせるのは危険すぎるだろう? せめて、あたしらが混沌士と戦っているところを見せてコツとかを理解させてからの方がいいじゃないか」
「甘いな、お前は? ルナパレスが言っただろう。何時かは戦うことになるんだから、今戦っておいた方がいいってよ? そもそもコツを教えたからって必ず勝てるようになるとは断言できねぇじゃねぇか」
「それは……」
「それによくよく考えたら、あの女はかなり気の短い性格だ。こっちで勝手に対戦相手を変えちまったら何をするか分からねぇぜ?」
フレードは小声で言いながらディベリに視線を向け、パーシュも視線を動かしてディベリを確認する。ディベリは自分を残して勝手に話を進めているユーキたちに腹を立て、剣を強く握りながら険しい顔をしていた。
既に限界に近づいているディベリを見たパーシュは今までのディベリの態度から、暴れ出したら面倒なことになると感じていた。
「……ハァ、分かったよ。ユーキに任せる」
少しでも面倒な状況になることを避けるため、戦いやすい状態にしておくため、パーシュはディベリの望みをかなえてやることにした。
パーシュの答えを聞いたユーキは小さく笑い、フレードもパーシュが承諾すると小さく鼻で笑う。だが、アイカは驚きの表情を浮かべてパーシュを見ていた。
「パ、パーシュ先輩、本当にユーキ一人に任せるのですか?」
「仕方ないだろう? ユーキが経験を積みたいって言ってるんだ。それにフレードの言うとおり、ああいう性格の奴は怒らせると何をしでかすが分からないからね」
「で、ですが……」
アイカは混沌士が相手では流石のユーキも負けてしまうのではと不安に思っていた。アイカの顔を見たパーシュはユーキのことを心配しているのだと気付き、そっとアイカの耳元に顔を近づける。
「もしユーキが危なくなったらあたしが助ける。だからひとまずユーキに任せよう」
「……ハイ」
危険な状態になったら助太刀するというパーシュの言葉を聞いてアイカは渋々納得した。
ユーキは自分がディベリと戦うことが決まると、許可を出したパーシュに感謝しながらディベリの方へ歩いて行く。アイカは歩いて行くユーキの後ろ姿を見て彼の無事を祈った。
ディベリの数m前までやって来たユーキは立ち止まってディベリと見つめ、ディベリは鋭い目でユーキを睨み付ける。二人が向かい合っていると、ディベリの後ろにいた盗賊たちが再びざわつき始め、ディベリは視線をユーキからアイカたちの方に向けた。
「アンタたち、残りのガキどもはアンタらが相手してやりな。あたしら血を吸う天使に喧嘩を売ったことがどれだけ愚かなことか、その身に味あわせてやるんだ! ……行けぇ!」
大きな声でディベリが指示を出すと、盗賊たちはやっと戦えると感じ、声を上げながら一斉にアイカたちに向かって走り出した。
アイカたちは向かって来る盗賊たちを睨み、ディベリをユーキに任せる以上、自分たちはしっかりと盗賊たちの相手をしなくてはいけないと思いながら得物を構えた。
大勢の盗賊たちが真横を通過する中、ユーキは落ち着いて月下と月影を構え、ディベリも持っている剣を構えた。
「逃げずに一騎打ちを受けたことは褒めてやるよ。でも、そのせいでアンタはあたしになぶり殺されることになっちまった。恨むのなら、あたしを怒らせた自分の愚かさを恨むんだね?」
「別にアンタと戦うことになったのを後悔なんかしてないよ。寧ろ混沌士と戦うチャンスを得られて感謝してるくらいさ」
「……その言い方、まるであたしに勝つ気でいるみたいだね?」
「みたい、じゃなくて勝とうと思ってるんだけど」
冷静に語るユーキを見てディベリは再び表情を険しくする。児童に何度も小馬鹿にされてディベリのプライドは既にズタズタの状態だった。
「どこまでも人をコケにするガキだね。アンタ、あたしが元B級の冒険者だってことを忘れてるんじゃないのかい? アンタみたいな世間知らずのガキが大人に勝てるはずがないんだよ!」
「アンタこそ忘れてないか? この隠れ家を護っていたアンタの仲間を俺たちが倒したってことを……あと、俺もアンタと同じ混沌士だぞ?」
そう言ってユーキは自分の右手の甲に入っている混沌紋を見せ、ディベリはユーキが自分と同じ混沌士だと知って僅かに驚きの反応を見せた。
「まさか、アンタみたいなガキが混沌士?」
「因みに、俺以外の三人も混沌士だよ」
「何っ!?」
襲撃した四人全員が混沌士だと知ったディベリは驚きを隠せずに目を見開く。先程までユーキに向けていた怒りは既にディベリから消えていた。
「先輩たちなら数で劣っていても盗賊たちには負けないよ。というか、先に俺たちと戦っていた盗賊たちが全滅してたのに、アンタの部下たちは何であんなに余裕を見せてるんだ?」
盗賊たちが何を考えて自分たちが勝つと思っているのか分からず、ユーキは小首を傾げながら不思議に思う。すると、先程まで驚いていたディベリが表情を鋭くし、剣を構え直して再びユーキを睨み付けた。
「フン、混沌士が四人いるからなんだってんだい。アンタをさっさと倒してあたしが部下たちに加勢すればアンタの仲間を倒すことができる。第一、混沌士が大勢いるからってそっちが必ず勝つとは限らないだろう」
「……まあ、確かに混沌士が多いからと言って勝つとは断言できないな」
戦いは何が起きるか分からず、有能な戦士が多いからと言って100%勝てるわけではない。ユーキはそれを十分理解しているため、ディベリの言葉を否定しなかった。
だが、それでもユーキは負ける気は無く、必ず勝利すると胸に誓っており、動揺など一斉せずに月下と月影を構え直す。ディベリも自分に勝機があると感じながら剣を構えた。
メルディエズ学園の児童剣士と元冒険者である女盗賊の戦いが今始まる。




