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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
最終章~異世界の勇者~
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第二百十八話  魔将の急襲


 南西にある学生寮でも爆発音を聞いて生徒たちがざわついていた。多くの生徒が外に出て爆発が起きた学園の北西を見ており薄っすらと上がっている黒煙を目にし、寮の中でも生徒たちが窓から様子を窺っている。

 外に出ている生徒たちの中には中央館にいたアイカの姿もあった。食堂でユーキが来るのを待っている時に突然爆発音が聞こえ、何事かと外に飛び出して北西で上がっている黒煙を目にしたのだ。


「何、あの煙は……何か事故でも遭ったの?」


 状況が把握できず、アイカは黒煙を見ながら困惑する。そんな時、校舎の方から二人の女子生徒が慌てた様子で寮の前に集まるアイカたちの下に駆け寄ってきた。


「肥料や農具を保管してあった倉庫が突然爆発したみたいよ!」 

「爆発? どういうことだよ。あそこには爆発するような物や置かれてないはずだぞ?」

「分からないわ。今、先生たちが何が起きたのか調べてるらしいけど……」


 女子生徒たちの会話を聞いたアイカは生徒だけでなく、教師たちも突然の出来事で状況が把握できていないことを知り、黒煙が上がっている方に視線を戻しながら考える。


「詳しいことが分かるまではいつもどおり依頼や授業を受けてもいいって先生たちは言ってたわ。あと、爆発に関することで何か知っている生徒がいたら報告するようにって……」

「そうか……なぁ、倉庫はどんな状態なんだ?」

「さぁ? 爆発が大きかったし、かなり派手に壊れたと思うわ」

「なら、ちょっと様子を見に行ってみようぜ」


 男子生徒の提案を聞いて女子生徒は「えぇ~?」と言う顔をする。事故なのか、誰かの仕業か分からないが問題が起きた場所に面白半分で行くのは問題があるのではと女子生徒は思っていた。

 周りにいた他の生徒の中にも男子生徒と女子生徒の会話を聞いて野次馬のような行動を取るのは良くないと思っているのか、男子生徒を呆れたような顔で見ている。

 だが中には男子生徒と同じように爆発現場に興味がある生徒もいるらしく、そのような生徒たちは面白そうな顔をしながら会話を聞いていた。


「何が原因で爆発が起きたのか分からないのに現場に行くのは危ないんじゃない?」

「大袈裟だな、大丈夫だって。……おい、行って見ようぜ」


 男子生徒は近くにいる友人に声を掛けて爆発が起きた北西へ走っていく。友人の生徒たちも男子生徒と同じように危険は無いと思っているらしく、男子生徒の後を追うように走り出した。

 女子生徒や近くにいた数人の生徒は男子生徒たちを見ながら軽く溜め息をつく。モンスターやベーゼと戦ったり、困っている人を助けることを仕事とするメルディエズ学園の生徒が面白がって事件が起きた場所を見に行ってどうするのだと女子生徒たちは思っていた。


(何が起きているのか分からないけど、凄く嫌な予感がする。……ユーキが戻ったらすぐにこのことを知らせた方がいいかもしれないわ)


 男子生徒たちを見ていたアイカはユーキに爆発のことを伝えた方がいいと考え、ユーキが戻るのを待つために中央館の方へ歩き出す。だがその時、背後から大きな爆発音が聞こえ、アイカは立ち止まると目を見開きながら爆発が起きた方を向く。

 アイカの視線の先では校舎の一部が破壊されて黒煙が上がっている光景が目に入り、アイカや周りにいた生徒たちは驚愕する。

 更に今度はメルディエズ学園の北東、南東の方でも爆発音が聞こえ、アイカたちは一斉に爆発音が聞こえた方を向いた。


「な、何なのこれ……学園のあちこちで爆発が起きている?」


 連続で爆音が聞こえたことでアイカは北西の倉庫や校舎だけでなく、学園中で爆発が起きていることを知る。

 今の段階でアイカは最初の爆発は事故や自然発生したものではなく、誰かが意図的に仕組んだ可能性が高いと感じていた。

 爆発によって学園内にいる生徒たちの多くがパニックを起こし、冷静に行動することができない状態になっていた。勿論、冷静さを保っている生徒もおり、混乱する生徒たちを落ち着かせようとしている。

 アイカの周りにいる生徒の中にも現状から自分たちに危険が及ぶかもしれないと感じる者もおり、動揺を見せながら周囲を見回したり、近くにいる友人とどうすればいいのか相談したりしている。


「いったい学園で何が起きているの……」


 予想もしていなかったことが連続で起き、アイカも少し動揺しながら呟く。

 ここまで騒ぎが大きくなった以上、大人しくユーキが戻るのを待っていることはできない。そう感じたアイカはユーキを探しに行くため、バウダリーの町へ行こうと決める。

 教師から用の無い生徒は学園内で大人しくしているよう指示が出ているが、今の状況で大人しくしていられないと思っているアイカは迷うことなく正門へ走ろうとする。

 その時、何処からが二つの薄い何かが回転しながら飛んで来て、爆発のことを知らせに来てくれた女子知生徒とアイカの近くにいた別の女子生徒の首に命中し、そのまま何処かへ飛んで行った。

 飛んで来た何かは刃物のように女子生徒たちの首を切り裂き、斬られた箇所からは血が噴き出す。

 女子生徒たちは驚きの表情を浮かべたままその場に倒れて動かなくなる。アイカは倒れた女子生徒たちを見て固まり、周りにいた別の生徒たちも女子生徒たちを見て悲鳴や叫び声を上げた。


「悪いが何処にも行かせない。お前たちには此処で死んでもらう」


 突然若い女の声が聞こえ、アイカや生徒たちが声のした方を向くと女子寮がある方角に一人の若い女が立っていた。

 二十代前半で水色の目を持ち、白いシニヨンを巻いた葡萄色の髪形に金の装飾が入った赤いチャイナドレスを着た女性、明らかにメルディエズ学園の教師ではなかった。

 生徒たちは突然現れた女性に呆然としながら何者だと疑問に思う。だが、アイカだけはその女性が何者なのかすぐに気付いた。目の前にいたのは以前、ローフェン東国の商業都市レンツイで偶然出会ったローフェン東国の軍師、チェン・チャオフーだったのだ。

 アイカたちが注目する中、女子生徒たちに当たった何かが回転しながらチャオフーの下へ飛んで行き、チャオフーは飛んできた二つの物体を両手でキャッチする。

 チャオフーの手の中に入った物、それは開かれた鉄扇で親骨の部分には少女たちの血が付着していた。それを見たアイカたちは女子生徒たちを殺したのはチャオフーだと知って警戒する。


「フフフ、相変わらずいい切れ味だ」


 チャオフーは血が付着した自分の鉄扇を見ながら不敵な笑みを浮かべた。

 アイカは現状とチャオフーの様子、先程の彼女の発言から自分たちにとって危険な存在だと感じ、腰のプラジュとスピキュを抜く。

 周りでも武器を持っている生徒たちは剣や杖、手斧などを構えて戦闘態勢に入り、武器を持っていない生徒たちは片手をチャオフーに向けて魔法を放つ体勢を取った。


「フッ、動揺しながらも警戒態勢を取れるだけの冷静さは持っているようだな」


 生徒たちの反応を見て鼻を鳴らすチャオフーは左手の鉄扇を下ろし、右手に持っている鉄扇を顔の前まで持ってくると開閉を繰り返す。そんな時、チャオフーの目にプラジュとスピキュを握るアイカの姿が入った。


「ほぉ、アイカ・サンロードか」

「……えっ?」


 アイカはチャオフーの発言を聞いて耳を疑う。この時のアイカはチャオフーが自分の名前を知っていることに驚いていた。

 レンツイではアイカは確かにチャオフーと出会い、会話もした。だが名前は言っていなかったため、チャオフーが自分のフルネームを知っていることに違和感を抱いていた。

 チャオフーはアイカを見ながら笑い、ゆっくりと彼女に向かって歩いて行く。近づいて来るチャオフーを見てアイカは咄嗟に身構える。


「私が担当する場所にお前がいるとは……これも運命と言うものか」


 意味不明な言葉を口にするチャオフーを見ながらアイカは軽く息を飲む。レンツイで出会った時、アイカはチャオフーから寒気と何か不気味なものを感じていた。今はその時と同じものを感じており、アイカはチャオフーに対する警戒心を強くした。

 チャオフーがアイカとの距離を縮めていく中、周りにいる武器を持った生徒はチャオフーを取り囲むようにゆっくりと移動する。勿論、自分たちの動きに気付かれないよう慎重に移動していた。


「……ちょろちょろと鬱陶しい虫けらどもめ」


 周りの生徒たちを鋭い目で見つめるチャオフーは立ち止まって自身の混沌紋を光らせ、同時に両手の鉄扇を薄っすらと紫色に光らせた。

 アイカたちはチャオフーの混沌紋が光ったのを見て混沌術カオスペルを発動させると知って距離を取ろうとする。だが、それよりも先にチャオフーが先手を打った。

 チャオフーは光っている両手の鉄扇を素早く開き、開くとすぐに閉じる。そしてチャオフーは両腕を交差させ、勢いよく外に向かって振った。

 腕を振った瞬間、鉄扇から無数の真空波がチャオフーの周りにいる生徒たち向かって放たれ、真空波は生徒たちの体を切り裂いた。

 体を斬られた生徒たちは苦痛で表情を歪ませながら一斉に倒れる。生徒たちの傷は大きく、倒れた瞬間に周囲は血で赤く染まった。

 チャオフーは一瞬にして周りにいた生徒の命を奪い、その光景を見たアイカは目を大きく見開く。周りにいた生徒は全て倒れ、立っているのはアイカ一人だけだった。


「邪魔は無くなった。これでお前とゆっくり戦えるというものだ」

「……貴女はさっきから何を言っているのですか? ローフェン東国の軍師である貴女がなぜ学園にいるのです? そもそも、どうして皆を……」


 なぜメルディエズ学園の生徒を襲ったのか、アイカは最も疑問に思っていることをチャオフーに尋ねて目的を知ろうとする。

 チャオフーは真剣な顔で問いかけてくるアイカを見て笑い、右手の鉄扇を顔の近くに持ってきて半開きの状態にした。


「決まっているだろう。敵であるメルディエズ学園を壊滅させるためだ」

「敵?」

「そうだ、お前たちは我々にとって目障りな存在でしかないからな」

「どういうことですか?」


 まったく意味が分からないアイカは再びチャオフーに尋ねる。するとチャオフーは鼻で笑いながら右手の鉄扇を閉じた。


「何だ、まだ私のことが分からないのか?」

「は?」

「お前に呪いを掛け、家族を奪った存在を忘れるとは、情けない娘だな?」

「家族を奪った? ……ッ!」


 アイカは何かに気付くと目を大きく見開く。幼い頃に両親を殺害して自分にベーゼ化の呪いをかけ、ナトラ村で再会した赤い上位ベーゼ、その顔が目の前で笑っているチャオフーの顔の横に薄っすらと浮かび上がる。


「貴女は……リスティーヒ!?」

「フッ、やっと気付いたか」


 否定することなく認めた発言をするチャオフーを見てアイカは目を鋭くした。

 両親の仇であり、以前戦った時に全く歯が立たなかったベーゼと再会したことでアイカの中の闘志が燃え上がる。それと同時にレンツイで出会った時に寒気を感じた理由がリスティーヒだったからだと知って納得した。


「改めて自己紹介しておこう。……ローフェン東国軍軍師チェン・チャオフーにして、五凶将ごきょうしょうの一人、リスティーヒだ」

「まさか、ローフェン東国の天才軍師と言われていた人が貴女だったとは……」

「フフフフ、人間どもをこちらの都合のいいように動かすのに軍師としての立場は打ってつけだったからな。しっかり利用させてもらった」

「クッ……」


 楽しそうに笑うチャオフーを見ながらアイカは悔しそうな顔をする。

 因縁の相手が仲間の生徒たちを殺したこと、ローフェン東国のみかどや国民たちがチャオフーの手の上で踊らされていたことにアイカは腹を立てた。同時に今までチャオフーの正体に気付くことができなかった自分を情けなく思う。


「……貴女には訊きたいことが沢山ありますが、まずは確認させていただきます。学園で起きている爆発は貴女の仕業ですか?」


 アイカは現在メルディエズ学園で起きている問題についてチャオフーに尋ねる。

 現状から爆発の原因は十中八九ベーゼだと殆どの者が考えるだろう。しかし確証が無いため、ベーゼであるチャオフーに真実を喋らせて確信できる状況にしておきたいとアイカは思っていた。


「本来なら虫けらの質問に答える義理など無いのだが、今回は気分がいいから教えてやる」


 自分が優位に立っていると思っているチャオフーは上から目線で答え、アイカはチャオフーの態度に気分を悪くしながら黙ってチャオフーの話に耳を傾ける。


「確かに私はメルディエズ学園の校舎など建造物を破壊した。だが、私一人でやったわけではない」

「一人じゃない?」

「そうだ。……今このメルディエズ学園には私を含めた五凶将が全員が集まっている」

「なっ!?」


 アイカはチャオフーの言葉に思わず驚きの声を漏らす。

 五凶将はベーゼの中でも強力な力を持つ上位ベーゼで、同じ五凶将であるヴァーズィンもユーキとパーシュが共に戦い、苦戦を強いられてようやく勝利できたほど手強い相手だ。一人でも手強い五凶将が四体もメルディエズ学園に集まっていると聞かされれば驚くのは当然だった。

 普通は敵からの情報をいきなり信じたりせず、嘘をついているのではと疑うのが常識だ。しかしアイカはチャオフーの性格と現状から本当に五凶将全員がメルディエズ学園にいるのだと思っていた。

 アイカはこうしている間にも他の五凶将が学園のあちこちで生徒たちを襲っているのではと予想し、小さく俯きながら表情を曇らせる。そんな中アイカは最も重要なことに気付いてフッと顔を上げた。


「ちょっと待ってください! 学園の周りにはベーゼの侵入や接近を防ぐために結界が張られています。なのにどうして上位ベーゼの貴女は学園の敷地内にいるのですか?」


 真っ先に確認しなくてはならないことを思い出したアイカはチャオフーに問い掛ける。チャオフーはアイカを見て「今頃それを訊くのか?」と思ったのか小馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「確かに結界が張られた学園には我々(ベーゼ)は侵入することは愚か、近づくことすらできなかった。だが、今はこうして結界の影響を受けることなく侵入できている。それはなぜか……」


 チャオフーは右手の鉄扇で足元を指し、アイカはチャオフーの足元を見る。


「理由は簡単だ。今この時、お前たちの学園を護る結界が機能していないからだ」

「結界が、張られていない?」

「そうだ。おかげで私たち五凶将は全員学園に侵入し、お前たちを急襲することができたのだ」


 結界が消えたという言葉にアイカは絶望の表情を浮かべる。普通なら結界が消えたと言われても信じたりはしないだろう。だが、チャオフーが侵入している現状からアイカは本当に結界が消えているのだと感じていた。


「さて、お喋りはこれぐらいにしよう。私は私の役目を全うしなくてはならないからな」


 チャオフーは両手の鉄扇を構えると地面を蹴って勢いよくアイカに向かって跳ぶ。絶望的な状況に固まっていたアイカは迫って来るチャオフーを見て目を大きく見開いた。


――――――


 学園の南東には教師寮と生徒たちが使う武器や道具の保管庫が建てられている。

 武器や道具は生徒たちが依頼を受ける際に必要な物であるため、生徒たちの近くに建てるべきだと思われるが、生徒たちが必要以上に武器や道具を持ち出さないようにするために教師が管理できるよう教師寮の近くに建てられていた。

 しかし今、その保管庫が突然爆発して教師や保管庫の近くにいた生徒たちが集まり、燃え上がっている保管庫を見ながら驚愕している。

 驚く教師や生徒の中にフィランの姿があり、同じように保管庫を見つめていた。ただ、フィランは周囲のように驚いたりせず、無表情で保管庫を見つめている。


「ど、どうなっているの……」


 保管庫を見つめる魔法部門の教師、コーリア・マジストラーは軽く声を震わせながら呟く。彼女は教師寮の自室で仕事をしている時に大きな爆発音を聞き、驚いて外に飛び出した。そして保管庫の上半分が吹き飛んでいる光景を目にして愕然としたのだ。

 コーリアは周囲を見回し、近くで保管庫を見ているフィランに気付くと走って近づいた。


「ドールストさん、いったい何が起きたの!?」

「……知らない。保管庫の近くを歩いていたら突然爆発した」

「そんな、保管庫には爆発を起こすような物は保管されていなかったはずなのにこんな大規模な爆発が起きるなんて……」


 状況が全く把握できないコーリアは表情を曇らせながら保管庫を見つめる。するとそこへ爆発を聞きつけたオーストと三人の教師たちが駆けつけた。


「コーリア先生、これはどういう状況ですか!?」

「オースト先生! それが、私も先程爆発に気付いたばかりでよく分かっていないんです。ドールストさんの話では突然爆発したそうなんですが……」

「突然爆発……それは間違い無いのか、ドールスト?」


 オーストがフィランに確認するとフィランはオーストの方を向いて無言で頷く。


「突然爆発するというのはおかしい。保管庫には武器や依頼で使う道具が保管されているが、火薬のような危険物は置いていなかったはずだ」

「ハイ……保管庫に爆発する原因が無いとすると、誰かが火を放ったということになります」


 放火という最悪の答えを想像したコーリアは暗くなり、オーストの周りにいる他の教師たちも緊迫した表情を浮かべる。もしも本当に誰かが火を放ったのだとすれば、それは見過ごせない行為だと教師全員が思っていた。


「とにかく、今は火を消すことが先決です。水属性の魔法を使える教師や生徒を集めてください!」


 オーストが周りにいる教師たちに指示を出すと、コーリアや教師たちはオーストを見ながら無言で頷く。爆発の原因を調べるのも重要だが、それより保管庫の火を消したり近くにいる生徒たちを避難させることの方が大切だった。

 教師たちはお互いに水属性の魔法が使えるかどうか確認した後、人手を集めるために校舎や教師寮にいる者、近くにいる生徒たちに声を掛けに向かう。魔法部門の教師であるコーリアは全ての属性魔法が使えるため、人手を集めには行かずにその場に残った。


「ドールスト、お前も近くで水を汲んで来るなりして消火に協力してくれ」

「……ん」


 フィランはオーストを見上げながら頷く。本来生徒は避難させるべきなのだが、神刀剣の使い手であるフィランは体力も技術も他の生徒より優れているため、フィランには消火作業に協力させようとオーストは考えていたのだ。


「コーリア先生、貴女は私たちが戻るまで魔法で消火を行っていてください」

「分かりました」


 返事をしたコーリアは両手を燃えている保管庫に向けて水属性魔法を発動させようとし、フィランとオーストも自分のやるべきことをやるために行動に移ろうとする。


「余計なことするんじゃないわよ」


 若い女の声が聞こえ、フィランたちは一斉に反応する。そして声が聞こえた直後、上空から無数の風の刃が飛んでいてコーリアの体を切り裂いた。


「あああぁっ!!」


 体中を斬られたコーリアは声を上げながらその場に倒れる。

 オーストはコーリアを見て目を大きく見開くと駆け寄り、コーリアの状態を確認した。体中に傷を負っているが意識はあり、傷も致命傷ではないのでオーストは危険な状態ではないと知って安心する。

 コーリアを見たフィランは倒れた風の刃が飛んで来た方を見る。フィランには女の声に聞き覚えがあったため、飛んで来た方を向くと同時に腰のコクヨに手を掛けた。

 フィランが向いた先には十歳ほどで外ハネの入った萌葱もえぎ色のミディアムヘアーに黄色く鋭い目を持ち、灰色の長袖に明るい緑のミニスカートを穿いたエルフの幼女が5mほど高さで浮いている姿があり、左手にアンティークボックスを持っている。

 宙に浮いているのは以前フィランと一戦を交えたベーゼに加担する女エルフ、アローガだった。

 アローガは鋭い目で自分を見上げているフィランたちを見下ろしており、フィランは無表情のまま嘗て戦ったエルフの幼女を見つめる。


「……アローガ」

「また会ったわね、人形娘?」


 高い位置からフィランを挑発するアローガは持っているアンティークボックスを開け、中に入っているクッキーを取り出してかじる。

 フィランはフィランを視界に入れたままコクヨを抜いていつでも戦える体勢を取った。

 保管庫の近くにいた生徒たちは飛んでいるエルフの幼女を見上げながら驚いており、オーストは緊迫した顔をしている。現状からオーストはコーリアを襲ったのは目の前にいるエルフの幼女だと確信していた。


「ドールスト、あのエルフを知っているのか? 何者だ?」


 オーストはアローガを警戒しながら視線をフィランに向けて尋ね、フィランはアローガを見上げたまま口を開く。


「……ベーゼに加担する混沌士カオティッカー。以前ガルゼム帝国の依頼を受けた時に交戦したことがある」

「ベーゼに加担する……例のマドネーとか言う混沌士カオティッカーの女と同じ存在か」


 学園の会議で聞かされたマドネーの情報を思い出したオーストが確認するようにフィランに声を掛けるとフィランは無言で頷く。


「……ただ、マドネーは五凶将と言う最上位ベーゼが人間に成りすましていた存在だった。だから……」


 マドネーの正体が五凶将だという情報を得ているフィランはマドネーと同じベーゼに加担する存在のアローガを見てある仮説を立てていた。

 オーストはフィランが何を思っているのか察し、目を見開きながらアローガを見つめる。


「あら、その様子だとあたしの正体に勘付いたみたいね」


 フィランとオーストの会話を聞いていたアローガはゆっくりと降下してフィランから数m離れたと場所に着地する。


「アンタ、人形みたいな奴だから頭も悪そうって思ってたんだけど、見た目と違ったそれなりに利口みたい」

「……やっぱり、貴女も五凶将の一人」

「ええ、そのとおりよ」


 誤魔化したりするとなく自分の正体を認めるアローガをフィランは無言で見つめ、オーストは五凶将がメルディエズ学園に現れたことを知って衝撃を受ける。

 アローガはアンティークボックスから新しいクッキーを二つ取り出すと口に入れて噛み砕き、持っているアンティークボックスを投げ捨てる。捨てられたアンティークボックスは高い音を立てて砕け、中に入っていたクッキーも散らばった。


「あたしのことを知らない奴らもいるみたいだし、ソイツらのために特別に名乗ってあげるわ。……アローガって言うのは正体を隠すための仮の名前、あたしの名前はユバプリート、ベーゼをを束ねる五凶将の一人よ」


 誇らしげに本名を語るアローガは笑いながら両手を広げる。その姿は周りにいるフィランたちは自分のアピールしているかのようだった。


「自分から正体を明かすなんてどういうつもりだ? 此処はベーゼにとって天敵であるメルディエズ学園の本拠地、敵だらけの中で正体を明かすのは愚行と言うものではないのか?」

「はぁ? 虫けらの分際であたしを馬鹿にするの? いい度胸してんじゃない」


 険しい表情を浮かべるアローガはオーストを睨みつけ、睨まれたオーストは幼いエルフの姿なのに異常な殺気を放つアローガを見て寒気を感じる。

 アローガはしばらくオーストを睨むと殺気を消し、鼻を鳴らしながらコクヨを構えているフィランを見た。


「まぁいいわ。どうせアンタたちは此処で全員死ぬんだから、今だけは無礼な態度も許してやるわよ」

「な、んだと?」


 とんでもない発言をするアローガにオーストは固まり、フィランは表情を変えずにアローガを見ている。

 フィランたちの周りにいる生徒たちもアローガの言葉を聞いて自分たちが危機的状況にあると知って持っている武器を構えた。

 アローガは周りにいる生徒たちが構えるのに気付くと鬱陶しそうな顔で舌打ちをし、自分の混沌紋を光らせた。


「雑魚の分際であたしに歯向かおうなんて生意気なのよ!」


 声を上げるアローガは両手を横に伸ばして風刃ウインドカッターを発動させ、両手から無数の風の刃を放った。

 風の刃は周りにいる生徒たちには当たらず、生徒の横や真上、近くなどを通過する。生徒たちは見当違いの方角に魔法を撃ったアローガをまばたきをしながら見つめた。

 生徒たちが不思議そうにしている中、フィランはアローガが何をしようとしているかに気付き、生徒たちに逃げるよう伝えようとする。だが時既に遅し、アローガが放った無数の風の刃は地面や建物の壁などに当たると跳ね返り、死角から生徒たちに迫って体を切り裂いた。

 風の刃が横や後ろから飛んで来て自分の体を切り裂いた子に生徒たちは驚き、何が起きたのか理解できないまま一斉に倒れる。実はアローガは生徒たちに攻撃をかわされないよう魔法に反射リフレクトを付与してわざと外し、反射させて避けられない角度から攻撃したのだ。

 コーリアと違って生徒たちは致命傷を負ってしまい、倒れた直後に息絶えてしまった。オーストは生徒たちが殺された光景を見て奥歯を噛みしめ、フィランも表情こそ変わっていないがコクヨを握る手に力を入れている。


「あ~あ、死んじゃったわねぇ。身構えたりせずに逃げていれば少しは長生きできたのに……」

「き、貴様ぁ!」


 オーストはアローガを声を上げて怒りを露わにする。目の前で生徒を殺害されたのだから当然だった。

 アローガを睨むオーストは奥歯を強く噛みしめる。するとフィランがオーストの前に移動して背中を向け、自分の前に移動したフィランをオーストは意外そうな顔で見つめた。


「……アローガは私が相手をする」

「ドールスト?」


 フィランの言葉を聞いてオーストは目を見開く。フィランは振り返らず、前を向いたまま喋り続けた。


「……私はアローガと戦闘経験がある。彼女の混沌術カオスペルの効力も知っている。この場で彼女とまともに戦えるのは自分だけ、私が相手をしている間にコーリア先生を医務室へ」


 負傷しているコーリアを手当てするためにも此処は任せて行ってほしい、フィランの意思を理解したオーストは無言でフィランの背中を見つめる。

 本来なら五凶将が相手なのだから協力し合って戦うべきなのだが、コーリアをこのままにしておくわけにはいかない。

 何よりもオーストはアローガの混沌術カオスペルの能力を理解していなかったため、そんな状態でフィランと共に戦っても足手まといになる可能性が高いと思っていた。

 何もできずに生徒であるフィランに敵を任せることはオーストの教師としてのプライドに傷をつけた。しかし現状では何もできず、コーリアの命を救うことが重要であるため、オーストはプライドを捨て、まず自分のやるべきことをやることにした。


「……分かった。コーリア先生を安全場所へ連れていったら戻る。それまで持ち堪えろ」

「……ん」


 フィランが返事をするとオーストはコーリアを抱き上げて校舎の方へ走り出す。

 アローガは走るオーストを見ると「逃がさない」と言いたそうな顔をしながら右手をオーストに向ける。だがフィランは素早くアローガとオーストの間に入り、アローガがオーストを攻撃できないようにした。


「何よ、邪魔する気?」

「……貴女の相手は私、他の人に手出しさせない」

「はっ、生意気なこと言うわね? 前に戦ってあたしに一方的にやられたこと、忘れたの?」

「……忘れてない。でも今はあの時と違って貴女の魔法の威力も混沌術カオスペルの能力も理解している。前のようにはならない」

「言うじゃないの。……そこまで言うのなら、あの時以上に楽しい戦いにしてくれるんでしょうね!」


 笑いながらアローガは両手をフィランに向け、右手から風の刃、左手から水球を放ってフィランを攻撃する。

 フィランはコクヨを構えながら自分の混沌紋を光らせて暗闇ダークネスを発動させた。


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